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金髪のルーシー  作者: nurunuru7
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19、瘴気の島

ルーシーと別れて小島を捜索する勇者と男一行。そこにあったものとは?

金髪のルーシー19、瘴気の島


「あれ見て下さい。アハハハ。傑作ですね」


救命艇を降り、ロープで岩に繋ぎ、荷物を往復しながら下ろしていた俺達男5人。ベイトが海を、いや、船の方を見ながら笑い出した。


「なんじゃこりゃあ」


やはり一番にモンシアが反応する。

やると聞いていた俺でさえ実際に見たときはそう言いそうになる。

ロザミィが巨大鳥になって船を馬車馬のように引っ張っている。


俺が見たいと言ったからやってくれたのか。


ありがたいし、これはテンションが上がる。


船の方に手を振って感謝を伝えよう。


「こいつはえらいもん見れたな。死んだ仲間達も浮かばれ・・・るのか?まあいい、あっちに行ったら聞いてみるか」

「おいおい、縁起でもないことを言うなよ」

「あっはっはっはっ!じじいになってからの話だ!じじいになってもこの光景は忘れんだろうよ!」


俺の訝しむ言葉にアレンは豪快に笑った。

じいさんに聞いたという諸島の魔物の話に新たな1ページが加わりそうだ。


船はみるみるうちに遠ざかる。

さて、拠点を作って日のあるうちに近くの小島に捜索に出なければ。


川辺のポイントG付近の砂場に六角形で大きめのテントを張り、数日分の食料、水、装備や備品を持ち込む。


男5人でかかれば造作もなくそれは終了。軽い食料を持って救命艇へと舞い戻る。


まずは南のかなり小さな島だ。

一目で向こう側の岸が見えるほどだ。上陸するまでもなく何もないのは分かるのだが、それでも何か隠されてないか一応捜索。


「何もありませんね」

「次々行こう。時間が惜しい」


ベイトとアデルが話す。


分かっていたことだが、非常に地味な作業だ。

何も無い算段の方が高い上に時間と人手は必要という精神を磨り減らす工程だ。

誰が活躍するでもなく、物語なら、そして、という一言で飛ばされる部分だろう。


救命艇で時計回りに次の島に移動する。

最初よりは大きな島だ。鬱蒼と木が繁っている。

そしてこんな小島でも大きな岩がゴツゴツと並んでいる。

一番星同様、動物や鳥の影はない。


「何の形跡もねえなー」


モンシアの言葉だ。


「あと2つくらい見たら今日は終わりかな。日が落ちる前に戻りたいからな」


アレンが順調そうに言う。


みんな口に出しては言わないが、実は3、4箇所向こうにかなり怪しい雰囲気の島がある。

大きさはここと同じくらいだろうか。かなり広めの屋敷の庭程度なのだが、島から何やら瘴気のようなものが立ち込めている。


あれに注意を奪われてこの島の探索がややぞんざいになっている感は否めない。

あの島に早く行ってみたいがために駆け足での捜索を無意識にやってしまう。


3つめの島に向かう途中、耐えきれず話題に出してみる。


「なあ、あの島気になるよな?」


みんなニヤリとした。やはり気になっていたか。


「気になりますねえ。こんなに晴れてるのにあの島だけもやがかかったみたいだ」

「すげえ何かありそうじゃねーか!鬼が出るか、蛇が出るか!はたまたお宝が眠ってるかぁー!?」

「お宝はないだろ」


ベイト、モンシア、アデルがはしゃぐ。


「どうする?気になるなら先に行っちまうか?」

「いや、今日は順番通り、このまま行こう。時間がそれほど無いし、もしあの島に何か有るとしたら明日の朝じっくり調べた方が良いだろう」

「わかったぜ。さっさと終わらせて明日に備えよう」


アレンと俺は一応現実的だ。


「まだ着いてもないのに終わった気でいるのは早計すぎますよ」


ベイトの突っ込みにあっはっは。とみんなで笑う。


3つめの島に到着。意外と起伏があって回り道を強いられ難航した。

こんな時にクリスのありがたさが身にしみる。

くまなく捜索すると辺りは夕焼けになっていた。

