9話「噂話」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
陽が沈み、サーブルの街は橙から群青へと色を変えていた。
石畳には街灯の明かりがぽつりぽつりと灯り、人々が家路を急いでいる。
露店の片づける音、子どもたちの笑い声、そして遠くから聞こえる鐘の音。
どこか穏やかで、けれど一日の終わりを感じさせる匂いが漂っていた。
「……ふぅ、今日もあっという間だったね」
リーネが伸びをしながら言う。
隣を歩くセリアは、少し疲れたように笑った。
「ですね。でも、今日は少しだけ肩の力を抜けた気がします」
「うん。昨日まではずっとバタバタしてたもんね」
「それに、街を歩くだけでもいろんな発見がありました」
「図書館の本のこと?」
「ええ。あの言葉、まだ頭に残ってるんです。“知識は力を導くけれど、力を導くのは心”」
セリアの穏やかな声が、夜風に溶けていく。
リーネは頷きながら、手にした槌の柄を軽く握った。
「うん。私もね、“力は使いこなせば味方になる”って言葉がずっと残ってる。」
「鍛冶屋さんの言葉ですね」
「そう!」
二人は目を合わせて笑い合う。
昨日までの疲労がまだ残っているはずなのに、不思議と心は軽かった。
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宿までの道は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
通りの石畳を踏みしめるたび、靴底から小さな音が響く。
夜風が通りを抜け、街灯の火がわずかに揺れた。
「そういえば、ギルドの掲示板……新しい依頼、少し増えてましたね」
「うん。明日はまた見に行こうか。そろそろ“次”を探さなきゃ」
「ええ、でも無理はしない方向で……」
「もちろん! まだ筋肉痛も抜けてないし」
そう言って笑うリーネの顔に、セリアもつられて笑みを浮かべた。
ふと、通りの向こうから明るい声が聞こえた。
「おーい! そこの二人!」
声の主に振り向くと、見覚えのある二人の姿があった。
金髪の女性――セレスティアルアークの副リーダー、リアナ。
その隣で大剣を背負い、片手を上げているのは前衛のヴァルクだ。
「こんばんは、リアナさん、ヴァルクさん!」
「やぁ、リーネさんにセリアさん。偶然ね」
リアナは柔らかく笑い、軽く手を振った。
「こんな時間に二人で散歩か?」とヴァルクが言う。
「はい。今日は一日休みで、ちょっと気分転換に」
「ははっ、いい心がけだ。休むのも冒険者の仕事だぞ」
その豪快な笑い声に、リーネも思わず笑った。
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「みなさんはどうしてサーブルに?」
セリアが尋ねると、リアナが穏やかに答えた。
「任務の途中なの。ヒルステンでの護衛依頼を終えて、明日にはまた出発するわ」
「へぇ……忙しいんですね」
「ええ。でも、こうして少しでも街を歩けるのは嬉しいものよ。サーブルの夜は静かで、空気が澄んでるわ」
リアナが見上げた夜空には、いくつもの星が瞬いていた。
その光を見て、セリアもふっと笑う。
「本当ですね。……なんだか、落ち着きます」
ヴァルクが腕を組みながら言った。
「しかしまぁ、あんたたち、顔色がよくなったな。こないだはちょっと疲れてるように見えたが」
「えへへ、寝すぎて元気です!」
リーネが胸を張ると、ヴァルクは「それは何よりだ!」と豪快に笑った。
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「訓練場で少し揉め事があったと聞いたけど……大丈夫だった?」
リアナが言葉を選ぶように静かに言う。
リーネは一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「はい。少しだけ痛かったですけど、勉強になりました」
「そう……ならいいの。ライナも報告してくれてたわ」
リアナの声は優しかった。
「彼女ね、ああ見えて仲間思いなの。あなたたちのこと、心配してたわよ」
「ライナさんが……?」
セリアが驚いたように目を瞬かせた。
リアナは微笑んで頷いた。
「ええ。『まだ若いけれど、きっと伸びる』って言ってたわ」
「……うれしいです」
リーネが小さく呟く。
ヴァルクがにやりと笑って、リーネの肩を軽く叩いた。
「お、ライナに褒められるなんざ、なかなか珍しいぞ!」
「そうなんですか?」
「うん、あいつ、褒めるときも照れて早口になるからな」
「ヴァルク、それは余計よ」
リアナが小さく笑う。その表情はどこか姉のようだった。
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四人は並んで街の中央通りを歩いた。
夜風が心地よく、店先から漂う香草の香りが鼻をくすぐる。
途中、露店の灯りの下で焼き菓子を売る店があり、リーネが足を止めた。
「うわぁ、美味しそう! 買ってもいいですか?」
「もちろん。私たちも付き合うわ」
リアナがそう言うと、ヴァルクは財布を取り出しながら笑った。
「四つ頼む! 俺の奢りだ!」
「えっ、いいんですか!?」
「気にすんな。後輩に飯を奢るのも、冒険者の務めだ」
包まれた焼き菓子からは、バターと蜂蜜の香りが立ち上る。
「甘くておいしい……!」
セリアが目を丸くすると、ヴァルクは満足げに笑った。
「だろ? ここの屋台は前からお気に入りなんだ」
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そんな他愛もない話をしながら、ゆっくりと夜の街を進む。
途中で通りの端に腰掛けた老人が、酒瓶を手に話しているのが聞こえた。
「……街道沿いでまた魔獣が出たらしい。今度は商人の荷車が襲われたとか」
その一言に、リーネたちは思わず足を止めた。
「魔獣……ですか?」
セリアが小さく呟く。
老人は肩をすくめながら続けた。
「まぁ噂だがな。最近、北の林のあたりで妙な足跡が見つかったって話だ」
「……そうですか」
リアナの表情が一瞬、引き締まる。
「私たちも一応確認してみるわ。念のため、ギルドにも伝えておきましょう」
「そうですね……。私たちも気をつけます」
セリアの声は静かだったが、その奥には確かな緊張が宿っていた。
ヴァルクが腕を組んで言う。
「サーブルの街道は交易の要だ。あんまり厄介なのが出なきゃいいんだがな」
「……そうですね」
リーネは無意識に槌の柄を握った。
木人を打った時の感触が、指先に蘇る。
“守るための力”――ライナの言葉が胸に浮かんだ。
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やがて、街の分かれ道に差しかかる。
リアナが足を止め、二人に向き直った。
「ここでお別れね。宿はこっちだから」
「今日はお話できてうれしかったです」
セリアが微笑みながら言うと、リアナも頷いた。
「こちらこそ。あなたたちのようにまっすぐな子たちを見ると、なんだか安心するの」
「ははっ、オルフェンにも言ってやるか? “後輩ができたぞ”ってな」
ヴァルクの冗談に、リーネとセリアは思わず笑った。
「それじゃあ、またギルドで会いましょう」
「はい! おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
二人が手を振ると、リアナとヴァルクは反対方向へと歩き出した。
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静かな夜の風が吹き抜ける。
人通りも少なくなり、遠くで犬の鳴く声が聞こえた。
リーネは空を見上げ、ぽつりと呟く。
「魔獣、かぁ……」
「気になりますね」
「うん。でも、今は焦らないようにしよう。まだ私たち、始まったばっかりだし」
「……はい」
二人は並んで歩き出した。
街灯の下で、リーネの槌とセリアの本がわずかに光を反射する。
それはまるで、二人の決意の灯のように――夜の街に静かに輝いていた。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




