34、ミネバとキシリア
ホワイトデーモンは倒した。だが、それはミネバの計略だった。二人ずつで行動し、助けがないルーシーと勇者はどうなってしまうのか?
金髪のルーシー34、ミネバとキシリア
もうかれこれ2時間になる。
ルーシーが相手している146体の玉っころはもちろん1体も減らない。
あたしもその辺を色々探してみてたけど、源泉なんて見つからない。
ここじゃないんじゃないかな?
ルーシーはまだ元気に泳ぎ回ってる。超人か。
あたしは玉っころが時折撃ってくる角を全方位光線で撃ち落としてる。
少しでも時間を稼いで生き残るために・・・。
なんでこんなところで死にそうになってんだ。
まだ本番はこれからなのに。
「そろそろキツイわね。空気が持たないかもしれないわ」
ルーシーが弱音を吐き始めた。
空気が足りずに勝手に死んでくれたら儲けものだけども、水面に上がるだけだよなー。
その時玉っころが急に一斉に溶け始めていった。
「にゃんだ?」
「やったわ!誰かが探し物を破壊してくれたのね!」
おおー。なんというタイミング。あたしにとってはこれ以上無いベストタイミングなんじゃ?
ルーシーの酸素ボンベが切れそう。
ここであたしが襲いかかったら勝機はあるんじゃないの?
「フーッ。冷や汗かいたわー。なんとか作戦成功ね。ミネバもご苦労さん」
「ニュフフ。本当にご苦労なことだったね。ホワイトデーモンの排除を確認。これより休戦は解除する」
「なに言ってるの?」
「言ったでしょうが。一時休戦だって。ホワイトデーモンという共通の敵が居なくなった今、休戦は終わり」
「あなた・・・冗談で言ってるわけではなさそうね」
「そうだよ。ルーシー。あんたとサシで勝負するためにあたしはここにあんたを誘い出したんだよ」
少なからず困惑しているルーシー。
ニュフフフフ。驚いたかあたしの作戦に。
3つのブロックに分かれたこの島を捜索するなら、三手に別行動するであろうことは予測がついていた。そこにあたしらが協力する振りをして入り込めば、あとはルーシーがどんな組み合わせにするかというだけの問題だった。勇者とキシリアがべったりくっついて、クリスとロザミィも仲が良い。あとはあたしとルーシーが組めば邪魔の入らない1対1の状況が作れるってわけよ。
一応ロザミィにもそういう組み合わせになるよう口添えを頼んでおいたけど、必要なかったね。
そうそう、ロザミィは普段セイラとしかリンクの回線を開いてないから、船を引っ張るときわざわざスズメの中に絵本を持って行って、あたし達といつでも話せるように催促しといたけど、町では役に立ったね。
「あなた達が何か考えてるんだとは思っていた。思ってはいたけど、今ここで戦えって言うの?あなたと・・・」
「違うね。戦いはもう始まってるんだよー!」
あたしはさっきまでルーシーを守って放っていた全方位の光線を周囲にめちゃくちゃに放った。
「やめて!あなたと戦いたくない!戦う理由なんてない!」
あたしの全方位光線を事も無げにスイスイ避けながら叫ぶルーシー。
やべえ・・・。ぜんぜん当たりそうにない・・・。
「この数日一緒に過ごして、あなただって良い思い出ができたでしょう?ぜんぜん共存できない存在ではない!」
「あたしらは違うんだよ。表面上のあたしらをそのまま受け取らない方がいい。あたしらはもう壊れてるんだよ。生も死も破壊も創造も、友情も裏切りも、あたしらには同じようなもの。価値観がぶっ壊れて人の心では無くなってるんだ」
「違うわ!最初は肌の色が変化し、能力が変化し、人でなくなったことに絶望して暴走したのかもしれない!でも暴走するってこと自体、人の心があるからでしょう!」
「その言葉もなんにも響かないねー」
水中全方位を駆け巡る光線。それを魚の化身かのように上手に泳いで避けていくルーシー。
早く空気が切れろ!そうなれば水面に出るしかなくなる!そこを極太光線で狙い撃ちすればルーシーだって倒せるはず!
光線は剣では斬れない。こうして全方位に光線を放ち続ければあたしに近づけず、後手に回るしかない!
完璧な作戦だ!
「無闇に戦いたくない。みんなだってあなたの帰りを待ってる!」
そう言いながら徐々に距離を詰めていくルーシー。
光線はジグザグに水中に照射され続けてるのにまったく意に介さないようだ。
手には剣を持っている。
こわっ!
