13、新装備
装備の新調に街に出向く勇者たちの様子。のお話。
金髪のルーシー13、新装備
ルーシーが部屋に入ってきた。
「向こうの部屋は駄目ね。どちらにしろ船尾楼の床も補修する予定だったけど、流石に大穴が開いてちゃ雨降ったら雨漏りで使えない。
ベッドとかはどかしてシートとかで痛まないようにしなきゃ」
クリスの肩にやっていた手を引っ込める。
別に焦る事はないのだが、泣いているクリスを見て妙に思われても困る。
クリスが急いで手を引っ込めたのを見て鋭く俺を見る。
感動のシーンが台無しだ。
「ルセットが使うはずだった部屋が空いてるから、そこを使ってってベラは言ってたわ」
俺達の微妙なやり取りに気づかなかったのかルーシーは話を続ける。
「私はこの部屋でいい」
クリスが答える。
「え?ホテルみたいに4人で寝るってこと?」
「フラウはわからないけど、私はそうする」
「まあ、別にいいけど」
「んん、ただでさえルーシーと相部屋なのをからかわれてるのに、クリスとも一緒というのは・・・」
俺の意見を述べてみたが無視された。
「これ見て!」
ルーシーが部屋の一角に指を指して叫ぶ。
何かと思って振り向く。
そこにはクリスの下着が干してあった。
「可愛いパンツ」
いきなりビックリさせるなよ。あまり目に入らないようにしてた下着をマジマジと見てしまったじゃないか。
「私のパンツが可愛くて悪い?」
クリスは照れたように怒った。
「いや、これがここに干してあるってことは、あんた達ひょっとして今ノーパンなの?」
「そりゃあ海に入って全身ずぶ濡れだったんだから」
俺が答える。
「あらー。ノーパン勇者様とノーパンクリスがラウンジで私の説明聞いてたの?やけに口数が少ないと思ってたら下がスースーしてたのね」
「変な言い方するなよ」
「ちょっとドキドキするよね」
「しないよ」
クリスはピョンピョンかかとを上げ下げしてガウンをパタパタさせた。
「それよりクリス、正体をばらしちゃって良かったの?」
「いいよ。案外みんな驚かなかったし」
「みんな理解がある人で良かったな」
「うん」
あまりにも色々なものを見続けて感覚が麻痺しているせいもあるだろう。
いきなりあれを見たら驚くに違いない。
「なかなか乾きそうもないし、とりあえず適当な着替えを買ってくるわ。そのあと装備や衣装を見に行きましょう」
「すまない」
「待っててね」
ルーシーが部屋から出ていった。
もうセイラ達が襲っては来ないと思うが、一人で行かせて良かったのだろうか。
「そういえば。まだ勇者にお礼言ってなかったね」
クリスがピョンピョンするのをやめてベッドに腰掛ける。
「なにかあったかな?」
「セイラに後ろから刺されたとき、助けに来てくれた」
「ああ、驚いたよ。心配はしたが本当に襲われてたなんて。虫が知らせたのかな?」
「心配してたんだ」
「一番危険だって言ってたしな」
「じゃあ今度から勇者のそばから離れないようにするね」
「ん?んん。俺じゃ頼りないかもしれないけど」
セイラが俺を殺すつもりなら一瞬で殺されていたろう。
理由はともあれあくまで捕獲するつもりだったから生き残っている。
「勇者助けてって思ったら、ドアから勇者が入ってきた。もう死んでもいいって思った」
「いや死なないでくれよ。助けに行ったんだから」
「なんかお礼したいな」
「さっきも言ったが、クリスはよく頑張ってくれてるよ。それだけでじゅうぶんだ」
「したいな」
「じゅうぶんだって」
「したいってば」
なぜそこで頑なになるのかわからないが、うーんと考えてると今度はフラウが入ってきた。
「やっぱりここでしたか。ルーシーさんはどちらに?」
