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金髪のルーシー  作者: nurunuru7
22/45

22、宝探し

二回目温泉回後半。セイラは突然宝探しゲームを提案してきた。失うもののない勇者はそれを承諾するのだが・・・。

作品中最長の1300行を超える長編。気合が入る場所がちょっとおかしいぞ!

金髪のルーシー22、宝探し


俺達が広い浴場に戻るとセイラ達が料理を作り終えているようだった。

エプロンを外し全裸に戻っている。

深いスープ皿に木の棒のようなものを2本添え、トレイに乗せて運んできた。


「あら。なにこれ?」

「豚骨ラーメンよ」

「ラーメン・・・?」

「東方の食べ物。スープパスタみたいなものね。箸で啜って食べるのよ!」


ルーシーとセイラが温泉の真ん中に立ってやり取りする。


セイラ達が自分の分は無く、クリス以外の俺達7人の分のラーメンを脱衣場兼厨房から運んできた。


「旨そうだなあ!」

「どうぞ。召し上がれ」


モンシアにルカがトレイを渡す。


「悪いな」

「お口に合うといいのですけど」


アレンにはキシリアが。


「いただきましょうか」

「もらうぜ」

「アツアツだから気をつけてね」

「はーい。お待たせ」


ベイトとアデルにはマリアとファラがそれぞれ支給した。


ルーシーにはエルがトレイを渡し、俺にはセイラが、俺達の横のちょっと離れた場所に座ったフラウにはカテジナが来てくれていた。


それぞれ元の位置に収まったがセイラだけは俺の目の前で立っている。


顔を見合わせる俺とルーシー。


「大丈夫だって言ってるでしょ。毒とか薬とか入ってないわよ」

「結構油っぽいけど、体型的に大丈夫なのかしら」

「ラーメン一杯では変わらないわよ。それにルーシーは体形気にするほど太りやすくないでしょー」


「うーん。こってりしてて美味しいです!」


フラウはもう食べ始めてるみたいだ。

俺も良い匂いに耐えられず、スープを絡めながら麺を箸で啜る。


「本当にウマイなー。スープが濃厚で舌に絡み付くようだ。麺の喉越しと合わさって腹に染み渡るように入っていく。トッピングのネギともやしとチャーシューも食感と味を引き立てるのに一役買っている」

「勇者様おいしそーに食べるのね」

「ルーシーも早く食べなさい。冷めると美味しさが減っちゃうわよ。まあ、ルーシーの皿だけ激辛だったり、麺が入ってなかったりとか意地悪しようかと思ったけど魔王付きのメイドの誇りってものがあるからね。美味しいって言われないと癪じゃない?」

「それはどうも。食が進む話をありがとう」


ルーシーは若干引きながらも麺を食べてみた。


「あら。凄く美味しい」

「ウフフ。ありがとう」


誘拐されて無理矢理働かされていても誇りというものが生まれるものなのかな。複雑な想いの中で過ごしていたのだろうか。


セイラは俺の左横にピッタリくっついてるクリスに覆い被さるようにのし掛かった。


「クリス。みんなが食べてる間に私達も食事をしましょ」

「え?勇者が横で見てるよ。恥ずかしい」

「大丈夫よ。みんな見て見ぬふりしてくれるから」

「え」


俺の左腕を握っているクリスの右腕。その右肩に首筋から回して右手を置き自分の方へ引き寄せるセイラ。

二人は突然イチャイチャとキスを始めた。

横目でそれを見ていた俺は思わず箸が止まってしまった。

見て見ぬふりをしろということだろうか。


見ないようにと目を反らそうとするが、クリスもセイラも視線は俺を向いている。

挑発的に俺を眺めながらクリスの唇に舌を這わせるセイラ。

クリスは息を荒くして頬を上気させ、肩を上下に動かしている。そして薄く開いたせつない目で俺をじっと見る。

俺は横でラーメンを口に入れるのだが、気になって食べれない。


俺の左腕を握っているクリスの手に力が入ったり、抜けたりを繰り返しながら、二人は唇を重ね合い、舌と舌を絡ませる。

時折熱い吐息が漏れる。

それでも俺に視線を向けたままだ。


どうしろと言うんだ。

ゴクリとラーメンのスープを飲み込む。

襲われている・・・わけではないんだよなあ?


しょうがないのでラーメンを啜っているとスープまで完食してしまった。


「ナマだ」

「生のご招待だ」

「何よそれ?」


モンシアの両隣に座っていたルカとエルがよく分からないことを呟き、ルーシーが突っ込んだ。


「知らなかった?セイラの部屋に招待されたことを私達はそう呼んでたの」

「セイラの部屋に招待されたってことはぁ・・・」

「え?」


ルカとエルはクスクス笑ってそれ以上は言わなかった。

ルーシーは顔を青くしていた。


「ここに居る連中はみんなご招待を受けてたんじゃないの。部屋の前で並んでた時もあったし」

「もう。やめてください。昔のことですから」


ミネバとキシリアも話している。


「みんなが私に相談とか教えて欲しいとか言ってやって来たんでしょ。私が呼んだんじゃないわよ。それより、勇者ちゃんもう食べ終わったの?おかわりしたいなら作ってあげるわよ」


セイラがクリスを離して俺に問う。


「え?いいのか?おかわり」

「勇者様。この状況でよくおかわり頼めるわね」


ルーシーに怒られてしまった。


「ウフフ。いいのよ。作ってあげる」


じゃあ俺も俺もと男性陣が声をあげる。

みんな俺同様セイラとクリスの行為に目のやり所がなく困っていたのだろう。


セイラ達が再び脱衣場兼厨房に上がる。


クリスが俺の左腕に抱きついてきた。


「はぁ・・・うぅ・・・」


なんか悔しそうだ。


セイラ達はすぐにおかわりを作って持ってきてくれた。


「はーい。どうぞー」

「ありがとう」


俺達は二杯目をズルズルいわせて食べていた。

セイラは俺達の前で仁王立ちだ。


「ルーシーはいいの?」

「私はいい」

「そう。ああ、そうそう。さっき何のためにここに呼んだのか聞きたがってたわね」

「ええ」

「あえて、別の答えを答えるとすると、それはルーシーや勇者ちゃんの驚いた顔が見たいから、ねえ」

「はあ?」


「ウフフ。キャスティングボートを握ってゲームメイクするのが楽しいってわけよ。振り回されてビックリしてガッカリして、悔しがって絶望して。そういう顔を見るのが凄く楽しいわ。だからゲームはフェアプレイでやらないと意味がない。別に怒った顔を見たいわけじゃないの。イカサマを使って勝ったって面白くはないわ」


「それって翻弄されてたじろぐ人を見下すのが好きってことじゃないの。良い性格してるわね」

「ずっと翻弄されてた人生なんだから、たまには良いじゃない」

「私がルールに従わなかったらどうする?剣は持ってきている。この場であんた達を切り捨てる事だってできる」

「それが無理なのは港で試したでしょう?私は化け物になった。でもあなたも化け物。じゃあ勝負をつけるのは違うやり方の方が相応しいんじゃない?」

「それがゲームってわけ?」

「そう。どちらが先に目的を達するか。アジトを見つけられるか、隠しとおせるか」


俺達男性陣はラーメンをズルズル食べている。

なんか良いのかな・・・。


「ということで、これから宝探しゲームをやりたいと思いまーす」

「は?」


セイラがいきなり変な提案をしだした。

喉に麺がつっかえそうになる。


「実は思ったよりも広いこの島。温泉もまだまだ別のルートがあるの。そこで私がここに来てからすぐに赤い風船をどこかに隠した。それをみんなで見つけて欲しいの」

「みんなって。私達も?」


ルカが驚いた。


「そうよ。一番始めに見つけて持ってきた人が優勝」

「なんでそんな事しないといけないのよ。私達に何のメリットもないでしょうが」


ルーシーが呆れて唖然とする。


「あるわよ。あなた達の誰かが先に見つければ、私達のアジトの場所のヒントを教えてあげる」


アジトのヒント?


