15、出航
圧倒的な敵の前に手を出し尽くした勇者達。その対策を考えながらも出航の時は近づいていく。
金髪のルーシー15、出航
せめてお悔やみをと思い俺達は自警団の詰所に向かった。
中ではまばらな人が沈痛な面持ちで机にふせっていたり、それでも何かの仕事に負われて重い体を引きずっていた。
俺達を見て机にふせって頭を抱えていたビコックが出てきた。
「いや、大変なことになりました。壊滅です。ここの人員はね」
「すまなかった。皆を守ることができなかった。悔やんでも悔やみきれない」
「いえいえ、あなた達が浜辺で粘ってくれたからこれで済んだんですよ。もしあいつが町に出てたら」
ゾッとする。
人が溢れる町に奴が出てくれば何倍、いや、何十倍の被害が出たことだろう。
「モンスター相手の戦闘には多少は自信があったんですがね。異質過ぎましたね。まず姿を消されては迎撃しようがない。正直次来たらどうしていいかお手上げです。人員は他の部所から回してもらうしかないですが、戦艦は今停泊してる商船を買い取って改造するしか間に合いません。訓練も必要でしょうし、この町きっての大ピンチです」
「早ければ明日にでも俺達はアジト探索に向かって出航することになる。ここの体勢が整うまでクイーンローゼス号を防衛に回してもらうよう頼もうか?」
「いえ、我々の期待は一刻も早くアジトを見つけてもらうことですよ。それが可能ならばですがね」
「そうか」
奥からアレンが出てきた。
「よう勇者の旦那。ルセットに続いて俺も助けられたな」
「いや助けられたのは俺達の方だ。あの時巨大鳥に戦艦ごと特攻してくれなければ本体を引きずり出すこともできたかどうか。君達の決死の勇気に敬服するよ」
「そう言ってもらえると死んだ仲間達も浮かばれますぜ」
顔を伏せるアレン。多くの仲間を失った直後だ。かける言葉が見つからない。
「あんた達の戦いを見て、勇者の名前が伊達じゃないことはわかったよ。せいぜい足手まといにならないよう付いていくから、よろしく頼むぜ」
アレンはそう言って俺の肩を叩きながら入れ違いに外に出ていった。
「ルセットの早めの復帰をお願いしにね。明日にはと言うのは無理ですが」
と、ビコックが行き先を説明してくれた。
ルセット。術動式装置を開発した人物。それほど重要な人物なのだろうか。
あまり長居しても邪魔になるだけだ。俺達はその場をあとにした。
ホテルに戻り順番にシャワーで海水を洗い流す。
服を着替え居間のソファーでただ黙って座っている。
気力を削られてしまった。
明日からまた戦いが始まるというのに。
俺が最後にシャワーから出る。
3人が居間で座っている。
「ルーシー。やつにはどうすれば勝てるんだろう?」
さっきから考えてる疑問をルーシーに聞いてみた。
ソファーにもたれながらフーッと一息吐くルーシー。
「ごめんなさい。思いつかないわ」
今までルーシーなら何らかの糸口を見つけてくれていた。
その言葉はショックだ。
「私がアイツを離したせいで・・・」
クリスが肩を落とし椅子にうなだれている。
俺はクリスの横に立ち肩に手を置く。
「全員できることをやった。誰のせいでもないさ」
「私も鳥みたいに変身して追いかければ防げたかもしれない」
細い肩が震えている。
ルーシーが前のめりになる。
「私はクリスを人間と思ってるから普段考えなかったんだけど、クリスが骨針を出したり傷を治すのにリフレッシュさせる以外の変身能力をやたらと使わないのは、クリス自身の本能が能力をセーブしているからだと思うの」
「どうしてですか?」
ソファーにちょこんと座っているフラウが聞く。
「アイツらは人間の血を丸ごと飲んだりしてる、クリスは?」
「俺の唾液だな」
「まあ最近頻繁になった気もするし、ほとんど趣味でやってるような気もするけど、エネルギー源に差があるからだと思うのよ。だからその制限を破って何かに変身しようとするのはやめた方がいい」
「趣味じゃないよ」
クリスがそこに反応する。
「俺とキスするの嫌いか?」
いつもの反撃にクリスをからかってみる。
「ううん。好き」
ちょっと困った顔をして答えた。素直さが凶器だ。俺にダメージが入った。
