28、船上ロマンス
キシリアを案内する勇者。素敵な思い出になるといいですね。
金髪のルーシー28、船上ロマンス
ドアを閉めて歩き出す俺とキシリア。
キシリアが話しかけてくる。
「勇者さん。わたくしそんなに怪しいですか?」
「え?いや、そんなことはないが・・・」
「だって勇者さん、ぜんぜんわたくしとお話してくださらないでしょ?きっと怪しまれているんですね」
「いやいや、ルーシーの長話とクリスの奇行で話すタイミングがつかめなくって・・・」
「ウフフ。確かに。皆さん自然体で接してくれて嬉しかったです」
キシリアは笑顔になり俺の右腕を組んで並んだ。
「ではしばらく勇者さんを独り占めですね」
温泉島の沢から戻る時のようだ。
あの時はキシリアは裸だった・・・。それを思い出すと顔が熱を帯びてくる。
「勇者さん、今何をお考えですか?」
小悪魔的に笑うキシリア。俺の顔を覗き込む。
顔をそむけて視線を受け流す俺。
「それで?どこに行くつもりなんだ?」
「さあ、どこに行きましょうかねえ。こんな船に乗ったことありませんし、色々見て回りたいです」
ラウンジのドアを通り過ぎて連絡通路に出てくる。そのまま真っ直ぐに船長室のドアに向かうキシリア。
ベラと話すつもりか?ベイトにハーピー姿でこの船を襲ったことを船上で話していたと聞いたが、対面させて大丈夫なのだろうか?
俺の心配をよそに躊躇なくコンコンとドアをノックするキシリア。
果たして中にベラは居たようで、声がした。
「開いてるよ」
遠慮なくドアをがチャリと開けて入っていく俺達。
ベラは奥のデスクの椅子に座って書き物をしているようだった。
町に戻るので備品の補充など、経理の仕事をしていたのだろう。
「お邪魔します」
「ん?あんたかい。それに・・・勇者君も随分仲良くなってるみたいじゃないか」
「ああ、案内をしようかと・・・」
俺がたじろいでいると、組んだ腕から離れてキシリアが一歩前に出た。
そして恭しくお辞儀をして直立した。
「船長さん。その節はどうもご迷惑をお掛けしました。多大な被害損害を出させてしまったのではと思うと心苦しいです。そんなわたくし達を船に乗せていただいて大変恐縮しています」
「さっきも言ったけど、乗ったからには客人だ。のんびりするといいよ」
ベラの強心臓にも驚嘆だ。
「でも・・・。何か仰りたいこともあるのでは・・・?」
ベラは頭を上げキシリアを見上げた。頭をポリポリ掻きながら言う。
「別に無いけどね。まあ一つだけ確認しておきたいのは、さっき言った一時休戦って言葉は信用していいんだろうね?」
「ええ。それはもちろんです」
「じゃあいいよ。船の中を見たいなら自由に見てくんな」
「あ、あの、寛大なお言葉痛み入ります。ですが・・・もっとこう、わたくし達の行動を咎めるだとか、悔い改めるだとか、そういった言葉は無いのですか?」
「あんたをここで責めたところでこの戦いが終わるわけじゃないんだろう?アタイらの目的はアジトに隠れている首領、魔王の娘の居場所を突き止めて交渉することだ。あんたが裏切って場所を教えるつもりってんじゃないなら無意味だと思うけど違うかい?」
「それはそうですけど・・・」
キシリアの方が狼狽えているようだ。
ベラのきっちり分けて考えるやり方には驚かされる。
「まあそんなわけだから自由にしてくんな」
そう言って書き物の続きを始めた。
「ご配慮感謝致します。お言葉に甘えさせてもらって船を見学させていただいても宜しいですか?」
「アッハッハ!あんたも顔に似合わずタヌキだね。最初からそのつもりだったんだろう?まあいいよいいよ。こっちも最初からそのつもりだしね」
「まあ!ウフフ。もちろんお許しが頂けたらというつもりでしたよ。でもありがとうございます。助かります」
ペコリと頭を下げクルリとドアに向かっていった。
二人の会話を茅の外で聞いていた俺は軽快に動きだしたキシリアの後ろに付いて部屋を出ていこうとする。その後ろからベラに声を掛けられた。
「勇者君。上手くやってるみたいだね。あんまり手広くやって火傷しないように気を付けなよ?」
何の話だ。何の。
ニヤニヤ笑うベラを残して部屋を出る。
「この階段の下には何が有るんですか?」
目をキラキラさせて俺を見るキシリア。
「この下は食堂や会議室、船員の部屋、客室なんかがあるな。俺も食堂くらいしか入ったことはないが・・・」
「行ってみたいです」
「ああ、行ってみようか」
例によって後ろ向きで階段を降り、食堂のドアから顔だけ出して中を覗いてみる。
船員が数人がテーブルについて食事をしていた。
長いテーブルが縦に置かれて左右に5脚ずつ椅子が置いてあるのは以前の通りだ。
「へー」
ドアから顔を覗かして部屋を見るキシリアと、食事をしながらその様子をいたたまれない様子で見返す船員達。
食事をとるつもりがない人がここに居ても邪魔なだけなので、早々に立ち去るとしよう。
中央の通路を挟んで右舷側の部屋が船員の会議室。このメスルームには初めて入る。
食事と同じ縦長の部屋の真ん中に縦長のテーブルがあり、5脚の椅子が左右に置いてある。
誰も居ない。特に見るものも無さそうだ。
それでもキシリアは珍しそうに部屋に入って見回している。
「ちょっと座ってみてもいいですか?」
「え?まあ構わないと思うが」
ちょこんと固定された椅子に座るキシリア。
俺も隣に座ってみる。
「ウフフ。ここでどんなお話をしているのでしょうね」
「さあ、航路や当番の確認とか、重要な約束事の取り決めとかかな。一度海に出てしまうと孤立してしまうわけだから意思疏通は緊密かつ確実にしておかないと、一つのミスが重大な結果を招いてしまいかねない」
「大変なお仕事なんですね」
「海が開放されてまだ日が浅いし、これから経験を積んでいくんだろうけどな」
ふーんと部屋をもう一度見回して立ち上がるキシリア。
「客室を見に行ってみましょうか」
そう言って部屋を出る。
ふと、君達はそういう大変な仕事をしていた商船3隻の乗組員を皆殺しにしたんだぞという思いが沸き上がったが、押し殺して俺も後に続く。
ベラの言うようにここでキシリア個人を責めても仕方ない。
客室に続く通路にやって来た。手前側にある二人部屋に入ってみる。
中は暗い。客は居ないので当然ながら部屋はもぬけの殻だ。
二段ベッドと固定された机と椅子。それだけの狭い部屋で俺達が泊まっているそれとはえらい違いだ。
「わたくし達の部屋より随分狭いですね」
「そうだな。でもこれが普通の船の客室じゃないかな。俺達の部屋が大きすぎるんだよ。アルビオンで泊まっている宿の部屋なんかよりこっちの方が大きいしな」
「へー」
下のベッドに腰掛けるキシリア。
俺も椅子に腰を下ろす。
「でも大きい部屋だとこう、旅をしているって感じが少し足りないから、こういう狭い部屋なんかの方が旅情を味わえるのかもしれないな」
「あら?そうなんですか?でしたらこの部屋に変えてもらいます?」
「あ、いや、旅気分ではないからな・・・今は」
「ウフフ。そうでしたね」
だがもし、この戦いが終わって時間が自由に使えるようになったら・・・。もし皆が許してくれるなら・・・。ルーシーやフラウ、クリスなんかとあても目的もない行き当たりばったりな旅なんかしてみたい。
危険もなく、争いもない。観光と食べ歩きで時間が過ぎるだけの・・・。
怒りもない、悲しみもない、迷いはちょっと有るかもしれない。
そういう情景を思い浮かべて目をそばだてて口元を緩める俺。
まだ7人いるという魔王の娘の一人目で立ち往生しているというのに、気の早い話だ。
実現するとしたらいったい何時になるのか。
「勇者さん?」
「え?あ、ごめん。ちょっと考え事を」
「勇者さんはわたくしに言いたいことがあるのではないですか?」
キシリアは真面目な顔で俺を見据えて言った。
さっき押し殺した思いに気づかれていたのか?