俺はルーシーを見た。


「バカバカしい。隠したのがあんたなら思考のリンクで仲間にいくらでも情報共有できるじゃないの」

「ここまでフェアプレイを熱弁してるのにまだ信じないの?ホントにあんたは入ってきた時から生意気だとは思ったけど」

「うっさいわね。もう先輩も後輩も無いでしょうが。それに私は化け物でもないわよ。現実にいくらでも不正できる事を指摘しただけでしょ」


「じゃあルーシーは不参加と。勇者ちゃんはどうする?」

「やろう」


「やるの!?絶対こいつらインチキするわよ!?」

「それは分かっている。だがメリットは無いがデメリットもない。無いで元々の物なんだし、やってダメでも失うものはない」

「今の話で思い出したんだが、この島の捜索、朝はここで女性達と出会って中断、夕方は船が到着して中断、で全面的には終わってないんだよな。まあ、ここを探す意味が無さそうだが、最後までやっておくのも悪くないかもな」


アレンもその気のようだ。


「ずっと座ってたんじゃ腰も痛ーしな。ちょいと食後の運動にゃなるだろうぜ」


モンシアもだ。


「熱気も凄いですしね。外気に当たった方がいいかもしれません」

「そうしよう」


ベイトとアデルも。


「勇者がやるなら私もやる」

「面白そうです!」


クリスとフラウもだ。


「うー。私だけ反対なのー」

「ルーシーは考えすぎなのよ。現実主義者なのは分かるけどもっとエンジョイしたら?」


セイラに抱きつきよしよしされるルーシー。


それはそれとして、皆立ち上がり、それぞれの陣営にて円陣を組むような形で集まり始める。

セイラが中央に立ち、皆の注目を集める。


「ルールはさっき言った通りよ。この島のどこかに隠してある赤い風船を探して私の所に持って来ること。勇者ちゃんチームの誰かが勝利したならアジトのヒントを教える。当然私達のチームメイトには場所は教えてないし、連絡もしない。場所を知っているのは私だけ。私はここでみんなの健闘を祈りながら、最初に風船を持って来る人を待つわ。時間制限は無いけど全員ギブアップしてここに戻ってきたら終了する。何か質問はある?」


「質問って言うか確認だけど、探している私達を各個襲撃してくるなんてことはないんでしょうね?」

「愚問ね。そんな面倒なことするくらいならラーメンに何か入れてるわよ」

「じゃあそれを一応信じるわ」


立ち直ったルーシーの質問に答えるセイラ。

思わず腹の辺りがゾワゾワしてくる。


「はーい。しつもーん。私達が勝ったら商品は何かなー」


マリアがにこやかに問う。


「え?あなた達にも商品いるの?考えてなかったけど、それじゃあ勇者ちゃんと一夜を過ごせるってのはどう?」


「おいおい。なんで俺が商品になっているんだ」

「そうよ。そんなのダメよ!」

「ダメだよ」


俺とルーシーとクリスが声を合わせる。


「まあまあ、いいじゃない。勝てばいいんだし、過ごすだけなら何をしろって事でもないでしょ。私達はアジトを賭けてるんだからそれくらい出しても良いと思わない?」

「うーん。よく分からない理屈だが」

「後出しで失うもの作ってんじゃないわよ!」


「はーい。じゃあ今からスタート!探して探してー」


「ぎゃーっ!なんなのよー!」


叫ぶルーシー。

こちらの言い分は無視され急に始まってしまった。

マリア達、キシリア組、ルカ組はそれぞれ各方面に歩き出す。


「こうなったら全員で手分けして探すわよ!んもー!」


ルーシーは飛び出して行った。


「よーし。いっちょ探してみるかー」


モンシアも他の皆もそれぞれ別方向に進みだす。

どうやら木の影に隠れていて気づかなかったが、それぞれ奥に進む通路があるらしい。

そろそろ太陽が西に傾いていく。時間制限は無しと言っていたがそう長くは探すことはできないだろう。できるだけ早く見つけたい所だ。


俺とクリスはまだこの場に残っている。

脱衣場に上がる段々になっている岩場に腰掛けて、腰まで浸かっているセイラに近づくクリス。


「セイラの事だから普通に探した所には置いてないよね?」

「さーね」

「なんで私にキスしたの?凄い恥ずかしかった」

「さーね。まだ勇者ちゃんそこにいるけど、続きやる?」


チラリと俺を見るクリス。

おっと、邪魔だったかな。俺も探しに行くとしよう。


「昔はセイラが何考えてるか、なんとなく直感で分かった。今こう思ってるとか、これ考えてるとか。でも今はぜんぜん分からない。まったく」

「離れたときお互いの環境が変わりすぎたのね」


そんな会話が背後から聞こえてきた。

ベストフレンドの末路と言うには悲しすぎる。なんとか彼女の説得の機会も探さなければ。


俺は源泉が涌き出ているルートへ行ってみた。

ベイトが辺りを探している。


「誰も来なそうな所に置いてあるんじゃないかと思ったんですがね。今のところ無いようですね」

「ベイトもか。しかしやっぱり熱いな」

「涼むどころじゃ無い場所に来ちゃいましたね。アハハ。まあ、もう少し探してみますよ」


奇しくも一人で根競べを始めてしまったベイト。同情するが同じ場所にいても仕方ない。俺は別のルートに行ってみるか。

ここに来る途中に横に細い脇道が有るのに気づいていた。

そこに行ってみよう。


左右の木がせりだして、道以上に狭くなっている通路に体を斜めにしながら入っていく。

一部立った状態で肩まで浸かるほど深くなっている所もあり、狭さだけでなく恐ろしくもある。


そこを抜けると道幅が2メートル程もあるが、前後左右に道が分かれ入り組んだ迷路のようになっている場所に出た。

碁盤のように木の生えた島と湯船の通路が列をなし、自分が来た道を見失いそうになる。

全体像が見えないので迂闊に進むと本当に迷子になってしまいそうだが・・・。


手にはバスタオルしかない。目印を付ける道具もない。

しかし風船を探さなければ来た意味もない。


意を決して前に進む俺。


幾つかの十字路を通り前に一直線に歩いていく。

思ったより広い迷路のようだ。道具なしで全部見るのは困難だろう。


ふと前方にある十字路になっている通路の水面を見ると赤い何かが浮いているように見えた。

探し物は赤い風船だったな。もしかすると風船が既に萎んで水面に落ちてしまっているのだろうか。


俺はさして急ぐわけでもなく、その浮いている赤い物に近寄っていったが、その時十字路の左側の方から誰かの気配がして赤い何かに手を伸ばすのが見えた。

俺も手を伸ばしそれを掴もうとしていた。

水面のその赤い何かに手が重なった。

お互いにその相手を見合う。


「あ。勇者じゃない」

「あれー。勇者がこんなとこにいる」


ルカとエルの二人組だった。


「あ、ああ。君達もここに居たのか。気が付かなかった」


ルカと俺はお互いに水面の赤い何かから手を離さない。


「勇者。手を離して」

「こ、これは何かな?」


いきなりここで負けるわけにはいかない。

せめて何か確認しないと。


「アハハ。ルカも離していいよ。それセイラのパンツだよ」


エルの言葉に、え?っと手を離す俺。

しまった。本当か?