予定通りには行かないものだ。

そろそろ戻らなければ夜の海は危険だ。


最終的に戻りの帰路は薄暗くなっていた。灯台代わりに拠点に灯していた明かりを頼りにオールを漕ぐ。


テント内で口に入れるだけの簡単な食事をし、酒を持ってきた者はちょいと一杯やってから用意されていた寝袋で今日はもう休む。


普段寝付きが良すぎる俺だが、このところの寝心地と打って変わった環境からかすぐには眠れなかった。

ルーシーの体からか髪からか匂ってくる香りが、アロマかなにかの効果でも発揮していたのだろうか。


彼女が俺がいないと眠れないと言っていたのをそんな馬鹿なと侮っていたが、まさか自分も眠れなくなるとは思いもしなかった。


彼女の体温、彼女の体重、彼女の鼓動、彼女の発する声。


それが俺にとって安らぎになっていたのだろうか。


ルーシーも今頃眠れないと言っているのかな。


やめよう。こんな事を考えると余計眠れなくなる。


そうして俺は夢見心地でうすぼんやりと微睡みの中に落ちていった。


遠くでバサバサと羽の音を聞いたような夢現の混じり合う曖昧な暗闇の中に。






目が覚めた。辺りはまだ暗いが東の空は陽光が射し始めている。

大きめの水筒に作り置きしてくれているコーンスープが入っている。

朝くらいはスープを食べようと思って用意を始める。


外に出てルーシーやクリスがやっていたように火を起こして鍋を置き、水筒の中のコーンスープを温める。

冷めた状態でも飲めるようにしてくれてるのだが、温かいスープは染み渡るからな。


そうしているとみんなも起きてきた。


「悪いですね。料理させてしまって」

「いやいや、俺が食べたいだけだよ」


とベイトが申し訳なさそうに言うのを俺は制した。


「あー、女性陣のスープはありがたかったなー」


と、モンシアが昨日までの思いを馳せる。

それは間違いない。


「さーて、いよいよもやが立ち込める島に行けるな。気になって眠れなかったぜ」

「んあ?一番にグーグー寝てたようだがな?」


アレンにモンシアが突っ込む。


「はっはっは!普段はもっと早いんだよ!」


笑うみんな。


温まったスープを紙の器に注いでみんなに受け取ってもらう。

それを飲むと気力が湧いてきそうだ。


さてと、日が昇ってきた。捜索再開だ。


まずは怪しい島の手前の小島を手早く捜索する。


小さな島だったのでこれは問題なかった。

岩と木だけだ。


そしてもやが立ち込める問題の島だ。

何かが有ることは間違いないだろう。何があるのか。

俺達の小さな冒険心が刺激される。


浜辺に上陸。救命艇を陸に上げロープをその辺に縛る。

鬱蒼とした森になっているのか他の島よりも自然が多い。

もやは霧のように小さな水蒸気になって島全体を包んでいる。

そして、独特の臭い。熱気。

むっとするような熱気がこの島だけ広がっている。


森に分け入る俺達。

何かある。何かが。


そう思って警戒していると突然モンシアが大笑いしだした。


どうした?


「なんでい!これだったのか!この湯気の正体はよ!」


湯気?


俺達はモンシアの見ている先を見た。


森の合間から蒸気が立ち込める。

地面には、いやそこには沸き立った水辺があった。


「温泉!?」


なんとそこには温水の泉と言うのか、温泉と言うしかない池があった。

森の木々を壁にして細い泉は曲がりくねった先に続いているようだ。


「なんだ、もやの正体は温泉の湯気だったってわけか」


アレンは少しがっかりしている。


「なんで島に温水が涌き出てるのかは十分不思議ですよ」


ベイトはそっち方面の興味をもったようだ。


「さて、どうする?先が続いているようだぜ。捜索するなら入って行かなきゃならない」


アデルが現実的な事を言う。


当然捜索する必要はある。


「そりゃ服でも脱いで入るしかねーんじゃねーのか」

「幸い女性陣は居ませんしね。荷物は首にでもかけて入るしかないでしょうね」

「マジか。あんたらと居ると退屈しねーな」


モンシア、ベイト、最後に呆れた様子でアレンが話す。


え?服脱ぐの?当然下着もって事だよな?