「勇者様もアレンも、クリスもあなたのこと気に入ってる。無駄なことはやめて一緒に帰りましょう!」
戦いたくないだの無駄なことだの・・・自分が襲われてるという自覚はこれっぽっちもないのか。
自分は帰れるつもりで話してるのが恐ろしいわ。
この光線だって普通は全方位一網打尽にできる攻撃のはずなのに、ルーシーの接近を抑えるくらいの効果しかねえ。
「空気の残量が無くなるまでそれほど時間が無さそうだから早めに決めてくれる?」
一気にルーシーが距離を詰めて来た。
あたしの頭を中心に放射されてる光線だから近づけば近づくほど密集して回避は難しいはずなのに。いとも簡単に首筋に剣が届く距離まで接近された!接近を抑える効果なんかぜんぜん無いじゃん!
空気が無くなって水面に出るのを待つ余裕なんかぜんぜんないぞ!
それにこいつ説得する気あんのか!?殺意高過ぎだろ!?
いやまあいきなり襲いかかったこっちが悪いんだろうけど。
こうなりゃ近距離で極太光線をぶっぱなすしかない!
「答えはこいつで受け取れやー!」
あたしは全方位から一点集中の光線に切り換えてデコから照射しようとした。
次の瞬間、あたしの視界が明後日の方向に転げ回った。
やべえ!首を斬られた!
いくらあたしらが即死しないとは言え、躊躇無さすぎだろう!
まあこっちは黒焦げにしようとしてんだけど。
あたしは変化能力で瞬時に再生。でも、こう密着状態に取り付かれたら光線の発射体勢に入るだけで首を斬られる。別の手を考えないと。
体から黒いもやのようなオーラを滲ませ水中に漂わせる。
もやは物理的な物体ではないけど感覚があるので一瞬早く外的要因を察知できる。
それと爪、と言うか指を三角のブロックみたいにして引っ掻きで近接攻撃を繰り出すよ。
魔族の身体能力で殺傷力と瞬発力は申し分無いはず。
突然ファイトスタイルを変えたあたしに警戒するルーシー。
あたしは間髪入れずに爪の攻撃を振ってみる。
ルーシーが反応して避ける。その動きが読める!ルーシーの動きに追従するように爪の軌道を即座に変化させる。
でもあたしの関節の動く間合いより離れられた。空振りだ。
でも距離が稼げるならそれでも良い。剣の一振りで届かない距離からなら光線の出番だ。
さすがにこれを避けるのは容易くはないでしょ。
極太光線をノータイムでぶっぱなす。ルーシーの避ける軌道が読める。
読めることで今まで認識してなかった動きの早さに驚く。
こいつ予測してあたしが攻撃する前から動き出していた!
あたしの股を潜るように背後に泳ぎ出す。
これは当たらない!体ごとルーシーを追うと射角が自分の体で取れない。
ルーシーは背後に回らずにあたしの足下から剣を手に急上昇してきた。
やべえ!股から真っ二つに斬り殺す気か!足の指を三角のブロック状態にして防御する。
「こうして見ると、だんだん化け物じみてきたわね」
「どっちがじゃぁあ!あたしに変身を使わせてるのはあんたのせいでしょーが!」
「それより、本当にやめる気はないの?あなたの話が本当なら、キシリアも勇者様を狙ってるってことなの?」
「ニュフフ。そうだよ。今頃大変なことになっているかもねー」
挑発するつもりで言ってやったら、ルーシーの目がめちゃくちゃ本気になった。
「時間がないのね」
足の指で防御していたルーシーの剣に力が入って、そのまま足ごと切断して切り上げられる。
「ぎゃー!」
「とても信じられないし、信じたくない。勇者様と一緒に居て凄く嬉しそうにしてたキシリアがそんなことを考えていたなんて。勇者様を騙して裏切るなんて」
あたしは足を再生してルーシーから離れようとした。けど。
「悪いけどもう構ってやれないわ。勇者様を助けに行かなきゃ」
ルーシーに追いつかれる。そこで四肢をぶった切られた。
「んぎゃーぁああっ!!」
ルーシーの動きが読めるけど、読んだところであたしに反応できない。
再生する度にぶった切られて距離も離すこともできない。
なんじゃこりゃ。
何度も再生をし続けていると、さっきのホワイトデーモンにフルチャージ極太光線を無意味にぶっぱなしたせいで、エネルギーが尽きた。
あーあ。本当に無駄なことした。
全力を出せもせず見せ場も特になく、良いところもまったく無く中途半端に片付けられた。
そうしてあたしは死んじまった。チャンチャン。
私クリスとロザミィは南側の湖沼からルーシーとミネバが居るはずの北東の湖沼に飛んでいっていた。
ロザミィは4メートルくらいのスズメになって頭に座席を作ってくれてる。私はそこに立って水面を眺めている。
水中に居るかと思っていたけど、ルーシーが水面に頭を出して泳いでいるのが見えた。
「ルーシーだ!ロザミィ近づいて!」
向こうも私達に気づいて泳ぐのを止めて手を振った。
被っていたガラス玉は首飾りになって小さく収まっている。
「ルーシー!」
「クリス!大変よ!キシリアに勇者様が襲われている!」
「ミネバは?」
「あいつも襲ってきた。倒したけれど、なんだかやりきれないわ」
「そうか。無事だったんだ」
私は腕から骨針の先端をL字に曲げ取っ手のようにしてルーシーの手元に垂らした。
ルーシーがそれに掴まるとロザミィの頭の上に引き上げた。
「ありがとう。早速で悪いんだけど、勇者様のいる北西に飛んでくれない」
「いいよー」
ロザミィが気の抜けた返事をして高く舞い上がる。
そうか。ミネバは死んだのか。
ルーシーが無事だったのはさすがだ。ミネバがなんでそんなことを考えていたのか聞いてみたかった。でももう聞けないんだ。
不思議な女の子だったけど、一緒に居て楽しかった。それがもう居ない。
ミネバが襲ってきたことは本当のようだ。とても信じられない。
ということはキシリアが勇者を襲っているのも本当?