顔に出ていたのだろうか。
だが言いたいことと言うより聞きたい事はある。
「ルーシーと同じ事を言うようだが、俺達はさきルカとエルを死なせてしまった・・・。昨日の夜、彼女達と話をした。途中で人が変わってしまったような気がしたが、それまでは意外と話ができていた。温泉島で会ったときもそうだった」
息を入れる俺。キシリアはおとなしく聞いている。
「俺には君達と戦う理由がどうしても理解できない。今も君とこうして座って話している。戦う必要があるとはまったく思えない。クリスにも言ったセイラにも言った。君達を説得しもう一度救わせて欲しいと思ってる。もともと君達は人間だ、クリスの仲間だ。戦いをやめて俺達と共に来て欲しい。その障害となっていると言うのなら、どうか教えて欲しい。魔王の娘、リーヴァの居場所、君達のアジトの場所を」
人間だった彼女達を魔人の体に作り替え、操っていたのは魔王の娘の仕業だ。そう考えると彼女達も被害者と言える。
その戦いを終わらせるためにはリーヴァの居場所を突き止めるしか方法はない。
顔をうつむかせ、目を閉じ、考えるキシリア。
そして立ち上がり座っている俺の頭を胸で抱き締める。
「大丈夫です。勇者さんが気に病む事ではありません。これからも。そしてお誘いとても嬉しい。ですがやはり教えることはできません。わたくしはセイラさんの仲間です。裏切るような事はまだできない」
温泉島での返答と同じということか。
仲間を裏切れない。そう言われればそれ以上突っ込んだことはこちらも言えない。
俺だって仲間を裏切るなんてことしたくはないからだ。
「君達にとってセイラは余程尊敬の対象なんだな」
「そう。セイラさんが居なければわたくしなんて最初に自暴自棄になってモンスターが番人をしている城の外に飛び出して死んでいたところです。彼女は強く聡明で美しい。頼りがいのあるリーダーで、彼女の言う通りにすれば万事上手くいくんです。実際そうでした」
セイラを語り出してかグイグイと腕で締め付けるキシリア。
この体勢に覚えがあるのだが。
「わたくし達の希望であり光であり信仰でした。ちょっと女の子に手癖が早いようでしたけど、ウフフ。それも魅力ですね」
「分かった。分かったよ。君がセイラに恩があって裏切れないということは。だからこの腕を外してくれ」
「あらやだ。わたくしったら。ウフフ。失礼しました」
腕を外して腰を伸ばすキシリア。
「次はデッキに上がってみましょう。そろそろ夕暮れです」
船体の右舷側に付いている窓から見える明かりが赤みを帯びだしてきていた。
部屋を出て階段を上がりデッキに出るドアを開ける。
ロザミィが飛ぶ翼の音が聞こえる。船首の先に何本もロープを引っ張りながら船を牽引している姿は、見慣れたとはいえやはり異様として目に写る。
ミネバの姿を探すがここからでは見えないのか?姿を確認できない。
「風が気持ちいいですね」
「ああ」
「前の方に行っても良いですか?」
前の方?船首楼に入ってロザミィの近くまで行くのか。
そっちはぜんぜん行ったことがないな。俺も興味が湧いてきた。
第一甲板には中央に床があり、船尾に建物、船首にも建物が建っているという表現がわかりやすいか。船首楼の前方、ロザミィはその先に居る。
船首楼に入ると、中央に船底から伸びている太いマストがあり、その手前に小さな机、両端と前方に大砲4問、砲弾、武器、救命具、ロープやら帆布やらなにやら木箱に入って雑多に置かれていた。船尾とは違い横8メートル縦10メートルの広い一つの部屋だけだ。梯子が上下に伸びて更に移動できるようになっている。
砲門の窓は板で閉められているので薄暗い。
ここは船員が使うための場所で、客人への配慮というか、飾り気は一切無いようだ。
梯子を昇って屋上に上がる。板で閉められた出入口を開けると強い風が頬に当たりちょっと怖いくらいだ。
船首楼の屋上には腰の高さほどの縁があり、上に伸びたマストと前方に伸びたバウスプリットと今は張っていない帆を掛けるためのロープが至る所に伸びている。錨を上げる巻き上げ機も右舷側に設置されている。もちろん手動だ。
ここまで来てもロザミィはまだ先の方に居る。10メートルは先に居るだろうか?
最近4メートルくらいの大きさなので、30メートル級の巨大スズメを目の前にすると威圧感が半端ではない。
やはりミネバの姿は見えない。すでに部屋に帰ったのか。
船の縁に腕を掴ませ身を乗り出すキシリア。
ロザミィの背後から声をかける。
「ロザミィさんお疲れ様です。聞こえますかー?」
しばらく経って巨大スズメの後頭部から人の頭が出てきた。
「あ、勇者とキシリアだ」
「勇者来た」
「勇者ちゃん来ちゃった」
続けて2つの頭がずぼっと出てきた。
クリス、ミネバ、ロザミィが中に入っていたらしい。
そういえば俺も昨日入れてもらったんだ。
だが俺が来てなにかまずいのか。
「あら、おそろいでしたか。何をやっているんですか?」
キシリアが尋ねる。
「ミネバが持ってきた勇者の絵本を読んでる」
「絵本?」
クリスが答えた。俺はちょっとびっくりした。
絵本っておとぎ話とか載ってるあの絵本だよな?
