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金髪のルーシー  作者: nurunuru7
14/45

14、巨大鳥

のんびり一日を過ごすはずの勇者達だったが、そこに訪れる最悪の敵の影が・・・。

金髪のルーシー14、巨大鳥


朝になった。

ホテルのベッドで目覚めたら、いつものように俺の右肩を枕にして横になっているルーシーと、左肩を枕にして横になっているクリスにはさまれていた。

この二人にはさまれるのは光栄な事だがちょっと苦しい。

二人は寝ているわけではなくて、目覚めていて俺の手をニギニギしたりお腹を押したりして微睡んでいた。


「おはよう。もう朝だな」


わざと大きな声で挨拶した。退いてくれないかな?という合図のつもりだ。


「おはよう勇者様」

「おはよ」


彼女達は動く様子はない。

昨日クリスは俺の手を握って眠っていたようだが、1日で凄く接近したものだな。半身を俺の体の上に預けてぴったりくっついている。

ルーシーも右側で同じような体勢なので二人の肩がくっつきそうだ。


「さあそろそろ起きないと」

「起きるの?今日は何もないからゆっくりベッドで寝てましょうよ」

「そうだよ。勇者とただれた1日を送りたい」


ただれた1日ってなんだ。


「朝食はとるだろ?ホテルのレストランでバイキング方式の朝食をやってるそうだから行ってみようよ。それに、せっかく1日空いているんだからこの町の名所に行ってみるのも悪くないぞ」

「えー。出掛けるのー?昨日一昨日で住宅と繁華街走り回ったじゃない」

「勇者とただれた1日がいい」

「うーん。フラウはどうする?」

「と、突然私に会話を振らないせで下さいよ!」


向こうを向いてルーシーの隣に横になっていたフラウに話しかけた。


「いや、どうするかなって思って」

「い、行きます」

「よし、決まりだな。俺とフラウは出掛けるからルーシーとクリスでただれた1日を送るといいよ」


俺は有無を言わさずルーシーとクリスの体を退かしてベッドから起き上がった。

フラウも俺に付いてこようと起きる。


ベッドにルーシーとクリスが顔を見合わせ上半身を起こして向かい合っている。

クリスがルーシーに顔を近づけて口付けしようとする。

ルーシーが嫌がって起き上がった。


「私も行くー」

「勇者、置いてかないで」


支度を済まして4人でバイキングへ移動。


4人分の料金を払ったがクリスは何も食べない。まあ食べないからって置いていくのもかわいそうだしな。


バゲットや食パンにパスタなんかをメインに卵ハムレタスチーズジャムバターなんでもトッピングを選んで乗せれる。ソースも様々ミート海鮮キノコ。

それとスープと飲み物を選べばすぐに食べれるという、時間をかけずに朝食を取れるスタイルはありがたい限りだ。


昨日のバーと違いラフな姿でホテル客がまばらに席に陣取っている。

みんなスッキリした朝を楽しんでいるようだ。


俺はトーストにジャムとバターを乗せ、コーンスープと水で朝食を取ることにした。

席に着くとクリスも俺の隣に座って隙を伺っていたが、ここで変なことをすると追い出されかねん。俺はクリスから目を離さなかった。


「ところで勇者様どこに行くつもりなの?この町の名所ってそもそも何があるのか知らないわ」


バゲットに複数のチーズをたっぷり乗せたルーシーが俺の正面に座る。


「この町は元々小高い丘に要塞として造られたもので、徐々に港町としての機能が増えていったという経緯がある。

要塞として造られた初期から丘のてっぺんに周囲を見渡せる塔が建っていて、当時敵対していたアルビオンの進軍をいち早く知らせる監視塔として使われていたそうだ。

今ではもちろんアルビオンとは友好関係だし、魔王歴中のモンスターは中腹辺りにある町の防壁の櫓からの監視でじゅうぶん事足りていたので、塔は観光できる展望台として名残を残しているだけだそうだよ。付近にそれほど高い山もなく360度を見渡せるその塔からの景色は絶景という話だ。陸地と海の境目が見られるぞ」