それこそとても信じられない。あんなにベッタリくっついて寝てたのに。今さら襲ってくるなんて不自然。
半信半疑で私はルーシーを見た。
「ああ、頭が混乱してるわ。あいつ・・・なんのつもりだったの?」
「船に乗り込む前から計画してたみたい」
「クリス?なんでそれを・・・?」
「ロザミィには話していたんだって。だから心配して飛んできた」
「私を?そうだったの。ありがとクリス」
「ルーシー。私つらい。ミネバもキシリアも信用してたのに」
「私もよ。こんな直接的な攻撃を仕掛けてくるなんて思ってなかった。何か企んでいるのだろうとは思っていたけど」
ロザミィを含めて、そんなに信用できないなんて。思いたくなかった。
それより今は勇者を早く助けなきゃ。
信用できないロザミィに乗せてもらって急ぐ私達だった。
湖沼内の水中。遠くでキシリアが竜と戦ってくれている。
すでに2時間経とうというところだ。
俺は周辺を探すが、源泉はまだ見つからない。
やはりここには存在せず、残り2つの湖沼にあるのだろうか。いや、そもそも源泉があるという予測自体確かなのか?
これほど時間が経っている所を見ると他の場所でも苦戦しているという事だ。
俺の酸素ボンベもそろそろ空気が尽きる。
ボンベからピーという音が鳴り始め、ガラス玉に残っている空気がだんだん薄くなってきている。
この深い水中で呼吸ができなくなるという恐怖。
俺は一旦水面に上がり、素潜りで息継ぎをしながら捜索を続ける決心を固めた。
水面に上昇する俺。
水面に出ると大きく息を吸う。
ガラス玉は一定以上水から上がると自動的に首飾りになる。
周囲を見る。
今俺が居るのは北西の湖沼だ。その全長800メートルのやや南に浮かび上がっていた。
ドーナツの穴になっている中央部を3つに分断するように木が繁っている陸が走っている。
南側の空、木の上から巨大な竜とスズメが戦っているのが見えた。
唖然とするが、クリスとロザミィが頑張ってくれているのか。
次の瞬間、口から火を吹いた竜が消えた。
消えた!?やったのか!
疲労した体に力が戻ってきたような感覚。
俺はクリスとロザミィに感謝の念を送ると、そのまま水中に舞い戻った。
空気が残ってないからか、首飾りからガラス玉に戻る事はなかった。
これからは巣潜りでの遊泳か。
キシリアが心配だ。彼女を探さねば。
水面と水中を行ったり来たりしながら、しばらく辺りを探していたが、向こうも俺を探していたらしく、白い翼をはためかせながら水中で声を出して俺を呼んでいた。
俺に気づくとスイスイと近寄ってきた。
「勇者さん!ご無事でしたか?」
話せないのでコクコクと頷く俺。
察してくれて、俺を抱き止めたまま水面に上がるキシリア。
「無事かと聞きたいのはこっちの方だよ。よくあんな化け物を長い時間抑えてくれた」
「勇者さんを守れるならわたくし何だってやります」
「ははは。それは頼もしいけど無理はして欲しくはないな」
「ウフフ。お疲れ様でした。ホワイトデーモンが消えてしまったと言うことは、どうやら作戦成功なんですね」
「そのようだな。冷や冷やしたけど、成功して良かった」
「とりあえず陸に上がりましょうか」
キシリアは俺を抱き締めたままザブンと水面から上がる。
翼を広げ南側の陸に飛んで連れていってくれる。
空はいつの間にか夕日で染まっている。
今まで水中に浸かっていた冷えた体が日の光と、キシリアの体温で暖められるようだ。
落ちないように、キシリアが俺を強く抱き締めている。
なんだか照れくさいような気がするが、彼女の呼吸音が心地よくもある。
「ありがとう。ふー。さてと、これからどうやって船に戻るかな」
ちょっと広くなった空き地にゆっくり着地する俺達。
俺は照れくさいのでキシリアの腕から離れ、辺りを見回すふりをした。
「戻る・・・必要はありませんよ」
キシリアが静かに言った。
意味を理解できなくて視線をキシリアに戻す。
「どういう・・・」
目を閉じ、俺を正面に据えて、両手を斜め下に伸ばすキシリア。
そこからは竜と互角に渡り合ったあの巨大な大剣が握られる。
何のつもりなのかまったく分からない。
「モンスターは退治されました。休戦はここで終わりです」
言葉が耳に入ってきても頭で理解できない。
「本来あるべき姿に戻りましょう。わたくし達は敵同士、戦い殺し合い取り除く運命」
キシリアが目を開き俺を見つめる。
つまりこの大剣は、俺に向けられているということなのか・・・?
