【第5章:支援者としての道】
【第5章:支援者としての道】
「グリーンドラゴン!あなたがどうしてここに!」
「『影』の存在が生まれたことは、我々竜の間でも知れ渡っている」
「また私に何かをさせたいの?」
「君だけじゃないさ。君たち、だ」
「たち……?リクも?」
「そういうことだ。気づかずに夫婦生活を送っていたのか」
そう言われてしまうと、返す言葉がない。
「リクはどうなってしまうの?」
「知りたいか」
「ええ」
「ならば来るがいい」
私の身体がふわりと浮かぶ。グリーンドラゴンと一緒に空を上昇。空の上からみる遺跡は、四角で、上にいくほど狭くなっていた。空中で姿勢を整える。かつてグリーンドラゴンと行動をともにしていた時には、よくこのように空に浮かんで移動したものだった。
「見えるか」
私は遺跡を凝視した。ぼんやりと中の映像が見えてくる。グリーンドラゴンの目を通して遺跡の内部が見えているのだ。
そこでは鍛錬に勤しむ人物とリクの姿があった。……でも、平凡な農夫であるリクに修行をつませたところで、今から『影の暗黒竜』を相手にできる力が得られるのだろうか。
「あれが二年目だ」
グリーンドラゴンが言った。
「二年目?」
「あの人物は、癒しと時を司る魔術師──クロノア・テンペラ-だ」
私は目を凝らす。よく見れば、その人物は若く美しい女性だった。
そういえば、老人はどこに行ったのだろうと考えていたら、それを見透かしたかのようにグリーンドラゴンが言った。
「老人の正体が、クロノアだ」
「え?じゃあ、リクとあの美人魔術師とふたりで鍛錬しているってこと?」
「そういうことだな」
「そういうことじゃないわよ、どういうことよ」
「まあ、怒るなよ、アリシア。二人の鍛錬に他の人間が介入することはできない。あの二人の時間は、今はクロノアの支配下にあるんだからな」
「支配下……」
「二年目と言っただろう。あの二人の体感時間では、すでに1年以上が経過しているんだ。クロノアは時間の流れを自由に操ることができる。それに加えて疲れたら癒やしの魔法を使うこともできる。しかもその間は、人間は歳をとらない。好きなだけ鍛錬ができるってことだ」
「なんか、釈然としないわ。美人とふたりっきりで、何年も」
「クロノアはそういう輩じゃないと思うけどな」
そう言うと、グリーンドラゴンは私を遺跡の頂上に下ろした。しゅうぅぅと音を立てながら小さな姿になり、私の肩に乗る。時間を操れる魔術師もすごいけれど、私から見ればドラゴン種族全般に言えることとして、常識を逸脱している。大きくなったり、小さくなったり、羽ばたきもせずに空を飛んでみたり、口から炎を出してみたり。
リクが祭壇の奥へと消えてから、どれほどの時間が経っただろう。私は遺跡の頂上にある祭壇の前の石積みの低い台に座り、ドラゴンと一緒に佇んでいた。石柱に刻まれた古代文字は、私には何のことかさっぱり分からない。リクはこれを読めるというのだ。様々な思いを巡らせていた。
リクは、今頃、何年目の鍛錬をしているのだろうか?美人に術師は、リクにどんなことを教えているのだろうか?リクは、本当に、竜の力を──それが欠片だとしても──持っているのだろうか?もしそれが本当で、リクが『影の暗黒竜』を倒す鍵となる存在だとしたら……?
