5、長い黒髪のクリスティーナ
魔人となったであろうクリスを探すため再び出発する勇者達。彼女と会えるのだろうか?
金髪のルーシー05、長い黒髪のクリスティーナ
モンテレーへの旅路は少なく見積もっても丸一日以上かかる。
焦っても仕方ないのだが、逸る気持ちは何ともしがたい。
サウスダコタへ再びブースターを駆ってアルビオンを発つ。
そこから運が良ければ連絡船か商船に乗ってモンテレーに直行したいのだが、海が解放されて2ヶ月ということもあり、運航状況はまだ不安定だ。
悪ければ数日足止め、陸路を目指すということもあり得る。
陸路ならばブースター一頭に駆け足させるには負担が大きすぎるゆえ、3、4日は見ておかなければならない。
サウスダコタへ着いた。
街に入るとき港に船が一隻停泊しているのが見えたが、何の船だろうか。
数日前ならパブで見た船乗り達の商船がもっと停まっていたのだが。
あの停泊している船が今のところ俺達の頼りだ。
宿の馬屋にブースターを繋ぎ女将に世話を頼む。
ついでに港の船が何の船なのか尋ねるが、なぜか渋い顔をされた。
「あれは道楽みたいなもんじゃないかね」
道楽?いったいどういう意味だ?
やはり連絡船が定期的に来ているでも無いようで、海路はまだ移動手段としては確実性がない。
今後の課題という所だろうか。
ならばやはり何の船かはわからないが、この停泊している船に頼るしかない。
俺達は港に来ていた。もう昼になるが辺りは町の人が散策していたり、釣り人が糸を垂らしていたりと、のどかな雰囲気で船乗り達の忙しそうに働く姿はない。
停泊している船は中型よりやや大きい帆船だ。貨物船のような積み荷を大量に運ぶ船というより、小規模な客船のようなものだろうか。
マストが3本、帆は当然張ってない。タラップは下りている。
ルーシーがタラップをズカズカと上がっていった。
俺とフラウは顔を見合わせてそれに付いていく。
甲板に上がってみても船上には人影はない。
昼飯でも食べに行っているのか。
甲板をはさんで船首側と船尾側に建物がありドアが付いている。
それぞれ船首、中甲板、船尾にマストが生えている。
「誰かいないの?頼みたいことがあるんだけど」
ルーシーが大声で叫ぶ。
すると船尾側のドアの中からドカドカと足音が聞こえてくる。
俺達はその方に注視し固唾を飲んで見守る。
やがてドアがガチャリと開いて中から若い女性が顔を出した。
荒いダブダブの白いシャツと黒いピッタリとしたパンツを着て、ダルそうな様子で応える。
「なにかようかい?」
屈強な船乗りが出てくると想像していたので、なにか意外でルーシー達と顔を見合わせる。
それでも構わずルーシーが続ける。
「この船が何の目的でここに停まってるか、いつどこへ行くのか、何も知らないんだけど、私達はモンテレーへ至急急ぎたいの。良かったら連れていってくれない?」
言葉にするとなんて無茶な願いだろうか。
目的も告げず俺達3人のために船を出せとは。
しかし、今はダメで元々。頼んでみるしかない。
「あんたらは?」
「私はルーシー。こっちはフラウ。これは勇者様」
「はーん。まあいいや。アタイらの船が何なのかホントに知らずに来たのかい。立ち話もなんだ。中に入んな」
そう言って女性は中に入って俺達を促す。
中は一旦連絡通路になっていて、更に3つのドアが正面に並び、入ってきたドアのすぐ右横に下に降りる階段もある。
その正面の真ん中のドアを開けて入っていく。
部屋は横長の個室で真ん中にデスクと向かいに椅子。壁には海図、本が詰まった本棚が並んでいた。パイプのような管が何本も床に伸びている。
女性は椅子にどかっと腰掛け名乗る。
「アタイはベラ。この船クイーンローゼス号の船長だ」
船長?この女性が船長なのか。
「何の目的でモンテレーへ行きたいのか、まあそれはいいや。だが、船を出すというなら、それなりのものをいただかなくちゃならないが。それはわかってるのかい」
「そうでしょうね。いくら出せばいいの?」
しばしの沈黙。ベラは値踏みするかのように俺達を眺めている。
「20万ゴールド」
ベラがぶっきらぼうにいい放つ。
20万ゴールド!船旅の料金としての相場は全くわからないが、モンテレーへの片道の運賃としてはかなり高い額だと思う。
もっと長い距離での辻馬車でも万はいかない。
「船を出すには船員がいるからね。20人に配当を分ければそれくらいもらわないと商売にならないんだよ」
