第1章 王都追放編 第9話 黒髪の君
「はじめ!」
立会人の掛け声のもと剣を構え、にらみ合う両者……かと思いきや、この試合は何か違う。
あれ?
細身の諸刃剣を構えるレグサス様に向かって、黒髪の剣士はまるで散歩にでも出かけるかのようにゆったりと歩き出したのだった。
そしてふと、黒髪の剣士の姿が速く動いたかと思うと……。
次の瞬間、コロシアムにつめかけた全ての観客にとって予想もつかないことが起こった。
「きえええい!」
鋭い掛け声が響き渡ったと同時にレグサス様は場外まで吹っ飛ばされていた。
場内の観客は、何が起こったのかしばらく理解することなんてできない。
「きゃ~っ!」
「レオン様~!」
「お、おい、あれ」
「あれは、いくら何でも……」
「レオン様、大好き~♡」
「なんだこりゃ~!」
「きたね~ぞ!」
「何よあなた。私たちのレオン様に物言いをつける気なの~!」
一拍置いて後、悲喜こもごもの歓声や怒声が飛び交う観客席。さっきの試合で何が起こったのかようやく皆が理解しだしたのだ。
試合が始まると黒髪の剣士はゆっくりとレグサス様の元に近づいていった。観客も立会人も、当のレグサス様でさえ、これから握手でもして剣を交えるものだと思っていたと思う。この場にいる誰もが、まさかこの黒髪の剣士がいきなり走り込んできて木の棒で殴りつけるなど想像だにしていなかったはずだ。
騒めく場内。しばらくして立会人が、ようやく中央に進み出てきて苦々しげに告げた。
「勝者、レオン=クラーチ!」
「きゃ~!」
「嫌ぁ~!」
「レオン様~!」
「レグサス様~!」
亜人の女の子たちの歓声と人間の女の子たちの悲鳴が交錯する中、黒髪の剣士の手が高々と挙げられた。
横断幕を持っているエルフの女の子たちや、法被に鉢巻をして応援している獣人の女の子たちは抱き合って大喜び。
ところが、黒髪の剣士は、何事もなかったかのように平然としている。
そして、立会人とレグサス様に、試合が終わったのに深々とお辞儀をしている。なぜ、試合前にしなかったのかは分からないが……。
そんな黒髪の剣士に比べて、レグサス様は立ち上がることも出来ず担架に乗せられて退場していかれた。
文句を付けようにも、試合が出来る状態ではない以上、負けを受け入れざるを得なかったようだ。
「ちいっ、何て卑怯な。あれではまるでだまし討ちではないか」
「本当に品がありませんこと。おかわいそうなレグサス様」
両親が悔しがるのも無理のないことだとも思う。たけど、少しあの人のことは気になるような気がします。
◆
そしてその後も試合は進んでいった。
お父様やお母さまは持参した資料と殿方たちを見比べつつ、お二人でああだこうだ言われていましたが、私はそんなお二人の言葉は上の空。
何だか、自分の足が地についていないかのように、ふわふわした感じがいたします。
そして、肝心の試合の方では……。
試合が始まるや、あの方はすべて一撃で勝負を決められた。
頭から相手の出方を見ようともせず、ただただ無心に棒を振り下ろすのみ。あの方は極めて単純明快な、シンプルな動きしかしておられない。
一振り一振りに、まるで迷いがないのが、私の目からも分かります。剣を構えた相手を前にしても、まるで相手がいないかのように無心に木刀を振り下ろし、相手を吹き飛ばされました。
そして、準決勝も一瞬で勝負は決まりました。
場内は一瞬静まった後、割れんばかりの大歓声に包まれたのです。
「きゃ~っ! レオン様ぁ~!!」
法被に鉢巻で横断幕を掲げるハイエルフの女の子たちの絶叫を皮切りに、コロシアムに大レオンコールがこだましました。
「レ・オ・ン! レ・オ・ン!! レ・オ・ン!!!」
もうこの頃には、彼のこと卑怯という者はいません。
コロシアムの観客からは木の棒、もといレオン様の木刀はひとつの武器として認識されていたことでしょう。
◆
レオン様は決勝まで全て一振りで勝ちをおさめられました。このとき、すでに私はこの黒髪の剣士の姿だけを夢中で追っていたのですが、あくまでも無意識のことです。
…………。
「きゃ~っ! レオン様~!」
そして、レオン様は今、亜人の女の子たちの大歓声に包まれて決勝の舞台で王子様と向き合っておられます。将来の国王になられるであろう殿下を目の前にしても、レオン様はこれまでと変わらないご様子。正直、王子様より会場人気はあるかも知れません。
「はじめ!」
立会人の合図が、コロシアムに高々とこだましました。
下馬評では王子の圧倒的な有利ということでしたが、レオン様のこれまでの戦い方を見る限り、素人目からでも二人の間にさほどの実力差があるとは思えません。
「レオン様……」
思わず両手を組んで祈る私の前で、決勝戦が始まったのでした。