「ルーシーは俺達の服を取り敢えず買ってきてもらってるよ。それよりルセットさんは?」
「もう自分の足で歩けますよ。町の施設で長期的に診てもらった方がいいので、そちらに移りました」
「そうか。良かった」
「大丈夫そうだった?」
「一応精神的には安定している様子でしたね。なんか大きい椅子?というのが使えなくて残念がってましたけど」
なんだそれは。
「私達が使ってた部屋の天井なくなってしまいましたね」
「船長さんがルセットの部屋に移ってって言ってたみたいだけど、私はここで勇者達と寝ることにする。フラウはどうする?」
「え?私だけひとりは嫌ですよー!私も一緒がいいです」
うーん。そうなるか。
ルーシーが戻る間、ベッドの縁に3人並んで腰掛けながら話しながら待った。
クリスが聞きたいというので昔の俺の旅路の話などを語ったりした。
大した話でもないのでここでは割愛するが。
それでもクリスとフラウは興味ありげに聞いてくれた。
クリスは足をパタパタさせながら合いの手をうったり、質問したり、酒場で働いてただけあって話させ上手だ。
程なくしてルーシーが再び部屋に帰ってきた。
手に袋を携えている。
部屋に入ってベッドに3人並んで座ってるのを見るとちょっと吹き出した。
「なーに?親鳥の帰りを待つ雛みたいね」
俺達は笑った。俺は苦笑いだが。
「ルーシーママ早くお着替えをちょうだい」
クリスが高い声を出して催促する。
「はい取り敢えずこれよ」
「どんなだろ」
クリスは部屋の一角にあるついたてのあるスペースで渡された袋を持って着替えを始める。
「下着も買ってきたんだ。穿いてみるね」
わざわざ言わなくても・・・。
「大人っぽい」
「黒が好きって言ってたから黒のランジェリー買ってみたわ」
「勇者これどう?」
ランジェリーを着たクリスがついたてから出てきた。
「似合うわね」
「かっこいいですー!」
ルーシーとフラウはそれぞれ感想を言ったが、俺はドキッとして何も言えなかった。
「勇者これどう?」
クリスは俺に寄ってきてあくまで俺の感想を聞きたいようだ。
「ドキッとしたよ」
正直に感想を言った。クリスはイタズラっぽく口の中で笑うと満足そうについたてに戻っていった。
隠れる意味は?
再び出てきたクリスはちょっと照れたように新しい服をお披露目した。
「これは、どうかな?」
上はノースリーブハイネックの体型のでるニット地の白いセーター。
下は膝下まである黒いヒラヒラしたロングスカートだが右にスリットが入っていて、無難だが攻めるといった感じの格好だ。
「今までと印象が変わって、落ち着いた大人の女性という感じでいいじゃないか」
今度は聞かれる前に感想を言った。
クリスは嬉しそうに笑った。
「ルーシーありがと」
「これは仮の服で今から好きなものを探しにいくのよ」
さてと俺もルーシーからもらった服に着替えるか。
ついたてに隠れたら女性陣もついたてに入ってきた。
隠れる意味無いだろ。
俺は3人を睨みつつ言っても無駄なんだろうなと諦めて、ガウンは着たまま下着を穿いた。
ボクサーパンツというのか、ピッタリした履き心地が今までのトランクスと違って馴れないな。
女性陣は大喜びでキャアキャア奇声を上げている。
フラウまで一緒とは、お兄さんは悲しいぞ。
下は黒いパンクルックのパンツ。上は胸元がはだけてサラサラした生地の赤いシャツ。
どういうセンスなんだ。
「ウフフ。どう?勇者様」
「派手だな。ちょっと恥ずかしいが」
「カッコいいよ。連れ拐われたい」
クリスが言ったが魔王に連れ拐われた君が言うと反応に困る。
「勇者様面白いです」
フラウが笑っている。面白いってなんだ?