ベラはもっともな説明を加える。
確かに専門の技術を持った職人20人を雇うには妥当な額でもあるような気がする。
俺がそんなケチ臭いことを考えていると、ルーシーがデスクに一歩詰め寄る。
「40万ゴールド出すから、今すぐ船を出して欲しい」
ベラはそれを聞くとニヤリと笑った。
「ちょっと待て!いったいそんな金どこから出すんだ・・・!」
俺は焦った。そうしたらフラウが俺を横からつつく。
「王様から褒美をもらったじゃないですか」
と、小声でたしなめる。
そうだった。すっかり忘れていた。俺5000万、ルーシー5000万で一応所持金1億ゴールドあるんだった。
ベラはパイプの先に付いているラッパのような集音器に大声で叫ぶ。
「野郎共!出航の準備だ!持ち場に付きな!このクイーンローゼス号の試運転といこうじゃないか!」
船内につながって各部屋と連絡できるらしい。
「試運転?試運転って言った?」
ルーシーがめざとく聞き返す。
「あんたら町でこの船の噂を聞かなかったのかい?」
「確か宿の女将が道楽とか・・・」
俺が答える。
「道楽かい!ある意味当たってるね!この船は船乗り見習いの訓練用にここに停まってずっと練習してたのさ!アハハハ!」
唖然とした。が、それもそうだ。何せ40年海がモンスターで航海不能だったのだ。若い者で経験あるものはいない。
「まあ、そんなわけで料金は10万ゴールドにまけといてやるよ。その代わりモンテレーに無事に着くかはアタイらの練習次第ってことで頼むよ」
不安なことを言い出したが最初の半額になったのは良かったのか。
静まり返っていた船がにわかに慌ただしくなり、船乗り達が一斉に準備にかかる。
汽笛が鳴り、帆が張られる。
俺達はデッキに出て港から船が出ていくのを眺めている。
その横でベラも満足そうにうなずいている。
「クイーンローゼス号の処女航海だ。じっくり目に焼き付けな」
「ああ、素晴らしいな」
魔王歴中、戦闘での海上戦は何度かやったことはあったが、こんなでかい船の船旅は始めてだ。ある種の感動を覚える。
「しかし快諾してもらえて助かった。ありがとう」
「あんたら運が良かったねえ。ちょうどいつ試運転するか悩んでたところだったんだよ」
波が太陽の光を反射してキラキラ光り、まるで宝石箱のようだ。
俺は生まれて初めて海の本当の姿を見たような気がした。
それはベラも同じだったようで、
「海には黒い霧なんかより、太陽の眩しい日射しの方がよく似合うだろ?」
「初めてなのに、なんか落ち着くわね」
ルーシーもリラックスして海を眺めている。
「この海を取り戻せたのはあんたのおかげだってね。礼を言わないとね」
「俺じゃない。このルーシーのおかげさ」
「へえ。だったら正真正銘の救世主パーティーってわけかい」
俺達を持ち上げてくれるのはいいが、フラウがちょっと肩身が狭そうにしょげた顔をしてしまった。
「いや、魔王を倒せたのはそれまで魔王の力に屈せずに戦い、今の生活を守りきったみんなの努力のおかげなのかもしれない。みんなの助力なしでは俺達も最前線に立つことはできなかっただろう。それぞれがそれぞれの場所で最善を尽くしたからこそ、回り回って俺達に機会が与えられ魔王を撃ち破れたんだ」
何を今更という歯の浮くような臭いセリフを言ってみた。
が、フラウは少し笑ってくれた。それで良しとしよう。
俺もフラウに笑顔を返した。
ルーシーも俺の言葉の意味をわかったのか、何も言わずにニヤリとしている。
ベラは海の方に体を向けて一言呟いた。
「海はキラキラ眩しいねぇ」
ふとベラの顔を見るとなぜか顔を赤くしていた。
「さ、ブリッジに行かないとね。予定通りなら3時間もあればモンテレーだ。船旅を楽しんでくれよ」
そう言って俺達から離れた。
その代わり船員の一人が俺達に近づいてきた。
「よう。あんたらが船を出させたんだって。礼を言うぜ」
「礼とは?」
「アネさん。俺達はもう十分練習できてるってのに、やけに慎重になってやがってな。10日あまりあそこで足止め食らってたんだよ。まあ、大事な船を壊されたら困るんだろうけど」
「そういえば、この船は誰の持ち物なんだ?よく無事に残っていたな」
「アネさんのもんだよ。魔王歴中は陸にずっと揚げといたらしい」
何だって?魔王歴中船を所有し保管し乗れる状態を維持していたというと、相当な身分の人間ではないと無理なのではないか?