いやいや、あんな平凡で平和で、優しいのが一番の取り柄の人が、竜を倒すだなんて。
私は、期待と不安が入り混じった気持ちで、リクの帰りを待っていた。
その時、祭壇の奥から、足音が聞こえてきた。顔を上げ、音のする方を見ると、リクと老人が、こちらに向かって歩いてくる。──魔術師は老人に戻っていた。
リクは、少し疲れた様子だが、顔は晴れやかだった。
「アリシア、待たせたね」
リクは、私の名前を呼んだ。
「リク、怪我はない?」
私は、リクに駆け寄り、尋ねた。
「大丈夫…色々学ぶことが多かったよ」
リクは、そう言って、微笑んだ。
「念の為に聞くけれど……たとえば、どんなことを?」
詳しく聞きたかった。何なら、余計なことを手ほどきされたりしていないか、問い詰めたかった。……あ、念の為、念の為。リクを信じていないわけじゃないけれど、念の為。
だけど、老人が、先に口を開いた。
「アリシア、そしてグリーンドラゴンも一緒じゃな。リクには、才能がある。彼は、きっと、この世界を救う一助になるじゃろう」
老人は、リクに期待を込めた眼差しを向けている。
「そうなのですか?」
私は、老人に尋ねた。
「間違いない。リクは《癒しと時の魔法》に特化した稀有な才能を持っている。この度の鍛錬で、彼の力を引き出すことに成功した。彼の力は、直接的な戦闘には向いておらんが、仲間を支え、力を引き出すことで、戦況を大きく変えることができる」
《癒しと時の魔法》
魔術師クロノアと同じだ。
「魔術師クロノアに聞きます」
私が言うと、老人は表情を険しくし、私の肩の上のドラゴンに言った。
「グリーンドラゴン、種明かしをしたのか?」
「したぜ。それが公平ってもんだ」
「ふん。まあいい、して、奥方の質問とは?」
奥方という言い方にひっかかるものはあったけれど、気にしないことにする。
「《癒しと時の魔法》とは、一体?」
「仲間の傷を癒し、疲労を回復させる力、そして回復までの時間を稼ぐ力。最強の保護魔法じゃ。リクの力は、まさに勇者を支えるために存在すると言っても過言ではない」
老人はそう言って、リクに視線を移した。
「リク。お前は、これから、アリシアと共に『影の暗黒竜』と戦うことになるじゃろう。その時は、お前の力を最大限に活かし、アリシアを支えるのじゃ」
「はい」
リクは、力強く頷いた。
リク……。私は、リクの頼もしい姿を見て、胸が熱くなった。彼は、きっと、私を支えてくれる。そして、一緒に『影の暗黒竜』を倒してくれる。
私は、そう信じることができた。
「リク、最後にわしから、お前に与えるものがある」
老人は、リクに、そう言った。
「これ以上にあるというのですか?」
「グリーンドラゴン、頼む」
「おぅともさ!」
私の肩を離れたグリーンドラゴンは、空中で不定形への形を変え、ぐるぐると回って伸びて、一本の杖になった。
「グリーンドラゴンの力を持った魔法杖だ。旅の友とするがいい」
リクは、老人に深々と頭を下げた。
「このためにグリーンドラゴンを呼んでおいたのね」
「そういうことじゃ」
リクは大事そうに、杖を胸元に抱えた。
──あれ?ということは、この旅にグリーンドラゴンも同行するってこと。ちょっとやりにくいなあ。昔を知っている友達がいきなり旅の仲間に増えたってことだからね。
しょうがない、か。竜の手助けが強力なのは間違いない。
リクは、鍛錬を経て、強力な支援者としての道を歩み始めた。彼は、きっと、素晴らしい支援者になるだろう。そして、私は、彼の力を借りて『影の暗黒竜』を倒す。私たちは、きっと、この世界を救うことができる。そう信じることにしている。
「それはそうと、お主ら、次の目的地は分っているのか?」
「リク、わかる?」
「アリシアこそ、わかる?」
私たちは顔を見合わせる。森のほうか魔物がくるということだけが、手がかりだった。
「遺跡の地上階の入口から、図書館に入れる。まずは、そこで学ぶのじゃ」
老人が言った。図書館か……たしか、この老人──魔術師クロノアは、遺跡の中の古代文字を全部読んだって言っていたけれど、図書館も含まれているのだろうか。
「それは是非にでも、見せて頂きたいです」
リクが言った。リクは古代文字が読めるんだっけ。
老人がうなづくのを、許可と受け取ったリクは、さっそく下に向かう階段を降り始めた。私もあわてて後を追う。
図書館には、古代の書物が、所狭しと並べられている。ただし、形が本だから本だとわかるけれで、背表紙に書かれている文字は、私にはまったく読めなかった。
──そうだ!
