10、追跡
合流するルーシーとクリス達。逃げたセイラを探そうとする。
金髪のルーシー10、追跡
繁華街でクリス達の姿を探す。
人通りが多いこの場所で人を探すのは困難だ。
いや、もし追っ手に狙われているとしたら人混みなんかでは襲って来ないかもしれない。
だとしたらどこを探せばいいか見当がつかない。
無事を祈るが、八方塞がりだ。
「1度待ち合わせ場所に戻ってみましょうか」
ルーシーが提案する。
当てがない以上そうするしかないか。
繁華街の入り口付近にデカイホテルがあった。
恐ろしく高そうだ。
ゾッとしながら通り過ぎようとすると大きな入り口の中からフラウとクリスが出てきた。
思わぬ所からの登場に驚いたが、良かった。無事だったのか!
「勇者。ちょうどいいところに見つかった」
クリスも安堵の顔をしている。やはり何かあったのか?
「クリス、無事だった?セイラが襲ってきた」
「やっぱりそっちも?私達の所にはニナが来た。でも倒した」
「倒せたの?あいつら変身能力で再生してなかった?」
「してた。セイラの受け売りだって。と言うことはそっちはまだ生きてるの?」
「残念ながら逃がしたわ。それで空気に変身して町をうろついてるかもしれない」
「空気に?それはヤバい。ニナが頭よかったら私達死んでたかも」
「戦いの後で消耗してるだろうけど、クリスにしかできないことなの、頼める?」
「いいよ」
俺にはさっぱりわからないがいったい何を頼むんだろうか。
「いったい何を頼むんだ?」
「クリスは他の魔人の変身させたものは変身させる事ができない。逆に言うと変身させれないものがあれば、それは他の魔人が変身させたものってわけよ」
俺の質問にルーシーが答える。
「どんな形に変わってても伏せられた数字の羅列のような鍵が見える。町中でバレバレの追跡にもすぐに気づいた」
「なるほど!例え空気に変化しても変身である以上クリスには見えるというわけか!」
これは能力の意外な弱点というか、逆手にとった判別方法だ。
「でも見えたとしても空気なんて攻撃できないよ?」
「それは向こうも同じだわ。空気になっている間は誰にも触れることはできないはず」
「ところで勇者。このホテル気に入った?」
ルーシーと話していたクリスがいきなり訳のわからないことを聞いてきた。
「なんのことだ?・・・まさか」
フラウが申し訳なさそうにしてる。
「一泊7万ゴールドです」
「はあ?あんた達こことったの?」
流石のルーシーも呆れている。
「でも一部屋ですよ。キングサイズのベッドの」
「いいよいいよ。無事だっただけで俺は嬉しいよ。そんなに高い部屋なら床もさぞふさふさだろうさ」
クリスが爆笑してる。
心配していただけに笑っている姿を見てどれだけ安心したか。
「ところで何しにここに戻ってきたの?」
「え?口をゆすぎに・・・」
「あ、ああ」
ルーシーとフラウが話している。クリスが相当の力を使ったということか。本当に大丈夫なのだろうか。
「じゃあ早速で悪いけど探すわよ」
「いいよ」
「大丈夫か?おんぶしていこうか?」
「いいよ。恥ずかしい」
「勇者様足怪我してるじゃないですか!ヒールします」
「すまない。だが、見えると言ってもどこを探すんだ?町は広いし闇雲では時間がかかってしまう」
「ちょっと急ぐから走りながら話すわ」
ルーシーはセイラと戦った港の倉庫へと走る。
それに俺達も付いていく。
「推測でしかないんだけど、セイラは空気になったといっても、空気そのものになったわけじゃないと思うの。それだと風や空気の流れで体が散り散りになってしまうからね。ガスのような気体の塊みたいなやつ。それでも気体であることに変わりないから、空気中に残り香が残ってると思う。例えるなら茨の森を裸で通り抜けて行ったみたいなもの。茨に血や皮膚、肉塊が引っ掛かっているんじゃないかってね」
「その残り香を探せってことね」
「でも時間はない。変身能力で姿を変えると傷付いていた部分も本体へ戻っていった。セイラが空気から姿を戻したら残り香も全て本体に戻ってしまう」
クリス達を探すのに時間をかけてしまった。まだ残っているだろうか?
