第4章 遠征編 第30話 波乱の予兆
「きゃ~ん! レオン様~!」
イザベルは、レオンからの文を両手で胸に抱きしめて大喜び。どう見ても、大国の公爵令嬢とは思えぬ行いに眉をひそめるマリー。
「イザベル様、人目もございます。もう少しお控えの程を」
「きゃいーん!」
マリーのたしなめる声も耳に入っていない様子。
「レオン様がこうおっしゃっている以上、仕方ありませんわ。私はあの方の後をついて行くだけですもの♡」
「で、ではイザベル様……」
「そうですね。本当はレオン様のお胸に飛び込みたいのですが、こればかりは仕方がありません~」
両手を頬にあて、恥ずかしそうに身をよじるイザベル。
「で、では!」
「はあ~。レオン様~♡ 私はレオン様のお言いつけに従い、ブラックベリーでお待ちすることにいたします。皆すぐに準備を!」
ほっと胸をなでおろすマリー。ピニャとコラーダも安堵の表情を浮かべている。
かつては王都でも評判の美人として、数多の紳士たちからちやほやされたマリーも歳のせいか、最近涙もろくなったようだ。目じりに滲む涙をそっと払う。
(自分ももう若くはない。イザベル様の幸せを見届けた後は、私もいい人を見つけよう)
当のイザベルは、レオンの手紙を食い入るように何度も読み返している。形の良い大ぶりな耳にかかる髪をかきあげると、やわらかな髪が光を浴びてキラキラと輝く。長らくのお側に仕えてきたマリーですら、時折こんな美しい仕草にはっとする。
確かに少しわがままで世間知らずな所もあるが、このお美しさに加え、天真爛漫な振る舞いは、悪気というものがない。そんな王国の天使も、嫁がねばならない日が近づいている。
こんな主に仕える喜びと自分の幸せとを秤にかけながらも「これでよかったのだ」と、心の中でひとり頷くマリーなのだった。
「ではマリー。伯父様にご挨拶したら、早速ブラックベリーに向かうことにいたしましょう」
「……え? い、いえ、リューク王はご多忙につき、お会いになられるのはご迷惑かと」
「もう、マリーったら何言ってるの。伯父様なら、あそこにいらっしゃるじゃない」
イザベルの指さす先には、紛れもないハウスホールド王の姿が。
王の肝いりで行われているハウスホールドの武闘大会。多少の仕事があろうが、リューク王なら、こちらに来られてもおかしくはない。
「い、いえ、イザベル様。リューク王は、この後大切なご予定がおありとか」
「あら? 私とお会いすることより大切なことがあるのかしら?」
「イザベル様……」
「船のお時間に間に合わないかと……」
あたふたするマリーに、ピニャとコラーダも混乱気味。助け舟を出そうと必死である。
そんな二人の言葉にも、平然とした顔のイザベル。
「あら。二人とも心配性だこと。船ならいつまでも待ってくれるでしょう。それに伯父様に会うのに、それほど時間も取りませんもの」
にっこりほほ笑むイザベル。
「こんなに近くにいて一言も挨拶をしないなんて、王に対して、それこそ失礼というもの」
「あ。こちらに気付かれたご様子ですわ。伯父上様~♪」
バルコニーから身を乗り出して、手を振るイザベル。
リューク王もイザベルと目があったようで、笑顔で右手を上げている。
国賓以上の者とそのお付きの従者のみに入場が許された特別観覧席では、もてなしの意味もあり、王族のみが使用出来る特別席の近くに設けられていたのだ。
(あちゃ~! なんでなの~!)
頭を抱えるマリー達。
今このタイミングで二人が対面したら、どんなことになるか予測不能。そんな心配をよそに、笑顔で急かすイザベル。
「ご挨拶に行かなくては。マリー何をしてるの? ピニャにコラーダも! 急ぐのでしょう」
「ま、待ってください、イザベル様~!」
イザベルに急き立てられるように、三人は身支度を手早く整え、王の元へ急いだのだった。
◆
その頃、ブラックベリーには公爵家の迎えの者たちが到着していた。
「それにしてもイザベル様お一人のためにこのような……」
留守を預かるカールトンは、公爵家の人数の多さに驚いていた。何しろ武装した兵およそ五十名の集団である。しかも、中には帝国兵らしき者まで混じっている。
「何にせよ、街の整備が進んでいて助かった」
レオンたちが留守の間も、山エルフたちの職人による街の復興を進めてきたおかげで、急な来訪者の受け入れも可能だ。今回は、公爵家からの来訪者は、多くて二十名ほどと見積もって、領主館に招こうかと思っていたのだが、急遽分宿してもらう事になった。
家屋や商店など元あった建物は、山エルフの職人たちによって内装の整備を終え、住民たちにタダ同然で貸し与えているが、まだまだ空き家が多いのだ。王都をはじめ、大陸各地から移民を受け入れているが、まだまだ余裕がある。
街は、城壁の内側に農地が整備され、現在の人口は五百人を越えたのだが、それ以上の賑わいを見せている。ドランブイの商店の者や山エルフの職人に加え、港が整備されたことにより、街には船乗りや、乗船客が多数訪れるようになってきた。
彼らからの口コミで、今まで『死の街』と言われていたブラックベリーの復興の噂が広まるにつれ、元の住民たちも戻って来つつある。このままいけば、そう遠くないうちに人口は千人を越えそうだ。
「皆さんには、温泉にでも浸かってもらって、旅の疲れを癒してもらおう」
カールトンは、多数の来客一人ひとりに丁寧にお辞儀をした後、満足そうにつぶやいたのだった。




