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ーーーさすがに寝られなかった……。
翌日、寝不足の身体を叱咤して王城内執務室の自席で頭を抱える。
「なに考えてんだあの殿下……」
「流石にその発言はまずいだろ」
「ルカ……おはよう」
同僚のルカが呆れた顔で向かい側の自席に座った。
彼はアーヴィンの親戚筋の青年で、ユーキが就職する際には何かと手助けなどをしてくれており、ユーキの正体も知っている。
「宰相殿がニヤニヤしてたぞー」
「あいつ……!!」
拳を握るのを眺めながら、流石に今回は怒ってんなーとこちらも少しニヤニヤしている。
「ま、仕事だ仕事」
「はいはい……」
山になっている書類の束を手に取って、いつものように仕事を開始した。
いつものように書類を捌き続けて、気付けばとっくに昼を過ぎているというこれまたいつもの状況に、ウーン…と伸びをする。
早い段階でアーヴィンに提案した組織改変と業務掌握整理がおおよそ終わって数年、確実に機能し始めている事を実感しながらの仕事は楽しい。
監査機能も組み込んでいるので格段に不正がしにくくなり、順次実力登用が進んでいるので一時期のようなとんでもない多忙さはここ数年発生していない。
裏にももちろん監査機能はあるが、表向きにもあるのは抑止効果があって大変良い。
とはいえ、当初は腰掛けのお貴族様が幅を利かせている部署もあって、そこをジワジワと攻略するなのどの苦労もしているので、今の状況は大変嬉しい状況でもある。
ルカは…と室内を見回して、今日は城下に出ると言っていたことを思い出す。
「ユーキ…お前今度は何したんだ…?」
席まで来た同僚が呆れたような表情で声をかけてきた。
「? どういう……?」
こんな表情をされるようなことはここ最近では何もなかったはず。
「アレ」
「あれ?」
しめされた方を見ると。
「!?」
「やぁ」
扉の前で、笑顔で右手を上げて声をかけてきたきたのは、昨日爆弾を落としていった王弟殿下だった。
「なっ…?」
驚いてガタンッ!と派手な音を立てて立ち上がったと思えばそのまま固まるユーキをニコニコと眺めながら、
「まだランチ食べてないなら一緒にどうかと思って」
と、ランチに誘われた。
ーーーそういえば昨日、不穏なこと言ってなかったか?この人。
そんなことを考えているうちに、ユーキの前までやってきてしまった。
そして少しかがむと、
「これからちゃんと口説くからって言ったでしょ?」
と、耳元で囁く。
「!?」
熱を少し持った、気付いてはいけないのではないかと思うような声に、ユーキは思わずバッと離れた。
「顔、真っ赤」
一瞬だけ目を丸くしたあと、再びニコニコと笑顔になって、嬉しそうにユーキにだけ聞こえる声で言う。
「な……ななななな…………」
なんなんだこいつは!? と半ばパニックになっているユーキを、これ幸いと王弟殿下はそのまま腕をとって扉へ向かった。
「では、ユーキを借りていきますね」
「は、はい!」
どちらにしてもお昼休憩を取るなら今のタイミングだろうと思った同僚は、呆然としたまま王弟殿下に連れていかれるユーキに、またなんかやったんだろうなぁ…と静かに見送った。