これもいつもの服が乾くまでの我慢か。
そんなわけで俺達はようやく町に買い出しに出かけることになった。
繁華街はやはり人混みで溢れていた。海路は使えないが陸路での旅人も多いようだ。
露天が出ていて色々な物を売っていたり、オープンテラスのカフェがあったり、それぞれ思い思いの目的でそれぞれの生活を過ごしているという感じだ。
俺達はまず武器を探さなければならない。
弓と矢、布と油を入れる缶。
やつらを倒すには焼き殺すしか方法がないという。
ルーシーはラウンジで割り切るしかないという。
しかし俺はまた心が揺らいでいた。
何もセイラと口付けをして情が移ったというわけではない、と思う。
クリスの事もある。
舵を狙った骨針の攻撃に突っ込む俺の名を叫ぶ彼女が悪い人間ではないように思えてしまう。
良からぬ目的で俺を生かしておきたかっただけなのかもしれない。
だが備えは必要だ。準備をしておくに越したことはない。
俺達は武器屋というより古物商というような、なんでも取り扱っている雑多な店に入った。
よくわからない置物や本、椅子や机という日用品の置いてある別の区画に古い武器が並べてある場所がある。
剣や盾、フルプレートの鎧なんかもある。誰が売ったんだ。
中古品ということで使い物になるものが置いているか疑わしかったが、なかなか手入れされていて今すぐ使えそうなものもいくつかありそうだ。
弓も何張か置いてある。中には弦が切れそうなものもあるが、張り直せば使えるか。
「取り敢えず使えそうな物を4張買っておきましょうか。矢は流石にここには無いだろうから武器屋でまとめて購入ね」
「私が矢を作ろうか?」
「あれは使いやすい矢だったわね。バンバン的に当たってくれたわ。でも無駄に力を使ってもなんだし、最低限は持っておかなくちゃね」
的に当たるのは矢の性能とは別のような気がする。
その店で油が染み込みやすそうな布と缶、それを運ぶリュックなんかも見当を付ける。
引き続き矢を探しに行く。
大きな武器屋に入ると、小綺麗な店内に整然とあらゆる武器が並んでいた。
剣短剣斧槍メイス弓もそうだ。なんと東洋の刀まである。
ちょっと触ってみたい。
各武器には特徴や打った作者やらの説明が横のプレートに書いてある。
刀のプレートを見てみると村雨という人が打ったものだとあった。
鬼気迫る刀工の姿を模してか、刀にも持つものを狂わせる力のある妖刀という事らしい。
そんなものを売って大丈夫か。
俺が熱心に刀の前で粘っていると、優しそうな女の店員さんが寄ってきた。
「お試しになりますか?」
「え?試す?」
「はい。手にとっていただいて、奥にある試し斬りコーナーで人形相手に実際にお試しできます」
「へー。そんなものもあるのかー」
ちょっと心が揺らいだが、狂わせられたら大変だし、値札の31.5万ゴールドを見て冷静になった。
「いや、実は別のものを見に来たんでまた今度・・・」
「ウフフ。ではそちらに案内いたしましょうか?」
「仲間が向かってるはずなんで大丈夫だよ。ありがとう」
俺はその場を立ち去ろうとしたが、店員さんがそっと近づいて耳打ちした。
「妖刀ってのはただの宣伝文句ですからお気になさらずに。お客様には特別にサービスいたしますので、お考えを改めでしたらどうぞお声をかけてくださいね」
そう言ってニッコリ笑って去っていった。
なんだ宣伝か。サービスと言っても元の値段が高過ぎる・・・。
熱心に刀を見ていたせいではぐれてしまったルーシー達を探す。
弓矢のコーナーに居たのですぐに見つかった。
火を着けてもすぐに燃え尽きないように木製は避ける方がいいのか?
鉄製だと重さのため飛距離と携帯性が心配だが。
ルーシー達も店員さんにつかまって説明を受けているようだ。
「あ、勇者様。うーん、わからないわ」
「どうした?」
「新素材の矢が軽くて丈夫だそうだけど、これでいいかしら?」
俺は一番に値段を見た。
1ダースで3000ゴールドか。
まずまずの値段じゃないか。
クリスが手にとって触っているのを俺に手渡す。
確かに軽いな。少し弾力もあるが芯はしっかりしてそうだ。
「これでいいんじゃないか?3ダースくらいあれば」
「ですってよ」
「お買い上げありがとうございます」
店員がではこちらにとルーシーを招いて会計の方へ歩いていく。
俺もルーシーと一緒に連れて歩きながら、そう言えばアデルがルーシーの剣をなまくらだから打ち直してもらった方がいいと言っていたのを思い出した。
「ルーシー、剣を鍛え直してもらったらどうだ?」
「え?ああ、大丈夫よ。下手に感じが変わっても感覚が狂いそうだから」
「もしかしてその剣、子供の頃から使ってるのか?」
「いやねー。そんなんじゃないわよ。勇者様と会うちょっと前に中古で買ったのよ。剣持ってた方が剣士っぽいでしょ」
唖然とした。そりゃそうだ。
ということはライラと戦ったあの時がその剣を使った最初の戦いだったということか・・・。やたらと切れ味が鋭いように感じたが・・・。
考えない考えない考えない。
会計の近くにさっきの刀の店員さんがいた。
俺は少し悩んだあとその店員さんに近づいて耳打ちした。
「良かったら参考までにサービスってのをちょっと具体的に教えてもらえないかな・・・」
店員さんはニッコリ笑うと逆に俺に耳打ちして言う。
「お客様、勇者様なんですって?もし良かったらプレートにサインとかしてもらえますか?勇者様が使ってるって書いたら宣伝効果が上がるかもしれませんし、それでしたら30000ゴールドで提供できますよ」
90%オフ!