先程の倉庫へ来た。セイラが放った針と傷跡は地面に残っている。
「針は残っているんだな」
「そうね。体の一部ではなく、空気を針に変化させているのかもね」
セイラは天井辺りで消えていったが、それからどう動いたのか。
クリスが屋根の上までひとっ飛びで飛び上がる。
大した跳躍力だ。
屋根の上で中腰になって辺りを見ていたが、ふとスカートの裾を押さえて俺を見下ろす。
ここにきてそんなこと気にしなくても。
「あった。かすかに残ってる」
クリスが屋根の上で声をあげる。
「やったわ。まだ気体から戻ってないのね。つまりまだ犠牲は出ていない。それを追跡できる?」
「やってみる」
クリスはまた大きくジャンプし倉庫をいくつか飛び越えていった。
「急いでは欲しいけどあんまり先行し過ぎないでよ!ニナが失敗して、今一番あいつらの邪魔な存在はクリスだろうからね」
一番奥の倉庫の屋根の上に立って外を眺めるクリス。
俺達もそれに追い付く。
「向こうに行ったみたい」
繁華街とは別の方向。ほの暗い住宅街を指差すクリス。
寝静まった民家に忍び込み、その生き血をすすり取ろうというのか。
セイラがいつ牙を剥いてもおかしくない。先を急ごう。
1度港を出て民家が建ち並ぶ居住エリアへと向かう。
繁華街よりもさらに道が入り組んでいて、クリスの先導がなければ今どこにいてどこへ向かっているのかも分からなくなりそうだ。
クリスはやはり住宅の屋根の上を飛び回っている。
セイラの残り香が同じように屋根の上に残されているらしい。
どう繋がっているか分からない道を、飛び回るクリスを見失わないように必死で追っていく俺達。
時折俺達とはぐれないように立ち止まって下を眺めるクリス。
やはりスカートの裾を気にして俺を見る。
それはもう分かったから・・・。
「あっち!」
「ここの方が近いな」
「こっちは行き止まりみたいです!」
「かなり広い町だね。まだ先に行ってるみたい」
しばらくそうやってセイラの追跡を続けていたが、ふいにクリスが立ち止まり声をあげる。
「まずい。残り香が消えた」
「なんですって!」
どのくらい走ったのだろう。見知らぬ町の道中故に時間を長く感じたが、実際は20、30分くらいのものだったかもしれない。
残り香が消えたということは、セイラが変身を解いて姿を現したということか。
つまり、今まさにこの町のどこかでセイラによって誰かが襲われているということだ。
「しまった!遅かったか!」
「ごめん。残り香はまだ先に続いてたみたい。この近くに居るわけじゃなさそう」
クリスが屋根の上から俺達の元へ降りてくる。
「しょうがないわ。今回は向こうの勝ちね」
「まだ、どこか探せないだろうか?」
俺は諦めきれずルーシーに意見を求めた。
考えるルーシー。
「残念だけど多分無理ね。勇者様もさき言ったけど、闇雲に探しても間に合うとは思えない。それに外をいくら探しても、セイラは屋内で人を襲ってる可能性の方が高いから、きっと見つけられないと思う」
一言一句ルーシーの言う通りだ。
俺は拳を握り、行き場のない無念さを押さえようとした。
「今日はもう休みましょう。まだセイラが私達を狙ってくるかもしれない。体力を回復させないとこっちももたないわ」
それもルーシーの言う通りだ。
どこかで誰かが襲われている瞬間なのにと思うといても立ってもいられないが、セイラに逃げ切られた俺達の負けだ。
トボトボとどこに帰っていいか分からぬ道を引き返しているとクリスが後ろからつついてきた。
「みえた?」
なんのことかとポカンとしていると、もう一度聞いてきた。
「スカートの中見えた?」
こんなときになんだその事かと苦笑いをする。
「別に見ようとはしてないよ」
「でも見たんでしょ」
はっきり言うと。見えた。
黒い布地で白いフリル付きのかわいらしいものが。
メイド服と似合っててオシャレな感じなんではなかろうか。
よくわからないが。
「どうだった?」
どうとは?変な質問に戸惑うばかりだが、ここまでセイラを追えたのもクリスの力あってのものだ。あえて機嫌をそこねることを言うのも良くはないだろう。
「可愛かったよ」
俺がそう言うとクリスは顔を赤くして。
「そう言われると、ちょっと照れる」
そこで照れられるとこっちも照れる。
「勇者もう足大丈夫?」
「ん?ああ、走りながらフラウにヒールしてもらってたから、傷口は塞がったみたいだ。フラウは器用だな」
「じゃあ、おんぶしてくれる?さっきするって言ってた」
「いいけど、飛び回って体力を使ったのか?」
「そ、そうだね。あー疲れた」
最後なんか演技臭い感じがしたが。すると前に言ったし、おとなしく功労者を労おう。
