35、三番星
最後の島。三番星に近付く勇者達。いったいどんな島なのだろうか?
金髪のルーシー35、三番星
一番星から始まったセイラ達のアジトの捜索もこれで最終段階に入るだろう。
何せ探す場所がもう無いのだからここに有るに違いない。
いったいどんな島なのだろうか。
イビルバスを出発して5時間。朝の10時くらいになった。
今はどこを航海しているだろう。
俺は第二甲板の客室の二段ベッドに1人横になっていた。
まだ精神的に堪えている俺はみんなと話す余裕がない。1人になりたいと思い、黙ってここに引っ込んでしまった。
それにこの部屋はキシリアにアジトの場所を聞いてしまった曰くの場所でもある。
俺は俺の愚かさに楔を打つべく、この場所で自分に向き合わせていたかった。
果たしてどれくらい効果があったか疑問だが、しばらく休めた。そろそろみんなと合流しよう。心配させてもいけない。
階段を上がりいつもの部屋に戻る俺。ノックをしてドアを開けるとベッドでフラウ、ルーシー、クリス、ロザミィが眠っていた。
時間は10時だが明け方まで捜索をやっていたんだ。もう少し眠らせておく方がいい。
そうでなくても肉体的精神的に消耗しているのは俺ばかりではあるまい。
起こしてしまうと悪い。俺は開けたドアをそっと閉じて、ラウンジにでも行こうかと思った。
ルーシーがムクリと上半身を起こして俺を見た。
「勇者様どこ行ってたの?」
「あ、起きてたのか。ちょっと1人になりたくて第二甲板の客室に・・・」
小声でありのまま答えた。ルーシーに隠し事はできない。
「そうだったの。つらい思いをしちゃったもんね」
まだぐっすり眠っている他の3人を見ながら、ベッドをそっと出るルーシー。
「私と一緒に居てもいい?」
「いいけど、まだ休んでなくていいのか?」
「勇者様が居ないと眠れないわ」
「そうだったな。って、寝てないのか?」
「私のことはいいのよ。それよりお腹空かない?」
「ああ。中途半端な時間になってしまったが、朝食にしようか」
ルーシーが部屋を出てきて今度は階段を降りて食堂に入っていく。
食堂には船員が数名食事をしていた。俺達の食事の途中で慌ただしく出ていき結局俺達二人だけになったが。
メニューはピザ風にチーズとベーコンとピクルスを乗せて焼いたトーストだった。
チーズの香りと風味が食欲をそそる。野菜のスープで喉も潤う。
食事をしながらルーシーと話をしていた。
「最近あんまり落ち着いて二人になることなかったわね」
「そうだっけ?まあ、仲間も増えたしな」
二番星捜索で二人になった時以来かな。
「いよいよセイラ達と決着がつくのかな。君はどう思う?」
「この戦いを始めた当初から覚悟はしていたけど、実際になるとやりきれないわね。残りはもう魔王の娘リーヴァ、セイラ、マリア、ファラ、カテジナの5人。いやロザミィも合わせると6人か。なんとか戦わずに話し合いで解決できれば良いんだけど、向こうもそういうわけにはいかなくなってるでしょうね」
マリア達か。彼女達にも温泉島で親切にしてもらった記憶がある。
戦わずにというのは切に思う。
「勇者様はアジトが三番星にあると思っているの?」
「え?それはそうなんじゃないか?この付近にあることは間違いないんだろう?だったら今まで無かったんだから次しかある場所がない。まさかその前提自体が嘘だったらゲームにならないんだがな」
「セイラの挑んできたゲームね。どこまで信用していいんだか分からないけど、問題がまだ何も解決していないのよね」
「ロザミィが言ったこんな場所にアジトは無い、ってやつか」
「そう。そしてルカとエルのこんな探し方じゃというような言葉。2つのヒント。二番星にアジトは無いというのはともかく、過去に何があったか考えろと言ってたんだっけ?」
「そうだったな。それも全く意味が無かったわけなのか」
「一番星で行方不明者が吊るされていた木が消されたことだって意味が無かったことになるのよね。もしも三番星にアジトが普通に有ったのなら」
「温泉島での宝探しだってそうだよ。あれに意味があったとは思えない。もしかしたらセイラは俺達をおちょくって遊んでいるだけかもしれない」
「うーん」
「まあ、それも三番星に着いたら分かるだろう」
「そうね」
朝食を平らげた俺達は長居もなんなので早々に食堂を出た。
「そろそろ島が見えるかもしれないわ。デッキに出てみましょうか」
ルーシーがそう言ったので、そのようにした。
階段を再び上がり連絡通路のデッキ側のドアを開ける。
強い日射しが頭上から降り注ぐ。
室内の暗い明かりの下にいたせいか目眩がするような眩しさだ。
ルーシーも目を片方閉じて手で陽を避けている。
「眩しいわね」
「寝起きには辛いな」
別に寝起きではないのだが。そういう感じの眩しさだった。
だがそんなことはどうでも良かった。
デッキにはベラや船員が騒然として突っ立っていた。
ベイト、アレン、ルセット等の戦闘員組はまだ部屋で休んでいたようだ。
何かあったのかとベラに近づいて聞いてみた。
「どうかしたのか?」
言い終わる前に俺も唖然とした。
それを見れば立ち尽くしもする。
海の向こうには三番星がすでに見えていた。
二番星より小さく、一番星より大きいくらいか。つまり全長7キロメートルほどの大きさということか。
おそらく完全な平地だろう。山も岡も崖もないだだっ広い平地。
海域の中心に向かって島が削れているように崖が見えるが、一番星や二番星のように高い崖ではない。
おそらくというのは、見える範囲でしか計れないからだ。向こう側が見えない。
その島に建っている大きな建物のせいで。
無数に生えていると言ってもいいくらいに、長方形の高い建物が島全体に建ち並んでいる。
「街がある・・・」
生唾を飲み込みながらそう呟くのがやっとだった。
「思わぬ遠回りをしちまったもんだね。まさかこんなに堂々と住みかを作っていたなんてね」
ベラが俺に答える。
住みか。街があるんだから誰かが住んでいるに違いない。
それが誰かと言われればセイラ達しかあるまい。
俺は自分でもここに有るはずだと言っていたばかりだったが、何か違和感を禁じ得ない。
そんなことがあるのか?
