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金髪のルーシー  作者: nurunuru7
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1、長い金髪のルーシー

何年か前にぼーっと考えていた話をまだ覚えていたので書いてみました。

最初は魔王と勇者のよくある話だったのですが途中からぜんぜん違う話に。


3話まで読むと目的が出てきますので辛抱してください。


金髪のルーシー01、長い金髪のルーシー


俺達は今、4年の歳月をかけて辿り着いた最後の目標。魔王の目前にいる。


モンスターの蔓延る森を抜け、城門を越え、薄暗い内部を不気味な静寂の待つ最深部まで入っていくと、ポツンと置かれた玉座の奥の暗がりから突然雷光が走った。

不意を突かれた俺達はその雷光を避けきることができなかった。


不覚だ。

ここは敵の本拠地。しかも魔王の城だ。

細心の注意を払って、尚、警戒を怠るべきではなかった。

不意打ちとは卑怯だ、と言った所でどうなるものでもない。


暗がりから出てくる巨体の男。

初めて目にするが、間違いない。魔王だ。

青い肌の色、白い短髪。一見して人間でないとわかる。

不敵に笑いながらも魔王の手からは雷光は放たれ続けている。

その雷光は一瞬で全身の自由を奪い、反撃を試みるどころかその場を動くこともできない。


「よくぞここまで来た。人間。しかし身の程を思い知るだけだったな」


魔王の言葉には何の感慨もない。


「この場所に人間が踏み入ったのは始めてのことだ。その勇気だけは褒めてやろう。だが、その勇気だけでこの俺に勝つつもりだったのかな?愚かなことだ」


魔王の冷徹な視線に睨み返し、剣を握る手と両足に力を込めようとするが、無慈悲にも更なる雷撃が全身を襲う。

膝から力が抜けていくのを感じ、その場に立つことすら困難になっている。


そういえば後ろにいた二人の仲間は無事だろうか?

ぶっきらぼうだが俺達を先頭で引っ張って行ってくれたアーサーは?

ヒーラーとしていつも影から支えてくれたアンナは?

さきまでは悲鳴とも叫びともつかない声を放っていたが、それももう聞こえない。


俺達の戦いはここで終わるのか・・・?

魔王の城までやって来て、結局一太刀も振るうことなく終わってしまうのか・・・?



いや、まだだ。


たとえ俺達がここで力尽きようと、まだ人間は魔王と戦える。

俺達が辿ってきたこの道を、誰かがまた辿ってきてくれるはずだ。


だから、目を伏せて死ぬわけにはいかない。


せめてもの反抗に顔を上げ、目を見開き、お前の思う通りにはいかないという意思を見せようとしたが・・・。


ぼやける視界の中に妙なものが入ってくる。


魔王が隠れていた暗がりから、もう1人別の人物が出てきた。

現実に引き戻されたような、夢の中に迷い混んだような、なんとも言えない妙な感覚。


そこにはメイドのような服を着た長い金髪の女性が立っていた。

薄暗く、視界がボヤけているため、顔はよく見えない。

そしてその女はさもそこに居ることが当然というように堂々と、魔王の背後に近づいている。

魔王は俺の方を見ていてそれに気づかない。



「うごぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああっ!!」



金髪のメイドが魔王の巨体に隠れ、俺の視界から消えたすぐ後、静寂を破る魔王の咆哮が城に響き渡る。


いったい何が起きたのか・・?


崩れ落ち、前のめりに倒れる魔王。

その背後に立つ金髪のメイド服の女。


魔王の手から放たれていた雷光はすでに消えている。

体への継続的な負荷から開放された俺は、情けないことにそこで体力と気力が尽きてしまっていた。

膝をつき倒れる体。


遠のく意識と薄れゆく視界の中で、金髪の女は、確かに、そこで、微笑んでいた・・・。






目が醒めたのはそれからどのくらい時間が経ってからだろう。

冷たい空気に冷やされて気がついた。


全身が痛みすぐには立ち上がれない。

窓らしいものがなく、真っ暗なこの城内では時間の感覚も計れない。


しばらく体に力が入らずそのままもがいていたが、ふと、アーサーとアンナの事が気になった。

そうだ!2人は無事か?