「そう言えば勇者、ルーシーの下着に見とれてたね」
あんな状況だったのに目ざとく見ていたのか。
からかうつもりが手痛い反撃を喰らってしまった。
「驚いただけだよ。あはは」
「勇者様ホントにパンツ覗くのが好きなのね。言ってくれればいつでも見せるのに」
ルーシーもクリスに乗っかって俺を攻める。
「勇者ルーシーのパンツ見たいの?」
「いや覗いたことなんて一度もないからな?パンツが見たいのではなく綺麗なものに目を奪われただけだ」
ルーシーが顔を赤くした。
「そんな事よりアイツを倒す方法を考えないと!明日明後日アジトを見つければまた奴と戦うことにもなるんだ!」
俺は割とまともな事を言って誤魔化した。
「ロザミィさんの能力を少しおさらいしてみてもいいですか?何か発見もあるかもしれませんし」
フラウが膝を乗り出した。
俺達はうなずき、俺も空いた椅子に座った。
「まず最初の巨大鳥を第一形態、引きずり出したのを本体、さらに変身した巨大鳥を第二形態と呼びます。第一形態と第二形態が同じかどうかは後で。
最初は全形態で使用していた鈎爪付きの触手です。
長さ10メートル程、最大で50本程を同時に出現させるロザミィさんの最大で唯一の武器です」
50本もあったのか。よく見ていたな。それと言われてみれば唯一の武器というのもそうだ。
「おそらくこれはクリスさんのように骨を使って変化させたものではなく、血管を体外に出して先端に鈎爪を付けているのではないでしょうか。そして人間の血液を自分の血管に直接取り込み、反応させてエネルギーに変換していると考えられます」
血管。俺は奴を醜悪と感じた理由がようやく分かった。
腹のなかに固いものを感じて気分が悪くなった。
「おや、勇者様顔色が優れませんね。大丈夫ですか?」
「いや大丈夫だ。話を続けてくれ」
「では、遠慮なく。
第一形態です。最大の特徴は空気から変化させた厚い装甲ですね。元が空気なので痛覚は当然ありません。砲弾やクリスさんの攻撃も効果はありませんでした。ですが燃やす事で間接的に本体にダメージを与えられました。これについても後述しますね。
問題の本体ですが、飛行している訳でもないのに何もない空中に立っていましたね。謎の能力ですが、おそらく膜のような薄い板のようなものを作り続けているんだと思います。空中にできた物体は落下する。でも落下する前に消去して新しい物体を作ることで、その場に立ったまま別の物に飛び移った現象を起こしているんです。
ルーシーさん達の矢も壁のような膜を張り続けて運動エネルギーを減速させたんだと思います。ほんの足の裏だけ、矢の先だけ、薄い膜を張っていたのでクリスさんにも見えなかったんだと思います。
勇者様がわざと頭上にずらして放った矢を防御した事から、周囲に近づく飛行体を自動で防御しているとも考えます。
そして第二形態です。第一形態と本体の能力を兼ね備えていると考えていいと思います。近接攻撃を無効化する厚い装甲、遠隔攻撃を無効化する全方位の自動障壁。第一形態との比較を避けましたがこれだけじゃありません。
ロザミィさんが最後に飛んでいくときの姿を見ましたか?
なんと大きさが1.5倍くらいに膨らんでいました!全長30メートルです!
なぜそんなに大きくなったのか?
後述すると言った炎上に対する防御方法です!
ルーシーさんに装甲パージの瞬間を狙われて本体にダメージを与えられました。だから装甲の中に装甲を付けて2重に本体を守るつもりなのではないでしょうか?
外からも内からも、どんな瞬間も完璧に守る鉄壁の防御力です!
そしてもし本体が露になったとしても一瞬で再生する能力。倒す手段は皆無と言っていいと思います」
一気に捲し立てるフラウ。
よく気のつく娘さんだと思っていたが、これ程とは。
ルーシーの顔を見る。
ルーシーも俺の顔を見る。
俺達の顔は青ざめていた。
クリスの顔も見る。
真顔で俺を見返す。
こうしてピックアップされると恐ろしく手強い相手なのだとわかる。
倒すことなど本当にできるのか?
「そこで倒す方法ですが、この敵の最大で唯一の弱点はその攻撃方法にあると思います。
血管を変化させた触手です!
