第1章 王都追放編 第8話 御前試合
一般席から黒髪の剣士に夢中で声援を送っている亜人の女の子たち。エルフに獣人……人族なんていない……。
自分たち王都の貴族たちだけに観覧が許されている特別席のバルコニーから、キャーキャーとやかましい彼女たちを、イザベルは静かに見下ろしていた。
立ち見でぎゅうぎゅうに詰め込まれた彼女たちに比べ、ゆったりと自分のスペースが確保された特別席。イザベルはそんな場所で、ふかふかのソファ―にゆっくりと体を沈ませていた。
この大陸では魔法の力はそのほとんどが失われて久しいが、そんな中にあって、今でも魔力量は、瞳と髪の毛の色に宿るとされている。
もっとも、だからと言ってそんな男の人にキャーキャー言っているのは、あくまで亜人の女の子たちだけだけど。
ただし、外見のいい者が性格までいいとは限らないように、その昔、まだ魔法が盛んに使われていた頃から、魔力の多さと上手く使えるかどうかは別だったらしい。
庶民、特に王都にいる亜人の子たちは、家柄的に高望みは無理なものだから、こういう魔力量みたいな“見た目”だけで殿方を選びがちなのよね。他人事ながら哀れだわ。ああ、やだやだ。
イザベルは、自分が彼女たちとは違うことを改めて確認し、心の底から神様に感謝したのだった。
そう……あの人の試合が始まるまでは……。
◆
しばらくすると、会場がざわつきだした。そろそろ、第1試合が始まるようだ。程なくして二人の選手が控室からゆっくりと出てきた。
一人は、白銀に輝く軽甲冑を身にまとった細身で長身の剣士。色白の肌にさらさらの金髪が輝いている。
前髪を軽くかき上げる度、観客席から黄色い歓声が飛ぶ。細身の剣をすらりと抜いて何やらポーズを決めておられる。何やらきゃーきゃー騒いでいる女の子たちに対してサインまで書かれているご様子。
何か軽いお方の様な気がいたします。だって、しぐさのひとつひとつがわざとらしくて芝居がかっているように見えます。
そんな私の思いとは裏腹に、お父様やお母様はこの殿方のことをことのほかお気に入りのよう。
「ほう、いきなり侯爵家御嫡男の登場か。噂では騎士官学校でもかなりの腕前だとか。イザベルよく見ておきなさい」
「そうですわよ。確かお名前は、レグサス様。これは見逃せませんわ」
「そうだぞ、イザベル。レグサス君のこと、よく見ていなさ……、あ、あれはもしや……」
「あ、あなた、あの甲冑!」
「ああ。大森林でドラゴン討伐を成し遂げた伝説の鎧かも知れぬ」
両親の話からすると、レグサス様は侯爵家の御嫡男。
その上、あの大森林への遠征で大成果を収めた騎士団長が身に付けていたという鎧まで身にまとっておられるそう。
この鎧が、最近急にオークションにかけられたという話は、さすがの私も耳にしていました。
確かに家柄もよく持ち物も最高級。しかもイケメンで優しそう。貴族の女の子たちが夢中になるのも頷けます。
両親がここまで言うということは、つまり、この侯爵家の嫡男とかいう人は、私の婿候補の有力な一人としてピックアップされているのでしょう。
だけど、周りでキャーキャー言っている人たちがうっとおしいこと。レグサス様もそんな者たちが付きまとっている状況を許されているのはどうかと思いますわ。
そのことをお母様にそっと話すと、少し勘違いされたみたい。
「あらあら、まあまあ……」
「心配するなイザベル。いざとなったら、あんな悪い虫は一匹残らず取り除いてやるからな」
もう、お父様まで!
試合場に再び目をやると、もう一人の選手も入場してきた。さっきから少し気になっていた、黒髪の剣士。
程なくして会場全体が少しずつざわつきだした。
「おい、何だあれ?」
「さあ……」
「あれは、武器なのか?」
「まさか……あれで、試合をするつもりじゃないだろうな……」
観覧席からの注目を受けながら、彼が素振りを始めると、会場から失笑が漏れた。何しろ彼が無心に振っているものは、他の者のそれとは全く違っているように見えます。
剣でも槍でもなく、もはや武器なのかどうかさえわからないような野太い木の棒なのですから。
彼はコロシアムに詰めかけた観客からどう思われようと、全く耳に入っていないようだ。それどころか、このコロシアムの中で、ひとり無の境地にでもいるかのよう。
彼が無心にふるう木の棒は余りにも異質。そして、国中の貴族の子弟が集うこの大会にはあまりにも大雑把で無造作な代物にみえます。
貴族が好む優雅であるとか洗練されているとかという感覚からは、かけ離れすぎています。
しかし、試合が始まるやいなや、私たちは信じられない光景を目にすることになったのでした。