想像していたものと違いすぎる。
ルーシーを見てみた。彼女も俺と同じように浮かない顔をしている。
「クリスに見てもらわないと何とも言えないけど、あれをセイラ達が作ったというのは信じがたいわね。たった20人が住めばいいだけだったはずのアジトが、あれほどの規模で作られてるとは思えない」
しかし能力的には不可能ではない。ロザミィは一瞬でログハウスを作って見せた。
ならば時間とやる気とエネルギーさえあれば街一つ作り出すのも可能と言えば可能なのだろうか。
デッキの上で徐々に近づいていくその街を見ながら佇んでいる俺達。
次第に戦闘員組のメンバーもデッキに上がってきた。
ベイト、モンシアが出てきて言う。
「寝過ごしてしまいましたかね」
「なんでいなんでい、鳩が豆鉄砲食らったような顔してやがんな」
「あれはいったい何ですか?」
「うおぉ!こいつは・・・豆鉄砲じゃ済まねえな・・・」
アレン、アデルも同様に三番星を見て驚く。
「こいつは驚いたな。俺のじいさんの話じゃ、島に街があったなんて聞いたことねえんだがな」
「上陸してみないと分からないが、とにかく今までの捜索とは別物になりそうだな」
ルセットも起きてきた。
「うーん。頭クラクラする。徹夜は体に堪えるー。みんなおはよう」
そういえば朝の挨拶なんてしてなかったな。
「おはよう」
みんな口々に答える。
「あれ見ても感想ないのかい?」
ベラが島を一目見て顔を背けたルセットに半笑いで尋ねた。
「島ね」
「アハハハ。確かにな」
アレンが呆れたように笑う。
お待ちかねのクリスとロザミィ、フラウが最後にデッキにやって来た。
「勇者どこに行ってたの?」
俺を見て開口一番にクリスが迫ってきた。
俺の事は今はいいから・・・。
「あ!凄いです!もう島が見えますよ!」
「へー。ホントだー。私が引っ張って行かなくてもちゃんと進んでるんだー」
フラウとロザミィが呑気に感想を言った。
ロザミィのリアクションを注視していたが、まったく変な反応はない。
何を考えているのか分からない。
アジトが目の前に迫っているんだ、焦りだとか困惑だとか、何かあってもよさそうだが。
まるで観光地の旅行者がスポットを観光しているように街を眺めている。
「クリス。あの建物って、魔人の能力で造られたものなの?」
ルーシーがさすがに痺れを切らしてクリスに質問する。
「違うみたいだよ」
クリスは事も無げに答えた。
何だって・・・!?
俺達一同はデッキで顔を見合わせる。
前提が崩れてしまった。
当然あれはセイラ達が作ったものだと考えていた。
ということはあの街は元々有ったものなのか?
「待て待て待て!さっきも言ったがこの星の屑諸島に街があったなんて話は聞いてねえ」
「と言うことは何かい?魔王歴の40年間、船が海域を航行できない間にあの街が造られたってのかい?いったい誰が?」
アレンとベラが誰にともなく口を開く。
あそこに住んでいたもの・・・。セイラ達が能力を得たのはつい最近。ここにやって来たのも一月ほど前だろうか。
それ以前にここに居たとなると1人しかいない。
魔王の娘リーヴァだ。
その能力は不明だが、魔人に能力を与えた人物だ。どんな能力でもおかしくはない。
「確か温泉島は人工物でできているとフラウが言っていたな」
「そうでした。でも崩れ具合から相当以前のものだと思います」
俺とフラウが話す。
今現在そこに存在するこの街とは関係ないのか。
まだ上陸もする前から頭が混乱してきた。
調べてみないかぎり答えなんか出るわけもないが。
「ねえ勇者。ミネバとキシリアの残していったものどうしよう」
「ん?残していったもの?」
ぜんぜん関係ない話をしだすクリス。
混乱していてパッと思い付かない。
「ミネバが部屋に薄い絵本置いていったけど、あれどうしよう」
「う、うーん・・・どうでもいいんじゃないかな・・・」
ろくな内容ではないだろう。
「じゃあ私がもらってもいい?」
「ああ、いいと思うよ」
「アレンはいらないの?」
突然アレンに話を振るクリス。
「いや・・・それをもらってもな・・・」
さすがに困惑するアレン。ミネバとの思い出にしたって物が物過ぎる。
「じゃあサンダーダンサー40巻だけもらったら?」
「ああ・・・それならいいか。あいつが作った辛い料理とダンスのシーンでも見ておくか」
ちょっとしんみりしてしまうな。妙な人物だったが、居ないと寂しいものだ。
「勇者はキシリアの遺品をもらっておく?」
キシリアの遺品・・・。
ドキッとしてしまう。まだ俺の中でその事は消化できていないようだ。
信じられないでいる。
だが、キシリアに遺品なんてあっただろうか。
大剣はデカすぎて持ってこれなかった。キシリアが変化させたものはキシリアしか戻すことはできない。あの大剣はあの島で錆びて朽ちるまでずっとあそこに放置されるのだろう。
「これ。キシリアのスーツとパンツ」
クリスがどこからともなく、地面に落ちていたキシリアが着ていたダイバースーツと下に穿いていたのであろう下着を出した。
そんなものをもらってどうしろと言うんだ。
故人の衣服というのも辛いものがある。
「もー。クリスお姉さん、キシリアお姉さんが人前でわたくしのパンツを晒さないで下さいって言ってると思うよ」
ロザミィがキシリアを代弁している。
「そうか。まだ使えると思ったけど、どうしよう」
「クリスお姉さんがもらっておけば?」
「うん。そうだね。ミネバの絵本もまだミネバは全部読んでないと思うから、今度会ったとき内容を教えてあげなきゃ」