恥ずかしがっても仕方ない。

男しかいないんだし気にせず行こう。


モンシアがさっさと支度して温泉に入った。

腰ほどの深さがあるようだ。

下は何でできているのか。


「ふー。こいつはいいな。暖まるぜ」

「裸足で大丈夫なのか?」

「大丈夫みてーだな。岩場に温水が溜まってるみてーだ」


顔を見合わせる俺達。


男5人、全裸で首に荷物を背負って温泉に入り、先を進む姿はなんだか冗談のようだ。


モンシアの言う通り下は岩場だ。滑ったりゴツゴツしてたり、段差があったりと、見た目ほど易しい道ではない。


曲がりくねった道が長く続く。広くなっている場所もある。

深くなっている場所もある。


長く温泉に入ってのぼせているからか頭がうすぼんやりとしてくる。

夢でも見ているのかと錯覚する。

同じ様な風景が続いているせいもあるのか。


ふいに前方で物音が聞こえた。曲がりくねった木の影の先だ。

バシャバシャと水をかく音。


俺達は一瞬で頭が覚醒した。

物音を立てないよう注意して顔を見合わせる。


動物ではないだろう。何かが跳ねた音か?

耳をすますと女の声が聞こえてくる。


こんな場所に俺達以外の人間がゆっくり観光している筈もない。

間違いない。セイラ達の仲間だ!