まさか俺が絵本になっているのか?
魔王を倒した、わけではないが、その冒険の旅が誰かにより記されているのか?
嬉しいような照れくさいような。
俺の顔は自然に笑みが溢れた。
「そんなものがあったんですか?わたくしも見てみたいです。ねえ勇者さんも一緒に見ません?」
「あー、勇者は見ない方がいいかなぁ」
キシリアにミネバが答えた。
ん?どういうことだ?俺が見ない方がいいって・・・。
「うん。勇者とアーサーって人が裸で抱き合ってるけど、勇者そういう人なの?」
「いやいやこれはフィクションてやつで現実の出来事ってわけじゃないのよ。あ、現実かもしれないけどね。にゅふふ」
クリスの唐突な質問にミネバが答える。
俺は頭を抱えた。
溢れた笑みが真顔になっていく。
いったい何の本が出回っているんだ。
それは絵本と言うのか?ちょっと喜んでしまったのが虚しいじゃないか。
「この絵本見ながら勇者ちゃんとお話するのドキドキしちゃう」
ロザミィが照れたようにうつむき顔を赤くした。
「これは見ない方が宜しいようですね・・・」
「なんか頭が痛くなってきたよ。デッキに戻ろうか」
スズメの後頭部から出ていた3つの頭をその場に残して、俺とキシリアは来た道を引き返した。
ロザミィとミネバが何をしているか気になってもいたが、拍子抜けしてしまったな。
「酷いものが作られているんですね。そんなものをミネバさんが持っていたなんて初めて知りました」
「ああ、困ったものだ。俺とアーサーの関係は秘密にしていたんだがな・・・」
「え!?」
梯子を降りながら俺を見るキシリア。
「アハハ。冗談だよ」
「もう!勇者さんったら!びっくりさせないでください!」
「アハハハハ。ごめんごめん」
キシリアとしょうもない会話をしながらデッキまで戻ってきた。
アーサーが居たら、おい!ふざけんなよ!と突っ込まれていただろう。
さて次は・・・?
と思っているとキシリアが船尾楼の屋上を見ていた。
そう言えばそこにはプールがあったな。
さすがに水は張っていないだろうと思うが、行ってみるか。
船尾楼のドアの横、屋上からぶら下がっているロープを引いて縄梯子を降ろす。
それを登る俺。
「上に行ってみないか?」
「そんなところに梯子が?」
興味を持ってくれたようでキシリアも俺の後に続く。
船尾楼の屋上はぐるりと手摺があり、真ん中の床に板が数枚閂で止められている。3番目のマスト辺りまで横8メートル、縦15メートルほどの空間、板で閉められた床の下にプールがある。板で蓋をされたプールの広さは6×8メートル。まあまあの広さだ。
キシリアもそれが目についたようで興味深げに板を見る。
「これは何ですか?」
「板を外せばここにプールがあるんだよ。今水が入っているかは分からないが」
「わあ!面白いですね。見せてもらっても良いですか?」
「いいんじゃないかな。勝手に水を使うわけにはいかないが」
いつかベラとやったように、左右に分かれて板の閂を外し二人で板を後方に運ぶ俺達。
下のプールにはやはり水は張っておらず乾いた底が見える。
それでも構わずに板を順番に外して運んでいく。二つ折りの板は山積みになっていく。
「ウフフ。勇者さん、楽しいですね」
キシリアが板の片方を掴んで運びながら言った。
特に必要の無い作業なのだが、こうやって二人で共同作業していると何か心の繋がりを感じて悪くない気分だ。
ほんの少しの目的をもって共に体を動かす。
そこに重なっていく意識。
全ての板をどけて水の張っていない乾いたプール、の穴が全貌を現す。
味気無いものかと思ったが、これもなかなか不思議な光景で目を見張るものがある。
「入ってみましょうか」
キシリアは腰ほどの高さのプールの穴に服のまま降りてみた。
なるほど。水が無いなら服のまま中に入れるな。
俺も真似して穴に入ってみる。
以前と違い帆が張っていないので見晴らしは格段に上だ。
西の海に沈む夕焼けを見ながらプールの穴の横壁に背をつけて並んで座る俺とキシリア。
俺がキシリアの右に並んでしまったので、風で彼女の長い髪が俺の顔にパタパタとかかる。
「あ、すみません」
「あ、いや、俺がバカだった。座る場所を間違えたな」
「ウフフ。わたくしが左に詰めちゃったからですね」
それを言うならもともと真横に座る必要はなかったんだ。
なぜそこに座ってしまったのか?
キシリアは両手を壁際に下ろしてながかって胡座をかいている俺の上を四つん這いで這うように右側に移った。
そして肩が付くくらいの距離で座って笑顔を向けた。
「これで宜しいですね」
「ああ、ごめん」
彼女の仕草が、手に届く近さが、笑顔の眩しさが、なんだか照れくさいような気がして、なんと言っていいか分からずにただ謝った。
「いいえ」
キシリアはそんな俺を見越しているように優しく俺を眺めている。
俺は夕日を見ているのか?彼女の顔を見ているのか?
