17、ロザミィ
一番星の捜索が開始される中、突然襲ってきたロザミィ。その戦いの行方は?
金髪のルーシー17、ロザミィ
ロザミィの巨大鳥が上空で不気味な旋回を続ける中、俺達はフラウの元へと走った。
「フラウ!大丈夫なの?」
ルーシーが倒壊した木々をよっこらせと乗り越えようとするフラウに声をかける。
「大丈夫です。それより岩影に隠れた方がいいようですね。ベイトさん達の逃げた方なら斜面に突き出た岩場に隠れられる場所がありそうです」
隠れる?ロザミィからか?
「唯一の欠点だった攻撃手段の少なさを補うために更なる変化を実行しているみたいですから」
「そういえば、辺りが暗くなってきた」
クリスが呟く。
ずっと晴天が続いていたがここに来て雲が出てきたのか。
「それよりおぶろうか?歩くのも辛そうだが?」
俺はフラウに訊ねる。
「大丈夫です。それに勇者様はバックパックを背負ってるじゃないですか」
それはそうなんだが。
その時どこかの空が光り轟いた。
全員でそちらを振り向く。
遠い東側で雷が木に落ちたらしい。少しの時間差でゴロゴロと鳴り響く。
雷雲?
「あいつまさか・・・。雷雲を作ってるっていうの?」
ルーシーが驚く。
その言葉に俺達も驚く。
同じく東側に雷が落ちる。2回3回、8回、9回、横並びに木をなぎ倒す。
間違いない。ロザミィのピンポイントの爆撃だ。あんな形で雷が自然に発生するとは思えない。
俺達はフラウの言う通りベイト達が逃げた斜面に駆け出した。
「予行演習ってわけ?あれに狙われたら只じゃ済まないわ!」
厚い二重の装甲、飛行物体を自動防御する障壁、50本10メートルの触手、それだけでも厄介極まりないのに、それに加えて雷撃だと?
おそらく射程はこの島を余裕で覆う。
今の爆撃を見れば自然発生させているわけでもなく、場所とタイミングを任意に指定しているのは明白だ。
フラウの言う唯一の欠点だった攻撃手段の少なさ。それを克服というには余りある変化だ。
後は近づく必要さえ無いのではないだろうか?
俺達は手に届く位置にさえ捉えることはできない。
人間が相手していい敵ではない。神の領域の存在に片足を突っ込んでいると言っても言い過ぎだと笑う者はいまい。
黒い雷雲が原生林に天井を作るように迫ってくる。
あちこちで光と共に落雷が発生する。
落雷は木々に落ち、倒壊、爆散、炎上、天変地異の様相だ。
雨は降っていない。ルーシーと違い炎上した木が周囲に燃え移り、次第に広がっていくようだ。
斜面に突き出た岩の下に窪んだ洞穴になっている場所を見つける。
とりあえず頭上からの落雷を凌ぐために狭いが4人で入る。
高さがそれほどないためしゃがみこまなければならない。
「勇者、怖い」
クリスが俺の肩を両手で掴む。震えているのか。
確かにただの雷だけなら俺も怖がったりしないが、こう荒れ狂う爆撃など恐怖しか感じない。
「あいつ、どうするつもりかしら?尋常じゃない攻撃ではあるけど、こうやって物影に隠れていれば凌げそうな気はする。これだけ広範囲の攻撃なら消費エネルギーも激しいはず。私達の当初の目的であるアイツのエネルギー消耗を勝手にやってくれて、むしろありがたいくらいだわ」
ルーシーはあくまで戦略で考えている。
だがこの持久戦で俺達の方がいつまで持つのか、どこまで耐えられるのかは分が悪いように思える。
何時間、水と食料抜きでここで耐えられるのだろうか?
そう考えたのだが違ったようだ。
空から大きな羽の音が近づいてくる。
「降りてきた!」
俺は叫んだ。
こちらに向かって飛行してくるロザミィ。
その翼は端が薄くぼやけていて雷雲と一体化しているように見える。
そしてその両の翼から雷撃を地面に放ちながら高速で突っ込んでくる。
「持久戦をするつもりじゃないってわけね!まずいわ!落雷はさすがに剣では対応できない!みんな斜面を上がって!」
「みんなって、君も行くんだろうな?」
「誰かが足止めしないと」
「剣では対応できないって言ったじゃないか!」
「クリスが怯えてるわ。連れて行ってあげて」
見るとクリスは足がすくんでいるようだった。
怖いって、それほどだったのか?
