新しい挑戦
「聞いてくれ」
えへん、と咳ばらいをしてブロイはテーブルに着くと私とクレマンに向かって畏まった姿勢を取った。私とクレマンは、何事かと食事の手を止めて話を聞く姿勢になる。
夕食は、その日の放課後を一緒に過ごした友人と取ることが多い。今日はブロイとクレマンと一緒に魔道具作りに熱中していた。
ブロイは学校内に魔道具専用の部屋をもらっている。放課後の活動では、ある程度の人数がいると活動場所が割り当てられるとはいえ、ブロイが自分だけの専用の部屋をもらっているのは破格の扱いと言える。
学校内には魔道具好きの生徒が他にもいるらしいけど、気難しく相手への要求が高いブロイは彼らとは全く話が合わないと関わりを持たない。
「趣味で魔道具を作っている教師は意外と多い。そういう教師には半端ない知識があるから、俺と、他の奴らの習熟度に差があり過ぎる事が分かるんだ」
学校を離れた工房のような所では教師とも、ただの魔道具好きの仲間として懇意にしているそうだ。
私たちはそのブロイ専用の作業部屋で、あれこれ魔道具を作って試して楽しんでいた。町の工房と学校の作業部屋、半分ずつくらいの割合で使っている。
「今年の『卒業生の夕べ』で、魔道具を使って光の演出を行おうと思う」
「卒業生の夕べ?」
ブロイが頷いて、行事を知らない私に説明してくれた。
夏の王都では社交の場が多く設けられ、各地から貴族たちが王都にやってきて滞在して交流を図る。あちこちで夜会や晩餐会が開かれる中で、学校でも卒業生たちを集めた夜会が開かれるらしい。
「毎年、数百人が集まって学校内を懐かしんで見て回ったり、中庭でダンスをしたり歓談したりする」
「うんうん」
「そこで、前触れなく光の演出を行って皆を驚かせるんだ。そこで、俺たちの魔道具の素晴らしさをお披露目する算段だ」
「わあ! 何だか楽しそう!」
浮かれる私と違ってクレマンは冷静だ。
「光の演出って、具体的にはどういうものを考えてるんだよ」
ブロイは乱暴に皿をテーブルの端に寄せると、懐から紙を取り出して広げた。そこには中庭の絵が描かれていた。
広い中庭のあちこちで歓談する人々。中央付近の広場でダンスをする人たち、音楽隊。
「これは⋯⋯!」
クレマンも感嘆の声を上げた。
人々の上には数十個の明かりが浮かんで辺りを照らしている。色も無く、ペンで簡単に描かれた絵だったけれど幻想的な光景を想像できた。
「いつもは周りの木やテーブルの上、足元に明かりが配置されるんだ。でも上空には配置出来ない。数年前、中庭の端と端の木を紐でつないで、明かりを配置したことがあっただろう」
「ああ、あれは圧迫感しか無かったな」
クレマンが苦い顔をした。ブロイが笑う。
「明かりのために柱を立てれば、それが邪魔になるし、なかなか良い案が出ていないだろ? 俺はずっと考えてたんだ」
「確かに、この絵のように出来たら素晴らしいと思う。でもどうやるんだ」
ブロイはもう一枚、紙を出した。
「これだ」
「明かりの設計図⋯⋯飛ばすのね」
「正解だ」
設計図通りに動くとしたら、手のひらに収まるくらいの明かりが空中に浮かんで飛ぶことになる。
「数秒くらいなら浮かす事が出来るだろう。でも、継続して魔力を送る方法が無いじゃないか」
「そこなんだよ」
ブロイが大きくため息をついて、椅子の背もたれによりかかった。
「魔力を継続して飛ばし続ける方法を考えたい。フィルーゼ、何か良い案がないか?」
「私には必要ないからなあ⋯⋯」
私は魔力を強く放つことで、離れた場所の魔道具も操作することが出来る。だからわざわざ魔力を飛ばすような魔道具を使う必要が無い。
「必要ないって?」
(しまった)
ブロイには回路や魔道具に詳しいことは知られているけれど、私の魔力が強い事までは伝えていない。冷や汗が出て来た。クレマンが『馬鹿だなあ』と言いたげな顔をしているのが分かる。
「えっと、えっと」