内容はおそらくアレだが、クリスのいじらしい言葉に涙ぐましい思いがする。
「もー。クリスお姉さん、ミネバちゃんはもう全部読んだって言ってると思うよ。でもコレクションで取っておきたいからそのまま持っててって言ってると思うよ」
「そうか。全部読んだんだ。200冊くらいあったのに」
「ニュフフ。あたしにかかれば一晩あれば余裕で読めるわって言ってると思うよ」
代弁というか復唱しているかのような本人っぷりだ。
確かにそんな感じで言いそうだ。
それからしばらくクリスとロザミィ、フラウなんかがキャッキャ言いながらデッキではしゃいでいたが、徐々に島に近づいて行くにつれ、俺達の混乱はさらに大きくなっていった。
誰が造った街にしろ住んでいるのはセイラ達5人のはずだ。
どんな建物が建っているにせよ廃墟同然の打ち捨てられた街だろうと想像していた。
しかし間近に見えてくる島の手前には船着き場にヨットだとかボートだとか停泊しているのが見える。数も多い。
さらに驚いたのは人影のようなものも見えたことだ。
あれは誰だ?セイラ達ではなさそうだ。住民?人が住んでいるのか?そんなまさか。
いつものように、クイーンローゼス号は沖合いに停泊。救命艇での接岸となるのだが、今回は船着き場に停めれそうだ。
俺達戦闘員はとりあえず様子見で手近な武器だけ持って上陸してみることにした。
食料だとかテントだとか野営の道具は置いていく。
ちょっと人数が多いが、俺、ルーシー、フラウ、クリス、ロザミィ、ベイト、アデル、モンシア、アレン、ルセットの10人が救命艇に乗り込む。
ルーシーの手に見馴れない武器が握られていた。
「前回は水中だったから使えなかったけど、今度は使わせてもらうわよ」
「ファイヤークロスボウね。あなたがそれを使えば百人力だわ」
ルセットが作った武器のようだ。百人力のお墨付きを頂いているからには、ルーシーの射撃の腕は承知されているようだ。
救命艇はのどかな雰囲気の島へと近づく。
木製の桟橋は綺麗に磨かれていて打ち捨てられた感じはない。
そこに船を繋げてぞろぞろと上陸する俺達。
同じく木製の板で周囲を囲んでいる船着き場にはヨットやボートが波に揺れている。
背の高い大きなボートからおじさんがひょっこり顔を出して俺達に声をかけてきた。
「よう。あんたらあの船から来なすったんかい?この島に人が来るのは珍しいねぇ」
ここが普通の街ならなんてことはない住民のやり取りなのだろうが、俺達はぎょっとしておじさんを見上げる。
人がいる。
セイラ達が変身して化けているようではないが・・・。
クリスを見たが、まさかという感じで首を横に振った。
ということは本当に住民がここに住んでいるということなのか?
手近な武器だけとはいえ、物々しく武装してきた俺達が完全に場違いな雰囲気だ。
ルーシーが先頭に立っておじさんに返答する。
「私達はローレンスビルからちょっと探し物をするためにやって来たんだけど、おじさんはここに住んでるの?」
「んあ?ああ、そうだよ」
「驚いたわ。無人島だと思っていたから」
「はっはっはっ。宝探しにでも期待して来たんなら残念だったな。なーに。人間なんてどこにでも住もうと思えば住めるんだよ」
「ねえ、もっと話を聞かせて欲しいんだけど、いいかしら?」
「んー。この街の事が聞きたいなら役所にでも行って聞いてみたらどうだい。俺もそろそろ船を出して遊覧としたいからな」
「そう。それじゃそうするわ。ありがとう。役所ってやつの場所は・・・」
「案内板に書いてあるから分かると思うよ」
「分かったわ。ありがとう」
おじさんは手を振ってボートの影に頭を引っ込めた。
俺達は真顔で桟橋に立ち尽くしていた。
まだ状況を理解できないでいる。街があって人がいる。
クイーンローゼス号はいったいどこに到着したんだ?
航路を外れて別の島にでもやって来たのか?それともセイラ達の能力でいつの間にか別の海域にでも飛ばされたのだろうか?
まったくの予想外の状況に戸惑うばかりで考えがまとまらない。
「ここでじっとしてても始まらないし、おじさんの言う通り役所に行ってみましょう」
「救命艇はここに置いておいて大丈夫かな?」
「こんだけ船があんだからこれだけ盗まれたりゃしねーんじゃねーか」
ルーシー、俺、モンシアが話し、みんな納得した。
船着き場から通りへと上陸する。
黒いアスファルトの二車線の道路に白い石畳の歩道が左右に通っている。
その歩道に面して何かの店舗が並んでいる。
店には店員や客などが会話しているのが見える。
見馴れない風景ではあるが、街であることに間違いなさそうだ。
所々にポールのようなものが立っていて看板がついている。
役所はあちら、病院はあちら、図書館、体育館、学校、配給施設、警察、研究所、農園、民宿等の場所が案内されている。
色々あるようだ。
「この狭い島でこれだけ揃ってるなんて信じられないわね」
「これ見て。農園が建物の10階以上にあるみたいよ」
「体育館ってなんだろう」
「図書館にどんな本があるのか気になりますね」
それぞれ気になるものがあるようだ。これでは完全に観光に来た団体さんだ。
「じゃあこうしましょう。一ヵ所で固まっていたって情報は多く得られないわ。私と勇者様は役所に行ってみる。他はあちこちを散策してみて。民宿ってのがあるみたいだから、そこで落ち合いましょう。時間は特に指定しないけど暗くなる前くらいには帰ってきてね」
ルーシーがみんなのやりたいように自由行動を勧めた。