やむを得ない。クリスの肩を担ぎ上げその岩影を離れる。
「無茶はするなよ!」
そう言うのがやっとだった。無茶どころではないのは分かっているのに。
フラウも俺についてくる。
「木の1メートル以内には入らないで下さい。落雷に撃たれて死んでしまいます。きっとロザミィさんは水蒸気の上昇気流と-20度の氷の粒を、気温の自然現象ではなく変化の能力を使って強制的にぶつけて摩擦を起こして放電しているんです。火打ち石を雲の中で打っているみたいなものですね」
なるほど。原理は分かったが要するに危険ということか。
だが木の近くに入らないというのは難しい注文だ。
動きが鈍いクリスの肩をなんとか押しながら斜面を上がる。
一面の木と岩。ベイト達はどこまで行ったのだろうか。
「電気の攻撃をくらうと体が動けなくなる。ニナの時も、セイラの時もそうだった。だから雷が怖い」
クリスが誰に聞かせるともなく呟いた。
そういうことか。過去の経験がトラウマになってしまっていたとは。
背後で大きな落雷が数発落ちる音がする。俺もクリスも肩をすくめる。
ルーシーはロザミィの前に飛び出していた。
ロザミィは空中で羽ばたきながら羽から雷撃を放ち続ける。
辺りの木々は吹き飛び一帯が焼け野原になっていく。
そんなロザミィの猛攻にルーシーは俺達から遠ざかるように逃げている。
勝機があるとは思えない。
もはや運だけで雷を避けているようなものだ。
それもいつまで続くんだ?
「勇者様。早く上がりましょう。ルーシーさんは私達が逃げるのを待ってると思います」
フラウが言う。
俺達を逃がすために・・・。
「わかった。急ごう」
クリスの肩を押しながら斜面を走った。
「この島をこんなにめちゃくちゃにしちゃっていいの?あなた達のアジトなんじゃないの?」
「こんなところに無いわよ。でもあんた達の死体を飾るのには使ってあげる。黒焦げになっちゃいなさいよー!」
ルーシーが木々の間を縫うように走る。
ロザミィがそれを空中から追いかけ雷撃を放つ。
「ならないわよ!」
逃げながらも弓を射るルーシー。
「バーカバーカ。当たらないよーだ」
障壁で防御され矢は落ちる。構わず雷撃を繰り出すロザミィ。
上手く木から離れてそれを回避するルーシー。
流れるような動作で背中に背負った矢筒から矢を引き抜きそれを放つ。
「バーカバーカ。当たらないわよー」
同レベルの言い合いをするルーシー。
「ムキーっ!なんで当たらないのよー!」
「ヘタクソー。ちゃんと前見えてるの?その変な着ぐるみ」
「変じゃない!」
左右に逃げながら雷を避け矢を射続けるルーシー。
それを追いかけ着地し近づこうとするロザミィ。
巨体のせいで木々は倒壊、雷で消し炭に成りかけた原生林を平らに整地していく。
攻撃に触手を織り混ぜてきた。無数の触手が木々を縫ってルーシーを襲う。
ルーシーは背中の剣を抜き下段に構える。上向きでは雷がそこに落ちるからだ。
襲い来る触手を頭より低い軌道で剣を振り切り裂いていく。
雷撃も同時に降り注ぐ。10メートルの射程に入っているということは相当近い位置で落雷が発生しているはずだ。
フラウの言葉が本当なら落雷の軌道はロザミィ本人にも予測はつかないだろう。発生する場所、タイミングをロザミィが作り出したとしても、その電流がどこに流れるかは自然現象なのだから通りやすい道を流れるだけだ。
これだけ木々が多くいびつに曲がりくねった幹では、どこに到達するか予測はつきにくい。
それを時にはロザミィに近づきながら掻い潜るルーシー。
剣を投げつけ落下するまでに弓を持ち矢を放つ。剣の落下位置に走って手に取る。
矢筒はもう空だ。
「やば。矢がきれた」
後退するルーシー。
「待てー!」
ドスンドスンと足で追いかけるロザミィ。
「ルーシー。あんた今どんな下着着てるか脱いで見せてみなさいよ」
「はあ?なんで見せないといけないの!?」
「かわいい下着だったら黒焦げにするより絞め殺して、私がもらってあげる」
「あんたバカなの?脱いでる途中で攻撃するつもりなんでしょ?こんな所で脱ぐわけないけど。それに作ろうと思えば下着くらいいくらでも作れるんじゃないの?汚ならしい着ぐるみ作るくらいならかわいい下着を好きに作ればいいでしょ」
「ああああっ!汚くない!」
