第4章 第12話 遠征編 街歩き その2
「そういやレオン様、確かハウスホールドの南には古来より有名なリゾート地があるらしいっすね~」
モルトを振り返って見るに、さっきからしきりともふもふ尻尾をぶんぶん振っている。こいつはまた何か期待しているのだろう。そんなに瞳をきらきらさせても何も出ないぞ。
「確か……ユバーラとか言ったっけ」
「そおっす! せっかくですから、行きたいっす~」
「いいのか、カール」
「もちろんです。ここから南に下った国際都市ユバーラは温泉が有名なのです。よければ自慢の温泉をご案内しますよ」
「まあっ温泉! 素敵ですの~」
ユバーラには『美人の湯』と言われる秘湯があるという。ひとたびそのお湯に浸かれば肌はつるつるぴかぴか。今、大陸南部の女子たちに大人気のスポットだとか。
温泉が大好きだというニーナは、満開の笑顔で可愛らしい尻尾をパタパタ振っている。
「ニーナは『美人の湯』に入るのが夢でしたの~」
「丁度いいじゃないか。皆で行ってきたらどうだ」
「え~! お兄様は行かれないのですか」
「俺は、試合があるんだよ」
「レオン様と行きたいんですの~」
「俺はしばらく試合に備えて稽古したいんだが」
「なら、仕方がありませんね。私は温泉をあきらめて、お兄様と同行いたします」
「ニーナも残念ですけど、レオン様とご一緒したいですの~」
「いや、でもなあ……」
「自分は、温泉に行っても構わないっすよ」
「おい!」
そんな俺たちを見て、静かに首を振るカール。
「セリス様もニーナさまも残念なことですね。実は今、ユバーラでは何年かに一度の『温泉まつり』の真っ最中でして……」
「それは、一体どのようなお祭りなのでしょうか」
「く、詳しく教えてくださいまし~」
「美容に良いものを集めたお祭りとでも言いましょうか。温泉だけでなく、美しくなるためのものを取り揃えて皆様に味わってもらい、より綺麗に美しくなっていただく、我が国最大のイベントです」
美顔効果のあるパックやマッサージに加えて砂湯や泥湯、さらには蜂蜜湯が人気なのだとか。今週末までの期間限定なのだが、全て満喫するには一週間以上かかる予定だという。
ハウスホールドは国際都市として設計されたユバーラの観光に力を入れているらしい。前回初開催された『温泉まつり』は、盛り上がりがイマイチだったそうで、今回の第二回目は、四年間も準備して万全の体制で臨むのだとか。国としてもゆくゆくは近隣諸国だけでなく、大陸中から観光客が訪れるようなものに育てていきたいそうだ。
「よろしければ、明日ハウスホールドを出発なさると、ユバーラにて心ゆくまで温泉と美容効果を実感していただける自信があるのですが」
「お兄様、少し心配なのですが、そういう事でしたら仕方がありませんね!」
「これは何としても行かなくてはいけない一大事ですの~♪」
おおい、君たち。俺と一緒にいたいだの、護衛をしたいだのと言ってたのは誰だったのかな……。いやいいんだけどね。
「今まで張り詰めていたんだから、その分ユバーラでゆっくり羽を伸ばすといいよ。俺は試合に備えて稽古に集中したいんだ」
「お兄様……」
「なあに。試合が終わり次第、俺もユバーラに行くさ。先に行って待っていてくれよ」
「ではお言葉に甘えて、ユバーラの市場調査もかねて行かせていただきます」
「ああ。ドランブイ、皆のことをよろしくな」
「そこは、自分に任せてほしかったっす~」
しかし、ニーナやセリスはともかく、何でモルトはそんなに温泉に行きたがっているんだ? 俺の不審な視線を受けて、もふもふ尻尾をぶんぶん振るモルト。
「そんなの、決まっているじゃないっすか! ユバーラのお湯は毛並みにいいって、狐人族の間でも評判なんす~♪」
あ、そうなのね。俺としてもこいつの尻尾が更にもふもふになるのは喜ばしいことなのだが……。
「申し訳ないっす。レオン様の分もたっぷり『温泉まつり』を満喫してくるっす~!」
嬉しそうに尻尾を振りやがって。少しも申し訳そうには見えないのだが。
「カールはどうするんだ」
「私はレオン様に随行して、大会に向けてのサポートを行いたいと思います。ユバーラの案内は、私どもが用意したガイドがしてくれますので」
「よろしく頼む」
「お任せください。レオン様が心置きなく稽古に打ち込まれることができるよう、全力でお支え致します」
こうして俺は、来る大会に備えて、ひとり稽古に励むことになったのだった。
◆
「もう、我慢が出来ませんわっ!」
王都の公爵邸では、イザベルが相変わらず悶々と身もだえしていた。
「いつでも出発できる準備は整っているというのに! まだ出発予定日まで待たないといけないなんて! あ~ん、レオン様~♪ ………………きゃっ!」
クマのぬいぐるみの『レオン』を抱きしめて、朝からベッドの上をごろごろと転がっていたイザベルなのだが、勢い余って床に転げ落ちてしまったようだ。
「イザベル様」
「あらあら。お怪我はございませんか」
マリーがいない今、お付きを務めるピニャとコラーダ。二人とも元はキールに仕えていた山エルフなのだが、今ではすっかりイザベルのお気に入りである。そしてこの山エルフ姉妹もこんなイザベルにすっかり慣れたようで、いつものごとく落ち着いた笑みを浮かべて仕えている。
「ところで、イザベル様。アウル領の南にあるハウスホールドで、武術大会があるのはご存じですか」
姉に比べておしゃべりな妹のコラーダが、今日も気さくに話しかけた。この武術大会は亜人たちの間で話題になっている一大イベントらしい。
「いいえ、存じませんわ。それに私は元々武術大会なんて興味ありませんことよ。あんなものは下々の楽しみに任せておくのがよくて?」
ちょこんと小首をかしげるイザベルは、ピニャやコラーダといった同性から見ても可愛らしい。結構辛辣なことを言っているにもかかわらず、魅力的な笑顔のせいか不思議と許されてしまうのだ。一部の王国民の間では「天使さま」なんて言われているのも頷ける。
「イザベル様、それが……今度の大会にはレオン様が出場されるとか。先程、マリー様からも連絡を頂きました」
「何ですって! コラーダ、出発の用意はできていて?」
「はい」
「イザベル様、公爵様の御許可は、いかがいたしましょうか」
「お父様たちは夫婦で、帝国に行かれておりますわ!」
「お帰りになられるのはあさってのご予定だとか。もう少しお待ちになられても良いかと思いますが」
「もう、コラーダったら何を言ってるのかしら。それでは、レオン様の試合に間に合わなくなるんじゃなくて?」
両親からは、くれぐれも自分たちが帰ってから出発するように言われていたが、そんなことなどどうでもいい。とにかく一目レオン様に……。
「二人とも、出発は明日の朝食が済み次第とします。それまで間に合うよう、よろしくね」
「「はい!」」
イザベルの号令のもと、ピニャは裏ギルドへ走り、コラーダは他の使用人を指揮して出発に向けての最終準備に取り掛かった。
そして翌日。イザベルの号令のもと、一行はレオン目指して王都を出発したのだった。




