38、パラダイスロスト
三番星での生活も4日目。謹慎中の勇者は暇。
金髪のルーシー38、パラダイスロスト
朝になって、ベイト達は警察署に事件の進展を聞きに出ていった。アレンとルセットは水道などの供給施設を見学しに行くと。ルーシーとクリスは昨日の予告通り研究所に再び出掛けた。フラウとロザミィも図書館が気に入ったのか今日も出向くそうだ。
「勇者様、これ向かいの書店で購入したものなのですが、今日お暇でしたら読んでみてください。面白い本ではないでしょうけど、暇潰しくらいにはなるかと思いまして」
「わざわざありがとう。気を使ってくれて」
「いえいえ。この島の歴史を綴った手記のようでしたから買ってみたんです。私はここの住民ではないので本を借りられないのです。というわけでして、今日も行って参ります」
「気をつけて。大丈夫だとは思うけど」
「はい。ありがとうございます」
フラウとロザミィも出ていった。
今日は謹慎で一日宿の中だ。レーナとエレナに釘を刺されたのでフラフラ出歩くことは控えなければ。
後はシノさんが部屋をホウキで掃除している。
肩紐だけで大きく開いた首もとと膝上丈のキャミソールにエプロン姿。ずいぶん若々しい服装になった。
「今日はお出かけしないのですか?」
「え、ええ。おとなしくしていろと言われてるので」
「まあ、昨日もそんなお話していましたけど、大事にならなければいいのですが」
なんとなく聞いていただけで内容はよく分かっていないみたいだ。
それは仕方ない。
「掃除手伝いましょうか?」
「いえ、いいんですよ。ゆっくりなさってください」
「暇なもので・・・」
「そうですか?それじゃあ」
トイレ、風呂、階段、居間、キッチン、廊下にそれぞれの部屋。
はたきがけ、掃き掃除、拭き掃除と、シノさんを手伝う。
意外と、というのはいつもやっている人に失礼だが、大変だな。
シノさん。キシリアに似ているのは容姿だけだと判明した。そんなことは分かっているはずなのに。その仕草にドキリとしてしまうことがある。
あのイビルバスでの戦いをなんとかやり直したい、あんな結末から逃れたい。彼女の思いに気づいて受け止めてあげれたなら・・・。違う未来があったはずなのに・・・。
今になってもモヤモヤが湧き出てしまう。
これは俺の甘えなのか?
「どうされました?」
「え?いや、ちょっと考え事を・・・」
「あまり深刻に考えないで下さいね。きっとお仲間の方々がなんとかしてくれますよ」
「え、ええ。そうだといいんですが」
シノさんは俺が謹慎していることに悩んでいると勘違いしているようだ。
「お掃除は終わりですね。手伝ってもらって助かりました。わたくしお買い物に行ってきますから勇者さんはお留守番していてくださいね」
「え、ええ。そうですね」
俺は出掛けない方が良かろう。申し訳ないがシノさん一人に行ってもらおう。
「そうだ。お昼は何にしますか?この間わたくしハンバーガーというものを初めて食べてみたのですが、とても美味しかったので、良かったら買ってきましょうか?」
ハッとした。
情けないがこともあろうに足から力が抜けてその場で膝をついてしまった。
ローレンスビルの噴水で一緒に食べたハンバーガー。食べなくても良かったキシリアが無理に口にした。それが一気にフラッシュバックした。
「あら。どうかなさいました?体調でもすぐれないのですか?」
「いえ、なんでもないんです。なんでも・・・」
シノさんが買い物に出掛け、本当に俺は暇になった。
隠しきれないショックをまぎらわすように、フラウが置いていってくれた手記でも読もうかと3階の自分の部屋で簡易ベッドに寝転んでみる。
ややギシギシ言うが寝心地は悪くない。
なになに。タイトルは、アマルテアその光と闇そして功罪。作者名はなし。
冒頭、筆者はこの10年におけるこの島の発展に危機感を感じずにはいられない。発展し豊かになっていくのはいい。だが、その裏でかつての幼少の頃の記憶が忘れられていくような気がしてならない。まさにそれはこの島の闇の部分であったろうと思う。そして今その闇をも凌駕せんとする新たな闇が生まれようとしている事も指摘したい。
それ以降の内容は俺達が役所で聞いたことに重複するが、思っていたよりも酷い状況が書かれていた。
40年以上前からここに人が暮らしていた。どういうわけかこの島に船の残骸が流れてくることが多く、人と物が流れ着いて来るのだとか。
とはいえ何も無い島。100人近い住民を賄う物資と食料、水はじゅうぶんではなかった。
鳥も魚もこの付近では見かけない。狩りで食料を得ることができない。粗末な畑で食い物を得るしかない。船に乗せられたニワトリが残骸と一緒に流れ着き、人々は歓喜するが、やせ衰え卵を産まなくなると、その少ない肉をどうするかで争いが起きる。
雨もあまり多く降らない。水が貯められるもので必死に水を集める。
餓えと渇きで衰弱死する者も少なくない。人が死ぬとこの島では祭りになる。
肉が食えるからだ。
女が産んだ赤ん坊は食わせる物がないので食料になる。むしろそのために作る。
衰弱しそうな人間は看病されることなくいつの間にか死んでいる。死ぬまでに食わせる食料が無駄になるより、やせ衰える前に皆の腹を満たせる方が一石二鳥だから。
俺は腹の中に固いものが込み上げてきた。
貧困というレベルではない。極限状態だ。
生きていける環境とはとても思えない。
外海にモンスターが現れ始め完全に大陸と遮断されると、流れ着く船が逆に増える。
物資という面で豊かにはなったが、食料難は相変わらず。
だが人の流入は技術の流入でもあった。
歴戦の船乗り達のサバイバル技術で畑の収穫量が増した。体力のある人達の仕事量で能率も上がった。
食いぶちの淘汰もあり、やっていけるだけの体制も整いつつあった。
豊かとは言えないまでも、殺伐とした餓えと渇きで苛まれることは減った。
この手記の筆者はこの時期に産まれた。20年ほど前。幼少の頃貧困と言っていい生活だったが、人間の最低限の生活は送れていた。
転機が訪れたのは10年前のある少女の難破だった。
少女の難破?リーヴァのことが書いてあるぞ!?
フラウが買ってきた手記にドンピシャで情報が載っている!