会話の内容があれだが、翼を大きく広げて落雷を落とし続けながら地面を走る巨大スズメと、その前を左右にジグザグに走って逃げるルーシーの手に汗握る攻防が続いている。
会話の内容があれだが・・・。
俺達はおかげでだいぶ斜面の上の方にまで来れた。
広い石畳になっている岩場があり、そこからベイトが顔を出している。
「勇者殿!こっちだ!」
「ベイト!良かった無事だったか!」
「おかげさまですね。さあ、早くこっちへ。できるだけしゃがむか腹這いになっていた方がいいです。木が近くに無いとはいえ人に雷が落ちる事もある」
俺と俺に肩を押されたクリス、弓を杖にしたフラウが石畳に上がる。
戦闘で負傷したわけでもないのに何ともボロボロだ。
「ルーシーさーん!そのまま北に50メートル進んで斜面を上がって下さい!」
ベイトが叫んだ。
ルーシーがその声に反応してこちらを一瞥する。
そして言われたルートへと大きくカーブを描きながら走る。
ロザミィがそれを追う。落雷と触手の合わせ技なのだがルーシーには当たらない。
俺とベイトはうつ伏せになり石畳から半身を乗り出してロザミィを弓で狙う。
クリスも俺の横にくっついたままうつ伏せになるが、雷鳴に体がすくみ自由に動けない。
フラウがクリスに手を差しのべ、俺の横から後ろへと退避させようとする。
「クリスさん。こちらに。勇者様にはルーシーさんを援護してもらわないと」
「うん」
クリスは俺から離れフラウの手に掴まる。
今度はフラウの肩にくっついて俺達の後方で二人丸くなっている。
「私も助けないといけないのに」
クリスは自分の体が動かないことを悔しがっているようだ。
「いいんですよ。クリスさんは力を温存しておいて下さい。もしかしたらクリスさんの力が必要になるかもしれませんから」
「え?」
フラウの言葉に驚くクリス。
フラウは先の事を考えてるようだ。しかし、いつになれば事態が好転するのだろうか。
俺達の居る石畳の左側にルーシーが駆け上がってくる直線のルートがある。
それを挟んださらに左の木の上からも弓矢が飛んでいる。
アデルが潜んでいたようだ。
相変わらず矢はロザミィの近くで障壁で落とされる。
そしてルーシーを追いながら木々を薙ぎ倒していくロザミィ。
ふとロザミィの斜め後ろの木の影から槍のようなものが飛んでいった。
これも自動防御の障壁によって失速し落下する。
ダメージは無いが、思わぬ所からの攻撃を受けてロザミィが立ち止まって後方を見回した。
ルーシーとの距離が多少開く。
モンシアとアレンを見かけないが彼らがあそこに居たのか?
俺も今の槍の攻撃がよくわかってない。
後方に人影が無いと確認したのか前を向き再びルーシーを追いかけるロザミィ。
バキバキと木々を倒す。
そしてまた斜め後方から槍が飛び出してくる。
そうか。トラップを作っていたのか!
横目でベイトを見る。
「これが俺達モンテレー自警団の戦い方ってやつですよ。勇者殿のように個人の力は無いが、使えるものを最大限使うってね」
「凄いじゃないか!よく短時間で仕掛けを作れたな」
仕掛けはこうだろう。ルート上の木にロープを張る。ルートより奥にある木を支点としロープを通す。枝をしならせて槍をルート方面に飛び出すようにセットする。ルート上の木が倒されたり破壊されればロープがゆるみしならせた枝が元に戻る。槍が飛び出す。
ロザミィは何度も木を倒し槍が飛び出しで困惑している。
辺りを見回し目をパチクリさせている。
気づけば雷撃が収まった。
ルーシーはもうだいぶ遠いがあまり急いで走らずにロザミィが追ってくるのを待つかのように立ち止まり様子を見ている。
ロザミィがピョンと羽ばたきルーシーの近くにジャンプする。
「なによこれー。なによこれー」
くちばしでルーシーをつつこうとするロザミィ。当然逃げるルーシー。
地面をピョンピョンと跳んでいくルーシー。
それを走って追いかけるロザミィ。
「ははは。気づいたみたいですね。アデル頼んだぞ」
俺の横でベイトが笑う。
アデルを見ると火を着けた矢を構えている。
ルーシーが普通に走りだした。
ロザミィはまだ後方にいる。
アデルが火の矢を放つ。が、ロザミィに直接撃ち込んだのではない。
ルーシーがピョンピョンと跳ねていた地面にだ。
矢が当たった瞬間、地面が勢いよく燃えだした。
ロザミィを巻き込むように一面が火の海になった。
油か!油を染み込ませた布を地面に敷いていたんだ!