どちらにしろ綺麗なものを見ているのことは変わらないか。
むしろ夕日はいつでも見れるが彼女の顔を見るのはそういうわけにもいかない。
ここでは彼女の顔を見るのが正しい選択のように思える。
彼女を見ていると、ふと幼い頃に見た絵本のことを思い出した。
もちろんクリス達が見ていた妙なモノではなく、子供が見る短いおとぎ話が描かれたものだ。
どこかの国のお姫様が悪い竜に拐われてそれを騎士が救い出すというごく単純な話だった。
騎士は姫を追って火の山を超え、氷の湖を渡り、風の森を抜け、竜の棲む深い大地の穴蔵に辿り着き、竜との死闘の末、姫を取り戻す。
ただそれだけの数ページの絵本だったが、幼い俺達、俺とアーサーとアンナはその絵本の出来事を真似てよく遊んだものだ。俺とアーサーは持ち回りで騎士と竜の役をやり、アンナはお姫様役がお決まりだった。
あの時アーサーはアンナにお姫様役は似合わないと文句を言っていて、アンナは怒っていたが、今思えばアーサーはアンナの騎士に、アンナはアーサーのお姫様になったんだな。
懐かしい思い出だ。一度二人をちゃんと祝福してやるために会いに行かなければな。
だが、子供の頃に繰り返し遊んだ絵本の内容は騎士が竜を倒すまでの話で、その話のあと、絵本の結末を思い出せない。いったいあの二人は最後にどうなったのだったか。
本のタイトルを思い出せない。作者も意識したこともない。本自体も4年前に封鎖された村の家でその時あったか無くなっていたかもわからない。
あったとしてもモンスターの攻撃で潰された家が雨ざらしで、原形を留めているかも怪しい。
何か心にポッカリと穴が空いたような気持ちになる。
いつか寝ていると思ってルーシーにお姫様と呼んだことがあったが、どうやら俺は騎士と姫という関係に憧れを抱いているようだ。
俺を見るキシリア。
そうか。彼女は俺が心の中で理想として思い描いていたお姫様の姿に似ているんだ。
「どうかなさいました?」
キシリアを見ながら考え込んでいる俺を不審がって声をかけるキシリア。
「いや、ごめん。ちょっと昔の事を思い出して・・・」
「ウフフ。思い出、ですか。わたくしにとっては今がかけがえのない思い出です。ルーシーさんやクリスさんがとてもうらやましい。ずっとこうやって勇者さんと一緒に旅をしていたなんて」
「ずっとと言うほど長くはないけど」
「どうして勇者さんとわたくしはルーシーさんより先に出会わなかったのでしょうね」
無茶な事を言う。
「出会ったさ。魔王の城で。ルーシーもクリスもセイラも、そして君もあそこで会った」
「そうでした。ルーシーさんはあなたを探して、見つけ出したのでしたね。当てもない孤独な旅でただあなたを求めて」
キシリアの言葉にドキリとした。
考えたことも無かった。ルーシーが俺を探していたこと・・・。最初は褒美目的の騙りとさえ疑っていたが、辺境の村に引っ込んだ俺を探すのは並の労力ではなかったはずだ。
なぜそこまでして俺を探したのか?アルビオン王と謁見し魔王の娘の話を持ち出すには俺の褒美という場所を作って便乗するのが都合は良かったかもしれない。
しかし魔王の頭部を持っていたルーシーならアーサー達に掛け合って本物と認めさせる事だってできたはずだ。ルーシーの姿を見ていない二人でも流石に認めざるを得ないだろう。アルビオンの近辺に住んでいたアーサーを探すのはそう大変でもない。
俺である必要は微塵もない。
「ねえ、勇者さん、やっぱりプールに水を入れてみませんか?」
「え?でも、俺達がちょっと入るだけで貴重な真水を大量に消費するのは気が引けるが」
また考え込んでいるとキシリアが現実に引き戻した。
「ウフフ。わたくし達の能力のことをお忘れですか?」
そうか。魔人の力ならば空気を水に変えて船のタンクを使わずともプールに水を張れるのか。毎度の事とは言え、こちらの常識を簡単にぶち破ってくる。
「それならそれで水着を着た方がいいですよね。先に着替えましょうか」
え?俺もか?
「えーい」
そう思っているとキシリアは俺の肩に指を当てた。
俺の服が一瞬消え去り、青い海水パンツが現れた。
え?一瞬全裸になったような気がするが・・・。
「ウフフ。わたくしも」
キシリアは立ち上がり俺の目の前に仁王立ちになる。
そしてやはり一瞬全裸になった後、赤い耐水性のビキニの水着を纏った。
固まる俺。
「凄いでしょう?」
キシリアは手を広げてポーズをとり、おどけて見せた。
確かに凄いがどれのことを言っているんだ?
能力の事か、水着の事か、スタイルの事か。
どれも申し分ないのではあるが。
「次はこちらです」
キシリアがそう言うと乾いたプールの穴にみるみる水が湧き出てきた。
正しくは空気が変化したのだろうが、勝手に湧き出てきたように見える。
腰ほどの高さのプールだ、そんなに焦ることではないとはいえ、底に座り込んでいた俺は急いで立ち上がった。
「このくらいで良いでしょうか。さあ、勇者さん一緒に入りましょう」
股下ほどの高さに水位が上がり、立ち上がった俺を正面から両手を引くキシリア。
両手を引かれて思わずキシリアの顔を見る俺。
夕日を背に風に髪をなびかせ、水着姿で笑顔を向ける彼女。
遠くで響くロザミィの翼の音。波に揺れる船体。
すべてが・・・。
夢の中の出来事のようだ・・・。
現実味が薄く。どんどん遠くなっていくような気さえする。
惚けている俺に不思議そうな表情で困惑しているキシリア。
ニッコリと笑い腰を屈めて両手で水を掬うようにバシャバシャと俺にかけてきた。
また現実に引き戻される俺。
「つめたっ!」
上半身に水をかけられビクッとする俺。そこまで冷たいわけではない。
「ウフフ。勇者さん、ぼーっとしないでわたくしと遊んで下さいね」
「ぐぬぬ。よーし。そういうことなら、こっちはこれだ」
俺はしゃがんで肩まで水に浸かると両手の平でいわゆる水鉄砲を作った。
手を結んで手のひらの中に水を含ませ、手を閉じることで親指と親指の間から勢いよく水を飛び出させるアレだ。
そしてキシリアに向けて水を飛び出させた。
立っているキシリアの胸辺りにまで飛んでいった。
キョトンとするキシリア。
水をかけられた胸に両手を添える。
うっ!ちょっと調子に乗ってやり過ぎたか。そこまで飛ぶとは思ってなかった。
「ご、ごめん」
「なにを謝っているんですか?それ面白いですね。もっとわたくしにかけてください勇者さん」
「え、ええぇ・・・」
ここを狙えとばかりに胸を張るキシリア。
遠慮がちに再び水鉄砲を撃ってみるがそこまで飛ばずにキシリアの腰辺りにかかる。
「こちらからも行きますよー」
キシリアの反撃だ。腰を曲げ両手を使い水を掬い上げてバシャバシャと巻き上げる。
これにはさすがにお手上げだ。手で水を防いで向こうを向く俺。
「うわー。広範囲の攻撃は防げないなー」
「ウフフ。わたくしの射程は広いですよ」
「そこか!」
一旦手を緩めたキシリアの胸を水鉄砲が突く。
