第4章 遠征編 第31話 対面
「おい、モルト、本当にこれで大丈夫か?」
「何言ってんすか。自分らが立てた作戦で成功間違いなしっす!」
そう言いながらもふもふ尻尾を力強くぶんぶん振るモルトだったが、どうも俺の気持ちはもやもやしている。
「でもなあ……」
「イザベル様なら、マリーに加えてピニャとコラーダが付いてるんで大丈夫っす」
「無事ブラッベリーに着かれれば、後は公爵家に任せるだけですし」
「うん……それもそうだな」
事情を知らされていないイザベルが哀れに思う。だからと言ってどうすることもできないのだが。
「レオン様、なに浮かない顔してるんすか。まさか、イザベル様のこと横恋慕してるんじゃないっすよね?」
「そんな訳ないだろ!」
こいつは、言うに事欠いて何てことを!
大体、嫌がる俺を無理やりイザベルとくっつけようとしてたのはお前だろうが! 俺はそのせいで散々な目に遭っているんだからな!
俺たちは、ハウスホールドの港からユバーラ行きの定期船に乗り込む。ここからは運河を下って明日には到着する予定だ。
対外的には、アウル領主クラーチ家の重臣であるドランブイが急病のため、急いで駆けつけるということにしてある。
しかし、せっかく温泉リゾートに来てるのに、宿で引きこもらされているドランブイも気の毒なことだ。その分、セリスとニーナは温泉リゾートを思う存分満喫していることだろう。
「レオン様、ドランブイは仕方ないっす。自分もユバーラをほとんど楽しめないまま、ハウスホールドにとんぼ返りしてるくらいっすから」
そう言って、もふもふ尻尾を揺らすモルト。どうやら俺の同情を誘っている様子。
しかし、イザベルにならともかく、こいつには気の毒な気持ちが少しも湧かないのだが。
「そういや、リューク王は、イザベルの縁談については何か知ってるのか」
「妹君様より、すでにお話はあったかと」
「じゃあもし、イザベルがリューク王に拝謁したらどうなる?」
「拝謁と言うより、仲の良い伯父と姪が久しぶりに会ったというような感じらしいっすけど……とにかく、このタイミングであの二人が会うのは危険っす~!」
イザベル一行は王へ拝謁などせず、コロシアムから真っ直ぐにブラックベリーへ向かう手はずになっているという。
「上手くいけばいいんだがな」
「そんなの心配しても仕方ないっす」
「ああ。いらぬ心配より、俺たちはユバーラでドランブイたちと合流することが先決だな」
ところがコロシアムでは、俺の心配していたことが、実際に起きてしまっていたのだった。
◆
「伯父様! ご無沙汰しております」
「……」
「お元気そうで何よりです」
「……」
笑顔で駆け寄るイザベルに、にこやかに応えるリューク王。相変わらず無言だが、この笑顔が全てを物語っている。
「どうぞ、こちらへ」
側近から促されてスタジアムの貴賓室に入ると、ようやくリューク王が口を開いた。
「元気そうで何よりだ」
「はい!」
「何はともあれ、幸せになって欲しい」
「そうですね」
「外国で暮らすのは大変だろうが」
「でも、飛び地とはいえ王国の一部ですから」
「そうか、あそこに飛び地があったのか……」
「今からお会いできる日を楽しみにしておりますの」
「む…それほどまで言うなら……」
「今日の大会は本当に素敵でした。命がけで戦う殿方の姿は、どうしてあれほどまでに美しいのでしょうか……」
首をひねるリューク王に、瞳をキラキラさせながら、夢中で話すイザベル。
そんな二人に、平静を保ったふりをしつつも、マリー達はあわあわしながら祈るのみである。ところが、そんな彼女たちの願いが叶うことは無かった。
「いいか、イザベル……」
――――――――。
「……え、伯父様、それは何かの間違いでは?」
「私がお前の話を間違えるはずがあろうか」
「そ、そんな……」
絶句するイザベルだったのだが、やがてキッと顔を上げると王を真っ直ぐに見据えたのだった。
「イザベル……」
「伯父様! そんな結婚私は望んでおりません! いくらお父様やお母様がすすめられたお話でも、私は嫌です」
「そなたのためを思ってのことだと思うが」
「伯父様……」
イザベルはそう言うと、両目から大粒の涙を流した。
「私は、そんな望まぬ結婚をさせられるくらいなら、王都に帰りたくありません。帝国に嫁ぐのは嫌です」
「イザベル……」
必死の訴えを続けるイザベルとその言葉にいちいち頷くリューク王。
(ど、どうしよう……)
気が気でないのはマリーたちイザベルお付きの三人。かといって、もう事態は自分たちがどうすることもできないところまできている。
と、そのとき、唐突に貴賓室のドアがノックされた。
「リューク王さま! 只今、王国より公爵家の者がイザベルさまをお迎えに参ったとの知らせがありました」
…………? 王の側近たちは、何やら不思議そうに顔を見合わせたものの、静かに頷く王。
「迎えの者をこれに」
そして貴賓室に入って来たのは、ひとりの大柄な男の獣人だった。
「初めてお目にかかります。どうかお見知りおきを」
片膝をついて恭しく挨拶するのは、王都裏ギルドのマスターであるウーゾ。
「この度、公爵家からの依頼によりイザベル様をお迎えに参りました。」
「……詳しく事情を話してみよ」
これがハウスホールドの現王、ハク=リュークが会見の席で初めて発した言葉だったのである。