そういえば昨夜羽の音を聞いたような気がする。

鳥の居ないこの島では、その音は魔人であるハーピーの羽音だ。


まさかアジトを探して本人達に出会うとは。


敵がどんな奴かわからない。今出合うのはまずいかもしれない。

武器は首に背負っているが全裸だし、いろいろ危険だ。


物音を立てないように後退する俺達。


しかしそれは土台無理な話だ。チャプンと音がして向こう側が騒がしくなる。


「何か音がしなかった?」

「誰か居るのかな?」

「お化けかもー?」

「お化けはあたし達でしょーが」

「化けて出たわけではありませんよ」

「ここに誰か居るんなら誰か決まってるでしょ?」

「そうよ決まってるわ」

「決まってるー」


ゾロゾロと木の影から顔を出してくる女達。


「やーっぱり。勇者ちゃんみーつけた。あらー、覗きに来たの?」


全裸のセイラと仲間達が俺達を出迎えた。

皆人間の姿で一糸纏わぬ素っ裸だ。恥ずかしげもなく堂々と腰まで浸かって影に居る俺達を見ている。

やたら俺を覗き魔みたいにみんな言うが、そんなことはないぞ。


俺達は顔を見合わせる。一様に血の気が失せた顔色だ。

全員で8人いる。残っている魔人全員がここにいるということか。

俺達が戦って勝てる見込みは、残念ながら・・・。


「やあ、先客が居るとは思わなかったよ。邪魔しちゃ悪いから俺達は戻ろうかな」

「そうだそうだ。戻ろう」


モンシアが後退る。


「そんなこと言わないで。せっかくなんだし一緒に入りましょう。ここ女湯ってわけでもないのよ?さあ、こっちに来て」


セイラが俺の近くに寄って手を引く。


それを見たセイラの後ろの魔人達もドヤドヤとやって来てベイト達の手も引いて連れていこうとする。


ベイト達は船の上でハーピー姿のセイラ達と直接戦ったわけではないが、旋回している姿を見ている。船上の惨劇も知っている。

アレンもロザミィの襲撃を間近で見た者の一人だ。


一見すると魅力的な女性に囲まれて混浴温泉というのは嬉しい状況のように思えるが、相手は裸であっても体を変化させいつでも首筋に刃物を突き立てられる連中なのだ。

しかも森で見かけた果実をもいで食べるように、人間を襲い血を啜る悪意のない殺意を秘めている。


みんなも今さら説明するまでもなく、危険な状況だということはよくわかっているだろう。


「ルーシーとクリスは一緒じゃないのね。うふふ。いや、それは知ってたけど」


セイラ達の手に引かれ広い露天風呂に連れていかれる。

無下に手を払って断れば彼女達の機嫌を損ねるかもしれない。

怒りを買ったり興味を失われたりしたら、その先どうなるかわからない。

こんな所で男5人全裸で全滅というのだけは避けたい。

ルーシーやクリスに合わせる顔がない。

慎重な判断が要求される。


「ねえ。聞いてるの?」

「あ、ああ。彼女達は町に戻って買い出しだよ。俺達は君たちのアジトを探してるってわけだ」


腕に体をべったりとくっ付けてセイラは甘えたようにすがってくる。


危ない危ない。いきなり怒りを買うところだったか。

それに全裸同士だ。非常に危ない。


俺の言葉を息を飲みながら聞いているベイト達4人。

アジトを探してるって言っちゃったのはストレート過ぎたか。

だが俺達の目的は既に知っているだろうし、下手に嘘をつくよりも正直に話した方が好印象を与えるかも、どうだろう。


「私達の居場所を探したいの?いい線行ってるわよ。探してみてちょうだい」

「教えてくれると助かるんだがな」

「ウフフフ。それはダーメ」


露天風呂には座れる高さの石が置いてあって肩の高さまでお湯に浸かれるようだ。セイラ達は俺達をそれぞれその椅子に座らせてのんびり過ごすつもりらしい。


「こっちこっち!」

「ここ座れるよ」

「荷物は後ろに置いとけば」


荷物と言うか武器を取り上げられると困るのだが。


ベイトとアデルをサンドして3人の女、アレン、モンシアの両側に二人ずつ。俺にはセイラがしがみついて横に接待してくれている。

言われた通りに荷物を木と草が生い茂った足場に置き、腰を下ろして肩まで浸かる。


両手に花と言うより両手を押さえられた丸腰の捕虜状態だ。


「ロザミィはどう?迷惑かけてるんじゃない?あの子考えなしに動くから」

「そんなことはないよ。今のところは・・・。ルーシーやクリスとも馴染んでいるみたいだ」


セイラはやたら俺に顔を近づける。引き気味に答える俺。


「そんなに固くならなくていいのよ?クリスもルーシーも居ないんだし、戦ったってしょうがないでしょ?」


俺達は戦力として眼中になしか。

情けないような、ホッとしたような。

だが、いつ気分を変えるかわからない。


「そうだ。果物を絞ったジュースがあるから、それ持ってこよう」


ベイトとアデルの真ん中にいた女がそう言って立ち上がった。

アレン、モンシアの隣の一人ずつ、それにセイラがそれに追随して立ち上がり、俺達が来た方の逆側の足場に上がっていった。


お湯から体を出して全身を晒す。

こっちがこっ恥ずかしくなるが、整った体型に思わず見とれてしまう。


向こう側は岩がゴツゴツと並んでいて、セイラ達は脱衣場として使っていたようだ。ゴソゴソとバッグから何か取り出し、手に作り出したグラスに注ぎ出した。


ベイトの隣の女がベイトに話しかける。


「お兄さん達はどこから来たの?」

「え?俺達はモンテレーという町からローレンスビルに寄って、ここに来たんですがね」

「あー。聞いたことある。クリスが居たところだ。じゃあ一緒に来たの?」

「船に乗ったのは一緒でしたね。それまでは彼女のことは知りませんでしたが」

「私らが針でめちゃくちゃにした船に乗ってたんでしょ。私らが半分死んだやつ」


アデルの横の女が会話に入ってきた。

かなりヒヤッとする内容を話し出した。

普段無口で冷静なアデルも生きた心地がしないのか、目を丸くして固まっている。

俺もベラを救うためとはいえ、一人手にかけている。

動悸が早くなる。


「おまたせー」


セイラ達が戻ってきた。それぞれグラスを持って元居た場所に帰っていく。


手渡されるグラス。白濁したジュースが入っている。

香りは甘酸っぱい果汁の匂いだ。


「ささ、遠慮せずに飲んで」


俺の前で仁王立ちして見下ろしているセイラ。

これは飲んで大丈夫なのか?