少女は筆者と同い年くらいの女の子。浜辺に座って海を見ている彼女に漠然とした興味で近くへ寄ってみると、見たこともない果実を手渡してくれた。
夢中でそれを頬張ると、彼女はもっと欲しいならいくらでもあげると言った。
筆者は両腕に掴みきれないくらいの果実をもらい、逃げるようにそこを駆け出した。
筆者の持って帰った果実は噂になり、少女は住民に捕らえられる。
その後の彼女の消息は不明。だが、明らかにあるはずの無いものがこの島に造られていった。
最初に大きな屋根のある建物。倉庫、水場。
一夜にしてできるそれらは住民にとって幻のように見えただろう。
それが全ての住民に開放されその恩恵を預かれると知ったときは、或いは神に見えたかもしれない。
この10年で一夜毎に発展していく島。その便利さを享受することで思考停止してしまうのもやむを得ない。
だが、忘れてはならない。この発展はまやかしだ。一人の少女の造り出した甘い密なのだ。
あの少女がもし消えてしまったら、発展の継続は不可能だろう。
ただそれだけで立ち行かなくなるのだ。この島の全てが。なんと脆い発展だろう。
そして蜜の分配は片寄り始めている。
今いる少年少女に社会に入る余地はない。大人達が席を空けるまで何にもなれない。
この問題はやがて表面化するだろう。全てが遅くなければ良いと願い筆者は筆を置く。
リーヴァの消息は不明ということか。
マリアの情報の方が正確だったわけだな。
最後のページを捲ってさらに驚いた。
著者、アルテイシア。
昨日クリスが会ったと言ったセイラ似の学校の先生じゃないか!
何か陰鬱な感じがして本を置く。
1階に降りるとちょうどシノさんが荷物を持って帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。ご苦労様です」
「ウフフ。なんだか家族みたいですね。あ、いえ、ごめんなさい。お昼ハンバーガーで良かったですか?」
「ええ。ありがとうございます。わざわざ買ってきてくれて」
荷物を持って食糧庫に詰める俺。シノさんはハンバーガーを2つソファーの低いテーブルに並べる。
「あの、ご一緒してもいいですか?」
「ええ。もちろん」
ソファーに並んで座る俺とシノさん。
「美味しいですねー」
「ええ。凄く」
俺の素っ気ない反応に気まずそうに俺を見るシノさん。
「あの、わたくし何か至らないところがありましたでしょうか?」
「え!?いや、とんでもない!そんなことはないですよ。ちょっと、以前あなたに似た人と同じようにハンバーガーを並んで食べた事があって、それを思い出してしまって・・・」
「まあ。そうだったんですか。偶然なんてあるものなんですね」
「本当に」
「わたくしも最近ハンバーガー食べたばっかりでしたよ」
ニコニコして横で食べているシノさん。
キシリアがハンバーガーを初めて食べた事は話していないのに。
「嘘がつけない人でした」
「わたくしも苦手です」
「あの、シノさん。キシリアという名前に何か心当たりとかありませんか?」
「え?さ、さあ、なんのことでしょう?」
誰の、ではなく、なんの、か。
「それと、最初会ったとき自分のことを私、と言っていたような気がするんですが、なぜ途中からわたくし、に変わったんですか?」
「え?そうでしたっけ?気のせいではないですか?ウフフ」
笑って誤魔化した。
「あの、勇者さん。ちょっと恥ずかしいのですが、お願いごとを聞いてもらっても良いですか?」
「え?ええ。なんですか?」
「こんな年齢でこんなことを頼むのも引かれてしまうかと思うんですが、良かったら、あの、腕を組んでもらってもいいですか?」
「え?」
「あ、いえ、なんでもないんです。今のは忘れて下さい」
驚いてシノさんの顔を見ると、恥ずかしそうに立ち上がろうとした。
勢いで腕を取り、彼女を制止する。
「忘れられませんよ。忘れられない・・・。俺なんかの腕で良ければ、どうぞご自由に使って下さい」
驚いたが真面目な顔でそう言った。
「でも、宿のお客様にそんなこと頼むなんて、やっぱりおかしいですわ」
「そ、そうですよね・・・。無理にというわけでは・・・」
俺も冷静さを取り戻した。
「あ、でも、自由でしたらちょっとだけ」
結局シノさんは俺の腕にしがみついた。
「あはは。シノさんは可愛い人ですね」
「そんな!そんなことはないです・・・」
「それと、気絶はしないように」
「しません!」
冗談を言って和ませるが、正直ドキドキしてしまう。
シノさんも怒ったふりをしてから落ち着いて俺の肩に頭を預けている。
「わたくしに似ている人は、勇者さんにとってどういう方だったんですか?こんなこと聞いてもいいでしょうか?」
「どういう・・・」
なんと答えるか迷う質問だ。助けた人、敵、仲間になって欲しかった人。
「シノさんと同じですよ」
「え?」
「一緒に居たい人」
「勇者さん・・・」
静かな音の無い部屋で二人の声と呼吸音だけが響く。
感情が昂ったような、潤んだ瞳で俺を見上げているシノさん。
弾む呼吸で柔らかな肌が俺の腕を擽る。
感情が昂っているのはシノさんだけか?
実は俺も足に力が入っていない。キシリアの思い出に押し潰されそうだ。
シノさんとキシリアは別人。それは分かっているのに、どうしても重ねてしまう。
できることなら、彼女ともう一度・・・。
ガチャリと玄関のドアが開いてルーシーとクリスの声が聞こえてきた。
「勇者様ー。プリン買ってきたわよー」
「勇者ー。ミネバホントに似てた。ビックリした」
急いで立ち上がる俺とシノさん。
「おかえり。今日は早かったなー」
「あら、シノさんも一緒だったの?そりゃ昨日の今日だし、突っ込んだ事はしない方が良いかと思って」
「勇者が一人で寂しがるといけないから、帰ってきた」
ルーシーとクリスがニコニコしながら俺に答えた。
別にやましい事をやってたわけじゃないのに俺とシノさんは微妙な雰囲気になってしまった。
「お昼も済んだことですし、お客様に貸した部屋にいつまでも私が居るのは何ですし、私は自分の家の方に戻ってますね」
シノさんは気まずそうにイソイソとドアの方に出ていった。
「あら、別にいいのに」
「勇者、お昼食べたの?」
「シノさんに買ってきてもらったよ。君達は?」
「食堂で食べてきた。じゃあプリンはデザートね」
「ミネバのオススメのカレーうどん」
「そ、そうか。似てた、と言ったのはやはり?」
「そうね。魔人の変身能力ではないみたいね」
「あそこまでそっくりだと自分の方がおかしいのか信じられなくなる」
「それだ。クリスの目は正常に機能しているのだろうか?」
「ロザミィにはクリス本人が変身させた例のナンバーが見えてるのよね?」
「うん」
「ルカとエルが温泉島から二番星に追跡してきたとき、二人の姿を見つけることができなかったな。何とかしてクリスの目を誤魔化す手段があるんじゃないのか?」
「光の屈折を利用して見えないようにしてたやつね?何も無い状態には見せる事はできるでしょうけど、変身もしくは本人に似た姿を判別できないということは無いと思うのよね」
「それができたのならセイラも私を襲っては来なかったと思う。ルセットに入り込んでまで」
そうだよな。ということはミネバも別人か。
そうは思えないが・・・。
「あ、そうだ。もうひとつ気になったことがあったんだった。クリス、君は食事をとるようになったのか?」
「勇者何いってるの?食べ物なんて食べないよ」
「あんた今カレーうどん食べてきたじゃない」
「あ」
「あ、って・・・」
気づいてなかったのか?そんなことあり得るか?