常に出しっぱなしです!
間違いなく本体に繋がっているというのに!」
俺達の頭に電撃が走る。
そりゃそうだ!間違いなく本体から出てきている!
「で、でも斬りまくってたけどダメージにはならなかったよ?」
クリスが戸惑う。
「おそらくですが、髪の毛や爪のような痛覚のない組織のようにダメージ自体は入らないようになっているんだと思います。斬ったり燃やしたりしても再生するまでもなく新たに伸ばすことで切り離せると」
「でも、だとしたらどうやって倒すの?」
クリスがさらに聞く。
「私が犠牲者になります」
フラウが一足飛びに意味のわからないことを言った。
「何を言っているんだ?」
「ルーシーさんちょっと」
フラウは立ち上がりルーシーに耳打ちする。
「そんなことできるの?危険すぎるわ」
「倒す方法が他にありません」
「まだ時間はある。他の方法も考えましょう」
「わかりました。でも、準備だけはしておきます」
フラウとルーシーは俺とクリスに何も教えてはくれなかった。
いったいなぜ?
俺達は使用した矢、布、油の補充などでもう一度町に出掛けた。
なんと20ダース分の矢を購入。
その分の布と油も当然必要になる。
備えはある分に越したことはないが、買いすぎなのでは?
もう一度ホテルに戻る。
明日準備が整えば出航だ。朝になればここのホテルともお別れだな。
少なくとも21万ゴールド支払うことになるのか・・・。
快適ではあったが出費が痛い。
装備の新調と今の補充と合わせると、この町でいくら使ったのやら。
あ、ベラに船賃もまだ払ってない。
俺は一足先にベッドに横になった。
奴を倒す方法に何か策があるのか、なぜ俺とクリスに何も言わないのか。
少し考えてみた。
何も思い付かない。
寝室にルーシーが入ってきた。
ルーシーは下着姿だった。
固まる俺。
「あー、今日は暑いわねー。あー、暑い暑い」
船の上で見たものとはまた違う下着で、薄い緑のフリル付きの可愛いデザインだ。
俺の寝ているベッドに膝をたてて乗り上がる。
サイズがでかいので一歩二歩と膝で前に進む。
暑いことはないが。いったいどういう・・・。
「このまま下着姿で寝ちゃおっかなー。あら?勇者様先に寝てたの?そんなにじろじろ見られると恥ずかしいなー」
恥ずかしいのは恥ずかしいのだろうが、隠す様子もない。
「ルーシー・・・」
「ん?なに?何か言いたいことあるのかしら?」
「なにやってんだ・・・?」
寝ている俺の胸に顔を伏せるように倒れ込むルーシー。
「ううううっ、私も勇者様に褒められたいのよー。クリスばっかりズルいー」
「何も泣くことはないだろ」
そんなばっかりという程だったかな。まあクリスに催促されて言わされた感もあるな。
俺は上半身を起こしてルーシーを座らせた。
「最初に会った時覚えているか?魔王の城で俺達が魔王に雷撃を受けて死にそうになってた時だ。あの時最後に俺を見て微笑んでくれたよな?あの時君を見て今際の際に天使でも見てるのかと思ったよ。あの時からずっとルーシーは綺麗なままだ。顔は覚えてなかったがあの微笑みは忘れてなかった」
「ああ、あああっ」
泣いているんだか喜んでいるんだか顔を手で覆い声をあげるルーシー。
「天使の羽はどこかに忘れてきたのかな?あはは。変にそんなかっこしなくたって君は綺麗だよ」
頭をポンポンと叩いた。
クリスとフラウが寝室に入ってきた。
下着姿で泣いているルーシーを前にしているのを見られてドキッとする。
「ルーシーも変態だったの?」
「承認欲求が強いんじゃないですか。クリスさんと一緒ですよ」
「うっさいわね!キス魔と一緒じゃないわよ!」
お前ら見てたのか。
急に元気になったルーシーもなんなんだろうか。
「じゃあもう寝るわよ。時間は指定してなかったけど、遅れたら白い目で見られるかもしれないからね」
ルーシーは下着姿のままベッドに入る。
え?その姿でいつものように俺に抱きついて寝るつもりなのか?
