16、一番星
ついにやって来た最初の島の捜索が始まった。セイラ達のアジトいったいどこにあるのか?
金髪のルーシー16、一番星
朝。船は一番星と名付けた島の沖合いに停泊している。
クリスが鐘楼にジャンプして周囲を確認。
変身した状態の敵を見つける事ができるのは彼女しかいない。
ただ、ルセットのような場合もある。地面や岩の中に潜んでいる場合見つけられない。
今のところは異常はないようだ。
島への上陸の準備だ。
戦闘員8名。かなりの重量になる装備を担いでの捜索になる。
島の面積は一つの町ほど有ろうか。岩肌と生い茂った樹と半々といったところだ。見たところ高い崖等はなく島の中央は緩やかな丘になっている。
さすがに一番広い島だけあって捜索には数日はかかるだろう。
船体に船底を外側に向けて横付けされた救命艇がロープで降ろされる。
そこに装備、食料等が積まれ俺達が乗り込む。
「しっかり頼むよ!」
ベラが俺達に激励を贈る。
捜索の作戦はこうだ。まず全員がポイントAに移動。ポイントAに予備の装備や食料備品を待機させ3人が警備兼休憩につく。残り5人は周囲の捜索に当たる。
海岸沿いのポイントBに全員が移動、3人待機5人捜索。捜索班は反対側の海岸まで捜索してポイントBに戻る。
それを繰り返す。ローラー作戦だ。
クイーンローゼス号はポイント毎に俺達を追跡し沖を移動。いつでも合流できる位置につく。
「申し訳ないけどポイント間の移動以外はフラウは休憩に回らせて。何かあったとき彼女が頼みの綱になると思うの」
ルーシーがベイト達に申し出る。
「構いませんよ。と言うか船に残っていても良かったんじゃないですか?」
「お嬢さんには危険だぜ」
アレンも心配している。
「だ、大丈夫です。頑張ります!」
フラウは緊張からかすでに汗をかいているようだ。
まだ上陸してないのに。
救命艇を島に着ける。重い荷物を運び出し捜索開始だ。
救命艇は乗り込んでいたビルギットが船へと戻す。
「それじゃあ無事を祈りますぜ」
「ありがとう。良い報告を期待してくれ」
そう言って別れる。
開けた海岸にはさすがに何もないだろうな。
辺りを見回す。
こういう目的でなければなかなかいいロケーションだ。
綺麗な砂浜、澄んだ海。
俺達の重装備に場違いな感じも受ける。
ルーシーが立ち止まって何かを見ている。
近づいてみると特に変わりのない岩を見ているだけだった。
「この辺でかい岩多いわね」
確かにゴツゴツとした大きな岩があちこちに転がっている。
物影に隠れられると厄介かもしれない。
「この辺はもういいだろう?さっさとポイントAに急ごうぜ!」
モンシアはやっとの出番に大ハリキリのようだ。
皆も足を進め始める。
フラウを見ると上陸したばかりだというのに弓を杖替わりにして腰を折って歩いていた。
「大丈夫か?気分でも悪いんじゃないのか?」
「いえ、そういうわけではないですよ。アハハ」
本当に大丈夫なのか?汗もかいてるように見えるが。
心配をよそにフラウは足取りは悪くなくトコトコと歩きだした。
「しかし敵のアジトといっても、どんな所なんでしょうね。まさか塔や砦なんかがこれ見よがしに建ってる訳じゃあないでしょうし」
ベイトが疑問を口にして歩いている。
「それよねえ。敵の能力的には城や豪邸なんかがあってもおかしくはないわね。空気からいくらでもブロックや煉瓦を作って積み上げれるはず。でも隠れ住んでいるのなら目立った建造物なんか建てないでしょうね」
ルーシーが歩きながら答える。
「何を探しているのか分からねえとは困ったもんだなあ」
モンシアが溢す。
「でも集団で生活しているのだから何か形跡は残っているはずよ。それを探さないと」
海岸沿いの砂浜を歩き、ポイントAに到着。ここからは二手に別れ行動する。
重いバックパックを下ろして周囲を捜索だ。反対側の海岸まで歩いてUターンして戻る。
所々旗を立てて捜索済みをチェックしておく。
フラウ、アデル、アレンが残る。名前順だ。
「見張りは頼んだ」
「わかった。先に休ませてもらう」
ベイトとアデルが話す。
「どのくらいで戻って来れるかな」
「まだ島の端っこだからすぐ戻れるんじゃないかしら」
最低限の装備だけで動けるのは楽だな。
岩肌の緩やかな坂を登りつつ辺りに目を向ける。
やはり海岸沿いと同じく大きな岩が多い。
目に入るのは今のところそれくらいだ。