竜と互角に渡り合った大剣に俺が太刀打ちできるとは思えない・・・。
俺の鼓動が一気に警鐘を鳴らし始める。
とても本気で言っているとは思えない。何かの冗談で驚かせようとしているのではないか?
いくらなんでも急過ぎる。
キシリアはゆっくり右手を振り上げ、その鉄塊を俺の頭上に振り下ろした。
俺は呆然としてそれを途中まで見ていたが、激しく体に血が巡り咄嗟に左に避けた。
足元の地面に凄まじい裂傷。大剣が深々とめり込んだ。
なんて破壊力だ。こんなもの受けたら一撃で即死なのは間違いない。
そしてキシリアの言葉が嘘ではないのだと体現してしまっている。
嘘だ!嘘だ!嘘だ!信じられない!
なんのためにこんなことを・・・。
いや、それはキシリアが今言ったばかりだ。
俺達は敵・・・。この数日一緒に過ごしていたことの方が異常事態だったわけだ。
ルカとエルの時もそうだったが、彼女達の人懐っこい人柄や優しい性格、美しい風貌。その包み込んでくれるような包容力につい安心して身を寄せてしまいたくなるが、それは俺達に見せている一面だけの話だった。
何度も考え戒めているはずなのに、船の乗組員を全滅させ、海を我が物としようとしている元凶の手足として働いている存在だということを忘れてしまう。
理路整然と考えれば、なるほど確かにそうだったと理解はできる。
だが!やはり納得できない!
これは俺の甘えなのか!?
キシリアと戦わなければならない意味をどうしても見いだせない!
「待て!待ってくれ!敵だと思ってないと言ってくれたのは君じゃないか!俺達が戦う必要があるとは思えない!」
「わたくしにはあるんです。目的のために」
目的!?やはり魔王の娘の支配を及ぼすために、邪魔する俺達を排除するということか。
「だが俺は君と戦いたくない!数日一緒に過ごした君とは戦えない!」
「嬉しいです。わたくし達がどうして一緒に船に乗せていただいたか、考えてみてください」
右手の大剣を地面から軽々と引き抜き、左手の大剣を横に凪ぎ払うキシリア。
俺はしゃがみこんでそれを避けるが、物凄い剣風だ。体がぐらつくくらい引っ張られてしまう。
背筋が凍る。
なぜ一緒に船に乗ったか・・・。
俺に情が移って反撃できないようにするため・・・。
信じられない。信じたくない。
今までの事は俺を引き込む演技だったというのか・・・?
足の力が抜けていくようだ。
目が霞む。
信じられない。信じたくない。
屈託のない笑顔も、必要以上とも言えるほどの触れ合いも、俺を騙すための演技だと・・・?
動悸が早くなる。
耳に雑音がうるさく響いている。
もう一度右手の大剣で斜めに斬り上げられる。
俺も腰の剣を手に取り、剣撃を受け流す。
衝撃で吹き飛ばされる。
こんなものを何度も受ければ剣が持たない。
距離を取らなければ。
しかし広いとはいえ、この空き地は逃げ出せるスペースなどない。
ただでさえ2メートルもある大剣。先程の竜に対して使ったワイヤーで10メートル射程を伸ばされれば、スペース全域を攻めることができるだろう。
「頼む!嘘だと言ってくれ!俺は君達を説得したい。話を、聞いてくれ!」
「わたくし達にはもう後が無いんです。どこにもいく場所はない。セイラさんやリーヴァさんに着いていくしかない」
「そんなことはない!クリスだって俺達と一緒に居てくれてる!」
「そうですね。クリスさんは自分で最初の一歩を踏みとどまった。でもわたくし達は違う」
左手の大剣で突きをしてきた。
こんなのを食らったら一溜まりもない!