「やっぱり、何かおかしいんじゃないの?知らず知らずのうちに何かされた?」
「いや、ロザミィも食べてたし、クリスだけの問題じゃないぞ」
「そうよねえ。プリン11個買ってきたけど、一個いらないかしら」
「いるよ」
頭を捻って理由を考えてみても心当たりが全く思い当たらない。
誰かの攻撃?誰の?マリア達とは俺しか会っていないし、敵意があるとは思えない。
セイラ似の女も怪しいが、ロザミィとは会っていないはずだ。
第一意味が分からない。
クリスに対しセイラの正体を隠し、生きていたミネバ達を他人と思わせる。そこまではわかるが、ついでに食べ物をいつの間にか食べれるようにする。
他人と思わせるならそのままの姿で出てくる意味はない。食べ物については理解不能だ。
方法もあるとは思えない。
「そうだ。アポイントメントの方はどうだった?」
「ダメねー。そもそもリーヴァは研究所内でもおおっぴらに認知されてないようなの。上層部だけが名前をしっている。所長なのにね?一般の職員に聞いても名前も知らないんじゃ答えようがないわね。レンダに聞いてもアポとった相手なんて教えてくれなかった」
「そうだろうなー。どんな話をするか知らないが、邪魔者が入ってこられては困るだろう」
「とは言え3ヶ月先まで予定が埋まってるってことは、リーヴァの存在は公然の秘密という感じなのかしらね。かくなるうえは最終手段は後にするとして、研究所東棟に張り込んで、出入りしているはずの来客に直接交渉に出るしかないわね。何時間かおきに出入りしてるはずだからね。それにしても研究所だけでも職員が100人はいるだろうけど、いったいこの島は何人人口がいるんだか」
「最初は100人くらいと書いてあったけどなー。40年前のモンスター出現で多少増えて豊かになったそうなので、そこから増えたのかな。そうだ。フラウが買ってきた本、クリスが会ったというアルテイシアが書いたものだったんだ。幼少の頃一度会っているらしい」
「なにそれ。面白そうね」
「勇者読んで」
「え?」
午後の朗読会が突然始まった。
暇をもて余すよりはいいのだが、いったい俺は何をしているのか。
「書店で売られてる本に書いてあるくらいだから、リーヴァという名前は知らずとも存在はなんとなく認知しているのね」
「こんな何でもあるような場所でも問題があるんだね」
ルーシーとクリスは感想を言った。
さて、夕方になって、フラウ、ロザミィ、ルセット、アレンはいつもの感じで帰ってきた。
シノさんもまたやって来てくれて夕飯の用意もした。
だが、ベイト達は夜になっても帰ってこなかった。通信装置を使って呼び掛けてみたが受信をオフにしているのか返答は無かった。
何かあったのだろうか?
心配はするが探しにいくにもどこに行ったのかも分からない。
夜遅くシノさんも引き上げてそろそろ俺達も休もうかという時間になって、ベイトから通信が入った。
『どなたか聞いてますか?』
「ベイトか!?まだみんな居間にいるよ。どうしたんだ?今どこに?」
『いやー。申し訳ない。先に遅くなりそうと言っておくべきでした。何せこれに慣れなくて遠くにいても話ができると忘れてましたよ。』
「それはいいが、モンシアもアデルも一緒なんだろうな?」
『もちろん。それより要請です。明日午前5時にレーナとエレナが迎えに上がります。敵のアジトへ突入に協力してほしいとの事です。』
「敵のアジト!?」
『あ、窃盗グループの方です。勇者殿、ルーシー、クリス、アレンの4名に参加をお願いします。ロザミィは人前では難しいでしょうからね。』
「突入だって!?アジトが見つかったのか!?」
『連日捕まった男達の足取りから、複数の男が頻繁に現れる地域を特定しました。そこらをしらみ潰しで捜索して当たりを引きましたよ。誰も使っていない倉庫なんですが、中には盗品が山積み。しかも若い男が何人も出入りしている。』
なんてこった。俺が公園に行って遊んだり、家でゴロゴロしている間にベイト達はしっかり危険な任務を勤めているとは・・・。
なんと情けない。
「分かった。手伝わせてもらうよ」
『では、俺達は本部で休憩して朝にそのまま出ます。明日会いましょう。』
通信は切れた。
急展開だ。こんなにも早く出番が来るとは。
「そんなに時間はないわね。一旦休みましょうか」
ルーシーの言葉に皆が言葉なく頷く。
クリスの部屋に行って3人で横になる。眠れるだろうか?
