第4章 遠征編 第14話 決戦前夜
「レオン様、こちらになります」
「こ、これは……」
カールに案内されるまま、王城の地下に向かう通路を通り、その先にある一際大きな両開きの扉をくぐると、思わず息を呑んだ。
「……」
そこは、この度の大会に実際に使用される会場。
板敷の試合場を囲むのは、すり鉢状の観客席。壮大な観客席を見渡すと、優に一万人以上収容できそうだ。しかも、ここで開催される試合は、毎回満員で立ち見まで出るのだとか。王の嗜好が国民に広まるというのは本当らしい。
なんでもこの施設は、ハウスホールド現王の即位に合わせて建てられたものだとか。しかも控室や医務室、浴室、稽古場まで併設されているという。さすがは武を尊ぶと言われるエルフ王だけのことはある。
カールが言うには、今から大会が始まるまでの間、俺のためにこの施設の使用許可をもらったとのことだ。
「最初は王の手前、私たちも動員をかけてなんとか会場を満杯にしたのですが、その後はさしたる苦もなく満員御礼です」
もはや、この大会はハウスホールドにすっかり根付いた興行のようだ。人気の秘訣は基本的にオープン参加であることらしい。希望すれば誰でも参加できるが、実績のない者は予選からの参加だという。ちなみに予選は他の会場で行われており、すでに本戦の参加者が出そろっているとのこと。
「俺はハウスホールでの実績なんて、何もないんだけどな……」
「何を仰います! この前も申し上げましたように、レオン様の王都でのご武勇は、ハウスホールにも広く鳴り響いております」
「……」
あの試合で、自分の未熟さを痛感した俺としては、恥ずかしい限りだ。相変わらず買いかぶられているのも勘弁して欲しい。
シークとの再戦の機会があればいいのだが、確か人前では演武を見せるだけで、立ち合いはしないと公言しているという噂である。
王国に限らずハウスホールドを含め、この大陸のほとんどの国では私闘は禁止されている以上、それこそ戦場でもない限り二度と立ち会う機会は無いのかも知れない。
「ところで、この大会の参加者について、何か知っていることはあるか。勿論俺が有利になりすぎない範囲内でだが」
「出場者の大半は、これまで行われたハウスホールドの大会出場者だと聞いております」
「ふむ」
「他にはレオン様がご出場なされた、王国の大会の出場者たちも何人か。それから……」
「なんだ?」
「実は、王のたっての望みでトーナメントの優勝者には『剣聖』と特別試合が出来る栄誉が与えられるという噂です」
「何だって!」
ハウスホールドは、王国から『剣聖』シーク=モンドを大金を積み上げて招へいしたのだという。
正直、シークと渡り合うには、まだまだ修行不足だろう。前回圧倒的に自分の未熟さがさらされたばかりなのだから。スピード、タイミング、心構え。心・技・体いずれをとっても、彼にかなう気がしない。
「レオン様からすれば、腕が鳴るのでは?」
(……何言ってやがる)
「とにかく稽古に打ち込みたい」
「組み手の相手を用意しましょうか。ハウスホールド騎士団の手練れがおりますが」
「ありがとう。でも今回はひとりで稽古を重ねて試合に臨みたい」
「わかりました」
正直、カールの申し出はありがたいのだが、組み手をとなるとハウスホールドの騎士にけがをさせる恐れもある。第一あのシークを仮想敵として俺の練習相手になれるのはセリスくらいか。
俺は、すり鉢状の会場を軽く見回した後、舞台に下りた。無表情を装ってはいるものの、思わず上がった口角に気付き、さりげなく手をやる。
「でも、いいのか? 俺にだけこんなことしてもらって」
剣士にとっては、決戦の舞台を事前に確認できることは、それだけでかなりのアドバンテージとなる。
この状況は俺にだけ有利すぎるのではないだろうか。
「いえ、レオン様、ご心配には及びません」
「しかし、いくら何でも……」
「そこは、ご安心を」
俺の言葉を遮るように、カールはゆっくりと首を振った。
「今回の大会の出場者の中には、この会場で実際に試合を経験された方が大半です。それに何とかいう出場者の一人も、今の今まで強引にここで練習されていたとか。逆にレオン様にこの場所を知って頂くことは、他の有力な出場者に対してどちらかと言えばフェアなことかと思われます」
「なら、お言葉に甘えさせていただくとしようか」
そして、本戦が始まるまでの間、俺はこれらの施設を思う存分有効活用したのだった。
◆
王都の公爵邸では、五十台以上の馬車や荷車が、隊列をなしていた。イザベルの大陸南部留学の荷駄やメイドに加えて、裏ギルドから紹介されたアウル領ブラックベリーへの移住者たち。そして、護衛の獣人や山エルフたちを含め、まるで軍隊の様な物々しさである。
「ああ……レオン様お慕いしております。どうか、もうしばらくお待ちになってくださいませ」
顔を紅潮させながら、大き過ぎるひとり言をつぶやくイザベルの前に跪くピニャとコラーダ。
「イザベル様」
「万事整いましてございます」
イザベルは、満面の笑みで小さく頷くと、高らかに宣言した。
「これよりレオン様の元に参ります。私たち二人の間には、様々な障壁が立ちふさがるかも知れません。ですが、私はあらゆる手段を使ってでも、レオン様と添い遂げたく覚悟を決めております!」
「イザベル様」
「私たち、これからもずっとお供しとうございます!」
「ありがとう二人とも。これからもよろしくお願いね」
「「もちろんでございます!」」
可愛らしく小首をかしげるイザベルに二人ともぞっこんの様子。
自分の家柄や美貌を鼻にかけた大貴族の小娘という印象はとっくに薄れ、この二人はイザベルに対して、まるで姪か我が子に対するような愛情を育みつつあった。
そしてこの日、イザベル率いる大使節団はレオン目指して王都を出発したのだった。
◆
「な、何だと!」
時を同じく、王国に向かう馬車の中でイザベルの報告を受けた公爵は、青筋を立てて書簡を握りつぶしていたのだった。