水面から赤い何かを拾い上げるルカ。


「本当。何でこんな所にセイラのパンツが浮いてるんだろう?」


両手で赤いパンツを広げて見せる。

ホッとしたような、してやられたような。


「セイラのパンツ欲しいならあげる」


広げたパンツを差し出すルカ。


「いや、君達から本人に返してくれよ」

「そう?それじゃそうするけど。勇者はこれからどうするつもりなの?」

「この場所をもう少し探してみるかな。まだ4、5ブロック向こうから来たばかりだ」

「だったら一時休戦して一緒に探しましょう。別々に探しても二度手間になるだけだし」

「私達はここに何度か来てるから道順を教えてあげるよ」

「しかし風船が見つかったら持っていくつもりなんだろ?」

「欲しいならあげる。別件で勇者が仲良くしてくれたら、商品に価値なんてないもの」


どこまで本気なんだろうか。だが持って行かれるよりその方がいいか。俺一人では帰れるかどうかも怪しい。


「じゃあ、一回りしよっか」


エルが俺の左手を引く。


「そんなに急がないでよ。見逃しちゃうでしょ」


ルカが俺の右手を引く。

両手に二人を連れ添って辺りに目を配らせ俺にはよく分からない道を進むことになってしまった。


奥に進んでいるのか元に戻っているのか、方向感覚が狂ってしまっている。


「随分深いんだな。この場所は」

「そう。一人で探すなんて無茶よ」

「私達に会って良かったんじゃないかな。迷子になって出られなくなってたかもー」

「そいつは怖いな」


二人に手を引かれ否応なく進む俺。もう確実に一人では戻れないが、二人を信用して良いのか。


「ところで勇者。昨日の朝に渡したやつ、持っている?」


ルカが突然聞いてきた。

別れ際に二人にもらった透明な鱗のようなアクセサリーの事だ。

脇に置いておいた荷物の中に入れて持って帰ったはずだから、まだズボンのポケットに入っているだろう。

しかし今までその事を忘れていたな。


「忘れていたけどズボンのポケットにあると思うよ」

「忘れてたの?」

「アハハ。じゃあ、ルーシーとクリスにも言ってないんじゃない」


そういえば秘密にしろと言われてたか。


「ああいうアクセサリーは俺よりルーシー達に渡した方が良いと思うのだが」

「アクセサリー?違う違う。あれは私達と勇者の繋がりの証」

「今度一人きりになった時に太陽に透かして見てみてよ。キラキラして綺麗だから」

「あ、ああ。そうしてみよう」


どういうことか分からないが記念品という感じか。


しばらく歩いているとルカが木の上を見ながら立ち止まった。


「あれ?あそこに何かぶら下がってる」

「なに?あー、ホントだ。赤いねー」


つられて見てみると木の枝の隙間から赤い何かが見えた。

だが風船という感じの動きではないようだが・・・。


「ちょっと手が届かない高さね。そうだ。勇者肩車してくれる?」


上を見ながらルカが提案をした。


え?っとルカの顔を見つめる俺。


「ほら、頭少し下げて。私が乗るから」


待ってくれ。君は全裸だ。肩車って・・・。


「君達は飛べるんだろう?何もそんなことしなくても・・・」


俺は抵抗した。


「枝が繁っていて羽が傷つくわ。あら?顔が赤いけどもしかして照れちゃったの?」

「あー。裸の私達で興奮してるのかなー?」


エルが俺にピッタリとくっついてきた。


「バカやってないで早くやりましょう。頭少し下げてね。勇者?」


俺の前に立つルカ。

本気なのか?困惑しながらも仕方なく俺は腰まである水面のギリギリくらいまで頭を下げた。


「うん。ちょうど良い」


ルカは後ろ向きになって俺の頭の上をピョンと又越した。

俺の顔と言わず全身に血が駆け回る。


これは・・・!


「さあ、立ち上がっていいわよ」

「私が横で支えるよ」


フラフラと立ち上がろうとする俺に前からピッタリとくっついて支えるエル。

あまり支えにはなっていないような気もするが、今はそれどころではない。

俺がフラフラなのは重いからではない。刺激が強すぎるからだ。


「んん。もう少し前に歩いてくれる?あー、そこそこ」


ルカが木の上を見ながら指示を出す。

その通りに動く俺。

止まれの指示で太股をキュッと締めて俺の頭を挟む。


なんだこれ。


俺の胸に自分の胸を強く当てて支えになろうとするエル。


「取れそう?」

「手がちょっと届かないわ。立ち上がるから待ってて。あ、勇者は上を見ないでね」


言われなくっても見れるわけがない。


「とう!」


俺の肩に上手に立ち、すぐに飛び上がるルカ。

そのまま前方にザブンと大きな飛沫を上げて着地した。


俺から離れるエルとでルカの戦況を見守る。


振り向いたルカの手には・・・。


「ざーんねん。ぶら下がってたのはセイラのブラジャーでした」

「なにそれー。うける!ブラがぶら下がってるなんて!」


俺は肩の力が抜けた。

セイラは分かっててやってるんだよな。見間違えて取ろうとすることを。なんというか。イタズラが過ぎる。


「勇者はセイラの下着セットいらないの?」


ルカがブラを自分の胸に上からあてがう。

エルもパンツをルカの後ろから回ってルカの腰にあてがう。


「さっきまで履いてたやつだよ。脱衣場で見た」

「うん。本人に返してくれ」


俺は努めて冷静になるように深呼吸をした。

その後迷路を3人並んで歩いたが何も発見できなかった。

俺にはどう進んでどこを探し終えたのか判別できないのだが、ルカとエルはこう言う。


「うーん。こっちには無いみたいね」

「一周して縦横も見て、だいたい見終わったんだよ?」

「そうなのか。ありがとう。君達の案内がなかったら迷い混んでしまってたかもしれない」

「じゃあ戻りましょうか。セイラに下着返さなきゃ」


ルカ達と一緒に来た道を戻る。

狭い通路なので一人ずつ縦に並んでだ。


俺達3人はセイラの居るはずの大きな浴場に戻るがセイラとクリスの姿が見えない。

おや?と思ったらセイラとクリスは脱衣場の方で座って話をしているようだった。

随分長いこと迷路に居たような気がするが、その間ずっと話をしていたのだろうか。募る話が山積みだったのか。

ルカとエルは邪魔しないように脱衣場の方には行かず、浴場で待っている。

俺に向かって小声で呟く。


「勇者は宝探し続けるんでしょ?私達はちょっと待ってるから構わずに行っていいよ」

「左の方にもいいロケーション有るんだー。今なら夕焼けが綺麗に見えるかもね。行ってみたら?」


そう提案されて少し気になったので行ってみる事にした。


「ありがとう。行ってみるよ」


肩の高さで手を振る二人。

笑顔が弾けて溢れそうだ。

モンシアじゃないが本当にいい子達じゃないか。






木の壁に遮られてよく見えなかったが、確かに左の方にも横道があった。蛇行した通路でパッと見では先がどれくらい続いているか分からない。

ジャブジャブと蛇行した通路を歩いていくと突然開けた景色が見えてきた。


夕日が沈む空、と一面の海。

温水が岩場から流れ出て、段々になった岩場を沢のようにサラサラと伝わって落ちていく。

海の水と温水が交わり煙のような蒸気がもくもくと発生している。

この島のもやの正体は大部分がこれだったのか。


息を飲む光景だ。


見たことの無い絶景だ。


呆然と眺めを見ていたが、絶景を見るために来たわけでもないんだった。俺は沢を降りて周囲に風船が置いてないか調べてみる事にした。


岩場の沢はツルツルとして滑りやすい。気をつけて歩かなければ。


ソロリソロリと腰を低くして歩く俺。


ふと後ろから声をかけられビックリして振り向いた。


「いい景色ですね。夕焼けは他の景色と違って感情を昂らせます。なぜでしょうね?勇者さん」


そこにはキシリアが立っていた。


「暮れていく太陽に思いを馳せるからかな」


俺はなぜかカッコいいセリフを決めた。

中腰でバスタオル一枚の格好でなければもっと決まっていただろう。


「ウフフ。馳せる思いの中身を伺いたいですね。そちらに行ってもよろしいですか?」

「どうぞ。足元滑りやすいですから気をつけて」

「じゃあお邪魔しまーす」


キシリアの後ろからミネバも出てきた。

がに股で土手になっている岩場をまた越すミネバ。

腰を下ろし片足ずつ上げて乗り越えるキシリア。


「ごめんなさい。ルカさんとエルさんから勇者さんがこっちに行ったと聞いて追いかけて来たんです」

「え?そうだったんですか?それはなぜ?」


なぜか俺もつられて丁寧語になっている。


「風船を持ち逃げされるのを防ぐためじゃないよ」


ミネバがいらない情報をはさむ。


「わたくし達はまだ勇者さんとそれほどお近づきになったわけではないでしょう?セイラさんとは随分親しくなったみたいですけど。わたくし達とも親しくしていただきたいなって思いまして」