「勇者様よくご存じですね」


フラウもルーシーの隣に座る。食パンに卵、レタス、ハム、トマトをトッピングし、ワカメのスープとミルクを手にしている。


「いや、観光用のパンフレットに書いてあっただけだよ」

「あはは。なーんだ」

「でも丘のてっぺんって、町の上まで行くんでしょ?結構な距離ね」

「運動にはなると思うがな」

「しょーがないから付き合ってあげるわ。その代わり帰ったら全身マッサージしてよね」

「筋肉ならいくらでも揉みほぐしてやるぞ」

「もう、私の筋肉どれだけ狙ってるのよ」



ホテルの人に昼食用のサンドイッチを追加で頼んで、俺達4人はまだ朝早い町の中を観光へと出掛けていった。



この町には坂と階段がとにかく多い。港近くの繁華街だけではそうでもないが、町全体としてはやはり多い。

そのためか所々に広場があってベンチで休めるようになっているようだ。

俺はともかく、女性陣には多少きつい道のりだったか、休み休みの道中だった。

各所の広場を徐々に登っていくと、どんどんと景色が高くなっていって、これだけでも海と町を見渡せる絶景と言えなくもない。


「もうこの辺の景色でじゅうぶんなんじゃないの?」


ルーシーがベンチにへたり込む。


「一望できる絶景とは言えないな」

「えー。もう疲れたよー」

「もう少しだよ」

「じゃあおんぶして」


流石におんぶして登り坂はきついかな。


「おんぶしておんぶー」

「うーん仕方ないなー」


仕方なく背中を貸した。これも俺の修行と思えば・・・。


「勇者様ルーシーさんに甘いですねえ」

「弱味を握られてるんだよ」


フラウとクリスが冷たく言い合う。


「わーい。楽チン」


それから再び歩き始めて合計2時間くらいかかって頂上に着いた。頂上も石畳に整備されていて真ん中の石の塔とベンチと手すりが100メートル四方に収まっていた。


「わー。凄い眺めですね」


フラウが手すりにつかまって景色を眺める。


「塔に登ってみよう」


塔は4階建ての高さくらいだろうか?入ると中は支柱を中心とした石の螺旋階段になっていて、見上げると目眩がしそうだ。

所々修繕された跡があって色や材質の違う段があった。


クリスがピョンピョンと階段を上がっていく。


「あんまり飛び跳ねると危ないぞ」


と、見上げると下に居る俺を肩越しに見下ろしながらクリスが立ち止まっている。

スカートの丈が短い!俺は思わず目を反らした。


「勇者、今見えた?」

「うふふ。バッチリ見えたわね」

「見るなという方に無理があるような。ルーシーもそろそろ降ろすぞ」

「はーい」


4人で螺旋階段をゆっくり登る。

クリスは俺の後ろに着いてきてしきりに感想を聞いてくる。


「どうだった?」

「どうと言われても、白だったとしか・・・」

「クリスさんも変な趣味してますね。パンツの感想を男の人に聞くなんて。私なら恥ずかしくて聞けませんよ」


さらに後ろにフラウが着いてくる。


「きっと承認欲求が強くて褒めてもらいたくて仕方ないのね。適当に褒められて舞い上がって騙されないよう気を付けなきゃダメよ?」


ルーシーもフラウと並んで階段を上がる。


「私舞い上がってる?」

「そのきらいはあるかもしれないな。ちょっと積極的になりすぎてるというか」

「一度ケチョンケチョンに貶してやったらどう?クリスのパンツなんて興味ないって」


ルーシーの言葉に俺の腕にしがみつくようにクリスが身を寄せる。

怯えた表情で俺を見ている。


「クリスはどんなカッコでも似合うし、どこから見ても綺麗だから、あまり変な所じゃなきゃずっと見てたいよ」


クリスはそのまま俺の腕に抱きつく。


「あーあ。勇者様はクリスに甘いわねー」

「それをルーシーさんが言いますか。ずっと添い寝してもらっててお姫様抱っこにおんぶに甘えまくってるのに」

「うわーん。フラウに怒られたー。勇者様よちよちしてー」


ルーシーも俺の空いた方の腕に抱きついてきた。


「いったいこのパーティーはどうなっているんですかね」

「おいおい流石に両腕組まれると階段危ないから離れてくれよ」



屋上に着いた。3人並んで階段を歩けることから分かるように、屋上は結構広い。直径8メートルくらいか。

支柱が屋上より上に伸びて屋根を支えている。雨に濡れる心配はない。

腰くらいの高さの手すりに囲まれ、外周外向きにベンチが何脚か設置してある。

外の景色を見ると目が覚めるような一大パノラマだ。

町の外壁や建物など遮るものが一切無くて、360度を見渡せる絶景。

怖いくらいに吸い込まれていく足場を見失いそうな浮遊感。

遠くの景色が粒のように見える。


「うひゃー。これは凄いです!」


フラウが大はしゃぎで手すりから身を乗り出す。


「こ、怖い」


クリスは泣きそうになってる。


「凄いわねー。勇者様が一押ししてたのも納得だわ」


ルーシーも手すりに体を預ける。


「別に一押ししてたわけじゃないけども」


俺もちょっと怖くてすぐに手すりに近づけなかった。

遮るものがなく、時折風がビューっと吹き付けるのも飛ばされそうで、おおおおおってなる。

クリスと二人でブルブル抱きつきつつも、やっと手すりのところまでやって来た。


山、森、草原、雄大な大地と砂浜や岸壁を挟んで大海原。それが一目に入るなんと絶景か。

遠くに見える城壁はもしかしてアルビオンじゃないのか?

これはアルビオンがここを落とせなかったのも無理はない。手をとるように動きが見通せるじゃないか。

アルビオンがこんなに見える位置にあるなんて。特別捜査室に残してきたスコットとシモンとは何日会ってないのか。

あの時案件だったクリスとは無事合流できたとまだ直接話してはいないな。

モンテレーで書いた手紙は届いたろうか。

ひょっとするとサウスダコタも見えるかな?