後ろを振り向くと荷物に背をもたれて休憩しているフラウが見える。
「フラウ、大丈夫なのか?ずっとああだが」
「緊張してるのかもね。後でベロチューでもしてあげたら?」
「それで回復するのはクリスだけだろ」
「そうだっけ?ウフフ」
ルーシーが妙なことをいう。
すぐに鬱蒼と生い茂った原生林に入っていく。
空が見えないくらいに青々とした樹木で覆われている。
日陰が歩きっぱなしの汗ばんだ肌には心地いいが、視界はだいぶ悪くなって油断はできない。
ここでも大きな岩があちこちに転がっている。
魔王歴中どころかそれ以前にも人が立ち入らなかった島だ。
生い茂った木は我が物顔で生えっぱなしになっている。
幹は太くグネグネと自由な方向に伸びている。
そういえばまだ鳥や動物の鳴き声や姿を見聞きしていない。
完全に植物の楽園となっているのだろうか。
捜索はクリスのおかげでかなり効率よく進めることができている。
高い樹にジャンプで登って辺りを見回してくれたり、俺達なら20分30分かかって迂回しなければならない傾斜もひとっとびで行って帰って来てくれる。
難点は短いスカートでジャンプするので下から見ていると確実に下着が見えるということだ。
ベイトやモンシアも何であんな格好してるんだ?と言いたげに見ている。
原生林を抜けると反対側のような海岸が広がっていると思っていたのだが、それは間違いだった。
なんと林を抜けるとすぐに絶壁が足元に広がっていた。
俺達が南側から見たこの島の穏やかな風景は、文字通りこの島のたった一面で、その裏には険しい断崖の二面性を持っていたのだ。
「こいつは・・・」
「足を踏み外したらえらいことになっちまってたぜ」
ベイトとモンシアが絶壁を見下ろして言う。
「魔物の棲む海域にはうってつけのロケーションね」
ルーシーも驚いている。
「この崖、ずっと横に続いてるね」
「島の北側はずっと崖になっているのか?」
クリスと俺は左右に広がっている足元の絶壁を見回している。
「どうしましょうね。ロープを持ってきてないので降りていけませんが、ここは一旦後回しにしてポイントB出発時に道具を揃えて一緒にここら辺りも見てみましょうか」
ベイトが提案する。
崖の中腹辺りに洞窟や横穴でもあれば、そこがアジトにつながっている可能性もある。見落とすわけにはいかない。
「私が行って見てくるよ」
クリスが言う。
「いくらあなたでもこの高さではジャンプで戻って来れないんじゃないの?」
ルーシーが止める。
「大丈夫。骨針を突き刺して登ってくるから。ちょっと待ってて」
クリスはそう言うと、スルッと崖の下に落ちていった。
俺達は呆気にとられて声を出せずに見送った。
「なんてフィジカルのお嬢さんだ。むしろうらやましいってもんだぜ」
モンシアは今までのクリスの超人的な働きに感嘆している。
「そういう一面だけでは測れないって所でしょうね」
ベイトは複雑な顔だ。
「しかし魔人って言ったか。敵がみんなこの身体能力とでかい鳥みたいな変身能力を持ってるってのはゾッとするけどな」
「正直なところかなり危険よね。よくこの戦いに参加する気になったわね」
「雇われ人ですからね」
ルーシーの質問にベイトはあっさりと答えた。
「アッハッハッ!ちげえなーな!ん?待てよ?ひょっとしてこれで俺達も勇者の一行ってことか?」
「別に俺が指揮を執っているわけじゃないが」
「ウフフ。まあそれでいいんじゃない?」
「いやー、これでかかあに自慢できるなー。帰ったらなー」
「帰れたらですけどね。油断大敵」
そんな話をしているとクリスがぬっと崖を登って帰ってきた。
「下は地面はないみたい。海から崖が生えてる。ここ辺りには見たところ入れそうな横穴はないよ」
「そうか、ありがとう。君のおかげで助かるよ」
「いいよ」
「それじゃあ少し西側に移動しながら引き返しましょう。ここに旗を立ててね」
俺は用意していた木の棒に荒布を付けた旗を地面に刺した。
皆は西側に歩き出している。
俺を待っていたのかクリスが俺をじっと見ている。
「俺達も行こうか」
「うん。私ずっと捜索班で行動するよ。私がいた方が早いでしょ?」
「それは助かるが、無理をすることはないぞ」
「大丈夫だよ。その代わり・・・」
俺の腕をつねるクリス。
俺の唾液をくれということか。
そんなもので良ければいくらでもあげるが、それで体力が持つのだろうか?