「だが、大丈夫なのか?セイラ達がどこかに潜んでいるかもしれないぞ?」
「そうね。通信装置をそれぞれグループに渡して何かあったときは連絡取りましょう」
ということで、俺とルーシーのグループ。フラウ、クリス、ロザミィのグループ。ベイト、アデル、モンシアのグループ。アレンとルセットのグループで別行動とることになった。
「へー。何にもない岩場よりは探しがいはありそうだがよ。迷子になっちまいそうだな」
「別世界にでも迷い混んだようですからね。気を抜かないで下さいよ」
「警察と病院とやらに行ってみるか。問題が起こるならこの辺を探ってみると分かるだろう」
モンシア、ベイト、アデルは早速南にある横に平たい大きな建物を目指して歩いていった。
「じゃあ私達は研究所と農園が近くにあるこの辺を見てみましょう」
「高い建物だな。入れてもらえるのか?」
「うーん。どうしても見てみたいわ」
ルセットとアレンは東側にあるこの辺を見るようだ。
船から見た高い長方形の武骨な建物がいくつも生えている。
「図書館や学校、体育館なんかは同じ区画にあるようですね。そこに行ってみませんか?」
「フラウが行きたいならいいよ」
「わー。学校ってどんなところだろう」
フラウ、クリス、ロザミィは北西にまとまっている施設に行ってみるようだ。
俺とルーシーは中央の役所とやらに。
綺麗に整備された道があちこちに続いていて、その左右に2階建ての民家や店舗が軒を並べている。
大きな建物が見えてきてその周囲の広い空き地には池垣や街路樹がある。通りも綺麗に整備されていたが、ここは見た目にも癒される空間だ。端には馬車が待ち合いの客を乗せていく準備中。
時間がまだなのか、近くにご婦人方が数人屯って雑談に花を咲かせている。
モンスターを除外すると、この星の屑諸島に来てから動物を初めて見た気がする。人間だってこんなに普通に過ごしているのはビックリだが。
見るもの全てに圧倒されながら、それを横目に役所のガラス戸に入っていく。
役所は砦のような外観だが、作り自体はモダンな建築技術が使われているようだ。
古い建物ではない。少なくとも100年以上の古めかしいものではなく、古く見積もっても築10年は経っていないのではないかという真新しさだ。
内部は手前側に待ち合いの座席が並んでいて来訪客がまばらに陣取っている。奥には受付のカウンターに綺麗なお姉さんが座って住民の対応を丁寧にしている。
俺達はどこでどうしていいか迷った。
なんとも平和そうなおっとりとした雰囲気で、腰の剣や、背中のクロスボウが場違い甚だしい。まるでこっちが仮装でもしているようだ。
ボーッと立ち尽くしていると、受付の奥からお姉さんが出てきて声をかけてくれた。
「どうされましたか?何かご用でしょうか?」
俺とルーシーは顔を見合わせる。
どこから聞けばいいんだろう。
「あ、ええっと・・・」
「私達たった今島の外から来た者なんだけど、この島に街があること自体知らなくて、ちょっと面食らってる所なの。良かったらこの島のことを教えて欲しいんだけど、聞いてもいいかしら?」
と、ルーシーが結局聞いた。
「えー。大変だったでしょう?ではここではなんですし、座れる場所をご用意しますのでちょっとお持ち下さいますか?」
警戒する様子もなくお姉さんはそう言って一旦受付の奥に戻ると、奥で数人と話し合ってから俺達の元に再びやって来た。
「こちらへどうぞ。会議室なのであまり見た目はよくないですが」
すぐ横にドアがあってそこに通される俺達。
狭い室内にテーブルと椅子が置いてあるだけであとは一面窓ガラスの殺風景な部屋だった。
もちろん俺達はこの際どんな部屋でも構わないのだが。
「私はネネカと申します。特別街に詳しいというわけではありませんが、一般的なことなら答えられると思います。よろしくどうぞ」
「ありがとう。助かるわ」
椅子に座って対面で会話が始まる。
どんな話が聞けるのだろう。
「えーっと、ではまず基本的な情報を。街の名前はアマルテアといいます。町長はカガチさんが長年勤めています。町長と言ってもどこの国に属しているというわけではないので実質的には首脳という感じです。お聞きしたいのは私達がいつからこの島に居るのか、どうやってここで街が造られたのかということですよね?」
「察しが良いわね。聞かせてもらえるとありがたいわ」
「数ヶ月前まで黒い霧によってモンスターが近海を徘徊していましたが、実はこの島自体にモンスターは上陸してこなかったんです。長年ずっとそうでした。ですから私達がその間危険に晒されるということはありませんでした。私達はおそらく何世代も前からここで暮らしています。モンスターが現れるずっと前から」
アレンの話と食い違う。とは言ってもアレンのおじいさんがただ知らなかっただけというだけのことかもしれない。しかしこんな街があって気づかないとは思えない。
「私も起こりは詳しくしらないんです。海に投げ出された人々が逃げ延び辿り着いた先がこの島で、そこから少しずつ人が増えていったという説もあります。今はどうなのか分かりませんが、昔はモンスターが居ても果敢に海を渡ろうとした船乗りも多く居て、結果的に座礁しこの島に流れ着くというようなことが少なからずあったといいます。その時の船の資材なんかがこの街の原型を作ったとも」
なるほど。街が作られたのがモンスター出現以降ならアレンのおじいさんが見てなくても不自然ではない。
とはいえ座礁した船の資材だけでこんな立派な街が作れるのだろうか?