キシリアは足元に気を付けながらゆっくり歩いてくる。


「親しいというわけでもないですけどね。城で会った時から思ってましたがセイラさんはリーダーシップをよく取れています。都合話す相手がセイラさんになってしまうというだけで」

「まあ、勇者さんまでセイラさんって呼ばなくてもいいんですよ?」


しまった。つられ過ぎたか。

ウフフと笑うキシリア。笑った拍子に足元を滑らせてしまう。


「あ!」


前のめりになって俺に突っ込んでくるキシリア。

それを抱き止める俺。

なんとか俺は踏ん張った。


「ごめんなさい。わたくしったら、足を滑らせて・・・」

「ええ。危なかった。でも大丈夫です」


彼女の顔がすぐ近くの鼻先にある。

上気した頬で目を見開いて俺を見つめている。

一糸纏わぬ姿を抱き寄せている。か細い、風で飛んでしまいそうな華奢な身体だ。微かに芳しい香りが漂ってくる。鼻孔を刺激し頭が冴え渡ってきそうだ。


「勇者さん。お綺麗な目をしているのですね。こうして近くで見つめていると吸い込まれてしまいそう」

「夕日が写っているからじゃないですかね。いや、俺の目にはもう夕日は写ってないか・・・」


写っているのはと続きを言おうとしたら。


「ぎゃーっ滑ったー!!」


ミネバが勢い良くこちらに突っ込んできた。


なにー!