「大丈夫よ。人間の血とか、毒とかは入ってないから。リンゴを絞っただけよ」

「ああ、ありがとう」


俺は覚悟して飲んだ。

言う通りのただのリンゴジュースだった。

だが冷たく冷えている。どういうことだろう。


「冷たい。おいしい」

「おいしいでしょー。私もお気に入り」

「飲めるのか?」


クリスは唾液以外口にしてなかったから意外だった。


「味覚を楽しむだけならできるわ。エネルギーとして分解されないからそのまま、って変なこと言わせないでよ」


そのまま出てくるってことか。

うん。変なことを聞いてしまった。



「ここは地獄なのか?天国なのかー!?」


裸のねーちゃんに飲み物を勧められ、両側からニコニコ接待を受けているモンシアが突然叫んだ。極度の緊張から頭がパンクしてしまったのか。


地獄という表現に思わずドキッとしてしまう。

怒らせはしないだろうか?


心配は無用だったようで、両側の女達はコロコロと笑っている。


「天国は地獄の底にあるものよ」

「ようこそ。天国の入り口へー」


笑いながら不穏な事を言っている。

魔王に捕らわれ地獄の底に行き着いた女達の言葉は重さが違う。



アレンは肝が据わっているのか、渡されたグラスをグビグビ飲みながら普通に女達と話をしている。


「この温泉は君達が作ったものなのか?こんな所に温泉なんてちょっと信じられなかったが、それなら納得だ」

「うんにゃ。あたしらは入りやすいように整えたりはしたけど、温泉自体は天然で涌き出てるものだよ」

「この先に湧いている場所があるんですよ。熱いですからわたくし達は立ち寄らないですけど」


温泉の通路はまだ先に続くらしい。


「そうなのか。まさかとは思うが、この海域に棲む魔物と関係あるんじゃないだろうな」

「魔物ってなんじゃい」

「そういう言い伝えがあるんだよ。この辺の海域にな」

「ふふふ。おかしな言い伝えですね。モンスターが現れる以前の大昔の事なんでしょうか?でしたらそういったモノは見かけませんでしたけどね」

「あたしら以外にゃね。ニュフフ」


どうでもいいが変な言葉遣いの娘が居るな。






チビチビと飲みながら回りの様子を見ていたが、ジュースが底を尽きると、俺の飲み干したグラスに手を出して空気に戻すセイラ。

グラスを持っていた手を握り俺に抱きついてきた。


「勇者ちゃん。そんなに私達のアジトに興味あるのなら、私達と一緒に行きましょうよ」


以前も誘われたがキッパリと断ったはずだ。


「さっき私達の後ろ姿見とれてたでしょ?みんな勇者ちゃんなら喜んで見せてあげるわよ?みんなで一緒にキモチーことだけして過ごしましょう?」


見とれてたのは否定できないが、後ろに目でもあるのか。


「魅力的なお誘いだが、あいにくまだやらなければならない事がたくさんあるんだ。隠居生活を送るつもりはないよ。それにクリスとルーシーが心配するし」

「勇者ちゃんはクリスとルーシーが良いの?」


ちょっと拗ねたような表情をするセイラ。


「良いってどういう?」

「あーん。確かにクリスとルーシーは女の私から見ても綺麗よね。嫉妬しちゃうほどに。くやしいなー。私はいつも負け組人生」

「そんな・・・」


言葉が続かなかった。彼女の生い立ちを思うと軽々しく俺がどうこう言える立場じゃないし、彼女が俺の体に手を這わせるように触り始めたからだ。


それ以上下に手を這わせるのはマズイ。

俺は彼女の手を湯船の中で握る。


俺にはルーシーやクリスのような戦闘力はない。だが、俺なりの戦いはできるはずだ。クリスに最初にやったように、彼女を説得しさえすれば戦わずに済む。全く話の通じない相手ではない。


俺は覚悟を決めた。


手を握られたのが好印象になったのか、物凄い近い位置で見つめられている。


「セイラ。君達も人間を襲うのを止めて俺達と一緒に来ないか?ロザミィがどういうつもりで着いてきてるのかは知らないが、人間を襲わずにやっていけるなら何も敵対する必要はないだろう?」


