37、理想郷
マリアのヒントを頼りに研究所へと訪れる勇者達。
やっぱりいた。あいつに似た人が。
金髪のルーシー37、理想郷
「研究所は西とか東とか建物が分かれてるのか?」
「ああ。見ての通り中央とそれぞれ四方に、東西南北のビルが建ってる」
「ビルごとに役割が決まってたりするのかしら?」
「大まかなカテゴリー分けはしてるみたいね。穀物果実は北、動物魚は南、材木鉱物は西」
「材木?鉱物?」
「ああ、食い物だけじゃなく、この街で必要な資材まで生産してんだとよ。こんなビルどうやったらこの島の資源で建てれるんだっていう答えがそれだ」
「魔人の力を生み出したリーヴァが根底に居るのだとしたら説明はつくわね」
「何でも創れる何でもある。まさに理想郷ね。ただし造るスピードには限界があるし、量も無限ではない。住民全員を一度に豊かにはできない。そういう時間差がこの理想郷でも格差を産み出していたりするのね」
俺、アレン、ルーシー、ルセットは朝食をとった後に最初に救命艇で乗ってきた島東部へ歩いていた。
俺達だけなら乗り合い馬車の時間を待つより歩いた方が早い。
クイーンローゼス号からも見えた巨大な長方形の建物が行く手に聳えている。
「中央と東には何があるんだ?」
「中央は管理棟ね。生産の状況はもちろん、島中のリソースを一括管理して一部が枯渇するようなことが無いようにバランスを保つよう情報を統制しているって話よ。東は・・・聞いてないわね。アレンは聞いた?」
「いや。立ち入り禁止ってのは見たな」
立ち入り禁止?まずいぞ。アレンやルセットの様子からわりと自由に見学できるのだと思っていたが、着く前から暗雲が立ち込めてきた。
俺はルーシーを見た。ルーシーも不安そうに俺を見る。
だが、行ってみて状況を見てみないと何もできまい。予定通り行くしかない。
俺達は中央の管理センターに入っていった。
入り口は白い壁で挟まれ飾り気のない無骨な広いガラス張りの見た目だった。
入るとそこはこの研究所の仕事内容を紹介をするための展示場になっていた。
誰も居ない。迎える従業員も、来客もない。
「なんだ。ここに説明してるスペースがあるんだな」
「なんだ、というと?ここに来たのは初めてか?」
「ああ、東とここには来てないな。昨日北側でここに行くといいって教えられたんで来てみたが」
入り口無人だし、パッと見何の建物か分からないからな。
入って正面に台があってミニチュアで5つのビルが作られている。
東は説明なし。他はルセットが言った通りの説明が簡単に書かれている。
そこから三方に部屋が分かれていて、農園での生産方法の概要が書かれている。
物質を構成する元素を生成配列し構築していきます。人工的に環境を作り出し加速させることにより生産スピードを向上させます。なんだこりゃ。
昨日食べたパスタ。原料である小麦、それを土地の無いこの島で作るのに種の段階から生成複製、ビル内の農園で環境を加速させ収穫までやってしまう。ということか。
いきなりパスタを作ってしまわないのは温泉でのセイラ達が言っていたように、味や感触にズレが生じてしまう可能性があり、不確かだからか。
つまり不味いものと美味いものの区別が生成段階では不明ということ。
小麦の成長過程をちゃんと踏ませることで小麦本来の質を保つと。
無人の展示場を4人でのんびり眺めていると入り口のガラス戸が開き人が入ってきた。
「おーおー。来てるじゃないの。なんかカップルが増えてるね。独り身のあたしに対しての嫌がらせかいな」
ミネバみたいな白衣の人物が俺達を見回す。
「ミネバじゃないか。生きてたのか?」
俺は驚いて口に出した。
そんなわけないとは思ったが気軽に言ってしまった。
「昨日もそれ言われたけど、あたしはそんな花も恥じらうような麗しい名前の女の子じゃーないよ」
「麗しいて」
「このレンダさんは昨日私達を案内してくれたここの職員さんよ」
ルセットが紹介してくれたがどう見てもミネバだ。
「熱心に農園を見学してたみたいだから、今日は特別にこの管理センターを見せてあげちゃおうと思ってね。上がるよね?」
「よろしくお願いするわ」
「ヌフフ。よろしい。ついてきたまえ」
レンダと呼ばれたミネバは奥のエレベーターに歩いていく。それについていくルセット。それを追うようにアレンが。そのアレンに近づく俺とルーシー。
「ミネバだろ、あれ」
「信じられないわ。あの子は私が・・・」
「うーん。俺も驚いたが本人は違うと言ってるんだよな。民宿の大家さんもキシリアにちょっと似てるし、まあ他人のそら似ってこともあんのかな?」
ルカとエルに似た人もいた。そんなことあるのか?