俺はたじろいだ。
ベッドをバンバン叩いて催促するルーシー。
「勇者様がいないと寝れないわ」
仕方なくベッドに入るとやはり俺の肩を枕にして抱きつくルーシー。
フラウもルーシーの横に入り事も無げに休む。
「では私も休みますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
クリスは俺に覆い被さるようにベッドに入る。
「勇者、エネルギー使っちゃったから、補給していい?」
ああ、それはそうだが。
「いいけど」
クリスが俺の唇に唇を重ねる。
ルーシーが足を絡ませるように体を密着させる。
なんなんだこの空間は。
俺は枕元に置いてあったシャーク人形に手を伸ばしお腹を押した。
「シャーック!」
朝だ。ホテルをチェックアウトし、クイーンローゼス号へと集う。
船はベラの宣言通り床の修繕は済んでいた。
9名がラウンジに集まっている。
テーブル4つを真ん中に並べて外側に椅子を配置、ベラが一人で船尾側に残りは船首側に、船首側にあるカウンター席にもアデルとモンシアが座る。
船尾側に向かって左からアレン、ベイト、ルーシー、俺、クリス、フラウの順でテーブル席に座る。
ベラが立ち上がり口を開く。
「お集まりだね。こっちの準備は整ってる。あんた達もアタイに命を預ける覚悟はできてるかい?」
ここまで来てその覚悟の無いものはいない。
全員がうなずく。
「わかった。よろしく頼むよ。敵は魔王の娘、及びその手足となって動いている魔人共だ。その本拠地を捜索し、見つけ次第叩く!何日も、いや、何週間かかるかもしれない。でも昨日の巨大鳥の町の襲撃、商船3隻の海上での襲撃、住宅での3件の殺人。これ以上奴らを好きにさせるわけにはいかない。アタイらが今ここで決着をつける!みんなの力をかしてもらうよ!」
気持ちを新たにする。
士気を上げてくれるいい口上だ。
「アレン。みんなにあの話をしてくれるかい」
ベラからアレンにバトンが移る。
全員がアレンを見る。
「わかったぜ。単刀直入に言うと、魔王の娘が居そうな怪しい島は有るのかって聞かれれば、ある。
北の海域に星の屑諸島と呼ばれる島の集まった海域がある。そこには3つの大きな島からなる大小合わせると20にはなる島が浮いてるが、そこは昔から魔物の住む海域と呼ばれていた。
40年以上前、まだ船が外海を航海できていた時代に、船乗り達はその海域を通るのは避けて航海していたというぜ。
まあ魔王のモンスターがその辺に出てきて魔物なんて珍しいものじゃなくなったわけだが、子供の頃にじいさんからそんな話を聞いて、船で海を渡れたんだとそっちの方が珍しい話になっちまってた」
アレンが語り終わるとさらにベラが続ける。
「40年前の魔物はともかく、そんな島が有るってんなら調べてみる価値は有るってもんさ。アタイ達はその星の屑諸島一番南の島、名付けて一番星へ出航する!」
目標が明確になる。
やはりアレンの加入は俺達にとって不可欠だった。
「一番星の沖に到着後、この船は沖合いに停泊、戦闘員は救命艇で島の捜索に出てもらう。この船が戦闘に巻き込まれちゃ帰れなくなっちまうからね。捜索で敵影を見つけ次第速やかに排除、できればいいけど。でも敵の本拠地ではないとわかればこの一番星にてアタイらの拠点を設営する。長丁場になるだろうから、この船は何度か補給に町に戻ることになるだろう。その際、戦闘員兼捜索部隊は拠点に残り救命艇で付近の小島の捜索に当たってほしい。灯台もと暗しなんてこともあるからね。
一番星到着には1日ほどを予定している。しかし敵の襲撃も予想されるので、それまでのんびりというわけにもいかない。動きがあるまで各員所定の持ち場にて待機。以上解散。戦果を期待してるよ!」
ベラはラウンジから出ていった。
俺はそのまま席に座りベラの言葉を頭の中で反芻している。
ベイト達はアレンに話しかけている。
