第4章 遠征編 第24話 準決勝
「はじめ!」
試合が始まると同時に、俺はいつものように距離を詰める。
相手は「ふふふ……」と不気味な笑みを浮かべつつ、諸刃剣を両手で構えて動かない。まるで、すでに自分の勝利を確信しているかのようである。その自信の根拠は不明だが。
「ん?」
試合開始と共にこのわずかの間で、俺が一方的に距離を詰めているのだが、相手は剣を最初に構えた状態で少しも動かない。こちらの出方をうかがっているのだろうか。
準決勝まですすんでいる剣士である以上、俺の動きに対応できていないことはないはず。となると、何か策があるに違いないのだが。
「……ん?」
そろそろ俺の間合いに近づいてきた。にもかかわらず、相手は動きを止めたまま微動だにしない。
おそらく名のあるかなりの美形剣士なのだろうに、無精髭に不気味な笑顔を貼りつかせたままだ。普通は試合が始まり、俺が近づいていくと誰でも何らかの反応があるものだが。
そして最大限の警戒をしつつ、俺は木刀を上段に構え、いつものように存分に振り下ろした。
「きえぇぇっ~!!」
腹の底からの声。俺の流派では猿叫と呼ばれる掛け声のことを何故かこう呼んでいる。
この一撃に載せた猿叫は、稽古を含め今までの中で俺史上、一番の見事さで、会場に響
き渡った。
俺は、多分顔見知りかも知れない対戦相手に、全身全霊を以て打ち込んだのだが…………。
――――――ん?
次の瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、相手の持つ諸刃剣。その刃が俺の前髪に少し触れ数本散らされた。
そして、俺の木刀は相手の剣に触れた瞬間、綺麗に真っ二つ。まるで野菜みたいに切られてしまったのだった。
◆
「ふう~っ……」
俺は、安堵のため息をついて、冷や汗をぬぐっていた。
木刀に載せた魔力が正面からまともに相手に叩きつけることができたおかげで、何とか吹き飛ばすことが出来たものの、終わってみれば紙一重のぎりぎりの試合。というかもはや死合い。
これまで、ずっと覚悟を決めて稽古を重ねてきたつもりだったのだが、髪の毛数本分のぎりぎりの試合を終えて、戦慄している自分がいる。
まさか、こんな剣があるとは……。
一歩間違えれば、俺が真っ二つにされていた所だ。
相手の気持ち悪さに気を取られ、俺には相手の得物を含めた装備に対する認識が抜け落ちていた。俺はこれほどまでの切れ味の剣を見たことが無いのだ。
祖父の影響で、子どもの頃から刀剣は身近な存在だった我がクラーチ家。
俺が、家を継いだ後は、借金返済と辺境伯としての赴任もあって、その大部分は処分してしまったが、我が家の倉庫には祖父が集めた大量の刀剣があり、俺は幼いころからそれらに慣れ親しんできた。中には、業物なんて言われる国宝クラスの美術品からひたすら切れ味だけを追求された物まで、多くのコレクションがあったのだ。
幼いころは勝手に持ち出して祖父からげんこつを落とされたこともあるが、祖父の立ち合いの元、俺は今まで何千本もの刀剣で試し切りをして来た。しかもその中には祖父にせがんだ国宝級の物まであったのに。
そんな俺の経験から考えても、この剣は異次元の切れ味だったのだ。
――――グシャン。
俺の気合とともに、魔力をもろに浴びた相手は、闘技場の壁まで飛んで派手にぶつかっていた。どうやら全身を打撲したようで、満足に起き上がることが出来ない様子。何だか、虫みたいにピクピクしている。少し嫌な音がしたものの、大丈夫そうだ。
担架には自分で乗れないようだが、係員の声掛けに手を挙げて応じている。嫌な音はしたものの、とっさに受け身を取ったのだろう。後でモルトにお見舞いに行かせることにしよう。
「勝者、レオン=クラーチ!」
「きゃ~! レオン様~!」
「おおおおぉぉぉぉ〜!」
「怒弩度土ドど……怒弩度土ドど……怒弩度土ドど……!」
「うおおおおお~……」
「レオン様~!」
「せえのお……愛してま~~~す!」
一瞬静まり返った会場が、審判のアナウンスにたちまち大歓声に包まれた。その後一拍置いて、いつものスタンピードが会場を包み込む。
重低音の大きなうねりは、歓声を巻き込みながら会場を何周してもなお鳴りやまなかったのだが、俺は担架で運ばれる相手に深々と一礼すると、大歓声そっちのけで早々に引き上げたのだった。
◆
「レオン様、さすがっす! それでこそ我が主っす!」
「この度もお見事でした」
「レオン様、なに浮かない顔してるんすか!」
「いや、実はな……」
「なあ~に謙遜してるんすか」
「そこを踏まえましても、レオン様の完勝でまちがいないかと」
「そんなことより、決勝までまだ時間があるっすよね、ちょっとだけですのでサインお願いしたいっす~♪」
「あ、あのなあ……」
「レオン様、こちらに飲み物をご用意しております」
「カール、すまんな」
この二人には、俺が無様にも相手の力を見誤ったこと、そして一歩間違えれば木刀だけでなく俺自身が真っ二つになっていたことを話したのだが、どうやらあまり伝わらなかったようだ。
◆
そして特別観覧席では、イザベルがいつものごとく身を乗り出して歓声を送っていたのだった。
「きゃ~! レオン様~! 愛してま~~~す!」