「あん。勇者さん胸ばっかり。もっと別の場所にもかけてください」
そこを狙えということかと思ったが違ったか。
「射程は広いですが、わたくしの得意なのは接近戦です!」
肩まで浸かっている俺に被さるように抱きついてくるキシリア。
腰だけ引けてしまったが動くことができずに腕の中に抱き締められてしまう。
またも俺の頭を彼女の胸で圧迫されるが、腰が引けていたので彼女の抱きついてきた勢いに負けてそのまま倒れ込む。
ドボンと二人でプールに沈む。
しばらくして抱きついたまま離れずにプールに横になって浮かぶ俺達。
非常に近い距離で瞳がぶつかる。
キシリアの視線にドキリとしてすぐに離れる。
俺はしゃがんだ状態で起き上がり頭を振って髪の毛の水を振り落とした。
キシリアもそれにならってしゃがんだ状態でプールの底に座って髪をかきあげる。
「ハハハ。困ったおてんばお嬢様だ」
「ウフフ。そうですよ。わたくしおてんばなんです」
ニコニコしながら答えるキシリア。
ハハハと笑い見つめ合う俺達。俺の緊張、と言うか困惑もだいぶほどけたようで、気安くなった感じがする。
俺達はプールに体を投げ出してプカプカ浮いてみたり、時折バシャバシャと水を掛け合ったり、飛び付いてくるキシリアを受け止めたり、だらだらと楽しく時を過ごした。
夕日も沈んで夜風の冷たさが身に染みてきたとき、そろそろプールを出ようということになった。
「勇者さん。わたくしと遊んでくれてありがとうございます」
「いや、こちらこそ。楽しかったよ。プールで遊んだのって生まれて初めてかもしれない」
「そうなんですか?そういえばわたくしも初めてかもしれないです。こんなに楽しかったのは・・・」
「え?」
「ウフフ。プールの水は空気に戻しておきましょうね」
そう言ってキシリアは水を消していく。水位が下がる。プールにしゃがんでいた俺達は投げ出された形になった。
俺の濡れた体も乾いていく。
なんだか侘しい気持ちになる。
「服も元の・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
キシリアが言いかけたとき俺はキシリアへ後ろを向けた。
一瞬全裸になるんだろうから正面を向けていると見えてしまう。
「いいよ」
「はい」
俺が合図するとわざわざ俺の前にズイとやって来て二人の水着を消してしまう。
「あ!」
と言うが早いか、元の服が戻ってきた。
「どうかしましたか?」
「い、いや。なんで正面に・・・」
「ああ、わたくし物の形を戻すときにロックナンバーを見て戻さなければいけないんです」
「ロックナンバー?そういえばクリスがそんなこと言ってたな・・・。そういうことか」
「けして勇者さんの裸が見たいから前に出たというわけではないんですよ?」
「ああ、うん。分かったよ」
「ウフフフフフ。なーんて、嘘です!ウフフ」
ええぇ、どっちが嘘なんだ。
プールの穴から這い出て後ろに置いてある板の蓋を今度は順番に閉めていく。
月明かりがあるとは言え足元に注意しなければ。
「ふー。これで元通りですね」
「ああ、お疲れ様。今日はもう暗くなったし、部屋に帰って休もうか。明日の朝には町に着くだろう」
「はい。そうしましょう」
「明日は何があるのかさっぱり分からない。ルーシーがどうするつもりなんだかな」
「楽しみですね」
ニコニコしているキシリア。
うーん。竜をなんとかする方法をルセットに相談しないといけない。
俺には不安しかないのだが。
「まあ部屋まで送るよ」
大した距離でも複雑な経路でもないのだが、そう言うしかないよな。
「ありがとうございます」
縄梯子を降りて船尾楼、右舷側のドア、ラウンジ、シャワー室を越えてシングルベッド二つの部屋に歩いて行く。
途中からキシリアが俺の右腕を組んできていた。
なにかフワフワした感覚だ。
「さあ、ここだな。今日はありがとう。おやすみ」
彼女が内開きのドアに入って行くのを見送るつもりで立っていたら、組んだ腕をそのままに部屋に入ろうとするキシリア。
「え?」
多少の抵抗をものともせず俺を部屋に連れ込んだ。
なんてパワーだ・・・。引きずられてまったく動じなかった。
腕を組んだまま俺をじっと潤んだ瞳で見つめるキシリア。
「わたくし勇気を出しました。勇者さんを、へ、部屋に・・・」
そういえばミネバと同室だったはずだが、まだ戻ってきてないのか。
部屋で二人きり・・・。さきまでも二人だったのだが、船員達とか人はどこかに居たはずで、完全に二人きりというわけでもなかった。
いやいや、なにを意識しているのだか。部屋で二人になったところでルーシーと居たときと変わりはしないのだから。ははは。
「わ、わ、わたくしも、勇者さんと、そ、添い寝したいです!!ああぁ!言ってしまいました言ってしまいました!恥ずかしい!!」
キシリアの方も勝手に盛り上がっているようだ。
しかし・・・ここで寝てしまうとルーシーに後で何と言われるか恐ろしい。
「部屋で、ルーシーが・・・待ってるといけないから・・・」
「やっぱり勇者さんはルーシーさんが良いんですか?」
「そういうことでは・・・。ルーシーは俺が居ないと眠れないそうで・・・」
「暗くはなりましたけど、まだ眠るには早い時間ですし、ミネバさんが戻ってくるまで、もう少しここで勇者さんと一緒に居たいです!」
潤んだ瞳から固い決意がみなぎるキシリア。
そ、そうか。ミネバが戻ってくるまではクリスも部屋に戻らないだろうから、それまでの間ならここで過ごしても良いか。
俺は食事にも行きたいのだが。
「わかったよ。手のかかるわがままお嬢さんだな」
「アハ。勇者さん、ありがとうございます。そうです。わたくしおてんばでわがままではしたない女なんです。お嬢さんかどうかはわかりませんけど」
俺の承諾に腕を組んだまま飛び上がるように喜ぶキシリア。
その姿を見ると俺も嬉しくなってしまう。
そういえばここの部屋に入ったのも初めてのような気がする。
幅3メートル縦5メートル程の面積の部屋で、ドアから入ってすぐ手前に固定された丸テーブルと2脚の椅子が対面に置かれている。それからベッドが右舷側を頭に縦に二つ並んでいる。ランプの灯りだけで薄暗い。
手前のベッドに俺を導くキシリア。
縁に二人で座る。
「あのう。わたくしと格好だけでいいので添い寝をしてくれますか?」
「ああ」
ここまで来て断るのもなんだし、特に深く考えずに頷く俺。
弾けるような満面の笑みを俺に向けると、俺の右腕を組んだままベッドに横になろうとするキシリア。
俺は抵抗せずに背中を着けてベッドに真っ直ぐに横になる。
キシリアは俺の右腕にそのまま抱きついている。
彼女は俺の顔をジーっと見ている。俺もつられて彼女の顔に目を向ける。
「ウフフ。ドキドキしますね」
「そうだな。君の積極性には驚かされるよ」
「勇者さんは押しに弱いとセイラさんに聞きましたから、わたくし押して、押して、押しちゃいますよ」
「それは弱ったなあ」
俺は苦笑いした。そんなに押しに弱いかな?