きっと昨日の戦いの話だろうか。
隣のルーシーが俺を覗き込む。
「1日時間が空くのね。勇者様どうする?」
どうと言われても船の中だしいつ何が起きるかわからない。
体力温存できるうちは休んでおく方が良いかもしれない。
「部屋で休んでおくか」
汽笛が鳴り出航を告げる。いよいよ出発だ。
「勇者様ベラのことジーっと見てたわね」
「え。そりゃそうだろ。真面目な話なんだし」
俺はなぜかドキッとした。
「ほんとー?別のとこ見てたんじゃないのー?」
ベイト達が隣に居るというのに何を言い出すんだ。
「俺も胸辺りを見てたなー」
後ろでモンシアがボソッと会話に入ってきた。
胸元が大きく開いた薄いシャツ一枚だけだから自然に視界には入ったけども、別に見ようと思って見てたわけじゃないぞ。
「おっきいもんねー」
ルーシーがそれに合わせる。
「違うよ。勇者はそんなの見てないよ」
クリスが俺を擁護する。
ありがとうクリス。俺のことをわかってくれている。
「勇者は女上司タイプに上から命令口調で言われるのに興奮してるだけだよ」
後ろから肩越しにバッサリ斬られた。
「ルーシーの長い説明聞いてる時も喜んでたし」
「やだ、勇者様喜んでたの?」
照れた様子でテーブルの上に置いていた俺の手をキュっと掴むルーシー。
とんでもないことを言い出した。
「そういう」
「まあまあ」
「わからんでもないですがね」
ラウンジでヒソヒソと声がする。
長い間アーサーとアンナに頼られて俺が全てを決定していた反動で、ルーシーとかベラに引っ張ってもらうことに妙な安心感があったのはあったが。興奮してるわけではないぞ。
「いいからみんなさっさと休め!敵が襲ってきても知らないぞ!」
ラウンジ内は笑いで溢れた。
俺は一人でラウンジを出てクリス達が使っていた右舷側の部屋に行ってみた。
いつかの話の通り、部屋にはベッドやテーブルはなく、シートで覆われていた。
天井は屋根の床の修繕で一応塞がっているが、部屋側からは穴がまだ見える状態だ。
この部屋が使えないのは事実だな。
俺の使っている左舷側の部屋に行くにはラウンジをもう一度通って行くのが早いのだが、勢いで出てきた手前戻るのも癪なので船長室の前を通って逆の通路を行くことにした。
そこを通るとちょうどベラがデッキから船尾楼のドアを開けて入ってきた。
「勇者君一人でなにやってるんだい」
「いや、部屋に戻ろうかと」
「ちょうどいい、ちょっと来なよ」
さっきの話でベラの胸元にドキリとしたが、手を引かれて船長室に連れられた。
船長室に入るとくるりと翻って俺に詰め寄るベラ。
「で、どうなんだい。みんなの手前不安を見せるわけにいかないから尋ねなかったけど、昨日の化けもん相当被害が出たそうじゃないか。あんた達が無事なのは良かったけど、アイツに勝てる見込みはあるのかい?見込みが無いってんなら今なら整備不良を言い訳にして引き返すのもありだと思ってる」
うむ。命を預かる者としては当然の心配だろう。
「実は俺も聞かされてないが、フラウには勝つ手段があると言われた」
「フラウ?あの娘が?」
「ああ、俺はフラウとルーシーを信じるよ」
「ふーん。そいつは頼もしいね。ちょっと安心したよ」
フーッと息を吐くベラ。
ズイっとさらに俺に詰め寄る。
「船乗りが最もやっちゃいけないこと、それは怖じ気づくことさ。怖じ気づくくらいなら船を降りた方がいい。なぜなら海の上では誰も助けてはくれない、何も助けにはならない。己の気力だけが頼りだからさ」
なるほど。良い心構えだ。
「まあ、最近処女航海したばかりのアタイが言ってもしょーがないんだけどね」
ニマっと笑うベラ。
「ところで勇者君?さっきからどこを見てるんだい?なんかみんなの視線がやたらここに集まってるような気がするんだけど、気のせいかねえ?」
そう言ってはだけた胸元をさらにはだけさせた。
おお俺はそんなに見てたか?