俺は腰を落として背中をクリスに向けた。
クリスが乗りかかってくる。
何も考えずにおんぶと言ったが、わりと密着する体勢に今更ながら意識してしまう。
考えない考えない。これは疲労したクリスを運んでるだけだ。
前の方でルーシーとフラウが俺達を振り向いて待っている。
迷子になると危ないから急ごう。
不思議そうに俺達を見るルーシーとフラウ。
そうしてやはり迷いながら繁華街にある馬鹿高いホテルの一室へと俺達は帰っていった。
ホテルは恐ろしく豪華な部屋だった。
一部屋でも広いのにそれが4部屋もあるというのだ。
海を見渡せるバルコニーとよくわからない調度品が置いてある居間。
寝室だけでも何のためにそんなに広い空間があるのかというくらい広い。
キングサイズのベッドは船のものよりふかふかの寝具が敷かれている。
運動するためのアスレチックルームに水浴びができるシャワー室。
なんと、水を汲みに行かなくても部屋で弁をひねるだけで水がホースから出てくるというから驚いた。
どういう仕組みになっているのだろう。
沸き立つ女性陣をよそに、俺はそのシャワー室というものを使わせてもらうことにした。
どういうものなのか試したくて胸の中の衝動が押さえきれなかったからだ。
服を脱いで大理石でできた個室に入る。
弁を回すと壁に掛かっているホースのその先に付いてるじょうろのような蛇口から水が放射される。
これなら汗が一気に洗い流せる。
いつものように水を含ませたタオルで体を拭うよりは気持ちいいな。
シャワー室にはプールのような大きな浴槽もある。水に浸かってプカプカしたら疲れも吹っ飛ぶだろう。
浴槽に水を張って試そうとすると、後ろでガチャリとドアが開く音がした。
振り向いて見るとルーシー達女性陣がシャワー室に入ってきた。
「勇者様シャワーの使い心地はどう?」
うおーい!ちょっと待て!俺は裸!俺だけ裸!
「おおー、これは凄いですね!」
「ホント凄いね。思ったより凄い」
思わず浴槽に飛び込んだ。
誰も得をしないこんなサービスシーンいるか!?
「ここは一人で使うものだぞ!見学なら使うときにしてくれー!」
女性陣は笑っている。笑っている場合か。
「仕方ないなー。じゃあ後で使いましょ」
ルーシーがそう言うとみんな出ていった。
ドアがパタンと閉まりきる音がしなかった。
「覗くのもダメ!」
「ちえー」
「気づいたか」
「勘が良いですね」
なにやってんだか。
俺がシャワーから出ると待ってましたとばかりに女性陣がシャワー室に入っていった。3人で入るのか・・・?
すれ違いにルーシーが
「覗いてもいいよ」
とウインクして行ったが、そんなことをするつもりはない。
俺はアスレチックルームで剣を振ってみた。
広いし天井もバカ高いし十分室内でもやれそうだ。汗を流したばかりなのでほどほどにするが。
今こうしている間にも誰かが襲われている。
そう思うと頭の中が痺れるようだ。
まさか、俺がその事を気にしているのが分かっていて、ルーシー達があえてふざけてみせたのか?
シャワー室でキャアキャア言っている声が聞こえていて、それは思い過ごしだとわかる。
さてと一足先に寝るとするか。明日は装備を見に行くという話だったが事情が変わった。自警団に向かい今夜どこかで起こったであろう事件の情報を聞かなければ。クイーンローゼス号の今後も考えないといけないか。
待てよ。クイーンローゼス号・・・。
俺達に刺客が放たれたがベラの方は大丈夫だろうか?
刺客が二人だけとは限らないのではいだろうか?
そう思うと寝てはいられなくなった。
それにここは港に近いホテルだし、行こうと思えばすぐそこだ。
黙って出ていくのも心配させるといけない、シャワー室の脱衣場に入り浴室のドアの外から声だけかけて出ていこう。
「俺はクイーンローゼス号が気になるからちょっと見に・・・」
ドアの前で声を出すとガチャリとドアが開いた。
「え?」
なんてタイミングで出てくるんだ。
そこには裸のルーシーが立っていた。
濡れた髪がしっとりとしていて、いつもの雰囲気と違い大人びたように見える。まるで妖精か女神が水浴びをしている所にでも出くわした気分だ。
一瞬見とれてしまったが思わず顔を背ける。
「あ、いや、俺は」
「やだ。ホントに覗きに来たの?勇者様」
違う!断じて違う!と言うかちょっと声をかけただろう!
俺と違って大して隠そうともせずに立っているルーシー。
「みんなー。勇者様が覗きに来たわよー」
やめろ!人聞きの悪いことを!
「きゃあーっ!勇者様の変態!覗き見はいけない事です!」
違うんだフラウ!君もさっき覗こうとしてなかったか!
「勇者。見たいの?」
ドアの近くに寄ってきたクリスの声がする。誤解だ!