アルビオンの城下町なんかより未来的で見違える景観だぞ。
最先端と言ってもいいローレンスビルよりもさらに進歩している感じだ。
「このような立派な街ができたのはほんの十数年くらい前なんです。その時から大きなビルが建つようになり、道路も整備されはじめました。私の子供の頃とは別物の街になってしまいましたね。子供の頃は少ない資源で遣り繰りして貧しい生活でした」
やはりこの建物も古いものではないようだ。
「それはなぜ?10年前にいったいなにがあったの?」
「そこが気になりますよね?やっぱり。でも私も分からないんです。私だけじゃないと思います。なぜ急に豊かになったのか。今では食べるものも着るものも、住む場所も困りません。まあ、狭い島なんで制限はもちろんあるにはあるんですが」
肝心な部分は不明か。
「看板に配給施設とかいうのがあったけど、それって住民の食料とかを配ってるっていうの?」
「そうなんです。最低限のお金と食料は住民全員が保証されています。税金もいただくことになりますが。それ以上を望むならこうやってお仕事をやって、そのお給料で上澄みができます。自由に商売やらお買い物もできるんです」
「食料とか・・・どうやって作っているというの?結構な住民が居るように見えるけど・・・。この島に作物が採れる場所はなさそうだけど?」
「農園で全てまかなっております。そこのところは実際に見てもらった方が早いのではないかと思いますが」
理想の街というように見える。その制度ができたのも10年というところだろうが、住むだけで最低限の暮らしが保証されというのは俺達からすると信じがたい。
だが、少しこの島のことが掴めた。
俺達は受付の女性にお礼を言ってそこを離れることにした。
観光案内や各所の見学ツアーを勧められたが後にすると言って断った。
民宿があるという南西の方角に歩みを進める俺達。
「勇者様何か気になった?」
「遥か以前から人は住んでいた。街と呼べるものはまだ無かった。そもそも魔の海域と呼ばれていたほどだ、少なからず行方不明になっていた船はあったんだろうが、その船の行き着く先がここだったとも想像できる。40年前のモンスター出現で、それまでよりむしろ人が多く流れ着くようになった。彼女が子供の頃まではやはり街は無かった。10年前に突如世界でも希に見る文化の躍進が起こる。そんな話だったな」
「まず40年間モンスターがこの島に寄り付かなかったという話の理屈が通らないわね。今となっては検証不能だけれど」
「そして10年前に何が起こったか。魔王の娘が何歳でいつこの海域に現れたのか知らないけれど、セイラ達にあれほどの能力を与えたからには、本人も相当な能力を持っていると考えられる」
「船の乗客に紛れてこの島に入ってきたという可能性はあるわね。そして能力を駆使して街を繁栄させた」
「そうか、そうなると俺達はここの住民を敵に回してしまうということになるかもしれないのか」
「島の繁栄がリーヴァの能力によるものだとしたらね。でも少なくとも今の受付の女の子は知らないようだったけど」
「それに、恐ろしいことに気づいたぞ」
「なーに?」
「今までは無人島で誰に気兼ねすることなく捜索を行っていたが、ここは街だ。建物には所有者がいる。勝手に入ったり探したりは難しい。人工物や住んでいる形跡なんてゴロゴロしている。いったいどうやってこの街で奴らのアジトを探せばいいんだ?」
「うーん。なるほど。木の葉を隠すには森に隠せという話があったけど、アジトを隠すには街に隠せということなのね。これは厄介になりそうだわ」
もしリーヴァがこの街で重要なポストを担っているのなら、今居た役所のどこかの一室で澄まし顔で座っていてもおかしくはない。だが、今武器を持って役所の部屋全部をしらみ潰しに調べあげるという行為は現時点では憚られる。
他にどこにも居なく、彼処しかないという判断が下ったのならやらざるを得ないかもしれない。あまり考えたくはないが。
そもそもリーヴァの顔を俺は知らないので見分けがつかない。
これは参ったぞ。
捜索にどのくらい日数がかかるかまったく見通しがたたない。
暗澹たる思いで整備された道を歩いていると、通信装置からクリスの声が聞こえてきた。
『勇者聞こえてるの?私達の見てる学校で凄いものがあるよ。勇者も見に来るといいよ。勇者好きそうだよ。』
凄いものってなんだ?と思ったがその言い方はなんか嫌な予感だな。
「一応聞いておくけど、何があったんだ?」
『女の子達が黒いパンツみたいなの穿いて運動場でかけっことかしてるよ。勇者見たい?』
「おいおい。そんなわけないだろ。変なこと言うなよ。あとベイトやルセットも聞いているんだから分かってるんだよな?」
『そ、そんなの知ってるよ。』
ブツンとクリスからの通信は切れた。
『いやー。聞いてていいか迷いましたよ。ハハハ。』
『かわいいから続けても良かったのに。』
ベイトとルセットが通話してきた。
送信は手動でオンオフ、受信は常に開いている状態になっている。
これに関しては俺達が最先端を行っているな。他人の技術を使っているだけだが。
「今から民宿で寝泊まりできる場所を探すよ。捜索は困難が予想されそうだ。みんなもできるだけ情報を集めて来てくれ。後で話し合おう」
『了解。』
『分かったわ。』
民宿がいくつか軒を並べている区域があって、看板が表に立てられている。
8名様宿泊可能とか、キッチン完備とか、月契約で最大30%割引とか、見取り図と共にお値段が書かれている。
ゴールドでの支払いに対応しているようだ。とりあえず安心。
「勇者様、ここ良いんじゃない」
ルーシーが看板を指差す。
3階建ての白い綺麗な家だ。パッと見は普通の民家なのは当たり前か。外観はこの際どうでもいいのだが。
「10部屋で団体様宿泊可能か。半端な人数で複数借りるよりはありがたいかな」
「ちょっと見学させてもらいましょうか」
「そうだな」
すぐ隣の1階建ての小さな家に大家さんが居るようだ。
そこのドアのチャイムを押す。ピンポーンと音がしてパタパタと中から足音が聞こえてきた。
「なんだか私達新居を探してる新婚さんみたいね」
「ハハハ。子供は8人ご予定かな?」