突然の捕り物に不安と緊張と使命感で気持ちが引き締まる。
なんとか何もできなかった分役に立って取り返したい。
しかし、本当の急展開はその後だった。
朝5時。レーナとエレナが時間通りやって来た。
ドアを開けて声をかける。
「おはよう。勇者が泊まっている宿ってここなの?」
「表に書いてあるからここじゃない?」
俺達4人はすでに用意できていた。朝食を軽く食べて武器も一応持った。
二人を出迎え、玄関に出ていく。
「おはようございます。窃盗グループのアジトに突入するんだって?参加させてもらうよ」
「協力ありがとう。時間もないから早速馬車に乗り込んでくれる」
「行こう」
挨拶もそこそこに通りに停めてあった大きな車の馬車に乗り込む俺達。
左右の壁を背に2列座席があり、レーナとエレナは奥の御者席の手前の壁に手摺を持って立ったまま体を壁に預ける。
他にも警察の突入班が中で待機していた。8人。彼らは手に警棒と黒い武器を持っている。
俺達は空いている座席に座る。全員で14人だとさすがに窮屈だ。
「抵抗するなら反撃はやむなしよ。無論全員無傷で逮捕できれば一番だけど」
駆ける馬車の中でレーナが言った。
「倉庫でアジトが見つかったと言っていたが?」
「ええ。北西に昔建築資材を置いておいた空き倉庫があるの。今も備蓄が置いてはあるんだけど、建築自体は終わってるから使われてないのよね」
俺の質問にレーナが答えてくれる。
「北西というと学校がある場所か」
「出入りしてる奴らも若い連中が多いようだね」
今度はエレナが。
うっすらと暗く人がまばらな通りを駆けていく馬車。
適度な緊張感で揺らされる俺達。
一同口を開かず目的地への到着を待つ。
馬車が停まって降りたのは数十分後の事だった。
そこは学校の校舎が建ち並ぶ物影で、校舎と校舎を結ぶ中庭になっている場所だった。
白い長方形と言っていい3階建ての大きな建物が、まだ暗いその周辺をひっそりと包み隠しているようだ。
他にも4台の馬車が停まっており、警官達が数十人そこで待機していた。
校舎の横に造りの違う大きな建物が3棟並んでいて、そのさらに奥にブロック塀と雑木林に囲まれて大きな屋根が見える。
あれが目的の倉庫というやつか。
「今から10分後に私が正面からドアを叩く。各員6班に分かれ周囲を警戒して」
「2時間前に倉庫に馬車が一台乗り付けてるのを張り込みが確認してる。中に十数人の人間がいると予想されるね。出入りは表の搬入口の大きなシャッター、その横の勝手口、裏の通用口、建物全体に磨りガラスの窓が開くようになってる。一人も逃がさないようにね!」
レーナとエレナが皆の前で発言する。
今夜もどこかで仕事をしてきたわけか。アジトを見張られてるとも知らずに。
「おとなしくするならそのまま確保。そうでない場合は発砲しても構わない。警察の威厳をかけてこの摘発で絶対犯行を止めるのよ。以上。持ち場に着いて」
レーナが締めて一同敬礼して動き出す。
60人は居るだろうか。レーナとエレナの本気度が伺える。
俺達4人と後ろの方で待機していたベイト達3人はレーナとエレナの元に集まった。
「犯人達は拳銃等の火器は所持していないようだとの報告はあったけど、油断しないように」
「ベイト達は裏の通用口を見張ってて。勇者達は私達と表で待機」
レーナとエレナの言葉に頷く俺達。
銃というのは警官達も持っている黒い先っぽに穴が開いてるやつだろうか。
「俺達は裏方かー。ここまで来て役を奪われちまったなー」
「犯人がどこから出てくるか分からんからな。裏が戦場になるかもしれんぞ」
「気を抜かないようにしてくださいよ」
モンシア、アデル、ベイトが話す。元気そうで安心した。
それからすぐにレーナは行動し俺達も一緒に倉庫の周囲を囲むように配置についた。
木の影からシャッターが降りている搬入口を見張る俺達4人と警官数人。
倉庫内は静かだ。だが、明かりが洩れている。誰か居ることは間違いない。
こういった団体での作戦行動は久しぶりだ。モンスター相手では各地の自警団との共同で討伐作戦に参加したことがあった。
ただし今回は人間相手。倒すのが目的ではない。どういったものになるのか、緊張が高まる。
ルーシー、クリス、アレンも戸惑っているような、そんな顔で声を押し殺している。
「10分経ったわ」
腰を下ろしていたレーナが立ち上がり表の勝手口のドアに向かう。
息を飲む俺達。
「ごめんください。どなたか倉庫に居られます?近所で異臭の苦情が寄せられているんですけど」
レーナがドアをノックして声をかける。異臭とは?もちろん嘘だ。
反応がない。時間が刻々と過ぎていく。
やがてガサッと音がしてドアがゆっくり開いた。
中からがらの悪そうな若い男が顔を見せるが出てきてはいない。
「あ?誰だ?」
「警察よ。中を改めさせてもらうわね」
「ヤベエ!さつだ!」
ドアを勢いよく閉めようとするがレーナの体は半分入っている。
エレナが警笛を鳴らして怒鳴る。
「突入!」
表に待機していた警官と俺達はドアへ踏み込む。
ドアの内側は事務所のようなテーブルとソファーが置いてある部屋になっていた。
大きな開き戸が横にあって倉庫に続いている。男はその先に逃げた。当然それを追う警官と俺達。
倉庫は大きな棚のような積み荷置き場が列をなしていた。そのせいで全体がパッと把握できない。シャッターの内側には目撃された馬車が停まっている。馬も繋がれたままだ。
数人の男達が倉庫内でまさかという顔で棒立ちになり警官を見ている。中には奥に逃げた者もいる。
「臭いものが出てきたわね。窃盗容疑で逮捕するわ」
レーナが棚を改めている。ここにあるはずない食料品が山になっているのが一目で分かる。
「このやろう!捕まってたまるか!」
男の一人が逆上して近くにあった鉄パイプを拾ってレーナに襲ってきた。剣を抜きそれを受け止める俺。
それを機に他の男達も一斉に回りの警官に暴れ始める。
「おとなしくしなさい!この倉庫はすでに包囲されてる!逃げることはできないわよ!」
レーナが叫ぶ。
ここにいる犯人達は十数人だ。60人の武器を持つ警官に勝てるわけはない。
だが、暴走した連中が聞くわけもない。
犯人の誰かがシャッターを開けた。馬車に乗り込もうとしている者もいる。
シャッターを開けた男にアレンが体当たりをして地面に伏せさせ確保する。
馬車の御者席に乗った男にはクリスがジャンプして席から突き飛ばす。
奥からも怒号のような声が聞こえてきた。ベイト達も犯人確保に勤しんでいるようだ。
俺とルーシーも手に長いパイプや竿のようなものを持った男達の相手で手が離せない。
動き自体は素人の隙だらけのそれだが、斬りつけるわけにもいかないので、なんとか羽交い締めにできるタイミングをみはかって動きを止めるしかない。
相手の大振りな動きから次第に戦線が広がる。開いたシャッターから外にまで後退させられる俺達。
外で待機していた警官も戦闘に加わり、混乱の状態になってきていた。
若い男達だけに無鉄砲で恐れを知らない。自棄っぱちになっていて後の事を考えてないようだ。
それに、報告よりも人数が多いような気がする。馬車で戻った奴ら以外にも元から待機していた連中も居たのか?
「発砲するわよ!おとなしくしなさい!」
俺達の後ろに後退し混乱の様子を見ていたレーナが叫ぶ。
手には拳銃が握られ、バンと乾いた炸裂音がした。
空に向かって威嚇したようだ。だが、犯人達はそれでも怯まない。
むしろ興奮が高まったように向かってくる。
コイツらなんなんだ!?
