3話 ― オオカミとコスミックホラー
失くしたパーツを探しに行かなきゃ。でもさ、どこから始めたらいいのか、さっぱりわかんないんだよね。電車に乗ってて、窓から落ちちゃって、ルートをたどれば済む話じゃないけどな。つまり、今のところ私はこのロリ姿のままってわけ。
まあ、幸運にもここは森の中。私のこの姿に釣られて襲ってくるような野獣はいないはず。性的な意味でね。
問題は、ここは森の中。私のこの姿に釣られて襲ってくるような野獣がいるはず。性的な意味でないね。
そう思ったら、あらわれた―!背中にトゲが並んでるオオカミっぽいクリーチャー。私の今の身長くらいの肩高で、ガン見してくるこいつ、絶対ヤバいやつ。
ってか、なんでこういうストーリーの最初のモンスターってだいたいオオカミなんだろうね?
とにかく、今はお互い様子見状態。でも、こいつ、私がひとりだって気づいた瞬間、ニヤッとした――気がした。牙むいて、じわじわ近づいてきた。うわー、これは完全に「いただきまーす」モードやん!!
魔王ママ、クローリング・ケイオスの戦い方、教えてくれてないじゃん!
エルフ女王の姿の魔王ママが脳裏に浮かぶ。目そらして、舌出して……
「てへぺろ~」(・ω<)
心の中で机ひっくり返しっつーの!!!
……逃げるんだよォ!!!
だって、今のこのちっこい体じゃ、できることなんてほとんどないし。しかも、こいつ、見た目からして群れの一員っぽいし。下手に倒しても、断末魔で仲間呼ぶてんかいになるだろう。逃げ足には自信あるし、イケるっしょ!
って思ってた私がバカだった!!!
ロリの短足で、四足歩行のケモノに勝てるわけないじゃん!? つーか、元の体に戻ってても、オオカミのほうが速いに決まってるし!
あっという間に追いつかれて、ドンッと押し倒された。
ああん、ヤられちゃう――!
……って冗談言ってる場合じゃない! マジでピンチ! 前足で背中を押さえつけられて、身動き取れない。ヨダレが私の横にポタポタ垂れて……って、地面がジュウウウッ!? 溶けてる!? おい、なんで捕食者のくせにヨダレが酸なんだよ!? ファンタジーの神様のみしるぞ……
クンクンって匂いかがれてるし。ヤバい、食われる!
カオスちゃんの冒険、ここでエンドかも。魔王ママ、ごめんね……役立たずで。
……と思ったら。
「クゥン」って鳴いて、足をどかして、シッポ巻いて逃げてった!
泣くわ。そんな態度されたら泣くわ!
責任取って、ちゃんと食べてよぉおおおおお!
……なるほど、クロウリング・ケイオスの戦い方って、まずさで撃退するなんだね? 世界さん、ごめんなさい、生まれてきてすみません。ゴキブリより先にモザイク対象になりそうな存在なんて、誰が食いたいと思うんだよ……。今の姿は十歳のころなのに?もうちょっと泣いていい?
でもまあ、即死はまぬがれたから、冗談の余裕はある。魔王ママ、修行って言ってたよね? ってことは、ここである程度の時間を生き延びたら迎えに来てくれるの? それとも、自力で帰れってやつ? せめて自然界の食物連鎖には含まれてないと…… いや、油断しちゃダメだ。世の中には、どんなにまずそうなもんでも平気で食っちゃうモンスターもいるかもしんない。
私とかね。
てか、腹減った。マジで自分食べそうなくらい。さっき人間の王様を朝ごはんにしたばっかりのはずなのに、もうお腹ペコペコ。かわいい「ぐー」って音のわけじゃない。むしろ、体の中身を溶かして、自分の体を分解してる感じ! いや、まさかでしょう?これ、ガチで餓死するときの感覚なんじゃない?でも、それくらいキツい。
――あ、またあのオオカミだ。さっき狩った小動物を食べてる。私の気配に気づいたのか、私を視界に入れるように立ち回ってる。いやいや、そんなチマい肉、争わないから。満たされないし。
……お前をいただくッ!!
姿をほどいて、今朝の形に変える。腕も脚も触手でできてるから、ほどけばけっこう長くなる。しかも、不思議だけど、どう動かせばいいか、まるで本能みたいにわかる。
脚の触手をバネみたいに伸ばして――跳ぶ!
虚を突かれたオオカミが一瞬ひるんで、反応が遅れた。もう遅い!私は全身で飛びついて、口をふさいで――
いただきます!!!
ごちそうさまでした。
この世界に来て、まだ二時間くらい。これが夢だとしたら、長すぎるだろう。
その間に、もう人間一人受け取ったし。今はケモノを受け入れている……
ママ、パパ……娘、変態になっちゃってごめんなさい。
生きてる獲物ってのは、蒸された生首とはまったく別モンの感覚だった。なんつーか、カラダの中が思ったより広いっていうか、オオカミが私の三倍以上でも、全然ふつーに飲み込めちゃった。クローリング・ケイオスはかなり可塑性がアリだな。中でガタガタ暴れられてんのに、外から見るとまったく変化ナシ。
……でもまあ、そう長くはかからない。呼吸できないのか、ジワジワ溶けてるのか、そのうち動かなくなった。私の力がモリモリ戻ってくると感じる。
……私、実はけっこう強いんじゃね?