どこから船を海に降ろしたのかは知らないが、それも大変な人手がいる作業のはずだ。
「俺はビルギット。よろしく頼むぜ。お客様を安全に目的地までお届けいたしますので、どうぞご安心を!」
そう言って持ち場に帰っていった。
「スゴいです!ウミネコと並走してます!」
「風が気持ちいいわー」
二人もすっかりはしゃいでいるようだ。
とりあえず順調にサウスダコタを出られたので良かった。順調にモンテレーにも着いてくれるだろう。
少し時間が経ち、海上の興奮も一段落着いた頃。ルーシー達と並んでデッキチェアに座り飽きずに海を見ていた俺にベラが近づいてきた。
「ちょっといいかい?」
どうやら俺だけを呼んでいるようだ。
なんだろうと思ってベラに付いていく。
2つのドアを開け最初の船長室に入っていく。それを横目で眺めるルーシー。
ベラと俺二人が部屋に入るとベラは後ろ手にドアを閉める。
「なにかようか?」
なにか不安になって用件を切り出す。
「なーに。そう怖がらなくたって襲って食べたりはしないよ。今のところは」
「それはそうなんだろうが」
「この船の乗り心地はどうだい?ご満足いただけてるのかね」
「乗り心地か。そう聞かれても、俺はモンテレーに行ってくれるだけで満足ではあるんだが、今のところ最高に申し分ないほど満喫してるよ」
「アハハ。そりゃ良かった」
時が時ならもっと純粋に楽しめたのだろうが、今はやはり気持ちは焦る。
「聞きたいんだけど、この勇者様御一行は私用の旅なのかい?それとも公用?」
王の力沿いがあっての特別捜査室の任務と考えれば、公用だろう。
しかし、俺達の目的はどこまで喋っていいのか判断が難しい。
「今は何とも言えないかな」
俺は無難な答えを言うしかなかった。
ベラは肩を落とす。
俺の答えに失望したのか?
「私用と答えられないってことは、公用じゃないか。ってことは、勇者様がまだ活躍しなきゃならない事態が起きてるってことだろ?せっかくモンスターがいなくなって平和が訪れたと思ったのに、台無しにならなきゃいいけどねぇ」
鋭い。
「俺が言えるのは、数日前サウスダコタとマドラスの街道岬の事件があったのは噂になってると思うが、旅人を襲ったその犯人は化け物だった。その事件は既に解決したが、同様の事件が今後どこで起こるかはわからない。ということだけだ」
俺をジロリと見るベラ。
「はぁー。モンスターの次は化け物かい。戦闘員を増やして備えとかなきゃかねえ。まあいいよ。教えてくれてありがとう」
後ろ手に閉めていたドアを開けて解放してくれる。
今の説明で納得してくれたのか。
デッキに出るとルーシーがドアの前でウロウロしていた。
「あ、勇者様、コックがサンドイッチ作ってくれたから一緒に食べる?」
なんかわざとらしいが、ちょうど腹も減ったのでいただくとしよう。
順調に船旅が進み、予定通り3時間でモンテレーへ到着した。
ビルギットの言うように船員の訓練は卒業して、明日にでも客船か連絡船として運航できそうだ。
港にタラップが降ろされる。
ベラがデッキで俺達を見送る。
「まいどあり。無事到着してアタイも胸を撫で下ろしたよ。あ、代わりに勇者君がアタイの胸を撫で下ろしてくれるかい?」
一安心したからか、変な冗談を言いながら胸をつき出すベラ。
「そういうのはいいんで」
俺より先に答えるルーシー。
「いい航海だったわ。ありがとう」
ルーシーがベラと握手する。
「アタイらは数日ここに逗留するよ。またアルビオンに戻る時は寄ってくんな」
「あら。帰りは考えてなかったわね」
「アハハハハ。計画性のない旅だね」
固く手を握りあう二人。
そんなに別れを惜しむほど仲良くなったのだろうか。
大はしゃぎはできないものの、この航海で心はだいぶ潤ったような気がする。
ありがたい話だが、ここからはまた気を引き締め直さねば。
モンテレーはサウスダコタよりも漁業に長けた港町だ。
港以外の町の周囲には当然防壁が張り巡らせている。サウスダコタ同様丸太を繋ぎ合わせたものだが、それよりはだいぶ高さや強度で劣っているようだ。
町は平地ばかりで民家や酒場、今までは滞っていた漁業関係の市場などが主な建物だろうか。
もうじき夕時だ。まずは宿を探そう。
スコットの話では無人島にクリスと思われる女がいるという話だが、今船でこの近隣の海域を眺めていたが、大小合わせると20は下らないほどの小島があった。それを全て探すというのは大変だ。