しかし一点物ではない妖刀使いの勇者ってどんな雑なキャラクター像だ。
「買います」
会計には矢3ダースと妖刀が並んだ。
俺の綻んだ顔をルーシー達が冷ややかな目で見ていた。
「勇者ってさぁ」
「やめましょうよ。勇者様だって考えてアレを買ったんでしょうから」
「妖刀、を?」
悲しい。アーサーならきっとスゲースゲー言いながら一緒に喜んでくれたのに。
後日談だがこの武器屋の店員さんとは再び会うことがあって、この時書いたサインがちゃんと効果があったのか確認してみた。
どうやら宣伝効果は上々だったようで何本か売れていったらしい。
俺の名前も捨てたもんじゃないんだな。
店員さんもおじいちゃんも喜ぶだろうと言って笑っていた。
おじいちゃん?
と聞き返すと作ったのはおじいちゃんなのだそうな。
東洋の刀では無かったのかと勝手にショックを受けていたが、そうではなく、東洋から遥々妖刀を商いにこの国に出向いて来たという一族総出の海外進出だそうだ。
ということはあなたも村雨さん?
俺達は一通りの装備も見終わったので、遅い昼食をとることにした。
オープンテラスのレストランでバゲットとホタテのソテーを注文だ。
白い丸テーブルにオシャレな椅子、日差しを避けるパラソルも雰囲気ある。
クリスはいつも通り食べないらしい。
なかなかの味なのに残念だ。
俺達が上手い上手いと一心不乱に食べているのを頬杖をついて眺めているクリス。
俺の方をジーっと見ているのでなんだか悪い気になってくる。
「本当に少しでも食べれないか?結構美味しいぞ?」
「別にものほしくて見てるわけじゃないよ。でもそんなに美味しいの?」
「ああ、バターの風味が効いていて一気にイケそうだ」
「じゃあ」
クリスは椅子から立ち上がって俺の座っている席の横まで来た。
なにかと見上げる俺の顎を指で持ち上げ俺を立たせる。
そして俺の唇に唇を重ねてきた。
なにもオープンテラスのレストランの真ん中で・・・。
それを見て俺達の周りにいた客や通りすがりの人々が拍手をして歓声をあげてくれた。
何か壮大な勘違いをされているようだ。
ルーシーとフラウは呆然と固まってる。
長い口付けと歓声と拍手。
やっと口を離したクリス。
「ホントだ、美味しいね」
ニッコリしてそう言った。
俺は周りの歓声に応えるようにクリスの肩を抱きほっぺにキスをしてみんなに手を振った。
そしてみんな俺を祝福して自分の生活に戻っていった。
やぶれかぶれだ。
クリスは真っ赤になっていた。
自分から口付けしたのに。
それから残りをたいらげ、そこを早々に出ていった。
「あんた達大胆ねー。見てるこっちが恥ずかしいわ。まあ次はクリスの服を見に行きましょうか」
ルーシーが先頭を歩きながら服飾関係の店を探している。
後ろを歩いていたクリスが俺のシャツの裾を引っ張って聞いてきた。
「勇者はこの服気に入った?この服が好きならこのままでもいい」
「似合ってるし素敵だと思うよ。でも戦闘になると動きやすい服の方がいいかもな」
「そっか。忘れてた」
この歳の女性に戦闘向きの格好を勧めるのもどうかと思うが、彼女の力無しではこの先難しいだろう。
すまないクリス。
「はぐれないように手をつないで歩いてもいい、かな?」
クリスが照れながら聞いてきた。
人は多いがはぐれる程でもないだろう。
まあクリスがそうしたいなら断る理由もない。荷物は全部背中にからってるし。
俺は手を出した。
「どうぞ」
クリスはつまむように手に触れた。
ふと前を見るとルーシーとフラウがだいぶ先の方に歩いていた。
おっと危ない。はぐれてしまう所だ。
俺はクリスの手を握りルーシーの歩いている場所まで早足で駆けていった。
弓と矢と布と缶と妖刀も俺の背中で揺れているだろう。
人混みを避けながらパタパタと走る俺達。
ルーシーに追い付くと彼女は立ち止まり横の店を見ていた。
