1話 ― 私には口がない、それでも私は食う。
今朝、鏡を見たらSAN値がゴリゴリ下がった。
昔から「ボーイッシュ」だの「女子力ゼロ」だの言われてきたけど、ブサイクってわけじゃない……たぶん。
たしかに、髪はくしゃくしゃのショートだし、陸上部所属で体は筋肉質。小学生の頃から男の子とばっか遊んでて、読むマンガは少年向け、特撮ヒーロー番組にはいまだに全力でテンション上がる。
高校二年にもなってコレって……うん、今並べてみたら、ちょっと落ち込むわ。でも!でも!ブサイクじゃないんだからねっ!
てかさ、実際、中学でも高校でも告白されたことあるし。(ぜんぶ、カワイイ後輩の女子からだったけど)てことで、「美人」ってより「イケメン」って言われるタイプなのよ。うん、たぶん。
……いや、「美しい」じゃなくて「イケメン」って形容しかされない自分って、ちょっとツラいな。
ため息をついたつもりが、ぐるるっと変な音が出て、思考がぶっ飛んだ。
もう一回、鏡を見た瞬間叫びそうになった。
……これ、テレビで映したら確実にモザイク案件っしょ!?
ってか、ウルトラ戦士全員で総力戦挑むレベルの“アレ”が、鏡の中からこっち見てんだけど!!!
てか、この金ピカフレームの鏡なに!? うちの風呂場、こんなゴージャスじゃなかったよな!?
まさかまた親父が出張先で変なモン買ってきたとか!? いや、それ以前に、ここ、そもそもうちの風呂じゃない!!
床も壁も黒い大理石に白い筋入りで、浴槽は銅製の独立型バスタブ、金の蛇口……
なにこの、貴族のバスルーム!? 一晩でリフォームされたってこと!?
(メインの問題から目を逸らすの完了!)
……つーかさ、昨日の夜の記憶、あんまりないんだよね。インターハイから帰ってきて――もちろん優勝した。私を誰だと思っていやがるッ?――晩ごはん食べて、お風呂入って、えーっと……あれ? 寝た記憶、ない。
でも、気づいたらベッドで起きてたし。ま、疲れてたしね。意識飛んでたんでしょ。
てか、寝てる間に部屋変わってるの意味不明なんだけど!? うち、そんな裕福じゃないんだけどな!!
とにかく、親に聞こう。ひとりで考えててもムダ。
で、寝室に戻ったら――またしても異変。ベッドが天蓋付き!? 部屋も風呂場に負けず劣らずゴージャス!? てか、六畳一間だった私の部屋、いきなり五倍以上の広さにレベルアップしてるんですけど!?
「カオス様、失礼いたします」ノックと同時に、女の子の声。ドアが開く。入ってきたのは、灰色のショートヘアのメイドさん。
目が合った瞬間、一瞬だけ顔がひきつった。でもすぐに無表情に戻って、お辞儀。
……あー、やっぱ私、相当アレな見た目なんだな。
てか、今「カオス様」って言わなかった!? ちょ、ちょっと!?
私、別に中二病じゃないんですけど!? そんな呼ばれて喜ぶタイプじゃないしっ!
「お部屋をお掃除させていただきます。朝食の準備ができております。ご親が階下でお待ちしております」
彼女が通り過ぎたとき、スカートの三角の穴から出てるの、ウロコつきのぶっとい尻尾!?
犬だったら「ビビってる」姿勢だけど――いやいやいや、動物行動学の話してる場合じゃないから!!
コスプレだ、うん。これはコスプレ。間違いない。
とりあえず部屋を出て、廊下に出る。あー、もう完全に自分ちじゃねぇわ、ここ。廊下までゴージャス。もうコレ、絶対お屋敷。
で、さっきのメイドさん、「親」って言ったよね? なんで単数!? まあ、親父がまた出張行ってるだけかもしれんし。……この状況、ドッキリだったらっていう希望、まだ捨ててないんだからね!
にしてもこの廊下、めっちゃ長い。しかも、窓がある。……けど、自分の部屋にはなかったよな?隣に住む幼なじみと話をしていた窓が消えてしまった!
てか、幼なじみもういないかもしれん……って、まだそこまで考えるの早い!!
でも、窓から外を見た瞬間、息が止まった。
そこに広がっていたのは、異国の街並み――黒い屋根、灰色の壁、くすんだ窓。
何でこんなに暗いのよ?! 憂鬱だわ!