諜報部の人間が噂を聞いたという酒場を探し、情報を得る事から始めた方が良さそうだ。
しかし、それもどこの酒場かという記載がないので、この町にある20は下らない酒場をしらみ潰しに当たることになる。
根気のいる作業になりそうだなと思っていたが、なんと、最初の酒場で当たりを引いた。
宿で3人部屋を取ってしばらく休んだあと、日が暮れてきたのでそろそろ酒場に出かけることにする。
フラウは宿に残った方がいいのではと言ったが、付いていくという。
この町の一番の大通りにある一番目立つ酒場に入る。
後で思えば諜報部の人間がここを外すはずがないという大本命だったわけだ。
中はすでに騒々しいようなばか騒ぎだ。
カウンターも8つあるテーブル席もほぼ埋まっている。
ルーシーがカウンターの中に構えているマスターに話しかける。
という体で、酒場中に聞こえるような大声で叫ぶ。
「マスター!無人島に住んでる女がいるって本当なの?」
一瞬辺りの話し声が収まりルーシーに視線が集まるが、すぐにもとの騒ぎに収まる。
マスターはそれに答えようとしない。かと、思ったがあごでルーシーの背後を指す。
つられてそちらを見ると大きな男が後ろに立っていた。
「あんたその話が聞きたいのかい?」
男はビールを片手に飲みながら陽気に笑っている。
「ええ。何か知ってるの?」
「ここにいるやつはみんな知ってるぜ」
「そうなの?どんな話か聞かせてくれる?」
男の話は前後が逆になったり同じことを何度か言ったり、支離滅裂な部分もあったが、要約するとこういう事らしい。
女の名前はクリスティーナ。
5年ほど前、まだ女が少女だった頃。両親がモンスターに襲われ亡くなったとかで、この町に一人でやって来た。
身寄りもお金もなく、住む場所さえ無かった彼女は、町の防壁の外に捨てられ朽ち果てて廃墟となった家に住むようになった。
当然モンスターがこの辺に現れれば逃げ出さねばならない。
自警団がモンスターの襲撃を報せる鐘を鳴らすとしても、一歩間違えれば危険な場所であることに変わりはない。
そして、せっかく住めるように家を修繕してもまたモンスターによって破壊される事もあったという。
彼女は町で仕事をやっていた。酒場の店員だったとか。
酒場の店主やお客さんに危険な家に住むのはやめて町に住めば良いといつも言われていたが、彼女はそこに住むのを止めなかった。
なぜかはわからない。
結局2年近くそこに住んでいたが、3年前に魔王の手下インプの襲撃にあい、そのまま行方不明となった。
住民の通報により自警団が向かった時には、既に空の届かぬ所に飛んでいたという。
だが、奇跡的に彼女は帰ってきた。
2ヶ月ほど前のことだ。例の廃墟となった家に彼女の姿が目撃された。
彼女はそれからその家を修繕するため、使えそうな材木やら道具やらをどこからか拾ってきたりもらってきたりして、黙々と作業をやっていたそうだ。
モンスターがいなくなったことで、そんな場所でも暮らせないわけでもないのだろう。
しかし半月ほど前風向きが突然変わる。順調とは言えないが作業も中途半端なところで、無人島に行くから誰も来ないでと言い出す。
そして今、彼女はまだ戻っていない。
そういう話だった。
「ちょっと待って。まるで見てきたような話があったけど、誰から聞いたの?」
一段落ついたところでルーシーが話に割って入る。
男は自分が座ってたテーブル席の隣の男を指差す。
「あいつだよ。バーニィはクリスに気があるんだ。がっはっはっ!」
バーニィと呼ばれた男はやめてくれと言わんばかりに手で顔の前を払う。
マスターがあごで指したのはこの男の方だったのか。
しばらくクリスと一緒に居た事になるが、その時は大丈夫だったのだろうか。
「あまりアルフレッドの話を真に受けないでくれよ?ただ近くに住んでたから様子を見に行っただけだから」
と彼はいう。
「それでその彼女、今どこの島に居るの?」
俺達が一番知りたい情報だ。
「南東にカップケーキみたいに切り立った崖と生い茂った樹でこんもりとした島があるだろう?あそこさ」
なんとなくあったような気がするが、人が住む目的で入るような場所ではなかったのは確かだ。
「あんな場所に?本当なの?」
「嘘じゃないよ。実は俺、誰も来ないでって言われてたけど、あの後行ってみたんだ。でもこっぴどく怒られたから、諦めたよ」
その後会ったのか!
