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『渡り人』ーーー別の世界からやってきた人間のことを、この世界ではそう称する。
【創世神】が気まぐれを起こして境界を曖昧にしたとも、【創世神】がこの世界のために選んでいるとも言われている。
そんな『渡り人』が、久方ぶりにフィアデリア王国に現れたのが約十年前。
対象となったのは、現代社会でバリバリのキャリアウーマンとして働いていた女性、桜井佑岐・二八歳。
仕事が終わって自宅であるワンルームマンションの自室に帰宅したところで光に包まれた。
目も開けてられないくらいの凄まじい光に目を閉じて腕で顔をガードする。
一瞬の浮遊感ののち、ドサっと落とされた。
「痛!」
ーーー放り出された!?
数メートルもないくらいだろうが、ちょっとした高さからポイっとされた模様。
どうやら光は消えたらしい。
腕を退けてゆっくりと目を開けると、そこは森の中だった。
「えぇ……」
どういうことだ。
柔らかい土の上に落とされたため、どこも痛めたりはしていないようだ。
上体を起こして周りを見回す。
鳥の鳴き声と、葉を揺らす風の音が聞こえている。
見上げれば、抜けるような青空。
ーーー私は夢を見ているのか?
自分の記憶を思い出してみよう。
いつも通り仕事をして、いつも通り電車に乗って、いつも通り帰宅。
玄関の鍵を開けて部屋に入り、ドアを閉めたところで光に包まれて……今この状況だと認識する。
「えー…………まじか……」
これ、もしかして、いわゆる『異世界』というやつでは。
いち。そもそも自室ではない。
に。光に包まれるという事態自体が普通ではない。
さん。空気感が違う。
冷静に周りを見回してみると、木々はなにか大きく違うわけではない。
わりといたって普通な幹だし葉っぱだ。
だが、違和感があるーーー『空気』がなにか違う。
別に苦しいとかそういうことではないのだが、これは感覚の問題だろうか。
とりあえず、これは面倒なことになっているのでは、と思いつつ立ち上がった。
「まじかー……」
思わず溢れる本音。
これはどうしたもんか。
意外と冷静なのは、まだ認識が追いついていないからという可能性もあるが、決定的ななにかがまだないからだと自分で分析する。
風が吹き抜けて、木々の葉が大きく揺れた。
とりあえず立ち上がってみる。
パンツスーツに付いた土などを払っていると、遠くからバッサバサと何やら音が近づいて来ることに気づいた。
ーーーこれでならず者とかだったらやばいな。
ふとそう思ったが、自分の勘が問題無いと言ってるのでそのまま待つ。
昔からこういった勘は当たるのだ。
影が横切ったので、見上げる。
「発見した!」
空から声が降ってくるのと同時に、旋回してゆっくりと目の前へ着陸した。
数メートルはある鳥のような生き物が二体、それぞれに乗っていた男性が降りて近づいてくる。
どちらもマントをつけているが、中に着ている服は違うようだ。
身なりは綺麗、パッと見た感じは生地もかなり高級そうな感じがする。
「渡り人よ、お怪我は?」
一人が目の前までやってきて尋ねた。
「今のところは特には」
「よかった」
ホッとした表情を見せてから、一礼する。
「お迎えが遅れまして申し訳ございません」
「我らの主の命によりお迎えにあがりました」
もう一人は手に持っていた布を広げて、肩にかけてくれる。
どうやらマントのようだ。
「えぇと……やっぱりこれ、異世界に飛ばされたってやつです……よね?」
状況的にもう確定だが、念のため尋ねてみた。
「はい、そのご認識で間違いないかと」
ーーーはい、確定。
どうしてこうなった、と天を仰いだ。