人間のままだったら、あのオオカミに食われて終わってたでしょ、マジで!でも今なら、口にさえ入れられりゃ、どんな相手でも「ごちそうさま♪」で済むってワケ!
しかも丸ごと一匹飲み込んでも、腹もふくらまないし、見た目そのまま。これ、いわゆるポケットディメンションってやつ? RPGのアイテム袋みたいなもんかな。チートかよ!?
とりあえず、餓死の危機は回避。じゃあ次は、情報収集といこう!目が覚めるまでの夢だとしても、どうせなら冒険っぽく楽しもうじゃん!
まずはここがどこなのか、把握しないとね。つっても、ママの城の中から見た目印しか知らない。尖った岩とか、ゴツゴツした地形を見つけたら、そこそこ城の近くだろうな。
ってことで、まずは森の範囲を調べるために、一番デカい木に登ることにした。途中で気づいたけど、人間の身体で登るより、触手使ったほうが早いじゃん。夢にも発想できなかったことが、なんで今自然に出てくるの? ……まあ、今は夢に発想しているけど。体全体で「食べる」って行為も合理的に思えてきた。人間の感覚、どっかに置き忘れてきたなコレ。
で、木のてっぺんに到着したアタシが見たのは――ぜんっぶ、森。
濃い緑の海がどこまでも続いてて、その外周は山に囲まれてる。ってことは、ここって山の中の谷間ってヤツじゃね? ちょ、魔王ママ!? なんでそんな場所に送り込んだの!? 帰りの転送陣もナシって、放置プレイかよ!? アタシ、なにか怒らせるようなことした!?
……ん? あれ、なんだ?山の向こうから、超デカい積乱雲みたいなのが高速で移動しています。……それは雲ではない!嫌な予感がする。
そういえば、ふわふわには見えないし、固そう、水蒸気より山みたいに。生き物なのか? こわっ!そっちの方向だけ絶対に行かねぇ!周りの山は思う通り高さなら、この怪獣は富士山ほど高いだろう!?
でもなー、夢の中ってことは……行っちゃってもいいんじゃね? 危険に向かって大笑いで突撃するのが、夢の冒険の醍醐味ってヤツっしょ!
……って、ノリノリで木から降りたら、囲まれてました。オオカミ大量に。
ちょっ、おま、さっきのヤツの仲間!? いやいやいや、ごめんって! ほら、骨返すから! 食べかすとかじゃなくて、供養のつもりで! ちゃんと並べるからさ、間違って前足と後ろ足ごっちゃにしないで済むようにね!
……って、通じるワケないよねー。
ガルルルル……
わー、めっちゃ包囲網縮めてくるー!
ごめんなさいごめんなさい、さっき「危険に向かって大笑いで突撃する」とか言ってマジ調子乗りました!!!
木に戻りまーす!
よし、ここならしばらく安全。よし、どうするか考えよ!……うー、またお腹空いてきた。
よし、実験してみよう。私の身体、変形できるのは触手だけじゃないかも? この人型モードの歯、めっちゃ硬いし、もしかして爪とか刃とか作れる?
てかそれ、ある頭部から侵入して体を支配する寄生生物みたいな……あ、できた! カーブしたブレードっぽいの、出てきた! まだそんなに鋭くはないけど、鍛えればイケそう!
ママがアタシを野生に放った理由、ちょっと分かってきた気がする……でもさ、前世の知識なかったら、ここまで考えられないしょっ?
とりあえず、その刃を試しに近くの枝にブシュッと……うわ、スパーンって切れた! コレやっば、めっちゃ切れるじゃん!
じゃ、試し斬りも済んだし、次はあのオオカミたちにお見舞いしよっか。
片腕は今使わないから、そっちの質量をこっちに回して……ムチみたいに伸ばして……はい、バカみたいに座っている枝から落ちないように注意するだけ。はいっ、ブンッ!
ズバァ!
オオカミ一匹の横っ腹に深い傷! ヒィンッて鳴いて後退! 他のもびびってる……? それとも怒ってる?
あ、一匹跳んだ! 届かねぇだろバーカ……って着地狙って斬!
脚一本、サヨナラしましたー!
いい感じ、これはイケる!
――と思ったら、一斉に木の幹をガブガブ噛みだした! おま、気が狂ったんか!? ……って、酸性の唾液!! 幹がジュワジュワ溶けてる! やばっ、このままだと――
バキバキバキ――
たおーれーるー!
空中ダイブ!! ……で、狙ったのは脚を失ったあの狼。
ポイッと体内にご招待~♪
木がドッシャーンと倒れたと同時に、そいつは完全に吸収。ナイス栄養補給!
でも、残りもまだいるんだよねぇ……で、全員こっちに突っ込んできてるぅぅぅぅぅ!
トゲモード!!体全体をハリネズミみたいな形に変身!
ドスッ、グサッ、ズバァッ!
刺さる刺さる、刺さりまくる!酸のよだれなんか届かねぇし、私の本体にも一切ノーダメ。
ざまぁみろ!
トゲを引っ込めてロリモードに戻ったとき、あたりは死体の山でした。
いただきま~~すっ!!