無言のセイラ。何を考えているのかわからないが、俺を見つめたままだ。


「クリスにも言ったが、俺にもう一度君達を救わせて欲しい」


セイラだけでなく、周りの全員が俺の言葉に視線を向けている。

いや、セイラの返答に注目していると言った方が正しいか。


セイラは深い息をついて、目を閉じた。


「今さら人間の生活に馴染む気はないわ。私達は人間の血が必要。人間の暮らしとは相入れない存在」

「だ、だが・・・!」


「それにね、私達が人間を捨てたのは何もこの体になってからじゃない。魔王に捕らわれあの城で生け贄として捧げられたとき、私達の人間としての生活は終わった。人間に捨てられたのよ。助けに来てくれたのは勇者ちゃんだけ。私達を無視し蔑ろにした人間に今さら何の未練もない。今さらルールや法に従うつもりもない。私達を無視し続けた人間には私達だって自由にさせてもらうわ」


セイラの痛いほどの気持ちが伝わる。

だが、生け贄とはなんだ?


「そうでしょ?」


詰め寄るセイラ。

だが、ここで引くわけにはいかない。


「人間のために言っているんじゃない。他人のために言っているんじゃない。俺は君達のことを思っている。このままだと俺達は戦わなければならなくなる。戦って勝つのはどちらかわからない。だが、どちらも無事では済まなくなる。俺は君達と戦いたくはない」

「海に入らなければとりあえずの安全は保証されるわ。後はロザミィみたいな突発的な事故が起こるかもしれないけど、魔王に拐われたと思って見て見ぬふりして無視してたらいいんじゃない?私達みたいに。ウフフ」


駄目だ!話が通じない訳ではないが、人間に対する怨念というか敵対心で固まっていて取りつく島もない!想像以上に説得は困難だ。


俺は周りの女達を見回した。

誰もセイラの言葉に反抗する素振りはない。

彼女達も同じ気持ちということなのか。


あまりセイラの機嫌を損ねるような事を言うと俺の身が危ないか。

そうでなくても丸腰で密着した状態では、抵抗する暇もなく首筋を切り落とされかねない。


「そうそう、血に関しては必要ないかもしれないんだったわね。前に試したときは一瞬で振り払われちゃったけど、じっくり試したらうまくいくかも?」


ここで口付けをするというのか?全裸で?


「恥ずかしいんだったら向こうで二人きりになりましょうか?キスだけじゃ済まなくなるでしょうけど」


真面目な顔をしていた女達が一斉にきゃーきゃー騒ぎだした。


「うほー!セイラのスケベー!変態ー!いいぞもっとやれ」


モンシアではなく変な言葉遣いの娘だ。


「いや、ここでいいが、もしうまくいったら共存の道も考えてくれるのか?」


駆け引きを持ちかける。そうでなければ試す意味もない。

考えるセイラ。


「いいわよー。その時は私が勇者ちゃんの奴隷として心も体も、主に下半身を捧げてあげる」


言い方がイヤらしいな。

しかもそれはさっきのそっちの誘いと変わらないじゃないか。


だが、争いを回避できるというならやってみるしかない。


「わかった。今度は振り払わない」


俺は目を閉じた。


「勇者ちゃんがやって。クリスがしてるみたいに私にやってみて」


え?俺がするのか?