「早く乗らないと置いて行っちゃうよー」
不敵な顔をしてエレベーター内で待つレンダとルセット。俺達も急いで乗り込んだ。
レンダはエレベーターのボタンのある壁にカードのようなものをかざしてボタンを押した。
俺は不思議そうに見ているとレンダが答えた。
「特定の階へはカードキーがないと止まれないようになってるんだよ。勝手には入れないてわけ」
なるほど。万全のセキュリティというわけか。忍び込むのは難しそうだ。
レンダが白衣の胸ポケットにカードを戻すのを見ながら後のことを考えていた。
エレベーターは10階へ止まり開いた。
「到着ー。ここは情報統合センター。島全体に出荷していく物質をタグ付けして管理、物資の在庫をリアルタイムで集積、供給のバランスを管理するってわけ」
白い部屋の壁に大きな装置の画面が貼り出されている。
そこには島の絵が大きく描かれていて、点滅しているポイントが多数表示されている。
「これは?」
ルセットが画面を見ながら食いついた。
「それは街に存在する店とかを印してるんだね。店舗の全体の在庫が逼迫していれば赤く点灯するようになるよ。まあ、バランスよくやってるからそんなこと起こらないけどね」
部屋には壁の画面に向かって3列くらいのテーブルが並べてあり、そこに何かの装置とにらめっこしながら、多数の職員が仕事をしているようだった。
「主任。ちょっと」
職員の一人がレンダを呼び止めてなにやら耳打ちしている。
「なんと。不届きものがまた現れたんか。あ、よく見ると赤く点灯してるじゃん」
見逃していたが、確かに北東の小さなポイントが赤くなっていた。
「困った奴らがいてね。窃盗グループが商品を根こそぎ盗んでいくんだ。時間的リソースは限られてるから回り回って住民全体の被害になりかねん」
ベイト達が追っている連中のことか。昨夜盗みを働いたのなら今頃忙しく捜査しているだろう。
「この人達は何をしているの?」
ルセットはそれに構わずにレンダに聞いた。
「全島店舗の在庫を管理、消費傾向を調査、情報を統合してもらってるよ」
「ここで座ってできるんだ。便利ね」
「情報化の時代からね。ヌフフ」
俺達には何をどうやっているのかさっぱり分からない。
俺、アレン、ルーシーは後ろで呆然と見ているだけだった。
「横の部屋は資材の状況が同じように管理されてるね。今は大規模工事は無いから供給は低水準で安定してるけど、急な災害、事故、メンテナンス用に備蓄も保管しておかなくちゃね。逆の部屋は生鮮食品の扱いだね」
レンダはなおも説明を続ける。
「じゃあ、ここはいいかな?次に行こうか」
エレベーターに乗り込み、カードキーを使って20階に上がる。
「ここはインフラの管理。水道、ガス、エネルギーの安定供給、ゴミや下水の処理も統合して管理してる。それぞれ施設が独立して運営されてるけど、ここでは情報だけ集積してる。どこかで問題があれば直ちに修理保全を行えるってわけだね」
同じように壁に装置の画面があり、島の状況を見ることができる。ラインが至るところに伸びていて点滅している。
街の見た目だけではなく、あらゆる部分が未来的で生活水準が他を圧倒している。
「じゃあ、次に行こうか」
さらに30階へ向かう。
そこは工場というか研究所というか、広い場所に様々な部屋が薄い透明な布で仕切られており、それぞれの部屋で何人もの人が作業着で手作業をしている。
「ここは製品開発の部署だね。陳情なんかを参考に生成する製品の質を向上したり類似の製品を発展させたり、新たな需要を満たす研究が行われている」
その階を一通り巡ってみたが俺には何をやっているのかさっぱり分からない。
他に研究所そのものの技術開発、装置機器の修理メンテナンス、服飾のデザイン縫製、装飾の製造、遊興品の受注に製造、人材育成の研修など、それぞれの階にそれぞれの部署があってただただ目を丸くするだけだった。
ルセットはうんうん頷いて大喜びだが、俺達はなんというか疲れた。
「お疲れさん。そろそろ昼だからここで休憩するといいよ。ここは休憩所で食堂もあるからゆっくりできる」
70階。最上階。展望台としても使われているのか横一面ガラス張りの白い床、白い天井、白いテーブルと椅子が並べてある広い部屋だった。中央に厨房があり、そこで職員が並んで注文を受け取っている。
テーブルには多くの人が座って食事をしたり、書類を見たり、雑誌を読んだり、それぞれくつろいでいるようだった。
俺は東棟が目の前に見えるフロアへとフラフラ歩いていった。
近くにこれ以上高いビルは無い。当然手に届くような目前にそれは見える。
しかしガラス戸に日の光が反射して中は見えない。
俺に翼があったなら、ここから飛んで行けただろうに。
「凄い景観ねー。頭がクラクラしそうだわ」
「この建物傾いたりしねーのか?おっかねーな」
ルセットとアレンは中央寄りのテーブルに適当に座った。
俺は東側の一番端のテーブルに。それについてきてルーシーも俺の横に座る。
レンダはその間の席に一人座る。
「なあ、あの東側には何があるんだ?」
「あそこはスタッフオンリーで立ち入り禁止なんだけど、ここまでに無かったものと言えばだいたい想像つくでしょ」
「無かったもの?」
俺はレンダに直接聞いてみたが、よくわからない問題が返ってきた。
「医療品とか?」
ルーシーが答える。
「それもあるけど、あんたらが背中に背負ったり腰に差したりしてるもんがあるでしょうが」
「武器か」
「武器、兵器、薬品。いわゆる危険物だわな」
なるほど。立ち入り禁止なのは頷ける。
「ところで腹減らないの?あたしのオススメで良ければ頼んできてやろうか?」
「オススメ?じゃあ、それをご馳走してもらおうか」
レンダが厨房のおばちゃんに注文を頼みに行く。
後で出来上がりを取りに行くと、大きなどんぶりに盛られたカツ丼が仕上がっていた。
元の席に戻って食する俺達。
「んー。サクサク、カリっと揚がった衣に中はジューシーなカツ!」
「味もご飯に染みて美味しいわー」
アレンとルセットは大喜びしている。
「とろみがサイコーね。量が多いのは勇者様には嬉しいわよね」
「美味いな!これを食べるのにここに見学に来る価値はある!」
ルーシーも俺も舌鼓を打っている。
「そうでしょう。そうでしょう。研究の成果が出てるのね。ヌフフフフ」
よくわからない自信満々のレンダ。ガツガツカツ丼を食べ始める。
「ところで船に置いてる薄い絵本はどうするんだ?クリスが預かるって言ってたけど」
「あー、後で取りに行くから置いといて」
「え?」
「ん?」
カツ丼を食べてるレンダに不意打ち気味に質問をぶつけた。
レンダの返答に皆の手が一瞬止まる。
「急に何の話してんのさ。思わず乗っちゃったよー」
またカツ丼を頬張り始めるレンダ・・・いや、ミネバだろ。
「サンダーダンサー全巻俺が預かってていいのかよ?」
「どうせあたしの金で買ったんじゃないし、別にいいよ」
「おい・・・」
「ん?」
アレンも質問をぶつける。何でそんなこと知ってるんだ。
「やだなー。変なこと聞かれても知らないなー」
またカツ丼を頬張り始めるミネバ。
「自害するつもりってキシリアは言ってたけど、あなたそのつもり無かったでしょ?」
「どうせやっちゃうんなら、あわよくばって、何を言わすんだい」
ルーシーが冷ややかな目でミネバを見ている。
「ねえ、アレンと二人っきりで部屋に泊まったとき、なにしてたの?」
「ぶっ!!何を聞いとんじゃー!」
ルセットの質問にご飯を口から噴き出して立ち上がるミネバ。
「それは俺もキツイぜ。何にもねーつうの」
アレンがひきつる。
「ミネバ。お前ミネバなんだろ?」
「さー、知らない人ですねー。そういう方をお探しならここの情報網でお探ししましょうか?ここの人じゃないなら見つからないかなー。ニュ・・・」
「にゅ?」
「乳房がこぼれて変な感じだなー。パイポジ直すからちょっと待って」
俺はいい加減白状したらどうかと促したが他人のふりを決め込んでいるようだ。
わざとらしく胸辺りを触って整えるミネバ。
とはいえ、俺は見ていないがミネバはルーシーが倒したと言っている。
嘘をつく必要なんてないだろう。第一ルーシーも困惑している。
なぜ生きているんだ?