さすがに支えきれずに突っ込まれて倒れる俺達。

岩の沢に仰向けに倒れてしまう。

しかし彼女達は抱き止めて俺の体がクッションになるようにする。

尻から落ちたからいいものの下手すれば大怪我だ。


「勇者さん!」

「いたたー。お?」

「勇者さん。大丈夫ですか?ミネバさんも気をつけてと言われたばかりなのに」

「ごめんよー」


「大丈夫です。あはは。それよりお二人お怪我は?」

「わたくし達の事なんて気になさらなくても良いのに」


キシリアは俺の言葉で少し安心したようだ。

俺達は3人抱き合って倒れている。

沢を流れる温水が体を伝って流れて、くすぐられるようだ。


「あら?勇者さんの腰のタオルがほどけそうですね。流れてしまう前に結び直しておきましょうね」


え?俺の両手は彼女達を支えて塞がっている。


キシリアはイタズラ坊主のずれた服を直すように、優しい笑顔を俺に向けて、俺の腰のタオルを結び直し始める。


それはちょっとヤバい。


当然両手を使うので全体重を俺に乗せている。

そして腰の辺りにモゾモゾと手を伸ばし動かす。


冷静になれ冷静になれ冷静に。


「はい、終わりましたよ」


キシリアが腰の辺りをポンと叩く。

体がビクッとする俺。


「あ、ごめんなさい。上に乗ったままで。さあ、立てますか?」


キシリアが体を起こし、俺に手を差し伸べる。

俺は上半身を起こしてその手を取ろうとしたが。


「うん。立てるよ」


その手を横から奪い取るようにミネバが手に取った。

思い切り引っ張ったので、またバランスを崩した。


「あ!」

「また滑ったっー!」


キシリアが俺の頭を抱えるように崩れてきた。

どういうわけかミネバも滑って転んで俺の腹に尻餅をついた。


「うぐっ!」


ボディブローを食らったようにズシリと腹にダメージを負った。


「あらあら。また転んでしまいました。ホントにごめんなさいね」


キシリアの胸が俺の顔に当たっている。目の前は真っ暗だ。


「ごめんなさい。恥ずかしいのですけれど、足元がまだおぼつきませんので、しばらくこのままでいさせて下さい」

「ええ。足元気をつけて」


俺は無の境地を見開いた。


「本当に滑りやすいんですね。ここ」

「長い年月何かの成分を含んだ温水が流れていたんでしょうから。岩肌がツルツルに削られ、非常に滑りやすくなっているんでしょうね」

「ウフフ。なんだか話をされると胸がくすぐったいです」

「こ、これは失礼を」


膝を付き足を伸ばしながら安定した立てる場所を探るキシリア。


「きゃっ!」


再び足を滑らし俺の頭を強く抱き締める。


「立てません。どうしましょう」

「立たなきゃいいのよ。座ったまま滑っていどー」


そう言ってミネバが尻をソリのようにして沢を段々と降りていった。


「あー。逆転の発想ですね。あれをやるのはさすがに恥ずかしいですが・・・。でも座ったまま移動すれば転ぶことはないですね」


キシリアが俺の頭から離れ沢に座る。


「お手間をおかけして申し訳ありませんでした。さぞ、はしたない女とお思いになったでしょう?」

「とんでもない。賑やかで楽しいひとときでしたよ」

「ウフフ。それよりお怪我の方は本当に大丈夫ですか?お尻を打ったのではありません?」

「大丈夫。大丈夫です」


なんだかこちらも恥ずかしくなる。


「はぁー。ため息が出るくらい綺麗な景色ですね」


キシリアは夕日を眺めた。


夕焼けに染まる彼女の姿はまるでどこかのお嬢様だ。

服を纏っていなくとも上品さが損なわれることはなく、芸術作品の計算された美の黄金率を導き出している。


俺の視線に気づいて顔をこちらに向けニッコリと微笑むキシリア。


「そういえば何と言おうとしたんですか?さっき」

「え?」


俺はドキリとした。タイミングをずらされて言うのはかなりキツイ言葉のような気がする。まあいいや。笑いの種にはなるだろう。


「もし俺の目が綺麗な目をしているのだと言うなら・・・、それは目の前にお綺麗な方が立っているからじゃないですかね。と」

「ウフフフフ」


キシリアが笑い出した。まあそうなるよな。


「勇者さんってそういう詩的な事をよく言うんですか?」

「いえいえ、まさか。柄にもないですよ。きっとこの雄大な景色がそうさせるんでしょう。いや、お恥ずかしい」

「いいえ。わたくしとても嬉しいです」


お互いの顔を見つめ合う。

だが、俺はこんな事をしている場合ではない。

そろそろ探し始めないと。


「それでは俺は風船を探さなければいけませんので、失礼」


よっこらせと、中腰で立ち上がり、滑らないよう手を地面スレスレに置きながら辺りを歩き出す。

沢は左右に広い。そこに何もないのは一目瞭然だが、両端の木の影やらには何があってもおかしくない。


俺がゆっくり端の方へ歩くと、キシリアも俺について四つん這いになりながら追ってきた。


「わたくしもご一緒したいです」

「そんな。その歩き方では辛いでしょう」

「大丈夫です。お気になさらずに探して下さい」


俺はできるだけゆっくり歩いた。自分が滑らないようにするためでもある。

キシリアは四つん這いで歩いていても、美の黄金率を一時も崩さない。あるときはひたむきさに心を打たれ、あるときは扇情的でさえあり、また違う意味で心を射たれる。


「こうしていると子供の頃に返ったような気がします。身体中ビショビショに濡らして水遊びしたり、泥にまみれたり」

「あなたがですか?想像つかないな」

「ウフフ。わたくしおてんばでしたから」

「へー。そうですか。勝手な想像で申し訳ないが、あなたはどこかの箱入りのお嬢様で、服を汚すような事なんてしないとばかり」

「どちらかと言うと、箱の外を飛び回っておりましたね。いつか勇者さんにもわたくしのおてんばっぷりを見せてご覧に入れますね」


俺の視線は半分以上彼女に向けられているような気がする。


「どうですか?何かありますか?」

「いや、残念ながら」


一応左側は見た。何も無いだろう。

だが、これから右側に移って彼女を連れ回すのは不憫だ。


「勇者さんはお優しいのですね」

「え?なぜまた突然」

「ずっとわたくしの事を気にかけておいででしたね。放っておけばもっと効率よく探し終えたでしょうに」

「アハハ。それは優しさからではありませんよ。あなたが美しいからだ」


自分でも驚くほど歯の浮くセリフが出る。

これは夕日のせいではなく、キシリアが放つオーラのせいだと気づいた。

ここにルーシーやクリスが居たら冷ややかな目で見られていたろう。


「まあ、勇者さんはお上手なのですね」


キシリアは立ち上がろうとする。どうやらこの端の方はあまり滑らないようだ。


「わたくしも風船を探して商品を頂きたかったです。そうしたら勇者さんともっとご一緒できたのに」

「俺もあなたともっと一緒に居られたらどんなに嬉しいか。だから・・・」


ミネバが尻で滑りながら向こうの方からやって来た。


「あいた!ここ滑らない!」


近くでもんぞり打っている。


「ミネバさん。どうしたんですか?」

「あー、うん。向こうの端には何も落ちてないみたいだよ」

「あらそうでしたか。ではここには風船は無かったということですね」


探してくれてたのか。くれたと言うか。あったら持ち逃げするつもりだったんだろうが。


「そういえば変なメイクは落としたんだな。いつの間にか」

「変なメイクって言うな!だいぶ前に落としてるし!」

「勝負メイクだったんですって。勇者さんに会うのにめかしこんで来たんですね」

「そうなのか。笑わせるつもりなのかと思った」

「ふゅがぁ!こころおれた!」


「でも素顔の方がかわいいよ」

「え?あたしを拐かす気?」

「お尻大丈夫か?」

「あ、うん。お尻はいつでもいけるけど」

「ん?」

「ん?」

「ごめんなさい。ミネバさんはたまによく分からないリアクションをしますので」


たまにかな。


「ここに居たいのは山々だが、風船がないのなら俺は別の場所に行ってみることにするよ」

「それがいいでしょうね。わたくし達も戻ります」

「そいじゃ行こうか」


スタスタと沢を歩いているミネバ。

ぜんぜん滑ってないじゃないか・・・。


滑らないのかと思って普通に立って歩いてみたらやっぱり滑ってずっこけそうになった。

キシリアが俺を支えてくれる。


「大丈夫ですか?」

「すまない。もう大丈夫」

「わたくし達はゆっくり参りましょうか」


腕を組み一歩一歩踏み締めながらできるだけ端の方を歩く俺とキシリア。

たまに滑りそうになってお互いの顔を見合い笑い合う。


沢を抜け蛇行した通路に戻る。

ホッとしてブラブラとちょうど二人が並んで歩ける幅の道を横にくっついて歩く。

キシリアはまだ俺と腕を組んでいる。


広い浴場に戻った。

先に戻っていたミネバとルーシーがそこにいた。

思わずドキッとしてしまう。

キシリアはまだ俺と腕を組んでいる。


俺を横目で見つけたルーシーが話しかけてくる。


「勇者様そこに居たの。風船は見つかった?」

「いや、こっちには無かった。と言うとそっちもまだ見つからないのか?」

「そうなのよ。それにセイラもここに居ないし」

「さっき脱衣場に居たようだが」


チラリと覗いたが、確かに居ない。


「暇だからクリスとお散歩でも行ったんじゃない」


ミネバが言う。


「それなら良いんだけど。それより、随分仲良くなったのね。キシリアと」


ルーシーが俺達をジロリと見る。

キシリアは腕に隠れるようにさらに俺に身体を寄せる。


「お陰さまで。セイラさんには感謝しないと。こんな機会を作って頂けたんですから」

「なるほどねー」

「わたくしはルーシーさんがうらやましいです。そんなにお綺麗なのに、強くて、勇者さんのような仲間にも恵まれて、何でも持っていらっしゃる」

「強くて綺麗かは分からないけど、仲間になら今からでもなれるんじゃないの?」


俺はキシリアを見た。


「それはどうでしょうね。セイラさんが許してくれるでしょうか」

「セイラなんて関係ないでしょう」

「ニュフフ。怒ると思うけどなー」


ミネバが間に入った。


「考えておきます」


キシリアはそうとだけ言った。


「そう。良い答えを期待しているわ。それじゃ、私は北側の陸地の方を探してみる」


ジャブジャブ歩きながら脱衣場の方に行くルーシー。

陸地か。確かに島にと言ったからには温泉のある場所とは限らないのか。


「そうそう。勇者。島全体が見たいなら脱衣場の横から狭い道を通って緩やかな崖を登れば、高台から全体を見渡せるよ」


ミネバが教えてくれる。

脱衣場の上の岩場にはそれに続く高い崖がある。ここからでは道具無しで登るのは困難だが、緩やかと言う話が本当なら行ってみる価値はありそうだ。

日はほとんど落ちている。最後のチャンスかもしれない。


「行ってみるよ」

「はい。わたくしはここでお待ちしています。お気をつけて」


キシリアが名残惜しそうに手を離す。最後に指先だけを残しながら。

名残惜しいのは俺の方かもしれない。


俺も脱衣場に上がると、奥の方でルーシーがまだ見ていた。

特に表情は変わった所はなかったのだが、無表情の視線が痛い。

声をかけようとしたが、振り向いて岩場を登っていった。

バスタオル一枚で。


「危ないから、気をつけて」


後ろからそれだけ声をかけた。危ないというのは、もちろんタオルが取れそうという意味だ。


俺はそれを見送ってミネバが言う狭い道を探した。

ここも岩と木と岩で一見通れないように見えるが人一人入れる通路があるようだ。

そこに入ってみる。






藪の中という表現が正しい、曲がりくねった道なき道の先に岩の段々が積み上がったような崖があった。

腰の高さほどの岩が何段もあって、登れそうではあるが緩やかと言うほど気軽に行けるものではなさそうだ。


だが、行ってみるしかない。ここに風船がある場合もあるが、島を見渡せるならここから発見できる可能性もある。


クライミングと言うほどではないが、一個一個腹這いになって登っていかなければいけない。最初は大丈夫だろうと思っていたが途中から命綱などが無いのは危ないのではないかと思い始めた。

しかもタオルを腰に巻いてるだけなのでわりと痛い。

せめて服を着てくれば良かった。


ここまで来たら後の祭りだと、そのまま登り続ける。

頂上まで残りあと三段くらいとなったとき、上を見上げると尻が頂上から降りてきた。


驚きとその光景に思わず手が滑りそうになった。

危ない危ない。ここで滑り落ちると怪我では済まない。


「あれ?勇者君が下にいるよ」

「ここ来ちゃったんだ」

「目立つとこだしねー」


目の前の3つの尻が話している。お互い体をくの字に曲げているので、俺の視界には岩から下ろしている下半身しか見えないのだ。

マリア、ファラ、カテジナの声だ。


「こんばんはー」


中央にいるマリアが顔を見せるように背筋を伸ばし声をかけてきた。

俺は固まっていたが、我に帰って返事をする。


「や、やあ」

「ごめんなさいねー。今登るからー」


3人は降りようとした岩を登って道を開けてくれた。

頂上から顔を出しこちらを見下ろしている。


「登っていいよー」


俺は落ち着きを取り戻すように深呼吸をして岩に手をかけ、グイと登った。一段、二段、三段。


フーッと一息入れようと顔を上げると、3人が手を差し伸べて俺を引っ張っろうとしてくれていた。


「さ、掴まって」

「もう少しもう少し」


この子達は恥ずかしいとかの感情は無いのか。

全裸の彼女達を下から見上げると、その、目のやり場に困る。

ん?もう少し?