女達ばかりかベイト達も騒ぎだした。


「見せ付けてくれますねー」

「旦那。しっかりしてやんなよ」


「きゃーきゃー!キスだってー!」

「やだー。恥ずかしい」

「じゃあ見なきゃいいじゃない」

「素敵ですー。愛し合っている者同士の触れ合いは尊いですね」

「おっしたおせ!おっしたおせ!」

「思考にリンクさせてもらっていいかしら」

「うんうん。すっごい興味ある」



やっぱり向こうに行けばよかった。


「こらこら。私の思考にリンクするのは止めなさい。止めなさいって!」


セイラが女達に向かって言い放った。

思考のリンクって、普通に使っているのか。


「おっしたおせ!おっしたお、ムグムグムグ」

「うるさいです」


「さあいつでもいいわよ。勇者ちゃん」


セイラは目を閉じ顔を上げる。

俺の肩に手を置き体は密着状態。


無だ。無の境地になって何も考えず、何も感じずにやるしかない。


セイラの顎に指を添えてちょうどいい角度に合わせる。


そして唇を合わせる。


「んっ・・・」


セイラが吐息をもらす。


何も考えてはいけない。

だが、これで終わりではない。クリスはもっと積極的だった。

あれをやらなければならないのか・・・。


回りはギャーギャー騒いでお湯をバシャバシャかいだり、うねっている者もいる。


「さっすが勇者殿、女の扱いに長けてらー!」


「大人のキスだー!」

「こんなの見てていいのかな」

「後で怒られるかも」


俺はセイラの口の中に舌を入れた。

クリスがやっているように。


セイラは体をビクリとさせる。だが、俺を素直に受け入れてくれた。

無になったつもりだが、それは無理というものだ。

俺の体は茹で蛸のように真っ赤になっているだろう。

涙目にもなっているだろう。


こんなことをするつもりではなかったのだが。


「ギャー!舌入れてるー!ディープなやつだー!」

「積極的ですね。素晴らしいです」

「リンク拒否られてる」

「近づいてみようか」


セイラは俺に体を預け崩れていきそうだ。

ひとしきり舌を絡ませた。もう十分なはずだ。


俺は口を離した。

そして崩れそうなセイラを支える。


「どうだ?エネルギーの補給はできたのか?」


ボーッとして俺を見つめたまま答えないセイラ。


「どうなんだ?」


肩を掴む俺の手にセイラが手を添える。


「もっと。してくれないと、わからない」


嘘を言え。わかっているはずだ。

これ以上はさすがに恥ずかしい。


「教えてくれ。どっちなんだ!?」


フーッと息を吐くセイラ。釣れない俺に愛想を尽かしたか。


「少しはチャージされてるわね。でもほんの少しね。クリスはよくこれだけで済ましてるわ。もっと褒めてあげなきゃダメよ。勇者ちゃん」


ほんの少し・・・。


「ふふふ。勇者ちゃんと一緒にいると心が暖まるわー。でも勇者ちゃんに付いていくのはやっぱり駄目ね。あの人が私達を待ってる」

「あの人って・・・」


「リーヴァ。魔王の娘。私達にこの力をくれた人」


魔王の娘が待っているだって?