「勇者さんのこと色々知りたいです。色々聞いても良いですか?」
「色々って?」
「好きな色とか好きな食べ物とか、趣味とか・・・」
「ははは。色は白が好きかな。食べ物は食べられれば何でもいいけど海鮮パスタとかがオススメするくらいには気に入ってる。趣味は・・・なんだろう」
「女性を虜にして回ることですか?」
「なんだそりゃ」
「ウフフ。自覚がないのが厄介ですね。それでは好きな女性のタイプとかはどんな方が好みなんです?」
「気になる言い方だなぁ。好きなタイプは君だよ」
「え?」
「君だよ。さっき思ったんだ。子供の頃に見た騎士とお姫様の絵本のお姫様に君が似ているって」
「勇者さん!本当に無自覚に!」
キシリアは顔を伏せてバタバタと俺を叩いた。
「アハハハハ。安心してくれ。嘘じゃないから」
「もう、余計ドキドキしてしまいます」
叩く手を休めて口許に手を添えた。
「俺は君のことが聞きたいな。どこ出身なのかとか、なにをやっていたのかとか」
「人間のときの事は忘れてしまいました」
キシリアは悲しそうな顔をした。
別の意味でドキリとして顔を見直した。多少心安くなったと思って調子に乗って触れてはならない傷に触れてしまったか。
今の彼女にとって人間だった頃の事など戻ることのできない過去でしかない。
「ごめん。至らなかったよ」
「いいえ。いいんです。勇者さんにわたくしのこと知りたいって思ってもらって、嬉しくもあるんです。でも、昔のことを思い出そうとすると、やっぱりまだ・・・」
俺の腕を強く抱き締めるキシリア。ただ思い出したくないというより何か辛いことでもあったのか?
「もし話ができるようになったら、勇者さんに聞いてもらっても良いですか?」
「ああ。もちろん」
ニッコリ笑うキシリア。
「それより、ルーシーさんとクリスさんはいつもどのように勇者さんと眠っているんでしょうか。わたくしも同じようにやってみたいです」
「え?いや、こんな感じだよ。腕にくっついて・・・」
「うーん。嘘です。きっとこんな感じで・・・」
俺の腰辺りを膝をたてて跨がるようにし、両手を頭の隣に起き、四つん這いになるキシリア。そのまま俺の上にのし掛かるようにスルスルと降りてきた。
「さすがにそれは・・・」
俺はドッキリした。俺の頬に彼女の頬が当たる。体も密着している。腰辺りを跨がるように足を開いて俺の上に乗っている。両手が俺の手を探して指を絡ませ握り合う。
「大胆だよ・・・」
ゴクリと生唾を飲む俺。
キシリアがどんな顔をしているのかは俺からは見えない。
「わたくしも勇者さんが一緒じゃないと眠れないと言ったら、気にかけて一緒に眠ってくれますか?」
「いきなり急にそんなこと言われてもだな・・・」
「ウフフ。信じられませんよね」
頬を刷り寄せ、指を絡ませた手をニギニギし、体の隙間を埋めるように腰をくねらせるキシリア。彼女の大胆さは一線を越えている。いくらなんでも押しすぎだ。
「このまま勇者さんと一緒に過ごせればいいのに」
首を上げて俺の顔の正面に向かい合い俺を見つめるキシリア。
俺には彼女の考えていることが分からない。
ただ彼女の視線から目を背けずに見つめ返す。
そのまま何も話さずしばらく見つめ合っていたが、ドアがガチャリと開く音で俺達の見つめ合いは終わった。
入ってきたのはミネバだった。
俺達がベッドで横になっているのを見て、わざとらしい二度見をした。
キシリアは俺の上から退いてベッドの縁に座り直した。
「ありゃー?もしかしてお邪魔しちゃった?それとももうお済みで?」
「そんなことありませんよ。ミネバさんが戻ってくるまで勇者さんに居てもらっていただけです」
「あはーん。そうかなー?そうは見えないけどなー。勇者のスッゴい絵本を見てたらもっとスッゴい事が部屋で起こっていたなんてなー」
「起こってないよ」
「起こっていませんよ」
疑うミネバに俺とキシリアが同時に反応した。
顔を見合わせてクスクス笑うキシリアと俺。
俺はベッドから起き上がるとドアへと歩いて行った。
「ミネバが戻ったということはクリスも部屋に戻ったんだろうな」
「うん。帰ったよ」
「じゃあそろそろ俺も帰ろうかな。二人とも今度こそおやすみ」
俺はそそくさと部屋を出ていく事にした。ミネバにからかわれたら厄介だ。
ドアの近くに居るミネバの横を通り過ぎようとすると、ミネバに抱きつかれた。
「勇者ー!!生勇者ー!あたしにもくれー!!」
「なんだよいきなり」
珍獣に抱きつかれた気分だ。この差は何なんだ。
Tシャツの襟を持って引き剥がすと、俺はドアに手をかけ、今度こそ部屋を出ていこうとした。
「おやすみ。また明日」
「おやすみなさい。わたくしのわがままに付き合っていただいてありがとうございました。また明日も宜しくお願いしますね」
「ああ。それじゃ」
そう言って俺とキシリアは挨拶して別れた。
ドアを閉める時にミネバとキシリアの会話が少し聞こえた。
「ホントのとこはどうなのよー!」
「何もありませんって」
さて時間が経ってしまったが、ルーシーとフラウ、戻ったクリスが待つ部屋に帰ろう。帰ったら食事に一緒に行きたいな。もう済んでるかもしれないが・・・。
この間クリスが何をしていたか、また彼女に書いてもらうとしようか。
ミネバとロザミィ、彼女達の様子を見に行ったクリスの動向を聞いてみよう。
こんばんは。クリスだよ。
また勇者が私に何をしてたか書いてくれって頼んできたけど、特に何もないよ。
それじゃあ何だからあったことをそのまま書くね。
勇者がキシリアと部屋を出て、私がルーシーにヌードを頼んだけど断られたあと、ミネバとロザミィが気になって見に行くことにした。
「ロザミィを見てくる」
「ああ、ミネバが行ったって言ってたわね」
「気になりますね。お気をつけて!」
「うん」
下着姿のルーシーとフラウに見送られて私は部屋を出る。
途中船長さんの部屋での話し声を素通りしてデッキに向かう。
外は夕焼けだ。
結構離れてはいるけどロザミィの巨大スズメの頭の上を目を凝らして見てみる。
距離で言うと40メートル先くらいかな。
マストと船首楼の壁でよく見えない。でも人が乗っている様子はなさそう。
私は真ん中のデッキに伸びてるマストの見張り台に飛び上がった。
そこには海を監視している船員のビルギットさんが双眼鏡片手に海を見渡していた。
いきなり飛び乗ってきた私に驚いた様子でこう言う。
「おおっ!驚かすなよ。相変わらず良い脚をしてるなぁ」
驚いたのはこっちだよ。また私の足を見て喜んでる。挨拶もそこそこに足を褒めるってどういうことなの?
