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金髪のルーシー  作者: nurunuru7
12/45

12、襲撃

くりすを狙うセイラの影。絶体絶命のピンチ。

金髪のルーシー12、襲撃


俺はベラとビコックとでデッキに残り、床の補修のことで話をしていた。


「これを全部補修するには費用はともかく、時間はどのくらいのかかるんだ?」

「発注はもう終わってるよ。今日中にでも届くだろうよ。明日一杯もらえりゃ、アタイらの準備は完了さ」

「そんなに早いのか?」

「いやー優秀ですね。それでそっちの方はいかほどですか?費用の方ね」

「アハハ。気にしなくていいよ。特に勇者君は青い顔しなくたって大丈夫だから安心しな」

「いや、しかし。モンテレーからここに来てもらったのは俺だし」

「昨日まではね。化け物の追跡はアタイの仕事さ。こっからは責任は自分で持つよ」


そう言ってもらえるのは助かるが、床の傷は昨日の戦いでついたものだし、そこはまだ俺の要請の範疇ではないかと思える。


船尾楼からルーシーとフラウが出てきた。ルセットを部屋に案内したと思ったがすぐに出てきたな。

部屋の入り口まで連れていくだけなら時間はかからないか。

だがルセットは一緒じゃない。


俺の視線を察してルーシーが口を開く。


「ルセットは部屋を見たいから先にデッキに戻っててって」

「そうか。いい部屋だからな」

「クリスさんはいないんですか?」


フラウがデッキを見渡す。


「一緒じゃなかったのか」

「いいえ。来てなかったけど」


いつから居ないんだろう。行く場所といえばラウンジか部屋しかない。

昨日おんぶとか頼んでいたし、やはり体力が消耗してるのだろうか。

だとしたら部屋で休んでるのかもしれないな。


「そうだ、一応今からベラに許可をもらいたんだけど」


ルーシーはベラに話しかける。


「なんだい?」

「化け物を倒すのに油と火を使う必要があると思うの。船上では使わないけど、持ち込みの許可を事前にもらいたくって」

「危険物ってことかい。確かに船の上は困るけど、相手が相手だ。緊急事態ってことで許可するよ」

「ありがとう。やつらのアジトが見つかったら、ベイト達にも油を染み込ませた布と弓矢で戦闘をすることを提案しとくわ」

「昨日のやり方じゃ倒せないってのかい?そういや勇者君が人間に変身するなんてのも言ってたね」


ルーシーが俺に目で同意を求める。


「ビコックさん。何も言わなくて悪かったけど、実は私達も昨日の夜この町でやつらに襲われたの」

「なんですって?犯人を知ってるんですか!?」

「港の入り口の十字路と今何も搬入してない倉庫の近くにこの船にばらかれたのと同じような針とそれが突き刺さった跡があると思う。私達はなんとか撃退したけど逃げられた。追跡もかわされた。その場に居たわけではないけれど、十中八九それが昨夜からの事件に繋がってると思われるわ」

「なるほど。それで現場を見たいと。それならそうと言ってもらえれば良かったのに」

「それは悪かったと思ってる。でも、この件はできるだけ私達だけで片付けようと思っていた。町に被害が出てしまった以上、私達だけの問題ではなくなってしまったけど」

「まあ、仕方ないですよ。あなた達は旅の人なんですから。

でも待って下さい。今人間に変身とか言いませんでした?」

「そう、だから町でやつらが入り込んでいても見分けがつかない恐れがある。そして不死身の体を手に入れたやつらは、焼き殺す以外に倒す手段が今のところ思い付かない」


ベラとビコックは顔を見合わせる。

今までのモンスターとは次元が違う相手だ。

戸惑うのも無理はない。


「また後でみんなが集まったら一から順を追って説明するわ」


ルーシーはある程度の情報を皆と共有した方がいいと考えているようだ。

それには俺も賛成だ。命を預けて戦う事になるのだから。


俺はクリスの事が気になっていた。話が切れたので様子を見に行ってみるか。


「ちょっとクリスを見てくるよ」


ルーシーにそう言って船尾楼へと入っていく。


ラウンジのドアの前を通ったが、中からベイト達の声が聞こえた。

アレンとも話をしているようだ。


やはり部屋で休んでいるのか。


クリスとフラウが使っている部屋のノックする。

返事はない。眠っているのか。一応様子だけでも見ておくか。


ドアを開けた。


「クリス大丈夫なのか?」


そこには想像していた光景は無かった。


ベッドに上半身を起こしたクリスと縁に座っているルセットがいた。

ルセットがクリスの口を塞いでいる?

