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【第1章:突然の訪問者】

【第1章:突然の訪問者】


 穏やかな日々は、永遠に続くものではない。それは、ある晴れた日の午後に訪れた。


 私は、いつものようにリクと畑仕事をして過ごしていた。土を耕し、種をまき、水をやる。単純作業の繰り返しだが、不思議と飽きることはない。むしろ、土に触れ、植物の成長を見守ることに、私は喜びを感じていた。


 かつて、勇者として戦っていた頃は、毎日が緊張と不安の連続だった。


 いつ魔物に襲われるか分からない。


 いつ仲間を失うか分からない。


 そんな恐怖の中で、私は生きてきた。


 だが、今は違う。


 リクと出会い、この村で暮らすようになってから、私は初めて本当の安らぎを知った。

この穏やかな日々が、永遠に続けばいいのに……。そう願っていた。


 だが、運命は、そう甘くはなかった。


 その日、村に一人の旅の商人が訪れた。荷馬車に様々な商品を積み込んだその男は、陽気な口調で村人たちと話をしていた。珍しい品々を目にした村人たちは、興味津々に商人の周りに集まっている。私もリクと一緒に、その様子を見に行った。


「見て、リク。あの布、すごく綺麗ね」


 私は、鮮やかな藍色の布を指差した。


「ああ、本当だな。アリシアに似合いそうだ」


 リクが優しく微笑む。


 商人は、村人たち相手に商売をしながら、旅の商人の誰もがそうするように、そして村人の誰もが旅人に期待するように、世界の各地の出来事を伝えていた。


「最近、この辺りで魔物の目撃情報が増えているらしいんだ。皆さん、気をつけた方がいいですよ」


 商人の言葉に、村人たちはざわめく。


「魔物……魔物なんて、この辺りには出ないと思っていたのに」


「まさか、またブラックドラゴンが現れたんじゃ……」


 不安げな声が聞こえる。


 私も、内心ドキリとした。ブラックドラゴンを倒してから、もう五年以上が経つ。平和な日々が続くと思っていたのに…。リクは、私の表情に気づいたのか、そっと手を握ってくれた。


「大丈夫だよ、アリシア。きっと、ただの噂さ。それに、こんな辺鄙な村をドラゴンが襲っても、何も得られない。ドラゴンは賢いという話を聞いたことがあるよ」


 リクの言葉に、私は少しだけ安心する。


 でも、本当に大丈夫なのだろうか?心のどこかで、不安が消えない。


 商人は、話を続ける。


「聞いた話によると、その魔物たちは、そこらの魔物とは違うらしいんだ。体が大きい種族ばかりで、凶暴で、集団行動をする。まるで……闇の力に操られているかのように」


 闇の力……。


 その言葉を聞いて、私は、あの不吉な夢を思い出した。


 暗黒の渦が世界を飲み込み、人々が苦しみ叫ぶ夢。 見知った顔の仲間たちが、次々と闇に呑み込まれていく。まさか、あの夢が現実になるのだろうか?私は、不安な気持ちでいっぱいになった。


 その日の夜、私はなかなか眠ることができなかった。リクは、私の異変に気づき、心配そうに声をかけてくれた。


「アリシア、どうしたんだ? なにか、気になることがあるのか?」


 私は、リクに、商人の話が気になって眠れないことを訴えた。そして、最近見ている不吉な夢のことも。


 リクは、私の話を真剣に聞いてくれた。


「……そうか。アリシアが、そんなに不安に思っているとは知らなかったよ」


 リクは、私の手を握りしめ、優しく言った。


「でも、大丈夫だよ。アリシアは、最強じゃないか」


 リクの言葉は、無理をしていることが私にも伝わってきた。でもその気持ちだけで十分だった。


 リクは、きっと、私が『竜殺しの勇者』のままでいると信じているのだろう。だけど、私は、もう最強の勇者ではない。あの戦いが終わり、ボロボロになった私は多くのものを失った。力も、自信も、そして、戦う意志も。今の私には、リクや村人たちを守る力なんてない。


 私は、リクに、そう告げようとした。だが、その前に、リクが口を開いた。


「アリシア、もし、本当に魔物が現れたら…僕は、君と一緒に戦う」


 リクの言葉に、私は驚きを隠せない。


「…リク?」


「僕は、アリシアを一人にさせたくない。君を守るために、僕も戦うんだ」


 リクは、真剣な眼差しで私を見つめる。この人は、変わろうとしている。


 かつての、穏やかで、争いごとを嫌うリクだけではなく、私を守るため、そして、この村を守るために、強くなろうとしている。でもそれはもしかして、私が彼に悪い影響を与えたのではないだろうか、とも思う。


