第4章 遠征編 第10話 カール
「しかしレオン様、ホントに大丈夫なんすかね」
終始押され気味だった交渉を終えて控室に帰ってくるなり、不安そうに尻尾を垂らすモルト。
「まあ、別にいいじゃないか」
「レオン様、大丈夫な理由を教えて欲しいっす~!」
モルトがもふもふ尻尾をぶんぶん振ってねだって来るが、俺は無表情で突っぱねる。ふん! アウル領の独立なんて大事を俺に内緒で進めやがって!
「まあ、今日はもう早めに休んで、明日は皆でハウスホールドの街を散策してみないか?」
「ほう。ならば私がご案内しましょうか?」
「ありがとうドランブイ。でも、せっかくだからカールに街を案内してもらおうと思うんだ」
「え~~~っ!!」
お前たち、そんな声をそろえて驚かなくても!
「お兄様~」
「いい加減、訳をお教えくださいまし~」
「わかった。場所を移そう」
「何だか、納得いかないっす~!」
もふもふ尻尾には教えてやりたくはないが、可愛い妹と幼馴染からせがまれては仕方がない。俺は仕方なく皆に事情を話すことにしたのだった。
◆
「レオン様、少しよろしいでしょうか」
「うん。構わないが」
実は王への謁見を目前に控え、休憩室にて支度をしてくれているモルトを残して、カールと俺は二人きりで別室で話をしたのだった。
「いきなりですが、私は今回の交渉がまとまり次第、ハウスホールドを辞することが決まっているのです」
「何だって!」
カールは名家の出で王の信任も厚く、このまま行けば黙っていても国の中枢を担うまでに出世は約束されていることだろうに。普通に考えれば順風満帆の勝ち組人生なのだが……。
何と王命にて婚約を迫られているという。しかも相手は現国王の妹。本来なら限りなく喜ばしいことなのだろうが、まずいことにカールには心に決めた人がいるらしい。
このままハウスホールドに残れば栄達と引き換えに、望まぬ結婚を強いられるのは火を見るより明らかなのだとか。
「ハウスホールドでも貴族や大商人は、複数の女の人と結婚するのが普通なんだろう?」
「それはそうなんですが……」
カールが心配しているように、王の妹を迎えるとなると当然第一夫人というか、正室として迎えねばなるまい。カールが想い人と結婚できたとしても第二夫人。そもそも王妹を妻として迎えた場合、第二夫人なんて許されるのかどうかも心もとない。そしてやっぱり好きな人と二人で添い遂げたいのだそうだ。
「ウチの家は弟に家督を継いでもらうことを認めてもらっています。もうじき私は貴族を離れひとりの庶民として身軽に動けるようになるでしょう」
何とも羨ましいことだ。俺も譲れる身内さえいれば、クラーチ家の当主を譲りたかったぞ!
「ですから、私はハスホールドを辞して他国へ移りたいと思います。できれば歴史ある大国よりも、出来たばかりの新興国の方が王の心象もいいでしょう。アウル領はまさに私にとって理想的な所なのです。レオン様、時が来れば私を受け入れてはいただけないでしょうか」
「でもいいのか。そんなに簡単に辞められる訳ないだろうに」
「自分の後釜には優秀な部下が育っておりますし、このことは婚約の噂が立ってから、三年間も願い出続けていることなのです」
先日ようやく王が折れて、許しを得ることが出来たのだという。カールにとって、今回の通商交渉が最後の公的な仕事となるらしい。
「ならば、こちらこそ大歓迎だ。是非ウチに来て好きな人と結ばれて欲しい」
「ありがとうございますレオン様。それで交渉のことなのですが……」
ハウスホールド側は、アウルとの貿易でお金が流出するのを何としても避けたいという。
「ハウスホールドが輸入するのと同額を輸出したいという条件は譲れません。アウル領は我が国との貿易で潤うことは難しいかと」
「ならば、アウル領がハウスホールドから輸入する品の種類には制限を付けないで欲しい。鉱物資源に加えて労働力も」
「労働力とは奴隷を含めてのことでしょうか」
大陸の奴隷制度の歴史は古く、今でも根強く残っている。ハウスホールドも以前に比べれば随分少なくなったそうだが、それでもでも国の貴重な労働力として重宝されている。もっとも今では細かく法整備もなされ、随分と待遇は良くなっているはずなのだが。
「ああ。そしてその条件に加えて、身分や人種を問わず、希望者にはアウル領への移民も認めて欲しい。ウチはいくらでも働き口があるんだから大歓迎するぞ。特にカールな!」
「ありがとうございます。それらは全て付帯条件として呑めるかと。あくまで今回の交渉でハウスホールドの要求を全面的に呑んでいただければ、アウル領側からの申し出について、ハウスホールドも認めざるを得ないでしょう」
「そうか。すまんな。では、交渉締結後はこれらの条件を速やかに出すことにしよう。それから、カールは交渉ではハウスホールド側として気兼ねなく振る舞って欲しい。俺たちに気を遣ったら、裏切り者みたいで後ろめたいだろう」
「なんとお優しいお言葉! レオン様ありがとうございます!」
こうしてカールは俺の言葉通り、徹底的にハウスホールド側として交渉に臨んだのだった。ただし、カールがあんなに頑張るとは、俺の予想を上回っていたのだが。
◆
「そんなことなら、もっと早く教えてほしかったっす!」
「なるほど。カール様に加えて、付帯条件もいいですな。鉱物資源はキール様に引き受けてもらえそうですし、これで労働力や人口問題も解決できそうですぞ」
「お前たちに話してうっかり顔に出ちゃ、カールの立場がないだろう。この度の交渉はアウル領がハウスホールドの言い分をまるのみすることが、何より望ましかったんだ」
「ところで、カールがそれほどまでに大切に思う人ってどんな人なんすかね」
「さあ。気になるなら、直接聞いてみれば?」
「カール様の一途な思い素敵だと思います!」
「ニーナもそんな風に思ってくださいまし~」
興味津々で尻尾を揺らすモルトだが、カールの想い人の件に関しては、何やら気が引けて、俺も詳しくは聞いていないのだった。