火を着けた矢は障壁によって防御されるが燃えている場所に誘導すれば奴に着火させることができる!
ロザミィが咆哮をあげる。
全身に火が燃え移った。動きが鈍くなる。
相当のダメージを与えてくれている!
俺達も手を休めずに矢を射続ける。
火の海をヨロヨロと抜け何事も無かったように装甲を切り離すロザミィ。
だがほぼ全身を捨てていく。新たな装甲を作り同じ形に戻る。
装甲が二重なので本体は見ることはできない。
ルーシーは俺達のいる石畳にだいぶ近づいた。
「お次はこれだー!」
モンシアの声が俺達のいる場所より高い位置から聞こえた。
横目で見たが俺のいる位置からでは本人は見えない。
だが大きな石が空中を跳んだ。
両手で掴める程度の大きさだろうか。高い軌道で飛んでいく。
ロザミィのいる方向へは飛んでいくが残念ながら当たらないようだ。
「次は本番だぜ。頼むぜアレン!」
「おおよ」
声だけ聞こえるがアレンも一緒か。
また大きな石が飛ぶ。今度はただの石ではない。
布を巻き付け油を染み込ませ火を着けた火炎弾だ。
どうやら投石器で飛ばしているらしい。
本番という言葉通りロザミィの頭上に石が落ちていく。
障壁が発生したのか石は失速して投石としての威力は失う。
だが質量が勢いを殺しきれずに石自体はロザミィの頭に当たる。
燃えた石が当たることで再び炎上するロザミィ。
だがすぐに頭を切り離す。
俺、ベイト、アデルの矢の攻撃、モンシアの投石。ロザミィに対して一斉に攻撃を続ける。
ルーシーが俺達のいる石畳に到着した。
「やるじゃない!だいぶエネルギーを消耗させてるわ!」
「いえいえ。あなた何者なんです?よくあの猛攻を一人で耐えきりましたね」
よく聞いてくれた。俺は約束したので聞く事はないし考えもしないが、神の領域に片足を突っ込んだと評したロザミィと互角に戦えるルーシーもかなりおかしい。
「ウフフ。あいつがバカで助かったわ」
笑って誤魔化した。
「それよりここもそろそろ危ないわ。もっと上へ行きましょう」
「よし、牽制しながら移動しよう」
「フラウ、クリス。大丈夫?矢が余ってるなら分けてくれる?」
ルーシーが後ろにいる二人に声をかける。
立ち上がるクリス。
「雷が収まったからもう大丈夫。私は要らないから持っていっていいよ」
「では急ぎましょうか」
弓を杖に立ち上がるフラウ。
「モンシアのいる場所に行きましょう。頭上に注意ですよ」
ベイトも立ち上がり弓を撃ちつつ駆け出した。
ロザミィは俺達の細かな攻撃にイライラを募らせているようだ。
フワリと空中に飛び上がって俺達のいる石畳へと一気に滑空してくる。
「危ない!みんな四方に散らばって!」
ルーシーが叫ぶ。
散らばる?同じ場所に皆で居たら一網打尽にされてしまうからか。
だが誰かが狙われることになりはしないか。
「次は私」
クリスが滑空してくるロザミィに狙いをつけてジャンプする。
空中で背中の骨針を出しながらロザミィの触手を切り落とし接近する。
「ありがとうクリス!さあ今のうちよ!」
ベイトはすでに斜面を走り出している。俺もルーシーも少しルートを変えて斜面を駆け上がる。
フラウは?
まずい!一瞬目を離した時に見失った!
この辺りはまだ木々が繁っている。一目では探せそうにない。
俺は足を止めた。
ロザミィが石畳に着地する。くちばしにクリスが乗っている。
「クリスお姉さん。ルーシーはっ倒す邪魔しないでくれる?後で相手してあげるから」
「私が後回しなんだ。雷でビックリしたけどもう怖くない」
「ふーん。クリスお姉さん雷怖いの?」
それを言うのはまずいんじゃないのか?