100メートル西に移動してポイントに戻る。
所々に高くなった岩場や窪んだ穴はあるが、アジトになりそうなスケールのものではない。
この捜索がどのくらいでカタがつくのか今は分からないが、このポイントを起点とした捜索方法はいいやり方なのかもしれない。
全員で重い荷物を持って一日中這いずり回るより、小さな目標を区切って順番に休みながら行動した方が気持ちと体をリフレッシュできるし、徐々に進んでいるという実感が持てる。
たくさんある島を全て捜索するとなれば集中力も長く持たないだろうからな。
ベラによる作戦だったが、うまく考えたものだなあ。
そう考えながら歩いているとルーシーが俺を肘でつついて言う。
「今ベラのこと考えたでしょう?」
何で分かったんだ?
いつかクリスにもルーシーの事を考えてることを当てられた気がするが、俺の顔には考えてる人の名前でも出てくるのか?
「いや、この捜索方法は上手いやり方だなって」
「ああ、説明してるベラのこと思い出してたの?女上司好きなんだもんね」
「待て待てそれは誤解だ」
「私も女上司風に長いセリフ言ってみようかしら。そしたら勇者様に思い出してもらえる?」
「誤解だというのに」
多少緊張が解れたのか冗談を言いながら戻る俺達。
ポイントAに到着。今度は全員でここからポイントBに移動だ。
フラウ、アデル、アレンという珍しい組み合わせがどんな会話をしていたのか気になるが、いちいち聞くのも変なので黙って荷物を運ぶ。
フラウは相変わらず弓を杖にして歩いている。
ベイトがアデル他待機組に北側の崖のことを話す。
「北側はこちらと違って切り立った絶壁でしたよ。クリスに下を見てもらいましたが念のためにロープも持っていった方がいいでしょうね」
「不気味な島だな。気候はいい景色もいい、だが何か不気味だ」
アデルが感想を言った。
静かすぎることも一因だろうか。
次の待機はベイトと俺だ。
ルーシーに連続では疲れるだろうから順番を代わろうかと言ったが平気だと言われた。
「まだ始まったばかりだし平気よ。でも気にしてくれて、ありがと」
俺、ベイト、フラウを残し他5人は捜索へ出る。
気になるのはフラウだが、本人が大丈夫と言っている以上それを信じるしかないか。
「ふーっ。一息つけますね」
ベイトは手頃な岩に腰を下ろして5人を見送っている。
俺もそれに習う。
「船もこっちに移動してきてるみたいだな」
沖に停泊しているクイーンローゼス号に向かって手を振る。
きっと鐘楼でビルギットが見ているだろう。
「それで?勇者殿の経験から見てこの島は当たりそうですか?」
「ハハハ。俺にそんな予想能力はないよ。でもこれだけ大きい島なら確率は高いと思うんだがなあ」
「時間はかかりそうですね」
「敵が潜んでいる可能性がある以上、バラバラで単独行動は危険だ。ひとかたまりで行動すれば捜索に時間がかかる。倍の人数でもいれば捜索をさらに2班に分けて時間を短縮できるだろうが・・・」
「お金がかかりますからね。人件費、装備、食料。雇い主の懐事情にはさすがに何も言えません。それに人数が増えれば能率も落ちる。モンシアなんて見えない所でサボっていたでしょうね」
「最後のは聞かなかったことにしておこうかな」
アッハッハと笑い合う俺達にフラウが弓を杖にしながら片手でコップを差し出してきた。
「特製のフルーツジュースを作ってきました。良かったらどうぞ」
「ああ、ありがとう。いただくよ」
リンゴがメインだが、喉ごしがよくスッキリして飲める。
ベイトも受け取る。
「染み入りますね。こりゃどうも」
「アハハ。アレンさんはお酒の方が良さそうでしたけどね」
「まさか酔っ払って捜索というわけにはいかないでしょう」
「そうそう、この前ルセットさんにお見舞いに行って経過を見てきたと言ってましたよ。順調そうだったそうです」
「それは良かったな」
「襲われた時の記憶も覚えてて、それほどパニックにはなっていないそうです。思ったより気丈な方だったんですね」
「いったいどこで襲われたんだろう?確か急な出向で船に合流するのは直前に決まったんじゃなかったっけな」
「そうです。あの自警団の詰所の部屋で襲われたそうです。あの時私たちもあそこに居ましたね、待合室に。セイラさんもその時私達のそばに居たということです」
ゾクリとした。クリスの目から隠れて俺達を追っていたというのか。
それからしばらく何をするでもなく風と波の音を聞きながら辺りを見回していた。
フラウの話ぶりにいつもと変わった様子もなく、それは一安心というところだが、なんで弓を杖にして歩いているのかが逆に不思議だ。