なにをしている?


ルセットの首が奇妙な曲がりかたでこちらを振り向く。

肩を動かさずに頭だけで後ろを向くような。


クリスの口を塞いでいた左手をこちらにむける。


「勇者!危ない!」


口を解放されたクリスが叫ぶ。


俺はすでに剣を抜いて部屋に駆け出していた。

左手から伸びた骨針を剣で払いながらクリスの元へ近づく。

払った骨針が背後でカーブして再び俺に向かってくる。

それに構わずルセットらしき人の胸に剣の腹を叩きつけ息を詰まらせようとする。

腰が折り畳まれるように背後に曲がり、剣筋が空振りする。

背後から迫る骨針が俺の首筋を狙う。

それも剣を盾にして直撃を防ぐ。が、さらに後ろに回り込むような形で俺の体に巻き付くように縛り上げる。


しまった!だがまだ足は自由だ。


剣先程の距離のルセットらしき人へ体当たりをしながら、まだ手に持った剣を盾にして突進を図る。


ルセットの体から骨針が数本突き出てくる。

骨針は俺の剣に巻き付き、強い力で固定する。


なんて力だ!進むことも引くこともできない!

ルセットの頭が本来あるべき位置と向きに直り、俺を見てニヤリと笑う。

いったいどうなっているんだ?ルセットではないのか?


固定されたのが剣だけなので、剣を手放し体だけで突っ込む。


距離がもう無かったからか、ルセットは俺の更なる抵抗を予期できず体当たりをもろに受ける。


クリスの背後のベッドに二人突っ伏した形になる。

胴体と剣に巻き付いていた骨針がスルスルとほどける。


クリスの背中を見るとルセットが右手から出した骨針を突き刺していた。

なんてことだ!ずっと刺されていたのか!

俺はベッドに落ちた剣を握り直し、その骨針を断ち切ろうとする。

骨針は難なく切断された。


ルセットがベッドから離れ入り口まで飛び上がる。


「残念。また暗殺失敗ね。案外難しいのね」


セイラの声か!だがどうなっているんだ!?


「ルセットの中にセイラが・・・」


クリスはベッドに突っ伏して教えてくれる。


ルセットの中!?ルセットの体に入り込んでクリスの目から逃れ近づいたのか!


ルセットの口から青い腕が伸びる。

おそらく体を小さくして口の中に入っていたのだろう。頭、足と続きセイラが姿をあらわした。

青い肌。魔人の姿だ。当然服は着ていない。

力を失ってその場に倒れるルセット。体は大丈夫なのか?

まさかこの船にすでに潜入しているなんて!