反らした目を上に向けると、頂上だと思っていた場所がまだ中腹辺りで、まだ上があることにやっと気づいた。


気が遠くなりそうだ。


「勇者君危ない!」


3人が俺の手を引っ張り上げてくれた。


「す、すまない。ちょっと山登りを甘く見ていたよ」


少し広い岩の高台に乗っかって、膝をついて休憩を入れた。


「アハハ。砂まみれになってる。砂を落としてあげる」


マリアは俺の体をポンポンはたいてくれた。


「勇者君ここが頂上だと思ってたの?」


ファラが問う。


「ああ。下から見上げるとここが出っ張ってるから、そう見えてしまったようだ」

「まだ上が有るけど、どうするつもりよ」


カテジナが聞く。

何も頂上まで行かなくても、島が見渡せれば・・・。

そう思って振り返ったが木の枝が邪魔でよく見えなかった。

ガックリする俺。


「ここからじゃ周りは見えないね」

「まだ上に登る?」

「ここまで来たからにはな。一息休憩をして登ってみるよ」

「んー。それじゃ危ないし時間も掛かりそうだから、魔法を使っちゃう?」

「魔法?」


マリアの提案に俺が聞き返す。


「私達が連れていってあげる。空を飛んで」

「それが良いかも!」

「手っ取り早いよね」


ファラとカテジナもそのつもりらしい。

ありがたくはあるが、それってどういう。


マリアは膝をついて四つん這いになっている俺の右脇を両手で掴んだ。ファラは左側を。カテジナは腰に腕を回す。


そして彼女達の背中から白い翼が大きく開いていく。

これは・・・。


3人に持ち上げられ、空中に浮く俺。

急に地面の感覚がなくなり、浮遊感とアンバランスさで体が固くなる。


マリア達は翼をはためかせ垂直に上昇していく。

羽ばたく度にキラキラと光の粒が舞い落ちる。

これではまるで


「天使みたいだ」

「うふふ。天使の輪は置いてきちゃった」


俺の言葉にマリアがイタズラっぽく返答する。


俺は彼女達が空中を移動する際はハーピーの姿に変身しているとばかり思っていたが、どうやら情報が古かったようだ。

当然この翼の大きさでは物理的に空を飛べない。ロザミィのように空気を変化させて翼で漕いでいるのだろう。この光の粒がちょうどその残光というところか。


しかし、もしここで手を離されたらと思うとゾッとする。

俺は岩から滑り落ちて事故死したという事にすれば抹殺完了だ。


そんな心配をよそに岩場の頂上まで運んでくれる3人。

ゆっくりとその地面に四つん這いの姿勢のまま着陸する。


「到着」

「勇者君。空中遊泳はどうだった?」

「あ、ああ。上に落っこちていくという感じかな」

「なーにそれ。変な感想」


マリアが屈託の無い笑顔で笑う。

空中を運ばれている時は必死でそれどころではなかったが、足を地面に着け立ち上がって、改めて周囲の景色を見てみる。

島を見渡せると言うのは本当のようだ。

さっきキシリアといた岩場の沢、ルカやエルといた迷路。皆が集まる浴場。北側の救命艇を停めた浜辺からの森の道のり。源泉が湧き出る袋小路。他にも俺が発見していないルートもあるようだ。

それぞれに探しているみんな姿も小さく見える。


俺の知らないルートにセイラとクリスが歩いているのを発見した。

向こうは気づいてないようだ。

仲良さげに手をつないで歩いている。表情までは判別できないが、船上で背中を刺したり、水中で止めを刺そうとしたり、切羽詰まった感じではないのは分かる。


俺はドキリとした。


二人の行動を盗み見てしまったということもあるが、俺はセイラを説得する事しか考えてなかったが、逆にセイラにクリスを説得されてクリスが俺達の元から去るという可能性も0ではないのではないか。


そう考えると不安が過るが、今はクリスを信じるしかない。


思ってもいない方向からの懸念材料に思考を一旦整理しようと、どこともなく視界に映る森の木を斜めに眺めていたら、ふと赤い何かが目に止まったような気がした。


夕焼けに染まり全体的に赤く色付いた景色に溶け込むように、見えづらい何かがどこかにあった。


「あった」


俺達が最初に入ってきた南側の蛇行した広い通路。さっきロザミィとフラウもいた場所だ。その木の上の地面を歩いていたら絶対に視界には入らない高さ、有ると知って見上げなければ視線が届かない場所に引っ掛かっていた。


あの場所はフラウを呼びに行ったとき見ていたから探すのを失念していた。いや、俺以外の誰かが探しに行ったとしても見つけるのは困難だったろう。


「えー?どこどこ?」

「あ!本当だ!あんなとこに引っ掛かってる」

「なんだここから見えたのかー。さっき見た時は気づかなかった」


しまった。声に出してある場所を教えてしまった。

俺がここから岩場を降りてあの場所に行き高い木を登るよりも、翼を使って飛んでいく彼女達の方が断然早いだろう。

なんという凡ミス。かつ痛恨のミス。

フレンドリーな彼女達の態度に警戒心を忘れてしまった。


「さ、勇者君。掴まって」

「え?」

「ここから降りるの大変だろうから、私達がまた連れていってあげるよ」

「だが・・・」

「見つけたのは勇者君なんだし、あれを手にするのは君の方が相応しいよ。ね?」


マリアの言葉にファラとカテジナは頷いた。


「うん。そうだね」

「セイラに怒られるかもしれないけどねー」


なんていい人達なんだ。

俺が感動していると、両脇と背中から胸に腕を回して3人が空中に引っ張ってくれた。


「じゃあ行くよー」


3人の気持ちと、幻想的な翼の羽ばたきで心を洗われるような気分なのだが、3人の胸があちこちから俺に当たって気恥ずかしく思う。


それも束の間。空中に投げ出された俺の下半身はバスタオル一枚巻いているだけだ。下から見上げられるとさっきの3人みたいに丸出しになってしまう。


島全体に響き渡る羽の音を聞き、地面にいる捜索中の皆が上を見上げている。

手を振って答えるどころではない。これは恥ずかしい。

3人は大丈夫なのだろうか。まあ大丈夫だから俺の前でも堂々としているんだろうが。


高台の岩場を抜け、浴場を抜け、風船のある蛇行した通路に近づく。

確かに風船が風に泳いでいる。もう少しで手に届きそうだ。


と、その時。


地面から空中に勢いよく飛び上がって来たものがある。

その巨大な鳥は赤い風船の紐をくちばしにくわえ、勢いのまま空に飛んでいった。


一瞬の出来事で俺もマリア達も声を出せずに空中で立ち止まった。


「え?嘘でしょ?ロザミィが持っていった!」

「あー!ズルい!」

「アイツ!」


空中でロザミィが旋回しながら飛んでいる。


「わーい。風船見つけたー」


唖然。


「あー、さてはアイツ最初からここで番をしてたな!誰かが持って行きそうになったら横取りするつもりだったんだ!」

「ロザミィそう言えば、スタートするとき居なかった!」

「なるほどー。セイラが負ける可能性のある戦いなんて仕掛けるはずないと思ってたけど、最初から仕込んであったのね」


今の話が本当ならルーシーの言う通り最初から勝ち目は無かったというわけか。

ロザミィがここで潜水していたのも伏線だったと言うわけだな。

きっと俺達男性陣が岩場の上でルーシー達の着替えを待っている間に作戦は伝えられていたのか。


だが更に疑うならこの3人の娘も思考のリンクを使わずとも島全体に聞こえる羽の音で合図を送ったとも考えられる。

俺に高台で風船を発見させたのも彼女達の手伝いあってだ。

そして高台の存在を俺に教えたのはミネバ。

ミネバとキシリアに俺が居る場所を教えたのはルカとエル。


全て最初から筋書き通りの茶番であったというわけか。

アジトのヒントという最初から失うものの無い餌を盾に茶番を演じたと言うのは分かる。だが理解できないのが、いったい何のため?