「怖くない」
強気の言葉とは裏腹にひきつるクリス。
羽を広げるロザミィ。雲と一体化した境界のない羽に稲光がゴロゴロと発生する。
まずいぞ俺もクリスもかなり近い位置にいる。
ルーシーのように回避できるとはとても思えない。
ロザミィのすぐ左横から矢が飛ぶ。
俺達のいた石畳から見ると右側。ルーシーが走ってきたルートと逆方向。俺達が斜面を上がったのとは違い真横に移動していたのだろう。
フラウが弓を引きロザミィに矢を放つ。
「クリスさん!離れて下さい!」
斜面を転がるように降りるフラウ。
首を振りくちばしに乗っているクリスを振り落とすロザミィ。
足がすくんでしまったのか抵抗なく落とされるクリス。
羽を閉じフラウの降りていった方向に舵を切り飛び上がるロザミィ。
まずい。逆方向に逃げたフラウが狙われてしまった。
まずいまずいまずい!
今から追いかけて間に合うのか!
駆け降りようとするとルーシーがいつの間にか俺の横に戻ってきていた。
「勇者様。火の用意をしてくれる?」
ルーシーは矢を構える。
さっきも同じ事があったな。今から走って追いかけるよりルーシーの言葉に従った方がいいかもしれない。
斜面を木に掴まりながら駆け降りるフラウ。不気味な羽ばたきがそれを追う。
フラウの頭上に影がかかる。
フラウが振り向く拍子に足を取られて転倒してしまう。
何の躊躇もなく鈎爪付きの触手がフラウに伸びる。
仰向けになりそれを正面に捉えるフラウ。
火の矢の準備はまだできていなかった。
鈎爪に胸を貫かれるフラウ。
まさか・・・。
「フラウ!」
俺は叫ぶ。
そんなまさか・・・。
「勇者様。フラウの力を忘れたの?」
フラウの力?
ロザミィはそれが癖なのか、鈎爪で串刺しにしたものを空中に持ち上げる動作をする。
前回の時も不快なほど見せられた。
そして今も串刺しにしたフラウを持ち上げようとする。
スルリとフラウが水着姿で地面に転がった。
持ち上げられたのは服だけだ。
「ルーシーさん!今です!」
フラウが叫ぶ。
「火を!」
ルーシーが俺に指示する。言われた通りルーシーの油を含んだ布を巻いた矢に火を着ける。
矢は持ち上げられたフラウの服に飛んでいく。
フラウの服は炎上、いや爆発と言っていいほどに激しく燃え上がった。実際何かが爆散したようだった。
そして爆発した服からロザミィの触手に火が引火し瞬く間にロザミィ自身の体に燃え移った。
作戦の内容はこうだ。
フラウがこの島に来てからずっと前屈みで辛そうにしていたのは、油の入った缶を胸に抱いて隠していたから。
実際に重いという事と、胸に缶を抱いているということを周囲に悟らせないため前屈みで膨らみを隠していた。
ルーシーが言うロザミィのエネルギーを消耗させる作戦は、完全に消耗しきるまで持久戦をやるためではなく、どこかでエネルギーの補給のために触手の攻撃をさせる事が目的だった。
油の缶を抱えるのはフラウ以外にあり得ない。
鈎爪が缶を貫いた瞬間、ごく僅かな一瞬に自分自身に衝撃吸収の施術をかけなければならないから。
転倒したのは背後からの攻撃の選択肢を消去したかったから。
俺に作戦を秘密にしたのは、まあ、俺なら危険過ぎると止めただろうからな。それに顔に出てハラハラしながらフラウを見ていたろう。
この作戦の一番のウイークポイントは何かあると相手に感付かれることなので、ルーシー以外には事情を伏せていたということだ。
血と間違えて油を吸収した触手は火が引火することで本体にまで炎が到達する。
これがフラウの言う唯一の弱点。
血を吸うために本体に繋がっている触手が外に出ている。だ。
これまでに無いほどの咆哮、いや悲鳴をあげながら内部から焼かれるロザミィ。
全身の装甲にも火が燃え移り大炎上の様相だ。
所々装甲が剥げ落ち、翼も焼き切れ無残な姿になる。
すでに地面に墜落し辺りをヨロヨロと彷徨いている。
辺りの木々にも引火し赤々と周囲を不気味に染め上げ黒煙が一帯に立ち昇るかなり危険な状態になる。
フラウと俺、ルーシー、クリス、ベイト、アデル、モンシア、アレンは俺達の居た石畳よりさらに上に上がった岩場に集合している。
山火事が発生し元居た場所では危険だと判断したためだ。