しかし入り口を押さえられた。逃げ場はない。


「私達を探すんですってね?フフフ。歓迎してあげるのは勇者ちゃんだけよ?」

「歓迎してもらえるならアジトの場所を教えてもらえるかな?」


俺は剣を構えセイラを見据えながらベッドから降りようとする。


「場所なら連れてってあげるから安心してね。みんなで歓迎パーティーしてあげる」


ベッドから降りようとする俺をクリスが半身を起こし抱き止めるようにして妨げる。

背中の傷が気になるが、セイラに隙を見せる訳にもいかない。


「クリス。大丈夫か?」


視線をセイラに向けたまま声をかける。


「勇者。キスして」


クリスが応える。


こんなときに?と思ったが、そうだ、クリスは体力の消耗を唾液で補うんだ。背中の傷で消耗でもしているのだろうか。


しかしセイラを前に隙を見せていいのか。

残念ながら俺一人の力でセイラと対等に戦えるかは不安だ。クリスの力も借りたいのは山々だが・・・。


クリスは答えあぐねる俺の顔を自分の方に向け唇を合わせてきた。

最初にクリスと出会ったときのような熱烈な口付けだ。


グズグズしている暇があるならということだろうか。

しかしセイラが気になるが・・・。


クリスは俺の体を抱き締め、むしろ押し倒そうとするぐらいグイグイ迫ってくる。

長い口付けだ。セイラの方に視線が向いてないのでなにをしているのか気になる。

俺はクリスの体を抱き抱えセイラを視界に入るように方向を変える。


セイラは入り口で立ったままだった。

俺達をじっと見ている。


あまりの予想外の行動に驚いてクリスを口から離した。

クリスも肩の力が抜けたように俺の腕の中で体を預けた。


「ふーん。そういう補給の仕方もあるんだ」


セイラが感心して言った。


セイラの声に体をビクッとさせてそちらを振り向くクリス。


まさかとは思うがセイラの存在を今忘れてたんじゃないよな・・・?


「セイラもやってみる?」


クリスが妙なことを言い出した。


「じゃあちょっと」


セイラも照れた顔をして乗り気になっている。


俺は今何をしているんだ?錯乱しそうになる。

セイラが一歩ずつ近づいてくる。

今俺達を攻撃していたやつだぞ?近づかれて刺し貫かれれば終わりだ。


俺は剣を手にしてセイラの行く手を阻もうとする。

だがセイラが目の前から消える。


気体に変身した!


「後ろ」


クリスが声を出す。


その声で咄嗟に後ろに振り向く。

後ろから肩を抱き抱えるように首筋に両腕を絡ませ振り向いた俺の口にセイラの口が重なる。

セイラは人間の姿に変身していた。


甘い香りがした。


俺はそれを振り払おうとした。


「ふざけるな!ルセットや町の男たちを襲ったお前とじゃれあうつもりはない!」


セイラはすぐに口から離れてまた消えてしまった。

クリスを見る。

クリスは上を見上げている。

天井?


それにつられて俺も天井を見る。

天井に蜘蛛の巣に張り付いた蜘蛛のようにセイラが屈んでいる。


「フフフ。残念だけど血の味を先に覚えた私には空腹は満たせないみたい。でも続きはまた今度しましょう?勇者ちゃん」


骨針を体から出し、天井に円を描くように突き刺すセイラ。


まずいぞ。天井に穴を開ける気だ!


「暗殺は失敗したからあなた達はもういいけど、私達を探そうとするこの船にはいたずらしておいてあげる」


円を描くように天井に突き刺さった骨針が、ベキベキと音をたてながら丸を描く。その部分を突き破りセイラが外に飛び出していく。


なにをするつもりだ!?船を破壊されればアジトの捜索など不可能だ。

なんとしても止めなければ。


「私が追う」


クリスが光に包まれて背中の傷が元通りに修復される。

やつらが使っている能力。クリスにもそれが使えるのだ。


「船にはみんなが乗っている。みんなの前で力を使うのはまずいんじゃないのか?」

「でも追わなきゃ船が壊されちゃうんでしょ?」


その通りだ。天井は高い。俺がそのまま追うことはできない。


「頼む」


苦いものを吐き出すように言葉を放った。クリスに頼まざるを得ない。


クリスはニッコリ笑うと高い天井に開いた丸い穴からジャンプして出ていった。


こうしてはいられない。俺もデッキに戻りセイラの動向を掴まなければ。

だが、ルセットの状態も気になる。部屋の入り口で倒れている彼女に駆け寄る。


「大丈夫か?」


返事はないがまだ息はある。

所々骨針で体に穴を空けられているんだ、無事なわけはない。

だが俺にはどうすることもできない。フラウを呼んでこなければ。


部屋を出ようとすると、物音に気づいたベイト達がラウンジのドアを開けこちら側の様子を伺おうとしていた。それにデッキからの連絡通路のドアを開けてルーシーとフラウが合流していた所だった。