痛む体をたたき起こし、振り返って2人を見る。

2人は倒れているが、まだ息がある。

良かった。気絶しているだけのようだ。


ひとまず安心してさらに振り返る。

仲間の安否も重要だが、やはり気になるのは対峙していたはずの魔王だ。

魔王は、魔王はどうなった?


痛む体を引きずり、魔王の元まで足を運ぶ。

玉座のすぐ近く。剣先が届く距離まで来た。あと少し、俺達が届かなかった距離。

俺の最後の記憶と同じように、魔王はうつ伏せのまま倒れている。

倒れている場所、倒れた格好、姿形はどうやら同じようだ。

ただ一つだけ記憶と違うのは、有るべきはずの首から上、魔王の頭部がそこには無かった。


俺は愕然とした。

気絶している間にいったい何が起こったんだ?

記憶がおぼろげだが、そこには金髪の女が居たはずだ。メイド服の。

ということは、彼女がやったのか?

よく見ると首は一太刀でスッパリ切り落とされているように見える。

いや、それよりなぜ魔王の頭部を切り落とし持ち去ったのか?

しかもそこからは血が一滴も流れていない。

魔族には血が無いのか?


いろんな情報を整理できずに俺は辺りを見回した。

魔王は本当に死んでいるのか?これは本当に魔王なのか?何かの罠にでもかけられているのではないか?

そんな不安を感じたからだ。

しかし城内は静寂のままだった。


もう一度倒れた魔王を見る。

背中には短剣が突き刺さっている。

これが致命傷になったのか。

刃の部分が根元まで体に突き刺さっているので、長さも太さもわからないが、柄の部分を見る限り果物ナイフ程度の代物のようだ。

これも一刺しで根元まで突き刺し、背中から心臓まで達しているようだ。

肋骨を避け、一撃で止めをさしたというのか?

俺は魔王の存在とは別の何かに身震いをした。


俺が魔王の死体?を見ていると、ちょうどアーサーが目覚めた。

アーサーは状況を思い出すとキョロキョロと辺りを警戒した。

そして俺と近くに倒れた魔王を見ると、表情を明るくさせ、飛び上がらんばかりに喜んだ。


「やったのか!」


俺の顔はアーサーと対照的に複雑な表情だったろう。

なんと説明すればいいのか、とにかく起こったことを伝えなければ。


「いや、俺じゃないんだ。俺は結局手も足も出せなかった」


体の痛みも忘れて駆け寄ってくるアーサーを制しながら、金髪の女の事を説明した。

怪訝そうなアーサー。


「夢でも見たんじゃないのか?」

「現実に魔王の頭部が持ち去られている」

「じゃああれか、魔王に拐われた女がこの城に捕らわれてるかもしれん。その女がやったのか」


そうだ、魔王がこの大陸に現れたのは約40年前。俺達が生まれるもっと前からだ。

そして魔王はその間に各地から自分の分身であるインプを使って若い女を次々に拐っている。

40年の間にどれくらいの人数が拐われたのかは最早数え切れない。

そして拐われた女たちがその後どうなったかは未だに不明のまま。

誰一人帰って来た者はいなかった。


アーサーの言うように、捕まった女たちがここにいてもおかしくはない。

俺達はアンナを起こし、城内をくまなく捜索することにした。


いつどうやって造られた城なのかはわからないが、城の内部には寝室や居間、キッチン等の生活できる空間が設けられていた。

意外に人間とそう変わらない生活をしていたのだろうか。

どれも田舎の村出身の俺には見たことも無いような豪華な家財が使われていたが。これもどこからか強奪してきたものなのだろう。


女たちはキッチンで食事の用意をしていた。突然ボロボロの俺が入ってきたときは一様に目を丸くしたが、魔王が死んだこと、助けに来たことを告げると、泣き崩れる者、抱き合いお互いを称えあう者、放心して動きを止める者と、こちらもつられて感極まってしまいそうになるように喜んでいる。

