静寂のはじまり
灰色の霧が、山の上にある古びた西洋建築の校舎を包んでいた。四季が曖昧なこの地では、春が来ても緑は芽吹かず、空は常にくすんだ鉛色をしている。
秀星は、窓際の席に座りながら、その灰色の空をぼんやりと眺めていた。ノスタルジックな石造りの建物の中で、どこか冷たい空気が流れている。彼の指先に感じる温度は、春というよりも、冬の残り香だった。
「なあ、秀星。今日の呪文学の授業、あいつまた寝てたな」
煌が隣の席から身を乗り出してきた。相変わらず明るく、軽い口調だ。
「……興味がないんだろ。どうせすぐ退学になる」
秀星は、相手を見ずにそう返す。その口調は冷たく、言葉選びも丁寧とは言い難かった。だが、煌は慣れている。いや、むしろその言葉の裏にある「心配」の匂いに、長年の幼馴染として気づいていた。
「でもさ……七人目が見つかったって話、聞いた?」
煌の声がほんのわずかに低くなった。
学園内での連続殺人。被害者はすでに七人にのぼる。
どの生徒も高い魔力を持ち、優秀と評されていた者たちばかりだった。
そして奇妙なことに、全員が『ある共通点』を持っていた――それはまだ、校内でも公になっていないが、一部の生徒の間では囁かれていた。
「お前は……何か知ってるのか?」
「……いや。でも、変なんだよ。俺、昨日……校長室の近くを通ったとき、妙な気配を感じてさ。魔力じゃない、もっとこう……“反応しない何か”っていうか……」
煌の目が、一瞬だけ鋭さを帯びる。普段は見せない表情だ。
「“感じた”ってことは……お前、また例の夢を見てるのか?」
秀星の言葉に、煌は息を止めた。
煌には秘密があった。彼は、過去にこの学園で何が起こったか、そして「誰が関与しているか」に関する断片的な夢を、時折見るのだ。それはまるで過去の記憶のように、鮮明で、生々しい。
「……うん。しかも最近は、同じ人物が毎回出てくる。黒いローブを着た男。顔は見えない。でも……校長の声に、似てた」
沈黙が流れた。
秀星の目がわずかに細められる。
「煌、お前……深入りするな。お前は、ああいうのに巻き込まれるタイプじゃない」
そう言いながらも、秀星はすでに感じ取っていた。今回の事件――ただの殺人ではない。この学園の根幹に関わるものだ。
そして、なぜか自分もその中心に引き寄せられていく感覚があった。