【第7章:闇の眷属の脅威】
【第7章:闇の眷属の脅威】
氷結の山脈を下った私たちは、次の目的地を探していた。
ふと、思い出したようにリクが言った。
「グリーンフィールド村に帰ってみないか」
ああ、グリーンフィールド村。私たちの家がある、安寧の村。
リクの提案に、すかさず頷いた。
私たちはグリーンフィールド村へ向かうことにした。
《闇のクリスタル》を停滞させ、『影の暗黒竜』の活動を弱体化できた安堵感と、故郷へ帰る喜びが、私の胸を満たしていた。
「村に帰れるのね」
私は、リクに笑顔を向けた。
「そうだね。アリシアは、疲れたろう」
リクもまた、優しい笑顔で答えてくれた。いつのまにか立場が逆転している気がするけれど。
「リクもね。緊張が続いたから。でも、それ以上に、村のみんなに会えるのが楽しみだわ」
「僕もだよ。きっと、村長も喜ぶだろうな」
私たちは、故郷の仲間との再会を心待ちにしながら、旅を続けていた。
氷結の山脈からの道すがら、何体かも魔物に遭遇はしたものの、《闇のクリスタル》のちからが制限されているせいか、以前よりも弱く感じた。あるいは、リクのサポートが以前よりも上達しているということかもしれない。
連なる山をぬけ、平地を歩く。このくらいの徒歩の旅は、私たちには苦のないものになっていた。そういえば、馬をクロノアの遺跡に置いてきたままだということを思い出した。あの馬を回収しに、遺跡にも顔を出さないといかないな、などと考えていた。
森を抜けて、次の丘を越えれば、グリーフィールド村が見える。
リクと私は励ましあいながら、丘の頭頂部にたった。
──何も、なかった。
この左記に広がるはずの、見慣れたグリーンフィールド村の風景が見えない。
代わりに、半壊した建物群と、不気味な静けさ、そして横たわる遺体が、私たちを迎えた。
私は、言葉を失い、目の前の光景に息を呑んだ。
「なんだ……これは…!」
リクもまた、顔色を変えていた。
村の中を駆け抜けて、中心部へと辿り着くと、そこには、目を覆うばかりの光景が広がっていた。村人たちは、傷つき、恐怖に怯えながら、広場に集まっている。
そして、人々を取り囲むように、禍々しいオーラを纏った、複数の魔物たちが、今にも暴れださんとしていた。
「グリーンドラゴン、どういうこと!」
私はリクから杖を奪って叫んだ。何千、何万年も生きるドラゴンなら、今の異常事態のヒントをくれるはずだ。
「《闇のクリスタル》を停滞しているはずじゃないの?」
「あいつら、竜の眷属だ。クリスタルが弱まっても、普通の人間じゃ太刀打ちできない」
「どうすれば勝てるの?」
「リクは中央に飛び込め。アリシアは外側から突破口を開け」
「やってみる!」
リクは杖を掲げ、地面に振り下ろした。地面に紋様が広がる。
「竜の翼の力、我の力にならんとす!」
足元の紋様が、リクを弾き飛ばした。くるくると回りながら、広場の中央に着地する。
足元に紋様を展開。杖をくるりと回す。
「気持ちで負けるな!皆に必要なのは元気!体力も気力も回復せんとす!」
杖とリクのからだから光が生まれ、紋様にそって怯えた人々檄を飛ばす。こころなしか、村人の顔が明るくなったような気がする。
次は私だ。
剣を抜き身にし、魔物たちに立ち向かった。
「はあああっっっっ!」
私は、渾身の力を込めて、剣を振るう。私の剣技は、魔物たちを翻弄し、次々と切り裂いていく。しかし、魔物たちの数は多く、次から次へと襲いかかってくる。
私は、次第に、疲労を感じ始めていた。
竜の眷属というのが、いったいどれだけ集まっているのだろう。
その時、リクが叫んだ。
「みんなを逃がす。突破口を!」
リクは、杖を構え、呪文を唱え始めた。
「刻の振り子よ、その動きを止める一撃とならんとす!」
杖を前方に突き出し、左右へと一閃。白い光と緑色の風が放たれる。光を風は、竜の眷属を包み、同時に敵は動きを止めた。
止まってしまえばあとは楽勝。私は片っ端から魔物に斬りつける。反撃はもちろん、ない。やがて中央の村人との間に道が開いた。
「リク!はやく!」
「ああ!さあ、皆さん、走って!」
魔物に囲まれた村人が、突如出現した道に向かって走る。その間も、私は力強く剣をふるい、魔物を片っ端から倒していった。
しかし、魔物たちは、諦めることなく、私たちに襲いかかってくる。
「数が多すぎるのよ!」
私は、苦戦を強いられていた。その時、リクが、再び呪文を唱えた。
「刻の力よ、我が妻の剣に宿らんとす!」
最後の村人を逃すことに成功したリクの杖から、まばゆい光が放たれ、私の剣に吸い込まれていった。
すると、私の剣は、虹色に輝き始めた。私は、その剣を手に、魔物の集団に向けて大きく太刀を振った。虹色の光を纏った私の剣から、虹色の光が伸びて、魔物たちを両断にする。ついには、一匹も残らず、消滅した。
「リク、これはいったい?」
「振動だよ。アリシアの剣の時間を加速させて、細かな振動を作り出したんだ。すごい切れ味だっただろう?」
「切れ味っていうか、光がのびて全部薙ぎ払ったって感じね」
何はともあれ、私たちは『影の暗黒竜』の眷属を、すべて倒した。私は、安堵の息を吐きながら、リクの方を見た。
リクは、息を切らしながらも、笑顔で私を見ていた。
「リク、ありがとう」
私は、リクに感謝の気持ちを伝えた。
「ううん、アリシアこそ、ありがとう」
リクは、私に微笑みかけた。
ああ、リク。強くなってしまったリク!もう昔みたいに勇者の私が守ってあげるなんて容易には口にできなくなってしまった。
だけど、リク。あなたのおかげで、私は危機を逃れた。本当に感謝と賞賛しかない。
私たちは、村長の家の前に集まっている村人たちの方へ向かった。
村人たちは、私たちの姿を見て、歓声を上げた。
「アリシア!」
「リク!」
村人たちは、私たちに駆け寄り、感謝の言葉を述べた。
「アリシア、リク、立派になって……」
「本当に、ありがとう!」
「おかげで、村は助かりました!」
「やっぱりアリシアは勇者!そしてリクは私たちの英雄です!」
村人たちの言葉に、私は、胸が熱くなった。私たちは、この村を守ることができた。リクと共に、力を合わせて。リクの手を握りしめ、心の中で、そう呟いた。
村の建物のうち、実際に壊されたのは一部だった。遠目で村がなくなったように見えたのは、保護色になるように屋根を緑に塗り替えたりしたのが理由のようだ。
私たちは、村人たちと共に、村の復興に力を尽くした。
そして、数日後、グリーンフィールド村は、以前と変わらない、穏やかな村へと戻った。
始まりの地。私とリクの幸せな夫婦生活が詰まっている村。戦うことをやめて、平凡な妻として、平凡な夫と暮らしていた村。
私は再び勇者になった。リクは強力な魔術師になった。
あの穏やかな日は、完全には戻らない。でも少しだけ我侭を言えるのなら。
私が朝日の中、リクの腕の中でまどろんでいるこの時間だけは、前のように穏やかでいて欲しい。
そんなことを思った。




