第4章 遠征編 第8話 謁見
「レオン様、どうぞ」
カールに促され、俺たちは王城に足を踏み入れた。高級感漂う城内ではあるのだが、絢爛豪華というより落ち着いた雰囲気。廊下に並べられている絵画や彫刻に至るまで、センスがいいような気がする。何となくだが。
カールはそわそわした素振りの俺をみて、わずかに口元をほころばせた。
「我が国は、ギャラリーと専属契約を交わしております」
「ふう~ん。まあまあのセンスっすね~♪」
「モルト! 馴れ馴れしいぞ」
「いやいやレオン様、気さくにしていただいた方が私も楽ですので。ところで、この後の謁見の内容に関してなのですが……」
失礼極まりないモルトの発言も笑顔で受け流すカール。なんて気持ちがいい奴なんだ。それに引き換え、このもふもふめ!
やがて俺たちは、長い廊下をすすんだ先にある休憩室で容儀を整えることになった。落ち着いた室内には、手すりや窓など細かなところまで装飾が施され、天井には小ぶりなシャンデリアが飾られている。モルトに言わせれば、控えめな所がお洒落なんだとか。
「この日のために、レオン様にとっておきのお召し物を用意してきたっす」
「そうか……。正直あまりよく分からんが、とにかくすまんな」
「何だか、あまりうれしくないねぎらいの言葉っす~」
モルトが用意してくれた俺の礼服は、何でも今話題のギャラリー製とのこと。こんな時、モルトの存在は大変ありがたい。俺は子どもの頃から、とりあえず品質が良さげでそれなりに値の張るものならいいんだろう、なんて思っていたくらいだから。
……。
「レオン様、ばっちりっす!」
「そ、そうかな?」
「見違えるようっす~」
腹立たしい所も多々あるが、こいつに褒めてもらうと、安心してその気になってしまうから不思議だ。
「まあ、自分のおかげっすけどね!」
今回の面会は、アウル領辺境伯の俺とインスペリアル領主代理のニーナのみ。それぞれ一人ずつの対面となる。俺の後引き続いて面会予定のニーナは支度に時間がかかっている様だ。初めての対面ではあるが、どちらにもカールが付いてきてくれるということで安心している。
「では、レオン様、参りましょうか」
重々しい両開きのドアが内から開き、俺は玉座の前へと進んでいったのだった。
◆
悠然と構えるエルフ王は、賢君として名高い。しかも思いの他やけに若く見える。色白で細面だが華奢な感じはしない。背が高く黒い瞳。額にかかる柔らかそうな茶色の髪が美しい。
「……」
入ってきた俺たちを見てわずかに微笑む王。受け答えは、脇に控えた侍従長のみが行う。俺の言葉は、打ち合わせ通りカールが代弁してくれたので、王との面会とはいえ直接的な言葉のやりとりはなかった。
静かで、落ち着いた空間。しばし時間がゆったりと流れた……。
やがて王は俺たちを見回し、ゆっくりと右手をあげた。そしてそのまま柔らかそうなサラサラの髪を一度かき上げたのだった。
◆
「お兄様、どうでしたか?」
「上手くいったに決まってるっす~!」
「かの賢王は、人を見る目が確かという評判ですぞ」
控室に戻るや否や、質問攻めにあう俺。そんなキラキラした目で見られては、本当のことを言いずらいぞ。
「…い、いや、それがな……」
「レオン様、王はとてもお喜びのご様子でしたよ」
俺が言葉をにごしていると、カールがやって来てくれた。ニーナの対面はごく短時間で終わったらしい。
「え。だってほら……」
「王が笑みを浮かべて右手をお上げになったのは久しぶりのことなのですから」
「ホントなのか?」
「いや~。あんなにお喜びになられているお姿は久方ぶりです」
カールによると、無言の王は、あれでも雄弁に喜びを表してくれたのだという。
「何しろ、王は強い剣士がたいそうお好みなのですから」
「……え?」
「もちろん、レオン様の武名はわがハウスホールド中に鳴り響いておりますよ」
「……は?」
「コアントローの大会で優勝された後、大陸一との呼び声が高いシーク=モンド卿と互角の名勝負をされたとか」
「……お、おい、互角って!」
「流石は、レオン様、まさに名勝負だったっす~♪」
「ち、ちょっと待て~!」
あの試合は、手ごたえこそつかめたものの、俺の完敗だったぞ! 戦った当の本人がそう感じているんだから間違いない。それがどうして互角の名勝負なんだ?
「まあ、謙遜なさるのが、レオン様の良い所でもありましょう。では、交渉の席でお待ちしております」
そう言うとカールは礼儀正しく一礼して退室していった。相変わらずの好青年っぷりである。
「まあ、それもこれも、レオン様をエントリーに導いた自分の力っすね~♪」
こ、こいつは……な~に得意顔で尻尾を揺らしてるんだ! 一度本当に放逐してやろうか!
「ニーナなんて、あいさつしただけでしたの。それより、戦うレオン様の素敵なお姿見せてくださいまし~」
ニーナによると、王との対面は側近からの言葉が一言あっただけだったそうだ。キールからあらかじめ聞かされていた通りなので、びっくりしたらしい。それならそうと、俺にも一言教えてほしかったぞ!
「さて、そろそろですな」
「そうだな」
「頑張るっす~」
交渉には俺とモルト、ドランブイの三人で臨む。相手側には、カールが全権を持って出席するとのこと。俺たちからすると何とも心強い。交渉相手にはなるが、悪いようにはしないだろう。
「レオン様、頑張ってきてくださいまし」
「お兄様、御武運を」
こうして俺たちは、カールの待つ通商交渉のテーブルに向かったのだった。