まったく分からないが、だとしたら・・・。シノさん・・・。彼女もキシリアに似ているだけではなく、まさか本人なのか・・・?
ミネバと違って姿形はそのままというわけではないし、年齢も違う。だがそれは変身できる彼女達にとって造作もないことではある。
逆にわざわざ似ている姿で俺達の前に出てくる理由が無いともいえる。
いやいや、彼女が灰になっていったのを俺は見ている。
そんなはずはない・・・。そんなはずは・・・。
ふと、昨日シノさんが自分のことを「わたくし」と言ったことを思い出した。
帰りの馬車で、わたくし1日中外で遊んだことがあまり無いので、と言ってなかったか?
わたくしなんて誰だって使う言葉だ。言ったからといってキシリアだという確証なんてない。だが、普段使わない言い方を日常の会話で使うだろうか?
まさか、まさか・・・。
「それじゃあたしは1時まで一旦自分の部所に戻るから、引き続き見学したいなら好きに見るといいよ。行ける階は限られるけどね。1時から続きを案内しよう」
そう言ってレンダはエレベーターに乗ってどこかへ行ってしまった。
「やっぱりアイツなのか?」
「意味が分からないわね。何で他人のふりをする必要があるの?変身の能力があるなら気づかれないようにまったくの別人にだってなれたでしょうに」
「一つ確かなのはクリスの目にはレンダがミネバかどうか判別できるということね。そもそもミネバ達は魔人の体を変身させて人間になっているのだから、どんな姿でも見分けはつく」
アレン、ルセット、ルーシーがレンダの去ったエレベーターを眺めながら話し合っている。
そうだった。クリスに聞けばハッキリする。ということはシノさんに何の反応も示していないのでキシリアの変身では無いということか。
そうだよな。彼女のわけはない。分かっている。分かっているのに・・・。
今日もクリスはフラッとどこかに出掛けていった。しかしクリスは通信装置を持っている。
どこにいるのか聞いて、レンダを見てもらうよう頼んでみるか。
「クリス、今どこにいる?」
俺は通信装置の送信オンにして話してみた。
返事が無い。
受信は常にオンになっているはずなので聞こえないということはないはずだが・・・。
ルーシーも隣で不安そうにしている。
「あの子本当にどこに行ってるのかしら。朝に聞いておけばよかったわ」
「クリス、大丈夫なのか?クリス」
やっぱり返事は無かった。心配だ。
「どうする?こっちは後にして探しに行ってみる?」
「いや、何か言えない事情があるのかもしれない。様子を見よう」
心配ではあるが危険があるなら向こうから通信が来るはずだ。
俺は皆を休憩所に残しエレベーターで地上に降りた。
東棟を見てみたかったからだ。
東棟の麓をぐるりと回る。立ち入り禁止と言っていたが柵などの物理的な仕切りはない。
昼時だからか職員が出入口から出入りしている。
外から見える範囲では特に通行証などの確認をしているようでもない。
建物に入ること自体は簡単にできそうだ。
要するにカードキーというやつがセキュリティを難攻不落にしているのだろう。
管理センターでもエレベーター以外の階を昇降する手段は無かった。
エレベーターが動かなければどうにもならない。
あまりじろじろ見てると怪しまれかねないのでそこそこで引き上げる。
元の中央管理センター70階まで一気に上がる。
1時になってレンダが再び休憩所に上がってきた。
「こんにちは。ずっとここに居たんかい?まあ良い眺めだからね」
「俺はちょっと降りてたけど」
「ん?あ、そう。じゃあ、午後の部行ってみようかね」
「その前に・・・」
エレベーターへと俺達を引き連れて舞い戻ろうとするレンダを引き止める。
「ん?」
「その前に話があるんだが、この研究所にリーヴァという科学者が居ないかな?会わせてくれると嬉しいんだが」
俺は正面突破で直接聞いてみることにした。
こそこそ盗み見たってカードキーが無ければ始まらない。
後ろめたいことなんてないんだから、ならば聞いてみるしかない。
「んあ?居るよ。会いたいんなら担当に聞いてみるといい」
「居るのか!?」
なんと呆気なく答えてくれた。
「うん。所長は忙しいからアポとっても会えるまで3ヶ月はかかると思うけどね」
「3ヶ月!?」
正攻法でいけるかと思ったがやっぱり駄目だそんなには待てない。
「食事中とか移動中とかでもいい。ほんの少しだけ話をしてもらえるだけで・・・」
「そうそう。それが予定びっしり詰まってるのよ」
やはり駄目だ。そんなに忙しくいったい誰と会うんだ。
呆然としながらエレベーターに乗り込む俺。皆も表情は硬い。
俺達の最終目的、リーヴァ。それがここにいる。おそらくすぐ隣の建物に。
その最上階が奴らのアジトなのかは分からないが、ここまで来れば似たようなものだろう。
そこに辿り着く手段がない・・・。
午後の部は最上階から下の中途な階を降りていった。
そこには職員の寝泊まりできる寮が備えられてあった。
別に俺達は新入職員として見学しているわけでもないので、そこまで見せてもらう必要があったのか疑問だが。
階の中央辺りにある広めの休憩所で職員が集められ所内の体験談だとかを話してもらった。
失敗のできない仕事なので緊張感をもって務めているが、この島の発展のためにやりがいのある職場だ云々。
レンダの部屋にも案内してもらった。
いい役職らしいのでいい部屋かと思ったが、わりと狭い部屋だった。
薄い本がたくさん平積みされていて、ベッド以外のスペースが埋まっている。
俺達は座る場所もなくぎゅうぎゅう詰めで部屋に立っている。
よくこの部屋に案内しようと思ったな。
「こうやってプライベートでもあたしは研究を怠らないのよ。ヌフフフフ」