------ありがとう、リク。そう思う一方で、彼が変わろうとしていることに対する、不安もあった。


 私は、リクの手を握りしめ、静かに頷いた。


「……ありがとう。でも、そんなことにならないのが一番ね」


 その夜、私は久しぶりに安眠することができた。リクの温かい腕に抱かれ、私は深い眠りに落ちた。


------だが。


 夜中、家の外で物音がした。そして気配も。この気配はわかる、よくない存在の気配だ。戦場に満ち満ちている、恐怖と支配と暴力の気配。


 私は、リクを起こさないように、そっとベッドから抜け出す。


 窓から外を見ると、畑の方で何かが動いている。月の光に照らされて、その姿がはっきりと見えた。


------魔物だ。


 それは、私がかつて戦った、ブラックドラゴンが支配していた魔物とは少し様子が違った。体が大きく、禍々しいオーラを纏っている。


 商人の言った通りだ。私は、驚きを隠せない。


 魔物は、畑の作物を食い荒らし、暴れ回っている。このままでは、村に被害が出てしまう。


 私は、リクを起こそうか迷ったが、彼を危険に巻き込みたくなかった。


------仕方ない。


 私は、寝室のクローゼットから、古い革袋を取り出した。中には、かつての相棒であり、使い慣れた剣が入っている。


 魔王を倒した後、私は二度と剣を握らないと決めていた。だが、今はそれどころではない。私は、静かに家を出て、畑へ向かった。


「グォォォ…」


 魔物は、私を見つけると、威嚇の咆哮を上げた。


 私は、剣を構える。久しぶりだ。不思議な懐かしさと、緊張感が同時にこみ上げてくる。


 魔物は、鋭い爪を振りかざして、私に向かって突進してきた。


 私は、冷静に相手の動きを見極める。かつて、数え切れないほどの魔物と戦ってきた経験が、身体に染みついている。魔物の攻撃をかわし、すかさず反撃する。急所を狙っての一撃。


 剣は、魔物の体に深く突き刺さった。


「ギャアアア!」


 魔物は、悲鳴を上げて倒れ込んだ。


 私は、息を整えながら、倒れた魔物を見下ろす。


「まだ、戦えるってことなのかしら。それにしても、この魔物……」


 強い。かつて戦った魔物よりも、はるかに力強くなっている。急所に命中しなかったら、今の私に次の攻撃はできなかったかもしれない。


 一体、何が起こっているのだろう。不安な気持ちを抱えながら、家に戻った。


 リクは、まだぐっすり眠っている。


 私は、彼の寝顔を見ながら、複雑な思いに駆られた。


 リク、ごめんね。


 あなたを、危険な目に合わせたくないのに……。


 翌朝、リクに夜中の魔物との戦いのことを話した。


「…本当か? アリシア、怪我はなかったのか?」


 リクは、私の話を聞いて、顔色を変えた。


「ええ、大丈夫よ。でも、あの魔物は、以前とは比べ物にならないくらい強かったわ」


 私は、真剣な表情でリクに告げた。


「そうか」


 リクは、神妙な面持ちで頷いた。


「もし、魔物が私のことを狙って来たのだとすると、私は村を出たほうがいいのかもしれない」


 リクはしばらく沈黙した後、口を開いた。


「アリシア、旅に出よう」


「……え?」


 私は、リクの予想外の言葉に、驚きを隠さなかった。


「前の戦いは、僕たちは最後までアリシアたち勇者に頼りっきりだった。だけど僕たちも、見て見ぬふりはできないって思うんだ。昨夜の魔物は、どこからかやって来て、どうしてこの村に出現したのかは分からないけれど、このまま放っておけば、他の村にも被害が出るかもしれない」


 リクは、真剣な眼差しで私を見つめる。


「でも、リクは戦士じゃないわ。あなたが戦う理由がない」


 私は、リクには平凡でも平和な生活をしてほしかった。仮に魔物討伐の旅に出るとすると、それは確実に危険な旅になる。そんなもの、彼を巻き込みたくなかった。


「でも僕は、アリシアと一緒にいたい。君を守るために、一緒に戦いたいんだ」


 リクの強い決意に、私は言葉を失った。


 …リクは、本当に変わろうとしている。


 私の知っている彼は、私と結婚した彼は、穏やかで、争いごとを嫌う人だった。だが、今は違う。私を守るため、そして、この村を守るために、立ち上がろうとしている。私が戦いを忘れようとしている間に、彼は、そして人々の中での、自分たちの生活を守るために戦うことの意味が変わってきているのかもしれない。


 私は、リクの手を握りしめ、静かに頷いた。


「ありがとう、リク。一緒に行きましょう」


 こうして、私たちは、再び旅に出ることを決意した。その旅は、私たちの人生を大きく変えることになる旅であった。


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