6
半年間様々な政策やらなんやらを提案し(若干提案させられて)、アーヴィンが良いと判断したものをアーヴィン経由で実際に政治の中枢で検討、全くの新しい視点からの提案に盛大にざわつき、アーヴィンの思うツボとなっていった。
是非にと招聘され、宰相の秘蔵っ子として王城に『就職』した---男性として。
それから九年。
「桜井佑岐」は「チェリ=ユーキ」と名前を変え、王城で男性補佐官として働いている。
保護者としてアーヴィンが後ろ盾になってはいるものの、就職後さらに実績を重ねたことで今では先輩や後輩だけでなく王からも信頼されるというとんでもない立場を確立した。
分からないことや困ったことがあったらチェリに相談しろ、とは、新人が一番最初に教えられる冗談のような本当の話である。
ユーキが渡り人であることは機密扱いのため、宰相は一体どこからあんなとんでもなく優秀な人物を見つけてきたのかと様々な憶測が飛び交う時期もあったが、ユーキ本人が「森で拾われまして」と一貫して答えている為、もはや人外な不思議な存在とも言われつつある。
「アヴィ、お話があります」
屋敷にアーヴィンが戻ったのを確認すると、ユーキは有無を言わさない笑顔でとっ捕まえて執務室に連行した。
「どうしたー? 顔が怖いぞ、ユーキ」
流石にヤバイと思っているアーヴィン、とりあえず笑顔で質問してみる。
この十年ですっかり仲良くなったこの二人。
仕事以外では対等の立場で話などをし、もはや親友とも言えるような関係性を築いていた。
「どの口がそれを言ってんですかねぇ??」
ユーキの額にガッツリ血管が浮き出ているように見えるのは気のせいではないだろう。
室内にはアーヴィンの部下二名も居るが、デスクを挟んでアーヴィンに圧をかけているユーキと、ちょっとばかり気まずそうな表情をしているアーヴィンを苦笑いで見守っている。
この二名はユーキがこの世界にやってきた際に迎えに来た二人で、アーヴィンの直属の部下であり非常に優秀な人物だった。
ーーー今回は分が悪いです……。
ユーキを迎えに来た際にマントを着せたのはリオ。
今はユーキの専属護衛も務めている。
ーーー分が悪いどころか、確実に鉄拳事案です、主。
頭を抱えそうになりながらため息をついているのは、ユーキに最初に声をかけたロイド。
二名ともアーヴィンの専属護衛で、さらにはアーヴィンとの付き合いも長い。
アーヴィンからチラッと助けを求める視線を感じるが、諦めてください、と二人とも首を横に振った。
「昼間の件、きっちり説明していただきましょうか」
笑顔で拳を握るユーキは、流石の宰相も怖かった。
「その様子だと、殿下の申し出を受けなかったのか」
諦めたのか、普段の余裕をいくらか取り戻したアーヴィンは応接セットに移動し、持ってきてもらった紅茶を一口飲む。
その問いかけに、ユーキは再びため息を一つ。
「受けるわけないでしょうが……」
でしょうねぇ……とそれぞれの護衛対象の後ろに控えているリオとロイドは本格的に苦笑いだ。
「なんだよ、別に受ければいーじゃねーか。
王にはすでに王子と王女が居るし、王弟殿下は臣下になることが決まってる。
婚姻については制約なしって取り決めあるから問題ないぞ」
「いやこらアヴィ、あんたすっかり忘れてんのか、それとも棚上げしてんのかどっちだ」
ヒクッ…と右頬を引き攣らせてユーキが続ける。
「私、仕事中は男だが!?」
「…………あ」
「あ、じゃねー!!!」
ハリセンを異空間から出して、頭をはたいてやろうかと本気で思った。
「主……まさか本気で忘れてたんじゃないですよね?」
「さすがにそうだとは思わないですが、でも素で忘れてたというのも捨て難い反応です」
護衛二人がツッコミを入れた。
視線から逃れるように、すいー…と顔を背けるアーヴィン。
「いやぁ…あまりにも色々自然で、お前の性別忘れてたわ」
「それはあれか、私が仕事以外でもドレス着てないからか!?」
「お。よくわかってるじゃないか」
「おい」
「主はもはやユーキさんのことをユーキさんと認識してるから、女性とか男性とかそういう認識ないということかと」
「そういうことだ」
「……うまく乗っかっただけだろそれ」
王城に就職して以来、勤務の日は男性に姿を変えているし、休日は素の姿で過ごしているものの、この世界の女性のスタンダードであるドレスではなく男性のスタンダードであるシャツとパンツ姿のため、メイド含め実はやきもきしていたりする。
「スタイルも良いし、ちゃんとドレスも似合うのになぁ」
「単純に動きづらいから好きじゃ無いんだよって言ってるだろー。ドレスで剣は難しいし、ちょっと飛びたい時にドレスだと無理だし」
「基準がおかしいんだよ!」
ちなみにユーキ、こちらの世界に来てから剣術と体術をすっかり身につけてしまった。
正直、護衛とか要らないくらいには普通に強い。
「---話を逸らそうとしても無駄だからね」
「チッ…」
軌道修正されてアーヴィンが舌打ちする。
一つため息をついて切り替えると、ユーキは尋ねた。
「私の話は機密事項だと聞いてますが、王弟殿下はご存知で?」
「知らんな。王城では王と王妃だけだ」