第4章 遠征編 第16話 一回戦
「はじめ!」
審判の掛け声とともに、試合は滞りなくすすんでいった。一回戦は全八試合。今日一日で決勝までトーナメントの全ての試合が行われる予定である。
出場者は、いずれも厳選された手練れ揃い。俺の見知った顔もちらほらあるから、前に出た王国の大会の出場者も何人かいるのだろう。
「おぉぉぉぉ……」
王国ではありえないくらいの盛り上がりをみせる会場内。しかも今回の大会はハウスホールド国王ご臨席の下での天覧試合でもある。
戦いぶりによっては、ハウスホールドの騎士団長への登用もあるという。次点としては王室お抱え騎士への道へも開かれるという噂もある。多くの剣士がこの大会に栄達を賭けて臨むのも当然だろう。
そして、そんな選手の気合に呼応するかのように、観客一人ひとりの興奮がそれぞれ周囲に伝播しているようだ。
◆
「出番です。御準備よろしくお願いします」
「ん……」
係員に呼ばれた俺は、控室からゆっくりと外に出た。
一回戦の他の試合はもう終わったようで、微妙な使用感の残る試合場。どうやら俺は最後の組のようだ。
「さて。やるとするか……」
歓声がこだまする中、俺はゆっくりと歩を進めたのだった。
「これより、一回戦、最後の試合を行います」
「ごおぉぉぉぉ……!」
審判のコールに観客席からの声援がさらに一段跳ね上がった。
「きやーっ! レオン様~!」
「素敵~!」
「お勝ちになって~!」
「せえの、愛してま~~~す!」
観客席から降り注ぐ、亜人の女の子たちの大歓声に包まれながら、俺は愛用の木刀をゆったりと構えた。
目の前の対戦相手は初めて見る顔だ。おそらくハウスホールドの騎士なのだろう。かなり若く見えるが、エルフなだけに年齢は不詳。
身なりの良さそうな青の軽甲冑に装飾が施された両刃剣。確か、騎士団の幹部以上の者が身に付けるものだったと思う。色白の顔を赤らめ呼吸が荒い。サラサラの金髪は試合の邪魔にならぬよう、束ねられている。
目の前の俺の相手は、ドレスを着れはどこぞの貴族令嬢かと見まごうばかりの女騎士だった。
女性としては魅力的だが、剣士として見るにあの細腕では……。いやいや、待てよ。ひょっとしてセリスのようにドワーフの血が入っているかも知れない。もしくは、非力をカバーする程の精緻な剣の使い手か……。
……いかんいかん! 俺は、まだ相手を見た目だけで捉えようとしていた。
今までより、もう一段上に行こうと稽古を積んできたのではなかったのか。こんなことではシークに通用なんてするはずがない。
「ふぅ……」
俺は小さく頭を振った後、呼吸を整え、今度こそ自分に向き合ったのだった。
「はじめ!」
…………。
「ふん!」
…………。
「うおおおおお~……」
「きゃ~、レオン様~!」
「大好き~!」
「せえ~のお……愛してま~す!」
そして、会場にはあの現象が……。
「怒、弩、度、土、ド、ど……!」
勝負が決するや否や、大歓声に覆われた会場内に観客が床を踏み鳴らす振動が重低音で鳴り響く。
試合が最高にヒートしたときにのみ自然発生的に現れるこの現象は「スタンピード」と呼ばれている。歓声と共に観客が足で床を踏み鳴らす音と振動で会場全体がひとつに包み込まれるのだ。
大会中一度でもこれが現れると、その大会は大成功だとされている。ちなみに祖父のいた異世界でもそうだったと直接聞いたことある。『世界最強タッグチーム決定リーグ戦』『IWGP世界ヘビー級選手権試合』『ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア』……実は祖父の書斎にはこのようなタイトルの冊子が大量にあったのだから、祖父も足繁く試合会場に足を運んでいたに違いない。
そして俺がこの試合でしたことと言えば、構える相手にゆっくりと歩み寄った後、木刀を振り下ろしただけだ。
「きゃっ!」
エルフの女騎士は防御の姿勢を取ったまま、大きく吹き飛ばされそのまま担架で運ばれていった。一撃でズタボロにしてしまったのだが、おそらく大けがはさせてないはず。
このように防具や衣服が破れ、息も絶え絶えな女騎士の姿は、巷で「くっころ」なんて言われる状態らしいが、そう心配することもないだろう。手加減する余裕が俺にはあったのだ。
◆
「お疲れ様です」
控室にさがると、笑顔のカールが出迎えてくれた。
「流石はレオン様。彼女は王からの覚えもめでたく次期騎士団長の最有力候補だったのです。そんな強者をこうもやすやすと打ち破られるとは! お見事というほかありません!」
まさか、そこまでの実力者だったとは。確かにそこそこの風格は感じたのだが……。どおりで、観客が興奮していたはずだ。
そしてカールは声を潜めて耳打ちしてきた。
「レオン様、実はあの噂のことなんですが……」
「何だ」
「やはり本当のようでした」
「……」
「シーク様はすでに会場に入られておられるとのこと。しかも、この大会の優勝者と立ち会いたいと自ら志願されたそうです」
例え不確かな情報とはいえ、可能性が少しでもあればそれに備えるのは祖父から叩き込まれた心構え。もとより俺はどちらに転ぼうが大したことは無い……のだ……。
俺は、思わず上がった口角を押さえるふりをしながら隠しつつ、笑顔のカールに短く頷いた。こんな顔、祖父に観られれば立木打ち一万回を命じられていたかも知れない。
「何、にやついてるんすか、レオン様」
「え、何でお前が?」
びっくりする俺の目の前で、もふもふ尻尾がゆっくり揺れていたのだった。