彼女たちを救えて本当に良かった。


魔王に捕まり、絶望と不安の中で、助けが来る見込みもなく死ぬまでここを出られないという境遇はどんなに辛いものだったろうか。

想像を絶する恐怖だ。


ただ、ここにいたのは20人程で、40年間に捕らわれたであろう人数には到底及ばない。

年齢も最古参であれば50から60歳の女性もいてもいいはずだが、ここには若い女性しかいない。

聞けば、どこかに連れていかれた者は2度とここには戻らないという。

魔王が死んだ今、そのどこかは永遠に不明である。


その他の場所も探してみたが、どうやらここに居るのはキッチンにいた人々だけだったようだ。

食料を貯蔵している地下室。なにやら得体のしれない器具が置かれている倉庫。女たちが使っていた狭い部屋。誰が使うのか2階の広い廊下の左右にあるおびただしい豪華な部屋。魔王が使っていたと思われる寝室。

それらには人影は無かった。


俺が見た金髪のメイド服の女はどこにいったのか?

キッチンに居た女たちの中にはいない。

女たちに金髪の長い髪の女はいないのかと訊ねるが、首を横に振るだけだった。


いないものは仕方がない。

ならばここで長居は無用だ。

俺達はもう一度城の最深部、魔王の倒れた大広間に戻ると、その首の無い死体に火を着けた。

血の出ない死体。不気味に感じられて、そのまま放置しておけなかったからだ。

死体はズブズブと焼け焦げていった。これが魔王の最後か。

この40年でいったいどのくらいの人達が犠牲になったのだろう。

その精算というには余りに無機質だ。


さて女たちを故郷に帰さなければならない。

俺達はこの城の近くまでは馬車で来ていたが、20人を乗せる程の大きさではない。

どうしたものかと悩んでいると、女たちのリーダー格の一人が提案してきた。

城の馬屋には馬が繋がれているらしい。馬車を数台用意できると。

自分たちは、それぞれ帰る方向で乗り合わせて各自で帰路に付くと言い出した。


俺が思っているよりも彼女達はたくましい。

境遇がそうさせたのだろうか。


万事用意が整うと、女たちは別れを惜しみながらも城の外、人間の世界へと戻っていった。


外はまだ闇の中だ。


俺達3人が逆にポツンと魔王の城に残された形となった。

慌ただしく過ぎていったが、やっと少し落ち着いたか。


俺達はそれぞれ顔を見合わせる。


終わった?