及び腰で逃げ惑う俺。もつれる足。
もはや恥も外聞もない。
俺にできるのは説得ではなく命乞いなのではないだろうか。
彼女がそれを受け入れてくれるとは思えないが。
「わたくし一つ言い忘れていたことがありました」
なんだ?急に。
俺はなんとか呼吸と神経を落ち着かせようと彼女の動きを目を離さずに対面した。
「魔王の僕に拐われた夜。長女が自分の腹を傷つけのたうち回ったあと、わたくしは憤慨して長女を手にかけました。そのときのわたくしには力もなく、剣の使い方も知らずに、ただ振って叩きつけるしかできませんでした。ウフフ。人間って簡単には死なないのですね。非力なわたくしの剣では何度も何度も剣を叩きつけても長女は即死しませんでした。そうやっているとそううち剣を振ることに何も感情が沸かなくなってきたんです」
彼女の声の調子はいつもと同じだ。
話していることとの違和感を感じてゾッとする。
「いつものレッスンのように、ここをこうしたら切れるのかなとか、体重のかけ方とか、次第に貪欲になってさえきました。息をしてないのに気づいたのは後々になってからでした。もう少し生きていてくれたら生の反応が見れてもっと上手くなれたでしょうに。だからなのですかね?今のわたくしがこういう大剣を使ってみたくなったのは。大きい方がきっとバラバラにしやすいですよね?」
本当に彼女は俺の知っているキシリアなのか?
さきまでの彼女と同じ人物とは思えない。
冷や汗で体がぐっちょりと濡れる。
「それに・・・。わたくし見ていたんですよ?ダンスパーティーでわたくしと本番で踊る前。勇者さん、ルーシーさんと抱き合っていましたね。あんなに自信無さげだったのに、ルーシーさんと抱き合ってから別人のように生き生きとしてらして、わたくし嫉妬してしまいます。そしてラストダンスの相手にはクリスさんをお選びになった。喝采を浴びて、まるでわたくしなんて最初から居なかったのようでした。わたくし三女に産まれていつも3番目。もう3番目は懲り懲りです」
何を言っているんだ?
まったく理解できない。
言葉の意味は俺に対しての恨み節というのは分かる。
だが声の感じにそういった感情が感じられず、優しい語りかけのような、いつものキシリアの調子で、何を言わんとしているのか理解できない。
「勇者さん言ってくれましたね。わたくしの隣に居ると。これからずっとわたくしの隣に居てくれますか?一番隣に」
スルスルと大剣がワイヤーに巻かれて宙に浮く。
あれを避けて逃げ回る事などできるのか?
ゴクリと生唾を飲む。
高い位置から振り下ろされる大剣。
目を丸くして飛び退く俺。
地面が割れんばかりに揺れる。いや、実際陸が少し崩れる。
あまりの恐怖に崩れた体勢のまま離れようと逃げ惑う。
ヤバい!この攻撃を連続で避けきれる自信はない。
今度は水平に振り回される大剣。
自在に動くワイヤーで隙などない。
地面に転げてその場に倒れ、俺の頭上を勢いよく通過していく大剣。
風圧で背筋が凍る。
さきと同じだが、もう余裕はない。
再び高い位置から振り下ろされる大剣。倒れたままの俺に左右に逃げる時間などない。
体を転がしてキシリアの方へ近づく。
剣の先が地面に突き刺さり、手元側が浮いているので避けることができた。
空中から地面に突き立てるように垂直に大剣が振り下ろされる。
下半身を頭上に丸めるようにぐるりと回転する俺。
ドスンと深く地面に突き立てられる剣。
背後に斜めに突き刺さっていた大剣が振り子のように背後から迫ってくる。
咄嗟に剣を盾にして防ぐ。
振り子の衝撃で体が浮き上がりさらにキシリアの方へ近づく。
逃げなければ、離れなければならないのに・・・。
深く刺さった剣が抜き取られ、これも振り子のように背後から迫ってくる。
剣を盾にして防ぐが、もはや逃げることもできない。このままでは剣が持たない。
3発目の振り子。
キシリアはもうすぐ前にいる。
俺を股越してワイヤーで剣を操っているんだ。
ならばこのワイヤーを断ち切れば、少なくともこの射程の攻撃から逃れられるのではないか?