流石に見えないがブースターも宿屋の女将に預けたままだ。元気にしているだろうか。


海の方を見ると島がいくつか見える。

あの島のどれかに、やつらのアジトがあるのだろうか。

明日クイーンローゼス号が修繕されれば、また何日もかかるだろう捜索に取りかからねばならない。そしてその後には未知なる戦いも待っている。

もうしばらくアルビオンに帰ることはできないだろう。


無事に全てが終わって欲しいと願ってやまない。



「せっかくですからここで昼食を食べましょうか」


フラウがベンチに座ってバスケットを広げる。


「たまに強い風が吹くから気を付けろよ」


俺、ルーシー、フラウがベンチに座ってサンドイッチを頬張る。

ベンチはあいにく3人とバスケットでうまって、クリスは俺の目の前で立っている。

席を譲ろうとすると食べないからと言って俺に座るよう返してきたからだ。


座ってる前で立たれると目の前にスカートがなびいて見えそうになるのだが。

俺はクリスの顔に目をやった。クリスも俺をイタズラっぽい目で見ている。


「クリスさんやっぱり勇者様にパンツ見せたいんですね」

「もう変態よ」

「違うよ。ちょっとドキドキするだけだし」

「やっぱり変態じゃないのよ」

「勇者それ美味しい?」

「ん?ああフルーツがはさんであってサッパリしてるな」

「じゃあ私も食べようかな」


クリスが珍しいことを言う。


「食べるのか?」


クリスの目を見ると視線は俺の口元にいっていた。

俺の唾液のことか・・・。


「変態っぷりに磨きをかけてどうするのよ」


ルーシーの言葉にクリスが怯む。


「勇者、私変態?」

「うーん。ちょっと不思議な娘かな」


顔がひきつりつつあまり強くない言葉を選ぶ。


クリスがこうなったのは魔人になって制御が効かなくなってしまったからなのだろうか?そうだとするとあまり責めるのもかわいそうだが、元の彼女を知らない俺にはわからない。

そう思っているとルーシーが俺の考えを悟ってか言い出した。


「クリスは魔王の城にいた頃からみんなにキスして回ってたわね。私も何度襲われそうになったか。セイラとはあの二人デキてるんじゃないのってくらいチュッチュしてたしね」


元からかよ!


「ええっ!この前のニナさんとの戦いの後で凄い積極的に押し倒してきたのは、あれはそこまで必要ではなかったのでは・・・」

「セイラが襲ってきてる最中にもまるでセイラを忘れてたみたいな感じで迫ってきてたが・・・」

「今朝も私に迫りかけてたわね」


セイラが最後通告をクリスにしたのとか、俺達のキスをじっと見て待ってたのとか、クリスの嫌いじゃなかった発言とか、そういうことなのか?

イメージが少しおかしくなりそうだ。


「ああっう!」


クリスがよろめくように後ろの手すりに後ずさる。

おいおい危ない。

俺はクリスの肩を抱き寄せた。


「勇者、私キス魔で露出抂で承認要求が高い抱きつき魔の変態?」

「自分でそう思ってるなら、少しずつ治していけばいいんじゃないかな?」

「勇者がそうして欲しいならそうする」

「あはは。じゃあそろそろ戻ろうか」

「うん。じゃあキスしていい?」

「おいおい」


肩を抱き抱えるように手を回していたので隙ができてしまった。

胸にしがみつくようにクリスが口付けをしてくる。


「これは治る気配がしませんね」

「勇者様もされるの喜んでるんでしょう。クリスの言う通りパンツも覗いて喜んでるんだわ」


フラウとルーシーがベンチに座りながら冷静に話しているが、俺に非難が向かってしまっている。


いつも通り長い口付けでクリスにされるがままになりながら雄大な景色を眺めていると、海の方から鳥が飛んできているのが見えた。

ここにではない。足元が切れて見えないが町のどこかへだろう。

港か砂浜か。


ハッとして抱き抱えるように肩に手を置いていたクリスを引き剥がし、クリスの視線もそちらに向ける。


「あれ、見えるか?」


「と、り、変身してる!」


俺達の様子に気がついてベンチから立ち上がりルーシーとフラウも手すりに身を乗り出す。


言われるまでもない。ここから海の上を飛んで見える鳥なんてどのくらいの大きさなんだ。巨大鳥が今まさに町に向かって飛来してきている。


ここから町に危険を知らせる方法はない。かつては進軍を知らせるために赤い旗を来る方角に掲げたというが、現在は旗は撤去されている。

第一システムとして機能していない。誰もここの様子なんて見てないからだ。


俺達は急いで塔を降り港方面に走った。急な坂と階段だ、急いでも時間はかかる。


おそらく2ヶ月ぶりのモンスター強襲の鐘が鳴り響く。

ここの自警団の連中も気づいたようだ。


ここに来て町への直接攻撃。クイーンローゼス号の破壊が目的か?


「上から見ただけだけど、かなり大きな鳥みたいだった、クリスあんたあの大きさのものに変身できる?」

「直接は無理だと思う。でも、何かを自分の体に巻き込みながら変化させていけば大きなものにもなれるかもしれない」

「複合技ってわけね。大部分が本体じゃないなら倒すのは厄介ね」


巨大さがそのまま鎧となって、再生すら必要なくなっているというのか。


一時間程で繁華街まで降りてきた。町の者はまだ外に出ているものもいる。

ただ、どうしていいか分からずに立ち尽くしているという感じだ。

鐘と共に自警団の声が繰り返し拡声器から響いている。


「北西の海上から巨大な鳥型モンスター飛来!敵は一体だがとてつもなく大きい!住民は屋内に避難!迎撃部隊は戦闘艦に配置に着け!ルセットは不在のため大きい椅子は仕様不可能!」


最初に目撃してから一時間経っているがまだ町に着いていないのか。

大きい椅子ってなんだ。


俺達は港のクイーンローゼス号に急いだ。






床の修繕が行われていた途中なのか床は所々まだらになっている。

作業員は避難したようで船上にはいないが、ベラやビルギット、他の船

員、ベイト達は船にいた。


「ベラ!みんなもまだここに居るの!?避難しなきゃ危ないわ!」

「何を言ってんだい。やつらが攻めてきたんだろう?狙いがこの船だったら港に着いたままじゃ被害が出ちまう。大きい鳥の囮になれるようにいつでも海に出れるようにしておかないとね」


今のは大きい鳥と囮を掛けたギャグだったのだろうか?