「なぜ魔王の娘に従っているんだ?力をくれたからか?操られているんじゃないのか?」

「そんなんじゃないわ。あの人は同じ魔族の血を集めたがっているだけ。魔族は魔族同士で生活した方がいいでしょ?」


今考えたが、もし逆に魔王の娘が魔人を元の人間に戻す事ができるなら、セイラ達と戦う必要はなくなるのではないか。

セイラ達がそれを望むことは無いだろうが。



「さーて、余興は終わりね。朝から何度も入ってるからそろそろ私達は出ましょうか」


ザブンと立ち上がるセイラ。そしてそれを見て追随する女達。


「それじゃーね」

「もう少し居たいけど、行かなきゃ」

「一人で残ってればいいんじゃないの。いや、駄目か」

「またお会いしましょう」

「良い湯だった。またこよ」


脱衣場になっている岩場に向かって歩いていく。


急に人肌から離れて手持ちぶたさになる俺達。


モンシアの隣にいた二人が俺に寄ってきた。


「はい。これ。記念にあげる」

「ルーシーとクリスには内緒だよ?」


透き通った鱗のようなアクセサリー?のようなものを手渡された。


「あ、ありがとう」


そう言うとニッコリ笑ってセイラ達を追っていった。


湯船から上がり全身を晒しながら振り返るセイラ。


「今日は楽しかったわ。今度会ったときはせーしをかけてやりあいましょーか。うまくアジトを見つけてね」


生死を懸けてか。


脱衣場で体を拭いたりきゃーきゃー言っている女達。


「あんた達私にリンクしまくらないでよね!」


セイラが女達を嗜める。それでさらに女達がきゃーきゃー騒ぐ。

何とも仲が良さそうな和やかさに毒気を抜かれる。

人間の着る服を置いているのか、下着やスカートなんかも履きだした。


俺達は顔を見合わせる。


これ以上この島の捜索は必要あるのだろうか。

あるとしても今彼女達の中に入って続けるのはどうかと思う。

一旦救命艇に戻り、別の島の捜索でも始めた方がいいだろう。


俺達は頷きあい荷物を持って来た道を下がって行った。


道のりの途中、バサバサと翼の音が聞こえた。

彼女達の飛んでいく方向がアジトのある場所なのだろうか。

だが木が邪魔で方向がよく見えない。


モンシアが途中で突然嘆きだした。


「なあ、本当かよ!?あんな良い娘達が敵なのかよ!?素直でかわいい娘達じゃねーか!?本当に戦わなきゃいけねーのか!?」


そういう気持ちは分からんでもない。いや、まったくの同意見だ。


「戦いたくはないが・・・」

「だがあいつらは船を3隻沈めている。あんな顔して中身はとんでもねえぜ」


アレンは冷静だ。

一番の被害を出したのは60人以上を殺害したロザミィだが、今彼女は船を引いている。


「人間に対して殺すことを何とも思ってないというのは恐ろしいですよ。我々にとってはね」


ベイトも警戒を緩めてはいない。


「次はこうはいかんだろう。化けの皮が剥がれるだろうぜ」


アデルもか。


「あー。名前くらい聞いておけばよかったぜー」


モンシアは惜しそうだ。


「いや、でも美人だったなー。なかなか見ないぜ」


アレンも惜しそうだ。


「さすがは魔王に思し召されただけあってレベルが高いですね。かわいそうな部分もある」


ベイトも情が移っているのか。


「最後に全員で立ち去る姿は壮観だったな」


アデルも評価は上々だ。


「俺の横に居た二人は何とも癖のある二人だったが、それが癖になるというか、正直別れるのが惜しい気がするぜ。あ、いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」


アレンが思いを打ち明ける。

変な娘とおしとやかな感じの娘か。見ていて飽きないのは分かる。


「いやー、分かりますよ」

「そりゃそうだろ!裸のねーちゃんだぜ!」

「あんなのに出くわす事はこの先ないだろうな」

「なんだみんな一緒か。アハハ。だが、この先やりにくいな」


次会ったとき、彼女達がどんな姿をしているのか。

想像もできない。

ロザミィの巨大鳥が有りならなんでも可能だろう。



突発的な邂逅だったが分かったことが少しある。


魔王の娘の名前はリーヴァ。

魔人はおそらく残り8人。

思考のリンクという能力を全員が使え、離れた場所でも会話ができるだろうということ。

当然ロザミィもその能力を持っているのだろう。


そうなるとロザミィの行動原理に疑問が出てくる。

島を捜索していた俺達を襲撃した点、敗北したあとルーシーに付いて回り弱点を探そうとしている点、これはロザミィ本人にしろ誰かの指示にしろ理屈は分かる。誰かというかおそらくセイラだが。


だが、雲行きが怪しくなって突然自害しようとした事が理解できない。

なんとか一命をとり止めたが、灰になりそうになっていた。

あれはロザミィ本人の意志か?

そうは思えない。だとすると誰かに指示されてやったのか?

和やかな雰囲気で過ごしていた彼女達からは想像できないが、自害しろと指示されたのだろうか。

今もロザミィの名前を出していたが、一応心配はしているようにも見えた。


何かこう納得できないものがある。

命の感覚が軽薄なのか?

その後ケロッとしているロザミィにも驚嘆だが。


当然と言えば当然だが、アジトの場所は教えてはくれなかった。

このあともまだまだ捜索が続きそうだ。


酒場から出てあの娘が良かっただの、どの娘がどうだっただの言いながら帰るような、なんとも世間的な雰囲気になっているが、この先にも大変な仕事が待っている。


敵だと分かっていても、危険だと分かっていても、美人な女性には弱いのが男の性というやつなのか。

彼女達の華やかな幻影を追い求め、地味な作業を繰り返すため元の場所へと戻る俺達だった。





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