俺はキシリアの掌から出るワイヤーに目掛けて剣を振った。
だが、手を横に構えてワイヤーを逃がすキシリア。俺の剣は空を切る。
万事休すか。
後方の振り子はワイヤーを動かしたからか襲って来なかった。
代わりに前方からの突きが繰り出される。
もうどうやって避けるかを考えてる時間はなかった。
体を反らせ、ワイヤーの動きに合わせて剣を突き出した。
鈍い手応え。
そんな馬鹿な・・・。
俺の剣はキシリアの胸を貫いた。
そんな馬鹿な。なぜそこに君が居るんだ。
止まったかのような時間の中で、空中に浮いていた大剣が地面に転げ落ちる。
そして力を失ったキシリアが倒れる。
なぜ君がそこに立っていた?まるで俺の攻撃を受けるために・・・。
演技、演技、演技・・・。
この数日の彼女と今の彼女。どちらが演技だと言われれば一目瞭然じゃないか。
まさか君は、君の本当の目的は・・・。俺にとどめを刺させるため・・・。
「キシリア!なぜだ!なぜこんなことをしたんだ!なぜわざと俺の剣を受けた!?」
俺は倒れるキシリアを抱き止めた。
「勇者さん・・・。わたくしやっぱり嘘がつけないみたいですね・・・」
「早く再生するんだ!君の力ならできるずだ!」
「ウフフ・・・。それはできません・・・」
なぜ気づかなかった!本気で俺を殺そうとするなら何もここでなくてもいくらでもチャンスはあった!
大剣を本気で浴びせられたら最初の一撃すら避けることもできなかっただろう!
なぜ俺は剣を握っていた!彼女を攻撃するつもりなんて無かったのに!
「なぜなんだ!?早く再生してくれ!俺はまだ君と一緒に居たい!」
ニコリと弱々しく笑うキシリア。
「わたくしも勇者さんと一緒に居たかった。でもわたくしが勇者さんの仲間になればセイラさん達のアジトの場所を言ってしまうことになる。でもそれはできません。だから・・・わたくしはどちらでもない場所に行ってしまわなければいけないんです」
「馬鹿な!そんなことのために!」
君が言いたくないというのなら、そんなこと聞かずとも良かったのに・・・。
いや、違うぞ。
すでに俺はこの島から町に戻る船の中で、板挟みになるであろうことを知っていながら、キシリアにアジトの場所を聞いてしまっている。
ああぁ、まさか、あのとき俺がアジトの場所を聞いてしまったから・・・。
君は俺達の仲間になることを諦めてしまったのか・・・。
なんてことだ・・・なんで俺は・・・。
ルカとエルの死にショックを受けて、この戦いを早く終わらせたいと思った。
それで優しげなキシリアについ甘えてしまったんだ。
それがキシリアを追い込むとも知らずに・・・。
「ミネバさんを責めないであげてくださいね。ミネバさんはわたくしの行動に付いてきてくれただけなんですから・・・」
ミネバ?ルーシーと一緒にいるはずだが。ミネバがどうしたと・・・。
キシリアは俺の腕の中で力なく顔を夕日に向ける。
辺りは俺達が今いる湖沼を分断する陸地以外、一面静かな水面だ。
それに夕日が映し出されて、眩しいくらい紅く染まっている。
「いい景色ですね・・・。夕焼けは他の景色と違って感情を昂らせます・・・。なぜでしょうね?勇者さん・・・」
このセリフは・・・。
温泉があったあの島で君が俺に最初にかけてくれた言葉・・・。
俺は顔を伏せて溢れる涙を拭えず、ふりしぼりながら口を開いた。
「暮れていく太陽に思いを馳せるから・・・」
もう一度俺の顔を見上げ優しく微笑むキシリア。
「馳せる思いの中身を・・・伺いたかった・・・」
そう言って安らかに目を閉じた。
ああ、嘘だ。嘘だと言ってくれ。これも演技だと言ってくれ。
君は3番目なんかじゃない。君の存在は唯一無二だ。代わりなんていない。
出会ってからのキシリアとの記憶が溢れるように甦ってくる。
温泉島で出会った恥ずかしげもなく堂々とした彼女達、沢で見たあの夕日。船を探険したりプールで泳いだり、シャワーで本当に気絶して慌てたり。噴水を見に行ったり、事件に首を突っ込んでしまったり。ダンスの練習。そして本番。カワウソ扱いにショックを受ける彼女・・・。
この数日でいろんな思い出ができていた。それなのに・・・。
彼女の優しい声、彼女の温もり、気品に満ちた佇まいに可愛らしい仕草、それが今全て消えてしまった・・・。俺の手で・・・。
魔王の城から救いだした彼女を俺が殺めてしまった・・・。
体が徐々に灰になっていく。無情な風がそのキシリアの灰を連れていこうとする。
これが彼女との別れなんていくらなんでもあんまりだ。
灰になって崩れていく彼女を最後まで抱き止めたかった。
情けない俺の嗚咽だけが夕日に響いていた。
動けなかった。
体に力が入らない。