「何の音!?」


ルーシーが叫ぶ。


「後ろの部屋からです」


ベイトが答える。


俺もそれに合流する。


「ルセットの体にセイラが潜り込んでいた!今上に飛び出し、クリスが追ってる!」


ルーシーなら何のことか理解できるだろうが、ベイト達には理解できただろうか。とにかくありのままを手短に叫んだ。


ラウンジにいたアレンが顔を強ばらせる。


「ルセットの体だって・・・?」

「おいおいセイラって誰なんだ!?」


モンシアが当然の疑問を叫ぶ。


「フラウ、彼女の容態を見てやってくれ!君の部屋で倒れている!」

「わ、わかりました」


一人にしておくのも危険かもしれないが、今はセイラの動向を知りたい。


「とにかくデッキに戻りましょう」


ルーシーが皆を先導する。


ドカドカとアレン以外の5人がデッキに走る。

アレンは俺と入れ違うようにフラウと共にクリスの部屋に向かった。

セイラによって穴だらけにされてしまった彼女の姿を見るのは酷なことだろう。






「いったい何だったんだい!?」


ベラ、ビコックはデッキで船尾楼を見上げている。

こっちには来ていないのか。ブリッジの方に行ったかもしれない。

船尾楼の上にある縄梯子を引っ張りだしプールがあった場所に登ろうとする。


海面に水飛沫が上がる。続けざまに2回。

船尾側だ!


登るのをやめ、皆で船の縁の手すりに身をのりだし海面を見る。

ここからでは何も見えない。

いったい何が起きているんだ。


「舵を狙っているのかも。もし舵が破壊されたりしたら・・・」


ルーシーがベラを見て続きを促す。


「デリケートな部分だ。つぎはぎってわけにはいかないよ。出航がだいぶ遅れちまう」


海に沈んでいる船体に人が通れる程の大穴を開けられても一大事だ。

沈没してしまう。

セイラを止めたいが水中で何分、いや何秒戦えるだろう?


2回目の水飛沫はクリスなのだろうか?

彼女も水中で戦うことなどできるのか?


迷っていても仕方がない。

俺は海に飛び込んだ。


後ろで俺の名を叫ぶみんなの声が聞こえる。

海面に3回目の飛沫があがる。


「救命艇を出すよ!」


ベラの声も聞こえた。


俺は船尾の方へ泳ぎ始める。

改めて見ると大きな船だ。船尾まで距離がある。

服を着たまま剣を携えたままでの泳ぎは波が穏やかでも泳ぎにくい。


海面に顔を出し呼吸をはさみながら舵の見える角度まで来た。


舵を背にクリスが何者かと相対している。

何者かと言ってもセイラしかいないのだが、水中でその姿が再び変化している。


下半身が魚の姿。人魚のような見た目に変身していた。

しかし、肘からは鋭い骨針が突き出ている。


人魚になったセイラは縦横無尽に海を駆け回る。

そして時折加速を付けてクリス、いや舵へと骨針を前にして突撃してくる。

それをクリスが手に持った骨針で払いのける。


「クリス。やっぱりあなたは邪魔ね。なぜ私達と一緒に来なかったの?あなただって本来はこっち側の人間だったはずなのに」


水中でも話ができるのか、セイラはクリスに問う。


「私はそんな姿を人に見られたくない」

「たったそれだけの理由で?人間の皮を被ってたってあなたも私達と同じ化け物でしょう。隠したところでそっち側の人間にはなれはしない」


そんなことはない!クリスの心は人間のままだ!