「炎上している体を再生させ続けてなんとか耐えようとしているんじゃないでしょうか。力を自身の再生に割いているために装甲の修復まで手を回せないのだと思われます。あの状態では飛ぶこともできないでしょう。海まで行くには少し距離があります。このまま力を使い果たしてくれたら・・・」
水着姿のフラウは言った。
水着は以前見たことがある。水色のワンピースで胸元が開いたハイレグのきわどいやつだ。場違いな格好ではあるが服を利用した作戦なので仕方ない。
このまま力を使い果たしてくれたら、俺達の勝ち、というわけか。
前回は海辺という相手を燃やすというには最初から不都合なロケーションだった。
この場所も周囲は海で囲まれている。一歩間違えれば同じ状況にもなり得たのだろう。
やつを上手く誘導してくれたルーシーのおかげだ。
巨大鳥の装甲が完全に燃え尽きる。
中からロザミィ本体が現れ炎上している原生林に落ちる。
普通ならば、あの状態では助けようとしてもそれは難しい。熱と煙に蒔かれ逃げ場はない。混乱と消耗、酸欠と火傷で絶望的な状況だ。
普通ならば・・・。
ロザミィの姿はここからでは見えない。
俺達はこの戦いの行方を固唾を飲んで見守っている。
クリスとの仲を考えると心苦しい所もある。
だが放置することはできない。
負けるわけにはいかないが、勝ったとしても素直に喜べない。
この戦いの辛い所だ。
「この炎が収まるまで、この島の探索はお預けね」
ルーシーがポツリと呟いた。
「島全体を燃やし尽くすか、雨でも降るか、どちらが先になるでしょうね」
ベイトがうなずく。
消火する人員も機材もない。自然消火するまで待つしかないだろう。
一抹の不安もあるが、しばらく動きはない。
戦いは終わったということか。
フーっと息を吐く俺達。
俺はクリスの肩に手を置き、彼女の心中を労わる。
クリスも俺を見る。
「ロザミィ。どうしてあんな風になったのかな?」
クリスの質問にどう答えればいいか言い淀む。
ライラは自分が変わっていくことに恐怖していたと言った。
きっと急激な体の変化に心が付いていけなくなり、一種の狂気に変わっていたのではないだろうか。
ロザミィもまた、ハイになることで変化を受け止めようとしていたのかもしれない。
「安全を考えて燃えてない西側に迂回しながら川辺のポイントまで戻りましょうか。それから船で一旦町に戻った方が良いと思う。このままじゃ装備が足りない。補給しなければこの先戦えないわ」
セイラや他の魔人達が同じような戦いをするとなれば、確実に装備不足だ。
全員がルーシーの言葉にうなずき、この場から動きだそうとした時。
ポツリ、と雨が落ちてきた。
さっそく雨が降ってきたのか。
山火事を消火してくれるなら助かる。
ポツリポツリと落ちていた滴は間もなくサーっと細かい雨になり、辺り一面に降りだした。
「雨が降ってきやがったなあ。大丈夫なのかよ?」
モンシアが呟く。
大丈夫とは?ロザミィのことか?
ふと空を見上げると雨雲が一点に集まるように渦を巻いているように見えた。
これは!?
「なんなの!?」
ルーシーも気づいたようだ。
雨雲はロザミィが居たであろう場所に一点に集まって集中豪雨を作り出している。
「ああ!なんてことでしょう!雷を作り出せるのなら、当然・・・!」
雨雲も作り出せる!
フラウの絶叫に俺達は戦慄する。
ロザミィはまだ生きている!
もう一度火を消火されハーピーの姿に変化再生され逃げられてしまえば俺達に次の勝機は無い。
今逃げられれば俺達のいないローレンスビルの町へと赴き、悠々と数百人の血を吸い尽くし、更なるモンスターになり得るだろう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「私の出番なんだね」
クリスが両手をグーにして胸の前で握り締める。
「決着をつけてくる」
クリスはそう言ってジャンプしていった。
当然俺達も向かう。
距離を取っていたことが仇となった。さっきの雨で火は多少弱まっている。集中豪雨の場所は完全に消し止められているだろう。
一人で無茶はして欲しくはないが、ロザミィを逃がす訳にもいかない。
なんとか俺達が行くまで耐えてくれ!
俺達は火がまだ燻ってる雨でぬかるんだ原生林を走った。