「気のせいじゃないんじゃないかな・・・」
「なんだい?勇者君もここが、そんなに、気に、なるのかい?」
襟元を上に引っ張って離すベラ。窮屈になったそれが解放され自由にたわんでいる。
「そ、それより出航したんだろ?忙しいんじゃないのか?」
「アハハ。船長は出航したら暇なのさ。アタイの仕事は計画と、これ」
ベラは手でお金のマークを作った。
「そんなものか」
「何事も無ければね。フフフ。それじゃ引き止めて悪かったね。何事もないうちにしっかり休んでくれよ」
「ああ、そうするよ。じゃあ」
俺は船長室を後にして自室に戻った。
部屋にはルーシー、クリス、フラウが戻っていた。
ベッドの縁に腰掛けて3人で並んでいた。
「勇者様どこ行ってたの?」
ルーシーがいきなり質問してきた。
「いや、別に・・・。クリス達が使っていた部屋に行ってみたよ」
「そっちの方に行ってましたね」
フラウがラウンジから出ていった俺の事を見ていたようだ。
「勇者何で焦ってるの?」
クリスが目ざとく俺の様子を看破した。
なんなんだこいつら。
「別に焦ってないよ。それより休むとは言ったが、さっき起きたばかりだからな。寝るには早すぎるよな」
俺は部屋にあるテーブルに付いてある2脚の椅子のひとつに座った。
「なんか話でもする?」
ルーシーが言う。
「勇者の話聞きたい」
クリスが言う。
「俺の話よりルーシーとクリスの話が聞きたいな」
俺が言う。
「それ聞きたいですね。昔はどんなだったのかぜんぜん知らないです」
フラウが言う。
「えー。私の話なんていいよー」
「魔王に捕まってた頃の話?あんまり思い出したくないけど、セイラとかロザミィとかの話にもなるし、話した方が良いかな」
「やだやだー。私はミステリアスな女でいたいのー」
「話しても大丈夫だよ。私にとってルーシーは未だに不振人物だから」
「言い方おかしいでしょ」
クリスは一息いれて顔をうつむかせると、言葉を切りながらゆっくり話し出した。
「私達のあそこでの仕事は基本的に普通のメイドと同じだった。炊事洗濯掃除。あとは魔王に料理を運んだり夜の晩酌に呼ばれたり。魔王と顔を合わすのはそのふたつだけで話なんか特にしなかった。夜の晩酌はローテーションだったけど頻繁ではなかった。人数も多いから年単位で呼ばれなかったり」
夜の晩酌か。夜と言うのはつまりそういうことなのだろう。
辛い話をさせてしまっているのか。
「セイラは私よりも先にあそこに居た。私があそこに連れ拐われて放心しているときセイラが慰めてくれた。私は元々酷い環境だったからそこまでヒステリックにはならなかったし、酒場で働いていたから料理や掃除なんかすぐに覚えた。セイラは私のこと気に入ってくれてすぐに仲良くなった。近くに大きな湖畔のある町に住んでてそこで一人で過ごすのが好きだったって言ってた。それで拐われたとも。よく二人で話もしてた。お互いの部屋に遊びにいったり、いろいろしたりした」
「いろいろって何よ」
「あそこではセイラより古参の人はいなくて、セイラが最年長。だから自然とリーダーみたいな存在になってた。実際頼りになるお姉さんだった。でも、それがセイラには不安で仕方なかったみたい。セイラより前に居た人たちはみんな知らないうちにどこかに行ってしまって戻って来なかったから。きっと適齢期を過ぎた女は用済みといって処分されるんだろうと噂してた。それが25歳くらいまでで、それ以上になると連れていかれるって。セイラの年齢はそれに近かったから凄く怖がってた。私と一緒に居るときだけしか見せなかったけど、よく震えて泣いてた。
だから勇者に助けてもらって城から解放されたとき、凄く感謝してた。もっと北の遠い場所で馬車から別れるとき、寂しかったけど勇者にお礼をするためにまた会いましょうって言って別れた」
「そうだったのか・・・」
俺を助けても良いと言い出したのはそれもあってなのか。
そしてまた魔王の娘に利用されてしまっているのは悲劇という他ない。
「あそこに連れ拐われてくる子はだいたい眠らされたまま城の入り口に置いておかれてた。それを見つけると私達が介抱してやって、状況を教えたりしてた。ほとんどの子は泣いたり絶望したり、数日はそっとしておいてあげないと現実を受け入れられなかった。