「どれどれ?・・・う、うん。これは勇者君に見てもらった方がいいようね・・・」
ルセットが薄い本を一冊手に取ったが、結局アレな絵本なのかよ。
「なんの研究なのよ・・・」
「大事なお勉強でしょうが。まさか本物に出会えるとはね。ヌフフ」
嫌な視線を避けるように俺は部屋を出た。
それから北棟に行って加工食品の工場を見学した。
各施設で作った原料を元にオートメーションで製品を生産していくようだ。
無人のコンベアに装置がポンポンと原料を加えたり、殺菌したり、加工したり、充填したり、冷却したり、包装したり。人は見てるだけで作業はしていない。
「人は見てるだけなのか。これじゃあ人間は必要なくなるな」
「いやいや、手作業じゃないけど経過をチェックする仕事も重要なのよ。仕事が無くなるわけじゃないし、形態が違うというだけだね」
俺の質問にレンダが真面目に答えてくれた。
完成した商品を試食させてもらう事になった。プリンというデザートだ。
「うん!甘くて美味しい!」
「ホントねー。これみんなの分も買って帰ろうかしら」
唸る俺とルーシーもお気に入りのようだった。
小麦の生産風景も見せてもらった。
だだっ広い部屋でガラスに遮られた平原に小麦がざわざわ実っている。
天井には明るいライトが照らされ、シャワーのような水撒き装置もあるという。
種まき、収穫も機械がやってくれる。
今俺達が居る別室の制御室でそれらを全て操作するのだとか。
ちょっと信じられない光景だ。ここは建物の中、地上何十階の空中だというのに。
そんな常識をぶち壊させるような午後の見学会も午後5時になって終了した。
俺達は最初に居た中央管理センターの一階に戻ってきていた。
「さあ、定時になったんでこれで今日はお開きだね。どうだったかな?」
「レンダさん自ら1日中案内してくれるなんてありがたかったわ。本当ありがとう」
「いやいや、あたしは暇なんで・・・」
レンダの別れの挨拶にルセットが答えている。
「この技術をローレンスビルに持ち帰って実用化したいわー」
「おいおい、マジで言ってんのかよ」
「大マジよ。だって便利でしょ?」
「それはそうかもしれねーけど・・・」
やる気のルセットにアレンが困惑している。
「ちょっと難しいんじゃないかしら?技術というかシステムの根幹は何でも生成できるリーヴァの能力でしょ?そこを真似することはできないんじゃない?」
ルーシーが苦言を呈した。
確かに。そもそも何もない島だからこそ一からインフラを敷き詰められたが、今ある俺達の町に同じような水道ガス下水等を作るのは至難の技だろうな。
何世紀かかるか分かったもんじゃない。
「それより疲れて汗かいちゃったわね。ここにシャワー浴びる所とかないかしら?」
「汗?あるよ。もっと汗をドバッーってかけるところが。あたしは定時に上がったらいつもそこに通ってるんだけどね」
ルーシーが突然レンダに妙なことを聞いた。レンダも妙な返答をしている。
「サウナがあるからそこでスッキリしてからシャワーを浴びるといい。あたしの日課は一時間サウナで耐久レースをしてから上がるんだよねー。きんもちいいよー。ヌフフフフ」
「あら、面白そう。ルセットも入るわよね?」
「え?ええ。面白そうね」
困惑するルセット。俺もアレンも同様だ。
「男湯もあるから入っていきなよ。じゃあ、エレベーターにまた乗り込もう」
再び乗ることはないと思っていたエレベーターに。
何階だかカードキーを使わずに押した階に移動して廊下を歩くとのれんがかかった男湯、女湯があった。この中にサウナもあるのか。
「じゃあ、男はこっち。あたしらは向こう」
レンダが仕切って俺達を導いた。
「勇者様は熱いの苦手だからその辺ぶらぶらしてたら?ちょっと覗いてもいいのよ?」
「え?いやいや、なんで・・・」
別にそんなに言われるほど苦手というわけでもないが・・・。
「まあいい。ちょっくら行ってくるか」
アレンは男湯に入っていく。レンダとルセットも女湯の方へ。ルーシーもそれに続いて。
ハッとした。
そうか!ルーシーはレンダに白衣を脱がせるためにシャワーと言い出したのか!
カードキーを拝借しサウナに入っている一時間の間に東棟最上階にエレベーターで向かえと俺に言っているんだ!
バレたり捕まったりしたらどうなるか分かったもんじゃないが、ここで手をこまねいている暇はない。
廊下で突っ立っていると、のれんの間からバスタオル姿のルーシーがひょっこり出てきた。
「勇者様覗いてるー?うふふ。頑張ってねー」
くるりと翻って中に戻る。
足の裏に何かを伏せていて後ろ向きで踵を蹴り上げるように、こちらにそれを滑らせる。
カードキーだ。確かに受け取った。レンダには悪いがしばらく預からせてもらおう。
俺は東棟に急いだ。一時間と言っていたがそれは正確な時間ではないかもしれない。強がって長めの時間を申告したが、実際はもっと短い時間ということもある。とにかく急いで戻ってレンダが気づく前にカードキーを返さないと。
東棟の出入口は西側にある。中央管理センターに向かいだ。今は職員は見かけない。急いで入り口に入る。
入り口入ってすぐ横にエレベーターが左右にズラリと並んである。あとはガランとした通路が一階奥に続いている。
見ている暇はないので左のエレベーターに乗り込む。カードキーを壁にかざして階数のボタンを押せばそれで目的地に辿り着く・・・。
無い!ボタンは69階までで70階のボタンが空欄になっている!
一旦69階まで行ってそこからまた別のエレベーターに乗らないといけないのか?
それでもいい。とにかく急いで先に進まなければ。
もどかしいくらいゆっくり閉まるエレベーターのドア。誰かに見られたら事だ。早く閉まってくれー!
