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ここは、フィアデリア王国。
世界の半分が領土という、この世界最大の国である。
数百年戦争は起きておらず、いくつかの国がバランスよく存在していた。
フィアデリア王国の現王は、賢王としてすでに広く名が知れている。
国内の貴族とも良い関係を保ち、周辺国とも優秀な外交手腕を発揮していた。
そんな現王には、歳の離れた異母弟が居る。
先日王立学園を首席で卒業、兄王を支えるべく王城で臣下として働くと聞いたのを思い出す。
その王弟殿下が目の前で笑顔で座っていた。
「そんな緊張しないで」
それは無理な話っす……などと内心ツッコミを入れながらも口角を上げる。
「王弟殿下とテーブルを共にするなど、一介の補佐官には身に余る状況ですので」
震えるくらいして見せた方がいいのだろうか、などと考えながら、まぁこれ以上なにかしてもわざとらしくしか見えないだろうと思い直す。
「そんなに謙遜しなくてもいいよ」
ニコニコ。
笑顔は変わらない。が、なんだか含みを感じる。
少々警戒しながら、笑顔をきっちり貼り付けた。
なにかやらかしたらただでは済まなさそうだなぁ……まぁこの状況作ったのは宰相だし、宰相のことだからなんとかするだろうけど。
このような状況に放り込んだ張本人である宰相は自分の直属の上司に当たるのだが、自分と宰相の関係は少々複雑なのでとりあえずこの状態を無事に乗り切ろう、と心に決める。
現王はもちろん知っていることなのだが、できるだけ秘匿されているため王弟殿下は知らない可能性が高い。
「恐れ多いです」
ーーー一体何のつもりでこの状況に放り込んだのか、後からきっちり宰相を問い詰めねば。
綺麗な所作で紅茶を飲む王弟殿下を眺めつつ、自分も紅茶を一口飲む。
相変わらずここで飲む紅茶は美味しい。
貼り付けた笑顔が少しだけ緩む。
そもそも今日は忙しくて昼食を食べ損ねている。
食料を目の前にして空腹を自覚したのでいっそのことお菓子もつまみたいが、流石にそれはやめておく。
王弟殿下はジャケットのポケットに手を入れると、そこから何か取り出してテーブルに置いた。
置かれたのは濃紺の小箱。
そのままテーブル上をスライドさせると、王弟殿下はパカっと開けた。
入っていたのは指輪。
「今日は、婚約の申し入れをしに来たんだ」
ニコニコ。
王弟殿下の笑顔は変わらない。
王の実弟ともなれば幼少期から婚約者が居てもおかしくないのだが、なぜか学園卒業までは定めないと兄王から幼い頃に通達されていた。
「そうですか。宰相と調整のご相談をされるので?」
「いや、私が直接口説くつもりだよ」
「それはまた……情熱的ですね」
ぱっと見はシンプル。
だが、嵌められている宝石はおそらくかなりの価値のものだろう。
王族の結婚といえば国の思惑など自由なものではないと認識している。
実際、隣国から王弟殿下へ打診があったと聞いているので、そろそろ決まるのかと噂されていた。
それにしても、どうして王弟殿下は指輪をわざわざ見せたのだろうか。
それだけ浮かれてるのか?
「ずっと待ち望んでいたことだからね」
「……本当に情熱的ですね」
隣国の姫君と幼い頃に会ってそれが初恋だとかなんだろうか?
それはそれで相当珍しいことだが、冷たい結婚よりはいいんじゃないだろうか。
再び紅茶を口にして、やっぱり美味しいなぁ……とのんびり思う。
「本人は相変わらず全然気づいていないみたいだから、本気を出そうかと」
「気付いていないというのは、好意をですか?」
「そうなんだ」
他国の姫君だとしても、おっとりしたタイプなんだろうか。
それとも、王弟殿下がタイプから外れ過ぎているとかだろうか。
「節目には花束を贈ったり、プレゼントを贈ったりしてるんだけど、代理人が贈ったことになってるから気付かれないのも仕方がないんだけども」
「それは気付かれないでしょうね」
むしろ気づかれたくないのでは? などと内心ツッコミを入れる。
名乗ってもないなら気づけというのは無理な話である。
不思議なことやってるなぁとやはりのんびり思ったところで、王弟殿下が指輪の小箱を持って立ち上がった。
「お時間ですか?」
同じように立ち上がろうとしたところで止められる。
そして、王弟殿下は、跪いた。
「!?」
「私と結婚してほしい」
ーーー開いた口が塞がらないとはこういうことをいうのか。
全開の笑顔の王弟殿下は、一介の補佐官にプロポーズしたのだった。