実感がわかないがこれで全て終わったんだ。

魔王が死んだ。

魔王は死んだ。

40年実質的に支配されていたこの大陸は解放された。

今、ここで。

止めを刺したのは俺達ではないが、そんなことはどうでもいい。

戦いは終わったんだ。


「やったね。勇者君」

「ついに村のみんなの仇をとったな」

「みんなありがとう。お疲れさま」


朝日が昇り始める。

感慨が胸に込み上げてくる。


しかし、俺達の戦いは終わったが、旅はこれで終わりではない。

そもそもこの旅が始められたのは、田舎者の冒険者の妄言を聞き入れてくれたアルビオン国王のバックアップあってこそだ。

資金に装備に乗り物の工面などに、多大な援助を受けている。

村を失って無一文同然の俺達に用意できるはずもなかった。

魔王を倒せば褒美を送ると言うことも言われていたが、残念ながら倒したのは俺達ではない。

とはいえ、今この場で起こったことを、魔王が死んだということを報告する義務が俺達にはある。


そして俺達は長い帰路へと付いた。






40年前魔王の進行は少しずつ起こった。

人里を離れた山中、渓谷、海原に黒い霧が立ち込めるようになった。

そしてその霧の中から狂暴なモンスターが発生するようになったのだ。

モンスターは人里を目指し大群で押し寄せた。

各国は迎撃の騎士団を作るもモンスターの物量に疲弊していく。

黒い霧をなんとかしないと状況が好転しない事は明らかだった。

だが、黒い霧が発生した場所は人間が分け入ることすら困難な場所であるのに加え、すでにモンスターの巣窟となっている。

簡単に手を出せないことに苛立ちながらも、各国は防衛の手段を模索するようになる。

街や城に防壁を造り、物理的なモンスターの侵入を防ぐ手段にでる。

だが、この方法は防壁を造る予算のない貧しい村などには不可能だった。


俺達の住んでいたベース村はそんな貧しい村の一つだった。

騎士団の力も借りられない。ちゃんとした防壁を造る事もできず、形ばかりの土嚢と櫓でモンスターを警戒し、もし襲撃があれば自警団で戦わなければならなかった。

物心つく頃からそんな生活を見てきた俺達は、当然自警団として村を守るようになった。

ある日、数体のモンスターが西から接近との報告に俺達3人を含む村の自警団が討伐に出た。

しかし、村に帰ってみると、なんと村は別のモンスターに襲撃されていた。

毒を放つ初めて見るタイプのモンスター。

村で避難していた俺達の家族を含む村人達は、その毒によって全滅。

いったいどこからこのモンスターは現れたのか。

悲しむ間もなく襲い来るモンスターの群れ。

俺達自警団にも死人が出た。そうしてやっと撃退したとき、このモンスターの出現場所がわかった。

この村の中心部に黒い霧が発生していたのだ。

こんなことは初めて聞いたことだった。後で判ったことだが、実際初めてだったらしい。

黒い霧が突然人里に現れるなんて。

後の話になるが、この事件をきっかけに各国の防衛は根本が覆ってしまい、混乱が生じたという話だ。


ベース村の土壌は毒で汚染され、臭気と立ち込める黒い霧で村を封鎖せざるを得なくなった。

もっとも、黒い霧からはその後モンスターが発生しているという報せは聞くことはなかったが。


どちらにしろ危険だということなので俺達の家族は今も死んだままの状態で放置されている。

4年前のことだ。






ふと、焚き火の弾ける音で目が覚める。

魔王の城から出て数日、馬車でアルビオンを目指している旅路に、夜がふけ野宿で休んでいるときだ。


あれから旅の途中でモンスターとは出会っていない。

いつもなら黒い霧からさ迷い出たモンスターの一匹二匹を見かけているはずだ。


なぜだか涙が滲んできてしまう。


焚き火を囲んで、アンナはまだ起きていた。俺を見るとクスクスと笑う。


「なあに?夢でも見てたの?」

「いや、平和ってこういうものなのかって」

「そうね。静かね」


アーサーの姿は見えないがテントで休んでいるのか。

俺はこの戦いの中でアンナに言えなかった事を言う時が来たのだとおもった。

いつも俺達の側で勇気づけてくれた、励ましてくれた。

俺達に付いてきてくれた。戦ってくれた。


アンナが居なければ果たしてここまで来れただろうか?