だが、それを聞いていい雰囲気ではない。



「でもねえ。ビルギット!やつは見つかったかい!」


鐘楼に登って辺りを監視していたビルギットが答える。


「20分くらい前から姿を消したままですぜ!」


姿を消した?まさかあのデカさで気体に変化までするのか!?


「クリス!」


クリスに探してくれと頼む。クリスも一声で理解して鐘楼へと一息にジャンプする。


「おお、いい脚してるね、お嬢さん」


クリスの事を知っているのかいないのかは分からないが、ビルギットはおそらく脚力の事を褒めたのだが、生足を褒められたと勘違いして嬉しそうにするクリス。


「ありがと。勇者!あいつ浜辺にいる!漁師が危ない!」

「浜辺!?この船が狙いではないの!?」


ルーシーが困惑する。

とにかく部屋に置いてある例の装備。弓矢、布、油だ。それを取りに行く。


「アネさん!俺にも見えましたぜ!野郎浜辺まで既に飛んできてやがる!」


ビルギットが鐘楼で叫ぶ。

向こうの方で鐘が鳴る。ざわめく声も。

姿を消していたことで人々の警戒心を解き、襲撃しやすい状況を作ったというのか。


「私達は浜辺に向かうわ!まさかとは思うけど陽動の可能性もある。ベイト達は引き続きこの船を頼むわ」

「わかりました」


ベイトが答える。


俺達4人は港を出て浜辺につながる階段を降りる。


外海はセイラ達の襲撃事件で漁はできない。

内海での細々とした漁で海の幸を獲ている状況だ。


この浜辺には小さな漁船が立ち並んでいる。一時間前の警鐘に急いで戻ってきたものもあるだろう。

だがまだ人がまばらにいる。早く逃げるんだ!


そう言えばビコックさんが言っていた。行方不明者がいると。

漁船4例、他1例。


「そうか!行方不明の犯人はこいつか!」


俺は走りながら口にした。


「なんですって?って事はクイーンローゼス号を狙っているわけではなく、人間を襲うために来たっていうの?」

「そんな!でもなぜ急にこんなに堂々とやって来たんですか!?」

「理由なんてないよ。セイラの受け売りでたった今、巨大化を思い付いたから」


沖に浮かんでいた戦艦から砲撃の音が聞こえる。

ただ海方向ではなく、砂浜に突然現れたためか連続しての一斉攻撃とまではいけないようだ。


俺達もようやく巨大鳥の近くまでやって来た。

正直足がすくんだ。


巨大鳥は砂浜に足を着き羽を広げていた。

戦艦の砲撃を避けようともせず、胴体から無数に伸びた先端に鈎爪の付いた触手を逃げ遅れた人間に突き刺して空中にブンブン振り回している。


フラウが目を背ける。すでに手遅れのようだ。


今までいろんなモンスターを見た。セイラのような魔人も見た。

だがこれほどまで醜悪な化け物を見たことはない。


本当にルーシーやクリスと同じメイド仲間で、俺達が魔王の城から助け出した娘の一人なのだろうか?