さらに時間が経過しルーシー達が出ていった場所より西側から帰ってきた。
「みんなお疲れさま。変わったところは?」
「今のところないわね。まだまだ10%も終わってないんだから落ち着いていきましょ」
ポイントCに全員で移動だ。
次はルーシー、モンシア、フラウの留守番だな。
クリスの体力は大丈夫だろうか。
移動中に聞いてみる。
「大丈夫だけど。お昼はどうするの?」
「次捜索に出て帰ってきたらそこで全員で食べるんじゃないかな」
クリスが昼食の話をするのは不思議だが、俺の唾液が欲しいと言っているのだろうか。
「私達でお昼の用意しときましょうか。楽しみにしててね」
ルーシーが会話に入ってきた。
「俺も昼飯係か。簡単なものでいいよな?」
モンシアがうなだれている。
「簡単なものしか用意してないですよ。まあ食えるだけマシってことで」
ベイトが答える。
「北端の崖の下にも何も無しだったのか?」
再び俺はクリスに訊ねる。
「うん。見たところ西の先の方にも何も無さそうだった。崖の方はハズレかも」
「そうか。怪しい場所ではあるんだがな」
「そう言えばアレンさんは北側が崖になってるのって知ってたの?」
ルーシーが質問する。
「いや、知らなかった。実際に見るのも来るのも初めてなんで情報はあんた達と一緒だぜ。じいさんの話も島自体の様子までは言ってなかったからな」
「まあそうよね。こうして船が出せるのもつい最近のことだしね」
「興味本意の質問で申し訳ないんだが、ルセットってどんな人なんだ?ホテルで泊まっていると何かの装置を開発していると聞いたんだが、それがなぜこの船に乗ることになっていたんだろう?」
俺もこの際聞いてみた。
「ああ、そもそもの研究対象は武装の方なんだ。その派生というか付随で色んな装置ができていったというか。まあ俺達ローレンスビル自警団がモンスター相手には遅れをとらなかったのはルセットのぶっ飛んだ装備のおかげって部分はあると思うぜ」
ぶっ飛んだ装備?大きい椅子とか言ってたやつか?
名前だけではさっぱりイメージできない。
ポイントC到着、俺、クリス、ベイト、アデル、アレンでの捜索。
別状なし。何も発見できず帰る。
俺達が帰ってくるとルーシーとフラウとモンシアが昼食の用意を始めていた。
昼食はパンとチーズ。
俺達の用意した献立はそれだけだったのだが、ルーシーの気配りでスープも作ってくれているようだ。
野菜の入ったコンソメスープを作るルーシー。
火を起こし鍋をかけ野菜をカットしてオリーブオイルで炒める。水筒の水を加えてコンソメと煮込む。
塩で味付けして完成。
ルーシーが料理しているところを初めて見た気がする。
荷物の中に道具と材料を持ってきていたんだな。
スープものがあるとやはり心が落ち着く。それに美味い。
みんなにも好評だったようで、口々に美味いと唸らせていた。
俺は片付けを手伝いながらルーシーにお礼を言った。
「ありがとうルーシー。スープ美味しかったよ」
「やーねー。簡単な料理よ」
「男だけだけだったらパンだけで済ましてたんじゃないかな」
「そりゃあ間違いねーなー」
モンシアも火の後始末を手伝いながらうなずく。
なんとなくルーシーを見る目が少し変わったような気がする。
仕草の一つ一つに目が引かれてしまうような、手助けしてあげたくなるような。胃袋を鷲掴みされたというのはこういう事だろうか。
昼食後は15分ほど休憩。岩に座ったまま過ごしたり、その辺を散策したり、トイレに行ったり、装備のチェックをしたり。
俺はその辺をぶらぶらしていたが、不意に岩影から引っ張られた。
ビクッとしたがクリスだった。
「なんだビックリさせるなよ」
「ルーシーのスープ美味しかった?」
わざわざ物影で聞くようなことかと思ったが、そう言うことか。
「ああ、約束だったもんな」
「勇者ルーシーのことずっと見てた」
「え?そうだったかな。ルーシーが料理するのはめずらしいかなと思ってさ」
「そうでもないよ。メイド時代は私達と一緒にやってたんだし」
「そう言えばそうか」
「勇者。キスしていい?」
「ああ。頑張ってくれて助かるよ」
「勇者がこうしてくれるなら、もっと頑張る」
そう言って俺の首筋に腕を回して唇を重ねてきた。
なんて意地らしいことを言うんだ。
俺はクリスの背中を抱き締めた。
クリスの息に熱がこもる。
休憩の時間をギリギリまで使って俺を攻める。
背中に回した手をポンポンと叩いてそろそろ行かないとと合図する。
やっと口を離したクリスだが、首筋の腕は離さない。
「勇者。もう一回ギュッてして欲しい」
「え?いいけど」