やっとで動き出すエレベーター。どうやらカードキーの使い方も間違いではなさそうだ。
69階。いったい何があるというのか。
かなりの高さだが一瞬でそこに到着する。エレベーターがゆっくり開き、俺はドアから出る。
一階と同じような並びでエレベーターが並んでいる。当たり前か。
奥に続く通路を進む。赤いカーペットを敷き詰め、白い壁の長い廊下。ガランとしていて職員も警備もいない。居たら止められていただろうが。無闇に明るい照明が不気味だ。
通路の左右に何かが設置されていて狭くなっている部分がある。真ん中を通るしかない。
突然声が聞こえてきた。
驚いて一歩引き下がる俺。
「ご用の方はアポイントメントの取得番号を入力してください」
誰か居るのか!?
周りを見回すが誰も居ない。
アポイントメントの取得番号?そんなものはあるはずがない。
左右に設置されているせりだした壁のようなものにエレベーターのボタンのような数字が書いているパネルがあった。これを押して通行許可を得るということか。
ということは押さずに通ったらどうなる?適当な番号を押したとしたら?
さすがに見過ごされるということはないだろう。
だが、この先に会うのに許可が必要な人物がいるということは確かだ。
カードキーを戻して気づかれない内にと思っていたが、どうやらそう上手くはいかないようだ。さすがにそこまで警備はザルではないか。
どうする?ここまで来ればあと一歩なんだ。引き下がれない。
しかしここで御用となってしまったら、島での今後がどうなるのか・・・。
迷う時間もそんなに長くはかけられない。
おそらくチャンスはもう二度はない。カードキーを何度もくすねられるほどレンダも脇が甘くはあるまい。
俺は通路を走り出した。警告のアラームが鳴り始める。
「アポイントメントの無い方はお通しすることができません。武装をしている者は速やかに武装を解除し、警備員の到着をお待ちください」
悠長な警告の声が聞こえるが無視させてもらう。
これで俺はお尋ね者か。仕方ないとはいえ少々辛い。
左右に重厚な扉がいくつも並んでいる通路を走る俺。
それらが何の部屋なのか見る暇はない。
通路を突き当たるとエレベーターが見えた。3つ並んでいる。真ん中に迷わず入る。
カードキーをかざし、今度は70のボタンを押す。
いよいよ、リーヴァとご対面できるのか?
逸る気持ちを押さえることができない。ゆっくりと閉まるドアに苛立ちながら通路の奥から来ているものがないか凝視している。
ガコンと音がして閉まるドア。スムーズに上昇するエレベーター。
すぐに70階に到着。ゆっくり開くドア。
ドアの向こうは左右に広がる廊下だった。
赤いカーペットに白い壁。真正面に所長室とプレートが貼られた扉が待っている。
迷わずその扉に飛び付く俺。
扉を両手で開くと、鍵は掛かってなく、簡単に開いた。
中は物凄く広い。左右に白い壁、奥にガラス窓が見える。
天井と床は黒いが、白いラインが入っていて一種の幾何学模様にも見える。
左右の壁には腰くらいの高さの棚が並んでいる。
部屋の中央にはデスクが置いてあり、その椅子には誰も座っていない。
入り口の扉から奥のガラス窓まで100メートルはあろうかという広さだが、そこには誰も居ない。
無人だ。
リーヴァどころか誰も居ない。しかし何かあるはずだ。マリアの言葉を信じるなら・・・。
部屋の中を捜索しようと一歩踏み出したとき、閉めてなかった扉の後ろのエレベーターからチンと音がした。
俺が使ったエレベーターではなく、横のエレベーターが到着したようだ。
しまった!警備の者が来たのか!思ったより早い!
俺はまだ何も見ていない!
焦って動き出す俺だが、広いばかりで何もない部屋で、隠れる場所も手近な捜索場所もない。
エレベーターから誰かが降りてきて俺の背後に立つ。
「そこまでにしなさい」
「抵抗するなら撃っちゃうから。おとなしくしてねー」
聞き覚えのある声に振り向く俺。
「あーら。良い男じゃない」
「えー?窃盗に入ったんだから悪い男じゃない?」
ルカとエル・・・に似た人だ。黒いスーツを身に纏っている。
二人の手に何か黒い小さなものが握られているが、なんだろうか?
こちら側に穴が空いていて、何か飛び出してきそうだ。
「その腰にかけてあるものを床に置きなさい」
「なにそれ?骨董品?ベイト達と同じようなもの持ってるんだね」
「ベイト達がお世話になっているようだな。今日の事件は解決したのか?」
床に剣を鞘ごと置きながら話を合わせる。
「あら。まさかあなたベイト達の同行者?」
「そうだが」
「なーんだ。窃盗グループじゃないのか」
「窃盗グループ?・・・ではないな」
「何しにここへ忍び込んだの?」
「リーヴァと対面したくてね。今日この研究所を見学してファンになったんだ」
「うそくさー」
「まあいいわ。じゃあ許してあげる。警備員が後で来るだろうけど口裏を合わせておきましょう」
「え?許す?」
「あはは。それヤバくなーい」
「あなたは私達と一緒にここに上がってきた。ベイト達同様窃盗グループを捕まえるためにね」
「ば、馬鹿な!現場の人間がそんなことして許されるのか!?それにここに入った人物だってどこに逃げたというんだ!?」
「許されるわけないでしょ。だから口裏を合わせるのよ。こっちに来て」
ルカに似た人がツカツカと奥のガラス窓に歩いていく。
ガラス窓を開け放つ。
「これ、ちょうどいいのがあった」
エルに似た人が置いてあったリュックサックのようなものを持ち上げた。棒が二本付いてワイヤーも伸びている。何に使うものだ?
ワイヤーを引っ張ると棒が左右に開いてビニールの羽が生えたように変形した。
「犯人はこれで逃げた。パラグライダーで」
ルカはそう言って窓の外にそれを投げ捨てた。
お前らが勝手に物を投げ捨てていいのか?