俺は決心した。


「アンナ、この旅が終わって、全部が片付いたら」

「え?」

「君さえ良かったら、ずっと俺と一緒に居てくれないか」


精一杯の気持ちを込めて言ったつもりだった。

だがアンナは困ったような顔だ。


流石に鈍感な俺も返事がイエスなのかノーなのかわかった。

何か言葉を探そうと考えるが、上手く見つからない。


「その言葉は嬉しいんだけど、でも、わたし」

「い、いや、良かったらでいいんだ。無理にというわけでも」


自分でも何を言ってるのかわからない。

こうなるときになんと言うべきかまでは考えてなかった。


「わたし、アーサーの子供が・・・」


そう言ってアンナは自分のお腹をさすった。


言葉を失った。自分は鈍感だとは気づいていたが、ふたりがそんな仲だったとは今の今までぜんぜん気づかなかった。

あまりに滑稽な自分に絶望さえした。


「そ、そうだったのか。おめでとう」

「うん。ありがとう」


アンナは照れくさそうに笑った。

そして立ち上がり、俺に背を向けテントへと向かった。

そして向こうを向いたまま、なにかを口の中で呟いた。


「もう少し早く、その言葉を聞きたかったな」


そう言ったような気がしたが、聞き返す意味などありはしない。

きっと気のせいだ。

静寂を吹き抜ける夜の風が、鈍感な俺を嘲笑っているんだろう。






それから先の旅は簡単なものだった。

モンスターを退治しながら4年かかった道も、数週間で目的地へとたどり着いた。

アルビオンは元より大陸中がモンスターの出現が無くなった事を知っている。魔王が退治されたことを知ってる。

俺達が魔王の討伐に向かっていたことも知っている。

だからできるだけ速やかにこの旅の目的を終えるため、人目を避けて全速力で走ってきた。

勘違いで俺達が歓待されるのを防ぐためだ。

魔王を倒したのは俺達ではない。


アルビオンの高い城壁も黒いフードを被り人目を避けて入城した。国王に謁見するときもできるだけ俺達の存在を知られないよう頼んだ。

そして、魔王が死んだこと、倒したのは長い金髪の女であること、捕らわれていた20人程の女性を解放したことを、手早く報告した。

国王は困惑していた。

魔王を倒したのをてっきり俺達だと思っていたからだろう。

大臣と顔を見合わせ、何やら相談している。

魔王討伐の褒美をどうするか迷っているのか。

それは当然俺達が受け取れるものではない。

俺はこれまでの支援のお礼と、ここまで旅が続けられたことの感謝を述べ、そこを後にした。


アーサーとアンナはアルビオンに近い街にでも行って暮らそうということになったらしい。

アーサーは俺にも一緒にと言うが、二人の、いや、三人の生活の邪魔をしてはいけない。


新しい家族の幸せを祈り、逃げるようにアルビオンから立ち去った。






俺は何も成せなかった勇者。

魔王を倒すこともできず、仲間の幸福にも気づけなかった。


アルビオンを去って2ヵ月が過ぎた。

相変わらずモンスターは出て来ず、俺達が廃業した事は確かなようだ。

嘆いているわけではないのだが。


俺は魔王を倒すための旅の途中、モンスターの襲撃から守り、何かあったら力になると声をかけてくれた、田舎の村の酒場のマスターの言葉を頼りに、今そのソドンという村の酒場で働かせてもらっている。

おそらく本気で言ったのではなかったのかもしれない。

何年も前の事ではあるが自分で言った手前、渋々承諾してくれたのだと思う。

客なんて村の連中ばかりだし、それほど儲かっているわけでもない。


仕事といっても街へと酒の買い出しに出たり、力仕事や用心棒として飲み過ぎたおっちゃんを叱ることくらいだ。

いなくてもいいくらいの事しかできてないのは承知しているが、今の俺には他に行くところはなかった。


ただ、聞くところによると、モンスターはいなくなったが、山賊なんかが出没するようになったともいう。

魔王歴、と呼ばれるようになった魔王が支配した40年間にはなかったような問題が起き始めている。

今のところこの村には被害はないが、悲しいかな人間を守りモンスターを倒すために鍛えた剣技を、今度は人間に使わなければならないのか。


そんな事を考えながら、まさに今マスターが街に買い出しに出掛けている最中で、俺は真っ昼間の客のいない酒場で留守番をしているところだった。

昼間は開店休業状態が普通で、仕込みや買い出しがまだ任せてもらえない俺は、今までの日課の剣の修行をするより他にやることがない。


一段落済んで、店内に戻り一応様子を確認する。

いつも通り客は居ない。


と、安心していると俺の後から一人誰かが入ってきた。

村の者ではない。場所柄で言えばかなり派手な格好の女が肩越しに剣を下げ、ボロボロのずた袋を手に俺の後ろに立っていた。

白いワンピースと言うのか、胸元が大きく開いて、何と言わないが溢れそうだ。スカートの丈は膝より上だが、両方の腰あたりまで大きくスリットが入って前ダレのようになっていた。

金髪の長い髪がまぶしく輝いている。


「ああ、いらっしゃい。俺はここの店員だよ。何か飲みに来たのかな?」


まあ酒場に入ってきたんだからそうなのだろうが、接客がまだ慣れない。


「あーら、あなた勇者でしょ?こんなところで何してるの?」


そう言いながら女はカウンターの椅子に腰掛けた。

俺の事を知っている?俺はこの女性に見覚えはない。


「勇者なんてものはもういないよ。魔王歴は終わったんだ」


努めて冷静に会話の流れを変えようとした。


「探したのよ。まさかこんな田舎の村に引っ込んでるなんてね」


俺の事を知ってるばかりか、探していただって?

