第4章 遠征編 第7話『ギャラリー』
「レオン様、もうすぐっすね~」
「ふ~ん。そうかもな」
能天気につぶやくモルトにぶっきらぼうに返事する俺。モルトがのぞく馬車の窓からは、ハウスホールドの王城が小さく姿を現している。
この街は木造の古い建物が多い。結構年季の入った建物が多いように見えるが手入れがよく行き届いているせいか、街全体は不思議と古びた感じがしない。それどころか逆にいい味を出しているように感じる。俺が、祖父の書斎から仕入れた知識で例えるなら、どことなくお洒落でレトロな街並みとでも言うのだろうか。
「お兄様、素敵な街ですね」
「今度、一緒に歩いてくださいまし~」
馬車の中では、俺の両脇にセリスとニーナが座陣取り、腕を絡めてくる。
「レオン様。相変わらずモテモテっすね~」
俺の正面に座るモルトは、ジト目で、何か厭味ったらしいことを言っているのだが……。モルトよ。俺はモテているというより拘束されているだけだと思うぞ。よく見て見ろ! セリスもニーナも笑顔の目の奥が全く笑ってないだろうが!
◆
実は、馬車に乗り込む前、こんなことがあったのだ。
「お兄様、あのお店に寄ってもいいですか?」
「ニーナも行きたいですの~♪」
「どうぞ、ご遠慮なく。ご興味がおありなら、是非寄ってください」
カールのすすめもあり、俺たちは馬車に乗る前に一軒の大きな店に立ち寄った。スズキ工房ハウスホールド店。
このような工房直営店は『ギャラリー』と呼ばれているのだが、このスズキ工房のギャラリーは、その卓越したデザインセンスで有名な超人気店である。この手のことに疎い俺ですら、名前を聞いたことがあるくらいだ。
「ギャラリーなんて、王都にもあるだろう?」
俺の発言にわざとらしく肩をすくめるモルト。
「何言ってんすか! ここでしか販売していない限定品もあるんすよ!」
「そうなのか?」
「全くもう……。そんなこと言ってんの、レオン様くらいっす。……あ、熱っ」
主人の俺に対して偉そうな口を聞きつつ、屋台の串焼きを頬張るモルト。お前、食べるかしゃべるか、どちらかにしろよな!
鳥の夕日焼きをもきゅもきゅ食べているモルト。こいつが、今着ているジャケットもギャラリー製なのだとか。
「しかも、これ、限定生産のイトブランドっすよ!」
自慢げに両手を広げるモルト。もふもふ尻尾をぱたぱた動かしながら胸を張っている。
お洒落な店の前で、こんな野郎同士の掛け合いを尻目に、店内では、女子二人が夢中で買い物を楽しんでいた。
「これ、可愛い~♪」
「セリスちゃん似合いますの~♪」
「ニーナちゃん、これなんかどう?」
「きゃ~!」
「お兄様も来てください」
「一緒に選んでくださいまし~♪」
仕方なく店内に入った俺だがどことなく居心地が悪い。店と言えば、せいぜい本屋か酒屋くらいしか行かない俺には、こんなキラキラしたお店は敷居が高すぎるのだ。
「ほう……。これはなかなかの品質です。北部から来た人には、特に魅力的に見えるでしょうな。しかも値段も良心的ですな」
ちょび髭を触りながら、商人目線でしきりと感心するドランブイ。この明るくて女子率の多い店内でも平気なようだ。
「あ、あれ?」
「きゃ~♡」
「レオン様~♪」
「ご無沙汰してます」
「こんな所でお会いするなんて、運命でしょうか」
「やっぱり素敵です~!」
思い切って、店に足を踏み入れた俺に声をかけてきたのは亜人の女の子たち。王都を離れるときに、名残を惜しんでくれた子も多い。中にはクラーチ家の元使用人もいる。
王都に出稼ぎに行っていた彼女たちは、それぞれ地元に帰る途中なのだとか。大陸南部は、物価が安い代わりに賃金も安い。まとまった金を手に入れるには、王都で働くのが手っ取り早いのだ。
「あ。あの人カッコいい」
「素敵なお方~」
何だか面識のないの亜人の女の子たちも集まり出してきた。人族のお客さんからのうろんな視線を感じるが、それはいつものことである。
「クラーチ家では、メイドの募集は無いのでしょうか?」
「是非働きたいです!」
「お願いします~!」
「い、いやそこのところは……お、おい、モルト」
女の子に取り囲まれた俺に背を向けるモルト。あ、あれ……。
「コロシアムの試合かっこよかったです!」
「素敵でした!」
「次の試合も頑張ってください!」
「応援しにいきますので」
え? 次の試合……?
「お、おいモルト!」
◆
「お前なあ……」
「だってレオン様こそ、ブラックベリーの開発やイザベル様をお迎えする資金はどうされるおつもりだったんすか!」
「だから、こうして貿易交渉に来てるんじゃないか」
「全然間に合ってないっす!」
「大体、俺が賞金もらったくらいじゃ、何の足しにもならんだろうが!」
「それが、レオン様がエントリーされるだけで、公爵家から資金援助を受けられる約束なんす~!」
「そんなの嫌だぞ! お、お前まさか……」
「もうエントリーは済んだんで、援助は受けてるっす!」
「お、お前という奴は……」
どうやら、俺はまたもモルトのせいで、ハウスホールドでも武術大会にエントリーされたようだ。場所はハウスホールド王立コロシアム。しかも、今から二週間後って?!
「チケットも完売してるそうっす」
「……」
「お兄様!」
「レオン様!」
試合のことはともかく、またもや女の子たちに囲まれている俺を睨みつけてくる妹と幼馴染……。
正直言って、恐いです。笑顔の目の奥が笑ってないのですが……。
◆
“ビッ、ビッ、ビッ……”
ハウスホールドの王宮の地下に設けられた闘技場では、ひとりの剣士が無心に剣を振っていた。
「くそう……。レオンめ……」
剣を握りしめた両手は血が滲んでいるのも構わず、ひたすら素振りを繰り返す。
「この剣さえあれば、きっと奴とて……」
前髪をかきあげつつ、ニヤリと笑みを浮かべるレグザス。
汗にまみれたその姿は、以前のような優男のそれではなく、武骨な漢の顔だった。