「ここ入ってみましょう」
俺には縁のないオシャレな女性用の服の店だ。
表から見ても何に使うのかわからないものが所せましと並んでいる。
クリスと顔を見合わせる。
走ったからか肩を上下させ俺の腕にすがるように体を寄せている。
「入ろう」
クリスが言ったが、俺は考えて。
「俺は表で待ってるよ。店内通路がせまそうだし、この荷物じゃ邪魔になりそうだ」
「勇者に選んで欲しいのに」
「あはは。どちらにしろ俺にはわからないよ。朝も言ったがクリスが好きなものを見せて欲しいな」
しばらく俺の左手をニギニギしながら迷っていたが、両手でそれを胸元で握り締めると、
「わかった。勇者が好きそうな服を選んでみるね」
そう言って表で待っていたフラウと店内に入っていった。
しばらく時間はかかるだろう。
店の前で立ってても怪しい人物と間違われかねないので、側にあるベンチに荷物を下ろして座ることにする。
荷物からは妖刀村雨が、買い物袋から飛び出てる大根よろしく顔を出している。
どういう切れ味なのだろうか。さっきの武器屋で試し斬りができると言っていたが試してみればよかったかな。
しかし、ルーシーの予想では焼き殺すことでやつらの変身による再生を防げるというのだが、果たして上手くいくのだろうか。
空気さえも針に変化させ飛ばしてくる相手だ、通用しない可能性も考えていた方がいいかもしれない。
通用するしないが俺達のデッドラインになるだろう。
どちらにしろ無策のままで戦うのは問題外だが。
剣で斬り落としてもすぐに元に戻る敵などルーシー以外に相手できるわけがない。
しかしそれもまだ後の事で、それより先にあいつらのアジトをこの広い海域で探さねばならない。
アレンがこの辺りの島に詳しければいいのだが、魔王歴で海は長く閉ざされていたんだ、限度はあるだろうな。
あまり期待をかけすぎるのも酷というものだ。
ルーシーとセイラと言えば、昨晩の倉庫でもしセイラが逃げずに深追いしていたら、最後まで立っていたのはどちらだったろうか。
当然ルーシーが無事であって欲しいし、そのためなら俺も何でもするつもりだが、俺にはルーシーが倒れるイメージがまったくつかない。
力を使い果たすまで切り刻むと言っていたが、多分本気でそうするつもりだったんじゃないだろうか。
ルーシーが何者かは考えないことにしたが、ルーシーに頼りきっている自分には少々情けなくはなる。
ルーシーが超人過ぎて比較に意味がないのだが。
俺も親鳥のルーシーママにピーピー鳴いている雛なのかな。
そう思うと苦笑いが溢れてくる。
「勇者、またルーシーのこと考えてる」
声に驚いて顔を上げると新しい服を着たクリスが立っていた。
さっきの服とはまた違う意味で大人っぽいというか、大胆な服を着ている。
肩や背中が開いたビスチェのような白の上。ふわふわとした黒いレースのヒダが重なった短いフレアスカート。膝下までの黒いブーツ。
全体的にパンキッシュな出で立ちだ。
背中が開いた服なのはクリスなりの、戦いやすい服、という事なのだろうか。骨針をいつでも背中から飛び出させるように。
スカートの丈はメイド服より短くなっているような気がするが、本人の好みというならそれで、いいのか?
測った事はないのでただのイメージだが、前は膝上10センチという所を膝上20センチくらいになっているような。
「カッコいいな。本当にクリスの性格とよく似合ってる」
俺は声をあげた。
「うん。嬉しい」
ちょっと恥ずかしそうに後ろ髪をかきあげるクリス。
横にルーシーとフラウも出てきていた。
「早かったな。もっと時間がかかるかと思っていたよ」
「勇者様を待たせちゃ悪いからって。本音は自分が待ちきれないからなんじゃないかしらね」
「ちょっとルーシー」
怒って叩く素振りだけ見せるが喜びを隠しきれてない。
しかしなぜ俺がルーシーのことを考えてるとわかったのだろう?
