第4章 遠征編 第33話 ユバーラ
「これが噂に聞く大陸一の温泉リゾートか」
俺は、初めてのユバーラに興奮を抑え切れない。笑顔と歓声あふれるユバーラリゾート。ここを訪れた者は、その人生で必ずもう一度来るという。
「きゃ~レオン様~♪」
下船するや否や、俺の両腕に纏わりつくうさ耳お姉さん。俺は平静を保ちつつ、丁寧に腕を振りほどく。
いや、俺も嬉しいんだけど家臣たちの目があることですし……。
「レオン様、ご無理すること無いっすよ。もちろんセリス様やニーナ様には内緒にしておくんで、大丈夫っす~♪」
……あのなあモルト。いつぞやは思い切りばらしてくれたよな。俺は覚えているぞ。
「とにかくレオン様、ユバーラを是非ご堪能くださいませ」
「そうっす。それに限るっす~」
◆
その昔、計画的につくられた国際都市ユバーラは、一辺五キロの正方形の運河の内部に丈夫な石壁が張り巡らされている。
各城門を入った所にそれぞれ足湯があり、その奥にはそれぞれ四つの巨大温泉旅館。街の真ん中に聳えるのは由緒ある政庁。各城門から中心部の政庁に向けて大通りが交差し、政庁付近には各種族の総領事館が立ち並ぶ。街中にはハウスホールドお馴染みの運河もあり、観光船も行き交っている。
驚くべきことに、これらの施設は、数千年前からほぼ当時の面影を留めているらしい。街の中は、行政区・居住区・商業区・農地に整備されている模様。
「レオン様、早く早く~。もう置いていくっすよ~♪」
俺たちはもふもふ尻尾のモルトに促され、迷わず商業区へ向かった。
ここの大通りは、両端に屋台が軒を連ねまるでお祭りのようだ。『温泉まつり』の期間中だからかと思いきや、いつもこんな状況だという。
これらの屋台は、大陸中の料理が揃っており、辺りには温泉の匂いに加え、様々な出汁やスパイスの香りが入り混じり、街ゆく人たちの胃袋がいやがおうにも刺激される。
そして街の至る所から立ち上る湯煙。通りには、串焼きなどの屋台やお土産物屋が軒を連ねている。街には『ユカタ』と呼ばれる色とりどりの服に身を包んだ観光客が行き交い、リゾート感にあふれている。ブラックベリーにも温泉はあるが、やはり本場は雰囲気が違う。
「やはりウチも温泉開発が必要かもな……」俺はそんなことを思いつつ歩いていたのだが、どうやら、いつの間にか口に出して呟いていたようだ。
「そおっすね。何しろ無料の観光資源っすから、活用しない手はないっすよ」
「え……?」
「レオン様、自分ほどの執事ともなると主君のお心内など心得ていて当然っす~!」
「さすが俺の執事だけのことはある」
「てへへへへ……」
久しぶりに褒められて、もふもふ尻尾を自慢げに振るモルト。
「そうだな。ブラックベリーに帰ったら、入浴施設に加え大通りと港には足湯を作ることにしよう」
満足気なモルトの横で、カールも静かに口を開く。
「さすがはレオン様です。ちなみに温泉にはこのような使い道もございます」
カールが指さす先には、大通りから外れた路地にある一軒の店。何の変哲もない串焼きメインの立ち飲み屋のように見える。
「あの店が一体どうしたというんだ?」
「この店は、ユバーラでも有名な串料理の店です。ちょっと寄ってみませんか」
カールに促され、店ののれんをくぐると、店内はカウンターのみの立ち飲みスタイル。少し狭いように見えるが、かなり繁盛している。
「いらっしゃいませ~!」「お待ちどうさま」「串盛りあがりました~!」
ケモ耳少女たちの威勢のいい声が店内に響く。笑い声があふれる店内をきびきびと働く獣人店員たち。
「この店は、温泉の蒸気を利用して様々な食材を蒸して提供しています。調理に必要な設備や光熱費がほとんどかかっていません」
「それは凄いな。とにかくこの店の名物とやらを注文してみよう。カール、任せる」
「はっ」
――――――。
「……なるほどな……(モクモク、ムシャムシャ……)しかし、これはなかなかいけるな!」
俺たちは早速、蒸した肉や野菜の盛り合わせをいただいたのだが、焼いて調理するより柔らかいように感じた。温泉に含まれる成分がいい感じで食材にいきわたり、温泉風味を纏っている様だ。セコイ話だが、これなら調味料も少なくて済みそうである。
「もう、レオン様、串取りすぎっす~!」
「お前こそ、少し遠慮しろよ。しかしこれは美味いな!」
「そうっすね、これにウチのドラゴンソルトをかけたら、もう間違いないっす~♪」
「ドラゴンミートにドラゴンソルトの味付けで、アウル串とかいいかもな」
「それ、いいっすね~」
値段設定を間違えなければ、ブラックベリーでも売れそうだ。肉も塩も原価がほとんどかかってないので思い切って安くしてもいいかも。
この地は、大陸南部の外交の要地なので、黙っていても人が集まる。そこに、湯量豊富な温泉に名物料理、定期的に開催されるイベント等々……。
ドランブイが言うように、ユバーラは俺にとって領地経営のヒントが詰まっているようだ。
◆
「れ、レオン様~!」
その頃、ブラックベリーでは、留守の一切を預かっていたカールトンがひとり頭を抱えていたのだった。




