第4章 遠征編 第18話 二回戦へ
「レオン様、いいっすか? ここは是が非でも大会で優勝して、リューク王を味方につけるしかないかも……。ハウスホールドが味方に付いてくれれば、何とかなるかも知れないっす!」
……。
モルトに言われるまでもなく、当然全力で試合に臨むつもりなのだが、何だこの余計なプレッシャーは。
しかも「何とかなるかも知れない」って。
俺はただただ巻き込まれているだけのような気がするのだが……って、いかんいかん。俺としたことが、また余計なことを。
俺は軽く頭を振ってもふもふ尻尾を意識の端へと追い出し、何とか試合に集中することにしたのだった。
◆
「レオン様、二回戦の出番です! ……って、え?」
せっかく俺の控室にまで迎えに来てくれた係員が目を丸くして驚いている。モルトよ。頼むから俺の横断幕をこんな所で広げないで欲しい。
「今日の日に備えて百本以上用意してきたんっす! もちろん完売っすよ~♪」
他にもタオルや法被に鉢巻に団扇など、俺の応援グッズの売れ行きも好調なんだとか。でもお前、俺に内緒で何商売してんだよ!
「レオン様こそ何言ってんすか! 自分がこうやってクラーチ家の家計を支えてきたからこそ今があるんす!」
くっ。声に出してないのにモルトの奴、俺の心の声を聞きやがった! こいつ昔からこんなことろあるんだよなあ。ほんと主人としては、こんな執事つくづく嫌になる。
「とにかく、行ってくる」
「お気を付けて無事の御帰還、願っております」
「この試合が終わったら、こっちの売れ残りタオルに直筆サイン欲しいっす~!」
「……」
俺は、心の中のモヤモヤを完全に断ち切るように木刀を数回振ると、右手と尻尾をぶんぶん振るモルトと静かに一礼するカールに見送られ、いつもの足どりで控室を出たのだった。
◆
「これより、二回戦の最後の試合を行います!」
「きゃ~! レオン様~!」
「おおおおぉぉぉぉ〜!」
会場にアナウンスが流れると、コロシアムはたちまち大歓声に包まれた。そして、特別観覧席からも一際熱のこもった声援が。
「きゃ~っ! レオン様、レオン様、私のレオン様~!」
レオンを見つけるやいなや、バルコニーから身を乗り出さんばかりのイザベル。そして、そんな彼女のドレスの裾を引っ張って押しとどめる、ピニャとコラーダ。公爵令嬢とは思えぬ程のはしゃぎぶりに、さすがのマリーも渋い顔をしている。
「「レオン様~! せえのお……愛してま~~~す!」」
レオンに対する『愛してます』の大合唱まで、観衆と一緒になって唱和する始末。
「イザベル様! そんなスカートの裾を乱されて! しかもそのようなお言葉遣いまで! いくら何でも淑女としてのたしなみを忘れられては困ります」
「今はそんなこと言ってる場合じゃなくってよ!」
「ですが、もう少し御身分を考えて頂かないと」
「そんなの大丈夫ですわ。ここはハウスホールド。たとえ何があろうが、いざとなったら伯父様が全て何とかしてくださいます!」
「イザベル様……」
そう呟くや、大きなため息をつくマリー。
イザベルの人格形成上、公爵家だけではなく、伯父であるハウスホールド王の溺愛ぶりも問題なのかも知れない。
(ほんと、リュークさまも罪作りなことを。少しはこちらの苦労も分かって頂きたいものです)
何しろイザベルが産まれてこの方、望んで叶わなかったことと言えば、レオン辺境伯とのご結婚のことくらい。それまでは自分の希望がかなわなかったことなんて一つもなかったのだから。
ただでさえ、公爵家の愛情を一心に受けて育ったイザベルは、欲しい物はすべて買い与えられて育てられた。街で気に入ったレストランですら、公爵にせがんで店ごと買い取ったこともある。しかもそんな公爵に輪をかけてイザベルに甘いのがハウスホールドのリューク王。彼のこの姪への溺愛ぶりは有名で、極めつけは領地まで与えたこともあるとか。
何でもイザベルが幼いころバカンスで訪れた島が気に入り、リューク王から島丸ごとプレゼントしてもらったという。今では公爵家の飛び地なのだそうだ。
このように甘やかされて育てられたことは、イザベルにとっていいことだとは思えない。そのせいで、こんなにもわがまま放題にお育ちになられたのだと思う。
そう。それはそうなのだが、しかし……。
「でも、そんな天真爛漫なイザベル様の何とお可愛らしいことでしょう」
「……なあに?」
「いえ、何でもございません。それよりお茶が入ったところです。いかがですか」
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところなの」
そう言って微笑むイザベル。この笑顔は誰にもこびたことがない本物の天真爛漫さからくるものだと思う。
他の女の子がしたならあざとく見えるであろう、小首をかしげる仕草もイザベルは何も考えず無邪気に行っている一つの所作に過ぎない。
イザベルの中には本物の女の子らしさが、奇跡的に残されているように思うのだ。
(まさに天使とはイザベル様のことかもしれませんわ)
マリーは顔をほころばせて、心の中でそう呟くと自らの主をしみじみと見つめたのだった。