「クイーンローゼス号が気になるからちょっと見に行くよ。って言おうとしただけで・・・」
おそらく真面目な顔をしたルーシーが裸のまま言う。
「多分大丈夫だとは思うけど、確証はないわね。私も一緒に行くから待ってて」
「いや、見に行くだけだから一人で大丈夫だ。何か有りそうなら戻ってくるよ。濡れてるだろうから休んでてくれ」
「そう?」
「じゃあ行って来る。それと、ルーシー」
「なに?」
「綺麗だ」
俺はさっき思ったことをそのまま伝えた。
そして顔を背けたままそこを出ていった。
後ろで大きな音がしたような気がしたが戻るのも何なのでとにかく船に急いだ。
今日だけでここを何回通ったろうという港の入り口に入り、クイーンローゼス号の停泊している場所に急ぐ。
船にはまだランタンが灯り人影がうろついていた。
見た感じ無事そうだ。俺の早とちりなら良かったが。
タラップを上がるとビルギットがデッキで床を見ていた。
手には山のような針がバケツに積まれている。
「やあ、何か変わったことはなかったか?」
俺が声をかける。
「これ以上変わったことがありゃお手上げだよ」
手に持ったバケツにたんまり入った針を上に持ち上げる。落としそうになって慌ててつかみなおす。
危ない危ない。
「帆を張り直すときだいたい拾ったんだが、所々まだ落ちてやがる」
「迷惑かけてすまない」
「なーに、あんたのせいじゃないさ。アネさんなら船長室にいると思うぜ」
「そうか。話してくるよ」
どうやら無事のようだ。
船尾楼、船長室のドアをノックする。
「開いてるよ」
ベラの声が聞こえた。
「失礼するよ。ちょっと話が」
俺は中に入った。ドアを閉める。
ベラはデスクの前の椅子に座っていた。何かを書いていたらしい。
「まったく。ここの自警団の連中にいろいろ聞かれたよ」
「そうだってな。俺達も自警団に行って噂の詳細を聞いてきたんだが、ちょうど出ていった後だったらしい」
「そうかい。じゃあすでに3隻やられてるって話も、10日経っても何も進展なしってのも聞いたわけだ」
「ああ。今後協議してこの船を出航禁止にするか協力するか決めるって話も」
「なにをのんびりやってるんだか。慎重と言うのかねえ」
「船を出して調査するにしても4隻目の被害者になってただろうから、慎重の方だったと思うけどな」
「まあ、そういえばそうか」
「それで話があるんだ。船がこの町の防波堤に座礁していたという話も聞いたと思うが、俺もそのとき、やつらがあえて船を操作してここに船を突っ込ませたというなら、やつらはだいぶ近い場所まで来ていたとは思ったんだ。だがそんなものではない。やつらは既にこの町に上陸している」
「なんだって?」
「やつらは見た目を変化させ人間の姿になって町に入り込んでいる。見分けるのは不可能だ。だから、今後は知らない人間なんかはじゅうぶん気を付けて欲しい」
見分けるのは不可能、という部分は嘘だ。しかしクリスの力を教えるわけにはいかない。申し訳ないが黙っておこう。
「本当かい?」
ベラの言葉の本当かという問いをどこの部分かと迷ってドキッとする。
「勇者君、今朝方敵はあと10分で来ると言ったね?そいつはどうやって知ったんだい?」
ますますドキッとする。鋭い。
いや、緊急事態だったので考えが及ばなかったが、確かに俺が知るよしもない事柄だ。
嘘の説明で言い逃れできない。
「まあいいさ。お互い企業秘密ってもんはあるだろうからね。あんたが味方であることは信じてるよ」
ベラが信用してくれて助かった。
お互いか。ベラが何者なのかは確かに話してもらってないが、こちらも同様に信用している。
「とにかく、知らない人間は気を付けてくれ」
「まあ、あいつらはまだアタイらが追跡しようとしてることは知らないだろうからね。今のところ眼中に無いってことかね」
そうか。ルーシーが大丈夫だと言っていたのはそういうことか。
とんだ勇み足だったな。
「夜分にすまなかった。俺の話はそれだけなんだ」
「構わないよ。今は一人なんだね。女達に追い出されでもしたのかい?」
「アハハ。今は大丈夫。すぐ近くの凄いホテルに泊まってるんだ」
「あー。こっからも見えるよ。私もお邪魔させてもらいたいね」
「ビックリすると思うぞ。それじゃあおやすみ」
「ああ、良い夜を。とびっきりスイートなやつを、ね」
「今度ベラも味わってみるといいよ」
「そ、そうかい」
ベラはうつむいて書き物を始めてしまった。ちょっと自慢気になってしまったか。
邪魔をしても悪いので俺はそこを出た。
一応敵の事も教えておけたし、無事も確認できたし、後は明日に備えて休むとするか。