水中でなければそう言いたかった。


「勇者が守ってくれる。助けてくれる。それだけでいい」

「ふん。守ってくれればね!」


8の字を書くように水中を漂いながら舵に執拗に攻撃を繰り返すセイラ。

それを寸でのところで守りきるクリス。


俺は一旦海面に顔を出す。

まだ救命艇は来ていないようだ。

息を吸い込み再び潜る。クリスの近くに行って加勢しないと。


クリスの元までやって来たが、上下左右打点をずらし高速で突進するセイラの攻撃に俺の泳ぎでは付いていけない。


クリスは息継ぎもしないでセイラの動きを目で捕らえ、水中を華麗に動き回っている。


セイラはしびれを切らしたのか、やはり8本の骨針を背中から蜘蛛の足のように広げる。


部屋の天井のようにあれで舵を破壊するつもりだ。

一度後ろに骨針をたわませてから、勢いを付け一点を狙ってきた。


クリスにあの骨針8本を正面から受け止められるだろうか。

俺はセイラがそれを出した瞬間、その軌道上に泳ぎ出していた。


「勇者!」


クリスが俺の名を叫ぶ。


「勇者ちゃん!」


攻撃してきた本人のセイラまでが俺の名を叫ぶ。


だが安心しろ。俺達のパーティーには優秀な施術士がいる。

部屋の前の廊下をすれ違うとき、フラウが俺の背中に触れたのを今度は見逃さなかった。


骨針が俺の体に正面から追突する。

しかし衝撃は吸収され軌道が脇にそれる。

それを両腕で脇を絞めるようにガッチリと掴む。


今朝クリスが言っていたじゃないか。骨針を拘束されれば変身ができなくなると。

こうして俺が骨針を掴んでいる間は変身による再生や物質を変化させて針を飛ばすこともできないはずだ。


俺はクリスを振り向き顔だけで合図を送った。


今だ!


クリスがそれに気づき、セイラの元へ泳ぎ出す。


セイラは人魚の姿のまま一瞬は逃げようとする。しかし捕まれた骨針によって今までのような自在な水泳はできない。


クリスがセイラに迫り、骨針の剣を振り下ろす。

セイラはそれでも逃げようと狭い範囲の中で身を翻そうとした。

剣はセイラの腕をかすった。辺りに血がにじむ。


まずい。この作戦の欠点は俺の呼吸がいつまでも持つかということだ。

口からゴボゴボと息が漏れる。

だが拘束を今緩めるつもりはない。


「どうして?痛いのに変身で元に戻せない」


セイラは困惑しているのか。

動き回っていた足を止めその場で立ち尽くすように浮かんでいる。


「セイラのこと嫌いじゃなかった。けどサヨナラ」


クリスが大きく振りかぶり剣を振り下ろす。


その瞬間にセイラはクルリと反転して背中で剣の軌道に突進した。

俺の掴んでいた骨針に衝撃。その後力を失ったかのようにゆらゆらと水中に漂う。


しまった!クリスが斬ったのは背中の骨針だ!

骨針の拘束を解かれ自由になったセイラは水面に上昇しながら体を光らせる。と同時に漂っていた8本の骨針も消えてなくなる。


絶望して立ち尽くすふりをしてクリスの止めの一撃を誘ったんだ!

骨針を切断してもらうために!


「勇者ちゃん慰めて?暗殺も失敗。船の破壊も失敗。お姉さん落ち込んじゃうわ」


セイラは昨日のハーピーの姿に変えながら戦線を離脱している。

かける言葉はない!というか喋れない!


「私達を探すというなら探してご覧なさい。楽しみにしてるわ」


とても届きそうにない場所まで離れていく。

一応無事に終わったということか。


「ああ!」


クリスはショックを受けているようだ。

だが仕方がない。相手が一枚上手だった。


限界の俺も海面に上昇する。

すでに空中高くに飛行するセイラ。


それを見上げる救命艇に乗ったベイト、モンシア、アデルの3人。


「昨日のやつですか」

「アデル狙え!」

「言われなくてもやってる」


弓でセイラを狙うアデル。

しかしフラフラと漂うように飛ぶセイラには当たらない。

たとえ当たっても変身で再生するセイラには効果が無いかもしれない。


何本かの矢を放ち、もう射程外へと飛び立ってしまったセイラを見送ると。ベイトは俺に手を差し伸べて救命艇へ引き上げてくれる。


「遅れました。守りきってくれたんですね」

「ありがとう。なんとか撃退できたみたいだ」


上がってくるクリスにモンシアが手を出す。


「お嬢ちゃん。頑張ったな」


一瞬ためらったが、手を取り引き上げられる。


「ありがとう」


見上げるとブリッジ辺りからルーシーとベラが顔を出していた。

ルーシーが小さくグーをしながら笑顔を見せた。






それから船に上がった俺達はずぶ濡れになった服を脱ぎ、船にあったガウンを着せてもらっていた。


今ラウンジに俺達4人、ベラ、ベイト達3人、ビコックとアレンが集まっている。

そこでまずフラウが立ち上がりルセットの容態を報告する。


「ルセットさんは全身の傷を応急措置で塞ぎ命に別状はない程度に回復しました。いまは意識を取り戻し話もできますが、心のケアが必要と感じこの町の施設に預け回復に専念してもらう方がいいかと思います。いつどこで襲われたか、興味があると思いますが、しばらくその事は思い出させないよう取り調べは時間を置いていただきたいです」