俺は誰にもここに居ることは話していないが、なぜわかったのだろう?

マスターか?マスターが俺がここにいることを街で話したのかもしれない。

面倒な厄介者としてか、自慢話としてか、それはわからないが。


「ウイスキーにしようかな」


女はいつまでもカウンターの外で突っ立ってる俺に頬杖をつきながら催促した。


「ウイスキー」


おうむ返しにつぶやきながら、急いでカウンターに入りボトルからグラスへウイスキーを注いだ。

無言でそれを差し出す。俺は相手の真意を測りかね、その顔を正面からうかがう。

女は出されたグラスを手で弄びながら、その俺の視線に対峙する。

読めない女だ。


「あなた魔王討伐の褒美をもらわなかったんですってね?」


突然何を言い出すかと思えば。

その話は終わっていることだ。

やれやれと言わんばかりに、息を吐いて一息に言ってやった。


「魔王を倒したのは俺達じゃないからな。どこで尾ひれが付いたのか知らないが、そもそも俺達にもらう資格はないんだよ」

「そうかしら?あなた達がいなかったらあいつの背中を取ることなんかできなかったし。十分魔王討伐の立役者だったと思うけど?」


電撃が走った!

あの時の事を知っている!?

この金髪の長い髪!

顔は覚えていないし、格好もメイドの服だったから印象が大分違うが、まさか、まさか。


「うっふっふ。思い出した?まあ、謝りに来たというわけよ。横から獲物をかっさらっちゃって悪いことしたわねぇー。褒美がかかってるなんて知らなかったのよ。でも、あんなチャンスは滅多に無いことだったし」


「本当にあの時の女なのか?だとしたら謝る必要は無いよ。というより、むしろ救ってもらったのはこちらの方だ。褒美どころか俺達はあのままでは死んでいたろう」

「ふーん」


女は何を考えてるのか、グラスに口を付けると俺の顔をまじまじと眺めている。

信じられない。あの時の女がわざわざ俺を探して謝りに来たというのか?


「もっと怒られるかと思ったんだけど」

「いやいやまさか。感謝こそすれ、怒るなんて。褒美と言うなら魔王を倒したのは君の方だ、受け取る資格があるのは俺じゃなく君なんじゃないか?」

「アハハ。私が魔王を倒しました褒美を下さいって?」


うーん。当然資格があるのはこの女の方だと思って口にしたが、確かにそう上手くいくとは思えない。

この女が魔王を倒したのは見ていた俺でさえ証明はできない。


「それじゃ、魔王を倒したのがどちらにしろ、二人一緒なら褒美をもらえる資格は有るってことで良いわよね?」


褒美?やけに褒美にこだわるが、もしや褒美が目当てなのか?

聞き伝わるところによれば、アルビオンに魔王を倒したのは自分だと名乗る金髪の長い髪の女が数人出ていると聞く。

もちろん褒美目当ての不届き者で、曖昧な説明で化けの皮が剥がされたというが。

まさか。

俺にこの人ですと証言させれば、褒美にありつけると手の込んだやり方を考えた、実は全くの別人ということは?

国王に報告したことは、ただ、魔王を倒したのは金髪の長い髪の女であるということだけだ。

そこから当たり障りのない情報で話を合わせて成り済ませば、できないことでも無いように思える。

何度も言うが俺にも断言する事はできないのだから。


俺の顔はみるみる曇っていった。

何か哀れむような目付きになっていたに違いない。

女はそれを知ってか知らずか、満面の笑みでこう言った。


「私とパーティー組みましょ?勇者様」


焦る俺。


「いや、待ってくれ。俺が何でこの村に居ると思っているんだ?」

「面目丸潰れだし。女にふられたから?」

「うっ!何で知ってるんだ!それはいいが、俺はアルビオンに戻るつもりはない。いったいどんな顔で街を歩けと言うんだ」

「気にしすぎなんじゃないの?」

「そうかもしれないが・・・」


思わず言葉に詰まる。

確かに、口にするとなんて情けない理由だろうか。


「私に褒美を受け取る資格があると言ったわよね?でも、私もあなたにそう思う。あの千載一遇のチャンスをつくったのはあなたなのだから。それまで、誰もあそこには辿り着けなかった。それだけでもあなたは勇者と呼ばれるのにふさわしい活躍をしたんじゃない?それに、止めを刺した者だけが討伐者なら仲間のお二人にはご褒美をあげないつもりだったのかしら?」