俺はクリスをもう一度抱き締めた。ベアハッグのように。
「これいい。充実感すごい」
猫が狭いところを好むみたいなものだろうか。圧迫されることである種のマッサージになっているのかもしれない。
クリスは後ろ髪を引かれるようだったが遅れてしまうのは申し訳ないので急いでそこの岩影から出ていく。
皆荷物の場所に集合していた。
次はポイントDまで全員で移動だ。
ルーシーが岩影から出てくる俺達を見ていた。
ドキッとする。
「あらあら。栄養補給はバッチリみたいね」
「うん。充実した」
クリスも恥ずかしげもなく答える。むしろいい笑顔でこっちが恥ずかしい。
「ふーん」
ルーシーが俺を見ながら肘でつつく。
「な、なんだよ」
何も言わずにつつき続けるルーシー。
「こそばゆいよ」
ポイントDEF何も発見できず。その日は暗くなってきたので捜索は明日に持ち越し。砂浜で野営をすることになる。
簡単にはいかないだろうとは思っていたが、1日かけて痕跡ゼロは堪えるな。
テントを2張り用意する。男性陣5人用と女性陣3人用だ。
夕食も昼と似たようなものだ。バゲットをサンドイッチにしてレタスとソーセージとチーズをはさむ。
ルーシーがまたスープを作ってくれる。
海藻とキノコの鶏ガラスープだった。
「これで水筒に持ってきたスープ用の水は終わりね。どこかで湧き水が湧いてればいいんだけど。川とか無かったわよね」
「船に戻れないかな。だったら野宿しなくてもいいか」
「さすがに行って戻ってより野営の方が早いでしょうからね」
「そろそろ煮たったかな。キノコ入れていい?」
「いいわよ。3分火にかけててね」
テントを張り終えた男性陣はルーシー達のスープを待って岩場に座っている。
「いや、華やいでますね」
それを見ながらベイトが溢した。
「はー。もっと殺伐としたもんだと思ってたが、心が安らぐね」
モンシアも溢した。
「明日はメンツを入れ替えよう。同じ顔ぶれでは作業になっちまう」
アデルは実質的だ。
「体力が残ってる者が出るでいいんじゃねーか。順番にこだわる必要はないな」
アレンも同じか。
フラウがバゲットを配ってきた。
「どうぞ。中身が溢れないようにしてくださいね。もうすぐスープもできそうですから」
弓を杖にせずしっかり立っているようだ。全員にバゲットを配る。
「ありがとう」
「できたわよー。熱いから最初は置いておいてねー」
紙製のスープ皿を安定した場所に置き、スープを注いで回るルーシーとクリス。
飲んでみる。これも美味い。さっぱりした味と程よく腹に入る具材が心憎い。バゲットサンドも食が進む。
夜風が寒くなってきた気温に熱いスープが染み渡るようだ。
俺達はポカポカになってテントの床に就いた。
久しぶりの一人寝だな。
そう思っていたが甘かった。
夜が更けた頃、男性陣のテントにルーシーが入ってきた。
「ちょっと勇者様借りるわよ」
と言って俺を引っ張り出していった。
暖まった体が一気に冷えてしまいそうだ。
「おいおい」
「だって勇者様がいないと眠れないんだもん」
「おいおい」
それ本気だったのか。
女性陣のテントまで引きずられるとフラウはもう寝ていたがクリスは上半身を起こして待っていた。
「勇者。来たんだ」
「どう見ても連れて来られてるようにしか見えないだろ。それに体を拭いてないから汗臭いぞ?」
「大丈夫よ。気にしないから」
「私も気にしないけど、勇者は気になる?」
「え?お、俺も、大丈夫、かな」
「なに挙動不審になってるのよ。明日も早いんだしもう寝るわよ」
そう言って薄いシーツに潜り込むルーシー。
ここまで連れて来られてはどうしようもないのでルーシーの隣に入る。
クリスも隣まで自分のシーツを引っ張ってきて、俺の横に寝る。
「パンツ見えたわよ。ジャンプするときずっと見えてるけど」
「見てもいいよ」
「鋼の心だな」
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
朝だ。まだ薄暗い中朝食を食べる。
乾いたパンと干した肉。
テントを片付けてポイントGへと移動。
これまでの砂浜の景色から岩場に移る。だが嬉しいことに更に先に行った場所に川が流れているのを発見。
ポイントの位置をずらしてそこの近くで待機させることにする。
川と言っても湧き水が少し流れ出ている程度だが、水が貴重なのでそれでもありがたい。
俺とルーシーが残り水汲みをすることに。
鍋に水を汲み火で一度沸騰させる。
それを冷まして水筒に。
これを何度かやる。
見るとフラウがまた弓を杖にしている。
夜は大丈夫そうだったのに?