狂暴とかいう問題じゃないぞ!こいつは一種の集団心理が働いてる状態で、ここで引くことが敗北以上の汚名になると思い込んでいる。
拘束確保しなければ止まらないだろう。
鉄パイプをむやみやたらに振り回す男相手に剣で応戦するも、確保のタイミングが掴めず手を焼いている俺。
目線の先にルーシーの姿も見えた。
俺と同様苦労しているようだが様子が変だ。
人間相手にいつもの殺意の高い剣技は鳴りを潜めているようだが、何か動きがぎこちない。
「おかしいわ・・・」
ルーシーが口の中でそう言ったように聞こえた。遠くでよくは聞こえなかったが。
次の瞬間。ルーシーが相手の男を無惨に斬り殺した。
肩口から袈裟斬りで真っ二つ。
俺は鉄パイプの男を相手しながら唖然とした。
確かに思った以上の反抗だが、なにもそこまでやらなくても・・・。
いや、それ以上だった。
周囲の暴れている犯人メンバーをそこから走り込んで、バサバサと剣で斬りつけ惨殺していくルーシー。
俺の相手の男も後ろから首をはねて殺した。
固まる現場。
残った犯人達はさすがにおとなしくなった。
レーナ、エレナ、警官達、俺とクリスとアレン。
全員の視線を受けて佇むルーシー。
ルーシーは突然その場に膝をついた。
「お腹すいた・・・」
うつむきながら震えるルーシー。
どうしていいか分からず戸惑い立ち尽くす俺達。
今朝軽い食事なら済ませてきたはずだ。
「確保!犯人を拘束して!」
ハッとしたレーナが警官に指示を出す。
動き出す警官達。あまりの衝撃に反抗する気が失せた犯人達は今までのは何だったんだというばかりに簡単にお縄につく。
「勇者様・・・」
膝をついたままのルーシーが俺を見上げる。
その表情は泣いているように瞳が潤んでいる。
俺は手を差し伸べようとしたが、それをルーシーは振り払うように倉庫の方へ走り出した。
壁に向かって全力疾走。何事かと呆気にとられていたら、20メートルはあろうかという倉庫の壁を飛び越え、屋根の上を一瞬で走り去った。
愕然とそれを見ている俺達。
その朝の出来事はそれで終わった。
警察本部の一室で無言のまま項垂れる俺達。
テーブルとソファーと壁際の椅子と、思い思いの場所で固まっている。
ルーシーに惨殺された犯人7名、逮捕されたメンバー18名。残った者は全員が確保された。
レーナとエレナが話す。
「窃盗グループ犯人確保に協力してくれてありがとう。これで多少落ち着くでしょう」
「全員確保はできなかったけど、想定外の反抗だったし仕方ないねー。残った連中に計画犯との繋がりがあるやつが居たらいいんだけど。それはこっちの仕事だね」
「いや、こんなことになってすまない・・・」
俺は沈痛な面持ちでそう答えるしかなかった。想定外なのは俺の方だ。
「いいのよ」
「ルーシーの行方は一応こちらでも探しておくよ。別に惨殺の容疑とかじゃないから安心して」
「ありがとう」
レーナとエレナは部屋を出ていった。
「いったい何があったんです?裏で俺達が一悶着やってたら、突然倉庫の屋根の上から飛び降りてきてそのまま校舎の屋上の上へ飛んでいったように見えたんですが?あれはクリスがルーシーの格好をしてたんじゃなくて、ルーシー本人なんですか?」
「私はここにいるよ」
ベイトが壁際の椅子から質問する。それに答えるソファーのクリス。
「いろいろビックリして自分の目が信じられねえぜ」
横のソファーでアレンも唖然としている。
「まあ、いろいろ人間離れしてるとは思ってたけど、やっぱりなーって感じかな」
「それより犯人惨殺の方はどうなんだ?やむを得ずというわけではないのか?」
モンシアとアデルが口を開く。ベイトの横で椅子に座っている。
「そこまで緊迫した展開ではなかったと思う。確かに犯人達は興奮していたが、人数はこっちの方が多かったし、落ち着いてやれば犠牲は出さずに済んだはずだ」
クリスの横に座っている俺が答える。
モンシアが言う通り、ルーシーは人間離れしていた。
ライラとの戦闘に始まり、魔人との戦いで圧倒的な戦闘力を示してきた。
正確な剣技と弓使い。1度も傷を負ったことがない回避能力。
しかし、それは人間の行える範囲での離れ業であって、魔人のような超能力的な身体能力ではない。
いや、離れ業過ぎて本当に人間にできるかは疑問だが。
俺はとてつもないショックを受けている。
ルーシーの嘘、ルーシーの素性、ルーシーの正体、彼女が何者なのか俺は知らなすぎた。
なぜ言ってくれなかったのか・・・。
マリアは何か知っていて、その事を教えてくれていたのか。
会わなければならない。
会ってルーシーの正体を教えてもらわなければ。
俺達は馬車で送ってもらい民宿へと帰った。
フラウ、ロザミィ、ルセットは今日は出掛けずに待っていてくれた。シノさんもやって来ていた。
沈痛な俺の表情とルーシーが居ないことに不安そうな顔をしていたが、アレンが説明して、一応は安心したようだ。
だが不安が拭えたわけでもない。
「頭を整理したいから部屋に戻るよ」
俺は1人部屋に戻った。
マリア達が学校から帰るまで半日時間がある。
ベッドで横になり俺なりに考えてみた。
そもそも魔人とは魔王に拐われ血を受けたメイド達のこと。
クリスもセイラもキシリアも。可哀想だがそういう過去があったということ。
ルーシーは自分は違うと言っていたが、そこに嘘はなかったのか?
