第4章 遠征編 第17話 急使
「おい! 一体何でお前がここに居るんだ!」
「そんな言い方ひどいっす! 自分、レオン様のために必死で駆け戻って来たんすよ!」
てっきり今頃は、温泉リゾートで寛いでいるものとばかり思っていたのだが。一体どうした?
訝しがる俺の目の前で、当のモルトは、何やら得意気にもふもふ尻尾をゆっくり振っている。
「今は大会の真っ最中なんだぞ」
「そんなこと分かってるっす。とにかくレオン様、大変なんす!」
「だから何なんだ?」
「イザベル様がこちらにお越しっす! これは一大事っすよ~」
「……」
「な、何すか? びっくりされたっすか?」
「知ってるよ」
「……え?」
「イザベルなら観覧席にいたからな」
「そ、そんな~。自分必死でお伝えしようと……」
生意気な奴には違いないが、しゅんと尻尾を垂らす姿を見ているうちに、少し気の毒な気持ちになってきてしまった。
「そんなに気を落とすなよ。わざわざありがとう。俺はその気持ちが何よりうれしいよ」
「れ、レオン様~!」
「ところでイザベルが何でそんなに問題なんだ?」
「それが聞いてくださいよ! 何でもイザベル様は、公爵様の言いつけを無視して王都を飛び出して来たらしいっす」
「何?!」
「公爵様はかんかんにお怒りだとか。これは大変なことっになるすよ~」
そう言って腕組みしながら深刻そうな表情を浮かべるモルト。
「どう考えても一筋縄にはいかないっす。ウチにとっては正念場っすね。レオン様には心してかかって頂かないと困るっす」
眉間にしわを寄せつつ、腕組みしながら人差し指で自分のこめかみを軽くトントントン……。もふもふ尻尾は物欲しげにぶんぶん振られている。もっともこいつは自分の尻尾のことには気付いていない様で、渋い表情を崩していない。
このいかにも芝居掛かった振る舞いにイラッとくるのは、俺だけだろうか。
よくよく考えてみると、イザベルに付きまとわれる原因となった、王都のコロシアムの試合にしろパーティーの件にしろ、全部こいつのせいだった!
一瞬とはいえ、モルトのことを気の毒に思って損した!
「でもイザベルが勝手に来てるだけだぞ。俺は関係無いよな」
「何言ってんすか! 公爵様からしたら何もされてなくてもレオン様は迷惑なんすよ」
「なら、イザベルには帰ってもらうしかないよな」
「それが出来たら苦にならないっす!」
「何で?」
「だって、ここだけの話、イザベル様はハウスホールドのリューク王が一番かわいがっている姪っ子なんすよ!」
…………。
「何だって~!」
「亜人嫌いの公爵家の体面上公にはされてませんが、裏ギルドのネットワーク情報ですから確かっす。そうっすよね、カールさん」
「……その通りです。王の妹君様は公爵家に嫁がれました」
「あの亜人嫌いの公爵家にか?」
「はい。国としては公にしておりませんが、ハウスホールドの王室はエルフにあらず。人種的には人間としか言いようがありません」
「な、何だって~!」
◆
ハウスホールドの王室は、融和政策の名のもと、長年人間との婚姻を重ねてきた。きっかけは過去に起こった“審判”と呼ばれる大災厄。
ユファイン王国やアルカ王国周辺から、多数の避難民を受け入れたことをきっかけに、ハウスホールド王室はそれまで同盟国だったユファインやの旧王族たちとの婚姻を結ぶのが伝統となり、この習慣は今でも続いているそうだ。
その結果、今や王室はその正統に近ければ近いほど、エルフより人間に近いということになっている。今ではその人間らしさが、ハウスホールド王家の証とさえ言われているほどだ。
「正直、表向きはあくまで人間の血の濃いエルフということになっています。そうでないと亜人の盟主の座が揺らぎますので。ですが北の帝国や王国をはじめ人族の王室に対しては、本当のことを正直に伝えております」
「そうはいっても亜人の皆も薄々はわかってんだろ? 人間を王に据えてる国によく付いてきてくれるよな」
「そこは、長年積み上げてきた我が国の努力の賜物でしょう」
そう言って、少し誇らしげに胸を張るカール。
ハウスホールドは、伝統的に周辺の亜人たちの村や里を財政的に支援してきたのだとか。しかもその伝統は『賢王』ダグ・リュークの時代に活躍した宰相エルビンから続いているそうだ。カールも子孫として誇らしいのだろう。
「ただ……」
「ただ?」
「人間とはいえ、王族の中には稀にエルフの特性を顕著に受け継がれた方もお産まれになることがあります。エルフの血は少しは残っておりますので、先祖返りとでも言うのでしょうか。そのおかげもあって、王室による統治が上手くいっていることも否めませんが」
「成る程な。とにかく、ややこしいという事だけは理解した。モルト、後はお前に任せるぞ」
「何言ってんすか! レオン様はこの大会で優勝して是非ともエルフ王にとりなしてもらうという重要な役割があるっす!」
「それが何で俺の試合と関係あるんだ?」
「あるに決まってるっす~!」
「……」
「何でも公爵夫妻は帝国でイザベル様の婿をみそめられたとか。この話がイザベル様のお耳に入りでもすれば、伯父のリューク王に泣きついて大変なことになるに違いないっす!」
「ということは、イザベルはまだ知らないんだな」
「はい。裏ギルドを通して側近のピニャとコラーダに協力してもらっているんで今のところは大丈夫っす」
イザベルがハウスホールドにいる以上は、いくら公爵でも娘を連れ戻すことは叶わないという。しかもイザベルの縁談のお相手とは帝国王室だとか。
「まだ、確実にウラが取れたわけじゃないっすけど、情報筋の話だと帝国の第二王子との縁談が内々にまとまったらしいっす」
「ほう。そりゃめでたいな」
「何のん気なこと言ってんすか! イザベル様が結婚の話を蹴って、リューク王に泣き付いたらどうなると思うんすか!」
「そ、それは……」
「いくら、キール様のインスぺリアルが後ろ盾でも、王国に帝国、更にはハウスホールドまで敵に回しちゃうかもしれないんすよ! アウル領なんて一瞬ですりつぶされるっす~!」




