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「あらまぁ、ユーキくん今日もランチの時間に食べられそうなの?」
聴き馴染みのある声に、はっと我にかえる。
「あれ? ここ食堂?」
「そうよー。最近はよく来てるからそこまで忙しくないと思ってたけどそうでもないのかい?」
執務室からそのままどうやら食堂に拉致られたらしい。
昼食が取れる時は基本的に食堂で摂ることにしているユーキは、もちろん食堂の職員とも顔馴染みである。
なんなら食堂のさまざまな充実などもやったので、利用者だけでなく職員からもとてもありがたがられたりもしていた。
「そこまでではないですね。ていうか、なんで食堂に……」
「こっちは初めて見る顔だねぇ。新人さん?」
職員に尋ねられてそちらを向いて、思い出した。
しかし、ユーキが声を上げる前に、尋ねられた本人が答える。
「そうなんです、よろしく」
にっこりと人好きの良い笑顔に、職員も笑顔で応えた。
「よろしくね! 新人さんは何にする?」
ーーーこ、この人王弟殿下ですぅぅぅ!
ユーキは内心頭を抱える。
「ユーキと同じので」
「あいよ!」
そんなユーキのことなどお構いなく、職員と王弟殿下で会話は進み、少しして「出来立てだよ!」と二人の前には日替わり定食が配膳された。
「あ、ありがとうございます」
「おいしそうだ。ありがとう」
湯気があがる料理を前に、二人の目が輝く。
「メイン以外はおかわりもできるからね」
「はい!」
元気に返事をする王弟殿下。
今日の日替わり定食は、ミックスフライ。
ユーキが持ち込んだメニューのひとつだ。
職員が離れるとユーキにニコニコと再び笑いかけるが、ユーキは美味しそうなミックスフライに気を取られて気が付かない。
「今日も美味しそう…」
「美味しそうですね」
独り言のつもりだったので、返事が返ってきて驚いたユーキは、
ーーーそうだったーーーー!!!
と、現在の状況を思い出す。
まわりを確認してみると、目の前の御仁が王弟殿下だと知っている人はあまりいないようだ。
明らかにギョッとしている人には、せっかくの休憩場所で申し訳ない、と内心頭をさげておく。
「食事はちゃんと取らないとダメですよ、ユーキ」
ウキウキとナイフとフォークを手にしながら話しかけてきた。
「あの……殿下……」
どーせぇっちゅーんじゃ…と頭を抱えるユーキのことなどお構いなしに、揚げたてのエビフライにフォークとナイフを入れる。
サクッという大変良い音に王弟殿下の目がさらに輝いた。
ちなみにこの国は大変本当に平和で、王族でも毒味という概念はない。
「すごい」
なので、普段から温かい食事をしているはずなのだが、その目の輝かせ方はなんだ、と思わず眺める。
「エビがサクサクな何かに包まれてる」
「……そちらの食事では出ませんか?」
きちんと咀嚼して飲み込んだ後、うん、と頷かれた。
「普段の食事でも出たことはないし、学園の食堂でも出なかったかな。これはこの食堂オリジナルのメニューなの?」
「まぁそうですね。工程が若干かかるのとちょっと面倒なので、この食堂でも定番ではなくランチの日替わりです」
揚げ物は手間がどうしてもかかるし、この食堂は温かい、出来立てを提供するので定番にできないのだ。
ユーキがどうしても食べたくて食堂改善の際に提案したメニューの1つで、大好評となっているメニューでもある。
この世界、食材を揚げるという調理法はあるのだが、素揚げ一択。アーヴィンの屋敷の料理長にも教えたので、屋敷での夕食にもたまに出てくる。
たまにというのは、ユーキが食べたくて色々な料理を伝授したためで、数が多くて必然的に一つの料理が出る率が下がっているだけだ。
「こちらの料理長に教えようかと思ったけど…」
エビフライの隣にはコロッケ。
形からして、クリームコロッケだろう。
そちらにもフォークとナイフを入れると、サクッという音に続いて中からクリームが覗く。
これも初めて見たのだろう、王弟殿下の瞳がさらに輝いた。
「今日はコーンクリームコロッケですね」
「こーんくりーむ…ころっけ……」
「熱いので気をつけてください」
慎重に口に入れると、バッ…とこちらを見る。
「お気に召したようで何よりです」
さすがにお腹の虫も鳴り始めた。
---王弟殿下だろうがなんだろうが、あっちからこっちに来たんだからあえて気にしなくてもいいか。
こういう切り替えは早いユーキである。
「いただきます」
いつも通り、両手を合わせてからナイフとフォークを持つ。
---ん〜!このサクサク感、良き!
うふふふ…と上機嫌に食事を進めていると、ふと視線を感じて正面を見た。
王弟殿下に笑顔で眺められていた。
「……むぐ…なにか……?」
なんとか口の中のものを飲み込んでから尋ねる。
「美味しそうに食べるなと思って」
「……腹減りなので」
元々食べることが好きということはあるが、大体のものがおいしいという日本で育ったからか、食に対する最低限の位置がどうやらこの世界と少し違った。
ユーキにとっては、このミックスフライもいわゆる『ふるさとの味』になる。
「うん、いいね」
同僚に答えるようなテンションで返すユーキに、ますます笑顔になった。
「また、キミのことをひとつ知れた」
「!?」
王弟殿下は、それはそれは嬉しそうに、少しだけ目元を赤くしながら幸せそうに言った。