羽の生えたそれは海に向かって東の空を飛んでいく。
ちょうどその時ドカドカと警備員達が部屋に雪崩れ込んできた。
ルカとエルよりも大きな武器を肩にかけている。
見知らぬ俺に不振な視線を向けながらもルカとエルに状況を聞く。
「賊はどこに行きましたか?」
「空を逃げたわ!あれよ!このままだと海に不時着する。船で回収する用意があるのかもしれない!急いで追って!」
「空を!?了解しました!すぐ手配します!」
警備員達が回れ右をして出ていく。
なんというタヌキだ。けろっとして舌を出すルカ。
俺はそのやり取りの間汗だくになって棒立ちになっている。
よく誰も俺の存在に何も言わなかったな。
「すまない。助かったよ。だが、どうして俺を助けたんだ?」
「私達が追ってるのは窃盗グループ。あなたに構っている暇はないの。と言うかベイト達に捜索を手伝ってもらってる手前、その同行者が犯行を犯したなんて私達の立つ瀬がないでしょ」
「なんて理由だ・・・」
ある意味ベイト達に助けられたということか。
「でも私達の顔に泥を塗るのだけは止めてもらえるかしら?どんな理由でここに来たのか知らないけど、もう2度と変な真似はしないでちょうだい。それと、ついでだからあなたもいずれ私達の窃盗グループ逮捕に協力して。数日は宿泊場所でおとなしくしていて欲しいけど」
頷くより他ない。
「まーまー。そんなしょげることないよ。さー下に降りよう」
部屋を見せてもらいたいが、さすがにそんなことまでは言えない。
それにパッと見た感じ特に何も無い。
デスクには書類とハンコ。管理センターで見たような機械が置いてあるだけだ。
本当にリーヴァの部屋なのか。
剣を腰に戻し真ん中のエレベーターに乗り込む俺達。
手掛かりが掴めずしょんぼりする俺。カードキーも返さなきゃ。
「何があったの?」
「賊が侵入したそうです」
「私の部屋に?何か盗まれたの?」
「逃走にパラグライダーが使われたとか・・・」
エレベーターの外の通路で左の奥の方から声が聞こえた。
血液が逆流するかと思うほどに仰天した!
私の部屋・・・!リーヴァがそこに居る!正面の部屋ではなく左の部屋に居たのか!
俺はゆっくり閉まるエレベーターのドアの外に駆け出そうとした。
だが、俺の左右に立つルカとエルに肩を掴まれた。
「言ったばかりでしょ?」
「変な真似したらさすがに庇えないよー」
くっ!そうだった!だが、すぐそこにリーヴァがいるというのに!
ゆっくり閉まるドア。その隙間からリーヴァの横顔がチラリと見えた。
顔はやや後ろ向きでわからない。
青いイブニングを着ているようだ。
だがそんなものはどうでもいいくらいに目に留まる特徴がはっきり見えた。
身長が150から160くらいだろうか。その身長を優に越える長い髪。2メートルはあろうかという地面に引きずるほどのウェーブ掛かった髪が隙間から見える。
なんという運命のいたずらだ!もう少しあの部屋で待っていたのならバッタリ会っていたかもしれないのに!正面ではなく左の部屋に向かっていたらその場で会えていたかもしれないのに!
無情にエレベーターのドアが閉まり69階へと下がっていく。
意気消沈する俺。
だが、あの特徴は他で見たら絶対に判別できると言い切れる。声も僅かだが聞いた。
ここに来ることはもうできないだろう。別の機会を伺ってみるしかない。
その手掛かりにはなったと、今は満足するしかない。
俺のやることはこれで終わりではない。
あとはカードキーをレンダに気づかれる前に返さなければ。
俺が中央管理センターの男湯、女湯に向かうとルカとエルも一緒についてきた。
なぜついてきたのか言わないのが不気味だが、一刻も早く戻る必要があるので構うことができない。
俺は女湯の前に着いた。だが、ルカとエルが横で見ている。脱衣場に入ることはできないぞ?
これは不味い。
「ここで何をしてるの?」
「女湯の前で」
「いや、連れを待ってるんだが・・・。それよりベイト達は今日はもう帰ったのか?」
「帰ったわ」
「朝早くから手伝ってもらったからねー」
なんとか隙を見つけようとするがそんな隙なんてあるわけない。
しばらくしてルーシーとルセットがのれんから出てきた。
いつもの服ではなく浴衣という衣装を借りているらしい。
「あら?勇者様どうしたの?それに・・・」
「誰?」
ルカとエルを見て驚くルーシーとルセット。
ルーシーは公園で彼女達を見ているはずだが、警察が俺と一緒に居るということの方に驚いているのか。
「あなたもベイト達のお仲間?私はレーナ。刑事をやってるわ。よろしく」
「私はエレナ。同じく刑事。よろしくー」
初めて名前を知った。
「なにか?」
ルーシーは俺を横目で見ながら恐る恐る尋ねる。
「今は別に。後であなたにも協力してもらうことがあるかと思って」
「知ってると思うけど、窃盗グループのことでねー」
一応ホッとするルーシー。俺が取っ捕まったと思ったのだろう。いや、取っ捕まったのだが。
「私達が協力なんてする役目があるのかしら?ここは何でもありそうだけど」
「どうかしら」
「ここの島民は経験とフィジカルが足りないからねー」
「なんじゃい。何があったー」
のれんからレンダも出てきた。まずい。カードキーを返すタイミングが・・・。
レンダも浴衣を着ている。白衣は腕に引っ掛けてぶら下げている。
「なんだ。刑事さんか」
「なんだとは何よ」
「呑気だねー。東棟に侵入者が入ったのにさー」
「侵入者ー?」
ミネバ、ルカ、エルに似た人たちが談笑している。
ルーシーが倒した3人がルーシーの目の前で話してるってどんな絵面だ。
ルーシーも微妙な顔をしている。
俺はそっとレンダの後ろに近づいた。
そしてポロッとカードキーを床に落とした。
「あ、何か落ちたぞ?」
自分が落としたカードキーを拾ってレンダに手渡す。
「お、あぶねー。これがないとどこにも入れなくなるところだったよ」
俺の手からカードキーを受け取るレンダ。
ふー。なんとかバレずに返せたか。
エレベーターの方からドカドカと足音が聞こえてくる。
ドキッとする俺。
警備員達が俺達の近くに寄ってきた。
「主任。東棟に賊が侵入しました」
「あー。今刑事さんに聞いた。賊は捕まったのかい?」
「いえ、逃走中です」
「どこに?」
「海にとか・・・」
チラッとルカとエルを、いや、レーナとエレナを見る警備員。
「そうかい。じゃああとは刑事さんに任せたら?」
「はい。それで主任のカードキーで質問なのですが、お持ちですか?」
俺は汗がどっと出てきた。
「あるよ?」
受け取ったカードキーを見せるレンダ。
「賊が侵入した30分ほど前、主任のカードキーが東棟のエレベーターで使われていますが、使用した覚えがありますか?」
なんだって!誰のカードキーがいつどこで使われているか記録されているというのか!?