ポイントGからHは一旦移動せずに水の確保を続けることにする。
戻ってきた捜索班のベイトとアデルが水汲みの作業を引き継いでくれる。
俺、ルーシー、クリス、モンシア、アレンで本来のポイントHのルートを行く。
ここで発見があった。
反対側の北側まで半分ほど行った場所だった。
岩がせり出し高い壁になっている。当然向こうは見えない。
回り込んでみると壁は3方を囲んで小部屋になっている状態だった。
人工的な様子はないが自然にこんなになるものだろうか?
その小部屋になっている真ん中に比較的大きな大木が生えている。
一本の木だが幹が3方に別れ大きくうねっている。
小部屋の入り口付近に俺達は集まる形になった。
当然正面の大木が目に入る。
「なんだこりゃあ!」
モンシアが声をあげる。
俺達も息を飲む。
大木にではない。
大木に吊るされた15人の男女の死体にだ。
高さもロープを縛られている位置もバラバラだ。
首、両足、腰。地面すれすれ、遥か上空。
ほとんど男だが一人だけ女性がいる。
男は着衣だが女性だけ全裸だ。痛ましい姿だ。
全員傷だらけで死後随分経っているらしい。
死因は胸にある大きな傷痕。だろう。
血はもう出ていない。
一様に苦悶の表情で、腐乱が始まりかけている。
「これ、ローレンスビルの行方不明者じゃないかしら」
「あの娘の下着を剥ぎ取ったんだね。ロザミィ」
ルーシーとクリスが顔をしかめる。
船で一日かかるこの島になぜわざわざ持ってきたのかはわからないが、酷い惨状であることに代わりはない。
「見つからないわけだ。こんなところにいたんじゃあな」
アレンも心痛な面持ちだ。
「これで奴らが、いや少なくともロザミィがここに居たということは確かになったわけだな」
「そういうことね。他に何か無いか辺りを探してみましょうか」
ルーシーの言葉で皆で辺りを捜索してみた。
クリスの目に変化した物体が写らないか、動かせる岩のようなものはないか、小部屋になっている周辺に他の形跡はないか。
できるだけ入念に調べてみた。
ここがアジトというには狭すぎる。単にロザミィが死体を放置するために使った場所なのかもしれない。
ここからは何も出ないだろうと、俺達は捜索を終了する。
「この亡骸、降ろしてやれないかな?」
俺は大木を見上げた。
「そうしたいところはやまやまだけど・・・」
ルーシーが言葉を止めた。
俺と同じように大木を見上げたからだ。
空に大きな影が横切った。
皆も空を見上げる。
大きな、とても大きな羽の音が聞こえる。
全員が警戒態勢に入る。
「まずいわ!ロザミィ本人がここにいる!」
「冗談キツいぜ!いきなりあんな化け物と遭遇かよ!」
モンシアの言い種ももっともだ。
俺達が探し当てたというより、奴からやって来たという方が相応しいだろう。俺達は追跡されていた。
「この軽装ではロザミィとは戦えないわ!フラウ達の居る川辺のポイントに合流しましょう!」
ロザミィは空中を旋回しているようだ。高い木々が邪魔だったのだろうか。原生林を抜けて空が見える場所では逆に不利になるかもしれない。
だがルーシーの言う通りこの装備では戦えない。一度装備を整えなければ。
俺達は来た道を走った。
それほど遠くはないはずだ。
しかし、空を羽ばたく敵の動きの方が早い。
俺達の頭上を影が覆い被さる。
敵の攻撃が始まった!
上空から鈎爪付きの触手が伸びてくる。
クリスが背中から骨針を出しながら、木を足場にして跳ね上がり、触手をいくつか切り落とす。
ルーシーも走りながら剣を抜き、振り向き様に触手を落とす。
二人がしんがりを務めてくれている。
俺達にそんな余裕は無かった。
前を見ながら走らないと木にぶつかってしまう。剣を出して戦うと枝や幹に取られてしまう。そもそも傾斜やぼこぼこの地面ばかりで走るのもおぼつかない。
ジャンプしてるクリスはともかく、走りながら剣を振れるルーシーが異常なのだ。
一旦空に舞い上がり俺達の頭上を通り過ぎるロザミィ。
クリスが大きくジャンプして俺達より先に進む。
このまま行けばフラウ達の所にロザミィが現れる。さすがに異変には気づいているだろうが、開けた場所で荷物を守りながらは対処できないかもしれない。なんとかクリスが援護してくれれば。
巨大鳥に襲撃された日、フラウは倒す策があるように言った。
それを信じるしかないが、今フラウはなぜか弓を杖にしている状態だ、作戦を実行できるのか?
