第4章 遠征編 第23話 レグザス
「ククク……。レオンめ。今こそ積年の恨みを晴らしてくれるわ」
王都のコロシアムでの一戦以来、レオンにはいつも苦渋をなめさせられてきた。
勿論、自分も剣士の端くれ。レオンの技量は認めているのだが、あんな風にだまし討ちのように先制攻撃など、なんて卑怯な!
しかも得物はあんな、木刀というのもおこがましいような木の棒。
これを武器と言えるか? 王国貴族の感覚とは相容れない代物だ。優美さのかけらも無いただの棒切れにすぎない。というか、どうみてもそこらの森に生えている木の棒だろうが。
そんな物にぶっ飛ばされた自分は、何だかバカにされたような気がする。正直腹立たしい。そして屈辱的だった。
しかも公爵家のパーティーでは、俺を無視したあげくイザベル様とペアでチークまで! 貴族家の当主とはいえ、叙勲されたばかりのあいつがなぜ?! しかも、吹けば飛ぶような伯爵家ごときが!
しかもしかも! 憧れのイザベル様となんだ!
イザベル様は自分が幼いころからの想い人だった。
俺は、二人が踊る姿をどんな思いで眺めていたことか。しかも今回のことは、イザベル様の方から近寄っていかれた様子に見えた。
……信じられん。
思わず奴を睨んでしまったのだが、俺としたことがあのときの視線には、相当な殺気がのせられていたことだろう。
はっきり言ってこれだけでも相当腹立たしいのだが、これだけならまだぎりぎり許せる。ほんとぎりぎりだがな!
しかしこの直後、あいつのした事は!
もう、本当にこれだけは許せん!
何とレオンは、王国の天使とまで称えられたイザベル様からのお茶会の誘いを、公衆の面前で断りやがったのだ!
ただでさえ、試合での欠礼を平気でするような無礼な奴。我々王国貴族の風上にも置けない奴だと、いらだってはきたのだが、このことは……このことだけはっ!
イザベル様に生き恥をかかせるなど、返す返すも無礼千万! 卑しい伯爵風情がその身をわきまえろ!
伯爵家出のお前など、いつか侯爵家の俺が成敗してやる。いつか家格の違いを見せつけてやるのだ!
……なんて思っていたのだが、この後程なくして更なる極めつけの事態が発覚した。
王都の大会に備えて、父にせがんで苦労のあげく何とかオークションで手に入れた国宝級の鎧。もちろん例の大会でも装備していたものだ。その自慢の鎧が……。
王都で行われた大陸最大級のオークション。その目玉商品として出品された鎧に、俺は心を奪われた。そのデザインに加え風格と気品。そして何より今では伝説として語り継がれている『竜の庭』でのエピソードを纏った逸品だった。
出品者が狐の亜人だったから気付かなかったのだが、何とこれの元の持ち主がレオンだったとは!
俺はまんまと大金を奴に巻き上げられたみたいなものだ。しかもそのことが分かった今となっては、最初はお気に入りだったこの鎧も、急にみすぼらしくつまらないものに見えてきた。
もちろん、すぐに処分したのだが、悪いことに、このことで侯爵、つまり実の父親と大喧嘩してしまったのだ。
父からは、歴史的価値もあるのだし使わないなら我が家の宝物庫にでも納めておけばいいと言われたが、それを断固拒否した俺は、骨董屋に二束三文で売り払った。
そのことを知った父は大激怒。父の考えに背いた行動に加え、鎧の購入資金が、当時の父のへそくり一億アールだったことが痛かった。
ただでさえ、レオンのおかげで屈辱的な仕打ちにまみれていた俺は、父親と衝突し、激しい口論の末、着の身着のままで侯爵家を飛び出し今に至っているのだ。
返す返すも、この俺が味わった不幸の全ての原因はレオン! お前だ!
そして俺は、こいつへの復讐のためだけのために、諸国を流浪しながら剣の腕を磨いてきたのだ。
今の自分はあのときとは違う。何しろ今の自分には、王国から借りたこの宝剣があるのだ。
「ふふふ……今に見ていろ。俺の屈辱、そっくりお前に返してやるわ!」
◆
「うん?」
会場に足を踏み入れた俺は、首をひねる。
この弱弱しい殺気とはどこかであったような……。はて、誰だったっけ。
よくは思い出せないが、確か王都のコロシアムかイザベルのパーティーかで会ったことがあるような……うん、多分そうだ。正直、自信は無いけど。
しかし、そんなことはさておき、何だか下品な奴だ。
大体、この剣士はこっちを見ながら不気味に笑ってるのだが。はっきり言って気持ち悪いぞ。
ボッチの俺が言うのもなんだが、正直あまり関わりたくないタイプ。
こんな奴とは、あまり関わらず、さっさと試合を済ませて帰るに限る。
◆
静かに目を閉じる。視覚に頼らず相手を捉える。
勿論目は閉じるとは言っても半眼。視覚で相手を捉えるのではなく、感覚で相手を捉える。
これは、シークに敗れた時から自分なりに工夫して来たことだ。勿論手練れ相手に目をつぶっていては後れを取るのは確実だろうが、一回戦、二回戦とこの目の前にいる準決勝の相手くらいなら、出来ないといけない。これらの負荷が自分にとっての何よりの実戦練習になっている。
「はじめ!」
審判の掛け声を合図に、俺はゆっくりと相手に歩を進めたのだった。