ロザミィもそうだった。彼女とライラは泣き虫だったね。
落ち込んでいる時にキスしてあげるとコロッと心を許して私になついた」
「あんたが不振人物よ」
「いつかロザミィが掃除をしているときにたくさんある魔王の部屋の壺を割ってしまって、私に泣きついてきた。一緒に謝りに行ったら魔王は壺ってどれのことだって言ってわかってなかった」
魔王と普通に話してたのか。当然そうなんだろうが、俺の聞いたセリフは人間味のないセリフだけだったからイメージができないな。
「ルーシーだけはそれまでと違って突然キッチンに入ってきた。私達はビックリした。ロザミィは泣いちゃってた」
「フレンドリーに話しかけたつもりなんだけど・・・」
「私達にとってルーシーは不思議だった。みんなは少し遠巻きに見てた。私はきっと寂しい思いをしてるだろうと思って話しかけてみたけど、そんな感じはしてなかったね」
「そんなことないわ。あなたが気にかけてくれて助かってた」
「ルーシーは積極的に仕事をこなしてた。特に魔王の配膳とかは常に同行してたね。私達は助かったけど」
「新人だしね」
「ある日2階にある使われてない魔王の部屋を掃除に行ったらルーシーが部屋から出てきた。掃除でもやってたのかと思ったらそうじゃなかった。セイラはルーシーは何か調べに来たんだって思って、ルーシーが何をしようとしてるのか私に探るように言った。興味無かったけど、セイラが探偵ごっこみたいで面白いじゃないって言ったんでやってみることにした」
「そうなの?」
「うん。でも特に何もわからなかった。ルーシーの部屋で話を聞いても私の方が質問されてたし、興味無いからわからなかったけど」
「アハハ。別に隠すような事は無かったんだけど、魔王の事を聞いたのよ。いつどこで産まれて親族なんかは居るのか、どんな能力を持っているのかってね」
「つまり、謁見の間で話したことを調べていたのか」
「結局魔王の口から聞き出すしかなかったから配膳とかで顔を合わすしか方法はないわけよ。わざと熱々のスープをぶっかけて永続的に再生能力が掛かってることを調べたり、娘の話をしたり。当然隙あらば首を取るつもりもあったけど、それは無理だったわ。私達に背後は見せない。近寄らせない。徹底的に隙は見せない」
「じゃあルーシーは最初から魔王を倒すつもりだったの?」
「そうよ。私捕まってあそこに居たわけじゃないし」
「え!?そうなのか!?」
と言うことは俺達が城に潜入するよりも2ヶ月前にルーシーが潜伏していたということか。
魔王は俺達にこの場所に人間が踏み入ったのははじめてだと言ったがその事に気づいて無かったんだな。
これだけ強いルーシーが魔王の分身に捕まったというイメージが繋がらなかったが、通りでだ。
「ルーシーさんの話をもっと聞きたいです。一体なぜそんな危険なことを?」
「私の話はいいわよ。それよりセイラといろいろの話を聞きましょ」
「その話は別に聞かなくてもいいですけど・・・」
怪訝な顔をするフラウ。
「勇者聞きたい?」
「え?うーん。あまりプライベートな話はしてもらわなくてもいいかなあ」
クリスがルーシーにガバッと抱きついた。
「どうしよう。勇者に若干引かれた」
「大丈夫よ。元々結構引かれてるから」
「いやいやいやいや。別にそんなことはないけど」
極限状態の絶望の淵で助けの当てもなく過ごさなければならなかったんだ、どういう精神状態になってもおかしくはない。
「それよりこれからセイラ達と戦う事になるんだ。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。もうあの娘達の姿と声は同じだけど、別の存在になってしまってる。これ以上過ちは犯して欲しくない」
「そうか」
理屈ではわかる。だが・・・。
一旦部屋に沈黙が流れる。
皆思いが有るのは事実だろう。
そして俺達は昼くらいまでこれといった事もせず、極力体力を温存するように努めた。
今のところ出番がなかった妖刀を出して眺めたり、シャーク人形のお腹を連打して遊んだり、ルーシーの身体をクリスが妙な手つきでマッサージしたり。
昼飯時になっても動きはない。
今日は何も起きないのではないかと気が緩みそうになるが、徐々に島に近づいているのだから、危険度は寧ろ上がっていくんだ。