高さ20メートル。羽を広げた横幅およそ100メートル。

ハーピーのような半人ではなく、スズメのような丸みを帯びた完全な鳥だ。


海、砂浜が200~300メートル、その先は石畳が敷かれた町の一部だ。

家や店などが並んでいる。

この巨大な化け物からしたらすぐそこだろう。

防衛ラインがあまりにもせまい。

いったいどうやってこいつを押さえればいいのか全く分からない。

暴れられたら町ごと吹き飛んでしまいそうだ。


俺達は砂浜にいる。隠れるところといえば放置された漁船くらいだ。

まだこちらに気づいてないのか、俺達には目もくれない。


漁船の影に隠れて早速矢の準備だ。


おそらくチャンスはそれほどないだろう。

油を染み込ませた布を巻き付けた矢ではそう飛距離を保てない。

火を着けた瞬間放たなければこちらが火だるまになってしまう。

それだけでも条件が限られるのに、あの巨大な化け物に近づくのは至難の技だ。


射手はルーシー以外考えられない。

ルーシーの弓の腕前を見てこれ以上の適任者はいない。


「問題はどうやって気づかれずに射程内に近づくかね」

「あ!あいつ動く!」


クリスが漁船から顔をだして小声で叫ぶ。


俺達も顔を出す。


巨大鳥は背後の戦艦に向かって羽ばたいていく。

なんて突風だ。砂が舞い散り目を開けられない。


「火種をお願い!今やるわ!」


ルーシーは巨大鳥がこちらに背を向けたチャンスを逃さずに漁船から飛び出す。

俺もそれについて駆け出す。


ルーシーはやつが背を向けて飛んでいく背後に立つ。弓を構え目で俺に合図する。

俺もすかさず火を布に着ける。

そんな角度で本当に当たるのかというような高い放物線で弓を射るルーシー。


巨大鳥は戦艦に迫る。

襲われる戦艦は第1甲板の上部、第2甲板左舷側の窓から砲撃を一斉に放つ。

弓を持った団員も後がないぞとばかりに迎撃に必死だ。


巨大鳥が戦艦の甲板に足を着けようと羽ばたいて体勢を変える。


突然巨大鳥に火が着く。


大陸全土に響き渡ったのではないかというような咆哮が巨大鳥から発せられる。


戦艦は進路を変え、この場から退避しようとしている。


巨大鳥は羽ばたき更に空中に舞う。

効いているのか?苦しんでいるように見える。


更に上空へ舞い上がり旋回を始める。


そしてなんと火が着いた部分を切り離し、海に落下させる。


「やっぱり装甲を燃やしてもパージされちゃうわね」

「まずいぞ。やつが俺達に気づいた。次に狙ってくるのは」

「私達でしょうね。次の矢もお願いね」


弓を構えるルーシー。

巨大鳥は俺達の方に高い空から急降下するように降りてくる。


「今!」


ルーシーの叫びと共に火を布に着ける俺。

矢が巨大鳥の顔面に突き刺さる。


「顔面も本体じゃないの!?勇者様危ない!」


ルーシーが俺を抱き抱えながらその場を避ける。


ルーシーの言う通り、巨大鳥は急降下しながら顔面をパージして一瞬で難を逃れていた。パージされて無くなった顔面は再生するように元の状態まで装甲を埋めていく。


鳥の足先の爪が砂浜をえぐるように握り潰す。

その衝撃と羽ばたきで突風が吹き荒れ吹き飛ばされそうだ。


同時に胴体から鈎爪付きの触手が俺達に伸びる。

足場も視界も悪い。一番不味いのは距離が近すぎる事だ。

10倍以上の背丈の敵とまともに戦えるはずもない。


ルーシーは剣を抜き触手に対応する。

俺も当然そうするが、火種のランタンを落としてしまった事に気づく。

探す余裕もない。


いったい何本あるのか数える気にもならない触手が俺達を襲い続ける。

鈎爪の鋭さと変則的な動きが厄介だ。


クリスが漁船の影から飛び出し巨大鳥の頭上にジャンプする。

ジャンプしながら腕から針を巨大鳥に撃ち込み続ける。


その動きに反応し触手の方の動きが鈍くなった。

できるだけ剣で触手を切り払いつつその場を後退する俺達。


だがクリスが狙われる。

触手がジャンプ中のクリスに数本向かった。


「クリス!」


俺の心配をよそに背中の骨針でそれを切断しながら巨大鳥の頭上に迫る。


肘から骨針を伸ばし頭に見舞う。


そのまま頭上に着地するが、ダメージが無いのか更に触手をクリスの元に伸ばしていく巨大鳥。


それは難なく背中の骨針で切り払うが、思いの外ダメージが与えられなかったことに困惑して頭の上から飛び降りるクリス。


「やっぱり本体を焼き鳥にしないと駄目だわ。フラウの所に戻りましょう」

「すまん。火種を落としてしまった」

「あるわ。あそこに落ちてる」


あそこ?2本目の矢で撃ち抜いた、パージされた顔面の破片がゴウゴウと燃えながら砂浜に落ちている。


あれを使う気か!


回り込むようにフラウの元に走る俺達。


クリスは俺達の動きを見てか巨大鳥の足止めのために針を撃ち続けて牽制してくれている。


「フラウ!」

「準備だけはできてます!」

「ナイス!行くわよ!」


巨大鳥と燃える破片の射線が合う位置に急ぐルーシー。

射線に入った瞬間狙いもせずに続けざまに3本矢を射る。


矢は火がついて巨大鳥に吸い込まれるように突き刺さる。3本。

クリスを相手していた巨大鳥はまたも呻き声をあげて燃え上がる。


さきよりも3倍の火力だ。どうにか効いてくれ。


無情にも簡単に火の着いた部分を切り離す巨大鳥。


そこを狙ってルーシーが4本目の矢を射出する。


命中する4本目の矢。燃え上がる巨大鳥。

やるな!装甲を切り離して本体が剥き出しになる瞬間を狙ったんだ。


燃えている部分を切り離せなくなった巨大鳥は触手をめちゃくちゃに振り回し苦痛の雄叫びをあげる。そして空中に飛び上がる。


海に向かってる!


海水で炎を消火するつもりだ!


「まずい!海に潜られたらこの作戦はもう通用しないぞ!」


水をたっぷり含んだ体では火は燃え付かない。

第一、同じ事が何度も通用するとは思えない。


すでに空中に飛び上がっているし、近くに行ったところで何かできる体格差ではないのだが、俺は巨大鳥の後を追う。


クリスも高いジャンプをしてやつを追いかける。

しかしまだめちゃくちゃに触手を振り回していて近づけない。

この際狙う場所が計算できないめちゃくちゃな攻撃のほうが対処しにくい。

海へと飛び出す巨大鳥の頭上に着地できずに砂浜に追い返されるクリス。


「アイツ。自棄になってる。取り着けない」

「クリス、大丈夫か?」


フラウは漁船の影から荷物と木のオールを一本拝借してルーシーの元に近寄る。


海を見ると港側の防衛をやっていた戦艦が後退した浜辺の戦艦の応援にやって来ていた。海へ飛ぶ巨大鳥へ一斉攻撃を開始しながら突っ込んでくる。


大きな水飛沫と共に海に着水する巨大鳥。


万事休すか。炎が消された。


雨のような飛沫と大きな波がまさに俺達に冷や水を送る形となる。


いや、まだだ!戦艦は援護射撃に来たのではない!

巨大鳥に突っ込みながらも船員が後方から救命艇で脱出している!