化け物に襲われ体内に傷を付けられた。

恐るべき体験だ。

フラウの言葉に同意だ。


一同もそれは同じだったようで黙って頷いている。


「君のおかげで大事な仲間を失わずに済んだ。礼を言うぜ。いくら命を失う覚悟があっても海に出る前に死ぬのはあんまりだ」


アレンがフラウに感謝を述べる。


ビコックが頭を掻きながら言う。


「人員の補充は難しいと思います。アレン君には負担が増えてしまうかもしれませんね。いや、まさか我々がすでに目が付けられているとは思いもよりませんでした」

「それを言うなら狙われたのは私達でしょうね。ルセットには申し訳ないわ」


ルーシーが心痛そうに言う。


「いったい何が起きたのか俺達にはさっぱりだ。いったいルセットはどうなっちまったんだ?」


モンシアが唸る。


「何が起こっているのか。順を追って全て話していくから聞いてちょうだい」


ルーシーが立ち上がりラウンジをウロウロ歩きながら話し始めた。


「まず、私、クリス、今敵として現れたセイラ、昨日の船を襲った化け物達。これらは2ヶ月前まで魔王に捕らわれ魔王の城でメイドとして働かされていた、いわば同僚なの」


皆固唾を飲む。

いきなりキツイ話だ。


「知っての通り、その頃魔王は勇者に倒された。モンスターはいなくなり私達も解放され皆それぞれ故郷に戻った、はずだった」


ピタリと止まり皆を見回す。


「ここで一旦私達に話を逸らすけど、私は兼ねてから魔王にその眷族の話を聞いていた。魔王には7人の娘がいると」


さすがにざわつくラウンジ内。


「私は勇者を探しだし、アルビオン国王にその話をお伝えし、そして捜索の任務を私達に命じてくださるよう提案した。国王はこれに応じ、特別捜査室という部署が新設され、今こうして活動することとなったの」

「へー。そういう事情だったのかい」


ベラが俺を見てコクコクとうなずく。


「話を戻すと、故郷に戻ったはずのメイド仲間達がちょうどその頃から体に変化が起き始めた。どこをとっても人間だった彼女達が化け物のような姿に変化していた。私達はこれを魔人と呼ぶことにしてるけど、魔人となった彼女達は誰かに呼ばれるようにこの海域に集まってきた。昨日セイラと接触したとき、それとなく聞いてみたけど、やはり黒幕は魔王の娘の一人である可能性が高い事がわかった。つまり、私達が追っている敵の本丸は魔王の娘。というわけよ」

「魔王の娘だって?そんなの聞いたことないぜ!そんなのと相手できるのかよ!?」


モンシアが声を荒げる。


「なんでこんな所に勇者殿がと思いましたが、話が大きすぎて理解が付いていけませんね」


ビコックは頭を抱えている。


「で?倒せるのかい?その魔王の娘ってのは」


ベラは割合落ち着いている。


「わからない。彼女が魔王同様何らかの力を持っているのは間違いなさそう。魔人化の原因にしろ、遠くの人間に呼び掛ける力にしろ」

「そいつの目的はなんなんだ?」


アレンが質問する。


「それもわからない。ただ、セイラ達の言動、行動から推測するに、この海域に人間を踏み込ませたくないのかもしれない。モンスターがのさばっていた頃同様、自分が独占したいと」