林を抜け岩場に出る。
ベイト、アデルはすでに弓を持っている。
フラウは後ろに隠れているか。
ロザミィは?
見上げると空中を旋回しているが、どうやらクリスが頭上に取り付いて注意を引いてくれているらしい。
全長30メートルもある巨大な鳥の姿。先日どこかへ消えていったあの姿のままだ。
鳥と言ってもなぜかスズメだ。
自由に変身できるはずなので、竜のような容姿でも構わないはずだ。
せめて猛禽類とかグリフォンとか恐ろしげな見た目にでもなれたろう。
泣き虫の女の子、キスでコロッとなつき、壺を割って先輩に泣きつき、襲った女性の下着を着て、ルーシーの下着をかわいいといって自分のものにしようとした、感性が少しズレた女の子。
そういう人物像が出来上がる。
「今のうちに装備をそろえて!」
ルーシーが先導して荷物の場所に戻る。
「大丈夫でしたか!?突然空にあいつが現れて!」
ベイトも興奮ぎみだ。
「空気にでもなってたんでしょうね。クリスはちょうど地面を捜索してたから気づかなかった。それよりみんな弓を装備して」
荷物から装備がすでに出されていた。ベイト達が早めに行動してくれたからか。
全員が急いで準備に取り掛かる。
ルーシーが俺達に作戦を説明する。
「やつの10メートル以内には絶対に近づかないで。鈎爪に狙われると急所を一撃で貫かれる。逃げながら遠くから矢を射て」
「だが、弓矢もやつの障壁で自動的に落とされるんじゃないのか?」
「それが狙いよ。自動であろうとなかろうと、やつの能力であるなら発生毎にエネルギーを消耗するはず。消耗させれば勝機はまだある」
とんでもない作戦のような気がするが、確かにそれしかない。
矢を20ダースと大量に購入した理由がこれか。
「私達は二手に別れてお互いが敵の注意を引くように援護しあって着かず離れずを維持する。私、勇者様、フラウ、クリスが基本的に囮になって林を逃げる。ベイト、アデル、モンシア、アレンは高台からやつを狙撃してもらいたい。繰り返すけど10メートル以内には絶対に近づけないで。物理的な攻撃に対してやつは無敵。反撃や隙を突こうと試みたりはしないで完全に逃げることを考えて。10メートルとは言ってるけどそれは最終ラインであって、やつが近づく素振りを見せたらすぐに逃げ始めた方がいい」
俺は少量の油の入った缶、布、火種のランタンを積めたバックパックを背負い、弓と矢をそれぞれが持って装備を整えた。
俺はともかくフラウまで囮のメンバーは無茶なんじゃないか?
「ロザミィがこっちに来る!持ち場に急ぎましょう!」
「わかった!」
ベイト達は左の林に入っていく。
俺達は右に。
ロザミィはグルグル回転しながらその真ん中の林に突っ込んでいく。
木々はなぎ倒され地響きが鳴り響く。
ロザミィにしがみついていたクリスは堪らず飛び降りて枝を足場にロザミィから離れた。
「こっちよー」
ルーシーがクリスかロザミィかに向かって手を振り誘導する。
俺はともかくフラウはすでに遅れて付いてきている。
クリスがルーシーの元に枝から飛び降りて来る。
「あいつ。ぜんぜん話が通じない」
「精神がすでに崩壊してるんじゃないかしら。あの死体のオブジェクトを誰に見せるわけでもなく作っていたのだとしたら相当危ないわよ」
ロザミィが地面に足を着け木々をなぎ倒しながらこちらに迫ってくる。
「聞こえてんのよバカー。ルーシーのバカー」
巨大なスズメが喋った。眉間にシワを寄せてルーシーを見下ろしている。
ルーシーは構わず矢をロザミィに数発撃つ。
クリスも腕から針を連続で射出させる。
すべて空中で失速し落下。
ズンズン近づくロザミィ。
まずいぞ。距離が近ずいてくる。
フラウを見たが1人だけ俺達と離れている。
今はフラウと一緒に逃げるより敵を引き離した方がいいのではないか?
ルーシーとクリスもその方を選んだようだ。
俺達3人顔を合わせると一斉にロザミィに背を向けて駆け出した。
大きく羽を広げるロザミィ。
そしてそれを地面に向けて扇ぐように一気に閉じる。
物凄い突風が吹き荒れる。
足を、いや体をとられるかと思うほど吹き上がる突風。
手近な木の幹にしがみつき吹き飛ばされないようにする。
ルーシーとクリスも背を低くして木に掴まる。
原生林全体の細い枝や小石等が飛ばされざわめく。
もう一度ロザミィが羽を広げる。
そして今度は何度もバタバタと地面を扇ぐ。
台風でも通っているかのような突風が辺りを襲う。
ベキベキと倒壊していく木もあるようだ。
俺達は動けず木にしがみつき続ける。
その間も木をなぎ倒しながら俺達に近づくロザミィ。
ロザミィの背後から矢が数本飛んできた。
やはりロザミィの近くで失速し落下するのだが、続けざまにどんどん飛んでくる。
ベイト達がいい位置を見つけて援護してくれているんだ。
さあどう出る?
