第4章 遠征編 第21話 お輿入れ
「きゃ~っ! マリー! 見てみて~♪ レオン様がお勝ちになられたわ!」
特別観覧席にしつらえられた豪華なバルコニーから身を乗り出して大喜びのイザベル。
彼女の熱い視線の先には、いつものごとく試合後の相手に対して深々と頭を下げるレオンの姿。試合前は相手に対して一切礼をとらないにもかかわらず、何故か試合が終わった後は、いつも丁寧に礼を尽くしている。
「レオン様、ああ。なんて素敵なのかしら……早く結ばれたいですわ」
「い、イザベル様……」
マリーの問いかけに我に返ったイザベル。
「……って!わ、わ、私ったらなんてことを……きゃ~っ!」
そして、ひとしきり大騒ぎした後、赤らめた顔を扇で隠し、しばらく澄ましたふり。どうやらしばらくの間、淑女らしくしてくれるつもりらしい。
主のイザベルが、顔を隠して恥ずかしそうにトリップしてくれているのをいいことに、御付きの三人は、額を寄せ合って相談にふけっていた。
「マリー様」
「私たちは、イザベル様にお輿入れの件をお伝えするべきだと思うのです」
「いいえ。それはまかりなりません!」
ピニャとコラーダの必死の訴えにも腕組みをしたマリーはにべもない表情。
「帝国王室へのお輿入れの件は、ハウスホールドを出るまでは絶対に内緒です」
予定では、レオンの出場するこの大会を観た後は、王に拝謁もせずブラックベリーに帰ることになっている。
ブラックベリーの港には、公爵家の迎えが来ているはずだから、下船したイザベルをそのまま王都まで連れ帰るという計画を立てていたのだ。
「いいですか、二人とも。計画通り事を運ぶのです。イザベル様が嫌がられた場合は縛ってでも王国に連れ帰らないといけません」
「そ、そんな……」
「レオン様をお慕いされるイザベル様のお姿。それを引き裂くなんて、私たちできかねます」
「ピニャもコラーダも、イザベル様を思う気持ちは嬉しいのです。ですが今回のことは、悪くすると大陸全土が混乱に巻き込まれるかも知れないのですよ」
「……」
「でも……」
「二人のイザベル様を思う気持ちは私も嬉しいのです。長年イザベル様の側にお仕えしてきた私にとって、イザベル様はまさに宝です。お幸せになって欲しい気持ちはあなたたちと変わりません」
マリーはそう言うと、ピニャとコラーダを“キッ”とひと睨みした。
「私も断腸の思いで我慢しているのです。あなた方も本当にイザベル様をお慕いしているのなら、ここはぐっと堪えなさい!」
血の涙を流さんばかりのマリーの姿を見て、流石のピニャとコラーダも引き下がるしかない。
「いいですか、二人とも」
なおも不服そうな顔の二人に、マリーは言葉を継げる。
「もし、リューク王にイザベル様が御無心なされれば、王は可愛い姪のために何をされるか分かりません。そして、この度の婚姻が上手くいかず帝国を怒らせれば、せっかく築いた帝国と王国との関係にもひびが入り、帝国はこれを口実にハウスホールドにも宣戦布告する可能性もあります。その余波として王国はもとより周辺の弱小勢力はいやおうなく戦争に巻き込まれることとなるでしょう。あなたたち、ここまではいいですか」
「……は、はい」
「それは、分かっております」
「いいでしょう。そして……」
マリーが言うには、いざ帝国と事を構えるとなると、ハウスホールドも黙ってはいない。近年の軍備の増強に加えて武を重んじる姿勢は、王の好みというだけでなく国策も入っているはず。当然今行われている大会も、騎士団幹部へ登用試験の側面があるのは明白である。
しかも、すでにハウスホールドは後方を固めるため、ブルームーンとの同盟強化を急いでいるという情報まで入ってきている。もし、南北の勢力が衝突したとすれば、大陸は南北に分断され、果てなき騒乱の時代に突入するだろう。
「でも……」
「普通はそんな大事になんてならないと思いますが」
「普通ならね。ですが、イザベル様も公爵様もリューク王など特に……」
こめかみを軽く押さえ、小さく首を振るマリー。
「……そう」
「ですよね……」
「ピニャもコラーダもよくわきまえて! 今回のお輿入れには、大陸の命運と、何より多くの人命がかかっているのです!」
今でこそ、平和な日常を謳歌している大陸ではあるが、かつてはカサティーク帝国の膨張に伴い、大陸北部では戦争が日常だった。帝国と王国は長年にらみ合いと小競り合いを繰り返してきた。大陸中央部では、「トーチの戦い」と言われる大規模な会戦や、ブルームーン諸島では大規模なクーデター騒ぎもあったらしい。
今の仮初の平和がもたらされているのは、ガラスのように繊細な板の上でかろうじてバランスが取れているからに過ぎない。平和の裏では戦乱の火種が常にくすぶり続けている。このことは、マリーはもちろん、ピニャとコラーダも重々分かり切っていることだ。
「とにかく今は、私たちが出来ることをするだけです」
マリーは、そう言って、伊達メガネのふちをクイッとあげたのだった。