「それいつ頃の話なの?その時彼女の顔を見た?」
「ん?どうだったかな。クリスが島に行ってから2、3日後だったな。そういやずっと逃げてて背中しか見てないよ。何せ足場も視界も悪くてね」
「そうだったの。大変だったわね。みんなありがとう、いい話が聞けたわ。マスター、店のみんなにこれで一杯おごってあげて」
そう言うとルーシーはマスターに気前よくお金を差し出した。
「これはこれは。みんなこのお嬢さんから贈り物だよ」
店内割れるような歓声。
その歓声を後に俺達はそこを出た。
外は人がまばらで店内の喧騒からの落差に思わず寒気を感じてしまう。
実際海からの潮風と日の沈んだ夜の気温で随分寒くなったのだろう。
「どうしてみんなにお酒をおごったんですか?」
店を出てフラウがルーシーに質問する。
確かに気前が良いのはいいが、そこまでしなくても男達は気持ちよく話してくれてたのに。
「船もそうだけど、次の援助や情報を引き出すには気前良いとこ見せておかないと、向こうからやって来ないでしょ」
「なるほどー。そうかもしれませんね」
次か。ルーシーはいろいろ考えてやっているんだな。
「今日は順調に事が進んだわね。この調子でクリスも見つけられるといいんだけど」
小島に向かうための船を出すのは明日の朝に漁師にでも頼むしかない。
今日のところは宿に帰って休むとしよう。
明日、いったいどんなことが起こるのだろうか。
前にも書いたが宿は3人部屋を借りてある。
2階の部屋で海側に大きな窓があり、丸テーブルに椅子が3脚置いてある。ベッドは3つ並んでいる。
女性二人と同じ部屋というのは肩身がせまいが、押し掛けられてベッドがせまくなるよりはマシだろう。
漁師が船を出す前に起きていなければならないので、俺は早々に床に就いた。
が、ルーシーはベッドに入らず窓を開け海を眺めている。
なんとなくその様子が物思いに耽っているように感じられたので、ベッドから体を起こし話しかけてみる。
「明日は早いぞ。眠れないのか?」
ルーシーは微かに笑うと、こちらを振り向いて、
「ごめん。月明かりがまぶしかった?窓閉めるわね」
そう言って窓を閉め、俺のベッドに入ってきた。
「一個空いてるんだがな」
「いつもみたいに一緒がいい」
イタズラっぽく笑うが、いつものような元気がないような気がするのは気のせいか。
「フラウが起きてたらまた勘違いされそうな事を・・・」
「起きてますけど」
後ろを見るとフラウも目を開けて見ていた。
明日早いんだからみんな寝ろよ。
「どうかしたのか?」
「クリスの生い立ちが信じられなくって」
想像以上に不幸というか、救いがない話ではあった。
ルーシーは顔馴染みなのだろうから、ショックは大きいだろう。
「クリスは面倒見の良いお姉さんタイプだった。私も最初は彼女に元気づけられたものよ。彼女が居たからみんなめげずにあそこで生きていれたんだと思う」
「ガッツのある女性だったんだな。いや、今も強い精神力があるからこそ被害が押さえられてるのかもしれない。明日、探しだそう」
「そうね。ありがと」
そう言うと俺に抱きついてきた。
「近いんじゃないか?」
ちょっと戸惑った。
「いつもこうして寝てるんだけど」
え?そうなのか?
「おやおや。どんな寝かたしているんですかね」
フラウが向こう向きに寝直した。
まだ日が登っていない早朝。
船着き場は既に慌ただしく漁の準備で忙しそうにしている。
浜辺で小舟の支度をしているお爺さんに話しかけてみる。
漁に出るときにカップケーキ型の小島まで乗せて欲しいと、そして漁から帰るときにも迎えに来てくれると助かると頼む。
もちろんルーシーの言ったように報酬はそれなりに用意した。
お爺さんはそれなら今日は漁はやめてその島で待っていても良いと言ったが、できれば人を近づけない方がいいと思い、漁には出てもらうことにした。
現在4時くらいだろうか。帰りは8時くらいになると言うことだった。
4時間。普通に探すだけなら時間はたっぷりある。
見たところ直径150メートルくらいか。普通に探せれば1時間とかからずに見て回れるだろう。
しかし、もしクリスがライラのように地中などにひそんでいたら話は別だ。
俺達側からクリスを見つけることはできない。
クリスを説得し、彼女から出てきてもらう必要がある。
彼女に対し俺達は何ができるのか、という根本的な疑問が解消されないまま、はたして説得できるのだろうか。
お爺さんの船は手こぎだが5メートルくらいはあって大きい。
俺もオールを漕いで船を進ませる。