「もう。勇者様ったら、我慢できないんだから」
「何の話だよ」
ドアがガラリと開き中から綺麗なお姉さんが出てきた。
「はい?何かご用でしょうか?」
エプロン姿のお姉さんはセーターと膝下までのヒラヒラのスカートを下に着ていた。
「え、えーっと・・・」
「悪いんだけどそこの民宿の中を見せてもらえないかしら?私達みんなで10人になるんだけど、そこに寝泊まりできる?」
ルーシーが結局聞いた。
「はい。どうぞ。備え付けのベッドはお2階の5部屋になりますけど、簡易式のベッドでよろしければ3階にも寝泊まりできると思います。鍵を持ってくるので少々お待ちを」
女性はパタパタと中に戻って行った。
「勇者様。可愛い女の子とか綺麗なお姉さんとかに見とれて吃り過ぎよ」
「そういうわけじゃないが・・・。よくルーシーは言いたいことがまとまって口から出てくるな?なかなか想定してた状況じゃないぞ」
「突然美人が出てきてタジタジになっちゃうってこと?もー、勇者様ったら」
「違うというのに」
お姉さんがパタパタとサンダルを突っ掛けて表に出てきて民宿のドアを鍵で開けた。
「どうぞ。お気に召すか分かりませんがご自由にご覧下さい。掃除は一週間に一度やっています。お泊まりの際も私やりますんで、もし必要ないのであれば事前に申して下さい」
「ありがとう。とりあえず見せてもらうわね」
玄関を入ると壁越しに広いリビングがあり、奥にキッチンもある。右手に階段が。階段の下のスペースにトイレと浴室もあった。
リビングは特にこれといった装飾はない。棚に花瓶があって、何かの花が生けてある。
中央に広い重厚そうな丸テーブルと椅子がグルリと10脚囲んでいる。
円卓の客だな。
他に低く四角いテーブルとソファーも横に置いて寛げるようになっている。照明も明るい。
2階に上がると折り返して廊下があり、左手に5つの部屋のドアが並べている。
部屋はベッドと箪笥、机と椅子だけ。寝るにはじゅうぶんだろう。
3階も同じような作りで、ベッドは無かったが簡易式のベッドとやらで、折り畳んでいたものを組み立てれば遜色ない寝床になるようだ。
敷き布団を敷いて上に寝転ぶとしっかりしていた。
「どうだ?」
「良さそうね」
俺はルーシーに聞いた。ルーシーも感触は良さそうだ。
後ろでオドオド見ていた大家さんにルーシーが口を開く。
「ここ借りたいんだけど、私達島の外からやって来た観光客なの。何日滞在するかも今のところ決まってないんだけど、それでも貸してくれるかしら」
「ええ。大丈夫です。ご利用ありがとうございます。あのう・・・申し訳ないのですが、前金を一部お預かりして、最後の清算はここを離れる時にということになっているんですが・・・」
「もちろん払わせてもらうわよ」
大家さんは恐縮しながら前金を受け取った。
「滞在中のお食事なんかも必要でしたら私がお作りしますので、必要に時に必要な分言ってくださればその都度申して下さい」
なんか色々悪いな。そこまでしなくても。
「大丈夫よ。勝手にやっておくから」
「左様ですか。私シノと申します。よろしくお願いいたします」
表の看板には勇者ご一行様滞在中と貼り紙が貼られた。
シノさんは日のあるうちにと布団を干したり、あとの部屋の簡易ベッドを作り始めたり、掃除を一度やっておこうとしだしたり、甲斐甲斐しく働き始めた。
俺達もそれを手伝った。
「ねえ、不躾な質問で答えなくてもいいんだけど、シノさんはお一人で隣に住んでるの?」
「え?ええ。そうなんです。お一人で」
「さらに不躾で悪いんだけどシノさんいくつなの?凄く若いように見えるけど、大家さんってなれるものなの?」
「若くはありませんよ。でもここの土地と建物を預かってお仕事を始められたのは幸運でした。前の方が別の仕事に転職して空いた役職を抽選で希望者の中から選ぶんです。ここは仕事も土地も限られてるので、何でもできるというわけにはいかないんです」
「ふーん。で?いくつなの?」
「そんなに気になります?30代です・・・!」
「えー。見えなーい。ね、勇者様?」
ベッドを組み立て中にルーシーがシノさんにいらないことを聞いていた。突然俺に振るなよ。
「ん?うん。とても可愛らしいですね」
「そんな・・・」
「可愛いかどうかは聞いてないわよ」
同じことじゃないのか。
「でも観光客なんて居ないでしょう?借りる人いるの?」
「ええ、旅行気分でどこかの会社の団体さんが入ったり、学生さんが合宿で使ったり、意外と繁盛はしているんですよ」
「へー。面白いわね。この街のことが色々聞けて」
なんだかこの大家さんのおっとりした感じがキシリアに似ているような気がしてドキッとした。
何を考えているんだ。感傷に浸っている場合ではないというのに。
ルーシーはその後もシノさんとおしゃべりをしていた。買い物はどこにだとか、キッチンの使い方だとか、お風呂の使い方だとか。
ルーシーはしっかりしたお嫁さんになれそうだ。
見た目の気品に満ちたお姫様っぽさとは違って生活感か染み付いている。
俺がボーッと二人を見てるとルーシーがイタズラっぽく笑ってこっちに振ってきた。
「なーに。勇者様。勇者様もちゃんと聞いてよね」
「あ、ああ。ごめん」
そんな感じでみんなの帰りを待つ事にして、ルーシーとシノさんは食べ物の買い出しに近くのスーパーに出かけた。
俺はみんなをこの家へ案内するために残ることに。通信装置と看板で事足りるとは思うが。
部屋に一人で居ても仕方ないので周辺をブラブラ散歩してみた。
そうだ、みんながいつ戻るかちょっとこちらから聞いてみるのもいいかな。通信できるんだから待ち惚けしていることもない。
そんな事を思いながら通りを歩いていると、後ろから声をかけられた。
「勇者君。やっと来たんだね。待ってたよー」
「温泉以来だね」
「覚えてないんじゃないの?私らのこと」
この声は。ハッとして振り返る。
「忘れないよ。マリア、ファラ、カテジナ。君達を探しているんだから」
なんと探しているマリア達が向こうからやって来た。
彼女達はチェック柄の短いプリーツスカート、白いブラウス、ソックスと黒い靴という出で立ちで揃っていた。若々しい格好だが、学生だったのか?
