貴様の様な魔王に娘はやらん!!
大事に育てた一人娘が、彼氏を家に連れてきた。魔王だ。
「初めまして、麻里さんとお付き合いさせて頂いております魔王と申します」
どっしりと構えたその姿勢からは、自らの訪問に何ら戸惑いや不安を抱えていない事が伺えた。
「コレ、魔界銘菓です」
そう言って彼はバームクーヘンを差し出してきた。
見た目は変哲も無いただのバームクーヘンだが、きっと毒が入っているに違いなかろう。迂闊には食えん代物だ。
「私も食べたけど美味しいよ」
娘が箱を開け、中身を取り出した。
見た目も味も普通なら、まあ、食べてやらない事もない。
「奴隷に過去一を作るように命令しましたので。味は保証します」
「──ど、奴隷!?」
彼の口から信じがたい言葉が出た。
私は目を丸くして思わず聞き返してしまった。
「人間界で罪を犯した人間を攫って労働に勤しませてます」
「みんないっぱい働いてたねー」
娘が彼氏と目を合わせ、にこやかに微笑みあった。
どうやら娘は魔界に染まりきってしまったらしい。なんと嘆かわしい事か。
これは何としても結婚を阻止しなくては……。
「麻里よ、確かに私は売れないミュージシャンと売れない芸人と売れない画家は止めておけと言ったが、売れない魔王はもっとダメだ」
「でも──」
「ダメだ!!」
娘の言い分を遮るように、私は強く言葉を発した。
彼は微動だにせず、まっすぐに私を見ている。どうやら決心は固いようだが、ダメなものはダメだ。
「お茶です」
「あ、お母さんごめん」
「すみません」
二人が頭を下げた。
妻はそっと私の方へとお茶を差し出し、何かを訴えるような目で私を見た。
「母さんからも言ってやれ」
「話くらい聞いてあげたら?」
「ダメはものはダメだ!」
「じゃあ話を聞いてもいいじゃない」
妻はそう言って、バームクーヘンを切り分け始めた。
二つ折りにされたバームクーヘンのリーフレットを開くと、そこには血文字で『SOS』と生々しく書かれており、妻はにっこりとリーフレットを閉じた。
「バームクーヘン、美味しいわね」
「でしょ?」
そう言い残し、妻は台所へと戻ってしまった。
「あのねお父さん」
娘が気まずそうに話を切り出した。
私は腕を組んで俯いた。
「魔王さんはね、売れる魔王なんだよ?」
「……」
娘よ、問題はそこじゃない。
「戦闘中にエクスカリバーが盗めるし、エクスカリバーは武器屋で売ると十万Gになるんだよ?」
「正確には99999Gですが……」
娘よ、だから問題はそこじゃない。
「エクスカリバーは最強の剣でね、攻撃力が245もあってね、次に強い剣は225だから全然凄いんだよ!?」
「麻里ちゃん、エクスカリバーの話はもうそれくらいで……」
彼氏が娘の方を向いた。てか、今ちゃん付けしたなコイツ……。
「それにね! 魔王さんは第四形態まであるんだよ!!」
「麻里ちゃん、その話はちょっと恥ずかしいな」
「ダメ、ちゃんと説明するから」
「あ、うん……」
そう言って、娘が彼氏の膝の上に手を置いた。
机の下で二人手を握っているのかと思うと、吐き気がするが、娘の気持ちを踏みにじるような事は避けたいので、口には絶対に出さないでおくべきだ。
「今は第二形態の姿なんだっけ?」
「そう」
まるで厳ついパンクロッカーみたいな、その前衛的な出で立ちで普段彷徨いているのかと思ったが、そこは正直ホッとした。
「第一形態の姿で出歩くとバレますので」
「魔王たんは優しいね」
娘よ、父親に厳つい第二形態を見せる方が問題ありだと思うのは私だけかい?
「第二形態は常時魔法反射で、物理攻撃も半減。そしてなにより属性攻撃は全て無効」
「麻里ちゃん、そんなに褒められると恥ずかしいな」
「でもね、毒だけは効くの」
「麻里ちゃん」
「ダメ、ちゃんと説明するから」
二人が見つめ合う。正直何を聞かされているのか分からないが、話が長くて困る。
とりあえずバームクーヘンでも食べよう。
あ、美味い……。
「第三形態はまだ誰も見たことがなくて、三ターンに一度補助魔法を無効化と七回攻撃を繰り出してくるんだよ。そして何より魔法攻撃には全体無属性魔法でカウンター。物理攻撃には回復魔法でカウンターするんだって!」
設定が面倒な魔王だ。
私は回復魔法を使うラスボスが大嫌いだ。意地汚くプレイヤーを恐怖のどん底に突き落とす、卑劣極まりない悪質な行為だと断言しておこう。
「でねでね」
娘が前のめりになって目を輝かせ始めた。なぜ娘はこんなにもノリノリなのだろうか?
我が娘ながら心中が計り知れない。
「第四形態は、コア二体と本体に分かれるんだけど、実は本体は片方のコアでね……」
「麻里ちゃんそれは最重要機密事項だからあんまり……!」
「ダメ、ちゃんと説明するから」
「あ、はい……」
それから彼氏の良さについて散々と聞かされたが、全く私には響かず終い。
私は咳払いを一つし、ハッキリと二人に向かって言った。
「ならぬ物はならぬ。それでも尚結婚すると言うのであれば……もう二度と私の前に姿を見せて欲しくはない」
「お父さん……」
「麻里ちゃん、今日はこの辺で……」
「でも……」
彼氏が娘と二人、家を後にした。
「あなた、私は結構お似合いだと思うんだけど」
「ならん。ましてや魔王だなんて……」
バームクーヘンを一切れ口へと放り込む。美味い。
──ウーーーーッ!!
「む! 母さん勇者警報だ。金を隠せ」
「ええ」
勇者警報とは、勇者一行が村へと近付くと鳴る警報の事だ。村の各家庭に一つは付いており、その存在は勇者達には知られてはいない。
勇者一行は勝手に家へと上がり込み、まるで押し入り強盗のように家物を漁っていく悪しき集団と聞いている。しかし逆らえば王様から死罪が言い渡される為、誰も逆らえない。世も末だ。
「ちーっす」
勇者一行が我が家へとやって来た。
金目の物は全て隠した。あるのはガラクタだけだ。
「……なんだよ、しけた家だな。おいオヤジ!」
勇者が私に話しかけてきた。私はそれにこたえなくてはならない。
「魔王の変身は第四形態まであり、第二形態は毒が効く。第三形態は三ターン目は防御が得策。第四形態はコアが本体だ」
「なんだこのオヤジ、いきなりスゲー大事なこと言いやがったぞ!?」
自分でも何を言っているのか。まるで分からない。
ただ、気がついたら口にしていた。
「あなた……」
勇者一行が消えた後、私は罪悪感に苛む事となった。
私は、娘の為とは言え、彼氏を亡き者にしようとしたのだ。
許せ、娘よ……。
その後、魔王は勇者一行に討伐された。
娘は落ち込みこそしたが、数ヶ月後には新しい彼氏を連れてきた。
「お父さん、この人」
「どうも、初めまして。裏ボスと申します」
私は絶句した。
娘はまたしても変なヤツを連れてきてしまったのだ。
「お父さん聞いて? 裏ボスさんはこの世の影の支配者でね!? 全部のジョブを極めると秘密の入り口が開いてね!?」
「麻里さん、それはエンディング後の秘密だからあんまり……」
「ダメ、ちゃんと説明するから」
「あ、はい……」
私は天井の勇者警報を見やった。
早く鳴んねーかな、あれ。