40年危険と隣り合わせで細々とやっていた漁が解禁され、モンスターが人間以外を襲わなかったために、魚は繁殖し警戒心もなく、今や漁に出れば大漁という入れ食いらしいが、漁に出る人間も増え市場では値が付かず割りに合わないこともあるという。
氷術という施術による長期保存で長距離を運搬できる一部の業者だけが懐を暖められるという、漁師内での格差が生まれつつあるというシビアな話もしてくれた。
それも問題と言えば問題だ。
島には浅瀬や浜辺はなく、少し低くなった岩場を登るしかない。
打ち付ける波に足を取られないよう気を付けないと。
やっとの思いで岩場を登った俺達はお爺さんに礼を言い、4時間後に迎えを頼む。
島は周囲を高い断崖に囲まれ、うっそうと繁った木々でその上部を覆われていた。足場の悪いゴツゴツとした地面と急斜面にびっしりとその木々が並んでいるのだ。
島の面積はさほどでもないと思っていたが、これだけ死角が多いと目視で探すのも大変かもしれない。
とにかく人が隠れられるような横穴や、生活している形跡なども確認しながら島をぐるりと探索してみる。
「クリスー!居るなら出てきてちょうだい!」
「クリスさーん!」
二人は名前を呼びながら探している。
「クリス!ライラは死んだわ!力を使い果たして!私はあなたにそうなってほしくない!だから!話を聞いて!」
孤島にむなしくルーシーの声が響く。
次第に太陽も昇り始めている。
探し始めて2時間は経っただろうか。もう島を何周かしているような気がする。
同じ様な風景ばかりで方向感覚が狂いそうになるが、幸い太陽が見えるので迷うことはない。
やはりクリスはどこかに隠れているのか。
それとも既に別の場所に出ていってるのではないか。
酒場の男がここに来て随分時間は経ってる。夜の闇に乗じてどこかに行ってしまっても不思議ではない。
「クリス!魔王の城で君達を救えたと思っていた!しかし、こんなことになってしまって申し訳ない!もう一度、君を救うチャンスをくれないか!」
俺も思いの丈を吐き出した。
反応はない。
「少し休憩にしませんか。足がガタガタです」
フラウが息を切らして座り込んだ。
「そうね。これだけ呼んで出てこないっていうのは、いないか、出る意思がないってことなんでしょうね」
ルーシーも俺の横に来て腰掛ける。
俺は立ったまま首だけキョロキョロと辺りを見回してみた。
すると、木陰からスルッと人影が出てきた。
思わず肩を引いてしまう。
わかっていた事とはいえ、青い肌、黒い目、赤い瞳、白い髪、牙のような歯。そんな姿を見て驚いたからだ。
彼女もメイド服を着ている。変に不釣り合いな感じだ。
「クリス・・・なの?」
立ち上がる二人。
ルーシーも見た目だけでは判別がつかないようだ。
「なんの用なのか知らないけど私に近づかないで」
開口一番に拒否されてしまった。
背筋が凍りそうな冷ややかな声だ。怒り・・・を露にしている。
「あなたを助けに来たのよ。話を聞いて」
「助ける?どうやって?あなたに何かできるの?」
それだ。俺達に彼女を救うことができるのか?
「それはまだわからない。でもライラがあなたと同じようになって、力を使い果たして灰になってしまった。無闇に力を使うのだけはやめて欲しい」
「忠告どうも。じゃあもうわかったから帰って。二度と来ないで」
「もうひとつ聞くわ。あなた、私たちを見て食人衝動は起きない?」
「なにそれ。吐き気ならするわ。早く消えてほしくて」
かなり攻撃的になっているようだ。
ライラのように人間を食うつもりがないのは良かったが、別の感情が湧いているのだろうか。
「私たちはアルビオンで魔王に影響されている存在を調査している。娘達のような、あなたのような。だからあなたに私達に協力して欲しい。アルビオンに着いてきて欲しい」
「は?」
「あなたにしか頼めないわ。クリス」
理想を言えばそうなのだが。可能なのか?
「私を晒し者にして実験台にするって?」
一段と声に怒気が増している。
単刀直入なのはルーシーの良い部分だが、もう少しクッションが必要だったのではないか?
「絶対に嫌」
クリスの背中から6本の骨針が伸びる。ライラと同じ能力なのか。
しかし、刃物についての良し悪しは疎いが、そんな俺でも分かるくらい、それは鋭利で強度が段違いに見える。
冴え渡ると言うのだろうか。ゾッとして冷や汗で汗ばむ。
「晒し者にはならない。こんな姿を誰にも見られたくはない」
「そうでしょうね。でも、ここにずっと居たって問題は解決しないわよ?誰かがここに来たらまた逃げ回るの?」
こんな状態なのにまだ挑発するような事を言うのか?