セイラ達がこの茶番で得るものも何もないのではないか?

それこそキャスティングボートという主導権を握り、翻弄される相手を見て楽しんでいる。

たったそれだけのための出来レース

だったという事なのか?


マリア達は俺を地面に降ろしてくれた。

皆納得いってないのか無言で浴場まで歩いて戻っている。

ロザミィは先に飛んで行ったようだ。


「残念だったね。折角発見したのに」

「ルールではセイラの所に持って行った者が勝利者だからな。発見しただけじゃ意味はない。それに・・・」

「それに?」

「セイラの頭に感心してるんだ。素晴らしいよ」


3人は顔を見合わせる。


「心が広いんだね」

「君達だって俺を運んでくれたじゃないか。ははは」


浴場に戻ると、最後なのは俺達だったようで、全員そろっていた。

すでに日は落ち、月明かりの下での集まりになった。

脱衣場への階段にセイラとロザミィが立っている。セイラの手には赤い風船が握られていて、ゲームが終わった事を物語っている。

西側にルーシー、クリス、フラウと男性陣4人。

東側にキシリア、ミネバ、ルカ、エル。そして俺と一緒にやって来たマリア達も合流した。


クリスがこちらサイドに立っていた事にひとまず安心だ。


「さて、お疲れ様。ゲームは終了ね。勝者はロザミィ」

「わーい。賞品は別にいらないや」


セイラが場を仕切り、ロザミィが喜びの声をあげる。


「じゃあ私が」

「いえわたくしが」

「あたしが」


誰か数人が口をそろえて喋った。


「インチキゲームに賞品はいらないわね。最初から仕組んでたわねセイラ」


ルーシーがセイラに凄むがセイラは意にも止めず堂々としている。


「答えはノーよ。信じてもらえないのは仕方ないけどね」

「あなたのやり方はよーく分かったわ。今後あなたの誘いには二度と乗らないから!」

「そんな悲しいこと言わないでよ。また明日ここで集まりましょ?」

「残念だけどそれは無理。明日の昼までには一番星と名付けた島の捜索は終わるわ。午後には別の島に船で移動する。手漕ぎのボートじゃ遠すぎる」

「あらそうなの。じゃあこことももうお別れなのね」

「そうね。お湯はいいお湯だったわ。でももう暗くなったし帰らないと」

「わかった。楽しかったわ。付き合ってくれてありがとね」


お開きの流れのようだ。

だが俺にはセイラに聞きたいことがまだある。


「待ってくれ。セイラに確認したいことがあるんだ」


ルーシーやセイラに及ばず、全員が俺の顔を見る。


俺はクリスの顔をチラリと見る。

クリスは表情を変えず心ここに在らずという感じだ。


「昨日の朝、ここで会ったときに君は人間に捨てられた、生け贄になったという事を言ったな。覚えているか?」

「そう言ったわね」


セイラが肯定する。


「あれはいったいどういう意味で言ったんだ?長い間助けが来なかった事を言ったのか?まさか、誰かに何かを吹き込まれたんじゃないのか?誰に何を聞いたと言うんだ?」


セイラは俺の質問の意図を理解したようだ。

ニヤリと笑い、事も無げに答える。


「ええ。助けに来なかった事を嘆いたわけじゃない。リーヴァに教えてもらったのよ。私達が人間に売られたって」

「バカな!そんな事実はない。いったい何の事を言っているんだ!」


激しく訴える俺にあくまで冷静に落ち着いた様子で佇んでいるセイラ。両腕を腕を組み思い出を話すように口を開く。


「昔、4年ほど前にベース村という所で村の中に黒い霧が発生した事件が起こった。覚えているわよね?その最初の事件」

「覚えているも何もない。それが俺の故郷だ。そしてその事件が俺達が魔王退治に出向くきっかけとなった出来事だ」

「え?そうなの?」


知らなかったと見えて、いきなり出鼻を挫かれたセイラが俺の方をハッと振り向く。

セイラだけではなく皆が俺を見ている。

ルーシーにも言ってなかったので、彼女も目を白黒させている。


「それじゃあ家族や親しい人を一度に失ったと言うのは勇者ちゃんのことだったの。可哀想に。辛かったでしょう?」


セイラが俺を気遣ってくれるが、今はその話をしたいわけではない。


「話を続けてくれ。それが何の関係があると言うんだ?」

「そう?それじゃあその後、黒い霧が人里に発生した件数を覚えてる?」


詳しくは知らない。だが俺達が旅の中で見聞きしたのは十数件だ。

基本的に防壁に囲まれた町や村で一度被害が出れば、損害や死傷者が桁違いに多くなる。発生した場所での扱い自体はかなり大きな影響を近隣にも及ぼす。

それ故に件数が少ないと感じた事はない。無いのだが・・・、今こうしてセイラに問われると少ないように感じる。

だが、それが何だと言うのか?


「4年で20件あるか無いか。よね?少ないと思わない?魔王はいつだって黒い霧を発生させる事ができたのに」


何が言いたい?何を言うつもりだ?

俺の頬に冷や汗が垂れる。


「各国首脳は魔王と密約を結んでいた。女達の誘拐を邪魔しないように裏取り引きをしていた。私達を差し出す代わりに人里での黒い霧の発生を抑えるよう契約していた」

「バカな!」

「そんなことはねえぜ!」

「嘘だ!」


俺だけではなく、当時自警団であったモンシアやアレンなんかも声を出して抗議した。


「そんな話は聞いたことがありませんよ。3年前、モンテレーの町でここに居るクリスの誘拐が起こりました。残念ながら俺達は救出する事はできなかったが、女を最初から見過ごすつもりなんて全くありませんでしたよ。もし、上からそんな命令をされたとしても守る気はありませんがね」


ベイトが熱弁する。名誉のためだ。


「それはそうよ。末端に至るまでそんな命令を下したんじゃ密約が密約じゃなくなるでしょう?でも4年前からあなた達に変化がなかったかしら?」


俺達男性陣は顔を見合わせてゾッとする。

覚えがあるからだ。


黒い霧の町中での発生。その異常事態に素早い対応ができるよう、当時から町中の見回りがきついシフトになった。

昼も夜もなく、自警団の全員が町中を見回った。

4年の旅でやつれた自警団の連中を見るのが日常となっていた。

異常事態が異常事態すぎる事なので不満や疑問を言う者は無かったが、もしそれに本当の目的が別にあったと言うのなら・・・。


自警団の連中を疲弊させ、待機しているはずの詰所から団員を引っ張り出す口実だったとしたら?


シモンが言っていた。クリスの誘拐を気づいたのは住民で、その後自警団が駆け付けたと。


もし、住民が詰所に着いたとき自警団が待機していたら?

住民が詰所で待ちぼうけをくらったり、どこにいるかわからない団員を探し回ったりしたとして、そのタイムラグが誘拐を阻止できるかの決定的な差になっていたとしたら?


それは人災だ。


ここに居るセイラの仲間達がどういう経緯で誘拐されたのかは知らない。だが基本的に密集した町中での誘拐だ。悲鳴を上げれば秒の差もなく周囲の誰かが気づいたろう。それを阻止する自警団を遠ざけられれば、誘拐は容易に完遂できたのではないか?