「とんでもない理由だね。交渉の余地なしだ」


ベラはあくまでファイトを失ってないように見える。


「こうなってしまった以上、まさに乗り掛かった船という所でしょうね。向こうが危害を加えるつもりなら誰かが対処しなきゃならい案件だ」


ベイトもやる気は失っていない。


「元同僚が化け物、いや魔人になっているってのに気丈に頑張っているお嬢さん方がいるんだ。見て見ぬふりはできないよな。な?モンシア」


あまり口を開かないが言うときは言うアデルがモンシアを焚き付ける。


「お、おう!それが言いたかったんだ!」


一同が笑う。さきの言葉とニュアンスがだいぶ違うようだが。


「もともとこの海域で起こったこと。どちらにしろ俺達がやらなきゃならなかったことだ。こちらが頼むのが筋ってもんだぜ。ねえ主任」


アレンもビコックを先導する。


「そうですねぇ。まさかここの海域がアーガマのようになるなんてのはごめん被りたいですからね。しかし事が大きい。本国の騎士団やアルビオンにも応援を要請した方がいいんじゃないですか?やるにしてもね」


アーガマ。ルーシーの故郷とも言っていたが、大陸の北端、同時にアーガマの北端でもある北の果てに俺達が戦った魔王の城がある。

魔王歴中そこは何人たりとも通ることができない不可侵地帯となっていた。

今ビコックが言ったのはその事だ。


「最終的にそうなる可能性もあるけど、現時点ではまだ材料が足りないわ。いるらしい、というだけでは」


ルーシーの言葉にやっぱり頭を掻くビコック。


「そうですよねー。大人数の人間を巻き込むことになるわけですから、先見隊が情報を確定させないとねー。それがこの船ってことになるんですよねー」


間を置いて。


「ところでこの話は船員達にも話していいのかい?何も知らせず同行させるのは酷だけど、あいつら酒のつまみになんでも喋っちまうから、守秘義務なんて無いようのものだよ」


ベラが問う。


「考えてたことが2つあって、まずこの魔王の娘が存在するという情報を世間一般に広めてしまうと人々の混乱もそうだけど、今まで存在をひた隠しにしていた娘達を刺激してしまう事になるんじゃないかという恐れもあった。

それに私達特別捜査室が結成されてまだ10日程。活動報告なんて一回やっただけでアルビオン側も今後の動向なんて決まってないと思うの。秘密裏に処理できるのか。国家間で包囲網を作り捜索に当たるのか。まだ私達の活動の結果次第という部分もあった。

けどこうして人間に危害を与える行動に出たというなら話が変わるわ。みんなにその存在について警戒心を持ってもらう必要がでてきた。別に極秘任務という訳でもないのに今までこの話をしなかったことで私達に秘密があるように感じるのもまずかった。だからこの情報はむしろ一般に広めていった方がいいのかもしれない。今はそう思ってる」

「私も追加の応援を自警団で協議してみますよ。この話を持っていってね」

「ありがとう。助かるわ」


ビコックの応援に礼をいうルーシー。


「さて、前置きはここまでで、本題に入りましょうか」


みんなを見回すルーシー。


「ん?私の話長い?」

「いや、そんなこと気にしなくていいから・・・」


俺は苦笑いした。


「本題はやつらの倒し方、やつらの能力についてよ。魔王の娘についてはさっきも言った通り詳細不明。ただ、当面の敵になる魔人について情報を共有しておくわ」

「ルセットに何が起こったか、まだよく分かってないんですよね」


ビコックも興味を示している。


「やつらには自身を変身させる能力、他者や物質を変化させる能力がある。応用がききすぎて多種多様な使い方をしてくる可能性が非常に厄介。その中で共通の能力としてまず上げられるのが、自身の骨の一部を変化させ刃物のように使うこと」