戦艦のデッキを見るとアレンがこちらに向かって何か叫んでいる。


これを使え!と。


ルーシーの方を振り返る。


ルーシーがうなずく。オールに火を着け火種としたフラウと共に俺とクリスがいる砂浜の先端に走ってくる。


海水を含んで重くなった巨大鳥はすぐには飛べまい。

戦艦がその巨大鳥に体当たりをする。

すかさず船から飛び降りるアレンと操舵士。


戦艦に向かって炎の矢を10本程連続で放つルーシー。


やはりルーシーの弓の腕は超一流だ。迷いなく一瞬で放つ。

大きな的ではあるが距離もある。その全てが吸い込まれるように当てって欲しいところに明確に当たる。


当たって欲しいところ。それは大砲の出ている小窓の中だ。

そこには大砲を撃つための火薬があるはずだ。


しばらくすると戦艦から煙が上がり、大きな爆発が連鎖して発生する。


巨大鳥が再び咆哮をあげる。


海が燃える戦艦を写し赤々と染められ、飛び散る破片で一帯が埋め尽くされる。


この火力と爆発なら装甲ごと本体を焼き尽くすことができるのではないか?


湾内に巨大鳥の咆哮と爆発音が響き続ける。

それを固唾を飲んで見守る砂浜にいる俺達と、沖に浮かぶ救命艇に乗る十数名の自警団の者達。


ゴウゴウと全身に火が着き燃え上がる巨大鳥と戦艦の残骸。

咆哮が止み不気味な静けさで崩れゆく。


やったのか?


沖に4艘浮かんでいた救命艇のうちの1艘が突然沈没した。

乗っていた4人の男達が海に投げ出される。


何が起きた?


全員の視線がそちらに向く。


「うわあっ!」


投げ出された男が1人叫んだかと思うと海に沈んでいく。

他の3人が急いでその場を離れようと泳ぎだす。


沈んだ男の下辺りから鈎爪の付いた触手が海面に躍り出る。


そんなまさか。

本体がすでに分離して水中に逃げ出している!

あれだけの火力と爆発でも仕止めきれなかったというのか。


逃げようとした3人を無情に鈎爪で突き刺し、空中に持ち上げる。


俺達は浅瀬に駆け出し沖に向かう。

叫ぶルーシー。


「みんな逃げて!」


すでに救命艇に引きあげられていたアレンと操舵士。その救命艇を含めた残り3艘はオールで触手の躍り出る海面から離れようとする。


「アイツ出てくる!」


クリスが叫ぶ。


やつのいる場所は底の深い沖のはずだ。

それなのに階段を上がってくるように、海面から徐々にやつの本体が頭を出してくる。


これまで見た魔人同様、青い肌、白い髪、赤い目。背中から無数の触手が生えている。白い可愛げな上下の下着が何か異様さを醸し出している。


俺達は浅瀬で止まった。


水中戦になると思われていたが、どうやら違うようだ。


海面どころか何もない空中の上を歩くように全身が海から出てきている。


すかさず弓を射るルーシー。

火は着いてないが自警団の皆を逃がす時間稼ぎが必要だ。


矢は魔人の近くまで飛んでいき、何もない空中に静止して落下した。

まるで見えない壁でもあるかのように。


「何も見えないのに!?」


クリスが声をあげる。


クリスにも見えない?では本当に何もないのか?


「やつが何かを変化させるにしろ物理の法則は変えられないはずよ。透明な壁とか空中に浮いてる物体なんて作れるとは思えない!」


ルーシーが不思議がる。

ここまで焦っているルーシーを見るのは初めてかもしれない。

事態が相当深刻なのだという事だけは確かなようだ。


「とにかく弓が通じないとなると剣で直接たたっ斬るしかない。私達も沖に出ましょう。あの漁船を借りるわよ!」


さきまで俺達が隠れていた漁船に走る。誰のものかは分からないが緊急事態だ。使わせてもらおう。オールも一本火種に燃やしてしまった。


繋がれているロープを4人で引っ張る。作業自体は困難ではないが、気持ちが焦る。早く早く早く!


空中の高い位置まで階段を上るようにゆっくりした足取りで歩く魔人。

不意に立ち止まるとそこから一気にジャンプして逃げようとしている救命艇1艘に乗り掛かる。

人間大の重さのものが飛び乗ったことで飛沫をあげグラつく救命艇。

4人の男達の叫び。迎撃も防御も逃亡もそんな行動をとる間もなく一瞬で鈎爪が4人の男の胸を貫く。

そして胸を貫かれた男達を鈎爪にぶら下げるように高らかに持ち上げていく。

魔人が救命艇の真ん中で立ち上がる。

不敵な笑みを浮かべ貫いた男達を鈎爪から振り落とす。


どういう構造になっているのかは分からないが、鈎爪の先から人間の血を吸い取れるようになっているのか。

だとしたら今の一瞬で8人もの血を吸い取ったことになる。

巨大鳥に変身するのに膨大なエネルギーが必要として、すでに補充が完了しているのではないのか?

もしまた巨大鳥に変身されれば今度はもうなす術は・・・。


しかし魔人は狙いを定めるかのように残りの2艘にも視線を投げる。


アレンの乗った救命艇はこちらの浜辺に進んでいる。もう1艘は後退した戦艦、沖の向こうだ。


どうやらアレンの乗った救命艇に狙いを定めたようだ。

こちら方面に向かって再び空中を歩き出した。


漁船を海まで引っ張ってきた。あとは押して波に浮かべればいい。

間に合ってくれ!