「ねえ、リク、その杖を借りてもいい?」
「え?いいけど、アリシアが使えるのは、攻撃魔法って言ってなかったっけ?」
「うん、まあ、ちょっとだけど。……リクが本探すのに、邪魔でしょ?持っていてあげる」
「そういうことなら……」
というリクから杖を受け取り、私は口を近づけ、小声で言った。
「グリーンドラゴン、分っているわよね」
「何がだ」
「古代文字を読めるようにして」
「お前の頭でか?」
「ふざけてないで。ちょっと前に頭の中にイメージを送り込んだみたいにして、私の頭の中に古代文字の翻訳を送り込んでくれればいいのよ」
「リクに聞けばいいだろうに」
「邪魔したくないの。足を引っ張りたくない」
「……ふん。手がかかるな」
杖の形になったグリーンドラゴンは、ぼやきつつも私の頭の中に映像を展開してくれた。
「読める……読めるわ……!」
私は、興味津々に、本棚にならぶ書物を調べ始めた。そして、吸い込まれるように、一冊の本を手に取っていた。
その書物には、古代文明の歴史や文化、そして、魔法に関する知識が、そして『勇者』について記されていた。
私は、夢中になって、書物を読みふけった。
書物には、歴代の勇者たちの活躍が、記されていた。魔王を倒した勇者。邪神を封印した勇者。様々な勇者たちが、この世界を救ってきた。
そして、その中には、私の名前──アリシア・フェンリースもあった。
狂乱したブラックドラゴンを倒した、最強の勇者。
私は、自分の名前が書かれているのを見て、複雑な気持ちになった。
私は、本当に、最強の勇者だったのだろうか?私は、本当に、この世界を救うことができたのだろうか?私は、まだ、あの戦いの傷を引きずっている。心の奥底に、深い闇を抱えている。
私は、まだ、勇者を自認できずにいるのかもしれない。そんなことを思う。
背後から、声が聞こえた。
「アリシア?」
振り返ると、リクが、そこに立っていた。
「どうしたんだ? 元気がないみたいだけど」
リクは、私の顔を見て、心配そうに言った。
「ううん、なんでもない」
私は、リクに、笑顔を見せた。リクには、心配をかけたくない。
「そうか。それなら、いいんだけどね」
リクは、少し不安そうに言った。
「アリシア、ちょっと、こっちに来て」
リクは、図書館の奥を指さした。
「え? なに?」
「いいから、来て」
リクは、そう言って、私の手を引いた。
私は、リクに連れられて、図書館の奥へと進んだ。
そこには、小さな部屋があった。部屋の中央には、七角形の魔法陣が描かれている。ドラゴンと同じ数。この世界の魔法の数字。
「これは?」
私は、リクに尋ねた。
「これは、山のようにある魔方陣のうちのひとつ、『時の魔方陣』だよ。先生に教えてもらったものと同じだ」
リクはどれくらいの時間、魔方陣について学んだのだろう。遺跡の中、魔術師クロノアの元では、時間が動かないと言っていた。
リクは、きっと、素晴らしい支援者になるだろう。そして、私は、彼の力を借りて『影の暗黒竜』を倒す。私たちは、きっと、この世界を救うことができる。私は、魔法を使うことはできないが、最強の勇者だ。アリシア・ザ・ドラゴンバスター。私は、剣を振るうことで、リクを支えることができる。そして、一緒に、“影の暗黒竜”を倒す。
そう決意した。
「アリシア、その本は?」
「え?えっと、勇者の本……?」
「アリシア、古代文字が読めるの!」
「えっと……、勇者ってとこだけ……?」
私は適当にごまかすことにした。別にグリーンドラゴンの力だと白状してもいいんだけれど、なんとなく、ね。
「見せてもらっていい?」
リクに本を渡す。
リクは本のページをめくりながら、何カ所かの文章を指で追っていく。
「この本は、いつ頃書かれたんだろうね」
ふいにリクが言った。
「どういうこと?」
「この本には、アリシアのことも書かれている。ということは、『黒竜の狂乱』以降に書かれたはずなんだ。でも、本の汚れ具合を見ると、数年前どころか、数十年、あるいはもっと昔に作られた本のように思えるんだ」
「そんな……」
言われてみれば気づかなかった。確かにそれは、骨董品レベルの古そうな本だった。
「ここ、読むね」
それは『影の暗黒竜』に関する話しだった。
「暗黒竜は、かつて、勇者たちによって封印された。しかしその『影』は完全には消滅しておらず、闇の世界で、復活の時を待っていた。そして、時がたち、『影の暗黒竜』が、再び世界に蘇った。この力の濫用を阻止するためには、『影の暗黒竜』の力の源を断たなければならない」
「力の源……」
「続きを読むね」
「ええ」
「『影の暗黒竜』の力の源は、《黒のクリスタル》と呼ばれる。世界の七つあるクリスタルのひとつであり、世界のどこかに隠されている」
またここでも7だ。七……ドラゴンの数と同じ。魔方陣の形と同じ」
杖が震え、私の手を離れた。杖に重なって、グリーンドラゴンの姿が現れる。
「クリスタルは、我々ドラゴンの力の抑制力として存在している。ブラックドラゴンの抑制力である《黒のクリスタル》が、その影にも力を発するというのは、間違っていないと考えていいだろうな」
私とリクは顔を見合わせる。
「それなら、《黒のクリスタル》を見つければ戦いを有利に運べるってことだね」
「そうね」
《闇のクリスタル》を探し出し『影の暗黒竜』を討伐する。そして、この世界を守る。道筋が見えてきた。
「でもどうやって、だろうね?」
「魔方陣に飛び込め」
グリーンドラゴンが言った。
「時と場所は紙一重だ。時の魔方陣は、同時に転移の魔方陣でもある。この遺跡に魔方陣があるということは、それは導きなのだろう」
リクが立ち上がる。
そうね、迷っていてもしかたがない。
グリーンドラゴンは杖の姿に戻り、リクの手に戻った。
「行こう!」
「ええ」
私は一歩前に出る。──そして手をつなぎ、魔方陣の中に踏み出す。
《闇のクリスタル》を探す旅程は、一筋縄ではいかないだろう。だけど、決して諦めない。私たちは、この世界を守るために、戦うのだから。