あの脚力は魔人のそれと言っても過言ではなかった。
ルーシーは自分で城に乗り込み魔王の隙を伺っていたという事だったが、2ヶ月の間に何があってもおかしくはない。
だが、問題は魔人の特徴とクリスの目だ。
魔人は本来青い肌、白い髪、赤い瞳、そういう見た目になってしまう存在で、クリスと出会って俺が自分に変身すればいいと提案するまでそれがコンプレックスになっていたほどだ。
ルーシーも実は魔人だったと仮定するなら、ここで躓く。
俺が提案する前からルーシーがそれに気づいていて、人間の姿になっていたとしたらクリスの目は誤魔化せない。
今までクリスはそんなことを言ったことはない。
もしクリスの目を欺く方法があるなら別だ。
そうなるとここでミネバやルカとエル、キシリアに似ている彼女達も怪しくなるが、それは別の問題だ。
ルーシーが何者であっても俺は構わない。現にクリスに対して愛情、友情、仲間意識はハッキリあるが魔人どうこうという感情はない。
俺がショックなのはなぜ今まで隠していたのか、ということだ。
俺が引っ込んでいたソドン村。そこにやって来たルーシー。始めは褒美目当ての騙りとも怪しんだが、彼女を信用して今までついてきた。
謁見の間で初めて口にした爆弾発言の数々。魔王の首、魔王の娘。
ミステリアスでいたいのー。とか叫んでいたが、そういう秘密主義というかサプライズ好きで俺を驚かすのが楽しい風な所はあったが。何もそこまで隠さなくったって・・・。
しかも犯人グループとはいえ惨殺はやりすぎだ。
突然どうしたというのか?
そちらの方もショックは大きい。
そして突然どこかに逃げるように立ち去ったことも。
なにもかもが急展開だ。
頭の、というより心の整理がつかない。
ルーシー、君はいったい何に気づいたのか・・・。
昼頃になってベッドの中でうとうとしていたことに気づいた。
1階に降りてみると女性陣が円卓に集まって騒然としていた。
「なんだ?何かあったのか?」
「勇者。大変だよ。ボートが流されたって」
「ボートが流された?」
俺の質問にクリスが答える。
意味が分からずおうむ返しにさらに問う俺。
「船着き場で救命艇を停めたままだったでしょ?それが流されてしまったみたい」
ルセットが付け加えた。
「え?どこに?」
「分からない。アレンとベイト達が探しに行ってるけど、まだ戻らないから、見つかってないのかもね」
「ロープが緩かったのかな?流されてしまったのなら仕方ないか」
「違うよ勇者。ルーシーが流していったんだよ」
クリスがもどかしそうに俺に訴える。
頭の中が真っ白になる。
「今朝がた船着き場にいたおじさんから警察に通報があったようです。停めてあった救命艇のロープをほどいて海に流した人がいると。金髪の長い髪の女で、確かボートの持ち主の1人だったと思うが念のため報告しておくと。先ほど警察の方に来ていただいて教えてもらいました。それでベイトさん達が探しに行かれたという流れです」
フラウが告げる。
「どうしてそんなことしたの?」
ロザミィが俺に問うが俺にだって分かるわけない。
俺も救命艇を探しに東の船着き場に行ってみた。だが、確かに救命艇がそこにないということ以外発見はなかった。
アレンやベイト達もどこを探しているのか見つけることはできなかった。
ヨットにでも乗せてもらって海を探しているのか。
そうこうしているうちに時刻は夕方に近づいてきている。
マリア達が住む高層タワーへと行ってみるとしよう。
歩いて高層タワーの近くまでやって来たが、高層タワーの周辺で人だかりができていて群衆で混雑していた。
何事かと周辺の人だかりを目を凝らして見ていると、高層タワーの上の方をみんな見ているように感じた。
俺もその視線の先を見る。
地上170メートル、50階建て。その真ん中よりも上辺りに壁にへばりついてよじ登っている人影が見えた。
金髪の長い髪。間違いない、ルーシーだ!
俺は泡を吹くようだった。何をやっているんだ!?
当然命綱もない。落ちたら例え魔人だってただでは済むまい。クリスだって空を飛ぶロザミィの頭の上からはロープで降りてきた。
二番星で70メートルの崖の上からハーケンひとつで飛び降りたこともあったが、これはその倍以上でハーケンを打ち付けるには壁は固そうだ。ハーケンもロープもおそらく持ってはいまい。
俺は人混みを掻き分けて高層タワーに入っていった。
管理人の居るであろう部屋に飛び込み屋上に入れるように頼む。そしてできるだけ長いロープを探してくれるようにも。
マリアの部屋は窓が開かなくなっていた。どこか途中の階でルーシーを引っ張り上げるのは無理だろう。あそこまで登っているなら屋上からロープを降ろして引っ張り上げる方が早い。
だが、表で割れるように騒ぐ群衆の叫びが聞こえた。
何があった!?
落ちたという声も聞こえたが、まさか!まさか!
入ってきたばかりの管理人の部屋を飛び出し、表に急ぐ俺。
群衆は輪になり一点を囲むように呆然と突っ立っている。
その輪の中心に急ぐ。
何があった!?何が!?
焦る俺を尻目に群衆の輪の中心には何も無かった。
上を見上げる。
そこにも何もない。
ルーシーはどこにいった!?
群衆の1人に聞いてみる。
「何があったんです?」
「金髪の女が飛び降りたけどそのまま歩いてどっかに行っちまった。なんかのマジックショーだったのか?」
声が出せなかった。飛び降りた?100メートル以上の高さはあったはずだ・・・。
そんな馬鹿な・・・。
「勇者君。どうしたの?」
突然背後からマリアに声をかけられた。
「マリア・・・。教えてくれ。ルーシーの嘘、ルーシーの正体」
「そっか。勇者君も分かったんだね。いいよ。私の部屋に行こう」
ファラとカテジナもマリアの後ろからついてきている。
俺達4人はまだざわつく群衆を置き去りにして、50階の部屋へエレベーターで上がっていった。
部屋に入ると俺は待ちきれないという様相で切り出した。
「このあいだのしりとり、ルーシー、嘘、寝不足、素性、正体、そして、あ、で始まる言葉。あれはなんだったんだ?君はルーシーが何者か知っているのか?ルーシーもやはり君達と同じように・・・」
「あは。勇者君は鋭いなー」
マリアはふざけた調子で俺の質問に真面目に答える気はないという感じだ。
「勇者君はルーシーの寝顔を見たことがある?」
さらにおかしな質問を向こうからしてきた。
「なんのことだ?まあ、君達は知らないだろうから仕方ないが、恥ずかしながら俺は昔からルーシーと一緒に眠っているからいつも見ているよ」
「寝顔を?」
質問の意味が分からずマリアの顔をまじまじと見つめる俺。
照れた部分もあるが半笑いで同じ返答をするしかなかった。
「だからそう言ってるだろう。いつも一緒に寝て・・・」
思考を張り巡らせる。
待てよ・・・。
記憶を辿る。
ない。
ルーシーの寝顔を見たことがない。
俺は寝つきがいい方だ。誰よりも先に寝る。だから他人の寝る姿を見ることが少ない。
だが、起きるのは早いはずだ。
その時寝顔を見ることだってある。
ライラを倒してサウスダコタの宿で泊まったとき、寝ているルーシーを見たんじゃなかったか・・・。いや、違う。俺の肩の上で眠っているルーシーにお目覚めの時間ですよ。美しいお姫様。などと言ったら実は起きてて狸寝入りだった。
これだけ一緒に眠っているのに寝顔を見たことがない・・・。
「寝不足って・・・」
「ルーシーは寝たことがないの」
足が震えそうだ。
ルーシーは俺と一緒じゃないと眠れないと冗談みたいなことをよく言う。
そんなわけないだろうと取り合いもしなかった。
だってそうだろ?じゃあ俺と出会う前は寝てなかったのかという話になる。
だから冗談だと思い、その言葉の意味を考えたこともなかった。
俺と一緒だろうが、そうでなかろうが、ルーシーは寝ていない・・・。
ゴクリと生唾を飲む。
眠らない人間。そんな人が居るとは思えない。
俺の眠っている肩の上で眠らずにじっとしているルーシー。いったい何者なんだ?
