第4章 遠征編 第11話 街歩き
「あらためまして。本日はよろしくお願いします」
そう言って、丁寧にお辞儀をするカール。皆も事情を理解したせいか、険悪な空気は消えている。モルトに至っては、もふもふ尻尾をぶんぶん振ってご機嫌な様子。早く出発したくてたまらないらしい。
「カール、無理言ってすまない。今日はよろしく頼むよ」
「いえいえ、お気になさらないでください」
「レオン様、こっちっすよ~!」
丁寧にお辞儀するカール。その態度を我が執事も少しは見習ってもらいたいものである。
◆
今日は、ハウスホールドの市場を巡って庶民の生活を見聞する予定。今後、ハウスホールドと取引するにあたり、貴族や大商人といった上流階級だけではなく一般市民の肌感覚も確かめたいのだ。
他国の領主一行のお忍びということで、カールは俺たちに護衛を付けてくれたようで、周囲には何人かの気配がする。加えてカール自体も、隙の無い物腰を見るにかなり強いに違いない。
「レオン様の護衛は完璧っすね~」
いやモルト、俺は両腕をセリスとニーナにがっちりと組まれてはいるせいで、逆に動きが取れないぞ! しかも、さっきから亜人の女の子を威嚇してばかりだし。この二人は、絶対に護衛じゃないだろ。
「お兄様、お気を付けを!」
「レオン様、よそ見はしないでくださいまし~」
そう言って両側から組む腕に力を籠めるセリスとニーナ。あ、あの……二人とも柔らかいものが当たってます。
ハウスホールドの人口は帝国の首都と肩を並べるほどだという。街行く人は、エルフより人間の方が多いような気もするが、ドワーフやホビット、猫人、犬人、狐人、狼人といったケモ耳の獣人たちもいる。そしてエルフは女性が圧倒的に多い。男性も少しはいるが、それでも、かなり増えたそうだ。
「不遜な話ですが、かつて我が国が多くの避難民を受け入れたことがきっかけですね」
カールによると、かつては男性のエルフは優秀な者は政治家や貴族の養子として引き取られ、それ以外は兵士になるのが一般的だったという。
「本当に被災者の方には申し訳ない話なのですが」
そう言って笑顔を少し曇らせるカールはどう見ても20代にしか見えない。
エルフは外見上、は80歳でも30代に見える。しかも身体機能や体力も見た目相応。そのため、エルフの労働力はひとりで人間の数人分と言われている。にもかかわらず、大陸で大勢力を築くに至らなかったのは、男性が少なすぎるせいで人口が増えないからだった。
ところが、不意の天災によるユファイン王国などからの男性他種族の大規模な流入は、このエルフの世界に大変革をもたらしたそうだ。
まず、結婚適齢期の女性エルフの前にいきなり多くの男性が出現した。エルフを含む亜人の女性たちは、伝統的に男性の魔力量に惹かれる。ユファインから避難して来た男性の中にも魔力持ちの人間もいたことだろう。
これにより、人間とエルフとの間でハーフエルフが多く産まれ、ハウスホールドは労働力不足と人口減という国が長年抱えてきた二つの大問題が一気に解決したらしい。
「こちらが、ハウスホールドの台所と呼ばれている赤門市場です」
かつてユファインの筆頭騎士団長が倒した巨大なディラノを捌いた処理場跡に造られたものだという。なんでも肉塊を捌く際に流れた大量の血が、門を赤く染めたことから名付けられたということだ。
「それにしても、賑やかっすね~♪」
「おそらく、ここは市場として大陸でも一番の規模だと思います」
市場に入るなり、優しいスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。大通りの両脇には露店が立ち並び、笑顔の親子連れが行き交う。噴水広場には舞台がしつらえられており、何やら催しが行われているようだ。
「見に行きたいっす~♪」
人だかりの奥には、楽器を手に舞う踊り子たち。やけに布面積が小さくてひらひらな民族衣装をまとった獣人の女の子たちが、華麗に舞っている。彼女たちが打ち鳴らしているのは、南方より伝わった「たんばりん」という楽器だそうだ。どれもこれも綺麗な装飾が施されている。
「ほほう。これは、虎人族ですな」
ドランブイの話では、彼女たちは虎人族という大陸南方の少数民族らしい。普段は、あまり目にする機会もなく、今日はかなり珍しいことだとか。
そして、俺は、思わず可憐な少女たちに目を奪われてしまっていた。……だって可愛い過ぎるんだもん。
どれほど時間が過ぎただろうか。思わず見とれそうになった俺は、はっと我に返る。恐る恐るセリスとニーナを見たのだが……どうやら杞憂だったようだ。じっとり冷や汗が流れたのは、皆には内緒である。
「お兄様、綺麗な衣装ですね!」
「ニーナにも「たんばりん」買ってくださいまし~」
よかった~。ほっと胸をなでおろす俺。衣装は何とかなるだろうし、たんばりんは希少な高級品らしいが、個人的に頼めば手に入るかも。無理なら許してね。
しかし……よくよく考えれてみれば辺境伯の俺が、なんでこんなに周囲に気を使わなきゃならんのだ。不条理に感じるのは、気のせいなのだろうか……。
ハウスホールドでは、何かめでたいことがあるとすぐに祭日や祝日になる。しかも王家主催のお祭りでは飲み物が無料で振る舞われ、夜には派手な花火が打ちあげられるのが通例らしい。今日なんて平日なのに、まるで王都のお祭りみたいな賑わいである。
「皆が大いに楽しんで、生を享受する。こんな考え方も避難民と一緒に伝わった文化ですね。王家が振る舞う飲み物は、市民の大きな楽しみなんですよ」
「おい、ひょっとして、ワインやジュースを無料で振る舞う裏で、王家自ら屋台でつまみやエールを売って儲けてんじゃないだろうな」
「いや~お恥ずかしい」
そう言って、恥ずかしそうに頭を描くカール。どうやら図星のようだ。そういや、ユファインの北にあったとかいう国にもそんな噂があったっけ。確か名前は、アー……。
「アール王国ですね。ユファインと共に我が国とは三国同盟で結ばれておりました。我が国のこんな風習も、そんなこんなが下地となって定着したのかと」
「レオン様! これは将来、我が国でも参考になるかも知れないっす~♪」
そうだな……。い、いや、それを言うなら「我が国」じゃなくて「我が領」だろうが! お前、何笑顔でもふもふ尻尾を振ってんだ!
横を見ると、熱心に商品を一つひとつ手に取りながら、メモを取るドランブイ。
「ほう……。どうやらハウスホールドの国政は安定しているようですな」
商品の値動きから国政を鑑みるなんて、さすがはドランブイ。……っていうか、他のみんなは、まともに働いていないと思うのだが! まあ仕方ない。今日は思う存分楽しむことにしよう。
「あっちの露店からいい匂いがするっす~♪」
「おお、そうだな。折角だから、何か買ってみようか」
「お兄様! ひとりで行かないでください」
「レオン様、離れないでくださいまし~」
「そういやレオン様、さっき屋台で耳にしたんすけど……」
お気に入りの、鳥の夕日焼きをもきゅもきゅ食べながら、モルトには珍しく、俺にとってタメになる情報を話してくれたのだった。