ルーシーのことを考えている顔、でもしてたのか?どんな顔だ。
「勇者、気に入ってくれた?」
「カッコいいよ。でもスカートの丈気にしてたはずなのに、もっと短くなってるのはいいのか?」
「勇者、スカートの中覗くの好きみたいだから。いいよ」
何がいいんだ。人聞きの悪いことを。
「ほら、また違うパンツ穿いてきたから覗いていいよ」
「いや、冗談キツイなー。あはは」
ルーシーとフラウの冷たい視線の方がキツかった。
買い物を終えた俺達は一旦船に装備を置きに行った。
途中、油を缶に詰め、火種のランタンも自前で買っておいた。
港に着くと馬車が多く停まっていた。板を運んできたらしい。
クイーンローゼス号の床の補強としてだろう。
作業の邪魔にならないよう部屋に干してあった服だけ持ってそこを出た。
まだ早いが一泊7万ゴールドのホテルの部屋に帰るとしよう。
昨日は朝の船上の襲撃があってそれから緊張の航海だったので、剣の修行はやってない。
アスレチックルームで妖刀村雨を手に素振りでもしておくか。
部屋に着いたら女性陣はベッドに3人寝転んで、いつの間に買ったのやら小物類を並べてキャアキャア言っている。
俺は当然妖刀を手にアスレチックルームへ。
鞘から刀身を抜き出す。
刃についた波の模様が冴え渡る切れ味を思い起こさせる。
一振りした。
重さにアンバランスさがない。一定の重量が均一にかかるというか、軽いわけではないがそれが振るときの手応えとしてちょうどいい。
だが、熟練も必要だろうな。両刃の剣との違いもあるし、刀身を盾に使うのは折れてしまいそうだ。
値札の31.5万ゴールドを見ると大事に使おうという気になってくる。
しばらく妖刀の振り味を今までの魔人相手の戦いをイメージしながら試していると、ドアからノックする音が聞こえてきた。
ルーシー達がベッドの上でドアの方を見たが、俺が手で遮りドアに向かった。
ドアを開けるとそこにはベラが立っていた。
「よう勇者君。さっきホテルに戻っていく姿が見えたんで思いきって遊びに来ちまったよ」
「ようこそようこそ。さあ入ってくれ」
思わぬ来客とその人物だったが、そう言えば昨日そんな話もしたっけな。
「へー。広い部屋だね。これで二人用の部屋なんだって?船員なら40人は寝れるよ」
ベラの声に結局ルーシー達もやって来た。
「あらベラじゃない。船の上じゃないベラを見るのはなんか変な感じね」
「アハハ。船長として板が付いてきたってことかねえ。いや、板がつくのは船の方だけどね」
「上手いこと言うな。そうそう、板を搬入してたな。作業を見てなくていいのか?」
「今日は寸法をとったりだね。打ち付けは明日1日でやっちまうよ。作業は任せるんでアタイの出番は無いけどさ」
クリスがベラの腕をとってシャワー室に連れていこうとする。
「船長さん、こっち来て」
「なんだい?」
脱衣場のドアを開けベラを連れていく。
シャワーを指差して、
「船長さん船にもこれ欲しい」
なんて無茶な注文を。いや、俺も欲しい。
「こりゃ船ごと作り替えなきゃ難しいだろうね。でも面白そうじゃないか」
20億の船をさらに金をかけて作り替えるといくらかかるんだ。
「そっか。残念」
「いっそ屋根が吹き飛んだ部屋一室をシャワールームに作り変えるかね。vipは2部屋もいらないだろうし」
ベラは口の中で何か思案しているようだ。
「入ってくでしょ?」
ルーシーはベラに聞いた。
「シャワーにかい?じゃあちょっと試してみるかね」
「勇者が覗くから気をつけて」
おい。クリスが酷いことを言った。
俺は脱衣場から出たが女性陣4人は一緒に入るようだ。
一緒に入るものじゃないと思うんだがな。
ここに居るのもなんなのでホテルの一階でも降りて見学してこようかな。
部屋を出てエレベーターという階を移動する小部屋に乗り込む。
ボタンを押すとその階まで一気に降りたり上がったりする。
ホテルのスタッフに仕組みを聞いてみたら、術動式のモーターを使っているらしく、ロープで巻き上げたり下げたりして動くらしい。
術動式というのも聞き慣れない言葉だが・・・。
さらにそれを聞くと、そういう装置を開発した人がいて、数年前からこの町で普及し始めているとか。開発者の名前はルセット。
ルセット!?
ルセットってまさかあのルセット!?