「あ、から始まる言葉、とは・・・」
俺は恐る恐る聞いた。
「ルーシーは悪魔だよ」
事も無げにマリアが言った。眉間にシワを寄せる俺。
場合が場合じゃなければ吹き出してしまう答えだ。
悪魔ってなんだ。魔王が居てその血で生まれた魔人もいる。
だが、悪魔というのは聞いたことがない。
「ルーシーの本当の名前は・・・6対の・・・。まあいいや」
「ほらー。やっぱり信じてくれないよー」
「あはは。そりゃそうだ。いきなり言われたって信じれるわけないでしょ」
マリアのあとに今まで黙っていたファラとカテジナが喋った。
ファラが言葉を変えて、あ、から続きを言わせなかったのはそういうことだったのか。
ルーシーが何者であっても構わないと言った。
確かにマリアの言葉は信じがたいが、或いは悪魔だとしても、天使だとしてもそれならそれで構わない。
ルーシーがルーシーならそれでいい。
だが、問題はルーシーが悪魔だとして、何をしようとしているのか、目的は何かだ。
「ルーシーは何を?」
「ルーシーは悪の手先なんだよ。勇者君達を騙し、私達を殺そうとしている」
マリアの言葉に俺の眉間のシワがさらに深くなる。
悪の手先ってなんだ。具体的に誰の手先なんだ。
もともと信じがたい話が冗談ぽくなってきたぞ。
「でももう大丈夫。私達が勇者君達を守るから。私達は絶対に倒れない!」
「みんなの安全は私達が守るよ」
「ルーシーを探しだして取っ捕まえてやる!」
固く決意して宣言する3人だが、俺は呆然としている。
マリア達がもともとおおらかなキャラクターなので本気なのか冗談なのか分かり辛い。
そうだ。ルーシーを探さないと。
何の手先でも手羽先でもいいが、真意を直接本人から聞かなければ。
俺はフラフラと部屋を出て群衆がまだちらほら残っていた高層タワーの表の広場に戻った。
そこでもう一度ルーシーの様子を聞き、どこに向かって行ったのかを尋ねた。
東の方という。研究所、船着き場、それらがあるところか。
行ってみよう。
足取りが重い。途中で引き返した方が良いのかと思うくらいだ。
だが、のんびりはしていられない。ルーシーに早く会いたい。
船着き場に行ったが昼同様何も発見はない。救命艇が無いままだ。
研究所はどうだ?アポイントメントをとった来客に交渉すると言っていなかったか?
そっちを当たってみよう。
研究所東棟。入り口が見えるポイントで辺りを見回す。
ルーシーは見当たらない。ハズレか。それとも交渉が成功してリーヴァと会っているとか?
いや、そんな簡単にやれるとも思えない。
まさか最終手段とやらに手を出して、職員を襲ってカードキーを手に入れたのでは・・・?
今のルーシーならやりかねない。レンダに状況を確認した方が良いかもしれない。
俺は体を引きずるように中央管理センターに向かう。
2階は来客用の受付になっているようでカードキーなしでも登り降りできるようだ。
早速受付に頼んでレンダを探してもらう。すでに定時を回っている、部屋に居ると良いんだが。
受付の人が答えるにはレンダがこっちに降りてくるという。
ありがたい。
しばらく待ったがエレベーターからレンダが降りてきた。
「ようこそようこそ。お一人であたしに会いにとはね。もう謹慎は済んだのかい?」
「ああ。昨日だけだったよ。それより研究所内で変わったことはないか?主に東棟で」
「んー。特に聞いてないけどね。研究所の外なら薄い絵本の新刊が出る頃だからそろそろ買いに行こうかと思ってんだけどね。一緒に買って部屋でハッスルする?」
「いや、やめておくよ。それじゃあルーシーは見なかったか?」
「なんだい。痴情のもつれでケンカでもしてんのかいな。ニュ・・・」
「にゅ?」
「乳頭が擦れて変な気分になっちゃうー。部屋に来ちゃう?」
もぞもぞしながら上半身を動かすレンダ。
「そうか。それじゃあ邪魔したな。ありがとう。俺はこれで」
俺は礼を言って立ち去った。
「男に呼び出されてオメカシしてきたあたしのトキメキを返せー!まあいつもの格好だけどね。ニュフフフフ。あ」
とにかく足取りが重い。暗くもなってきた。宿に戻っているのかもしれない。
そういえば通信装置を今日朝から付けてきていない。こういうときに簡単に連絡できるのは便利だったな。
そんなもの今まで無かったのに一度便利さを味わうと、なくなったらとても不便に感じてしまう。
俺は民宿に戻る事にした。
民宿までなんとか戻ってみると隣のシノさんの家に明かりがついていた。
それを横目に民宿のドアを開ける。
クリスが出迎えてくれた。他の皆はもう部屋に引き上げているようだ。
「勇者。どこ行ってたの?」
「ただいま。東の方でルーシーを探しに」
「そう。見つかった?」
「いや、まだ。ということは帰っても来てないのか」
「うん。そうだ、勇者、窃盗グループの主犯格が捕まったよ」
「え?」
これはまた唐突な急展開だ。逮捕されたメンバーから聞き出せたのか?
「私ね、昼過ぎにアルテイシアの所に行ってみたの。そうしたらどこかに出掛けようとしてたアルテイシアが私を誘ってきたの。窃盗グループの実行犯が壊滅したから新しいメンバーを集めないといけない。あなたも一緒にやらないかって」
アルテイシア・・・。
学校の先生で若い連中と知り合う機会が多い。校舎のそばの倉庫を隠れ家としても使いやすい。
そしてあの手記。内容と思想が僅かに片寄っていはしないか?