一旦ここは落ち着かせた方が良いのではないか?
「ルーシー、今日のところは一旦引き下がろう。考えてもらう時間も必要だろう」
俺は提案した。
「いいえ、今ここで決めてもらうわ。明日私達がここに来ても出てきてもらえるかわからない」
それはそうだ。今も彼女から出てこなかったら俺達はずっと探し回っていた。それに、さき考えたように本当にこの島から出ていってしまえば、二度と話す機会は無いかもしれない。
俺も腹を括った。
「わかった。君の言う通りだ」
ルーシー同様、クリスを見据える。
「私は逃げないし、誰のいうことも聞かないし、晒し者には絶対にならない」
両腕の肘からも骨針を伸ばすクリス。
俺達の右側から差す太陽の光を受けて、鋭く光っている。
一瞬ユラリと頭を横に振ったかと思ったが、次の瞬間、俺とルーシーの近くまで駆け寄っていた。
8本の骨針がルーシーを襲う。
肩の剣を抜き、それらを弾き返すルーシー。
「邪魔をするなら・・・!」
攻撃されている!
一瞬のことで呆気に取られたが、既に戦闘状態だ。
俺も剣を抜いたが、攻撃されているのはルーシーだけか。
ルーシーは後ろに下がりながらクリスの8本の骨針の猛攻を受けている。
足場が悪く木々が邪魔なこの場所では戦いにくいだろう。
足をとらわれれば一貫のおしまいだ。
しかし、ルーシーは上手く木を避け、足場を踏み外さず、尚も後退していく。
「ルーシーさん!」
フラウが叫ぶ。俺もフラウも圧倒されてその場から動けない。
クリスの骨針の攻撃は、それぞれが自在に動き隙間なく連続で攻撃している。
あれほどのラッシュを俺は捌けるだろうか。
さすがのルーシーでも徐々に押されていく一方だ。
いや、ルーシーはあえて後退して俺達からクリスを引き離しているのか?
剣を前方に突きだし上下左右からの骨針の連続攻撃を最速最短の動きで弾き返している。
木々が邪魔で剣を大きく払うことも振ることもできない状況では最適解とも思われるが、それをやれるかどうかは別問題だ。
クリスは背中の骨針二本を左右の木の幹に突き立てる、それを支えにして自身の体を空中に持ち上げる。
そこから残り6本の骨針を使い、空中からの連続攻撃だ。
ルーシーは間一髪で後ろに飛び退く。
地面に叩き付けられた骨針の衝撃が20メートル近く離れた俺達のもとにも届く。
さらに自分を支えていた左右の木を骨針で一瞬で切り裂き、飛び退いたルーシーの頭上に倒す。
それを見上げさらに飛び退こうとするが、正面からはクリスも直進してくる。
飛び退くのを止めルーシーからも前進する。
8本の骨針を一つに束ね突撃するクリス。
剣を盾のようにして受けるルーシー。
再びクリスのラッシュが始まるが、最初と違い急所を直接狙うというより足元、頭上という体勢を崩すようなよりトリッキーな動きが加わったようだ。
それも上手くかわしていくルーシー。
「ルーシーさん、大丈夫なんでしょうか」
フラウが震えながらつぶやく。
クリスの驚異的な力はともかく、ルーシーの神業的な動きにも次元の違いを禁じ得ない。
だが、このままではやがてやられる。
そもそも俺達は戦いに来たわけではない。
攻撃できないルーシーは防戦するしかない。
この戦いを終わらせるには彼女を止めるよりほかない。
そう。今俺にできるのはクリスを説得することだ。
俺もフラウと横に距離を取りながらルーシー達のいる前方に出る。
どんな言葉を使えば彼女を説き伏せられるだろう?
逆上しているいま、何を言っても効果があるとは思えない。
しかし、やるしかない。
「クリス!話を聞いてくれ!俺達は君の言うように、君を晒し者になんか、ましてや実験台なんかには絶対にしない!ただ、話を聞かせてくれるだけでいい!今は何もできないかもしれないが、もう一度救うチャンスをくれ!」
クリスの動きが止まった。
そして振り向き俺の方へ視線を送る。
その視線には殺意が含まれている。
やはり駄目か。これ以上の言葉を用意できない。俺に彼女を説得することはできないのか。
「私の邪魔をしないで!」
クリスの標的が変わった。ルーシーを放置し40メートル先から一直線に俺の方に向かってくる。
「勇者様!」
ルーシーが叫ぶ。
俺にあの猛攻を防ぐことができるだろうか?
やるしかない!
骨針を木々に突き刺しながら縫うように近づくクリス。
2秒ほどで俺の鼻先に骨針が伸びてくる。
咄嗟に剣でそれを弾く。
だが、なんて重さだ!