ブロイがため息をついた。そして小声で言う。
「フィルーゼ、君の魔力が強いことか? 隠せていると思っている事が驚きだな。いつもあれだけの魔道具に散々魔力を込めて平然としてるだろう。あれは普通じゃないよ。人に知られたくないなら、もっと気を付けるんだな」
「そうだったのね。加減が分からなくて⋯⋯」
ブロイにはとっくに知られていたようだ。その事を詮索しないでくれていた事がありがたい。
「俺は人に言うつもりはないよ。クレマンも、どうせ気が付いてるんだろう? なら、魔道具を作ってる時だけは出し惜しみせずに魔力について教えてくれよな」
「分かった」
私は魔力を離れた魔道具に飛ばすことが出来ること、だから、魔力を飛ばすような回路は知らない事を伝えた。
「飛ばすって、どうやるんだ? 触れて送り込むのと、やり方が違うのか?」
「そうねえ⋯⋯」
感覚を思い出してみる。
「飛ばしたい方向に、えいっとするの。ふんって感じかな」
「何だよそれ、意味が分からないよ」
二人に呆れられてしまった。
「分かった。実際にやってみよう。おい、さっさと残りを食え。外に行くぞ」
「ブロイ、君が聞けって言うから、食事の手を止めたんじゃないか!」
クレマンと私は、慌てて食事の残りを口に詰め込んだ。その間に、ブロイは魔道具の作業部屋に試作で作った明かりを取りに行った。
中庭を抜け、校舎の陰の人目に付かない所でブロイが明かりを取り出した。手のひらに収まるくらいのものが3個。それを地面に並べる。月には雲がかかり、お互いの顔がはっきり分からないくらいに暗い。
「これに、そこから魔力を飛ばせるか?」
「やってみる」
私は3個の明かりに向かうと、強めに魔力を入れた。明かりは強い光を放ち上空に飛び上がった。
「うわ、眩しい!」
「馬鹿! やり過ぎだ!」
私が魔力を止めると、ごろん、と明かりが草の上に落ちた。
「ごめん、加減が分からなくて」
校舎を超えた高さにまで明かりが飛んでしまった。誰かが不審に思ったかもしれない。私たちは明かりを回収すると、こそこそと校舎の反対側に回った。
様子を窺ったけれど、誰も気づかなかったのか人が見に来る気配はなかった。
「フィルーゼ、お前、魔力強すぎだよ。もっと加減してやれよな」
「ごめん」
今度は気を付けて、少しずつ魔力を広げて明かりに到達させた。明かりは優しい光を放ちながら、ゆらゆらと浮かび上がった。
「おお! これだよ、求めてたのは、こんな感じだ!」
ブロイが大喜びして、横から下から明かりを眺める。
「分かった気がする。飛ばしてるというよりは、ただ強く出すだけなの。魔力を注ぎたい方向に向かって強く出すだけ」
「魔力を増幅する回路で何とかなりそうか?」
私は魔力を制限する回路と、増幅する回路の組み合わせの案をブロイに説明した。ブロイは、うんうんと納得したり反論したりする。そこにクレマンが意見を言う。
「誰かいるのか?」
大人の声だ。私は明かりを消す。クレマンが素早く明かりを拾い上げてブロイに手渡した。私達は息をひそめて植え込みの陰に隠れる。
「何だ、誰もいないのか?」
「怪しい明かりが見えたって聞いたんだけどな」
どうやら警備の人に、さっきの明かりについて報告が伝わったようだ。見つからないように、そっと寮まで戻った。
「明日から卒業生の夕べまでは、毎日、魔道具の部屋に集合だ。フィルーゼ、お茶だの何だの浮かれてる場合じゃないからな。成功したら俺が逢引きでも買い物でも、何でも付き合ってやるから。そうだ、恋人になってやろうか」
「えー? 何かブロイは違う」
「お前、失礼だな!」
クレマンが苦笑している。卒業生の夕べまで、あと半月。魔道具作りに熱中するのも楽しいかもしれない。
「うん、絶対に成功させましょうね」
「ああ、3人で絶対に成し遂げるぞ!」
「分かった、頑張ろう」
華やかな夜会をゆらめく明かりが照らす幻想的な光景を、私も見てみたいと思った。