障壁で防御しているのでダメージにはならないのだが、攻撃され続けることが気になるのか、そちらの方を首だけ回して見るロザミィ。
それを見て木から離れロザミィに背を向けて走り出す俺達。
ロザミィは後方のベイト達が居るだろう丘の上へと向きを変えて飛んだ。
更にそれを見て俺達は立ち止まり方向転換。
向こうに食い付いた。
今度はこちらが援護する番だ。
やつが木をなぎ倒していった辺りは倒壊した木々で足場は悪いが空が良く見える。
そこから空中のロザミィを狙い撃つ。
ベイト達は退避できているだろうか?
そういえばフラウの姿も見えないが、さきの突風で飛ばされたのか?それは気になるが今は少しでも援護に回らないとベイト達が危険だ。
巨大とはいえ空中を飛んでいる鳥だ。百発百中とはいかない。
クリスの針とルーシーの矢は全弾ロザミィの障壁を発生させるが、俺の矢は3つに1つは外れる。
悲しいが、弓は俺の得意分野ではないのだ。
島の真ん中が山の頂上になって、今俺達は東側から捜索をしている。
ベイト達がいるのは斜面になっている中腹辺りで、せりだした岩や大きな石の影がちょうど狙撃ポイントになっているらしい。
ロザミィはそこに飛んでいく。
まずいぞ。逃げるベイト達が斜面を上って林を走るのが見えた。
距離が詰められている。
「勇者様。火の矢の準備してくれる?」
ルーシーが言う。
火の矢?火を付けたところでやつには当たらないはずだが?
疑問はあったが一刻を争う。すぐに準備を始める。
クリスも手伝ってくれる。
油を染み込ませた布を巻いた矢をルーシーに渡す。
火種のランタンも今のところ無事だ。
火を着けるとすぐに射出するルーシー。
ベイト達が居たであろうせりだした岩場に足をつけ周囲を見回しているロザミィ。
ロザミィの横をすり抜けて向こう側に飛んでいく矢。
スズメは何事かと辺りを見回す。
外した、というわけでないのなら・・・。
ロザミィの向こう側にある木がバチバチと火の粉を上げて燃え上がる。
本気か!?ベイト達を逃がすためとはいえ、下手をしたら一面山火事だ!
「使いたくは無かったけど仕方ないわ」
「あいつ自身には矢は当たらないけど、燃えてる木に炙られたら焼き鳥になるかな」
ギャアギャア言って燃える木から遠ざかるように空中に飛び出すロザミィ。
羽ばたいた風で煽られ火が強くなる。
黒煙が周囲に巻き上がる。
だが、近くに燃え移るような木は無いらしく、広がる様子はない。
それもルーシーの狙い通りというわけか。
しかしロザミィの拒否反応は凄い。たった一本近くの木が燃やされただけでベイト達を無視して空に逃げ出した。
先日の戦艦爆破、本体炎上が余程堪えたのだろうか。
まあ近くでいきなり木が燃えだしたら、逃げるのが普通の反応なのだろうが。
空に舞い上がったロザミィはというと、弓の射程外ほどの高い上空で旋回し始めていた。
どうするつもりかは分からないが、今のうちにフラウを探さないと。
見回すとフラウは俺達が最初に入ってきた林の入り口からそんなに動いてはいなかった。
と言うより動けないのではないだろうか?
弓を杖に体をくの字に折り曲げて歩いている。
只でさえ歩きにくい原生林で、木が倒壊し折り重なっていては移動は困難だろう。
とはいえここに安全な場所などない。
それこそ船に残った方が良かったのでは?と言うベイトの言葉を思い出すが後の祭りだ。
「あいつ何をするつもりだろう?」
クリスが空を見上げながら呟く。
確かに逃げるでもない、俺達を攻撃するでもない。
不気味に旋回を続けているだけだ。
「自分の弱点に気づいたのね。炎に近づけない、触手の射程が自分の図体に比べて短い」
ルーシーが不気味なことを言う。
僅かではあるが、ここまでこちらの思う通りに作戦が上手くいっているようではある。
それは現状のロザミィのスペックによるものだと思う。
もし、それを克服されてしまえば・・・。
「フラウの言葉を借りれば、成るのね。第三形態に」