骨針の一突きを捌くのにそれなりの力を込めないと弾ききれない。
こんな攻撃を連続で、しかもどこから攻められるか分からずに8本同時に相手しなければならないのか!
2手、3手、何とか弾いたが完全に捌ききれず体にかすり傷ができる。
後退して距離を取ろうとするが、足をとられそうになる。
すかさず攻めてくる骨針。
何とか避けるが間に合わず左肩に傷を負う。
しまった!
さらに頭上に振り下ろされる骨針を視界に捉えそれを払う。
が、同時に足元から突き上げられた骨針を見逃した!
懐が完全に無防備になった。
骨針はそのまま俺の胸に突き立てられた。
「勇者様!」
ルーシーが俺の方に走り寄っていた。クリスの背後5メートルくらいか。
何とか役に立とうとでしゃばってみたが、ルーシーの足を引っ張るだけだったようだ。
パーティーの盾にはなれなかった。
情けない勇者の物語はここで・・・。
俺の胸を貫いたと思っていた骨針が、ヌルリと滑って脇腹に抜けて背後に通り抜けた。
なんだ?これは?
「勇者様!衝撃を吸収する施術です!効果は2時間ですが1度に大きい衝撃を吸収すると消滅してしまいますから!」
フラウが叫ぶ。
ありがたい!一度限りの即死回避か!
俺は剣を手放し、通り抜けた骨針を両手で掴んだ。
そしてそれを引っ張る。
これ以上クリスの猛攻を凌ぐのは俺には不可能だ。
何とか懐に潜り込めば・・・!
と、その時は思ったが、よく考えれば他の7本の骨針で切り裂かれるだけだったかもしれない。
クリスは何が起きたかよく分からずに戸惑っている。
俺に引っ張られ体勢を崩し、俺と抱き合う形になる。
ルーシーがクリスのすぐ後ろに立っている。
無言で剣を振るう。
一太刀で背中の骨針6本が切り落とされる。
クリスがルーシーを振り向く。
骨針が切り落とされたことで俺とクリスが自由になる。
ルーシーから逃れようとクリスが前に跳ぼうとする。
当然前に立っていた俺とぶつかる。
再びクリスと抱き合う形になるが、ぶつかった勢いで背後に倒れる。
しかし、そこには地面が無かった。
急な斜面が広がっている!その先に景色がない!断崖絶壁だ!
俺はクリスと転がりながら斜面を下っていく。
なんとか木のある方へ体をよじらせ方向転換する。
ゴロゴロと斜めに転がっていく俺とクリス。
背中に衝撃。
パラパラと小石が落ちていく音を聞きながら、そのままの姿勢でかたまっている。何とか木の幹にぶつかって落下を防いだようだ。
下は岩場になっていたようで、切り立った崖から落ちれば無事では済まなかったろう。
だが、危険が去ったわけではない。クリスにはまだ両肘の骨針が残っている。この密着状態で首でも突かれたらおしまいだ。
クリスの様子を見る。
体を固くしてうつむいたままだ。
俺はもう一度説得を試みることにした。
「君が姿を見られたくないと言うなら、フードをかぶって見えないようにするか、いっそ変化の能力で元の姿に戻してみたらどうだ?」
クリスがハッとして俺を見上げる。
そして鼻先から光に包まれるように白い肌の人間だった姿に戻っていく。
見覚えがある。魔王の城で放心して動けなくなってた娘だ。
黒い艶のある、濡れたような長い髪が特徴的だ。ルーシーほど長くはないが、さっぱりしてまとまっている。
彼女の目が潤む。
「気づかなかった・・・」
そうか、容姿に対する劣等感はやはり耐え難いものだったろう。それをもっと早く考えてやればよかった。
彼女から怒気が消えて、俺は一安心した。
と、クリスが顔を寄せ俺の唇に唇を合わせてきた。
さきまでの敵意が嘘みたいな熱烈ぶりだ。まあ、感激しているのなら嬉しい事だが・・・。
「勇者様!大丈夫なの!あ!」
ルーシーが斜面の上で俺を見つけたようだ。
俺はまだクリスに熱烈な口づけを受けている。
長い口づけだ。
もっと言うと熱烈な口づけだ。
舌が・・・。
「あんたなにやってんの!」
ルーシーが上でぶちきれてる。
ようやく口を離すクリス。うっとりした顔をしている。
「今気づいたけど、他人の唾液が凄く美味しそうに見える」
ええ?気づいたのそっち?
俺の唾液を飲んでいたのか。脳を食われるよりはマシだが、ちょっとゾッとした。




