第4章 遠征編 第28話 決着
「ほう……」
贅を凝らした貴賓席では、この戦いの行方見守る一人のベテラン剣士がいた。もう老境に差しかかる年齢になるのだが、筋肉の張りは若々しい。
シーク=モンドは、恐らくこのコロシアムの中で、ただひとりレオンがしようとしたことを見抜いていた。
「あ奴め、自ら視覚を封じて戦うか」
何を隠そう王都のコロシアムでレオンに目つぶしをしたのは自分。どうもこの大会を通して、レオンは視覚に頼らず、気配で相手を捉えようとしているかのようだ。
「試合ですら稽古のひとつか。何とも末恐ろしい奴よ……」
しかし、この虎の獣人も小柄ながら中々やりおる。それが証拠に途中でレオンはバンダナを取ったにもかかわらず、まともに踏み込めていない。
「ふむ……」
シークの見るところ、この試合は五分と五分。剣士としての技量はレオンの方が高いが、虎人族の若者は、どうやら相手の動きがわかるようだ。彼は、間違いなく異能ともいえる特殊能力の持ち主に違いない。
「これは、中々……」
レオンの初太刀を躱すことが出来るのは、このような能力を持った者くらいかもしれない。
自分のように平凡な者は小細工に頼るしかないのだが。
シークの見るところ、レオンはこの手の剣士にかなり分が悪いように見える。
剣士にはそれぞれ相性がある。トーナメントともなれば、仮令優勝者と言えども、相手のブロックで準決勝止まりの相手でも、もし戦った場合、相性が悪ければ負けることも十分考えられる。
現にこの試合も、虎人族の剣士がレオンに勝った場合、その後の特別試合では自分が勝つであろう。しかし、相手がレオンなら勝敗はその限りではない。むしろ自分の方が分が悪い。
そして、目の前ではレオンが虎人族の剣士に押されているように見える。
そして程なく。
“……ッツ!”
奥歯を噛みしめたレオンが、ついに間合いを詰める。
「チェストー!」
ここ一番の“猿叫”がスタジアムに響き、レオンの渾身の一撃がパンデレッタを捉えたと思いきや、木刀は空を切った。
何と目の前の獣人は、人族ではおよそ在り得ないやらわかさで体躯を捻ると、そのままレオンの懐にもぐり込み、ダガーを一閃。
“キーン!”
交差する二人の剣士。
レオンはそのまま距離を詰め、ダガーの鍔を自らの鎧にあてたのだった。
そして両者は互いに飛び退り、再び間合いを取ったのだが……。
「え……? あ? おい!」
「どうなってんだ!?」
「何してる、何してる、何してる~!」
観客がざわつく中、レオンは相手と距離を取ったまま深々と一礼し、そのまま背を向けていた。
「このまま、引き返さないと失格になりますよ!」
審判が俺を制止しようとしたのだが、その声に一度立ち止まったレオンは、今度は審判に向かってもう一度礼をし、そのまま踵を返すと一言も発せず引き揚げていったのだった。
会場の真ん中に残された審判は、戸惑いながらもパンデレッタに歩み寄り、右手を高々と上げた。
「本大会の優勝者は、虎人族パンデレッタ!」
「うおおおぉぉぉ……!」
最初は突然の幕切れに戸惑った観客たちだったが、この日一番のスリリングな攻防に、観客は総立ち。
歓声とスタンピードが会場を包み込み、パンデレッタを讃える声が降り注ぐ。
「パ~ンデレ!」「パ~ンデレ!」「パ~ンデレ!」
「……な、何だかその言われ方は、あまりうれしくないんだけどな~」
それでも顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに頭を掻きつつも、四方に向かって手を振るパンデレッタなのだった。
◆
「レオン様、一体どうしたんすか? まだ勝負がついてなかったっすよ~!」
「いや、俺の負けだよ。なんせ初太刀を躱されたもんな」
「でも、あそこでお諦めになってよろしいのですか」
「ああ。俺はまだまだシークには敵わないよ。……というか、パンデレにもだけどな」
「欲が無いというかなんというか……これだから育ちの良い人は困ったもんっす!」
「モルト、お前は欲が多すぎると思うがな」
「何言ってんすか!、自分はクラーチ家のために散々尽くしているんすよ!」
「何はともあれお疲れ様でした。大会出場の重責と御無事での御帰還、何よりです」
「ああ。ありがとう二人とも。さて、帰るとするか」
ちなみにこの後の特別試合では、終始シークが圧倒。最後は寸止めで「大陸最強」の貫禄と格の違いを見せつけた。
この日、俺とパンデレッタが戦った決勝は名勝負としてハウスホールドに長く語り継がれることになるのだった。
◆
「ああっ! レオン様がお負けに……」
特別観覧席から食い入るように試合を見つめていたイザベルは、一旦は落胆したものの、すぐに笑顔を取り戻した。
「とにかく、試合が終わってレオン様が御無事でしたもの。しかも準優勝だって立派だわ!」
「はい。そうですとも」
正直マリーもはらはらしながら見守っていたこの試合。結果的にレオンは
敗けはしたものの、ケガなく無事に試合を終えてほっとしているのだ。
「剣も大切でしょうが何と言っても辺境伯様は、領内の御統治こそが本分ですもの。マリー、予定を少し変更して、レオン様の元に参りますわよ」
そう言って微笑むイザベルに、内心頭を抱えるマリーなのであった。




