第4章 遠征編 第15話 試合前
「いや~。さすがにこれはすごいな」
俺は専用の控室から会場を見て思わず声を漏らした。この日、ハウスホールド王室コロシアムは満員の観客で溢れかえっていた。
観客席の熱気は、俺が以前戦った王都のコロシアムの比ではない。しかも、ほとんどのエリアで酒が解禁されているため、すでに出来上がっている人も多い。
「レオン様のおかげで、いつにも増して盛況です。では、私はこれにて」
「世話になったな。おかげで大会に向けて、いい稽古ができたよ」
カールを横目で見送りながら、俺は使い慣れた木刀を両手で握る。
本音を言うと大会というより、シークとの再戦に向けての稽古に集中することが出来た。今回、本当に戦えるかどうかは疑問だが。あの日以来、俺はずっとシークに向けて剣を振って来たのだ。
「さて、そろそろ行くとするか」
多くの選手たちが、それぞれ中に入り、第一試合が始まるまでの間、会場の感触を確かめている。中には見知った顔もあるが、やはりシークの姿は見えない。
俺は今まで散々使わせてもらった場所なだけに、確認などするまでもないが、一応、観客が入った様子を肌で感じるために、板敷の試合会場に歩を進めた。
やはり無人のコロシアムで剣を振うのとはわけが違う。観客の熱気に混じって複数の殺気。初心者なら、この独特の雰囲気にあてられ、実力の半分も出せないだろう。
「お、おい、あれが噂の……」
「本当に木刀……いや棒切れを持っているぞ」
「やはりあれで戦う気なのか」
「キャーッ! レオン様~!」
俺が歓声に振り返ると、王都でのコロシアムの試合のときみたいに、亜人の女の子たちの大応援団。何か、あの時以上に人数が増えてないか。中には見知った獣人やエルフの女の子たちの姿もある。いつものことながら、人間の女の子はほとんどいないようだ。
そしてそれだけではなく……。
「え、まさか……」
殺気とはまた違う、何やら熱い視線を感じてふと観客席の一角を振り返ったのだが。
特別にしつらえられた、観覧席から優雅に俺を見つめるのは……。
まさか、まさか!
◆
「レオン様~」
スタジアム前で馬車から降りるや否や、夢見心地で何やら呟いているイザベルの手を引き、先へと急ぐマリー。
「お急ぎください、イザベル様。このマリー。最高の席を押さえてあります!」
イザベル一行は、インスぺリアルから高速船を飛ばしてハウスホールドにたどり着いたばかり。
「イザベル様。まだぎりぎりでレオン様の試合に間に合います」
「ありがとうマリー。とにかく急ぎますわ!」
もう、淑女としてのマナーなんてどうでもいい。愛する方の晴れ舞台ですもの。会えるのですもの。
ああ……どうか、どうか、間に合って……。
マリーが確保してくれたという特別観覧席までの階段を、夢中で駆け上がるイザベル。
「イザベル様、こちらです!」
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
「今、レオン様のお姿があちらに!」
マリーに案内されて、観覧席から試合場を見下ろすイザベル。
そして、マリーの指さす先には想い人の姿が。
「レオン様ぁ~!」
イザベルが無事到着し、試合場を見下ろして思わず叫び声を上げたとき、レオンも下から観客席を見上げていた。
「……」
二人の視線が不意にぶつかり、そのビリビリとした感覚にイザベルは思わず卒倒しそうになったのだった。
「あのときと同じですわ……」
◆
「まさか来るなんてな……」
正直、イザベルはまだ王都にいたはずでは。少なくともブラックベリーの領主館では、イザベルを受け入れる準備を整えていたはず。それが、なぜここに。とにかく今は試合に集中させてもらおう。
「ふう……」
少し心を乱されたものの、俺は呼吸を静かに整え、ゆっくりと素振りを繰り返したのだった。
◆
「ちっ!」
他の出場者に目もくれず、ゆったりと構えているレオンを見て、レグサスは、苦々し気に顔をゆがませていた。
あいつめ、俺が放つ殺気を感したのか、ちらりとこちらを見遣ったものの、何事も無かったような顔をしやがって。俺など眼中にないということか。
以前は、貴公子然として自慢の長髪をなびかせ、客席の女の子たちに余裕でサービスしていた。しかし今回は無精髭を生やし、歯噛みして敵を睨むその姿は以前とはまるで別人である。携えている剣こそひと目見て相当な業物に見えるが、地味な防具で身を固めている。
「くそう、レオンめ。俺はお前に復讐するために、持てる全てを捨てたのだ。にもかかわらず、お前は、お前は……」
レグサスはそう呟くと、王国に伝わると言われる宝剣を両手で力強く握りしめたのだった。
◆
「時間です。選手は下がってください。間もなく第一試合を始めます」
審判の声とともに、十六名の選手はそれぞれの控室下がり、やがて第一試合のコールがなされた。
この試合は、自分の名前が呼ばれるまで、対戦相手が分からないようになっている。あくまで公平性を給うためだとか。勿論俺とて誰と対戦するかわからない。
コロシアムの控室から試合場を覗くと、対戦する二人の選手が相対している様子が見えた。
まあ誰と戦おうが、俺がやろうとしていることはひとつだけ。戦う相手や順番などどうでもいい。むしろ邪魔な思考だ。
「レオンよ。何事も余計なものは捨て置け」
かつて祖父から言われたことがある。そしてそんな祖父から受け継いだ剣もおよそ余計な要素が一切そぎ落とされたものだった。それは、欠礼という所作や独特の稽古、そして相手より髪の毛一本でも速く打ち下ろす斬撃といった表面的なことだけでなく、剣に対する考え方もまた然り。
「余事だ」
俺は祖父を思い出しながら、目を閉じて静かにつぶやいたのだった。