俺は驚くというより、やっぱりかという感情になっていた。
「なんとか足止めしながらベイトに通信装置の送信をオンにして会話の内容を送ったら、レーナとエレナ達が踏み込んできた。アルテイシアに睨まれたけど、セイラに似てるだけでぜんぜん関係ない人だもんね」
「そうだったのか。お手柄だったな、クリス」
「うん。セイラに似た人がルカとエルに似た人に捕まえられるっていう見たくもないシーンを見せられちゃったけど、頑張った」
俺は遅い夕飯を食べ、風呂に入り、クリスと二人でクリスの部屋に向かった。
今日のベッドはルーシーがいない。クリスと二人だけ。
「勇者、二人だね」
「そうだな。なあ、ルーシーは悪魔だと思うか?」
「なにそれ。悪魔なんて聞いたことないよ」
「うん。そうだよなー。マリアに教えてもらったんだ」
「マリアに?あー・・・」
「あーって、どういう意味だ?」
「マリアは夢見がちなところあるから」
夢見がち。確かに浮わついてるというか現実よりそっちに向かってるような感じはあるが、ルーシーの寝不足については的確な洞察というか、指摘のように思えた。
いや待てよ?なぜマリアがそんなことを知っていたんだ?
俺でさえ気づかなかったのに。
悶々としながら考えているとどういうわけか、今日は眠れない。昼前に仮眠をとっていたからか。
クリスはいつの間にかグーグー寝ている。
かわいい寝顔だ。
俺は起こさないようにゆっくり動きながらベッドを出る。
1階に降りて水を出して顔を洗う。
どうも落ち着かない。ルーシーが居ないからか。
何かやれることがないか、探せる場所がないか、考えがまとまらないがとにかくじっとしていられない。
俺は玄関のドアを開けて外に出てみた。
探すあてなどないのだが。
横のシノさんの家が目に入った。
深夜だというのにまだ明かりがついていた。
不安が襲ってきた。まさか何かあったのか?
玄関のドアをノックする。
明かりの消し忘れならいいのだが。
パタパタと中で足音が聞こえた。なんだ単に起きてただけか。
ドアから出てきたシノさん。
「はい。どうかなさいましたか?」
「あ、いや、ごめんなさい。明かりが見えて何かあったのかと思って」
「ああ。ビックリしました。わたくしこそ、こんな夜中に誰か訪ねてくるなんて、何かあったのかと」
「本当にすみません」
「良いんです。それよりルーシーさん、まだ見つからないんですね」
「ええ。ちょっとその辺探してみます。お呼び立てして申し訳ない」
「わたくしもご一緒してもいいですか?あまり役にはたたないでしょうけど」
「え?」
「わたくしも眠れなくて」
「ああ、それなら」
深夜の街、民家が建ち並ぶ道路脇の歩道を腕を組んで歩き出した俺とシノさん。
探すというよりただの散歩だ。
ひんやりとした空気とシノさんの人肌の温もりが心地いい。
周辺には特にこれといった施設はない。
ここにルーシーが潜んでいるとは思えない。
「勇者さんはいつまでここに滞在なさるおつもりなんですか?」
「さあ、リーヴァと会って話をするまで・・・。アポとるのに3ヶ月かかると言われましたが、それよりは早くに済ませたいのですがね」
「まあ、そんなに?そうなんですか。ウフフ。でもしばらくはご滞在なんですね」
「ええ。嬉しそうですね。ははは。お客様に長く泊まってもらうと助かりますか?」
「そんなことでは・・・!ええ。助かります。なんなら3ヶ月でも、もっと長くても・・・」
「シノさん」
「もっと別の場所を探してみますか?」
「ええ。この際どこへでも行きますよ」
「行きましょう!」
南西の果ての、住宅地と海の境目に砂浜があった。
整備された歩道からすぐ横に出ると一面見渡せる海。
月明かりで真っ暗というわけでもなく、穏やかな波がキラキラと輝いている。
砂浜に出てそこを並んで歩く俺達。
「落ち着く場所ですね」
「ええ。綺麗な海。この海の景色はずっと昔から変わりません。島がどれだけ変わってもこの景色だけは昔の私を知っている」
「大変だったんでしょうね」
「今思うとそうですね。その時はその生活が当たり前でしたから。でもわたくしはまだマシな方」
「今は幸せですか?」
「え?・・・どうなんでしょう。幸せと言えば幸せなんでしょうけど、いずれ寂しくなるのはやっぱり幸せとは言えません」
「シノさん。あなたはキシリアに似ている」
「以前もそのようなこと仰ってましたね」
「あなたがもしもその人だったのなら、俺は今度こそこう言いたい。一緒に来てくれ、俺達と一緒に戦ってくれ、と。だが、あなたは違う。あなたにはあなたの生活があるのだし、俺達の戦いとは何の関係もないのだから。そう言うことはできない・・・」
「勇者さん・・・」
呼吸を整えるシノさん。
「わたくし何の役にもたちません。ですが、わたくしがキシリアという方の代わりになるのなら、少しでもその方に近づけるのなら、これからも、ずっと・・・」
その時ヒュンという乾いた風を切る音が背後から聞こえた。
どこからか飛んできた矢がシノさんの胸に突き刺さる。
ああ、嘘だ。
俺の横で力なく崩れるシノさん。
ああ!そんな!
突然の出来事に錯乱する俺。
矢を放った奴がどこかにいるというのに、俺はシノさんを抱き抱えた。
すでに事切れている。
何が・・・。いったい何が・・・?
俺は初めて矢の飛んできた方を見た。
暗がりに踞っている人影が見えた。
金髪の長い髪。見たことのあるクロスボウ。
まさか・・・ルーシー・・・。
一歩近づいてくる人影。
いや、違うぞルーシーじゃない。何者なんだこいつは・・・。
緑色の肌、裂けた口、目は吊り上がり異形の形相。もちろん人間ではないだろう。
言葉とは判別できない咆哮をあげてゆっくり近づいてくる化け物。
俺は息を飲むが、ハッとした。
着ている服がルーシーと同じものだ。
やはりこれはルーシーなのか・・・。悪魔・・・。マリアの言っていた、これがルーシーの正体なのか・・・。
だがいったいなぜシノさんを殺した?なぜ?
俺は出遅れながらも剣を抜いた。
次の瞬間、一瞬で駆け寄ってきたルーシーに体を突かれて俺は気絶してしまった。
ああ、なんてことだ・・・。なんて・・・。