汗が流れ出る俺。
まずい。レンダのカードキーが盗難されて使われたというなら、その時間一緒に居たであろう俺達が怪しまれる!そしてずっと一緒にいなく、サウナにも入っていない俺がその最たる候補だ!
「あー。あるよ。行った行った」
「カードキーは登りに使われていますが、下りには使われていません。どうやって戻って来られたので?」
「相乗りしたんじゃなかったっけ」
「刑事さんと?」
「それより賊はどこから侵入したの?海から?空から?」
「まさかそれは・・・。いえ、調べてみます。失礼しました」
レンダがうやむやにして警備員を退けてくれた。
喉がカラカラになるかと思ったが、なんとか助けてもらった・・・のか?
それにしてもルカとエルと口裏を合わせていたのだろうか?いや、そんな暇は無かったはずだ。
思考のリンクを使わない限り・・・。
そんなことがありながらも、その後俺達は民宿への帰宅を許された。
俺だけはレーナとエレナから明日はおとなしくしていろと念を押されたが。
その帰路で疲れはてた俺達が話す。
「はー。サウナの後の方が汗かいちゃったわ。カードキーにあんな能力があるなんて」
と、ルーシー。
「なにやってるの?あなた達?」
「何か掴んだのか?」
ルセットとアレンが問う。もっともな質問だ。
「マリア達からリーヴァが研究所東棟最上階に居るという類いのヒントをもらっていた。確証はまったく無かったが。行ってみた。直接会えなかったが、閉まるエレベーターのドアの向こうにその姿がチラッと見えた。恐ろしく長い髪の女だった。地面に引きずるほどの」
「おお!もうそこまで近づいてたのか!」
「私達最後の目標ね」
俺の返答に驚くアレンとルセット。
「残念ながらもう研究所東棟に近づくことはできないわ。カードキーが手に入らないと駄目なのはもちろん。警備員にガッツリ怪しまれてるから今みたいにはいかない。奴があそこに居る限り私達はリーヴァに近づけない」
「居る場所が分かっているのに手が出せないとは、なんとも辛い状況だな」
「捕まらなかっただけ温情ね。だけどアイツらいったいなんなのかしら?」
「本人のようにも見える。が、そんなわけあるのか?」
「まさかとは思うけど、クリスに見てもらう以外に確認しようがないわね」
「レンダ、レーナ、エレナ。彼女達のおかげで助かったが、何かをさせるつもりのようでもあった。何かはめられてるということなのだろうか?」
「じゅうぶん気を付けないとね。雁字がらめになって身動き取れなくなっちゃわないように。窃盗グループというやつも調べておく必要がありそう」
「帰ったらベイトに聞いてみよう」
散々な1日になってしまった。
しかしリーヴァの後ろ姿。そこに辿り着いた。あと一歩の所まで。
セイラを未だ見かけないのは不審だが、思いもよらなかったアジトの捜索もここが終着地点というわけか。
だが、なんだろう?何か腑に落ちない感覚があるのは?
当初の想像と違いすぎて頭が付いてこれないのだろうか。
ロザミィが言ったこんなところにアジトは無いという言葉。
確かに一番星のような何もない島をこんなところと言うのは理解できる。
一番星で行方不明者が吊るされた木を消した理由。まったく不明。
ルカとエルが二番星で言ったこんな探し方では10年経っても見つからないと言ったこと。
見つかるもなにも堂々と三番星にある。言葉の意味は不明。
この島で過去にあったことを考えろというヒント。
この島というのは二番星のことか?三番星のことなら10年前にリーヴァがやって来たということに当てはまる。しかしそれは現在進行形で見ただけで分かる事だ。過去の事ではない。
やはり不明な点が多い。
全部俺達を騙す嘘だったというなら、まあ分からなくもないが・・・。
考え事をしながら民宿へと歩みを進めていった。
俺の判断は正しかったのだろうかとか、エレベーターで声を出してリーヴァを呼び止めればどうなっていたのかとか、今更考えても仕方ないことを。
ベイト達が戻っていたのはレーナとエレナに聞いて知っていたが、クリスが戻っているかは心配だった。
だがその心配は無かった。
フラウ、ロザミィ、クリスも戻っていた。みんなシノさんと一緒に夕飯の準備をして居間にいた。
「クリス。昼間通信装置で連絡したんだが、大丈夫だったのか?」
「え?勇者私に連絡したの?知らなかった」
大丈夫そうなのは良かったが、通信装置の受信もオフにしていたのか?
「クリス。あなたどこにいってたの?心配したんだから、今日こそ白状してもらうわよ」
「それより夕飯の支度が途中だよ。早く食べようよ」
「うーん」
ルーシーの追求に翻すクリス。
まあ無事だったのならそこまで早急に根掘り葉掘り聞かなくてもいいか。
円卓を囲み11人が椅子を並べる。今日の夕飯はすき焼きだ。
シノさんが肉を土鍋に浸して良い色になったらみんなの小皿に分けてくれている。
甘辛いスープと卵を割って頬張ると旨味が溢れてほっぺが落ちそうだ。
白いご飯もバクバク進む。
今日の俺の報告から始めた方がよさそうだよな。
さっきアレン達に報告したことをまたこの場で言った。
そしてルカとエルに似ているレーナとエレナに捕まり、ベイト達の信頼のおかげで助けてもらったことを。ミネバに似ているレンダにカードキー盗難を誤魔化してもらったことも。
「そんなことがあったんですか。決死の状況だったんですね」
「あはは!日頃の行いってのはやっぱり大事だなー!」
ベイトとモンシアが反応した。
「いや、まったく。ありがたかったよ」
「惜しい所まで行ったんだな。魔王の娘。全ての元凶」
俺とアデル。
「それで昼頃クリスにミネバが本当に似てるだけなのか見てもらいたかったったわけなのよ。なんだか本人しか知らないようなことを口走ったりしてたみたいだから」
「そうなんだ。多分別人だと思うけど明日見に行ってみる」
クリスが素っ気なくルーシーに答えた。
俺もルーシーもクリスに視線を送る。
なんだ?別人と思う理由が何かあるのか?