無力感に支配され全てが足元から崩れそうだ。
しばらく経って、北東の空から巨大スズメの頭に乗ったルーシーとクリスが飛んできた。
俺の近くに着陸し、急いで降りてくるルーシーとクリス。
「勇者様!大丈夫!?」
「勇者。キシリアは?」
地面に突っ伏してうずくまる俺。
俺の前にはキシリアが着ていたスーツが地面に残っている。
周囲には大剣も。
状況を察したのか、ルーシーは言葉を詰まらせた。
「そう・・・。終わったのね」
「勇者・・・」
立ち上がる俺。
「ああ。俺は大丈夫だ。自ら死を望んで危害を加えるつもりの無かった相手に怪我なんてしない。俺を必死で守ろうとしてくれた相手に・・・」
「え?」
「ありがとうみんな。おかげで作戦は成功だ」
俺はできるだけ気丈に振る舞おうと努めた。
そうしなかったら崩れてしまいそうだから。
「死を望んでって、どういうこと?」
「仲間でもない、敵でもない、そういう場所に行きたかったそうだ。ミネバもキシリアに一緒に付き合ってくれたようだな」
「そんな・・・!?」
ルーシーが顔を伏せて肩を震わせた。
ミネバは言わなかったのか、珍しくルーシーがショックを受けている。
それはそうだ。俺だってショックだ。
「ねえ、一度船に戻ろう?みんな心配してるだろうし、あったこと、報告しなきゃ」
クリスが提案した。
そうだな。予想もしてなかった事が・・・起きてしまったのだから・・・。
4人乗りの巨大スズメの頭に乗せてもらってクイーンローゼス号に運んでもらう事にした。
途中俺達は無言だったが、クリスが一言だけ寂しそうに呟いた。
「カワウソーズもこれで解散か。残念だな。少し好きだったのに」
俺もルーシーもその言葉に反応できなかった。
昨日のことなのに、まるで遠い昔のことのようだ。
できるだけ今はキシリアのことを考えたくはない。
みんなの前で泣きたくはないから。
だが、それは無理だ。
彼女の言葉を思い出し、その意味の一つ一つに打ちひしがれる。
なぜ彼女はあんなに積極的だったのか、なぜ彼女は時間が無いと言っていたのか。
最初から彼女はここで別れるつもりだった。
だから急いでいたんだ。
最後の思い出作りに精一杯全力を注いでいたんだ。
俺は彼女の放っていた信号に気づいてやれなかった。
自分の無力さに嫌気がさしてくる。
自分の愚かさに愛想がつきる。
頭を振り、考えないように思考を別の事に切り換えようとして、ふと思い出してしまった。
幼少の頃、俺とアーサー、アンナが見ていた絵本の続きを。
竜に拐われたお姫様を救う騎士の話を。
以前にも書いたが単純な話だった。
騎士が拐われたお姫様を追って火の山を超え、氷の湖を渡り、風の森を抜け、竜の棲む深い大地の穴蔵に辿り着き、竜との死闘の末、姫を取り戻す。
そこまでは覚えていたと書いた。
その続きを今思い出した。
幼少の俺達はその続きの話に納得できなくて、不満だった。だからこの物語と切り離して別の物語として封印してしまったんだ。
物理的にも、ページが破られ、黒く塗り潰されていた記憶がある。
この作者はいったい何を考えてそういった結末を書いたのだろうか?
今も分からない。
姫を救いだした騎士は、来た道を逆にたどり、険しい道のりを進み王国へと帰っていく。
手と手を取り合い、苦難の道筋を越える二人は次第に恋が芽生えていく。
もう少しで王国に辿り着けそうになった頃、姫は自害してこの世を去ってしまう。
騎士は流浪の者。位の違う彼とは一緒には居られない。王国に戻れば褒美を貰い遠くに行ってしまう。
きっと自分の事を忘れてしまうだろう。だから一緒に居れるこの時に死んでしまおう。
騎士は嘆き悲しんで王国に戻らず、姫の亡骸を抱いてどこかに行ってしまった。
こんな話を納得できるはずもない。
誰も報われない。誰も幸せにならない。
ああ、もう何も考えたくない。何も考えられない。
放心して頭が麻痺してしまっている。
その後クイーンローゼス号に飛んで行った俺達を、囮組のフラウ、ルセット、ベイト達がデッキに残り待っていてくれた。
最初は巨大スズメの姿を飛んでくるのが見えて、手放しで喜んでいたようだったが、デッキに降り立ち、その人数が減ってしまっていることに怪訝そうな顔で俺達を迎えた。
「勇者様。ご無事でなによりです。でも・・・キシリアさんとミネバさんは・・・?」
フラウが第一声を掛けてきた。顔は強張っている。
それには俺は答えられなかった。代わりにルーシーが口を開く。
「作戦通り、竜の殲滅は成功。殲滅成功直後にミネバとキシリアが休戦を終了し襲ってきた。説得はしてみたものの、決意は固く心を変えることはなかった。やむを得ずミネバは私が、キシリアは勇者様が倒したわ」