ルーシーの説明に今まで黙っていたクリスが立ち上がる。


「こんなふうに」


みんなの前でガウンの袖をまくり、肘から骨針を出して見せた。


「クリス!?」


突然の行動に戸惑う俺達。いや、知らなかったラウンジにいた全員も目を丸くする。


「一緒に戦う以上見せないのは無理だよ。私も化け物と同じ体。以上」


顔をそむけながら着席するクリス。


顔を見合わせる一同。


「ヤバいじゃねーか。あんなもの見せられてもガウン姿の色っぽさしか目に入らないぜ」


モンシアが冗談をいい放つ。

再び笑う一同。


「いや、失礼。今のはこいつなりの励ましであって悪気はないんだ。許してやってくれ」


ベイトがクリスに向かって話す。

クリスも驚いた顔をしてうなずく。


「いいけど。怖くないの?」

「ハハハ。この船を守った人を怖がりませんよ。それと、昨日俺達を船内に押し込めた理由がこれなんですね?」

「それもあったかもしれない。すまなかった」


ベイトが俺に矢先を変える。俺もそれに答える。


「話を続けるわ。やつらの変身能力には鳥になったり人間になったり、私達の目には見えない空気に変身したり、傷ついた体から傷のない体に変身することで無敵の体を手にいれたりしたわ。これはあいつら自身昨日気がついたことで、昨日の朝方に会ったあいつらとは劇的に戦いにくい存在になってしまった」

「なんだそれは」


アレンは笑顔から一転して呆然とする。皆もそうだ。


「応用が効きすぎなのよね。何も考えてなかったときは良かったけどセイラが力を使いこなしてきた。

それで私達には見わけがつかないけれど、今見せたように同じ力を持っているクリスにはそれを見分ける事ができる。たとえ空気のような気体でも。

その目を掻い潜るために起きたのが、たった今起きたルセットの体にすっぽり入って外からでは見えないようにクリスに近づくセイラの作戦だった。ってわけね?」


ルーシーは俺に確認した。俺はうなずく。


「ルセットにはかわいそうなことになりましたね。そういう訳だったんですね」


ビコックがやっと納得いったようだ。


「本当に申し訳ないわ。セイラの作戦に思いもよらなかった」

「それで、火と油を使って焼き殺すってのが倒す手段なのかい?」


ベラが話を進めようとする。


「変身で体を再生されても燃え付いた火まで消えるわけではないと思うの。正直抵抗はあるけど、魔王の娘の手足になって悪行を繰り返すより、終わらせてあげた方が彼女達のためだと割り切るしかない」

「装備の新調が必要だな」


ベイトが洩らす。


「まあ、今後の装備の見直しもあるし、今日のところはこれで私の話は終わり。ベラからは何かある?」

「そうだね。人類の命運を分かつ戦いになるとは思わなかったけど、よろしく頼むよ。あんたたち」


それぞれ返事を返す。


そう言って皆立ち上がりそれぞれの目的に合わせて次の行動を開始する。


フラウ、ビコック、アレンは本来あてがわれたルセットの部屋に行き、寝かせてあるルセットの様子と今後の処置を。


ベラとルーシーはクリスが使っている部屋に空いた大穴の様子を見に行った。


ベイト達3人は船を降り、早速装備の買い出しに向かったようだ。




俺とクリスは乾かしている服を見るために、俺が使っている部屋に。


さすがにまだ乾いてないか。


部屋にかけてある服を見ながら思案する。


「勇者、ごめんなさい」


突然クリスが謝罪する。


「どうした?」

「せっかく勇者が作ってくれたチャンスだったのに、セイラを逃がしちゃって」


クリスはうつむき目元を手で押さえている。


「気にすることはないよ。クリスが居なかったらこの船はかなりのダメージを負っていた。船を守れたのは君のおかげだ」

「でも」


少し考えてから。続きを話す。


「それに、クリスにセイラのとどめを刺させなくて良かったと思ってる」

「どうして?」


顔を上げるクリス。目には涙が溢れている。


「だって、嫌いじゃないんだろ?セイラが」


「勇者」


クリスの目に大粒の涙が溢れる。


考えてみればそうだ。まだ俺とクリスは会って5日しか経っていない。

魔王の城でセイラとは3年も共に過ごしていたんだ。

絶望の闇の中で身を寄せ合い苦楽を共にした仲間を、簡単に割り切れるはずはない。


俺はルセットへの仕打ちを見て怒りで拒絶してしまったが、セイラだって魔王の娘による被害者なのだ。


もう一つ疑問があったのでクリスに聞いてみた。

さすがに鈍い俺でも答えはなんとなく察するが。


「なぜセイラにも俺と口付けをするよう勧めたんだ?」


グスグスいいながらクリスが答える。


「血なんて飲まなくていいなら、セイラも人間を襲わなくていいと思って」


俺はクリスの肩に手をやって元気づけた。







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