感情が激流のように飛沫を上げる。

褒美はともかく。マスターに迷惑をかけながらこの村に逃げ隠れて暮らすのもカッコ悪いかもしれない。

既にこの女が俺の居場所を突き止めて来ているんだ。

どちらにしろ、無理な話だったのだろう。


俺は諦めにも似たような、清々した気分のような、なんとも言えない感情で、彼女の提案を承諾することにした。


「わかった。一緒にアルビオンに行こう」

「そうこなくっちゃ!」


女はいやらしくニンマリと笑った。

本当に大丈夫か。


「私はルーシー。よろしくね」

「ああ、よろしく。俺は






その夕刻。酒場のマスターが街の買い出しから帰ってきた。

俺は今まで迷惑をかけたことを謝り、また旅立つことを告げた。

マスターは困惑した顔で俺を引き止めてくれた。


「どうしても行くのか?」

「え、ええ。新しい仲間ができたんです」


後ろで椅子に腰を掛けながら手を振るルーシー。

正直マスターが困惑していることに俺も困惑している。

厄介払いができて喜んでくれると思っていたからだ。


「そうか、やっぱりあんたは冒険者、いや、勇者なんだな。その方が様になってる」

「勇者なんて、もうこの世界には必要ありませんよ」

「いや、勇者はいつの時代にも必要だ。何も魔王と戦うのだけが勇者というわけではないだろう」


考えてもみなかった。

しかし俺はこの村に逃げ隠れるためにやって来た落第者だ。

その肩書きは相応しくない。


マスターを説得した俺達は早速アルビオンに向けて旅立つことにした。

ルーシーが乗ってきていた馬車を酒場に付ける。

俺の荷物は剣と衣服くらいなものだ。

俺は馬車にのりこむ。あっという間の2ヶ月だったがマスターとはこれで別れだ。


「お世話になりました。どうかくれぐれもお元気で」

「あんたがこの村に頼って来てくれて本当に嬉しかったよ。また、次の冒険が終わったら寄っていっておくれ」


ハッとした。

俺は面倒な厄介者と思われているとばかり思っていた。

俺の鈍感は今に始まった事ではないが、勝手にドアを閉ざしていたのは俺だけだったのではないか。


何か言おうと思ったが、御者台から横目で見ていたルーシーがそこで馬に鞭を入れた。

走り出す馬車。


「ありがとうございましたー!」


そう叫ぶのがやっとだった。

どんどん小さくなるマスター、俺を受け入れてくれたソドン村。

早速一抹の寂しさが沸き上がる。


「さあ、私の馬は速いわよ。感傷に浸っている暇は無いんだから」


みるみるうちに村が遠く離れて行くような気がしたが、気のせいではなかった。

実際怖いくらいの早馬だ。馬車で使っていいのか。


この調子なら数日でアルビオンに着くだろう。

そして俺はこの数日を使って、できるだけこの女が、ルーシーが魔王に止めを刺した女本人かをさりげなく探りを入れておこうと思った。


女が登場して俺が意識を失うまで、5分、いや3分もかかったろうか?