着ている服は同じだが、それぞれ着こなしが違う。マリアはブラウスのボタンを一つ開けてラフに着こなしている。スカートの丈も膝上10センチといったところ。白い踝までのソックスを履いている。ファラはボタンをきっちりと締めてスカートも膝まで、黒い膝下まであるソックスで優等生タイプのようだ。カテジナはそれとは逆でブラウスのボタンを胸まで外して下のピンクの下着がチラリと見える。腕も捲っていて、スカートの丈も膝上20センチになるまで腰の部分をたくしあげている。彼女は裸足で靴を穿いているようだ。
「あ、今私らの格好見てキッツって顔したよね?」
「え?そんなことはないけど・・・。意外だっただけで」
カテジナの心外な突っ込みに焦る俺。
「意外ってなによ。私らはまだティーンだよ!」
「まあまあ。全裸と違って驚いてるだけだよ」
「全裸じゃないことに驚かれても困るというか」
怒るカテジナをなだめるマリアとそれに突っ込むファラ。
だいたいこの感じで会話が成立していくようだ。
「まーいいけど。イケメン無罪で釈放してやるよ。あーイケメン過ぎてニヤケ顔になってくる。腹立つー」
「笑ってるのか怒ってるのかわからないよ」
「乙女心移ろいすぎる」
カテジナ、マリア、ファラはまだまだ喋り足りないようだ。
話を変えよう。こんな場所で会ったからには何か目的でもあるのか?
「なんかすまん。それよりなぜ君達がここに?」
「学校の帰り道だからだよ。家に帰るところなんだ」
「家って・・・。アジトにか?」
「あー。ううん。この街で暮らすための仮の住まいなの。すぐ近くだよ?来てみる?」
マリアが気軽に答えてくれる。
来てみると言われても・・・。ここでの仮の住まいなら俺達の探しているものではないのだろう。しかし何の手掛かりもない現状で探している5人のうち3人が住んでいるとなると、案内してもらうのも取っ掛かりとしては悪くもない。
ルカとエルの時のように単独行動で危険に晒されるということもあり得るが、通信装置があるので、最悪のことは免れるような気がする。
「気軽に男子を部屋に呼ぶのはどうなのかな?」
「勇者君が私らに何をするってのよ。仰向けでお腹撫でられても反撃してこなそう」
ファラは表情を固くしている。カテジナはヘラヘラとニヤケ顔だ。
どういう風に見られてるんだ。
まあ、お腹を撫でられただけで反撃はしないけど。
「あははー。なんだか分かるー。じゃあ行こう」
マリアが歩き出した。
付いていって良いのか?
「迷子にならないように腕組んで歩いてあげるよ」
カテジナが俺の腕に絡まって進みだして、否応なく付いて行くしかなくなった。
「もー。勇者君困ってるでしょ?」
ファラが後ろから付いてきた。
北西にあるという学校から南下して南西の住宅地に移動中だったようだ。借りたてホヤホヤの民宿もその一角にあるのだが、さらに南へと進んでいる。
進む先には何階建てなのか目で数えるのも嫌になってくるような高層タワーの円筒状の建物があるが、目指しているのはあれなのだろうか?
「勇者君、ルーシーやクリス達は?」
「街に出ているよ。ルーシーは買い物だけど、他のみんなは珍しい街だから夢中になって見て回っているんだろう。夜には帰ってくると思うけど」
「うん。面白い街だよねー」
俺の前でクルリとターンしながら話すマリア。
「学校から住宅地まで結構距離があるようだが、君達なら飛んで行けるんじゃないのか?」
俺は疑問をぶつけてみた。
「分かってないなー。私らは人間としての生活をエミュレーションするのが楽しいからやってるの。勉強したくて学校行ってるわけじゃないよ」
腕を引っ張っているカテジナが答える。
「勉強もちゃんとやり直さないとダメだよ。学校行ってなかったんだから」
後ろでファラが叱責する。
魔王に拐われている間はそれどころではなかったろうから仕方ないだろうな。
道中、あそこの駄菓子屋安くて美味しいだとか、ファミレス美味しいだとか、テニスコートあるよとか、街のスポットを教えてもらいながら、やはり高層タワーへと近づいていった。
近くで見るとあまりのデカさに圧倒される。
エントランスも広場と言えるほど大きい。中に入るとすぐにエレベーターがある。奥には何かの施設があるようだったが、それには目もくれずエレベーターに乗り込む。
最上階、50のボタンを押すマリア。
地上170メートル、50階建て、350部屋の高層住宅。
そんなものが存在するなんて思いもしない。ましてこの何もないであろう孤島に。
文化水準が異次元だ。
それにルセットが開発したであろうエレベーターの装置まで設置されている。いったいいつどうやって技術が流れてきたのだろうか?
ルセットも高い建物に向かっている。同じように驚いているだろう。
ガラス張りのエレベーターがグングン上昇して島全体の景観を見せてくれる。
恐ろしい。俺はドア寄りに一歩下がった。
僅かな時間でチーンと音がしてドアが開いた。
「さ、ここだよ」
5001号室。エレベーターから降りて真っ直ぐに伸びた廊下の左手に部屋があった。
鍵を開けて入るマリア達に続いてお邪魔する。
右手に壁があり、ドアが3つ、それぞれハートの壁掛けにマリア、ファラ、カテジナと名前が表札がわりに掛けてあった。左側にはトイレ浴室が備えられ、広いリビングの手前にキッチンがある。
広いリビングはソファーが置いてあるだけだが、外が一望できるようなガラス張りの開放感溢れる景観だった。
なんだこの部屋は。
人間の生活をエミュレーションとか言っていたが、こんな生活をしている人間は居ないぞ。
ちょっと贅沢過ぎるんじゃないのか。
「どう?いい部屋でしょ?」
「これが人間の部屋なのか?天使の住まいとかじゃなくて?」
「あはは。ちょーっとお高いお部屋だけどねー」
笑って誤魔化しているマリア。
「眺めがサイコー!島全部を見張らせちゃう」
「怖いくらいだけど」
カテジナは背伸びしながら部屋の中でくつろいでる。ファラは入り口近くで突っ立っている俺の横で申し訳なさそうに恐縮した。
「まあ入ってくつろいでよ。なんにもない部屋だけど」
そう言うマリアもソファーというより座椅子のような、床に足を伸ばせるふかふかで体が埋まってしまうんじゃないかというものに背を持たれかけた。3人が横に座れるくらい横長に大きい。