空は黒い雲が重くのしかかってて、まるで雷が落ちてくる前のアレ。
さらにその先には、黒い岩山だらけの荒れ果てた大地。
もう日本じゃねぇ、こら!
え、もしかして「寝てる間に異世界転移しました☆」的なアレ!?
でも、なんで見た目まで変わってんの!?
え、ちょっと、死んで転生コース!? でも大人の姿なんだけど!? 赤ちゃんからやり直すんじゃないの!??
てか、思い出とか知識、何もない状態でこの姿って、いろいろハードモードすぎん!?
まずは「親」とやらを探そう。
歩くと階段を発見。お、これで階下の食堂へ行けるか? でも部屋ひとつひとつ開けて探すのは疑わしいじゃん?
あっ、いらないみたいだな。めっちゃ存在感ある両開きのドアが見つかった! 突入!
開けた先には高い天井の広間があった。中には長〜いマホガニーのテーブル。ズラーっと並ぶ背もたれの高いイス。その一番奥に座ってるのは――白いドレスで胸元ガッツリ開いた美女。肌は青みがかったグレー、紫の長髪、そしておでこから生えた立派なツノ二本。目の色が逆転してて、白い虹彩に黒い白目……ちょ、こわっ!
「おはよう、カオスちゃん。どうやら、意識が芽生えたようね」艶っぽい成熟した女性の声をしてる。「でも、まだ姿を選んでないのね。まあ、それはあとでいいわ。今は――たくさん食べないと」
……うん、ママ、お腹すいた。
なぜか直感でわかった。彼女は、私の“母親”。でも、見た目の差がエグいんだけど!? 私、なんかもう……言いたくないレベルの姿なのに!?
不公平すぎだろっ!!
さておき、今の話――「意識が芽生えた」って、つまり今まで無かったってことね? じゃあ、転生したことはばれないじゃん? よかったな!
どこに座るか迷ってる間、母が隣の席を指さす。座る瞬間――母がベルを鳴らした。メイドたちが広間に入って、銀のワゴンで料理を運んできた。
目の前に置かれた特大の銀のトレイ。ワクワクしてフタが開くのを待っていた――その時、気づいた。
……私には口がない、それでも食う。
問いかける前に、フタが開いた。ふわっと立ち上る湯気。その下にあったのは――男の顔。
白目を剥いた、蒸しあがったようなピンク色の……男の生首。
さらに追い打ちかけるように、もう一人のメイドが頭頂部のフタを外して、中の脳みそを披露。はい、いい色に蒸したわね!!
……私には口がない、それでも叫ぶ!!!!
「何かございましたら、すぐお呼びくださいませ、魔王様」背中からコウモリの羽根を生やしたメイドが、恭しくお辞儀して下がっていった。
……え、魔王!? あら、お母さん、なんておおきなおツノ!
ちょ、ちょっと待て! この状況、なんか違くね!?
異世界転生したら、勇者になってチートスキルでラッキースケベハーレム作るんじゃないの!?
これ、ただの悪夢じゃね? とりあえず、自分つねって起きようぜ。
……って、手、ないわ。
ずっと見て見ぬふりしてたけど、私の身体――人型ではあるけど、手足がぜんぶ触手なんだよね。触手には爪なんかないし、つねれねーっつーの!
しかも、鏡で見た顔がさ……母親でも愛せないレベルっていうか。あ、でもうちのママは魔王。
顔の説明? 語る価値もないよ。口がない。それだけ。
「カオスちゃん、どうやって食べるか気になってるわよね?」ママが優しく言ってくる。
ママの皿には、同じような生首が乗ってるけど、今度は女の人。耳にピアスつけてるし、耳が長く尖ってる……エルフ?
「ほら、ママが見せてあげるわね」そう言って、ママはそのエルフの頭を両手で持ち上げ、自分の胸元にギュッと抱きしめる。
……って、え?
次の瞬間、頭がママの体に吸い込まれてく。え、なにこれ、パーティー芸ですか!??
「ふふ、なかなか美味しいわ」
って、ちょっと待って!? 説明なしで進めないで!?
「でもこれは、あんまり好きじゃないの」ってママが言った直後、胸からゴロンと、エルフの頭蓋骨が飛び出して、手のひらにポトンと落ちた。そして、ピアスも。それをトレイに置くと、即座にメイドが回収、次の料理が運ばれてくる。
……中身は手。
私はゆっくり、目の前の男の生首に視線を落とした。……いや、ママ、私に生首食わせるなら、せめて美人エルフのにしてください。
……まぁ、夢だし? やってみるか。ハハハ……