警戒は怠らないようにしないと。
とはいえあまり肩に力を入れていても疲労するだけなので案配は難しい。
俺達は第2甲板の食堂に行ってみることにした。
この船に乗って第2甲板に降りるのは初めてだった。
船尾楼の6部屋とは別に第2甲板にも30人程の客室があると前に書いたが、他にも食堂、メスルーム、船員達のすし詰めの部屋、ギャレーという厨房がある。
客室は二段ベッドにテーブルという簡素な部屋で、二人部屋8部屋、四人部屋4部屋。俺達のいる船尾楼の部屋とはえらい違いだ。
船首側に船員の部屋、船尾側に客室があり、メスルームは右舷側の真ん中、食堂、ギャレーは左舷側の真ん中だ。
第2甲板に降りるには船長室のドアと船尾楼のドアの間にある連絡通路の階段を降りる。ちょうど食堂辺りに降りられる。
階段のそばに雑然と大砲が置いてあって小窓に向かって頭を垂れている。
ちなみに船では階段は横向きか後ろ向きで降りなければならない。
突然の揺れに前のめりで倒れると危険だからだ。
食堂に入る。長いテーブルが一つと左右に5脚ずつ椅子が置いてあり、一度に10人しか食べることはできないようだ。
ギャレーはその奥にあって直接料理を手渡しでもらえる。
ローテーションで時間をずらしているのか。
今は誰も座ってないので使っても良さそうかな。
コックに聞くともうすぐベラが降りてくるだろうということだ。
一緒に食べれたらいいな。
メニューはタラコをクリーミーなソースにまぶしたパスタだった。
テーブルの奥からフラウ、ルーシー、向かいにクリス、俺で座っていただくことにする。
クリスは相変わらず俺の横で見てるだけだ。
なまものは氷術を使って運搬すれば日保ちが良くなるそうで、メニューにレパートリーが増えていいと言っていた。多少水っぽくはなるようだが料理人の腕次第かな。
ローレンスビルの町で食品自体を凍らせるのではなく、箱の中を長期間冷やしておける氷術ボックスという装置が使われている店があって、コックはそれがカルチャーショックだったようだ。
早速いただいたパスタは絶品だった。
クリーミーさと塩辛さが絶妙にマッチしてパスタに絡まる。
美味いなーとコックに言うとクリスが物欲しそうな目で俺をジーっと見ていた。
ここで唾液の催促はやめてくれよ?
ルーシーもフラウも大喜びで絶賛していた。
半分程食べているとベラが食堂に入ってきた。
「おや、もう食べてるのかい?」
「いただいてるわ。すっごく美味しい」
ベラとルーシーが話す。
「それは良かった。そのうち保存食しか食べれなくなるから今のうちだね。じゃあ、アタイも一緒にいただくよ」
ベラはコックから同じメニューを受け取ると俺の横に座る。
「うん。美味い」
ベラも喜んでいるようだ。
「ところでベラ。そろそろあなたの正体を明かしてくれないかしら?こんな船を個人で所有してるなんて只者じゃないんでしょ?」
ルーシーがベラに突っ込んでみる。
「もぐもぐもぐ。アハハ。有るとこには有るってだけだよ。それより勇者君。アレンの話も気にならないかい?」
どうやら答えたくはないようで俺に話を振ってきた。
「アレンの話?魔物が棲む海域ってやつか」
「そうそう、それだよ」
「巨大なタコでも居たんでしょうか?怖いです」
フラウは震え上がった。
「何が居たにせよ今回の話とは関係あるとは思えないわ。40年以上昔の話なんだし」
ルーシーは興味がないのか、わりとドライだ。
「そうなんだけどね。でも船乗りが臆病風に吹かれるなんてことはない。避けて通らなかったって言うからには何か実質的なことがあったことは間違いないんだよ」
「うーん。アレンのおじいさんの世代で通るのを避けていたと言うからには、もっと前の話なんだろうな。魔物が現れたのは」
俺は腕を組んで考えた。
「魔物の正体ねぇ。行ってみればわかるのかしら」
「ついでに倒してやりなよ。魔王のモンスター以前にいた化け物なんて興味が湧くだろ?」
「只でさえ娘と魔人で手一杯なのに、そんな余裕ないわよ」
そんな話をしながら昼食を済ませ、ベラが食べ終わると一緒にそこを出ていった。
結局夕食を食べた後も何も起こらなかった。
そして月明かりの夜の海。鐘楼に立つビルギットがこう言った。
「島が見えて来ましたぜ!」