それが一面のガラス張りに向かって置いてある。
ファラとカテジナもそこに収まるように座った。
俺はソファーの横にあぐらをかいて陣取った。
凄い見晴らしだ。ちょっとどころではない金額が必要そうだ。
なんだか落ち着かないでいると、マリアが背もたれから顔をちょこんと出して話しかけてきた。
「温泉からいろんなことがあったみたいだね」
「ああ。いろんなことが。君達だって連絡とってたんだろう?説明する必要はないんだろうな」
「うん」
「俺がここにのこのこやって来たのは別に君達と仲良くするためじゃない。セイラとリーヴァの居所を知りたいからだ。終わらせるために。君達が俺をどうするつもりかは知らないが、捕まえるには絶好のチャンスというわけだ。いったいどうするつもりなんだ?」
「私達は勇者君にどうこうするつもりはないかなー」
「なぜ?君達にだって俺は敵なんだろ?君達の仲間をかなり倒したことになる」
「私達は別にセイラやリーヴァの手下ってわけじゃない。みんなが必死な思いで戦ってることには尊敬するし、やりたいようにやった結果なら受け入れるしかない。でも私達は私達。勇者君と戦う理由なんてないよ」
言葉だけでは信用まではできないが。何もするつもりがなさそうではある。
「ホントだよ?だって勇者君には助けてもらった恩こそあれ、恨みなんてないんだもん」
ファラが真面目な顔で言う。
「まー、残念ながらセイラとリーヴァの居所をじゃあ教えるってわけにはいかないけどねー」
カテジナが含みがある顔で言った。
さすがに教えてはもらえないか。だが何もヒントも無しに引き下がるわけにもいかない。
あまり言いたくはないが聞かせてもらうために言わせてもらおう。
「君達がこんな場所に住めるからには、相応の援助がなされていると思っていいんだろうか。魔王の娘、リーヴァがこの街に影響を及ぼしているから、その財力に預かれると」
「んー。鋭いね勇者君」
「探りを入れてるんだよ」
「だからって、私らを見張っても何も出ないけどね」
俺にマリア、ファラ、カテジナが答える。
「セイラやリーヴァもきっとこんな場所に住んでるんだろうな。この階にはまだ部屋があったが、ひょっとして・・・」
「あははー。ないない。あの二人がお隣さんなんて面白ーい」
「面白いことはないけど・・・。別に住んでても良くない?」
「急に所帯染みた話になっちゃうよね」
同様に俺に3人が答える。
「何らかの役職でも担っているのかな?それとも名誉職として悠々自適な生活でも送っているのか」
「どうだろうねー。想像を越えた場所にいる。とか?」
「それヒント?」
「ヒントにゃなってないんじゃないかな」
ぐっ!ガードが固いな。何も聞き出せない。どんな質問をすれば居場所に辿り着けそうかもよく分からない。
「ねえ、勇者君。私からも聞いてもいいかな?」
マリアが逆に質問してきた。
「なんだ?」
「ルーシーのこと、どれだけ知ってるの?」
「ルーシー?」
突然妙な質問されて頭が固まってしまう。
ルーシーのことなんて・・・。
「あまり・・・知らないな・・・。下手すると君達の方が付き合い自体は長いんじゃないかな」
俺がルーシーのことで知っていると言えば、アーガマ出身、幼少時は俺と同じように貧しかったとも言っていた。剣を子供の頃から使っていて、だから剣術が長けている。
俺よりも2ヶ月も前に単身魔王の城に入り込んで魔王の首を狙っていた。
剣だけでなく弓の扱いも長けている。一度も外したことはない。攻撃を避ける技術も優れている。一度も攻撃を受けたことがない。
話が長い。綺麗。かわいい。スタイルもいい。なぜか俺を慕ってくれている。
俺が一緒じゃないと眠れない?
魔王の城に潜入以前何をしていたのか、どこに居たのか、まったく知らない。
「そーなんだ。でも信用はしているんだね」
「ああ。どうしてだ?」
「ルーシーは嘘をついてる」
「え?」
俺は動揺した。ルーシーのことは信じている。ここまで一緒に戦ってきた仲間なんだ。それは当たり前だ。
だが、彼女のことが分からな過ぎると思い知ったのも事実。
船でセイラやマリアが襲ってきたとき、俺はルーシーに疑いの目を向けてしまった。
弓の精度が高過ぎて只者と思えなかったから。
それを反省して疑わないと決めた。
ルカとエルの時も凄すぎて考えないことにした。
「嘘って・・・」
「気になるー?」
マリアはニコニコして笑っている。
なんだか試されてる感じがした。
ここでマリアにそれを聞くのはルーシーを疑う事になりははしないか?
「あはは。動揺してるじゃないの。かわいそー。それより勇者君もこっち来て座んなよ」
「詰めれば四人座れるかな」
カテジナとファラがスペースを開けようとしていた。
「いや、今日はこれで帰るよ。ルーシーに言わずに出てきちゃったし、心配してるといけない。そろそろ帰ってくるだろうから」
「えー。帰るのー。まだ来たばっかりじゃん」
「ごめん」
カテジナは不服そうに顔をむくれさせた。
「まだ島に着いたばかりなんだし、ちゃんと落ち着いてからでもいいと思う」
「そーだけどさー」
ファラはカテジナをなだめた。
「うん。じゃあ明日も来てよ。この時間なら学校から帰ってきてると思うからさ」
マリアが笑顔で言った。
「来てもいいのか?」
「いいよー」
「リーヴァの居所を聞き出しにでも?」
「あははー。いわなーい」
「ふふっ。手強いな」
俺は立ち上がった。ドアに向かうと3人も見送りについてくる。
「じゃあ、お邪魔したよ。明日かどうかは分からないけど、また寄らせてもらう」
「うん。また来てー」
「帰り道わかるかな?」
「明日来てよ。遊ぼー」
「一本道だったし、近くだから大丈夫だろう。アジトを教えてくれるなら最優先で来るんだけどな。じゃあ」
手を振って見送る3人。
ドアを閉めて出ていく俺。すぐ横のエレベーターに乗り込む。
ルーシーの嘘。
気になることを聞かされたが、デマカセだろうか?
もっと根掘り葉掘り聞くべきだったのかもしれないが、むしろ俺は話題を避けた。
そんな話は聞きたくない。
俺はルーシーが待っているであろう民宿に急いだ。




