第4章 遠征編 第25話 乙女たち
「きゃ~レオン様~♪」
特別観覧席では、相変わらず身を乗り出さんばかりのイザベルの姿。そしてドレスの裾を引っ張っていさめるピニャとコラーダに、いつにも増して険しい顔のマリー。
「イザベル様、少しは落ち着きください」
「何言っているの! レオン様がお勝ちになられたのよ!」
輝くばかりの笑顔で振り返るイザベルに、さすがのマリーも二の句が継げない。
「私も皆さんの持っているものが欲しいわ」
イザベルが指さす先には、横断幕を掲げたエルフの女の子たちの姿。しかも、法被に鉢巻。“レオン様LOVE”なんて書かれた団扇も振られている。
「ピニャ、コラーダ。あなたたちは今からあれを買ってきて。もし在庫があるなら、全部買い占めてきて欲しいの!」
「イザベル様……」
「流石にそれは、公爵家としての品位が……」
「あら。何を言うの? 私の旦那様になられる人を応援することの何処が悪いのかしら」
「い、いえ……」
不思議そうに小首をかしげるイザベル。相変わらず、他の令嬢がしたならあざとく見える所作も、イザベルがしたならあくまで自然な可愛らしさに、同性でも見惚れてしまいそう。
そして、何だか自分たちの方が間違っているんじゃ……。なんて思えてしまうから不思議だ。
一旦こうなったイザベルを止めるのは不可能。こじらせれば公爵家だけでなく、国際問題にさえなりかねない。
「まあまあイザベル様」
こんなイザベルの機嫌をとりつつ、絶妙なバランス感覚でこれまでやり過ごして来たのは、マリーの手腕と言っていい。そしてこのことは、若いピニャとコラーダの二人にも、しっかりと引き継がれていた。
「わかりました。あなたたち。すぐに買って来てください」
「わかりました」
「全部買い占めて御覧に入れます」
「ごめんなさいね。はあ~っ」
マリーはそう短く指示すると、深いため息をついたのだった。
◆
「レオン様、レオン様!」
決勝を控えた俺の控室には、もふもふ尻尾をぶんぶん振るモルトの姿。
「完売間違いなしっす。さすがはレオン様っす!」
何でも、大口の注文が入ったらしく、用意してきた商品はすべて売りつくすメドがついたのだとか。
「完売はいいんだが、少し次の試合に向けてひとりにさせてくれないか」
ほんとこいつの商魂は逞しい。いつも頼りにしているのだが、もう少し主に対する思慮が欲しい。正直今はうっとおしいぞ!
うんざりした顔のレオンの前でなおも興奮気味にもふもふ尻尾を揺らすモルトなのであった。
◆
その頃、セリスとニーナは、ユバーラにて温泉を満喫していた。二人で毎日温泉巡りをしては、美容にいいとされるマッサージやグルメを楽しむ毎日。美しさを求めて逗留しているはずなのに、何故か二人とも心なしかふっくらしてきたような……。
「あ~っ、最高ですの~っ!」
「ほんと、露天風呂はいいよね~♪」
二人が満喫しているのは、ユファイン様式と言われる異国情緒あふれる露天風呂。庭園の中に浴槽が何ヶ所も造られており、まるで自然の中にいるような開放感を味わえる。ちなみにここのお湯は“美人の湯”と言われ、美肌効果が抜群だという。
「ニーナちゃん、明日は二人で泥風呂の美顔パックってのを試してみない?」
「賛成ですの~」
「それよりニーナちゃん、どうしたらそんなスタイルになれるの?」
タオルで恥ずかしそうに胸を隠しながら、おずおずと尋ねるセリス。一方、着やせするタイプのニーナは、グラマラスな肢体をさらけ出し、思う存分リラックスしている。
「え~、ニーナはお菓子を沢山作って試食しているだけなのです。セリスちゃんこそ、細くて羨ましいですの~」
そう言うとセリスに近づくニーナ。
「きゃっ、ニーナちゃん!」
「温泉でタオルをお湯につけるのは、マナー違反ですの」
ニーナはセリスのタオルをはぎ取ると、セリスの二の腕をつんつん。
「セリスちゃんこそ羨ましい~。今日という今日は秘訣を教えて頂きたいのですの~」
「そんなぁ……私も何故か最近太っちゃったのに。ただでさえ筋肉質だし」
「そんなことないですの。セリスちゃんが太っているなら、ニーナなんて……。どうしたらそんなに細くなれますの?」
「う~ん。騎士官学校でトレーニングばかりしていたから、体を動かす癖が付いちゃってるせいかな。今でも時間があればいつの間にか無意識に体を鍛えちゃうし」
「ううう……ニーナは運動が苦手ですの」
「でもニーナちゃんのお兄さんは、白狼族最強の剣士なんでしょう? きっとニーナちゃんも運動センスあると思うなあ」
「そ、それを言われると恥ずかしいですの~」
かつて、山エルフと対立していた白狼族は友好の証として、子どもがいない女王キールに、ニーナを養子に出した。そして、山エルフたちから跡継ぎとして可愛がられたニーナは、インスぺリアルでのびのびと育ったせいか、ふくよかでちょっぴりぽっちゃりさん。厳しい規律と訓練で鍛え上げられ、きりっと引き締まったセリスとは対照的である。
「兄上とはたまに手紙のやり取りをしているくらいで、長らくお会いしてなくて。ドランブイが、確か今はハウスホールドにおられるって言ってましたの~」
「じゃあ、レオンお兄様とお会いしてらしたりして」
「きゃっ、もしそうなら素敵ですの~」
「じゃあ、そろそろ上がって、氷でも食べながら、休憩しない?」
「大賛成ですの~♪」
こうして二人は心ゆくまでユバーラの湯を満喫しているのだった。
◆
「ついにこの時が来たね」
スタジアムの一室では、レオンと決勝を争う相手が何やら金属片をじゃらじゃら鳴らしつつ静かな笑みを浮かべていたのだった。