あの時起こった事を確認するといっても、俺達が雷撃で痺れさせられていたこと。女が魔王の背後から短剣で心臓を刺し貫いたことくらいしか確認事項はない。


あとは魔王の背丈とか容姿の特徴、椅子が何脚あったか無かったか。

大広間の間取りや窓の有無等々。

根掘り葉掘りに聞けばそれなりに確認はできるかもしれないが、それを聞くのはあなたを信用してません。と直接言うのに等しいので、できれば使いたくない手ではある。

第一、覚えてないと言われればそれで終わりだ。

魔王を退治するのに椅子が何脚あったか覚えていなければならないなんて法はない。

ある程度の信用が無ければ、この話題を一度出して回避されたら2度とは使えない。2度とこの話を引き出すことはできなくなる。


そしてもうひとつ。直接的な証明にはならないし、これも、知らない、私じゃないと言われればそれまでなのだが、俺が目を覚ました後に重要な変化があったことを思い出している。

ハッタリとしか使えない。だが国王にも報告していないこの事実は、切り札になるような気がしている。

もちろん。この事を俺から喋ることの無いよう気を配らなければならない。



夜。街道から少し外れた林の開けた場所に野宿する事にする。

馬はよほど腹が減ったのか草をむしゃむしゃ食べている。

それを見ながらルーシーは馬を撫でている。

俺はマスターから餞別にもらったパンを木箱に並べている。

なんとなく懐かしい雰囲気だ。


ルーシーが馬から離れて木箱の近くに来る。

そして木箱には俺と対面にパンを並べてあるのだが、わざわざ俺の隣に腰を下ろす。


「さて、私らも食事にしましょうか。って、取りにくくない?」

「そらそうだろうよ!」


俺は勇者をやめて漫才師にでもなったのか。


「勇者様あれからずっと私のこと見てたでしょ。そういうのわかる」

「え?」


俺とピッタリと体をくっつけながら、猫のようにスリスリと動かす。

俺は背筋がゾワゾワして思わず立ち上がる。

確かに見ていたかもしれないが、それはあの時の女なのかまだ信用していないからで、いや、それを口にするのはまずいか。

何も言えずに座っていた場所の対面に俺が座り直す。


「あはは。お色気戦法第一段は失敗か」

「第二段も失敗だからもうやめてくれ」

「はーい」


俺を懐柔しようというのか。確かにそうなれば仕事がしやすくなるだろうな。だがそうはいかない。

その後は馬鹿な様子もなく大人しく食事をとる俺達。


「しかし、君はあの後どこにいったんだ?城内を探したんだが」

「野暮用で先に帰ったのよね。あなた達を放置して行っちゃったのは、悪かったわねー。大丈夫だった?」


野暮用で先に帰った?野暮用とはなんだ?どこに帰ったというんだ?

曖昧な発言が増えてきたんじゃないか?


「ああ、俺達は大丈夫」


一瞬考えてから返答したので変な間ができてしまった。

怪しまれないように気を付けなければ。


ふと、誰かの声が聞こえたかのような、この女の素性を確かめる良い方法を思い付いた。


「そうだ、君はなぜあんな格好をしていたんだ?」


自分自身の格好を覚えていないというのは不自然なはずだ。

あのときメイド服という特徴的な服を着ていたことは知らないはずはない。

本人だと言うなら答えられるだろう。


「そりゃああの場所に居たんだから、そういう格好に決まってるでしょう?」

「え・・・うん」


正面からニコニコ顔で俺を見るルーシー。

すごいはぐらかされてしまった。


「ちなみにその時に拝借したのがこの馬。名前は・・・考えてない」


魔王の馬だったのか。どういう理屈かはわからないが、速いのはそのためだろうか。


「考えてよ」

「え?何を?」

「この馬の名前」

「速いんだしブースターとかでいいんじゃないのか」

「なにそれ適当。でも気に入った」


馬の近くに再び寄っていくルーシー。馬を撫でながら。


「あんたは今日からブースターだってよ。よろしくね。ブースター」


まだ草を食べ続けている馬は鼻息で返事をした。


「馬なのにぶー、スターだって。アハハ」


そんなことは考えてないが、アッケラカンとした彼女の自然体な態度に次第に怪しむのもバカらしくなってくる。


彼女の誘いに承諾したものの、果たしてこのまま国王の元へ訪れていいものか。

我ながら後先考えずに冒険を再開したものだ。







今回悩んでいることがあって、キャラの名前をとあるメジャー作品から使わせてもらってるのですが、これってどうなんだろうと?

ご意見お聞きしたいです。

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