あの人がそんな開発者だったなんてビックリだ。助かって本当に良かった。
どうやらシャワーも術動式のポンプで常に流水を配管に送ることにより、いつでもどこからでもコックを捻るだけで水が流れる仕組みなのだという。
もしかしたら歴史に名前が残る逸材なのではないだろうか。いや、間違いなく残るだろう。
一階ホールの奥には豪華なレストランだったりバーだったり売店だったりエステ、マッサージだったり、俺には無縁の場所が多いな。
せめて売店を覗いてみた。替えの服だったり、下着だったり洗面具、ちょっとした食べ物、アクセサリー等の雑貨。本等が置いてある。
モンスターを形どった小物や人形もあるが誰が買うんだ。
そう言えば夕飯はどうしようか?ここで頼むのは正直高いから外で大衆用の安いパスタくらいでもいい。
でもせっかくベラが遊びに来ているんだし、ここで一緒に食べるのもありかな。
そろそろ戻るか。
エレベーターのグイーンと上がっていく感じもちょっと面白い。
部屋に入るとクリスがバスタオル姿で抱きついてきた。
なんだなんだ?いったいどうした?
「勇者、いきなりいなくなって心配した」
「勇者様どこ行ってたの?」
ルーシーもバスタオル姿だ。というか4人ともそうだった。
「いや、一階に行ってただけだよ。これ面白いぞ。モンスターの人形でサメ型のやつだけどお腹を押すとシャーックって鳴くんだ。そんな鳴き声じゃないだろっていう」
クリスは俺のお腹を押した。
いや、俺じゃないよ。
「アハハ。なんだいやっぱり泣くほど心配することじゃないだろ?すぐ帰ってくるってさ」
ベラが奥の部屋でバスタオル姿のままソファーに腰掛けてる。
「泣いてないし」
クリスが俺をガッチリロックしたまま反論する。
「そうそう。なにも言わずに居なくなるなんてないんだし」
ルーシーがベラに同調する。
「ルーシーさんも涙目だったじゃないですか」
フラウが突っ込む。
「泣いてないし!」
ルーシーも反論する。
クリスが俺のお腹を押しながら聞いてくる。
「なんで覗きに来なかったの?」
「むしろなんで覗きに行くと思っているのかの方を聞きたいよ」
「勇者、私達の裸好きじゃないの?」
また反応に困る質問をぶちこんで来たな。
「それよりベラは夕飯どうする?一緒にここで食べるなら頼もうか?」
俺はクリスの質問をかわしながらベラのいる居間に向かった。
「いいのかい?お邪魔でなけりゃー御一緒させてもらおうかね」
一同うなずく。
「それじゃあもう一度下に降りて5人分何か頼んで来るかな。何がいいかな?」
「私はいらない。勇者が食べた後に口付けしてくれればいい」
クリスが真顔で言っている。
「おやおや、過激なお嬢さんだね」
「私、人間じゃないし」
「そうは言ってたけど・・・」
ドン引きするベラ。まあクリスもどんどん過激になってるような気はする。
「ミートパスタとキノコのスープとかでいいかな?」
「いいわ」
「私もそれでいいです」
「アタイも同じく」
「よし、じゃあ行ってくる。けどなんでみんなバスタオル姿なんだ?正直目のやり場に困る」
「勇者君困ってたのかい?アハハ、勇者君を部屋で探してたからさ。出てったら着替えようかね」
「クリスもいつまでもしがみついてないで離れなさいよ」
ルーシーにバスタオルを引っ張られてさすがに俺から離れるクリス。
「クリスさんなんか急に性格が変わっちゃいましたね。もっとクールなイメージだったんですけど」
フラウがぼやく。俺もそういうイメージだった。
「最初は島から早く帰ってって凄んでたのにねー」
ルーシーも言い出す。
「私も自分が変わってることにビックリしてる。ルーシーが船でお姫様抱っこされてたのを冷めた目で見てたはずなのに」
顔を両手で塞いでペタンとその場に座るクリス。
「それ私への攻撃なの?」
ちょっと照れるルーシー。俺は冷めた目が辛かったぞ。
「アハハ。恋する乙女だねー。初々しい」
「違うよ。そんなんじゃないし!もっと違う、肉欲?」
みんな吹き出した。
「あんたそれもっと酷いじゃないの」
「間違えた。肉食系みたいな?あー勇者が聞いてたら恥ずかしい」
「俺はまだここにいるんだが」
「ああああぁっ!」
クリスはベッドに走り出した。
まあいいや。行ってこよう。
その後の夕食は今後のこと、敵のこと、船のことにまったく触れずにリラックスしたホームパーティーという感じで進んだ。
エレベーターやシャワーの装置を作ったのがルセットだったということも話したが反応はやや薄かった。
よくわからない装置を作ったと言われてもよくわからないか。
途中ベラがいったい何者なのかという話にもなった。
「ベラっていったいどこの誰様なのー?私達も教えたんだからそろそろ教えてよね」
「アタイが何だっていいさ。そんなこと関係ないだろ?」
と、はぐらかすだけだった。
クリスは俺の横に座ってチラチラ俺を伺っていたが、今まで補給はそんなハイペースじゃなかったのに、今日すでにセイラが襲ってきた時と昼にやったんだから必要ないだろうと隙をみせなかった。
フラウはいつも通りフラウだった。
そろそろ夕食が済むとベラがごちそーさまと言って船に帰ると言い出した。
「泊まっていけば?」
とルーシーは言うが流石に寝る場所がソファーくらいしかない。
「やめとくよ。明日中に作業を終わらせるつもりだから、明後日の朝にでも船に来てくんな。じゃあおやすみ」
「もう暗くなったし、送っていくよ」
俺はベラを追いかけた。
「いいよ。すぐ近くなんだし」
「すぐ近くならいいじゃないか。じゃあ船まで行ってくるから」
俺は今度はルーシー達に行き先を告げた。
エレベーターを使って一階に降りた。
ベラはホールの奥を見てそちらに歩き出した。
「ちょいと付き合ってくんな」
なんだ?帰るんじゃなかったのか?