漁船を押しオールで漕ぎだす俺達。

クリスはいつでも飛べるように船首に立ち上がる。


アレンは逃亡を諦めたのか、オールを持って漕いでいた団員からそれを奪ってから魔人迎撃に備える。

他に武器が無いとは言え、それで対抗するのは無茶だ。


高い空中に立ち狙いを定めるようにジャンプする魔人。

それに合わせて腕から針を発射するクリス。

だがルーシーの矢同様、魔人の近くまで行くと空中で力なく静止し落下してしまう。


まだアレンの乗った救命艇とは距離があるが、クリスは構わず低くジャンプする。

どうやら海に浮かぶ爆散した戦艦の破片を足場にして救命艇に乗り組むつもりだ。


魔人が救命艇に着地する。アレンの目の前だ。

アレンにとっては恐怖の瞬間だったろう。

だがクリスの突撃がどうにか間に合った。


肘からの骨針を一閃。凪ぎ払うように魔人の体をかすめる。

魔人も触手を盾のようにして骨針の一撃を防いだのだ。


「勇者の船に移って!」


クリスがアレン達に叫ぶ。


「すまねえ!」


アレン達4人は海に飛び込む。


せまい船の上では4人を守りながら戦うのは不可能だ。

俺達も早く救命艇に急いで彼らの救助とクリスの援護をやらなければ。


「クリスお姉さん。あと二人人間の血をちょうだい」


魔人が喋った。

ゾッとする。その姿と行動とは似つかわしくない甘ったるい声だ。

巨大鳥の咆哮も、同じ存在があげていたとは思えない。


「ロザミィ、あなたの血で打ち止めよ」


クリスが凄む。


「あと二人って、まさか」


漁船を漕ぎながらルーシーが呟く。

巨大鳥に変身するためのエネルギーの必要量、ということか。


触手をクリスに向けて伸ばしていくロザミィ。

せまい救命艇の上ということ、20はある数と直進というより振り子のような変則的な動きが厄介だ。


しかし早さと鋭さはクリスの方が上回っている。

背中の骨針でそれらを切り裂き懐に迫る。


後方に翻り何もない空中に着地ししゃがみこむロザミィ。


「お姉さん強いね」

「どうやってそこに立ってるの?」

「ウフフ」


空中から触手を次々に伸ばして攻撃してくるロザミィ。

クリスの骨針は伸ばして3メートルというところか、そのリーチの遥か外の10メートル付近から無数の触手を自在に操る。


襲ってくる触手を次々に切断して攻撃を回避するクリス。

しかし防戦一方。

射程外で空中からの攻撃にロザミィ自身には反撃できない。

ジャンプで届く距離ではあるが回りは海。一度飛んだらまさにとりつく島がない。


一定距離を置いてクリスの周囲を歩くように、何もない空中を悠々と歩くロザミィ。

早速クリスのジャンプを警戒して取り付かせないようにしている。

次第に攻撃が急所一点狙いから狙いを読ませない牽制や多段攻撃、同時攻撃が重なってきた。

これはいつかクリスもルーシーに対してやってきた攻撃だ。

だが範囲と数は段違いに厄介だろう。


俺達の乗った漁船にアレン達自警団員が泳ぎ着いた。

腕を伸ばす俺とフラウ。

ルーシーは船首に立って服を脱ぎ始めた。


一瞬何をしているのかと伸ばした腕が固まってしまった。


「勇者様、彼らを引き上げたら陸の方に戻って。私はクリスを援護するわ」


ルーシーは下着姿になった。

剣だけは背中に背負っている。


水色の上下の下着はシンプルながらもポイントでギャザーがあつらえられてオシャレなデザインだ。フワッとした布地も着心地の良さを思わせる。

上の服の露出部分を考えてかブラの胸元は大きく開いて、パンツはハイレグTバックになっている。


「勇者様、ちょっとあんまりじろじろ見ないでよ!」


しまった!固まってしまったが、確かに海を服を着て泳ぐのは泳ぎにくかった。


海に飛び込むルーシー。

陸へ向かえということだが。丸腰のアレン達を戦いに巻き込むのは得策ではない。あと二人誰かが犠牲になるとロザミィが巨大鳥に再び変身してしまうことも防がなければならない。


それは分かるが、クリスと二人で大丈夫なのか。


「惜しいなー。お姉さんそんなに強いのに敵になるなんて。あたし達と一緒に来ればいいのに」

「行くつもりなんてない」

「また昔みたいにチューしてよ」

「してない!」

「ウフフフフフフ。足元も気を付けて」

「あ!」


クリスの足元にグルグルと触手が巻き付く。

下を向きそれを骨針で切断するが、同時に上からも触手が首に巻き付いてくる。


「ウフフフフフフ。首だけ持って帰って別の物体にくっつけちゃおう。セイラお姉さんもきっと喜ぶよ」


魔人の変化させたものは別の魔人に変化させることはできない。

完全に変身を解いて別の魔人に変化させられれば解くことはできない。

今はクリスもロザミィも変身状態なのでお互い干渉できない。

ロザミィは魔人の元の姿ではあるが触手を出しているのは変身状態なのだ。


「趣味悪いわよ」


ルーシーが救命艇に手をかける。


「あんたは黙りなさい!今はクリスお姉さんと話してるんだからぁ!」


ルーシーには冷たい態度だ。そういえばセイラも生意気な新人とか言ってたような。


救命艇に乗り込んだルーシーがクリスの首の触手を剣で断ち切る。


「聞いた?あれが変態って言うんだよ。私変態じゃない」

「変態というか・・・。まあそれはいいわ」


クリスとルーシーがのんびりとした会話をしている。


「あれ?ルーシー、かわいい下着着けてるね。それあたしにちょうだい」


ロザミィがルーシーの下着に興味を示した。

今の激昂した態度とは一変したようだが・・・。


「欲しいの?だったら取りに来なさい。譲ってあげるわよ」

「あんたを殺してね!」


再び触手の攻撃が始まる。

ルーシーにめがけて放たれた攻撃であろうが、クリスが前に出てそれを切断せずに骨針で巻き取るように束ねて引っ張りあげる。

俺がセイラにやったように触手を拘束することでロザミィの変身能力を押さえようというのか?