「た、倒した・・・?」
フラウはルーシーの言葉が飲み込めないようだった。
仕方ないだろう。フラウはこの数日でキシリアとミネバに直接触れあっていたわけではないが、昨日の和やかな雰囲気から一変してしまっているこの状況をすぐには受け入れがたいのは無理もない。
「おいおい、嘘だろ?」
後ろで聞いていたアレンも呆然として呟いた。
俺とキシリアと同じように、ミネバと数日一緒に過ごした彼にとってショックなのは嫌と言うほどよく分かる。
彼がミネバに対してどんな感情を持っていたのか、今は俺には分からない。
だが、昨日まで睦まじく過ごしていた相手を、襲ってきたから倒したと言われてハイそうですかと納得できるはずもない。
「ごめんなさい」
ルーシーが申し訳なさそうに唸った。
「そうか・・・。まあ、作戦が成功したんなら良かったじゃねーか。ちょっと疲れちまったんで俺は部屋で休憩させてもらうぜ。悪いな」
アレンはそう言ってクルリと踵を返し、船尾楼のドアに入っていった。
もちろん、誰も止めたり咎めたりする者はなかった。
フラウやアレンのショックしている姿に俺は何も言ってやれそうになかった。
なにせ俺自身が心ここに有らずで、スズメからデッキに降りてからずっと自分の両の手を広げてじっと見ている。
特に何か付いているだとか変わった様子があるわけではない。ただ呪いを受けたかのように固まってしまっているだけだ。
失礼な話ではあるが、先日のルカとエルの死のショックで精神的にダメージを負ったと自覚しているが、キシリアとミネバの死はそういうレベルではなく精神に異常をきたしそうだ。
心にヒビが入って何かが漏れだし、虚無感に苛まれるような。
感情が空虚になっていくような・・・。
正直その後のことはあまり覚えていない。
断片的に残る場面の記憶を繋げていくと、こういうことだったんだろうと推測するだけだ。
確か1時間ほど休憩を挟み、俺達は再びイビルバスに上陸した。
ダイバースーツに空気を補充し、湖沼をアジトの捜索という方面で調査する必要があったからだ。
ダイバースーツは相変わらず水に浸けると形状が変化する能力を持っている。
変化させた本人はもうこの世には居ないと言うのに。
俺とキシリアが向かった北西の湖沼は俺がほとんど探して何も見つからなかったが、北東はミネバが源泉を探していて、アジトの場所なんて有っても言うはずはないから、探しておく必要がある。
クリスとロザミィの行った南側はすぐにホワイトデーモンが現れ、源泉を発見できたので、逆に周囲の捜索はあまりやっていないそうだ。
それとは別に、島の周囲10キロ範囲に浮いたり沈んだりしているシャーク君バルーンの残骸も可能な限り回収しておかなければならない。環境が汚れるからだ。
これにはロザミィとクリスがルセットのボートを起点として当たってくれた。
範囲が広すぎて俺達ではかなりの時間を要してしまうだろう。彼女達の水中を自在に動け、空中を飛び回れる身体能力には助けられるばかりだ。
実際には空気から量産したバルーンを元の空気の戻し、荷物として持ち帰ることはなかったようだ。
北西と南に別れて、島内部にボートを持ち込みボートにかなり明るく広範囲を照らす照明を乗せて湖沼を捜索した。
辺りは次第に暗くなっていく。空気の補充を何度かやりながら夜通しで作業が行われた。
俺は作業の合間、ボートに積まれていた大きな照明の眩しい光に、惑わせるみたいにそれを見ていた。記憶がある。
こんなものもルセットは持ち込んでいたのか。見たことがないものばかりの数日だったな。
キシリアとも・・・一緒に見たかった。
彼女がどんな反応をするのか・・・。見てみたかった。
女々しい事を言っているのは承知だが、勝手に頭に浮かんでしまったものはしょうがない。
彼女が俺の腕にすがり付き恐る恐る眺めている様子が目に浮かぶ。
最後には俺を見上げてニッコリと笑う姿も。
案の定、ここには何もなかった。
明け方になって疲れた顔をして船に引き上がる俺達。
この島における捜索もこれで終了。長い戦いが終わったような。胸を撫で下ろすような気分だ。
ロザミィや捜索に当たった俺達戦闘員を休ませるため、船は帆を張り次の目的地へと進む。
イビルバスがどんどん遠く離れていく。
何かを忘れてしまったような、やり残してしまったような、そんな後ろ髪を引かれながらあの島を去ってしまう。
俺はデッキに立ち、帆船を動かす緩やかな風を受けながら1人佇んでいた。
申し訳ない心境で最後に呟く。
「さようなら。キシリア。そしてミネバ。君達が居てくれて楽しかった。本当にありがとう」
最後の目的地。三番星。そこで決着をつける。