あまりにもゾッとする仮定だ。


「だがそんな証拠は無い。密約があったということを証明することはできない。アルビオン国王、その他の首脳も聞いた所で否定するだろう。そもそもなぜそんな話を魔王の娘が知っているんだ?セイラ達を引き入れるための作り話なんじゃないのか?」


俺も必死に抵抗した。

自分が信じたものが壊れてしまいそうになったからだ。


「私達の思考のリンクの能力。これは元々リーヴァの力なの。リーヴァの呼び掛けで私達は再び集まった。二人を除いてね。その力を分けてもらっている」


セイラはまた話しだすが、二人とはクリスとライラの事だ。


「リーヴァは最近まで魔王とも遠距離で会話をしていた。魔王が何をしているのか知っていた」

「嘘でしょ?」


ルーシーが口を開く。驚きの声で唖然としている。

再びセイラが話を続ける。


「黒い霧の作り方も教えてもらってるそうよ。またどこかに発生するかもしれないわね。気をつけてね」


また魔王歴と同じ事が繰り返されると言うのか。

いや、脅しか。


「だがその話すら嘘かもしれない。魔王と会話していたこと、会話の内容。リーヴァからの話以外で証明できるものはない。ただひとつを除いて」


俺はルーシーを見た。

ルーシーも頷いた。


「証明できるもの?それはなに?」


セイラが食いついた。


「今すぐにと言うのは無理だが、魔王に直接聞けばいい。密約していたのか、していなかったのか」


皆が固まった。


「魔王はアルビオンの宝物庫で首だけになって生きている。目が開くのを見たからには口も開くはずだ」


セイラが明らかに狼狽えた。

いや、全員が狼狽えたから真偽を判別するのは難しい。

ソワソワと話すセイラの仲間達。唖然とする男性陣。


「あいつ生きてたの。フフフ。それならちょうどいいじゃない。聞いてみればいいわ。魔王の口から各国首脳のスキャンダルが語られるなんて、何を信じればいいのかわかったものじゃないわね」


セイラはあくまでリーヴァの言葉を信じているのか。

だが、言ったようにすぐにとは無理だ。

アルビオン国王が密約を確かめるために魔王と会わせてくれと言って宝物庫に入れてくれるわけもないが。


これ以上セイラを追及しても仕方ない。彼女はそう思い込んでいる。事実はどうであったとしても、それは変わらない。

俺が口を閉じるとルーシーが話し出した。


「でもこの事で各国首脳や人間そのものを恨むのは筋違いだわ。何十万人、何百万人を人質に取られ、首筋に刃物を当てられた状態で従えと言われれば、それが倫理に反する事であっても、或いは正義に反する事であったとしても、従わざるを得ないのが人間ってものよ。

今すぐに死ぬわけではない十数人と、モンスターが町中に発生し何百万人が路頭に迷えばコミュニティとして崩壊してしまう事と天秤にかければどう選択するべきかは明らかでしょう。最も忌むべきはそれを強制していた最悪最低の魔王の方だわ」


ルーシーが俺を見る。


「それにアルビオンでは同時に別の手を打ってる。勇者様を派遣することで事態を収拾しようともしていた」


魔王と俺達と同時に契約をしていたと言うわけか。


「そして最近その最悪最低の魔王と同じような事をしてる連中がいるらしいのよ。見せしめに船の乗組員を皆殺しにしたり、町を襲って自分達の養分にしたり、海を我が物にしたいがために恐怖で支配しようとしている最悪最低の輩が。それについてはどう思う?」


ルーシーの挑発が鋭すぎる。


「貴重なご意見として伺っておくわ。それに、ルーシー。あなたこの事にさして驚いたりしていないわね?あなた、最初から知ってたのね。密約があるってことを」


なんだって?俺が今度は目を白黒させる番だ。


「知っていたわ。いや、正しくは疑念があった。だって町中で黒い霧が発生した場所は全てインプを撃退した地域だったから。初期に起こった二例を除いてね。どちらにしろ卑劣なやり方が許せなかった。だから私は魔王の城に潜入しあいつを暗殺しようとしていた」

「ルーシーあなた・・・!」


驚くセイラ達。


「残念ながら私一人では隙を作れなかったけど、勇者様がやってくれたわ」


セイラだけではなくマリア達、キシリアとミネバ、ルカとエル。

ルーシーを驚きの目でうかがっている。


「そう、あなたただ者じゃないとは思ってたけど、最初からただ者ではなかったわけね。弱点を探す必要性がやっと分かったわ」

「私はあなた達と違って特殊な能力を持ってるわけじゃない。弱点なんかないわよ」


無言のにらみ合いがしばし続く。


しかし肩の力を抜いてセイラが息を吐く。


「それじゃ、今日はここまでにしましょうか。もう質問は無い?勇者ちゃん」

「ああ」


「私達は飛んで帰るけどあなた達大丈夫?暗くなったから危なくないの?」

「月明かりがあれば大丈夫よ」

「そう。じゃあまた」


セイラ達の背中に白い翼が生えてくる。

息を飲む俺達。幻想的な姿はマリア達の時と一緒だが、一度に全員がこの姿になると圧倒されてしまう。

相手は人ならざるものだと、改めて思い知らされる。


セイラ達が次々と空中に飛び上がっていく。

その中で少し遅れてキシリアがこの場に残る。


「勇者さん。考えてみましたけど、やっぱりまだ駄目です。わたくしはみんなのアジトの場所を知っている。あなたと仲間になれば今の仲間を裏切ってしまうかもしれない。だからまだ行けません。でももし、勇者さん達がわたくし達のアジトを見つけたら。その時はまた考えさせてもらっても良いですか?」

「そうだな。その時は・・・」


キシリアはニッコリ笑うとセイラ達の待つ上空へと飛び上がっていった。

そしてセイラ達は追跡を逃れるためか、四方に散らばって空中のどこかへと消えていったのだった。


あっという間の別れだった。

取り残された俺達はお伽噺話から現実に帰ってきたような、なんとも侘しい気分になっていた。


強烈なキャラクターのインパクトに触れて、俺の心はかきむしられるような心持ちになる。

これが戦わなければいけない相手なのか?


放心してしまいそうになるが、こうもしてはいられない。男性陣がまず脱衣場で体を拭き服を着る。岩場に上がって女性陣を待つ。


セイラの告発が痛手となったのか、男性陣は意気消沈という感じだ。

やむを得ない。俺もセイラの説得どころではなくなっていた。


女性陣が上がってきた。


「お待たせ。さあ、戻りましょうか」

「ああ」


月明かりがあるとはいえ、木の影で暗がりができて足元は危険だ。

慎重に進まなければ。


黙々と帰りの道を進んでいく俺達だが、俺はクリスの様子がどうも気になっていた。

ずっと心ここに在らずという感じのままだ。

セイラにやはり何か言われたのではないか?


俺はボーッと歩いていたクリスのそばに寄り、そっとそのまま聞いてみた。


「クリス。大丈夫か?もしかしてセイラに何か言われたり、されたりしたんじゃないのか?」


俺の声にハッと振り向き、顔を赤らめて答えるクリス。


「な、なにもしてないよ!」


こ、この反応は、もしかしてあまり詮索しない方がいい感じのやつか・・・。


「勇者なんでそんなこと聞くの。私達なにもしてないから」

「う、うん。わかったよ・・・」


早口で何かを強く否定するクリス。

そう言えば続きをどうとか言っていたかな。いや、これ以上は考えるのはやめよう。

これはこの間のクリス編は書かせない方がいいな。


「あ、ラーメンの作り方教えてもらえばよかった」


我に返ったクリスがやっと言ったのがその言葉だった。






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