だが触手は全て押さえたわけではない。完全に拘束できてはいない。


ルーシーがそれを見て触手の束に飛び乗る。

そして走りだしロザミィに近づく。


親指ほどの太さしかない触手の上を走る!


ルーシーは軽業師の真似までできるのか!だがこれならどこにロザミィが逃げようが背中から伸びた触手を伝って奴に近づくことができる!


ルーシーの剣がロザミィの首を斬り落とす。


問題はここからだ。変身からの再生で何度でも復活してしまう。


「あんたあああぁあっ!」


ロザミィが光に包まれ首が元に戻る。


さらに剣を振るルーシー。そうはさせまいと残った触手でめちゃくちゃに攻撃するロザミィ。

バランスを崩しクリスが引っ張っている触手に片腕でぶら下がるルーシー。


危ない!


俺は手に持ったオールを見た。さきまでフラウが火種として使っていたオールだ。先が黒く焼き焦げている。

木造の漁船に乗り込むときに危険だからとあえて海水で消火して使ったやつだ。弓矢も効果がないとわかっていた。


「火種が」


俺がそう口にするとフラウがランタンを差し出してきた。


「あります!さっき予備のランタンに移しておきました!」


よく気のつく娘だ。


俺は早速油を含ませた布を巻いた弓矢を用意した。

俺の弓の腕はあまり良いとは言えないが今はそんなことはどうでもいい。


「フラウ、頼む!」

「はい!」


俺は炎の矢を放った。


矢はロザミィとルーシーの頭上に飛んでいく。

ロザミィが無視すれば通り過ぎて向こう側に行っていたろう。


だがやはりロザミィの近くで失速し海へと落下する。


ルーシーが俺の意図に気づいてくれた。


落下する炎の矢を剣で掬い上げるかのように振り上げ、炎を宿した布を剣に纏わせロザミィに叩き込んだ。


「ぎゃああああああああああああっ!」


ロザミィが断末魔のような叫びをあげる。


だが悲しいかなここは海の上。落下し海に落ちれば炎は消える。


一足早く落下するルーシー。

それに続き何もない空中から燃えながら落ちるロザミィ。


そうはさせまいとクリスの骨針がロザミィを空中で刺し貫く。


引っ張っているときに救命艇ごと距離を詰めていたのか!

これならやつを燃え尽きるまで逃がさずに済むかもしれない!


ゴウゴウと燃え続けるロザミィ。


しかしやつも抵抗を止めない!

燃える触手をクリスの骨針にグルグルと巻き付かせる。


まずい!クリスごと燃やしてしまう気か!?


「私よりあんたの方が早く燃え尽きる」

「あああ、ああああああああああっ!」


違う!ロザミィの狙いはクリスではなく救命艇だった!

骨針を伝ってクリスの足元の船底に鈎爪を突き立てる。


「こいつ!」


何度も何ヵ所も。すぐに水没していく救命艇。


海に沈む救命艇。そしてクリス。そして燃えていたロザミィ・・・。




なんてことだ・・・。あと一歩、あと一歩という所まで来たというのに・・・。ここが海の上でなければ・・・。


光と共に浮上するロザミィ。見たことのあるハーピーの姿に変身していた。


「こっちはいいや。あっちに行こ」


あっち?まずいぞ、沖に逃げていた救命艇の方だ。あの救命艇にも4人乗っている。

だが空を自由に飛ぶハーピーに俺達はどうする事もできない。

弓矢も効かない、追いつけるはずもない。


遠く離れていた救命艇に一瞬で追い付き、空中から鈎爪の触手を垂らして団員4人をあっという間に帰らぬ人としてしまう。

空中で4人を吊るすように持ち上げ海へと投げ捨てる。


俺達はそれを呆然と見ているしかできなかった。

アレン達もまるで絵空事を見ているようにそれを眺めていた。


クリスとルーシーも海から頭を出し力なく漂っていた。



地獄絵図はそこから始まった。


ロザミィは必要量のエネルギーを得て巨大鳥に再び変身した。

ムクムクと太り、装甲を作り出していく。

そして退避していた戦艦へと向かう。


砲弾の迎撃など全く寄せ付けずに今度は第1甲板に着地する。

無数の触手で甲板を引き剥がす。

逃げ惑う乗組員を次々に鈎爪で襲い掛かる。

第2甲板に潜り込むとさらにそれを剥がし、船底に逃げようとした乗組員をも執拗に手を下す。

一人残らず殺害すると、戦艦を真っ二つに引き裂き船ごと大破させる。

沈む戦艦。それで満足したのか空中を何度か旋回すると、海へと飛び立っていった。

途中で姿を眩ましどこへ行ったのか観察はできなかったそうだ。

クリスにもはっきりとは分からなかったという。



漁師死者22人、自警団死者28人。合計50人が死亡した。







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