でもまあ貶されるよりはいいし、聞きたいことがあるからスルーしておこう。
「ねえ、巨大スズメに今日乗ってきた女の一人が近づかなかった?」
「ああ、どうなってんだか。今も中に入っているよ」
「中に入っている?」
そうか、昨日の昼に勇者もロザミィの巨大スズメの中に入ってたのを見たんだった。
ロザミィの中。気になる。
「そうなんだ。ありがとう」
私は船首のマストにジャンプして飛び移った。そしてそこからさらにジャンプしてロザミィの頭の上に。
「ロザミィ。ミネバも居るの?私も中に入れて」
返事はなく、代わりに足元がズブズブと頭の中に沈んでいった。
巨大スズメの中は私の想像とはまったくかけ離れていた。
壁と床は見えない無色透明。私達魔人の目という意味では見えるけど、外が丸見えでまるで海の上を水平に移動しているみたい。みたいというか実際に移動はしているんだけど、何も乗っていないで自分で空中を飛んでいるかのような。
慣れるまでかなり怖い。
壁と床はぶよぶよしてて気持ち悪い。
頭の直径は10メートルくらいはあるみたいでわりと中は広い。
ロザミィとミネバは部屋でくつろいでるみたいにうつ伏せになって本を読んでいた。
辺りに薄い本が散乱して散らかっている。
「なにやってるの?」
「絵本を読んでいるよ」
「そうそう。ロザミィが暇だと思ったから私の人間時代からのコレクションを持ってきたのよ」
ロザミィとミネバが答えたけど、コレクションなんて初めて聞いた。
「本集めてたの?知らなかった」
「ニュフフ。あんまり人に言うことじゃないからね」
私は落ちている本をひとつ拾ってページを捲ってみた。
私に衝撃が走った。
一見して勇者だと分かる男がアーサーという男とベッドで裸になって抱き合っている。
キスもしてる。
なに?どういうこと?
「クリスお姉さんにはまだ早かったんじゃないかなー」
「それはお目が高い。描写がリアルで有名な絵本だねぇ」
ロザミィとミネバに何か言われた。
私はショックで最初のページから読み始めた。
細かい内容はここでは伏せるけど、魔王討伐の旅の途中で宿に入った二人がお互いを求め合うという話だった。
アンナはどこにもいなかった。
ショックだ。私とルーシーが毎晩一緒に寝ているのに何もしない理由がこんなことだったなんて。
「ロザミィさんお疲れ様です。聞こえますかー?」
しばらく読みふけっているとキシリアの声が外で聞こえてきた。
船首の手すりに体をもたれさせてこちらを見るキシリアと、勇者が横に立っているのがこちらからは丸見えだ。
私達は壁に頭を突っ込んで外に頭だけ出した。
そこで絵本の内容は作り話だって教えてもらった。
なーんだ。ビックリした。
頭を抱えて去っていく勇者とキシリア。
それを見送ると私達は本の続きを読み続けた。
別の本を見てみると内容がめちゃくちゃだ。魔王と言われてるけど見た目も性格もぜんぜん違う男に勇者が負けて色々されたり、アンナが主人公で勇者とアーサーに色々されたり。
とにかく変な話ばっかりだった。
「これなんなの?」
「今さら聞くの?」
「クリスお姉さんにはまだ早いよー」
私はうつ伏せになっているロザミィの背中に馬乗りになって頬っぺたを両方つねった。
「ひひゃい、ひひゃいひょー」
「ニュフフ。これは大人の女の子向けの勇者本だよ。勇者に憧れるあまり勢い余って描いた本をみんなで交換したり販売したり流通させて、そっち向けにコミュニティが確立しているんだよ」
「そっち向けって・・・」
早いかどうかは分からないけど、あまり深く関わりたくはないかもしれない。
本物の勇者とキスしてる方が楽しい。
そう思うと勇者とキスしてる私はこの人達に恨まれるんじゃないかと怖くなった。
「はあ!」
絵本を色々漁っていると突然ミネバが立ち上がった。
ビックリする私とロザミィ。ミネバを見上げて固まった。
「あ、ああ、漏れる」
ミネバはがに股の太股から液体をチョロチョロとせせらぎ出した。
「ああ!ミネバちゃん!私のスズメちゃんの中でおもらししないで!」
ロザミィが叫んだけど時すでに遅し。透明な床に水溜まりができていた。
部屋にフルーティーな香りが広がる。
飲んだものがそのまま出てくる私達はジュースを飲んだらジュースがそのまま出てくる。
「いやーあぁ!良い香りがする!けどそれが逆に精神的にキツイ!」
ロザミィが悲観して叫ぶ。
ミネバはうっとりした表情でため息を吐いた。
「あー。昨日飲んだリンゴジュースが出てきちゃった」
「なんでジュース飲んでるのよー。私達は飲まなくたっていいでしょー!」
「えー?ジュース飲みながら絵本片手にもう片方の手でウッてするのが最高に幸せを感じる瞬間でしょ?」
「そんなの最低だよー!!」
「ふー。こうやって出しても能力で元に戻せば無限に飲めるし、ちょー便利」
そう言ってミネバ自身の足元の液体を消し飛ばして瓶の中に積めていく。
「いやー!再利用しないでー!!」
うん。ミネバはちょっとおかしい。
昔からおもらしして魔王に怒られてたとか話を聞いたけど、住んでる世界が違う。
辺りの海が暗くなってきた。いつの間にか部屋の中に照明が点いて明るくなっていたけど、暗い海を透明な床の上で飛んでいるのはまた別の怖さがある。
「じゃあそろそろ部屋に戻ろうかな」
ミネバが言い出した。私も戻らないと。
「えー。私一人で寂しいよー」
「ニュフフ。あたしのコレクションの中から好きなのいくつかあげるから選んでいいよ」
「え?いいの?」
「いいよ。あたしのコレクションは5冊ずつ保管しているから、布教用のものを崩してあげるよ」
「うわー。どれにしようかなー」
ロザミィが嬉しそうに絵本を選び出した。
私がそれを見ているとミネバが私にも言った。
「クリスは実物で満足してるかもしれないけど、欲しいなら持っていったら?」
「私もいいの?」
「実物で充実してるかもしれないけど!」
「別に満足も充実もしてないけど、今度勇者に読んでもらおう」
「んぎゃーっ!!本人に音読ーっ!!」
ミネバが泡を吹いて倒れた。
私とロザミィはミネバを放置して本を物色した。
ロザミィはモンスターに勇者がやられて色々されるやつを、私はアンナと勇者の純愛ものを選んだ。
「ミネバ。選んだよ。これとあれをもらっていい?」
「ハッ!寝てた!うん?ああ、いいよ。いいけども私が言うのもなんだけど、モンスターモノを選ぶってどういう神経してるのよ」
「かわいいモンスターだからいいの!」
チラリとロザミィが持ってる絵本を見たら巨大ナメクジみたいなヤツだった。怖い。
これ勇者どうなるの?後で見せてもらおう。
「じゃあ明日は町に行くみたいだからあたしは早めに寝とかなきゃ。2年ぶりぐらいだから色々買い漁らないとね。ニュフフ」
「え?ローレンスビルにも売ってるの?」
「さあ?そこに行くのは始めてだから分からないけど、大陸チェーンで展開してるから売ってるんじゃないかな」
「ふーん」
私は興味ないふりをした。
今読んでたのは勇者が魔王を倒した、わけじゃないけど、それ以前に描かれたものということみたいで、魔王が居なくなった、わけじゃないけど、今はどんな絵本が出ているのか興味が少しある。
さすがにルーシーやフラウ、私が描かれるのはまだ早いだろうけど、今後私達でアンナ純愛ものみたいなものが描かれる可能性もあるのかな?