「まさか・・・。本人とは思えないですがね。レーナとエレナに関しても」
「そうだよなー。わざわざ本人が別人のふりしてそのまんまの格好で出てくるなんて意味が分からねえぜ」
「最初はビックリしてたけどな」
「そりゃそうだろ!死んだって聞かされてたんだから」
ベイト、モンシア、アデルだ。モンシアが最後声を大きくする。
「それと、窃盗グループについても教えて欲しい。いったいどんなグループなんだ?」
俺はベイトに頼む。
「まだ実態は掴めてないようですね。何週間か前、深夜に商店で窃盗グループによる窃盗がありました。それ以前から同グループによる犯行と思われる窃盗が続いていて、刑事達の張り込みと巡回でたまたま窃盗の現行犯でメンバーの一人を逮捕できたそうです。その男の取り調べから大規模な窃盗グループの存在が明るみに出た。逮捕された犯人は実行犯の一人で少数のメンバーがグループを組んで犯行を繰り返しているが、計画を指示する計画犯は別に存在するようです。グループ内のメンバーの身元を聞き出し、張り込んだり聴き込み捜索したりで順次メンバーを逮捕していますが、計画犯の情報は今のところ聞き出せていないようです」
レーナとエレナが俺を見逃してもいいくらい入れ込んでいるのはそちらの捜査に全力だからか。捜査官としてどうなんだとは思うが。
「昨日も言ったが、留置場から逃げ出した男がそれだな。メンバーから何か差し入れを受け取って脱走したらしい。差し入れっつっても、面会はできないようになってたからこっそり忍び込まれたんだな。警察本部にだぜ?それだけでも大事件ってわけだ」
「計画を指示するやつの差し金だろう。メンバーの身元を話されるのは困るってわけだな。手強い相手になりそうだ」
モンシアとアデルも続く。
なんか大きな話になってきてるぞ。
「昨日の朝、公園で既に判明している犯行メンバーをタレコミから居場所を特定して俺達が押さえたってわけだ」
「昼にも見つけて捕まえた。しかしまさかの今朝の犯行があったのは奴らの肝が据わってると言うべきか」
「犯行があったのは北東の小さな商店です。道に面したちょっとしたお店ですね。店舗と住居が一緒になってるような。そこで雑貨、菓子類、パンなんかが盗まれたと。正直盗みとしては大きな事件ではないのですが、起こったこと自体が警察の沽券に関わるというか」
ナメられてるということか。
「犯行の手口は?」
「商店が閉店して寝静まった後に馬車で横付けして人海戦術であっという間ということでしたよ。ゆえに人的被害は今のところ無いそうです」
「なるほど」
とはいえリソースは限られているので回り回って、というのはレンダの言葉だ。
俺達は食事を終え、各自命名の持ち場へと戻っていく。
そうして今日も俺とルーシーが最後まで居間に残ることになった。
本当を言うと、一度くらい3階の自分の部屋で休むのもいいかと思っているのだが、ルーシーの熱い視線がそれを妨げている。
ニッコリ笑うルーシー。
「それじゃあ私達も休みましょうか」
「ああ。そうだな」
「勇者様明日はお留守番ね」
「念を押されたからな」
「私はクリスとまた研究所に行ってみようと思うわ」
「ミネバのことか」
「それに結局プリン買いそびれちゃったし」
「あはは。そうだったな。楽しみに待ってるよ」
「それに・・・リーヴァのこと諦められないしね」
「おいおい。君までおかしなことするなよ?」
「うふふ。しないわ。今のところは。最後の手段として東棟職員からカードキーを頂戴して最上階に突入なんて選択もあるかもしれないけど、それをしちゃうとこの島での私達の立場はお先真っ暗だからね」
「それは避けたいなー」
「だから別の方法を考えてもみようかと思ってね」
「別の方法?」
「アポイントメントよ。今から取っても3ヶ月かかるけど、今日明日予定が入ってる人もいるわけでしょ?探して同行させてもらえるよう頼んでみようと思って」
「なるほど。難しいだろうけどな」
「やってみるだけやってみるわ」
俺達は2階のルーシーの部屋に歩きながら話していた。
隣のクリスの部屋のドアの前で立ち止まりルーシーを手で制した。頷くルーシー。
俺はクリスの部屋のドアをノックした。
返事がないが、どうしても今話しておきたい。
ドアノブを回すと鍵は掛かってないようだ。ドアを開けて声をかけてみる。
「クリス。寝てるのか?」
うつ伏せになっていたようだが、俺の方を向いて返事した。
「なーに?勇者」
「一応聞いておきたいんだけど、シノさんキシリアに似ているけど本人というわけじゃないよな?」
「魔人の変身能力を使ってるかってこと?違うみたいだよ」
「そうだよな。そうだったら最初に言ってくれるはずだもんな」
「そうだよ。きっとミネバもルカもエルも違う人だよ。セイラも違う人が居たんだから」
「え?」
セイラに似た人?
「それ、どういうこと?」
ルーシーも後ろで聞いていて部屋に入ってきた。
「私学校に行ってたでしょ?そこで生徒の授業をジーっと見てたらセイラが教室に入ってきたの。ビックリしたけど向こうもビックリしてた。不審者だと思って。その学校の先生でアルテイシアという別の人だった。別の部屋で二人で話してたらなんか良い雰囲気になって仲良くなった」
「なんでそれを早く言わないのよ」
「だって見た目が同じだけで魔人じゃないし、ちょっと裸になってたから」
「なんではだ・・・。まあいいわ。それで通信装置を外してたのね」
なんだってセイラの似た人まで出てきたのか。セイラ自身はまだ出てきていないのに。
「勇者。私悪いことしてないよ」
「あ、ああ。それは心配してないよ」
「隠してたこと怒ってない?」
「驚いたけど怒ってるわけじゃない」
「じゃ、じゃあ今日は一緒に寝ても良い?」
クリスがもじもじしながら聞いてきた。
ルーシーが俺の腕を引いてふくれる。
「なーに?後ろめたくて遠慮してたってわけ?しょうがないわねー。私が予約済みだけど、一緒に寝てあげる」
「うん。いいよ」
「いや、さすがに3人は狭いんじゃないかな」
「寝袋よりはマシよ!」
「そうだよ。マシだよ」
どうせ俺はどんな体勢でもすぐに寝れるからいいか。
いいのかな?
クリスの隠し事が少し分かったのでスッキリした。
明日は暇な1日になりそうだ。
二人に圧迫されながら、その日は終わった。