ベラはバーの入り口で俺を待っている。俺もそこへ行った。
中は青を基調とした照明でムーディーな生演奏と相まって大人の雰囲気だった。敷居が所々にあってそれぞれのプライベートを邪魔しない配慮もされているようだ。
ベラはカウンター席に座った。俺もその横に。
「こんなとこもあるんだね。いい雰囲気じゃないか」
「そうだな。初めて入ったよ」
「マスター、ウイスキー2つ」
マスターは手慣れた動作ですぐに俺達にそれを出した。
時折通り過ぎる人達がこのホテルの客層を思い起こさせるような豪華なドレスを着たり、オシャレな服に身を包んだカップルだったり、熟年の夫妻だったり、それぞれがこの場所を楽しんでいるようだ。
されど必要以上の関わりを持たせないそれぞれの空間がそれぞれにあった。
「何か話でもあるのか?」
俺はベラに切り出した。
「悩んでるんだよ」
「何を?」
「そりゃ誰かが海を通らせないようにしてる奴らを相手しないといけないのは確かさ。アタイがその役を買って出るのも問題はない」
ベラはグラスに口をつける。
俺は言葉の続きを待った。
「でも、魔王の娘ねぇ。昨日のような化け物だって無事でやり過ごせたのは奇跡みたいなもんだ。もし、だよ?もし・・・無事で済まなかったら?うちの船員もそうだ、ベイト達もそう、あんたも、あんたの仲間も。もし、何かあったら?
アタイは自分の選択にその時自信をもってやって良かったと言い切れるのか、確信をもてない。やめておけばよかったと思うかもしれない。行きべきじゃ無かったと考えるかもしれない」
船長としての責任の重さを背負っているのか。
命を預かる者としてその重さは測り知ることはできない。
「俺達は魔王の娘を追う立場だ。ベラの協力には非常に助かっている。船を出してくれなければ未だにモンテレーで難儀していたかもしれない」
「勇者君が心の支えになってくれるかい?」
支えになると言うだけで済むのなら、いくらでも言うことはできるが、そうはならないだろう。
「ベラの行動は俺達の希望だ。戦う者たちの。きっと100年先もその行動は称えられ評価は変わらないだろう。これから何があっても」
視線を交差する俺達。
「ありがと。でももうひとつ。支えをくれないか?」
そう言ってベラは俺に近づいてキスをした。
「なにを・・・」
「アハハ。サインの更新だよ。それじゃホントに帰るよ」
二人分の代金をカウンターに置いてベラは立ち去った。
残ったウイスキーをグイと飲み干してそれを追う。
「送るって」
「お嬢さん達が待ってるだろ?」
「心配だから」
「おや、送り狼にでもなるつもりかい?今のアタイならいけそうってね」
「変なこと言うなよ」
ホテルを出てしばらく歩くと港が見える。クイーンローゼス号はまだ明かりが点いていて思ったより辺りは明るい。
「シャワーはホントにいいもんだったね。視察の甲斐はあったよ」
「ははは。本気で検討してるのか?」
「プールの排水と送水を使えば水回りは意外といけるかもねえ。あとはルセットの開発したっていう装置を手に入れれば」
現実的なプランになってきてるな。
「それじゃおやすみ」
「おやすみ」
ベラを見送りつつ、俺も港をあとにした。