「そいじゃおやすみ。高鳴る胸を押さえきれないけどね。ニュフフフフ」
大量の本を風呂敷に包んでどこかになおしてからミネバが飛び出ていった。
自分が何しにここに来たのか忘れていた。
でももういいか。私も部屋に帰ろう。
「私も帰る。ロザミィ寂しいの我慢できる?」
「うん。いつもこんな感じだから大丈夫だよ」
「そう。偉いね」
私はロザミィの頭を撫でてやった。
口をんーって突き出してきたから指でつまんであげた。
「うえーん。クリスお姉さん酷いよー」
「酷くないよ。おやすみね。あ、ロザミィは寝たら危ないのか」
「もっと労ってー!」
「頑張ってね」
私もロザミィを残して暗くなった外に飛び出した。
部屋に戻ると、ルーシーとフラウが下着姿でベッドに座っていた。
え?って思った。ルーシーは下着姿だったけどフラウまで・・・。
「遅かったわね。どうだったの?」
ルーシーがタオルで髪を拭きながら聞いてきた。
なーんだシャワーに入ってたのか。変な絵本を見てたからてっきりルーシーとフラウが変な関係になったのかと勘違いしちゃった。
「なかなか帰って来ないのでシャワーを先に浴びちゃいました」
「私は今日走ったり砂埃まみれになったりだったからねー。シャワーがあってホント助かるわー」
フラウとルーシーは満足そうにくつろいでる。
「なんか絵本読んでた」
「絵本?その手に持ってるやつのこと?」
ルーシーは私がミネバにもらって持ってきた絵本を見た。
「うん」
「へー。意外な趣味ねー・・・。絵本?」
興味ありげに手元を見るルーシーに絵本を見せた。顔がちょっとひきつった。
「何かいかがわしいような危なげな雰囲気を醸し出していますが・・・」
フラウも覗き込んで引いてしまった。
アンナと勇者が半裸で抱き合っている表紙の絵本だからしょうがないね。
タイトルは愛欲ヒーリング。
「ただいまー」
後ろのドアが開いて勇者が帰ってきた。
「きゃーっ!勇者様!ノックくらいしてくださいー!」
フラウがついたてに飛んでいって隠れた。
「え?あ、ごめん」
「勇者、これ読んで」
間髪を入れず私は絵本を勇者に渡した。
勇者は真っ青な顔になっていく。
「う、嘘だろこんな本まであるのか」
「さすがに本人に見せるのは気の毒よ。しかもフラれた相手と・・・」
ルーシーは静かに私の手から絵本を取り上げて枕の下に隠した。
「勇者アンナにフラれたの?」
「フラれたというか、アーサーとだな、いやこの話は後にしよう。腹が減ったんだ。ルーシーとフラウは食事はとったのかい?」
勇者に誤魔化された。
「まだよ。勇者様を待ってたんだから」
「そうですよ。勇者様遅かったですね。どこを案内していたんですか?」
ルーシーと服を着て出てきたフラウは勇者を責める。
「プールに入ったり部屋に呼ばれたりしたよ」
「プール?」
「部屋?」
勇者の悪びれない返答にルーシーと私が鋭い目で突っ込んだ。
「なかなか積極的な女性だな。キシリアは。昔からああいう感じなのか?」
ルーシーと私の鋭い視線に気づかないのかニヤニヤしながら話す勇者。
勇者はキシリアに夢中になってるみたいだ。
温泉でもキシリアの裸をジロジロ見てたし。
私とルーシーが何も答えないので勇者が私達を見て不安そうな顔をした。
「え、っと。昔から・・・」
「奥ゆかしい、礼節と節度をわきまえた女の子だったよ。勇者のことよっぽど気に入ったんだね。良かったね」
私はなげやりに勇者を励ましてやった。
「え?あ、ああ。ありがとう」
「ウフフ。勇者様が困っているじゃないですか。正直に話してくれるのはお二人を信じているからですよ。さあ食事に行きましょうよ。私もお腹ペコペコです」
困惑する勇者にフラウが助け船を出した。
そうか、私信じられてるんだ。
私は勇者の腕に抱きついた。
ルーシーが無言なのが気になって勇者とルーシーの顔を見てみた。
怒っているのかと思ったら何か考え事をしているみたいだった。
よく見るとさっきの下着とは違う下着の上にいつもの服を着て食事に行く用意を済ませた。
「じゃ、行きましょうか」
ルーシーの言葉で私達はぞろぞろと部屋を出て階段下の食堂に向かっていった。
私はミネバのアレを見て普通の食事に拒否感を更に強めたけど、みんなと一緒が良いからついていく。
食堂に入ると珍しくベイト、モンシア、アデルが左舷側に3人並んで食事をとっていた。
他の人は居ないみたい。
私達は右舷側の席にルーシー、勇者、私、フラウの順で積めて座った。
「遅い夕食だな」
「ええ、船員が突然の出航で慌ててましたからね。やっと席が空いたんです」
「そうだったの。悪いことしたわね」
勇者、ベイト、ルーシーが話す。
「美味しそうね。同じもの頼もうかしら、勇者様とフラウはそれでいい?」
頷く二人。
ルーシーがベイト達が食べている切れ目にレタスとスライスしたチーズを挟んだバゲットと、クリーミーなスープにパスタが入ってるものをコックに注文した。
私の話はここまで。勇者が一緒だからここからは勇者が自分で書いてよね。
ふー。勇者私のこと何だと思ってるの?




